BLEACH El fuego no se apaga.   作:更夜

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BLEACH El fuego no se apaga.77

 

 

 

 

 

「それで? なんでまたこんな所に来た? 」

 

 

再会より少し経ち、先程の砂漠より場所を移したフェルナンドとスターク。

そこは虚夜宮(ラス・ノーチェス)の淵、砂漠から見上げるより僅か月が大きいその場所で口火を切ったのはフェルナンドだった。

フェルナンドからすればスタークは嫌いではない部類に入る人物であり、それは強さであり雰囲気に由来するもの。

戦うことに帰結を求める彼ではあるが、ハリベルと同じようにスタークもまた語らうも良し、と思える相手なのだろう。

 

 

「別に……ただの散歩さ。 ……こんな月だ、見上げて歩くのも良い……ってなもんだろ。まぁ、結果砂をぶっかけられはしたがな 」

 

 

どうしてこんな辺鄙な場所にと問うフェルナンドに、ただの散歩だと答えるスターク。

だが彼らが今いる場所は虚夜宮の外縁部、本来スタークが居る第1宮(プリメーラ・パラシオ)の場所を考えれば散歩で済ませられる距離でもないのだが、彼ならばそれが通ってしまいそうだから怖いものである。

何故なら彼が背負う号は第1十刃(プリメーラ・エスパーダ)、虚夜宮に巣くう全破面(アランカル)の中で最高の力を持つ者だけに与えられるそれを持つ彼だからこそ、その言葉は真実味を帯びるのだろう。

月夜の散歩、永遠に日が昇る事は無く夜だけが空を支配する虚圏(ウェコムンド)では別段珍しいものでもないが、スタークに見えるその月は普段とはどこか違って見えたのかもしれない。

目の錯覚、気分の問題、理由は多々あるだろうがスタークにとって違って見えたその月は、見上げて歩くのも悪くない代物だったようだ。

 

 

「ハッ! 確かに悪くない月ではあるが……な 」

 

 

スタークの言葉にチラと空を見上げてフェルナンドはそう零した。

何をもって悪くないのか、という事はきっと誰にも判らない。

ただスタークもフェルナンドも同じ月を見て同じことを感じる感性を持っている、という事は二人はどこか似通っているのかもしれない。

 

 

「のんびりダラダラして、こうやって月眺めて、俺はそれで充分満足なんだがねぇ…… 」

 

 

フェルナンドが言葉を発して後僅かな静寂が流れ、ふとスタークはそんな言葉を零した。

それは実に彼らしく、第1十刃という重責にありながら怠慢な自身の性を隠そうともせず、またそれが悪い事とも思っていない言葉。

血生臭い虚圏にあって彼はそれを好まず、同胞という自分以外の存在が失われる事にすら忌諱感を抱く。

ただただ孤独を生き続けたからこそ生まれた価値観、自分以外の存在、その重要性を誰よりも感じるからこそ、彼は戦いを常とする虚圏でただのんびりと時を過ごす事がどれだけ稀有なものかを知っているのだろう。

 

 

「馬鹿なこと言ってんじゃねぇよ。 そんなもん俺は御免だ、そんな生き方は俺にとっちゃ死んでるのも同じだから……な。月光を浴びて干乾びるような人生なんて、誰が欲しがるものかよ…… 」

 

「……だろう、な。 お前さんはきっと立ち止まるなんて事考えたことも無いんだろう…… 先へ先へと直向に駆けるんだろうさ。 それが例えどんだけ馬鹿げた道でもな…… 」

 

「誰に馬鹿だと言われようが俺には関係無ぇよ。俺の進む道だ、俺が行く先を決めて何が悪い?何もせず立ち止まって死ぬくらいなら、駆けに駆けて死んだ方がマシだ、と思うが……な」

 

 

月の淡い燐光が照らす白い天蓋。

スタークの言葉を否定し、それは自分にとっての死だとするフェルナンド。

天蓋の内側に映った青空、虚圏を覆う永遠の夜空、そのどちらを眺める事もフェルナンドは嫌いではない。

 

しかし、それだけで満ち足りる事などありえないのだ。

 

