BLEACH El fuego no se apaga.   作:更夜

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BLEACH El fuego no se apaga.extara9

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

嘘と真は

 

紙一重

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《首尾よく紛れ込めたかな? 》

 

「ケケケ。 えぇ、まぁ。 周りは自分にしか興味が無い様な連中ばかりですからねぇ、楽なもんですよ」

 

 

頭に響いた声に少し声を落として答える。

その低くて良く通る声の主は、きっと普段と同じように笑みという形を貼り付けた顔で、そんな言葉を言っているのが良くわかった。

ったく、何だってああも感情が伴わないような笑顔でいられんのかねぇ。

この言葉だって字面だけ見りゃ心配してるように見えるけど、その実心配なんて欠片もしてないんでしょうし。

まぁ、はじめっから心配なんてしてもらえるとは思ってないですし、何より心配してもらうほど難しい事でも無かったですからねぇ。

周りにいるのはどいつもこいつも他人に興味が無い様な輩ばかり、それでいて徒党を組んでアノ人に逆らおうってんだから逆に笑えるってもんだ、こういうのをきっと烏合の衆、って言うんでしょうねぇ」

 

 

《フフ、そう悪し様に言うものではないよ、サラマ。彼等はそうする事でしか逆らう術を知らないんだ、例えそれがあまりにも稚拙で愚かだったとしてもね》

 

 

「え? あぁもしかしてどっかから口に出てましたか?こりゃ失礼しました藍染様。 ……でもまぁ、確かにそうですね。愚か、か…… というか甘いんですよ、こいつ等全員。個で敵わないから群れる……ってのは判りますがねぇ、そうして群れたら群れたでまるで自分まで強くなった気になっちまってやがる。集団の強さってのは統率であって、“ 軍 ” と“ 個の集合 ”は別物だって判らないんですかねぇ…… 」

 

 

そうだ、此処に集まってる奴等は根本的に間違ってる。

こいつ等は全員ただ此処に集まっただけ、その先が無くてそれだけで完結しちまってるんだ。

集まる事は目的ではなくあくまで手段、それも最初の一歩に過ぎなくて本当の目的ってのは虚夜宮、ひいては藍染様に反旗を翻す事だろうに……

ただただ集まってそれでお終い、統率する者も無く、触角を失った蟲のようにあちらこちらと定まらない。

群れりゃ強いってのは確かにあるが、それは喧嘩止まりで反乱ともなればそんなガキの理屈が通用する訳ないでしょうに。

 

 

《流石、といったところかな? キミは存外に聡くて助かるよ》

 

 

「ケケ。 お褒めに預かりどうも。 ……それで?俺は此処で一体何すりゃいいんですかい?まさかこいつ等全員始末しろ、なんて無茶な事言いませんよねぇ?」

 

 

あからさまな世辞、って判りきってますが一応形式的に礼だけは言っときましょうか。

それにしても…… 本当に態々こんな辺鄙なところで意味無く集まってるこいつ等の中に俺を潜り込ませて、藍染様は何がしたいんでしょうねぇ。

冗談でこいつ等を全員始末、なんて事言ってはみたが本当にそうだったとしたら骨が折れるし、割に合わないってもんだぜ……

 

 

《キミならそれも不可能ではない、と私は思っているが…… 今回はその心配には及ばないよ、サラマ。 彼等の始末は既に目途がついて(・・・・・・)いる。だが殲滅戦となるかどうかは彼等次第だが……ね》

 

 

「不可能では無い、ってそりゃ幾らなんでも買いかぶり、ってもんですよ。にしてもまぁ、俺としても楽が出来るならそれに越した事は無いですからねぇ。この数相手取るのは流石に割りに合いませんし」

 

 

一瞬藍染様が不可能ではない、なんて言いだすもんだから余計な事言っちまったかと思って焦ったが、まぁそれが余計な心配だったか。

にしても……じゃぁ何で俺は此処に送り込まれたんですかねぇ?

それになるかどうか(・・・・・・)……か。

そいつもおかしな話だ、なにより放って置いても自壊が確実な集団でも潰すのがこの御人のやり方だ。

見せしめ、言い方は悪いが効果的な方法ですしねぇ……

でもそうなるかどうかもまるでこいつ等次第、みたいな言い方ってのが気になるっちゃ気になる。

 

こいつ等だって今までの藍染様の所業を知らない訳じゃないだろうに、なんだってまた集まったりしてるんだ?

