BLEACH El fuego no se apaga.   作:更夜

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BLEACH El fuego no se apaga.75

 

 

 

 

 

現世、その中にあって何の変哲も無いと言うには少し躊躇いを持ってしまう町、|空座《からくら町。

目に見える人も町も、空も大地も、草木の一本一本に至るまで普段とはなんら変る事は無く。

それぞれがそれぞれの営みを送る姿は平穏ではある。

 

しかし、それは目に見える現実(・・・・・・・)に過ぎない(・・・・・)のだ。

 

道ゆく人がふと視線を上げた先、連なる家々の屋根の上でありまた或いはその上空で。

横へと向けた視線の先、道と道とが交わる交差点の真ん中で。

或いは何も見えなていない彼等の眼前で、戦いは続いている。

 

それは異形の化物と、黒い衣を纏い刃を振るう人影の交錯。

奔る異形の爪を避わしながら、振り上げた刃を振り下ろし異形がつけた白い仮面を叩き割る人影の姿。

決して現世に住まう人々に見えることは無く、しかし彼等の為に刀を振るい続ける死神と、魂を喰らう異形、(ホロウ)との戦いは続いた。

 

 

 

空座町には、今現在多くの死神が駐屯している。

本来であれば尸魂界(ソウルソサエティ)から派遣される死神は、規定により区分けされた地域に対して一人。

空座町も本来ならばその例に漏れず、常駐する死神一人を除いて多くの死神が留まるという事はない。

しかしそれは平時の場合であり、現在の空座町は平時のそれとは異なっている。

 

それは何故か、何故これ程多くの死神が今この町に駐屯しているのか。

それを語るにはまず、その多くの死神とはそもそも誰なのかを語る事から始めよう。

 

 

日番谷(ひつがや)先遣隊 』

 

 

そう銘打たれた一団が、現在空座町に駐屯している死神達である。

人数は六名、護廷十三隊十番隊隊長 日番谷(ひつがや)冬獅郎(とうしろう)を筆頭とし、同隊副隊長松本乱菊(らんぎく)、六番隊副隊長 阿散井(あばらい)恋次(れんじ)、十一番隊三席 斑目(まだらめ)一角(いっかく)、同隊五席 綾瀬川(あやせがわ)弓親(ゆみちか)、そして十三番隊隊士 朽木(くちき)ルキアである。

この人員が選出された経緯には紆余曲折あるがそれは今問題ではなく。

語るべきはルキアを除く五名は各隊の隊長格、及びそれに順ずる上位席官であるという点。

先遣隊と銘打つからにはそれなりの任務があるのだろうが、過剰とも取れるその戦力が何故空座町に派遣されたか、という点こそ今最も重要な事だろう。

 

彼等日番谷先遣隊の面々が空座町へと派遣された理由、それは藍染(あいぜん)惣右介(そうすけ)によって生み出された破面との戦いに備えてである。

藍染が尸魂界を離反し虚圏へと渡って後、尸魂界側は藍染が直接行動を起すまで静観の構えを取っていた。

彼らからしてみても一度に三人もの隊長を離反という最悪の形で失い、護廷十三隊は事態の収拾に努める事で精一杯だったのだろう。

だが事態は彼等の予想より遥かに早く進行した。

 

破面、それも成体による現世侵攻。

 

たった二体ではあるが彼等の予想よりも早く完成していた破面成体。

迎撃に向かった死神代行 黒崎(くろさき) 一護(いちご)が善戦するも倒れ、四楓院(しほういん)夜一(よるいち)浦原(うらはら) 喜助(きすけ)によって破面を退ける事は出来たが護廷十三隊、ひいては尸魂界側はこの一連の事件で完全に後手にまわったと言わざるをえない。

予想を上回り整いつつある敵、藍染 惣右介の勢力、更に浦原喜助より破面の目的が黒崎 一護であったとの情報を得た、護廷十三隊総隊長山本(やまもと)元柳斎(げんりゅうさい) 重國(しげくに)は即座に現世への戦力増強を指示し、彼等日番谷先遣隊の面々が現世へと派遣されるに至ったのだ。

 

 

そしてその判断は正しかった。

先遣隊が到着したその日の夜、破面による二度目の現世侵攻が行われたのだ。

 