確かに空を眺める事は悪くは無い、しかし戦いの前ではそれは霞む。

そして戦いの先に己が充足を求める彼にしてみれば、何もせずいる事は罪ですらあるのだ。

求めるために動き続け、戦い続けること。

“ 生きているのだ ”という実感を戦いの先に見据えたフェルナンドにとって、戦わずに過ごす事は生の放棄。

立ち止まり立ち尽くす事は即ち死、スタークがそれだけで充分だといった世界は、フェルナンドにとって死の世界でしかないのだ。

 

スタークからすれば馬鹿げた道であるそれを、フェルナンドは何の迷いも無く進むのだろう。

止まる事が既に彼にとっての死である以上、彼は進み駆け続ける。

僅かな迷いすら抱く事を許さず、ただ自分が信じた道だけを進み続ける。

スタークはそんなフェルナンドの言葉にフゥと大きく息を吐き、天を仰いだ。

その仕草はどこか諦めたようにも見えたが、同時に思ったとおりだと言っている様にも見え、真意は判らないながら何かを決めたような様子だった。

 

「なぁ、フェルナンド。 一つ、質問していいか……?」

 

 

フェルナンドの方を見る事無く、ただ月を眺めながらそう口にするスターク。

質問、何かを試す心算かはたまた単純な疑問か、彼が発したその言葉にフェルナンドは無言だった。

そして無言を肯定だと捉えたスタークは、静かに語り始めた。

 

 

 

「お前なら…… お前なら、恩義《・・》と同胞《・・》、どっちか一つを選べと言われたらどっちを選ぶ……?」

 

 

 

それは何とも要領を得ない質問。

恩義と同胞、そのどちらか一つを選ばなければならないとして、お前ならばどちらを選ぶというその問い。

同胞が指すのはおそらく彼等破面であろうが、恩義が指す部分が何かは判らず。

スタークに何があったのかはフェルナンドの知るところではなく、もしフェルナンドがそれを訊いたとしてもスタークがそれを語る事はないだろう。

ただその問いは、相手の目を見る事無く呟かれたその問いは、スタークという男のささやかな叫びなのかもしれない。

常に一人であった彼、一人から二人へと変った彼、常に孤独であったが為に全てを一人で解決するしかなかった彼。

誰に頼る事もなく、誰に打ち明けるでもなく、ただ己へと内向きに問い続ける事でしか解を導く術を知らぬ彼。

片割れにはまだ重過ぎるその決断を、ただ一人抱えた彼。

 

何もかもを分け合うとした二人の中でしかし、別々となったが故に全てを共有する事は叶わず思い悩んだのだろう。

質問という形で叫ばれる助け、正しい解がある訳でもなく、間違った解がある訳でもないがしかし、何かが欲しいと。

望む解が欲しいのではない、望まざる解を恐れているのでもない、ただ欲しいのはこのジレンマから抜け出す僅かな(しるべ)なのだと。

そんなスタークの問い、月を眺める彼の問いにフェルナンドは一言、こう答えた。

 

 

 

「知るかよ。 俺は誰かの為に(・・・・・)悩んでやれる程、優しく生きてはやれねぇよ…… 」

 

 

 

それは一見突き放すような物言い。

しかしフェルナンドという男の悲しさでもあった。

誰かの為に悩んでやる事は出来ない、というフェルナンドの言葉が示すとおり、スタークの問いは自分の為(・・・・)ではなく他人の為(・・・・)の悩み。

恩義ある人物の為であり、同胞である破面達全ての為の悩み、自分がどうしたいかではなく彼等の為に自分はどうするべきかという悩みなのだ。

自分というものを殺し、誰かの為に思い悩む、それが優しさでないというのならば何だというのか。

そしてその優しさを持って誰かの為に悩んでやる事は自分には出来ず、故にその問の答えを自分は持たないとフェルナンドは言ったのだ。

フェルナンド、彼の内側に他人の為に思いを砕く隙間はないのかもしれない。

自分の目指すもの、自分の求めるもの、それだけで精一杯でそれらに構う余裕は無いのかもしれない。

 

彼自身にその自覚は皆無だろうがしかし、それは人生というものを考える上で悲しく、そして貧しい。

 

そんなフェルナンドの答え、スタークが望む導とは言い難いそれ。

夜空に吸い込まれるようにして消えたその声の後には、沈黙だけが流れる。

そして少しの間続いた沈黙を破ったのはスタークだった。

 

 

(……まぁ、どっちかを選ばれる(・・・・・・・・・)よりはこのままの方がマシ、って事か…… )

 