ただこいつ等全員馬鹿なだけか、それとも作為的なもんがあるのか……

その辺が俺が此処に居る理由に繋がってくる、と思うのはいくらなんでも邪推が過ぎるってもんですかねぇ……

 

 

《フフ。 今回キミをそこに送り込んだのはある人物と戦って貰うためさ。キミにはその人物と戦ってもらいその能力を引き出し、更にそれをサンプルとして持ち帰って貰う。 ……なに、キミの能力(・・・・・)を使えばさほど難しい事ではないさ》

 

 

一人……か。

そのたった一人と戦うため、というより藍染様にとって重要なのはおそらく相手の能力。

何か貴重な能力か、或いは藍染様にとってこの上なく利がある能力か、どっちにしろ藍染様がサンプルを欲しがるくらいだから碌なもんじゃない(・・・・・・・・)のは確か……か。

でもまぁ、此処でこいつ等全員潰すよりは楽な仕事そうだねぇ。

能力使えば難しくも無い、って事みたいですし。

 

 

「了解しましたよ。 で? そいつはどんな格好なんですかい?こう数ばかり多い中で探すには、それなりに特徴ってもんが判ってないと厳しいんですがねぇ」

 

 

楽な仕事ならさっさと済ませて帰るのが一番に決まってる。

まぁ帰ったからって何か良い事がある、って訳じゃありませんがね。

今に不自由を感じている訳で無し、それ以上を望む心算も無い俺にとっちゃ小間使いでもそれはそれで悪くは無いってもんさ。

仕事は仕事、それに藍染様にはそれなりに恩ってもんもありますし。

 

 

《相手の姿……か。 それは心配には及ばないよ、サラマ。きっと直に判る(・・・・)筈さ 》

 

 

……なんでしょうねぇ。

そこはかとなく嫌な予感がするんですが……

相手の姿を黙ってることに藍染様にとって利があると考えると、それは言ってしまえば俺が文句でも言うと思ってるか、或いは割に合わないと言い出す事がほぼ確定、って事なんじゃないか?

下手すりゃ此処の輩を全員相手取った方がよっぽど楽な相手、とかねぇ。

 

……ケケケ、“ まさか ”だよなぁ、そんな相手居る訳が無いさ。

そんなの相手にやれ能力を引き出せだの、やれサンプルを持ち帰れだのいくら藍染様だって言いっこない、ってもんさね。

 

 

「ハイハイ。 了解しましたよ。 それじゃぁ俺はその御相手とやらが、精々派手に暴れてくれるのを期待して待つ事にします」

 

 

《フフ。 あぁ、そうしてくれて構わないよ。きっと彼ならキミの期待に応えてくれるさ 》

 

 

俺は何一つ期待なんてしちゃいないんですが……ねぇ。

まぁそういう俺の考えを判りきってこういう事を言うあたりが藍染様らしいってもんですよ、ホント。

期待してる事があるとすれば、これが楽な仕事になってくれれば儲けもんだ、って事くらいなもんなんですけどねぇ。

 

 

《それでは良い報告を期待しようか。 サラマ、キミのとって彼が楽で割に合った(・・・・・・・)相手である事を願っているよ》

 

 

……こりゃマズイ、か?

天廷空羅(てんていくうら)の途切れ際に聞えちまった嫌な台詞。

楽で割に合った相手である事を願っている。

そんな台詞を残す、って事は十中八九相手は楽でもないし割には合わない相手だ、って言ってるようなもんじゃないですか。

ある意味こうも直接的に藍染様が言葉にする、って事は相当相手はヤバイ奴って事で確定。

一気に暗雲が立ち込める、ってもんですねぇ……

 

 

まぁだからって退く訳にはいかないんですけどね。

 

 

相手が何であれ誰であれ、“ 勤め ”ってものは果たさなけりゃ意味が無い。

主、創造主である藍染様の命令、それを受けちまったからには“出来ませんでした”なんて口が裂けても言える訳無いってもんです。

キッチリカッチリ、お勤めは果たそうじゃありませんか。

 

 

それにもしかすれば、少しばかりは面白いって事があるかもしれませんし……ねぇ。

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

「と、以上が今回の報告です。 何か質問ありますか?」

 

 