敵の戦力は七体、激しい戦闘の末彼らは七体の内五体の撃破に成功する。

数字の上での戦果を見れば、完勝であるとは言えずともまずまず、勝利であるといって過言ではないだろう。

だが彼等の中にその勝利を噛締める者はいない。

戦果を、結果だけを見れば彼らは確かに勝者だろう。

しかしその中身を見れば、結果に至る過程を思い返せば彼等の顔には一様に苦いものが浮かぶ。

 

その表情、顔に浮かんだその感情が全てを物語っていた。

“限定解除 ”

現世の霊なる者に影響を与えぬよう、隊長格の死神はその強い霊圧を抑える霊印をその身に刻み現世へと渡る。

先遣隊の面々で言えば日番谷 冬獅郎、松本 乱菊、阿散井恋次の三名がその対象であり、彼らは霊圧を本来の五分の一にまで抑えているのだ。

それだけの抑制を受けながらでも本来彼等にとって現世での行動に支障は無く、虚との戦闘に措いてもそれは同じことだった。

 

 

そう、虚との戦闘に(・・・・・・)措いては。

 

 

二度目の現世侵攻、彼等限定を受けた隊長格の面々は限定解除をし、霊圧を本来のものに戻さなければ破面を倒す事は難しかった。

それが示すものは彼らにとって否応無い現実であり、敵と自分達との差。

力を抑える、余裕、余力をもって望む事の出来ない相手、こちらも死力を持って相対さなければならない相手。

破面とはそういった敵であり、今回破面を撃破し結果的に退けられた事は、運が良かっただけに過ぎないという事。

その運の良さをもって勝利だと言える楽観的な考えを、彼等先遣隊の面々は出来なかったのだ。

 

 

閑話休題。

現在空座町に多くの死神が居る理由、それは現世への破面侵攻に対しいち早く対応するため。

二度あることは三度あるではないが、破面侵攻が予見される現状においてそれは必要なことなのだ。

そして破面の侵攻がなくとも彼等死神達は現世の霊なる者を害する虚を倒し、魂の調節者としての使命を果たしていた。

 

 

 

 

 

 

 

「何匹殺った? 弓親 」

 

「僕は今ので七匹だよ、一角。 あまり美しい数字ではないけれどね……」

 

「俺の方は九だ。 しっかしどうなってんだ?やけに虚が多いじゃねぇか」

 

 

上空で虚の仮面を叩き割った死神。

視線を落とした先、低めのビルの屋上で同じく虚を切り伏せる友の姿を見つけた彼は、そちらへと素早く降り立った。

右手には斬魄刀、左手には斬魄刀の鞘を逆手に持ち、素足に草鞋を履いたその男。

日々の鍛錬の賜物のようなしなやかな筋肉の鎧、坊主頭、というよりは剃りあげているであろう頭はサッパリとした印象で。

目尻に朱を点す雅さを持ちながらしかし、その眼光は鋭く獰猛で、一目見てこの男が戦いを生業としまた、戦いを好む性分であることを伺わせる。

彼の名は斑目 一角、護廷十三隊きっての戦闘部隊である十一番隊第三席の実力者である。

 

対してビルの屋上で舞い降りた一角を親しげに迎えた男、年の頃は一角と同じように見えるがこちらは一角に比べ華奢といった印象。

一角を野生的とするならばこちらは都会的で、死覇装も標準的なものに改造を施した独自のものを纏っていた。

入念な手入れが施されているのか艶やかな黒髪で、その髪は切り揃えられ端的に言えばオカッパ頭。

右の睫毛と眉頭には緑や黄色の付け毛まで施しており、そうして自らを飾り高める事が彼にとっての自己表現なのだろう。

総じて美男子と呼べる彼は綾瀬川 弓親、一角と同じ十一番隊の隊士であり五席を預かる男である。

 

共に先遣隊として日番谷に同行した二人、先の破面襲撃でも一角はそうち一体を撃破しており、実力が申し分ないことは言うまでもない。

先の戦いが終わって後、空座町に残った彼等二人はとある現世の人間の家に厄介になりながら毎日を過ごしていた。

死神としても高位に属する二人、いつか来るであろう破面の本格侵攻に備えて現世へと駐屯してはいたが、死神として現世の霊なる者に害を齎す虚の討伐も重要な事であり、果たすべき責務として今日もこうして虚を討っていたのだ。

もっとも、彼等の場合責務のみがそうさせている訳ではないのだが。

 

 

