BLEACH El fuego no se apaga.   作:更夜

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BLEACH El fuego no se apaga.74

 

 

 

 

 

虚夜宮は広い。

中心にあるのは藍染が居城『奉王宮』、それを囲むように存在するのは藍染の剣たる十刃達それぞれの宮殿。

だが囲むといっても密集しているという訳でもなく、近距離で隣り合う事も無く点々と存在する各宮殿はある意味、本来目的とすべきものにはそぐわない。

普通に考えれば主たる藍染の宮殿を守護する事が、彼の剣である十刃には求められて然るべきである。

しかしそれを果たすべき彼等の宮殿は何の規則性も無く、身も蓋も無い言い方ではあるが、ある程度広い場所だから建てたと言わんばかりに乱立していた。

 

だがこれでいいのだ。

 

彼等十刃に護る事(・・・)は求められていない。

守勢にまわる事に彼らは適さないのだ。

彼等破面(アランカル)が突き詰めたのはあくまで命を奪うための殺戮能力であり、その極地である十刃に護る為の戦いは必要ない。

 

あるのは、求められるのは、圧倒的な破壊と凄惨な殺戮。

振るう力の全ては命を奪うために、歩んだ後に残るのは血の海と屍の山のみ。

十刃という虚夜宮最高純度の戦力に求められるのはそれだけなのだ。

故にこの配置、彼等の宮殿に王を守る配置は必要ない。

広く取られた宮殿の間隔はその実、彼等の戦闘による余波が強大で宮殿など容易く破壊してしまう事への措置。

彼等の戦いは護る守勢の戦いではなく、悉くを攻め滅ぼす攻勢の戦いに他ならず、彼等は侵入者から主を護る盾ではなく、先んじて討ち滅ぼす矛なのだ。

 

 

 

もっとも、そうして十刃が侵入者を撃滅した事など、虚夜宮の歴史の中で一度たりとて無い。

 

 

 

それどころか虚夜宮において、侵入者(インバソール)と分類される外敵達が天蓋の下に広がる砂漠を踏んだ事すら、一度としてないのだ。

 

 

それは何故か。

理由は一つ、彼等侵入者には越えられない壁(・・・・・・・)があるから。

奉王宮、それを囲む十刃達の宮殿、その外に打ち捨てられたかのような巨大な瓦礫の広がる地帯、更に外側に広がる広大な砂漠を越え漸くたどり着くのが虚夜宮の外壁。

壁、と一言で言ってもその厚みは想像を絶し、内壁と外壁の間には無数の通路と広い空間を有しており、それをただ突き破る事すら困難。

 

だがそれだけで侵入者が越えられない“ 壁 ”であると評するには些か足りない。

壁自体に特別な加工が施されているわけではなく、ただ単純に厚いというだけのそれならば、ある程度の力を持つ者ならば時をかけ貫く事は出来るだろう。

しかし、侵入を試みる者達にとっての壁はその先にこそ存在するのだ。

 

分厚い壁と壁の間に広がる空間。

それがただの壁の中であると疑うほどに広いその場所、別名『3ケタ(トレス・シフラス)の巣』。

歴代十刃であり強奪決闘によって、または別の様々な理由で号を剥奪された者達、『十刃落ち(プリバロン・エスパーダ)』が巣食うその場所こそ、侵入者達にとっての本当の壁(・・・・)であり終わりの場所。

侵入者達はやっとの思い出こじ開けた壁の裂き、そこで自分達が到底届かない実力の差を知り、その実力差を思い知らせた彼等十刃落ちの真実を知り、そして絶望して死ぬのだ。

 

広大な壁の内部、そこに散らばるようにして巣食う十刃落ち。

彼等が最前線として敵を、侵入者を撃退し続けているからこそ十刃に出番などあるはずも無く。

ときたま現われる愚か者を屠り続けるのが十刃落ちの仕事であり、しかしそれは塵掃除にも等しきもの。

十刃として力足りぬ者達には似合いという事か、それは深読みが過ぎるのかは判りはしないが、彼等の存在こそが本当の虚夜宮の壁である事だけは間違いではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ウォッホン!! そ、れ、で、わ~!虚夜宮紳士オブ・ザ・イヤー連続受賞記録更新中!虚夜宮の紳士オブ紳士! ドルドーニ・アレッサンドロ・デル・ソカッチオ主催!丁度同じ様な場所に飛ばされたのだからいっその事、親睦でも深めようではないか!ドキッ!ポロリもあるかも!いや寧ろあって欲しいかも! 拍手喝采間違いなし!空前絶後! 抱腹絶倒の大お茶会(ティータイム)!開催なのであ~~~~る!! 」

 

 

 

 

広い空間に叫びの語尾が木霊し、その後に残ったのはどうしようもない程の気まずい沈黙だった。

恐らくはどこかの一室であろうその場所、中心に据えられた大きくはない円卓を囲むようにして用意された椅子は四つ。

円卓を四方から囲むようにしてその椅子に腰掛ける者達の中で、一番壮年であろう外見の男が先程の台詞をなんの恥ずかしげも無く言い切っていた。

それどころか椅子の上で立ち上がると、恐らく本人にとっては華麗なのであろうポーズまで決める始末。

まるで自分にスポットライトでも当たっているかのような振る舞いは、喝采の拍手を今か今かと待ち侘びるかの如く。

そしてそれはこの状況を考えれば豪気であると言わざるを得ないものだった。

 

そんな彼の名はドルドーニ。

つい先頃まで虚夜宮が十傑、十刃が一席である第6十刃(セスタ・エスパーダ)を預かり、そして今は十刃落ちが破面No.103(アランカル・シエントトレス)に座す男である。

筋骨隆々の身体つき、袖口にフリンジをあしらった死覇装を身に纏い、年の頃は人間で言えばおおよそ40代程。

見た目の年などあまりにも無意味である破面ではあるが、その見た目にそぐわないドルドーニの行動は見る者の脚を悉く一歩下がらせる。

丁寧に整えられた髪と、手入れの行き届いた独特の髭、自らを紳士と自称するだけの事はあるのだろうが、見た目にそぐわない行動が全てを台無しにしている事は言うまでも無かった。

 

 

「…………ってリアクション! リアクションが無いよ諸君!!これでは吾輩がまるでスベった哀れな紳士ではないか!ダダスベり紳士ではないか!! いや、それともあれかね!?敢えてリアクションをとらない事で吾輩がスベったかのような雰囲気を演出し、逆にその沈黙を笑いに変えようという腹かね!というか吾輩ひとつも笑いなんて求めていないのだよ!?ただ純粋にこのお茶会を開いた主催者への賞賛があってもいいと思ったのだけどね!!」

 

 