部屋の中、一人っきりで相手も無くしゃべる、ってのはきっと傍から見たら頭のおかしくなった奴に見えるんですかねぇ。

距離を置かれるか、或いはアイツはきっと可哀相な奴なんだと同情されるか、もしくは荒療治とばかりに頭でも殴られるとか。

普通の反応なら前二つでしょうが、うちの親分なら間違いなく一番最後な気がしてならん。

……いや、無視の可能性が一番高そうな気もするか。

 

声は一応真面目な雰囲気で出してはいますが、頭ん中でこんな馬鹿げたこと考えてる、なんて知れたらきっと只じゃ済みそうにないってもんです。

なんせ今回の報告の相手はあの東仙統括官、冗談なんてきっと通じる訳がない。

 

 

《委細了解した。 引き続き彼の者の監視、調査を続行するように》

 

 

「了解しました。 俺に何が出来るか判ったもんじゃありませんが、まぁそれなりに頑張らせてもらいますよ」

 

 

なんとも事務的、というかこの御人にあまりそういった興味や冗談の類を望む方が間違ってるんですかねぇ。

藍染様が尸魂界(ソウルソサエティ)を離反するって際に連れて来た死神。

もう一人の方は腹の内はどうあれそれなりに話しやすい御人なだけに、この御人の取っ付きにくさといったらもう……

二言目には正義だの忠義だのと、俺等にそれが理解できるなんて思ってんですかねぇ。

 

 

《……サラマ・R・アルゴス。 その様な中途半端な覚悟で事に当たる事は関心出来ん。貴様が帯びている任務は藍染様直々のもの、失敗などあってはならないと理解しているのだろうな?》

 

 

あ~なんかマズイこと言っちまったみたいですねぇ。

出来るか判らないとか、それなりにとかって台詞はこの御人には禁句でしたか。

藍染様の命令に対して実直なのは結構ですが、それを俺にまで強要されてもねぇ……

 

まぁ藍染様あたりになると、器が大きいのかそれとも敢えてなのかは判りませんが、こっちの意図はある程度汲んでくれるんですがこの御人はそれに比べると、ちょっとばっかし頭が固いのかもしれませんねぇ。

そりゃキッチリ仕事はしますよ?

でも気合の入れようなんてそれこそ個々のもんですし、何より本当にいざとなって俺にあのニイサンが止められると思ってんですかねぇ、この御人は。

 

 

「失礼しましたね、東仙統括官サマ。 別に気を抜いてる訳じゃないんですよ、ただ何事も気張りすぎは良くない、って話でさ」

 

 

《詭弁を…… だがそれならば良い。 しかし忘れるな、貴様が彼の者の首輪であるという事、そして彼の者が研ぎ澄ましたその牙を万が一藍染様へと向ける素振りを見せたその時は…… 後ろから刺せ 》

 

 

ハイハイ。 最後にそんな台詞残さなくったってちゃんと判ってますよ。

俺は首輪、あのニイサンの行く先には必ずついて回って監視し、時には藍染様の考えに則って上手く誘導して御し、力や能力の詳細を調べ、そして……

あのニイサンが藍染様の意に反しその拳を、あの燃え盛る炎の様な敵意を藍染様に向けたその時は。

 

 

俺があの人を殺す(止める)ってんでしょう?

刺し違えても……ねぇ。

 

 

“後ろから刺せ”ってのも要するに、“形振り構わず殺れ”って話でしょう。

ニイサンの力は欲しいが、しかし逆らわれても面白くないってとこですか。

二律背反ってやつですかねぇ、ケケケ、笑えるってもんですよ。

俺一人が命を捨てたところであのニイサンを殺せるなんて、本気で思ってるんですかねぇ。

 

そもそも刺し違える心算なんてはじめっから無いんですよ。

 

世の中生きてる奴の勝ちなんですから。

そりゃ藍染様には恩もありますし、命を受けたからには頑張らせてもらいますよ?

でもねぇ……命投げ出してまで仕える心算なんて更々無いんですよ、俺。

 

恩も義理もありはしますが、それに準じて死ねるほど馬鹿にはなれないもんで。

 

そういう意味ではフェルナンドのニイサンは完全に馬鹿の部類ですけどね。

なんでかは知りませんがあの御人は、そういうものに(・・・・・・・)馬鹿になれる性質(たち)ですからねぇ。

まぁこんな事本人には言えませんが。

 

しっかし、ほんとあのニイサンは何でああも馬鹿になれるんでしょう?