「優しく生きてはやれない、ってか…… まぁ俺のはただの優柔不断、ってやつだろうさ。アッチもコッチも上手くいく様にしたい、なんもかんも丸く治めたいって考えが甘いなんて事はとっくに判ってはいたんだ。そんでも、ウチのチビがキツイ思いをすんのは……な。だがまぁこうやって一人で抱えてる時点でまたアイツを怒らせちまう、ってのが間抜けではあるか」

 

「ハッ! にしてもまぁ随分としがらみばかり(・・・・・・・)抱え込んだもんだ…… 」

 

「まったくだ。 はぁ~ぁ、ユルく生きるにはどうしたらいいもんかねぇ…… 」

 

 

求めた導は得るには至らなかった。

しかし、ほんの少しだけ気持ちが軽くなった様子のスターク。

自分以外の誰かに打ち明ける、というそれだけの事が気持ちを軽くする。

一人では、孤独では到底出来なかった事、自分以外の他人の存在があって初めて成り立つ事柄。

孤独ではない、それだけでこうも違う、スタークにとってこれ以上の事は無いだろう。

 

 

「お~~い! スターク~! 」

 

 

重い空気は消え、軽口をたたくスタークとフェルナンド。

そんな彼らに遠くから声がかかる。

視線を向ければその先には、腕を伸ばし元気一杯に振る黄緑色の髪をした少女、スタークの片割れであるリリネットの姿と、そのリリネットを何故か肩車しているサラマの姿が。

スタークの姿を見つけ、もっと速く走れと脚でサラマの首を絞めるリリネットと、それがまったく効いていない様子でベェと舌を出し、ヤレヤレといった様子のサラマの姿は若干異様ではあった。

そしてスタークとフェルナンドの傍まで移動したリリネットとサラマ、到着すると同時にリリネットは少々元気すぎる声で叫ぶ。

 

 

「もう! 何処行ってたのさスターク! 」

 

「何処だっていいだろうが。 それよりお前、どうやって此処まで来たんだよ…… 」

 

「どうやってって…… こうやって? 」

 

「こうやってじゃねぇよ、ったく…… 悪かったなアンタ、ウチのチビが迷惑かけたみたいで…… 」

 

 

元気の有り余ったかのようなリリネットと、それに中てられるように辟易とするスターク。

どうやって此処まで来たのかというスタークの問いに、リリネットはサラマを指差しながら小首を傾げて答えた。

その様子に盛大に溜息をつき、頭を掻くスターク、悪気が無いであろう自分の片割れの様子に呆れるばかりといった様子で肩を落とす。

だがこれでいいのだともスタークは何処かで思っていた、天真爛漫なこの片割れは無理に重荷を背負いたがるがその必要はないと。

今背負う必要は無く、それは彼女が大人になるにつれて徐々に負っていけばいいのだからと。

 

 

「ケッケケ。 別に構いませんよ、第1(プリメーラ)のダンナ。偶々行く先が同じ方だったもんですからね、まぁその先にニイサンが居るのに気が付いた時は少し後悔しましたが……ね」

 

「ハッ! 随分と間抜けを晒してるじゃねぇか、えぇ?サラマよぉ…… 」

 

「言わないで下さいよ…… 自覚、あるんですから…… 」

 

 

「チビって言うな!」 と喚くリリネットを無視し、スタークはサラマに詫びの言葉を述べるが、サラマは気にしなくていいといった風で返した。

実際3桁の巣(トレス・シフラス)に入るだいぶ手前の虚夜宮内砂漠で、スタークの居場所をいきなり訊かれた時は面食らったサラマだったが、放って置くことも出来ず、こうしてスタークの元までリリネットを送り届けたのだ。

人が良いと言うかなんというか、厄介事を引き込む才能がサラマにはあるのかもしれない。

 

そんなリリネットを肩車するサラマにフェルナンドは何とも楽しそうに声をかける。

間抜けを晒す子分、楽しむなと言う方が無理な話である。

自分の姿の滑稽さに自覚ありのサラマは若干肩を落とし、それと同時にリリネットはサラマから飛降りると、スタークの方へと移動し彼の脛を蹴り上げる。

が、当然スタークに痛みなど無く、代わりにリリネットの方が痛みで足を押さえる結果となっていた。

 

 

「はぁ、いい加減学べよ…… 」

 

「う、うるさい!! いいから第1宮に帰るよ!何か藍染様から話があるんだって! 」

 