いくら華麗にポーズをとろうとも降注ぐ筈の賞賛の拍手は一向に無く、沈黙だけが広がる場に業を煮やしたのか、椅子の上で器用に地団駄を踏むドルドーニ。

非常にシュールであり、どこか痛々しさすらある光景は目を背けたくなっても悪くは無いだろう。

一人捲くし立てるドルドーニ、この場の空気をまったく無視した彼の行動に賞賛の拍手など降注ぐ筈も無いのだが、彼はいたくそれが不満の様子。

そんな彼に彼と円卓を挟んで対面に座る、こちらもドルドーニに負けず劣らずの屈強な男が話しかける。

 

 

「ドルドーニさんよォ…… 」

 

「何だね、拳闘士(ボクセアドール)君?ホラ、もっとテンションを上げて上げて! こう…… 盛大に賞賛してくれて構わなかったのだよ? 」

 

 

地団駄を踏んでいたドルドーニに声をかけた男、名をガンテンバイン。

破面No.107(アランカル・シエントシエテ)ガンテンバイン・モスケーダ。

ドルドーニと同じように筋骨隆々とした身体つき、死覇装は特徴的で上半身は肌に沿うような薄手のもので、胸から首周りにかけてにモコモコとした襟がつき、それと同じようなものが両の太腿あたりにもついていた。

額には中心に星型があしらわれた額当てのような仮面の名残、眉やモミアゲは濃く顎鬚を生やし、顔つきも優男というよりはなんとも(いかめ)しい印象。

そしてなにより特徴的なのはその髪型、丸く、そして大きく頭上に整えられた紅緋色の髪、所謂アフロヘアーが目を引いていた。

 

そのガンテンバインに呼ばれ、彼の方をビシッと指差すようにして振り向くドルドーニ。

広くも無い椅子の上で立ち回る姿は器用なものだが、それが紳士としての振る舞いかと問われれば疑問は残る。

ドルドーニに指差されたガンテンバイン、ドルドーニを前にしてもどこか落ち着いた雰囲気を持つ彼、そしてその雰囲気のままドルドーニへと言葉を続けた。

 

 

「俺は一応アンタの事は尊敬している。 俺より前、第一世代であるアンタが俺よりも長く十刃としていられたのは、アンタが純粋に強いからだ」

 

「おぉ! これはこれは…… 他者からの面と向かっての賞賛は随分と久しぶりだねぇ。拳闘士君、キミは中々見る目のある男のようだ!!いいだろう! そんな吾輩を尊敬するキミには後日、吾輩のサイン入り色紙一年分を進呈しよう!」

 

 

思わぬ尊敬という言葉に面食らったのか、一瞬呆けるドルドーニ。

しかし直に持ち直すと椅子の上で器用にクルクルと廻り、ビシッと音が鳴りそうなほど力強くポーズを決めるとガンテンバインを見る目のある男と評していた。

最近の彼はこうして面と向かって賞賛される事久しく、気分も乗るというものなのだろう。

だが、そう気分が良くなる事は続かないものである。

 

 

「あぁ、尊敬はしている。 だからこんな茶番にも(・・・・)顔を出したんだ。アンタからの呼び出しだ、それを俺のような若造から無視されたんじゃアンタの面目も立たんだろう……と思ってな。だがもう義理は果たした、悪いが俺は帰らせてもらう」

 

 

尊敬はしている、しかしそれだけ。

敬意を払う事と、下手に、降り付き従う事は違うのだ。

ガンテンバインは敬意の下、このドルドーニの呼び出しに応じた。

しかし顔を出してみれば親睦、お茶会などとふざけた言葉が踊り、彼は辟易としていたのだ。

 

何故なら彼等破面に皆仲良く、親交を深めて等という考えは存在しない。

 

彼等は何処までいっても個人でしかなく、集団の形成は藍染惣右介という絶対の支配者、絶対の力があってこそ。

その大きな枠組みとしての集団の形成すら本来ならば困難である彼等が、更にその中で小さな集団を、それも彼等のみで構成するなどという事は不可能なのだ。

集団の形成とはそのまま力による支配でしかなく、親交を深め形成される集団など彼等の思考には存在しない。

ガンテンバインはその義理堅さゆえにこの場に来はした、だがそれはあくまで義理、敬意によるものであり、示された親睦に応じる心算など毛頭ないのだ。

そしてそれは彼とドルドーニ以外の二人にも言える事だった。

 

 

「では私もそうさせて貰おう。 No.103の言う重要案件がこの無意味な語らいの場だというのなら、此処に居る事もまたあまりに無意味だ…… 」

 

 

そう言って立ち上がろうとするのは、目元を黒いヴェールで覆い隠した女性。

身体を覆い隠す外套の様な死覇装、髪は黒く女性にしてはやや短かめで、襟足だけが長く伸びている。

目元を隠すヴェールは厚手のもので本来ならば視界など確保できないようなものだが、彼女にとってそれは些かも遮るものではない様子だった。

その昔は嘴に目の文様をあしらったかのような仮面をつけていた彼女、ドルドーニと同じく先の強奪決闘の舞台に上がり、しかしその場では無粋な横槍にて決着はつかずその後、自ら十刃の座を降りたのが彼女。

第5十刃(クイント・エスパーダ) アベル・ライネス、そして今の彼女が担う席は破面No.101(アランカル・シエントウノ)

 

アベルがこの呼び出しに応じたのは、彼女の元に届けられた報が重要案件というものだったため。

詳しく知らされるでもなくただ重要だという案件を無視する事など叶うはずもなく、見極めるべく参じた彼女であったが先のガンテンバインの茶番だという台詞に同調し、この場を無意味と断じる。

 

既に離脱希望者が二人、茶会の体などもう既に保てるはずも無く。

しかしこの程度の事で怯まないのがドルドーニである。

 

 

「まぁまぁ落ち着いてください、美しき氷の姫君(フリーオ・プリンセス)…… あぁ拳闘士君もね。 何も吾輩とてただ仲良くお茶を楽しもうなどとは思っていません。これを機に美しき氷の姫君ともう少しお近づきになれたら、なんてこれっぽっちも思っていませんよ?まぁちょっとしたお遊びさ、お遊び。 吾輩ったらお茶目さんで困ってしまうねぇ。 ……もう、そう目くじらをたてんでくれたまえよ~。さぁ、席に座ってくれ、これから重要な(・・・)話があるのだから……ねぇ」

 

 

立ち上がり立ち去ろうとする二人を制したドルドーニ。

椅子の上で軽く跳ぶとそのままストンと椅子に座りなおす彼。

円卓に両の肘を付き、手を組んで口元を隠すようにする彼の瞳は先程とは違い、どこか気迫と真剣身に溢れていた。

そのただならぬ雰囲気、ただならぬ瞳に席を立とうとしていた二人は立ち去る事無く、再び各々の席に座りなおす。

 