 

 

謎、ですねぇ……

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

「いや~。 こら見事なまでにボロボロやねぇ、サラマ君?」

 

 

……なるほど、そういう訳ですかい。

いつもなら天廷空羅とかいう死神の術で済ませる報告を、何でまた今回に限って映像付きの通信装置なんかで…… とは思ってましたがねぇ。

もう俺が報告をする前に粗方情報は伝わってるんでしょう、それで音声だけじゃ勿体無いと。

確かに今の俺はボロボロって言葉が良く似合う見た目ではあるでしょうね、動くのも億劫になるほど身体中が痛いなんてそう経験出来る事でもないでしょうし。

しっかし…… 相変わらずいい性格してますねぇ、市丸のニイサンは。

 

 

「開口一番で言う台詞じゃ無い気がしますがねぇ…… まぁ、ボロボロだってのは否定できませんが 」

 

「そらあの(ぼん)の前に立ちはだかったんや、無傷いう方が嘘ってもんやろ?」

 

「……確かに。 自分でも五体満足なのが信じられませんよ、ホント」

 

 

まぁ確かに市丸のニイサンの言う事も判らなくはないですね。

あの時は俺も大概熱くなってましたからアレですが、今思うと随分と綱渡りな事をしたもんですよ。

今だってこうして生きてるのが不思議なくらいで、あのまま殺されてたって文句は言えない様な状況でしたからねぇ。

 

 

「にしてもキミ、意外と熱血漢やったんやねぇ。あの坊の無茶を止める為やったんやろ? キミって何でも一歩退いてるいうか、どっか冷めてる性質や思うてたから驚いたわ~」

 

 

明らかに面白いものを見つけた、みたいな声してますねぇ。

そんな事言ったら一番驚いてんのは俺の方ってもんですよ。

冷静に考えればあの御人の前を塞ぐって事は、命は要らないと言ってる様なもんですしねぇ。

あのフェルナンドのニイサンが自分の往く道を塞ぐ相手に容赦なんてする訳ないですし、そういった意味では生きた者勝ちだなんて言ってた俺の考えとは矛盾してる。

自分から死ににいった様なもんだしねぇ。

あの場には最終的にハリベルのアネサンだって居たんだ、上手く話を持っていけばハリベルのアネサンにニイサンを止めて貰う事だってきっと不可能じゃなかった。

でもそれをしなかった、思いつかなかったのは俺も頭に相当血が上ってたのか、それともそれは他人に任せちゃいけないと思ったのか・・・・・・

 

まぁ今となっては謎って事にしときますか。

 

 

「それで? 坊とまた戦ってみてどうやった? 」

 

「そいつは……報告として(・・・・・)、って事ですかい?」

 

「ま、そういう事やね。 いつもは間接的にしか収集できない坊の記録、欲を言えば解放してんのが良かったけど、そら高望みいうもんや。せっかく直接取れた記録やし無いよりはマシ、いうことやね」

 

 

確かに。

結局俺がニイサンの首輪として近くに居るのは、ニイサンに対する枷と藍染様の眼や耳として。

枷は言うまでも無くニイサンの反逆をいち早く察知して殺す為、まぁそれが本当に出来るかは判りませんが、能力を全開にすれば五分とは言わずともそれなりには持ち込めるとは思ってますけどね。

もっともそれをする心算は今のところありませんが。

 

そして藍染様の眼と耳、たぶんですが藍染様が望んでるのは“ 首輪 ”や“ 枷 ”としての俺じゃなくて、この“ 眼と耳 ”としての俺なんじゃないでしょうか。

俺みたいな末端の使いっぱしりに藍染様が考えてる事やらは判りはしませんが、それでも藍染様がニイサンの能力に強い興味、そして価値を見出してるのは間違い無さそうですしねぇ。

そうじゃなきゃ態々こうして俺を近くに置く、なんて事する訳無いですし。

ニイサンの力、それも戦闘能力というよりも解放した能力(・・・・・・)に価値を見出す……

そういった意味では今回は惜しかったんでしょう、あの時ハリベルのアネサンが来なかったらどっちも確実に解放までいってたと思いますし。

ま、結局俺が考えたところで答えなんて出る訳は無いんですが、その辺に藍染様の“ 計画 ”の肝があるのは間違い無さそうですねぇ……

 

 

「さて、ほんなら教えて貰おか。 キミはウルキオラの共眼界(ソリタ・ヴィスタ)みたいに便利な能力が無いから、報告は正確に頼むで?」

 