「そうだね…… 日番谷隊長の話じゃ、元々この町って虚の出現率はそれほど高くなかった、って話だよ?」

 

「じゃぁ何で今はこんなに虚がウヨウヨしてんだ?」

 

「ある時期を境に虚の出現率が急激に増加したらしいね。今年の春を境に……だったかな 」

 

「春……ねぇ…… 春っていや確か……」

 

 

一角の疑問、何故こんなにも虚が多いのかという問いに、弓親は日番谷から聞いた空座町の経緯を思い返していた。

元々この空座町という町の虚の出現率はそう高くはなく、担当の死神も一人で事足りるほどだったという。

週に一体出現するかしないか、担当の死神も虚の討伐というよりは寧ろ魂葬(こんそう)といった迷える魂を導くことの方が割合として圧倒的であったというのだ。

しかし現状はそのようなのんびりとしたものではなくなっている。

今現在、彼等二人だけをとって見ても十五体以上の虚を始末しており、その数は異常であると言わざるを得ない。

一つの町でこうも極端に虚の出現率が上がることなどそうあるものではなく、何かしらの理由があるのは明白、そしてこの急激な増加は春を境に徐々に現れ始めたという事だった。

 

弓親の言う春、という言葉に刀を持ったまま指で頭を掻く一角。

何か思い当たる節があるのか、何事かを思い出そうとする彼の先をいくかのように弓親がそれを口にする。

 

 

「黒崎 一護、彼が死神の力を得たのが丁度春頃だった筈さ……」

 

「そういやそうだったな…… 」

 

 

そう、この町に起こった変化、その基点となった時期に尸魂界に関わる事象があったとするならば、彼等の知る限り一つしかなく。

唯の人間であった青年黒崎 一護が、死神である朽木ルキアの協力で死神となったのが丁度春頃であるという事。

そしてその時期を境としたかのように虚の出現率が上がっている事を鑑みたとき、その二つを切り離して考えるのは些か無理がある、というのは自然な流れだろう。

 

 

「ったく、一護のヤロー。 よくよく何にでも絡んできやがるな」

 

「まったくだね一角。 ……でも彼だけが直接の原因、という訳でもないと思うよ。今までこの町では滅却師(クインシー)の撒き餌が使われたり、霊圧を抑えているとはいえ高位の死神が行き来したりしていた、そして何より……」

 

「破面……ってか? 」

 

「あぁ。 奴等の二度に渡る侵攻でこの町は虚圏(ウェコムンド)と更に繋がり易くなってしまっているのかもしれない。あれだけ強力な霊圧だからね、どこにも歪みが出ないなんて方がおかしな話さ……美しくはないね…… 」

 

 

事ある毎に名前が上がる一護に少し同情する一角。

そんな一角に同意しながらも、弓親は一護だけが原因ではないと考察していた。

一護が死神代行となって後もこの町では大規模な虚の発生が引き起こされた例や、霊圧を抑えていたとはいえ隊長格の死神が現世と尸魂界を行き来しており、その影響が何かしらの形、今回に限って言えば虚の発生として現れたという事なのだろうと。

そして何よりこの虚の異常な出現率に拍車をかけた要因はひとつ、破面の襲撃である。

虚の住処である虚圏、そこから攻めてくる虚以上の化物、破面。

十刃(エスパーダ)と呼ばれる破面に代表されるように、彼等の霊圧は尋常ではない。

それが現世に何の影響も齎さない、などという事は考えづらくこの町は今、破面の影響で虚圏と繋がり易く(・・・・・)なってしまっているのだろうと弓親は考えていた。

 

 

「だがまぁ、なんだっていいか……」

 

 

弓親の考察に対する一角の答えはなんとも味気ないもの。

驚くでも深刻になるでもなく、別段それに重要なものを見出してはいない様子だった。

だがそれも仕方が無い、彼にとって何故こうなったのか、どうしてこうなったのかなどという事は知ったところで本当は意味などない事。

明確な答えなど始めから期待するものではなく、ましてやこの現状を嘆く心算など一角には更々無い(・・・・)のだ。

 

 

 

次の瞬間、二人が立つビルの屋上、更に言えば一角の真後ろで空間が裂ける。

現われたのは一体の虚、狙い済ました訳でもまして機を伺っていた訳でもなく偶然に、現世へと現われた場所が偶々一角の後ろだったという偶然。

予期せぬ形で奇襲となったその体勢は、虚にとっては好機であり一角にとっては良い状況ではないだろう。

威嚇の咆哮と同時に一角へと襲い掛かる虚、ほんの少し手を伸ばせば、或いは顔を前に出せば決着は容易であり、虚にとっては千載一遇の好機であった。

 