やはり先程のふざけた気配は間違いで、この真剣さが自分達を集めた理由かと思うのはガンテンバイン。

だがそうでなくては困るという思いも彼の中にはある。

彼が生まれ、そして十刃となったとき既にドルドーニは十刃の座に就いていた。

強さが強さを日々凌駕し、奪われ消えていく虚夜宮において彼よりも前、第一世代の破面が能力的価値ではなくただ強さを持って十刃として在り続ける事は、異常ですらあったのだ。

ガンテンバインが十刃として強奪決闘に敗れ、かろうじて命を繋ぎ十刃落ちとなった後もドルドーニは十刃としてその座にあり続けた。

今回の強奪決闘でついにその座を追われはしたがそれでも、長く十刃の座に就き続けた力は敬意を払うには値する。

その彼がこんなふざけた、そして馬鹿げた茶番だけを目的に自分達を集める訳が無い。

道化の姿はその実彼が被った見えない仮面であり、この真剣さが篭る目こそ彼の本来の姿なのだと思うガンテンバイン。

そして真剣な眼差しのドルドーニが言葉を発した。

 

 

「なに、話はそう難しい事ではないのだ。数日後、この区画に更にもう一人十刃落ちとなった者がやってくる。話はその少年(ニーニョ)、フェルナンド・アルディエンデについてさ…… 」

 

 

真剣さを崩さぬドルドーニ。

そして彼が語るのは彼、アベルに続くもう一人の十刃落ちについて。

ドルドーニに過ぎるのは金色の髪を振り乱し、紅い霊圧を纏った男の姿。

彼の弟子であった男、グリムジョー・ジャガージャックに通じるものを持ち、しかしどこか違う雰囲気を纏う男の姿。

腕を挫かれ、その身に刀を受けて尚、嬉々として嗤う修羅の姿。

 

フェルナンド・アルディエンデ。

彼の弟子が彼を越えたその先に見据えた男、彼の記憶にも鮮烈に刻まれた炎の男。

その彼がドルドーニと同じく十刃落ちとなって此処へ来る。

それはドルドーニにとって大きな出来事だったのだろう。

 

 

「なにさ! また十刃落ちがでたの? 最近多いわねぇ…… アンタとか……アンタとか、さぁ! 」

 

 

ドルドーニの言葉に反応を示したのはアベル、ガンテンバインに続きこの場にいる最後の一人。

虚夜宮においてもおそらく異彩を放つのは彼女の死覇装。

既に和としての趣は欠片も残らず、洋服、それも着飾るためのドレスのような死覇装を纏う彼女。

スカートの丈は短く、その裾には黒いフリルのようなものがあしらわれ、その全様は現世で言うところのゴシックロリータ。

やや紫がかった黒髪はツインテールに分けられ大きくウェーブがかかり、左分けになった前髪を留めるのは小型の髪飾りのような仮面の名残。

紫色の瞳とそのすぐ下の両の目元には同じく紫色で雫型の仮面紋(エスティグマ)

円卓に肘を付いて頬杖をしながら座る彼女の名は、破面No.105(アランカル・シエントシンコ)チルッチ・サンダーウィッチ。

 

ドルドーニが語った更なる十刃落ちの追加。

それは即ち十刃が入れ替わったという事であり、先頃からの度重なる入替はどこか十刃の質の低下を予見させるようなもの。

片方の手で頬杖をしながら口元にニヤリと笑みを浮かべもう片方の手でドルドーニ、そしてアベルを指差すチルッチ。

今回バタバタと入れ替わった十刃、その最たる理由はお前達にあると暗に告げるかのような彼女の行動に、ドルドーニはただ淡々と答える。

 

 

「力で敗れた吾輩がなにを言える立場でもないよ。まぁ、美しき氷の姫君は吾輩とは少し状況が違うが、きっと言い訳などしないだろうさ。どんな理由があろうと吾輩達は(・・・・)此処に居る(・・・・・)、そしてそれが全て(・・・・・)さ」

 

 

ドルドーニが静かに語った言葉、それを聞くやニヤついていたチルッチの顔から笑みは消え、僅かだが苦さを帯びていた。

そう、理由はどうあれドルドーニ、そしてアベルは今十刃落ちとしてこの場にいる。

ドルドーニは力によってグリムジョーに敗れ、アベルは敗れた訳ではないにしろ十刃としてそぐわない故にこの場にいるのだ。

理由は違う、経緯も違う、しかし彼等二人に共通するのは彼等が今、この場に十刃落ちとして居るという事実。

そう、それまでの道程など関係は無いのだ、彼等が十刃落ちであるという事実の前では露ほども。

 

此処にいる、それが全て。

 

ドルドーニの言葉は正鵠を射ていた。

そしてそれは彼等二人に限らずガンテンバイン、そしてチルッチにも同じく言える事。

彼らをどこかからかう様だったチルッチも、振り返れば同じように十刃落ちとして虚夜宮の外縁まで追いやられた事は同じ。

そんな彼女が彼等の十刃落ちの失態を責める事は、同時に自身へと帰ってくる嘲りでしかないのだ。

 

 

「ふん! それにしてもそのフェルナンドとかってヤツ。確か、あのゾマリを消したヤツでしょ?一体どんなヤツなのよ? 」

 

「……確かに。 此処には結果しか届かないからな、興味はある」

 

 

やや強引に話題を変えるチルッチ。

彼女とて場の空気を読めぬほど愚かではなく、自分に旗色が悪い事を察すると件の十刃落ち、フェルナンドの事へとその話題を変えようとする。

そのチルッチの言葉に同調するガンテンバイン。

この虚夜宮外縁では強奪決闘など何の関係も無くただ結果だけが伝えられ、そしてあの厄介な能力を持つゾマリを降し新たな十刃となった者がいるという報は、少なからず彼らを驚かせたものだった。

そんな二人にドルドーニはあいも変わらずどこか真剣な雰囲気のまま、そしてアベルの方といえばこれといって感情や思考を表に出す様子はなかった。

 

 

「一言で言えば彼は炎のような男さ、それも燃え盛る業火の如き……ね。一度燃え上がれば忽ち大火となって敵を呑み込み、灰すら残さず焼き尽くす苛烈さを持ち。常に戦いに餓え、それを満たすためならば自分を犠牲にする事すら厭わない。そういう類の男だね 」

 

 

チルッチの言葉にドルドーニが答えたのは、彼の中で鮮烈に刻まれた修羅の姿。

かつての彼の庭先で嬉々として殴り合う少年の姿であり、腕を挫かれて尚その腕でもって敵を打倒しようとする青年の姿。

金の髪を振り乱しその顔に鬼の笑みを浮かべる、戦いに餓えた紅い修羅の姿だった。

それはどこまでも感覚的な物言いであったが、ドルドーニというこの場ではもっとも長く十刃の座にあった男の言葉には重みがあり、それだけにその言葉が誇張の類ではない事を他の者に伺わせる。

 

 