 

そこまで藍染様達がニイサンに御執心な理由、そんなもんは俺が考えたって意味は無い。

こうして間者まがいの事をするのもこれが任務で、そうする事が俺が此処に存在している理由なんでしょうし。

俺は別に生きる事に目標も意味も求めていないし、そんなもんは必要あるのかとすら思ってますよ。

そんなもんはあったらあったで良いし、別に無いからって無理矢理捜し求める必要だって無い。

無きゃ生きられないって訳でも無し、命削ってまで求めるものでも無い。

 

だから俺はニイサンの往く道が気に入らないんでしょう。

 

でもね。

 

でも同時にちょっとばかし羨ましくもあるんですよ。

それはきっと俺には一生判らない事で、そうなりたいと思うこともたぶん無いんでしょう。

俺は色んなしがらみを持っちまってますし、そのしがらみを振り解けるほど自由に振舞うことはきっと出来ない。

それは俺の力が足りないからってんじゃ無くて、どっか後ろ髪惹かれるというか振り返っちまうというか、自分ひとりの為にそれを全部投げ出しちしまう事がどっか後ろめたく思えちまうんですよ。

 

破面なんて化物の中ではきっと珍しい部類に入るんでしょうね、こんな事考える俺ってのは。

でもそうやって生きて来て、きっとこれからもそうして生きていくのが俺なんでしょう。

しがらみ、義理、恩、命令、それに誰かが俺に残した言葉。

そうして抱えちまったもんを俺は全部手放して進む事は出来やしない。

 

 

でもあの人は、フェルナンドのニイサンは違う。

 

 

あの人はきっとはじめっから一つしか抱えてないんでしょう。

生きる意味、自分自身がそう定めたもの。

“生の実感 ”っていうただそれだけを求め続けるあの人は、きっとそれしか持たないから。

たった一つしか持たないからこそ、多くを抱えちまった俺より遥かに高いところまで飛んでいける。

なんのしがらみもなく自由に、そうやって進んでいける。

 

その道はひどく歪で、俺にとっちゃ馬鹿らしいとしか言いようが無い道だけどそれでも。

ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ羨ましく思っちまう自分が居る事に、ぶちのめされた後で気がついたんですよ。

 

生きる中で実感を見つけるべきだと思う自分と、あの御人が何処まで往って何を掴むのかを見てみたい自分。

只今を生きる事だって充分だって事を、それがどんだけすごい事かを知って欲しい自分。

自分じゃきっと掴めないそれを掴み取るあの御人の姿を見てみたいと思う自分。

高い高いところに往っちまうあの御人を、遠くから、でも誰よりも近い場所で見てみたいと思う自分。

 

どっちも俺の願いで、どっちかしか叶わない願い。

自分で言っといてなんとも頭の悪い……

ケケケ、俺にもあの人の馬鹿がうつったのかもしれませんねぇ。

 

ホント、馬鹿になったもんだ。

 

なにせフェルナンドのニイサンの為に、いや、自分が見たい姿の為にこれから目の前の御人に嘘をつこう(・・・・・)ってんだから。

 

 

 

 

「何にも覚えちゃいません 」

 

 

 

 

 

「……は? 」

 

 

お、こいつは設けもんだ。

市丸のニイサンのこんな間の抜けた面、そう簡単に拝めるもんじゃないですからねぇ。

 

 

「覚えてない、ってそんな馬鹿な事ある訳無いやんか」

 

「そう言われましてもねぇ…… 考えてもみてくださいよ、俺が無謀にも止めに掛かったのはあの(・・)フェルナンドのニイサンなんですよ?立ちはだかる相手に容赦なんてある訳ない。 現に市丸のニイサンも言ったじゃないですか、“ 見事にボロボロ ”って。 好き放題殴られて意識なんて何度飛ばしそうになったか判らないし、知らないだけで飛んでた可能性だってある。記憶の一つや二つ消し飛んでたっておかしくは無い・・・でしょう?」

 

 

随分と怪訝な顔でこっち見てますねぇ市丸のニイサン。

量りかねてる、って感じですかい?

まぁ俺も市丸のニイサンと一緒でそう簡単に腹の底は見せる心算ありませんし、何より記憶のあるなしなんて確認のしようがないでしょう?