 

痛みからか目尻に薄っすら涙を浮かべるリリネットと、足癖の悪い片割れにまたも溜息を零すスターク。

そんな呼び出しなら下官にやらせればいいだろうに、とも思いつつリリネットなりに心配していたのだろうとそれは口にしなかった。

痛みを誤魔化すように声を上げたリリネットを見るフェルナンドは小さく鼻で笑い、サラマはヤレヤレと首を横に振っていた。

 

 

「にしても呼び出し……か。 碌な事じゃなさそうだな、まったく…… まぁそういう事だ、フェルナンド。 ……話せて良かった」

 

「そうかよ。 俺としては口じゃなくて拳《こっち》ならもっと良かったが……な」

 

「言ったろう? そっちはやる心算無ぇよ 」

 

 

藍染からの呼び出し、という事でスタークはまた溜息をつきながら頭を掻いた。

彼にとって藍染が動くという事はまた一つ、戦が近づくという事。

スタークにとってその足音は出来れば近づいて欲しくは無いもので、故に碌でも無いと言うのだろう。

話せてよかったというスタークにフェルナンドは軽く拳を握って突き出し、こちらなら尚良かったとニィと笑みを浮かべる。

気当たりも何も無いがしかし、眼に宿る意思だけでそれが本心だと告げるように。

しかしスタークはそれを柳のように受け流し、リリネットと共に歩き出すと後ろ手に手を振る。

いつか見た光景に重なるそれは、しかし前よりも広い背中身に見えていた。

 

 

「あぁ、そうだ 」

 

 

二、三歩歩いたところでスタークは何かを思い出したように不意にその足を止めた。

それにつられてリリネットもまた足を止め、スタークはフェルナンドの方へと振り返る。

何事かと訝しむフェルナンドとサラマ。

スタークの瞳、海のように静かでどこか憂いを湛えたようなそれは、フェルナンドをしっかりと捉えていた。

 

 

「さっきお前さんは、俺がしがらみばかり(・・・・・・・)抱えている、って言ったよな?確かに大方間違っちゃいないがその中で一つだけ、間違ってたから教えておいてやるよ…… 」

 

 

湛えた蒼は静かで、しかし何処までも揺るがない蒼。

ぶれる事無く波立つ事無く、強い意思が一滴に至るまで行き渡り故に美しい蒼。

その蒼い瞳、見据えるフェルナンドに強烈な意思をぶつけるのではなくただ諭すかのような雰囲気のそれは、静かであるが故に場を支配するかのようだった。

“ しがらみ ”引き止め、まとわりつき、邪魔をするもの。

誰かと誰か、誰かと何処か、何かと何かが絡み合う中で生まれる関係性。

フェルナンドはスタークがそのしがらみに囚われていると言った。

恩義、同胞、孤独と片割れ、殺し殺されるという摂理、戦いたくは無いが護るには戦わねばならないというジレンマ。

それらに囚われすぎていると、しがらみを他人より持たないフェルナンドはそう感じていたのだ。

 

だがスタークはそれを肯定した上で一つだけ、間違いがあると言う。

それは何か、スタークの蒼い瞳をフェルナンドの紅い瞳は真正面から見据え、受け止める。

スタークはそのまま、リリネットの頭に片手を置くと一言、こうフェルナンドに言った。

 

 

 

リリネット(コイツ)との間にあるもの、それだけはしがらみじゃ無い。俺とコイツの間にあるのは…… “ 絆 ”、さ……」

 

 

 

そういってスタークは小さく笑うと再びフェルナンドとサラマに背を向け「じゃぁな」と言って歩き出す。

絆、という言葉にフェルナンドはなんとも驚いた顔をし、次第遠くなっていく彼等の姿を見ていた。

 

そんなフェルナンドの様子など知るよしもないスターク。

足取りはきっと此処に来るときよりも僅かながら軽いことだろう。

それは僅かばかり憂いが晴れたせいか、それとも隣にいる片割れのおかげかは定かではない。

 

並び歩くスタークとリリネット。

その姿は二人だけだった頃と同じようで少し違うもの。

だがそれでもそこだけは同じなのだろう。

 

隣を歩く片割れ、互いにその手を繋ぎながら歩く事は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時は井上織姫が、藍染惣右介の真の目的を知る数日前にまで遡る。

 