「ふ~ん。 要するに馬鹿って事ね。 それで?アンタはどうなのさ、お嬢さん(・・・・)?」

 

 

ドルドーニの言葉を聞いたチルッチ、値踏みするようなその顔のまま彼女はもう一人、フェルナンドという破面を知っていると思われる人物へと水を向ける。

彼女と向かい合うようにして座るもう一人の女性アベル。

厚手のヴェールは彼女自身の視線を遮るのと同時に、彼女の顔の大半を覆い隠す。

その様がまるでお前たちと関わる心算がない、と言われているようでチルッチはどこか気に入らないものを感じていた。

そう、まるで見下されているかのように。

 

 

「私があの破面について語れる事は少ない。そしてその少ない情報の下、私見を混ぜた推測を述べる事は無意味だ。それは客観的事実とは程遠く、情報の精度を著しくそして無意味に下げる事に他ならない」

 

「なにさ、お高くとまっちゃってさ…… 気にくわない女っ!」

 

 

アベルの答えはどこまでも彼女らしいもののように思えた。

自らが持つフェルナンドという破面の情報の少なさ、それを持って自らの考えを織り交ぜ語ることの不確かさ、そして不確かな事をさも事実が如く語って聞かせることの無意味さ。

無意味を捨てる彼女だからこそ、そうした情報の揺らぎを嫌い結果言葉はフェルナンドを語るものではなくなったのだろう。

その何処までも理詰め、不確かさを排除する可能ような思考。

だが彼女らしくあるそれはしかし、チルッチの神経をどこか逆撫でる。

 

理詰め、感情の揺れを排した思考、どこまでも、まるで自身すら俯瞰から眺めた風景の一部として視ているかのような言葉。

大局的であり何者も彼女と同じ景色を見る事叶わぬとでも言う様な、そんな印象をチルッチはアベルから受け、故に彼女は吐き捨てる言葉と共にアベルから顔を背け視線を逸らした。

 

その瞳に、黒いヴェールの奥にあるアベルの瞳にチルッチは、まるで自分の全てが見透かされているような気がしたのだ。

 

 

「……だが 」

 

 

しかし、そうして顔を背けるチルッチを他所にアベルはその言葉を続けた。

昔の彼女ならば先程で語るべき事は全て終わった、と沈黙をもって語っただろう。

だが今彼女は言葉を続ける。

その様子にチルッチは顔を背けたまま、視線だけをアベルへと向け注視していた。

 

 

「だが、敢えて(・・・)無意味を語るのならば、あの破面が十刃から外された事は当然の結果(・・・・・)だ、と私は考える」

 

「当然の結果……だと? 」

 

「その通りだNo.107。 思い通りにならない駒を藍染様は傍に置かれる事はしない。そして不必要な駒(・・・・・)も同様にな…… 」

 

 

“敢えて ”と、そう前置きし語られるアベルの言葉。

彼女の中で無意味であると断じられた私見の混ざる推測論、真実である確証はどこにもないと彼女が言うそれに語られるのは、フェルナンドが十刃落ちとなった事は当然の結果である(・・・・・・・・)という考え。

だがここで目を引くのはアベルの考えよりも彼女の言動そのもの。

無意味を嫌う彼女、その彼女自身が無意味であると断じた言動を自ら語る事の不思議。

氷のように、そして無意味ならば諦める他無いと考える彼女らしからぬそれ。

それが彼女に芽生えた変化なのか、それもと彼女という存在の崩壊の兆しなのかはこの場にいる誰にもわからない。

 

だがしかし、彼女の変化崩壊ともとれるものの因となった人物が、かの“ 最強 ”を欲する男であることだけは間違いなかった。

 

 

そんなアベルの言葉を訝しむ様子のガンテンバイン。

彼の疑問を孕んだ声にアベルは肯定の意を示すと、彼女は自身の考えを語りだす。

それはフェルナンドという破面の十刃としての必要性と駒としての従順さについて。

彼女がその千里眼によって視た彼の戦いは、アベルからすれば時に自らの力を証明する為の蛮勇の戦いであり、時に他が為に自らを危険に晒す愚行のようなもの。

そのアベルにとっては無意味なる行動の数々、不要な労力と意味を成さぬ傷跡を抱えそれでも、フェルナンドという破面は嬉々として戦いに身を投じ続ける。

 

愚かしく、そして理解しがたい。

いやおそらく彼女には理解など出来ないであろう行動の積み重ね。

 

そしてその理解出来ず無駄とも思えるものを積み重ねるのが、かの破面だとしたとき。

また破面、十刃を藍染が自らの意のままに動かせる“駒”であると考えたとするとき。

不確定で不安定な揺らぎを抱える駒は果たして必要か。

 

藍染惣右介がその巧みな手練手管、どこまでも見通す深慮遠謀をして尚、御しきれない可能性を孕んだ駒は果たして必要なのか。

 

答えなど判りきっている。

戦力として如何に優秀であろうとも、殺戮能力が如何に抜きん出ていようとも、非常に特異な能力を有していようとも。

藍染 惣右介にとって必要が無く、また従順にそして意のままに動かせない駒などに意味は無いのだ。

 

フェルナンド・アルディエンデ。

アベルから視ても強力な破面であろう事は間違いなく、しかしその行動原理は藍染が求める“駒”としての十刃とは噛み合わない、アベルはそう結論付けていた。

彼女の知らぬフェルナンドという破面の行動原理が起因するであろう行動の数々と、それに完全に左右される駒の行動。

 

自らの命を命とも思わぬそれを抱える駒、そしてそれの為に全てを擲つかのような駒。

それの為ならば藍染にすらその矛を向ける事に、一瞬の躊躇いも見せないであろう駒。

 

 

不確定な揺らぎ、御せぬ行動と彷徨うかのようなその矛先。

 

 

故にアベルは言うのだ、当然であると。

外された事は当然、どこまでも彼等破面を駒としてしか見ない藍染が、そんな危うい駒を傍に置く筈がないと。

だがそれもまた全てはアベル・ライネスの考えであり、本当に藍染がフェルナンドを不要である(・・・・・)として傍から遠ざけたのかの真相は、結局は闇の中なのだろうが。

 

 

「なにさ! それって結局アンタはそのフェルナンドってヤツの事は何も知らない、って言ってるのと同じじゃない。御託並べてそれだけとか、笑えるわねぇ! 」

 

「故に無意味だと先に告げたのだ、No.105。 件の破面の内面はNo.103が語っている為、不要だと判断した。故に何故、件の破面が此処へと落ちてくるのかを私なりに推測して語ってはみたが…… 我ながら随分と粗末な推論だ。 やはり情報の絶対量と精度の不足、そして不足したそれを補う為に織り交ぜた私見という名の希望的観測が加味される事で推論の不確定要素は増すばかり…… やはりこうして論ずる事は無意味でしかない……か…… 」

 