言ったもん勝ち、ってやつですよこいつはねぇ。

 

 

「……キミ、そんな嘘が本当に藍染様に通用する思うとるんか?」

 

「嘘も何も事実、ですからねぇ…… あの時の記憶がもうスッパリと消えちまってて俺も困ってるんですよ」

 

 

ちょっとばかし市丸のニイサンの声が冷たくなりましたか。

まぁこうも判りやすい、殆ど嘘だとばれてる嘘ってのもあれですがねぇ。

でも絶対に嘘だと断定する事なんて出来やしませんよ、その証拠に藍染様の名前出して脅しをかけてるのがいい証拠、ってもんです。

 

九割嘘だと判ってても、残り一割を埋められないんじゃそれは結局、嘘じゃなくなっちまう(・・・・・・・)んですよ。

 

 

「いや~それにしても困った困った。 こんな風に記憶が飛ぶのが癖に(・・)なっちまったら大変だ。せっかくフェルナンドのニイサンに張り付いてたって、報告したくても出来ないんじゃ……ねぇ…… そう思いません? 市丸のニイサン 」

 

 

これはちょっとばかし見え透いちゃいますが、仕掛けたのは俺ですし、落としどころもこっちで用意した方がいいでしょう。

市丸のニイサンがまた珍しいものでも見る目でこっちをみてますが仕方ありません。

俺の読みじゃこの御人、どうにも胡散臭い部分がありますからねぇ。

もう一人の統括官サマとはどうにも毛色が違いますし、何より藍染様と同じ雰囲気を持ってるって時点で怪しい。

何考えてるか知りませんが、腹に一物抱えてるのは間違いありません。

こういう御人は意外と自分の目的以外の部分はどうでもいいし、それが自分の目的に有意義なら尚の事・・・ってやつでしょう。

 

 

「キミ、藍染様にも似とるけど、少し坊にも似たんと違うか?」

 

「さぁ、どうでしょうねぇ…… まぁ似てる、って言われてもあんまり嬉しくは無いのは間違いないですが……ねぇ…… 」

 

「あら、そりゃ坊も可哀相な 」

 

 

市丸のニイサンの俺がフェルナンドのニイサンに似てるなんて思わぬ一言に、ついついベロっと舌を出して答えちまいましたが、市丸のニイサンの雰囲気から手打ちは成ったと思っていいでしょう。

あのゆらりくらりとした掴み所の無い雰囲気に戻ってますしねぇ。

ま、ああなられるとこっちも決め手を欠きますし、優位に事を進められただけ良しとしますか。

 

 

「まぁ記憶が無い、いうんなら仕方が無いわ。坊も能力解放しとった訳やなし、本命のサンプルも無しじゃ正直無くても構わんしなぁ。ほな今日はこれで終いやね。 そんなら養生しいや、サラマ君。次は身体は治っとるし、変な癖(・・・)も付いとらん…… そうやな? 」

 

「えぇ勿論。 そんな癖(・・・・)は俺も御免被りたいですからねぇ…… 」

 

「ほんならこれ以上聞くことは無いなぁ。 エエもんも見れたことやし、ほなねサラマ君、坊によろしゅう伝えといてや」

 

 

流石、ってとこですか。

今のを要約すると、“ 今回は見逃す、しかし次は無いぞ ”ってとこか、釘刺されちまいました。

まぁそう何もかも上手い事いく訳はない、って事ですかねぇ。

ぶっちゃけこの報告だってしてもしなくても然程変わらないんでしょうし。

 

ただ今回は俺がしたくなかった、ってだけの話。

あんまりニイサンの不利になるような事は避けたかった、ってとこですか。

ま、こんな事ニイサンには口が裂けても言えませんがね。

余計なことするなってまたボコボコにされそうな気がしますし。

 

しっかし俺もいよいよおかしくなってきましたねぇ。

力を貰った義理立てはしたい、でも子分として親分も立てたい。

二君に仕えた宿命か、はたまたそういう厄介事が舞い込む星の下に生まれちまったのか。

 

なんとなく後者な気がしちまうのが悲しいところではありますがねぇ……

 

 

 

「まったく…… 割には合わないですが…… まぁ、やってみますかね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

嘘と真は

 

紙一重

 

一重刹那に

 

己を隠し

 

真よ嘘に

 

嘘よ真に

 

 

 

 

 

 




番外篇サラマが主役です。
おそらく拙作で一、二を争う苦労人。
だが嫌いではない。

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