現世、空座町。

重霊地と呼ばれる霊的特異点であり、霊なるものが集まりやすくまた霊的に異質な土地。

(プラス)と呼ばれる善良な霊魂、整が堕ち、魂を喰らうに至った化生である(ホロウ)、その虚を狩る尸魂界(ソウルソサエティ)の使い死神と、虚と死神の境界を取り払い、自らの仮面を剥ぎ取った集団、破面。

他にも空座町には霊的に優れ、理から外れ、また力を持つ者達が集っていた。

 

そして彼らもまた、そんな霊的に異質な土地に惹かれた一団なのかもしれない。

 

空座町郊外、大きな倉庫が立ち並ぶ一角。

倉庫といっても其処は殆どの建物が廃墟と呼ばれるような状態で、窓は割られ、鉄は錆び所々に瓦礫の山があるような場所。

一般人ならば余程の用事が無ければ近づかないか、或いは無軌道な若者達が自分達の根城とするほか価値など既に失っているような建物の墓場の中にそれはあった。

三階建ての何の変哲も無い倉庫、正面には大きめのシャッターがあり他と比べても建物が持つ存在感は大きいと言える。

 

だが、例え今この場に百人の人間がいようともこの倉庫の存在を認識出来る者(・・・・・・)は居ない(・・・・)

 

人も、動物も、昆虫も、その倉庫の存在を認識できる者は居ないのだ。

何故ならそれは、意識の中にその倉庫が存在しないから。

いや、正確には目には見えていてもそれを認識で出来ない、目から入った情報を認識できていないのだろう。

まるで意識の中からこの倉庫の存在自体が空間ごと消し去られているかのように。

そして消し去られてしまっているが故に、認識できていないが故に誰もその倉庫に近づこうとすらしない、いや出来ないのだ。

 

無論それには理由がある。

大きな倉庫、それをすっぽりと囲むようにして存在する見えない壁。

所謂結界がその倉庫を覆い隠しているのだ。

包み、そして覆い隠すために張られた結界、他者の意識を逸らし存在を隠匿するその結界、そんなものが用いられる理由は一つ。

何かを隠すため、である。

 

 

結界に覆われた倉庫、その中に入ると中は半分が上の階の床をぶち抜いた吹き抜けで、残り半分はそのまま。

やはり外観通りの廃墟であり、そこかしこに瓦礫が山と積まれていた。

だが異様なのは寧ろ上ではなく下、床の一部が跳ね上げられそこから下へと続く階段があるのだ。

倉庫の建屋が無秩序に壊れているのとは違い、その床から続く階段は対照的に整然としておりそれだけに不気味。

階段は随分と長く続き、暗い階段を下へ下へと降り続けた先に広がったのは、そこが町の地下であることを疑うような巨大な空間だった。

広さは定かではないが地面はむき出しで所々にごつごつとした岩の柱が立ち、天井には青空と雲が描かれそれ故にその空間をより広く感じさせていた。

おおよそどんな目的で作られたのかを推し量るのが難しいその空間。

廃墟の倉庫からまるで別の場所に繋がったかのようなその場所に彼らは居た。

 

広い空間の一角、巨大な橙色に光る結界を囲むようにして居る人影。

その数は大小合わせて七人。

そして皆一様に目の前にある巨大な結界を見据えていた。

 

 

「リサの奴、圧されてんな…… 」

 

「殺さんように抑えて戦こうてるんや。 しゃ~ないやろ」

 

 

圧されてる、そう呟いた銀色の短髪でタンクトップの男に、金髪でおかっぱ頭の男が答えた。

視線はお互い結界から外す事はなく、しかし冷静にその様子を眺めているところを見ると、リサと呼ばれた人物をそれほど心配している様子はない。

そしてそれがどうでもいいからではなく、信頼によるものだという事は彼等の眼を見れば明らかだった。

 

言葉を発した二人だけではなく、彼等以外の全員の視線が集中する先。

橙色の結界の中には動く影が二つ。

一つはセーラー服に身を包み、黒髪おさげで眼鏡をかけた女性。

生身でありながら手には死神の証である斬魄刀を持ち、凛々しい目つきで戦っているのが先ほど銀髪と金髪の男にリサと呼ばれた人物、名を矢胴丸(やどうまる)リサ。

そして結界の中で動くもう一つの影。

黒いコートのような上着を翻し、その手に持つのは漆黒の刃。

卍型の鍔に柄尻には鎖が垂れ、刀身はただ黒くそして鋭い。

特徴的な橙色の髪、非常に目立つそれはそれだけで彼が何処の誰かを特定させてしまう。

しかし、今彼が口から発するのはとても人間とは思えない獣のような咆哮、口は大きく裂けたように笑みを浮かべ、瞳の黒と白は反転しそしてなにより顔の半分は虚の仮面に覆われ、そしてその胸にはしっかりと喪失の孔が穿たれていた。