だが虚の威嚇の咆哮は次の瞬間には断末魔の叫びへと変っていた。

背後を取った、奇襲をかけた、その程度で落ちるほど護廷十三隊十一番隊の三席は甘くは無い。

背後を見ることも無く振るわれた斬魄刀はものの見事に虚の仮面を両断し、虚は霊子の粒となって霧散していった。

敵を見ることも無く斬った一角、敵の姿を確認していながらも友の実力に対する信頼から、それを教える事をしなかった弓親。

本当の実力者の前では小手先の策など無意味である、という証明が成された瞬間だった。

 

 

「なんにしても獲物が多いに越した事は無ェ!楽しむにはもってこいってもんだぜ!」

 

 

そう叫んで屋上から飛んだ一角。

顔は獰猛でなにより歓喜の笑みが零れていた。

そんな一角の顔を満足そうに見ていた弓親もまた、その場から飛び上がり次の獲物を探す。

彼等二人、護廷十三隊 十一番隊の隊士たる二人。

彼らにとっては戦いこそ全て、そしてその戦いとは勝つために戦う(・・・・・・・)のではなく自分が如何に楽しむか(・・・・・・・)であり、その為に自らの命を賭けるのを彼らは欠片も厭わない。

 

 

 

そしてまた、何処かで虚の断末魔が響き渡った……

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

「オラァァァァァアア!! 」

 

 

気合の叫びと共にその手に握った斬魄刀を振るうのは赤い髪をした青年。

六尺二寸程の身体に黒い死覇装、その上から獣毛と動物の骨をあしらった丈の短い上着をを纏っている。

目元は非常に鋭く、眉や襟元から覗く首筋には象形的な刺青が施され、その攻撃的な印象は彼の一面をよく顕していた。

赤い髪は長く、それを後頭部のあたりで一つに纏めて結い、額には白い手拭を巻く青年の名は阿散井恋次。

護廷十三隊六番隊副隊長を務める男であり、日番谷先遣隊の一員である。

 

先遣隊の派遣の一因となった死神代行の青年黒崎一護、彼を最もよく知っているという理由で先遣隊の一員に選ばれた朽木ルキアに近しい戦闘要員、として選ばれた恋次。

彼自身も一護とは面識があり、それどころか一護が初めて戦った死神こそ恋次であり、藍染惣右介によって引き起こされた尸魂界の動乱の中、互い刃を交え、互いの意地をぶつけ合い、果たせなかった思いを託し、そして並び立って戦った仲。

そういった意味では彼も一護に近しい友、戦友と言えるかもしれない。

 

そんな彼もまた先の破面現世侵攻にて破面と相対し、その内の一体を撃破した人物の一人だった。

しかしその戦果とは裏腹に彼の内は晴れない。

敵、破面の予想以上の力と、その前に成すすべも無い自分。

何より戦いの後、自分が発した言葉に恋次は疑問を感じていた。

 

 

― 生きてりゃそれで勝ちじゃねぇか ―

 

 

あの時、戦いが終わり背を向ける一護に自分が発した言葉。

友を気遣う心算で言ったその言葉。

事実あの場であれ以外の言葉を恋次は思いつかなかっただろうし、それに間違いがある訳ではない。

だがその言葉を聞いた一護はこう答えたのだ。

 

 

― 嘘、つくなよ…… オマエが俺なら、そうは言わない筈だぜ…… ―

 

― 俺は誰も守れちゃいねぇ、傷つけた奴を倒せたわけでもねぇ、俺は……敗けたんだ…… ―

 

 

そう、言わないだろう。

一護とは違い恋次は敵を倒してはいるが、それでもこの戦いが勝ちだとは言わない。

いや言えないのだ、彼の中にある何かがこの結果を勝利と呼ぶことを拒むかのように。

この晴れぬ思いを抱えたままこれを勝利と呼んでしまう事は、彼の戦士としての矜持が拒んでいるかのように。

 