「なによそれ……! それってあたしたちに語って聞かせるのも無意味、って言いたい訳?馬鹿にしてくれんじゃないッ! 」

 

 

アベルの語ったフェルナンドという破面が十刃落ちとなった理由。

その言葉が終わると、それに噛み付いたのはチルッチだった。

アベルが無意味である、としながらも語ったそれは確かにフェルナンドという破面について語ってはいたのだろう。

だがチルッチが求めたのは、フェルナンドという人物の事であり、何故彼が此処へ来るかは求めていないと。

そして内面をまったく語らなかったアベルの話は、チルッチの問いに対する答えには不十分であり、言葉を並べた結果がこれでは目も当てられないと責めるチルッチ。

 

確かにアベルの言葉は論点はずれはしたのかもしれないが、人となりなど語って聞かせるようなものでないのも事実。

そんなチルッチを他所にアベルはあくまで自分の語った内容が如何に不正確で語り聞かせる事に意味が無いのか、という部分を確認していた。

アベルからすればこうして無意味を語ることこそ無意味であり、それを敢えて行った結果がこれ。

論点にはズレが生じ、何より語った言葉と自身の中で整理した情報と推論にある数多くの穴を再認し、やはり無意味な事を語ったと思う彼女。

 

だがそんなアベルの呟きがチルッチの神経を逆撫でる。

アベルに他意はないのだ、ただ己の行いの無意味さを再確認しただけの彼女。

しかしチルッチからしてみれば、彼女が語ることすら無意味だと言った事はまるで、お前達に聞かせる事もまた無意味だと言っている様に聞えていた。

ともすればその発言は、チルッチ達を否定するかのように捉えられ、それ故にチルッチは険のある視線をアベルへと向ける。

だがそれはチルッチの曲解であり、彼女がアベルを少なからずよく思っていない思いが生んだ湾曲の解。

見透かし見下すような、見下されているかのような感覚。

チルッチがアベルに見る幻視の膜を通した彼女。

それは本来のアベルという人物の姿とはどこか屈折したものであるがしかし、チルッチにとってそれこそが真実。

人も破面も同じ事なのだ。

 

 

皆須らく“ 自らの真実 ”こそが全てである、という点では。

 

 

アベルを睨みつけるかのようなチルッチと、その視線を柳が如く受け流すアベル。

その様子を腕を組み瞳を閉じる事で我関せずの姿勢を見せるガンテンバイン。

何処までも” 個 ”である破面に” 和 ”を成す才を持つ者は稀有であり、それを持つ者はこの場にはいない。

場の雰囲気は温度を徐々に下げ、険悪で重いものへと移りつつあった。

 

 

「まぁ二人とも、その辺で止めておきたまえ。紛い形にも今はお茶の時間(ティータイム)、無粋はご遠慮頂こうか…… さて、随分と話が逸れてしまったようだが…… 少年について語れる事は吾輩、そして美しき氷の姫君も語った、と思うがよろしいかな?」

 

 

どことなく険悪であった雰囲気、それを打ち破ったのは沈黙を続けていたドルドーニだった。

向かい合うアベルとチルッチに釘を刺すように言葉を向け、それ以上の雰囲気の悪化を止めた彼。

そして自分、そしてアベルもまた件の破面フェルナンドについて語ったことを確認し、話を本来あるべき流れへと戻すべく動く。

顔つきは相変わらず真剣そうであり、それを見れば見るほど彼の本当の顔というものが判らなくなっていくかのよう。

” 底 ”を見せぬかのような男ドルドーニ、彼は無言で待つ三人のそれを肯定と取り再び口を開いた。

 

 

「では本題に入ろうか。 吾輩が今回キミ達に無理を言ってまでこの場に集まってもらったのは他でもない。近いうちに此処へとやってくるであろう少年についての重要な案件(・・・・・)として、是非ともキミ達の力を貸して欲しく、その助力を願うためにキミ達に集まってもらったのだよ…… 」

 

 

真剣な口ぶりで語りだしたドルドーニ。

彼がこの茶会という体でもって他の十刃落ちを態々この場に呼び出した理由、彼が語り出したのはそれであった。

曰く、力を貸してほしい。

それはとても破面が口にするような言葉とは思えぬもの。

誰もが自分の力のみを信じ、他者の力を己が力で凌駕する事だけをもとめる破面という化生の性。

単独の力でのみ事を成そうとする彼等破面、それもその顕著な例である十刃に上り詰めた者が、自らのではなく他者の力を欲し請うことの異常性。

その言葉が発せられると同時にチルッチ、ガンテンバインからは少なからず驚きの気配が、そしてアベルからは本当に僅かではあるが疑念が零れる。

 

 

「なによ、ドルドーニ…… アンタまさかあたしたちと手を組んで、寄って集ってそのフェルナンドとかって破面を殺そう…… とでも言う心算? 」

 

「解せんな。 少なくとも俺の知るアンタは誇り高い武人だった。そのアンタが他者の力を借りて一体何をしようってんだ」

 

「No.103…… 貴様なにを企んでいる…… 」

 

 

それぞれが思い思いの言葉をドルドーニに投げかけ、彼の答えを待つ。

勘繰り、探り、訝しむ。

そんな三つの視線を受け止めるドルドーニ。

彼は一度瞳を閉じ、そのまま少しの間を空ける。

妙な沈黙が場を支配し、そしてその沈黙を破ったのはやはりドルドーニ。

 

 

「キミ達の力を貸して欲しい理由……それは…… 」

 

 

瞳は相変わらず閉じたまま。

まるで思い悩み、そして苦渋の決断すら感じさせるようなその面持ち。

自然視線は彼へと更に集まり、彼が何を語るのかという思いは増していく。

一体なにがこの男をここまで真剣にさせるのか、またこの男は何をしようとしているのか。

 

まるで次に続く言葉のためにと間を置くドルドーニ。

その重苦しい空気、まるで小さな物音すらも憚られるような雰囲気が続き、そしてついに沈黙は破られる。

 

カッと眼を見開き、組んでいた両手を解くとその手で円卓を叩くようにして勢いよく立ち上がったドルドーニ。

何事かと思う面々をよそに彼は渾身の力を込め、魂の叫びを上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「吾輩は常日頃から思っていた! この場所は些か…… いや、あまりにも退屈が過ぎる(・・・・・・)と!!そもそもキミ達はなんとも思わなかったのかね?来る日も来る日も暇をもてあまし、やることも無いからと身体を鍛えてみてもたまに訪れる侵入者はてんでお話しにならない弱者(デビル)ばかり!歯応えが無いにも程があると! 」

 

 