そして恋次は判らなくなった。

自分が一護に言った言葉、それは本当に一護のための言葉だったのだろうかと。

一護に自分が言った言葉はその実、自分にも当てはめようとした言葉だったのではないだろうか。

自分は生き残った、ならばこれは勝利なのだと。

発したのは自分、自分の言葉であるにも拘らず、恋次はそれを量りかねていた。

拒みながらも自分はよくやったと、一護を慰めるようでその実、自分を慰め、傷を小さく軽くしようと発した言葉だったのではないかと。

きっとそれは違うのだと、彼自身判ってはいるのだろう。

そんな心算で吐いた言葉ではないと、ただ友を、立ち尽くす友を気遣った言葉だったのだと。

だがそう確信を持って叫ぶことが出来ない自分が居ると、恋次は感じているのだ。

 

あのまま、あのまま限定解除無しに戦っていれば、自分は負けていたと判っているから。

 

何処までもあの戦いは、胸をはれるものではないと判っているから。

 

故に恋次は自らを鍛えることにしたのだ。

彼は決して馬鹿ではないが頭が良いという訳ではない。

全てを理性で割り切る事が出来るほど大人でもなく、そういった意味でまだ若さが残る感情論が表に出やすい性格に、自らを問うことは難しいといえるだろう。

考えたところで答えのすべてが判るほど彼は大人ではなく、また冷めてもいないのだ。

 

ならば、ならばと。

悩みを抱えるくらいならばいっそ、明確に勝利だと言えるようになればいい。

勝ち負けを論ずることは本来不要なことではあるがそれでも、自分が納得できる勝利を。

自分に誇れるだけの勝利、それを得られるだけの力を。

その為に今まで以上の鍛錬と力を恋次は磨くことに決めたのだ。

敵がいつ攻めて来るかは判らない、半年か、一月か、一週間後か明日かそれとも数分、数秒後か。

判らぬ故に時は微塵も無駄に出来ず、僅かな時でどれ程のものを得られるかは判らないがそれでも、半歩でも前へ、ほんの少しでも上へ向かうために恋次は己を磨く。

 

そう決意した彼が今振るうのは、彼の持つ斬魄刀『蛇尾丸(ざびまる)』ではなくそれよりも尚強力な愛刀の姿。

死神の持つ斬魄刀戦術が最終奥義“ 卍解(ばんかい) ”、それを会得し解き放った蛇尾丸が真の姿である『狒狒王蛇尾丸(ひひおうざびまる)』。

鍔元からまるで蛇の骨のようなものが連なりながら伸び、徐々に太さと長さを大きくそして長くしていく節、その最先端には赤い(たてがみ)をを靡かせる骨の大蛇が(あぎと)を開く。

習得したのは一月ほど前、習得するだけでも困難である卍解を得られた事は彼の潜在能力の高さを伺わせるがしかし、習得したから強くなったわけではないのが卍解なのだ。

強さ、霊圧と共に本来の刀という形から逸脱し、どうしても巨大となる卍解。

自らの力であると同時にそれは自分自身をも振り回し、そして持て余すほど強力なものとなり使用者を苦しめる。

卍解を習得して後、更に十年以上の修行をもってやっと使用者は卍解を得たといえるのだ。

 

故に恋次は卍解を会得しはしたがいまだ得てはおらず。

更なる修行でより上手く、より巧みに己が卍解を御せてこそ本来彼の持つ斬魄刀、狒狒王蛇尾丸は真価を発揮し、そして彼の力となる。

そしてそれは同時に彼にとっての伸び代であり、彼はまだまだ強くなれるということなのだ。

 

 

(難しい事を考えんのは止めだ。 今は少しでも力を付ける、それが一番必要な事だってんなら……)

 

 

「どうした! 茶渡(さど) 泰虎(やすとら)!もう終いか!」

 

 

(お前の修行、俺も利用させてもらうぜ!茶渡泰虎ァ! )

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………ッ! 」

 

 

叫びと共に恋次が大地へと叩き付けた、骨で出来た大蛇の頭をからくも避わした青年。

名を茶渡 泰虎と言い、死神代行の青年 黒崎一護とは彼の友人の中でも最も古くから付き合いのある友人である。

身長は恋次よりも更に高く六尺五寸、しかし厚い筋肉を鎧のように纏った日本人離れした体躯は、彼をその数字以上に大きく見せる。

やや茶色がかった黒髪に、顔立ちも南米の雰囲気を感じさせるかのように目鼻立ちのハッキリとしたもの。

その厳しいような、そして他者を寄せ付けないような雰囲気から誤解されがちだが、実際は心根の優しい青年であった。

 

そんな心優しい青年、茶渡 泰虎が何故今このような状況に陥っているのか。

死神代行の青年 黒崎 一護の友人である、というだけの彼がこうして恋次の攻撃を受けている事。

本来普通の人間相手にならばこんな事はありえない事であるが、それは普通の人間(・・・・・)相手であり、茶渡泰虎は普通という枠からは既に外れてしまっている。

そもそも普通の人間に高位の霊体である死神を視認する事など出来ず、それだけでも霊的なものに近い場所に立っており。

そして何より今こうして恋次と対峙している彼の右腕は、肌を覆うような黒い装甲に覆われ、そしてその拳を振りぬくと同時に彼の拳からは大きな霊力の塊が撃ち出されているのだ。

 

 

「まだ……まだやれるッ……!」

 

「そうだろうよ! 」

 

 

転がるようにして恋次の斬魄刀の一撃を避わした泰虎は、起き上がりざまに恋次目掛けて霊力の塊を撃ち出していた。

その霊力の塊は惜しくも恋次に避けられ、彼を捉えるには至らなかったがそれでも返事としては上出来だっただろう。

言葉少なく、しかし自分は戦えると告げる泰虎、だがその言葉以上に先程の拳は恋次へ自分はまだまだやれるのだ、という事を伝える為の返事としては充分なものだった。

その返事にどこか獰猛そうな笑みを浮かべる恋次、まるでそうでなくては困るといったような笑みは、彼に泰虎の返事が伝わった証拠であろう。

 

 

しかし、一体何故この二人はこうして戦っているのか。

 

 

元々泰虎は正真正銘ただの人間だった。

身体は人よりも多少(・・)頑丈ではあったが、それでも彼は人間。

心根の優しさからなのか霊感も多少はあったようだが、一護に比べれば無い様なものだった。

 

そんな彼に転機が訪れたのは夏のはじめ頃、泰虎の前に現れた“ナニカ”。

そのナニカが虚と呼ばれる存在だとその時の泰虎に知るよしもなく、しかしぼんやりと見えるそれが自分を狙っていると確信した泰虎は、一緒にいた友を守るため一人走っていた。

自分を追ってくるのなら、自分が独りになれば友を傷つける心配は無いと。

自分を守るためではなく友を守るために走った泰虎、しかし走った先に開けた空き地には遊ぶ子供達の姿があった。

追いすがる見えないナニカ、危険に晒される子供達、見えないナニカに殴られ血を流し倒れる自分と、ナニカが見えているのか必死に友を逃がそうとする少女。

 

その時泰虎は唐突に祖父の声を思い出していた。

異人であった祖父、全てを拳で解決していた幼い自分を優しく諭してくれた、彼にとって偉大な祖父の言葉を。

 

 

 

― お前は優しくありなさい、強いからこそ誰よりも優しくありなさい、(おお)きく強いお前の拳が何の為にあるか、それを知りなさい ―

 

 

 

泰虎に刻まれた祖父の言葉、刻まれた言葉に、何の為に自分の拳があるのかという祖父の言葉に泰虎が導き出した答えは“ 守る為 ”という答え。

誰かを傷つける為ではなく、誰かを守る為に自分の身体は大きくそして強いのだと。

偉大な祖父、浅黒い肌に大きく強い身体は時に彼の望まぬ面倒事を招きはしたが、それでも彼にとってその肌も身体も、祖父の血が流れる自分自身は“ 誇り ”だった。

 

そして彼の内で力は目覚める。

 

現われた右腕の鎧、拳から放たれた一撃をもって彼は子供達を守ったのだ。

祖父がくれた誇りを胸に、彼は人とは違う力を身に付けた。

その力を持って泰虎は戦った。

藍染 惣右介によって仕組まれた動乱の中を、一護を助けるために。

一護が守りたいと願ったものを自分も守る為に。

 

人でありながら人とは違う力を身に付けた泰虎。

しかしそれは唐突に訪れる。

 

破面達による二度目の侵攻。

その侵攻の際、最も早く破面に遭遇したのは彼、泰虎だった。

そして何一つ反応する事もできず、彼は命を落としかけそして救われたのだ。

仲間でありそして友である青年、黒崎一護に。

そして共に戦う事を申し出た泰虎に、一護はこう告げたのだ。

 

 

― 俺に任せてくれ ―

 

 