そのあまりの勢いにやや圧倒される三人を他所に、己が胸のうちを叫ぶドルドーニの表情は鬼気迫るものすらあり。

日頃溜め込まれた鬱憤、退屈が過ぎるという彼の憤りは今まさに頂点に達し噴火するかの様。

要するに彼は奥底で飽いているのだろう。

あまりにも鮮烈に刻まれた戦いの記憶、彼の胸に今も傷跡として残った誇りある爪痕が示す熱さがその思いをより強くさせたのかもしれない。

最高の純度、最高の密度をもったあの戦いを経験してしまったからこそ、ドルドーニは今に飽いてしまっているのだ。

そしてその思いの丈は留まるを知らず、しかし些か暴走を伴って噴出する叫びは徐々に方向を異にしていく。

 

 

「そもそもなんだね此処は! 下官も何も、どこを見回しても男、男、男ときている!!あぁ、もちろん美しき氷の姫君は別格ですぞ?ご心配には及びません…… もとい! 此処はあまりにも!そうあまりにも華が無さ過ぎる(・・・・・・・)とは思わんかね!吾輩の紳士道とはこの身の全てを女性《フェメニーノ》に捧げるためにあるのだよ!それがこうも暑苦しくてむさ苦しくて…… 芳しき女性のいい香りの欠片もしない場所に押し込められてこの吾輩が我慢など出来る訳があると思うかね!!嗚呼吾輩、蝶よ華よと女性を追いかけたあの日々が懐かしい…… 」

 

 

叫びを上げ続けたかと思えば、最後には拳を強く握りながら涙すら見せ始めるドルドーニ。

その涙が悲しみや感動の類ではない事は言うまでも無く。

ついほんの数秒前まで語ってみせていた武人としての退屈の話など何処へやら、どちらかと言えばこの男にとって本題は此処にこそあり、故に滝のような涙すら見せているのだと思わせるほど。

一人機関銃のように言葉の弾丸を放ち続けるドルドーニに、完全に圧倒され始める三人。

正確には先程までの真剣さからの振り幅があまりにも大きすぎ、ついて来れていないというのが現状のようだった。

 

しかしドルドーニにそんな彼等の様子など関係は無い。

堰を切ってあふれ出す言葉は留まるを知らず、そして漸く彼の話は本題へと移行していった。

 

 

 

「そこで吾輩考えた!! おり良く少年が此処へとやってくるのだからここは盛大に歓迎し、その為の宴を催せば良いのではないかと!それも盛大に! 物凄く盛大にね!そうともなれば当然人手など足りない筈、そうすれば必然補充として下官が追加され結果!此処は美しきお花さん達が咲き誇る天国(パライーソ)へと早変りするという寸法さ!!嗚呼…… なんという神算、なんという知略、前々から判ってはいたが吾輩今日ほど自分の有能さを思い知った日は無いよ。フハハハハ!! 」

 

 

 

最早凛々しき武人の顔などそこにはなかった。

あったのは明らかに穴だらけの理論と、それを得意気に披露するドヤ顔の痛い紳士一人。

顎に片手を当て、フフンと鼻を鳴らすようにして誇らしげに胸を張る姿は、欲に塗れ過ぎて逆に清々しさすらあった。

今彼の頭の片隅では、まさに天国が如き瞬間の画が妄想されているのかもしれない。

 

いや、もういっそいろんな意味で頭の中がお花畑である。

 

 

「さて、此処からが本題。 キミ達にはこの吾輩の天国の為…… ゲフン、ゲフン。 ではなくて、少年の歓迎の為に催される宴席を盛り上げる余興でもやってもらおうかと思っているのだよ!拳闘士君はその楽しげな髪を活かして、その中から次々と鳩でも出してみればどうだね?あぁ美しき氷の姫君はそんな余興など必要ありませんぞ?貴方は居て頂けるだけで宴の華となりましょう。チルッチ君は…… まぁなんだ、相変わらず(・・・・・)その今一何なのか良く判らない斬魄刀で、パパっと適当にやってくれたまえよ」

 

 

それはなんとも馬鹿にした話であった。

宴だ何だという事も然ることながら、その席を開けたとしてドルドーニはチルッチ等十刃落ちにその席で余興をやってくれというのだ。

落ちたとは言え彼等は元々は十刃、戦いにのみ指向性を見出し戦いにのみ真価を発揮する。

そういった者達を掴まえて余興をやってくれと言ってのけるドルドーニ。

ふざけた話、馬鹿にした話であるが、怖ろしいのはこの男は本気でそんな事を言っているように思える点だろう。

 

一人加熱するドルドーニと、加速度的に置いていかれる他三人。

理解が今一追い着いていない彼らではあったが、おそらく共通して感じている事は一つ。

 

この集まりが少しでも真剣な話だと思った自分が馬鹿だった、という思いだろう。

 

 

「名付けて! 『少年歓迎! 退屈な日常は一端忘れて大騒ぎ!飲めや歌えや踊れや飲めや! 此処は天国吾輩満足!ポロリは寧ろウェルカム! さぁ美しきお花さん達!吾輩と愛について語らいませんか? 大大大宴会 in 3ケタの巣!!! 』 さぁ諸君! 皆で力を合わせて行こうではないか!あの理想郷(ユートピア)へ!!! 」

 

 

最早八割がた自身の欲望が透けて見えるドルドーニの命名。

ある意味彼らしく、往々にして他者を置いてけぼりにする行動は此処に極まった。

円卓の一端、そこで遠くを指差すようにしているドルドーニ。

その指先にはきっと彼の言う天国、理想郷が見えている事に違いない。

 

 

当然彼以外には欠片も見えていない訳であるが。

 

 

ポーズをとりその余韻に浸るドルドーニを他所に、たっぷりと耳が痛いほどの沈黙が流れる。

それはもう水をうった様に、そしてどこか疲れきったように。

言葉を発する事が憚られているのではなく、言葉を発する気にもならないといったように。

そこに満ちていたのは“ 呆れ ”を通り越した“ 諦め ”にも似た感覚。

簡単に、そして言葉を選ばずまた端的に言えばこうだろう。

 

 

“あぁ、コイツ駄目だ(・・・・・・) ”である。

 

 

だがそうしていつまでもただ沈黙が続いてはいなかった。

円卓の四方にそれぞれ座る彼等のうち、すっと立ち上がった影は二つ。

ガンテンバイン、そしてアベルである。

ヴェールに隠れたアベルの方は判断できないが、ガンテンバインの目には怒りを通り越した疲れが色濃く浮かんでいた。

 

 

「? どうかしたかね? 拳闘士君、それに美しき氷の姫君も…… ま、まさか! 吾輩のあまりにスバラシイ提案にスタンディングオベーションかね!?フフッ、いやいや、それ程の事ではないよ。この程度吾輩にとっては朝飯前、というヤツさ。ハッハハハハハ!! 」

 

 

ガンテンバインの自分を見る目などお構いなし。

前にも増してどこかが派手に壊れているかのようなドルドーニ。

正直手がつけられない、というのが今の彼を評するのには適切なようだった。

が、そんなドルドーニなどもう知った事ではない二人、これ以上相手をするのも精神的に疲れるだけだとその場を後にする。

 