それは一護にとっては何気ない一言で、しかし泰虎にとってはそうではなかった。

泰虎にとってその一言は、一護からの信頼の喪失に他ならなかったのだ。

共に戦い、背中を預けあってきた自分と一護。

所詮は学生同士の喧嘩の域を出ないものであったがしかし、それでも泰虎にとって一護は戦友だったのだ。

 

 

― 約束だぜ? チャド ―

 

 

友の言葉、約束であり自身への誓いであるその言葉が泰虎の脳裏に蘇り、空しく響く。

戦友の隣に立つ事叶わず、護られ、救われる。

一護はきっとあの約束を忘れていないことは、泰虎にも判っていた。

あの約束、ひいては黒崎 一護という人間を考えれば、こうして彼が自分を助ける事はなんら不思議のない事だと。

 

 

― オマエが自分の為に誰かを殴りたくないんならそれでいい。そのかわり俺の為に殴ってくれ、俺はオマエの為に殴ってやる ―

 

 

しかし、共に交わしたはずの約束をもう自分は守れないかもしれない。

任せてくれという一護の言葉は、泰虎にとってみればもうお前の力では勝てないと、だからさがっていてくれと言われているのと同じであり、どこまでも自分の無力を思い知らされるものでしかなかったのだ。

それが例え一護なりの優しさだと頭では判っていても心が、魂が悲しみを叫ぶのだ。

 

 

― オマエが命がけで守りたいモンがあったら、俺も命がけで守ってやるよ、約束だぜ?チャド ―

 

 

そう、彼と一護は常に互いの為にその拳を振るってきたのだ。

片方はその目を引く髪の色で疎まれ、もう片方はその常人離れした体躯が目を引いた。

彼らは別段自分達から仕掛ける訳ではないがしかし、互いに降注ぐ火の粉は共に払いあったのだ。

 

だが泰虎にとって一護が言った「任せろ」という言葉は、彼が自分の為に拳を振るう事を望まない言葉だった。

一護が自分の為に命をかけている時、自分はただそれを見ている事すら出来ない。

互いの大切なものを守ろうと誓った約束の言葉を、自分は自分の弱さゆえに守る事さえ許されない。

その歯がゆさ、その情けなさ、辛さ、遣る瀬無さ。

 

押し寄せる感情、それらと上手く折り合いをつけ、此処が自分の潮時だと身を退く事もまた勇気と言える。

ときに進むことよりも退くことの方が余程大きな決断という事もあるのだ。

しかし泰虎は進むことを選択した。

進んだ先で望むモノが手に入る保障などどこにもなく、しかしそれでも泰虎は進むことを選択したのだ。

そう、全ては友のために。

 

友が何かを守りたいと願ったとき、自分もそれを守れるように。

 

友の行くてを阻む者を、誓いを乗せた拳で打ち砕かんために。

 

 

友の背をに守られるのではなく背中をあずかるために、そして友の背を見るのではなく、再び肩を並べて立つために。

 

 

(一護、俺は強くなろう…… 今度こそお前との約束を果たせる様に、お前が守りたいと願うものを守れる様に、じいちゃん(アブウェロ)がくれた……誇りにかけて……)

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわぁ、 かっこいい……」

 

 

零れた声は素直さに溢れていた。

状況に戸惑うことよりもまず自分が感じた素直な感情が表せるのはある意味才能であり、どんな出来事にも動じない精神力か、或いはいい意味での図太さを感じさせる。

ただ、アパートの一室、その縦横一杯の大きさで所々から白い気体を噴出し、脈打つような有機的な外見でオマケにお世辞にも整っているとはいえ無い様な醜い顔のようなものがそこかしこについた用途不明の物体を見た第一声として、かっこいい(・・・・・)が適当かどうかは別であるが。

 

 

「……ってそうじゃないよ! 何なのこれ! 冬獅郎くん!?」

 

「……チッ。 間の悪い…… 」

 

 

かっこいいという自分の感想から後れる事数瞬、部屋の持ち主である彼女はその自身の部屋の替わりように驚きの声を上げた。

彼女の名前は井上(いのうえ) 織姫(おりひめ)、黒崎一護の同級生であり茶渡 泰虎と同様、人間でありながら人とは違う特別な力を開花させた人間である。

胡桃色の長い髪を腰の辺りで切り揃え、コメカミの辺りに六枚の花弁を持つ花の形をしたヘアピンがきらりと光る。

大きな瞳は茶色で、顔立ちも愛らしく優しい雰囲気を感じさせていた。

一見しとやかそうな雰囲気であるが、先の素直に自分の感じた事を口に出せる点や、自分の部屋を占拠する用途不明の物体をかっこいいと感じる感性は人とは少し違う独特なもので、どこか不思議な人柄ながらも裏表を感じさせない。

胸は同世代の女子からすれば平均を大きく上回り、愛らしい顔立ちと相まって同世代の男子からの人気も高い彼女。

しかし本人はそういったものに疎いのか、はたまた心に決めた人がいるのか、浮いた噂は流れる様子はなかった。

 

驚く織姫を他所に、明らかに面倒そうな顔をするのは先遣隊の長である日番谷冬獅郎。

彼女にその物体を見せる心算がなかったのか、または別の理由があるのかは定かではないが、とにかく織姫の間が悪かったと言わんばかりの表情だった。

そんな冬獅郎の隣には、彼の副官である松本乱菊の姿もあり、冬獅郎の隣で控えている様子の乱菊であったがその足元では

片足でもう片方の足をポリポリと掻くというなんとも彼女らしいと言えば彼女らしいこちらの気を削ぐ行い。

 

二人は驚く織姫を他所にその謎の物体に正対したままだった。

よくよく見ればその謎の物体は巨大なテレビのようにも見え、事実部屋と同じく四角いその有機的な淵の部分とは対照的に、四角く囲われた内側の部分はテレビ画面の砂嵐のようにザーという音を立てている。

あれは一体なんなのだろうと思う織姫、それを他所に日番谷はその物体へと声を発した。

 

 

「十番隊隊長、日番谷 冬獅郎だ。 繋いでくれ」

 

《ハイ。 御繋ギ致シマス 》

 

 

冬獅郎の声に対して何処からか機械的な音声が聞こえ、その後砂嵐の画面から一人の人物が浮かび上がってくる。

それは老齢の男、頭に毛は無く変りに長い白髪の眉毛が垂れ、口元と顎に蓄えた髭が腰辺りまで伸びた老人だった。

身体の前に杖を立てその上に両手を添えるようにして立つその老人、背はやや曲ってはいるが杖が無ければ歩けないといった風ではなく、刻まれた皺から感じる年齢とは裏腹に活力に溢れて見える。

髪のない頭にはバツの字に奔る刀傷が見え、画面越しからでも判る威風堂々とした雰囲気はこの老人が只者ではない事を示していた。

 

 

「そ、 総隊長さん……?」

 

 

織姫の口から零れた“ 総隊長 ”という言葉。

そう、この画面に映る老人こそ護廷十三隊最高責任者であり十三隊最高戦力、護廷十三隊一番隊隊長山本元柳斎 重國その人である。

いきなりの元柳斎の登場に面食らう織姫、ただならぬ雰囲気を感じながらもそれを言葉に出すことは今の彼女には憚られた。

元柳斎とは一度尸魂界であった事のある織姫であったが、柔和そうな老人であると同時に抑えられている霊圧や雰囲気は、霊力というものに触れて間もなかった彼女には強いもので、すごいと思うと同時に織姫は元柳斎にどこか畏敬の念を感じていたのだ。

 

 

《流石に仕事が早いのぅ、日番谷隊長 》

 

 

画面の向こうに立つ元柳斎は部下である冬獅郎に労いの言葉をかけると、さっそく本題に入る。

無駄な前置きや誤魔化しをしないのは元柳斎の人柄と、守護者の長としての責任感からだろうか。

迅速で確実、それに勝る事など無いと言いたげなそれに冬獅郎も同意なのか元柳斎の言葉を待つ。

 

 

《先遣隊として現世駐屯の任に就くお主と、緊急で回線を設けたのは他でもない……》

 

 

本題、急にこれ程大掛かりな画像付きの回線の確保、本来伝令神機や地獄蝶で済ませられる伝令をこうして画面を通じてでも、総隊長自らが行うほど重要性がこのあとの言葉にはあると誰もが身構える。

そして発せられた言葉は身構えていたにも拘らず、衝撃を持って彼等三人に伝わった。

 

 

 

 

《大逆人、藍染 惣右介の……真の目的が判明した 》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

真実

 

求めるは贄

 

得るは鍵

 

 

砂の人形

 

狼との再会

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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