 

「聞いて損したぜ…… 」

 

「不毛、空言、無稽、囈語(うわごと)、これほど言葉を尽くしても足りぬ程の無意味を感じたのは初めてだ、No.103 」

 

 

吐き捨てるような言葉を残し、その場を後にする二人。

その背中に影がかかって見えるのは、きっと間違いではないのだろう。

肉体的に如何に強い彼らであっても、ここまで精神的に攻撃を受けることに慣れてはいないのだから。

 

 

「な!? 何処へ行くのです!? 美しき氷の姫君!! ……あと拳闘士君も。一体何故…… 拳闘士君!鳩の難易度が高かったのなら、いっそ飴ちゃんで構わないよ!?美しき氷の姫君も何か御気に召さない事でも御座いましたか!?もしかして余興をやりたかったのですか!?存外ノリノリだったのですか!? それとも…… ムッ!まさかポロリか! ポロリがいけなかったのですか!これはこの紳士ドルドーニ一生の不覚! 紳士としてあるまじき欲望!ご気分を害したならこのドルドーニ床に額をめり込ませて謝罪しますのでどうか!どうかカムバ~~~ク! 」

 

 

木霊するドルドーニの叫びを背に受け、しかし彼等は振り返りもせずその場を去っていった。

残ったのは縋るように手を伸ばした姿で固まる哀れな紳士が一人。

ドルドーニにとって完璧な作戦だったはずの今回、だがそれはあまりにも脆く崩れ去り破綻した。

まぁ元々成功すると思っているほうがどうかしているのだが、それはもう言っても仕方が無い事。

 

悲しき男、ドルドーニ。

しかし彼にはまだ一縷の希望が残されていた。

 

 

消沈の中、スッと椅子が引かれる音に我に返ったドルドーニ。

音のした方を向いてみれば、そこにはまだ一人彼と同じ十刃落ちの一員が残っていた。

チルッチ・サンダーウィッチ、俯き加減で立ち上がった彼女はそのままドルドーニに背を向けて歩みだし、ある程度距離を置いたところで再び彼へと振り返った。

彼女もまたこのまま帰ってしまうのかと思ったドルドーニにとって、チルッチが立ち止まった事は僅かではあるが胸を撫で下ろす出来事であり、さすが付き合いが長い(・・・・・・・)だけある、と思える彼。

しかしドルドーニには見えていない、彼女の、チルッチの額に浮かんだ青筋(・・・・・・・)が。

 

 

「おぉ、チルッチ君。 キミならわかってくれると思っていたよ。流石だねぇ 」

 

「……そうだね。 アンタとは腐れ縁(・・・)もいいところだし、そうやって馬鹿みたいに暴走するのも、その裏でほんとは何か企んでやがんのもよく知ってるさ…… 」

 

「いやいや、流石は吾輩と同じ第一世代(・・・・・・・・・)の生き残り。見た目の若作りも益々磨きがかかってるねぇホントに」

 

 

そう、チルッチはドルドーニと同じ第一世代。

彼よりも随分と前に十刃落ちとなりはしたが、ドルドーニからすれば同じ時を生き戦った戦友のようなものなのだ。

それ故に彼の道化が如き振る舞いも、その実裏で何かしら企んでいるという真実も予見していたチルッチ。

ドルドーニからすればそれは驚嘆に値するはずもなく寧ろ当然で、遠慮の無い言葉が出るのもそれなりに共に過ごした時があってこそ。

チルッチからしても彼のこういった気質を知ってはいる訳だが、しかし、知っているからといって許せるというのはまた別の話のようだった。

 

 

「参考までに教えなよ。 アンタが今回裏で何を企んでるかをさぁ…… そうしたらあたしも考えてあげるよ(・・・・・・・)

 

「そう言われてもねぇ。 今回は別になんにも企んでないのだけど…… 吾輩だってときには本心のままに動くのだよ?」

 

「そう…… なら、さっきあたしの斬魄刀を虚仮にしたのも、本心……て訳ね…… 」

 

「虚仮にって…… あれ? チルッチ君?なんだかどうにも話の雲行きが怪しくなっていないかい……?」

 

 

彼の気質、彼の道化の裏を知るチルッチ。

だからこそ彼女は問うたのだ、何を企んでいると。

それ如何によっては彼女もその如何ともしがたい感情を納めようと考えつつ。

しかし、ドルドーニから帰ってきたのは彼女の求める答えではなかった。

ならばもう、ならばもう抑える気はないと。

 

先程のドルドーニの熱弁。

その中に彼女を虚仮にする言葉がどれだけ含まれていただろうか。

気を使い傅くかのような振る舞いは常にアベルに対してのみ、男だらけだという発言のときにもチルッチに対するフォローは無く、極めつけは彼女の特異な斬魄刀を馬鹿にするかのような言動。

それは一重にドルドーニにとってチルッチは、いい意味で気を使う相手ではないという事なのだが、それも後の祭り。

如何に彼を知っていたとしても許せるものではない言動の数々に、ついにチルッチは堪りかねたのだ。

 

 

後ろ手に手を回し、そしてチルッチが握っているのは斬魄刀の柄。

しかしそこには本来あるべき刀身は無く代わりに鉄線のようなものが繋がれていた。

その鉄線は長く伸び、先を辿ればそれはチルッチの顔よりも大きな戦輪(チャクラム)の輪の内側を通りぬけ、再び彼女の手元へ戻り、その先端に付いた小さな突起は、斬魄刀の柄を握る彼女の手の人差し指と中指の間に挟まれるように握られていた。

 

斬魄刀、いや刀と呼ぶには少々特異なそれ。

本来刀が持つであろう斬る、切り裂く、切断するという用途にはどうにもそぐわないかのようなその形状。

ドルドーニの言にもあった“今一何なのかよく判らない”という言葉はよく言ったもので、一見用途すらも皆目見当が付かないチルッチの斬魄刀は、しかし特異な外見に見合う特異な使用法をもって威力を発揮する。

 

チルッチはドルドーニのどこか怯えるような雰囲気も意に介さず、斬魄刀の柄を握った手を手首のしなりを利かせてクルクルと廻し始める。

はじめはただ柄を持った手だけが、しかしその手と柄の動きに連動するように柄に繋がった鉄線が波を打ちしなり始め、円を描くような手首の動きに合わせ鉄線もまた円の軌道を描き始めた。

そして鉄線の動きは徐々に大きくなり、戦輪はその遠心力によって鉄線の柄と手に握られた先端のちょうど中間地点へ。

遠心力によって持ち上げられた戦輪は、見た目以上の重量を持つのかその重量による加速が手首を基点とする回転を加速させ、そして戦輪自体が回転を行い始めたことで回転は最高潮に足していた。

 

辺りに響くのは鉄線が風を切る音と、戦輪が高速回転することで生まれる甲高い音。

そしてその回転の最中、突如としてチルッチは指の間に握った鉄線の先端を離した。

鉄線の中間地点には遠心力の加わった戦輪、その戦輪を抑えていた鉄線の基点のうち片方の解放、それは即ち抑えられていた戦輪の解放を示し、遠心力、重量の加速、自身の回転による威力の三つを持った戦輪はその一撃の牙を振るったのだ。

 

標的はドルドーニ、の前にあった円卓。

避ける事などないその円卓はチルッチの斬魄刀の一撃を余すところ無く受け止め、そしてその瞬間轟音を立てて砕け散った。

文字通り欠片すら残さず砕け散った円卓、決して脆いわけではないそれは粉々になり、そして床には盛大に陥没した跡が残されていた。

そう、チルッチ・サンダーウィチの斬魄刀は切り裂くものではなく叩き潰す(・・・・)ことに主眼をおいた斬魄刀。

戦輪の回転によって切断も可能なのだろうが、それ以上に叩きつけられた威力は切り裂いた傍から敵を叩き潰す戦鎚の如く。

見た目は小柄な女性であるチルッチであるが、やはり彼女も元は十刃であり、そして化物なのだ。

 

 

「チ、チルッチ君? 一体どうしたのかね?いきなり何を…… 」

 

 

そんなチルッチの破壊の一撃、それを前に慌てたのはドルドーニ。

彼からすれば何故このような事態になったのかが理解できない。

いきなり目の前の円卓は弾け跳び、そして彼女の周りに纏わり付くような怒気はいまだ衰えず。

何故彼女がこうも怒っているのか皆目見当がつかないドルドーニであったが、唯一つ判っている事もある。

それは間違いなく、この怒りの矛先は自分に向いており、彼女を怒らせたのもまた自分であるという事だった。

 

 

「ドルドーニ…… アンタさっきあたしにこの斬魄刀で芸の一つでもやれ、なんてふざけた事ぬかしたわよねぇ…… いいわ、やってあげようじゃない…… 」

 

 

怪しかった雲行き、しかしチルッチは何故か先程のドルドーニの提案、斬魄刀で芸をやってくれというそれを受けると言い出した。

何故このタイミングでそんな事を言い出すのかは不明であるが、その額に浮かぶ青筋が増えている事からろくな事ではないことはたしかだろう。

だがドルドーニという男はそれがわからない。

戦いともなれば苛烈で激烈、まさしく武人の鑑たるこの男、しかし道化の性を抱える彼はそれに抗えない。

チルッチのやってやる、という台詞を快諾ととった彼はホット胸を撫で下ろしながら彼女に一歩近づいた。

 

 

「お、おぉ! それはよかった! やはりキミならば判ってくれると思っていたよチルッチ君。流石は吾輩の古い友、なんだかんだと言って吾輩を慕ってくれているのだね!いや~吾輩、こんなに嬉しい事はなッ …………ゑ??」

 

 

気持ちよく、殊更気持ちよく語っていたドルドーニ。

しかし言葉を尽くす彼のそれを遮ったのは、彼の頬の辺りで鳴った小さな音。

チチッ、とまるで燐寸(マッチ)を擦ったときの様な音、普段ならば気に留めるでも無い様なそれであるがドルドーニはその音に言葉を止めたのだ。

嫌な予感、それもどうしようもなく嫌な予感が彼には過ぎりそして、その嫌な予感というものは往々にして当たるものである。

 

 

 

 

「ぬぉぉおおぉおおぉ!!!なんじゃぁこりゃぁあぁぁぁ!! 吾輩の! 吾輩の紳士の象徴たる御髭さんが(・・・・・)とんでもない事にぃぃぃ!?」

 

 

 

音がした方、自分の口元へと視線を落としたドルドーニ。

それで自分の顔など見えるはずも無いのだが、彼にはそれで見えるものがあった。

髭である、モミアゲから顎にかけて、そして口髭として左右に尖った見事に手入れの施された彼自慢の髭である。

しかし、今彼が落とした視線から見える風景はいつもとは違う。。

そして目に見えるそれはまず間違いないのだが、それでも信じられないのかドルドーニは手で触ってその現実を確かめようとする。

鼻の下からなぞるように左右の髭をそれぞれ手でなぞりながら先端に向かう彼の手、その彼の手の片方はピンと伸びた自慢の髭の先端を触り、しかしもう片方の手は空しく空をつまむに留まる。

此処で彼はようやく現実を受け入れ叫んだのだ、手塩にかけて整えた尖った髭が一本しかない(・・・・・・)という現実を。

もう片方は無残にもその先端を切り落とされ、今や彼の髭は左右非対称となっていたのだ。

 

彼にとってあまりの出来事に狼狽するドルドーニ。

彼曰く紳士の象徴である髭が無残に切り落とされた姿は、彼にとって絶大な威力をもって叩きつけられていた。

そして当然これを行ったのは他の誰でもないチルッチ。

器用にその戦輪を鉄線で操り、戦輪をドルドーニの顔を紙一重で通過させ彼の髭の先端だけを見事に剃り落としたのだ。

 

 

「大きい声上げるんじゃないよ。せっかくあたしがやりたくもない芸を披露してあげてんだからさぁ…… このあたしの斬魄刀で、あんたの髭という髭(・・・・・)を全部剃り落としてやる(・・・・・・・・)、っていうねぇ!!」

 

「ノォォォウ!! そんな怖ろしい芸、吾輩は頼んでいないよ!!拒否! 断固として拒否!! 紳士たる吾輩からこの麗しい御髭さんを奪う事は、現世に住まうという伝説の青色狸から腹部にあるという不思議ポケットを奪うくらい罪深いことなのだよ!?」

 

「知るかそんなもん!! あんただって狸みたいなもんじゃないさ!黙って大人しく顔ごと剃られろ!! 」

 

「芸の難易度下がって吾輩の危険度が鰻登りだよぉぉぉ!?」

 

 

もはや幾ら言葉を尽くそうとも説明は不可能となりつつある3ケタの巣の一角。

壮年の男を戦輪を振り回す女性が追い回す、というなんとも言葉に困る光景。

響くのは男の絶叫と壁やら床が砕ける轟音。

こんな状況を説明する言葉としてこれが適当なのかは疑問が残るが、思いつくのはこんな言葉のみ。

 

 

そう…… 混沌である。

 

 

 

 

 

 

 

無力を知った

 

悔しさを知った

 

だから俺達は進もう

 

二度とそれを覚えぬ為に

 

二度と仲間の

 

背を見ぬ為に

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




若干の独自設定ありの回。

ドルドーニ……お前はどうしてこうなったよw
まぁ書いていて楽しいキャラではありますがね。

僅かばかりでも、クスっと笑って貰えれば幸いです。

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