 

そう、その影の名は黒崎 一護、今まさに虚へと堕ちようとしている黒崎一護なのだ。

 

『 虚化 』

 

死神と虚はその属性こそ違えど、魂の構造は非常に酷似している。

そして虚が魂の限界を超え、死神へと近付く事で力を得る事で破面へと位相を上げる事を破面化と言うのと同じように、死神が魂の限界を超え、虚へと近づく事を虚化と言うのだ。

本来崩玉(ほうぎょく)の力をもって成される虚化、しかし黒崎一護は崩玉の助け無しにその領域に足を踏み込んだ。

しかし、いくら一護が才能に溢れ尋常ではない成長を見せるとはいっても、虚化はその才能も成長速度も凌駕していた。

 

虚化とは死神が虚へと近づく事、そして虚化が進んだ者には皆例外なく己が内側に生まれるものがある。

それは虚、虚へと自ら近づいた事によって一護の内側には、“内なる虚”が巣くうようになってしまったのだ。

内なる虚は本来の人格である一護を喰らい尽くし、自らが彼の肉体の王となるべく一護の肉体と精神を侵食し続ける。

それは徐々にではあったが確実なもので、そして一護が卍解を習得した事でその速度は爆発的に速まっていった。

精神を蝕まれ、そして戦いの最中一護の邪魔をする内なる虚。

内なる虚に怯えるようにして戦う一護に当然勝利など掴める筈も無く、彼は先の第二次破面侵攻で惨敗を喫した。

悔しさ以上に情けなさと遣る瀬無さが残るだけの戦い、誰を護る事も出来ず、仲間を傷つけられただけの戦い。

一護にとってそれ以上苦しいものは無かっただろう。

 

故に彼はこの倉庫にやってきたのだ。

 

この倉庫に巣くう者達の名、それは『 仮面の軍勢(ヴァイザード)

禁術を用いて虚の力を手に入れようとした元死神の無法の集団、死神でありながら虚へと近付いた為に尸魂界を追われ、現世へと流れた者達。

無法の集団である彼らだがしかし、彼らは死神の力とそして虚の力、虚化を御す術を持っている。

そして同じように虚化の片鱗を見せていた一護を自分達の仲間にしようと、一護に度々接触を謀っていたのだ。

 

だが仮面の軍勢の誘いを悉く断っていた一護、自分は死神代行であり死神は自分の仲間だという彼の強い意思が、まるで裏切りのように仮面の軍勢の下へ行くことを拒み続けていた。

しかし、自分の現状を鑑みたとき、そして事あるごとに仮面の軍勢から行われた忠告を聞き、何よりこのまま誰を護ることも出来ず内なる虚に食い尽くされ、いつか自分の大切な者を自分が傷つける可能性を考えたとき、彼の答えは決まっていた。

 

虚化を御す術、それを彼らから訊きだす、例え力づくでも。

 

その為に訪れた一護を仮面の軍勢は受け入れた。

それは頭で考えるのではなく、身体が慣れるものでもないと。

虚化とはその程度で御しきれるほど甘いものではないと。

故に教えてやる、その魂の芯にまで叩き込んでやると。

 

 

その末がこの光景。

胸に孔を穿ち、仮面で顔の殆どを覆い隠し、獣の咆哮を上げる一護。

我武者羅に振るわれる彼の斬魄刀に乗るのは殺意と破壊衝動のみ、目的は無い、終わりもない、ただ化生としての殺戮本能に任せた暴走だけが其処にあり、そしてこの状態こそが虚化を御すための最初の一歩。

今現在彼の意識は彼の奥底のもっとも深い部分、深層心理と呼ばれる部分まで潜行している。

その場所は彼の魂の中心であり、彼の力の核ともいえる場所。

 

虚化の第一歩、それは内なる虚との対決。

 

戦うことで内なる虚を下し、どちらが“ 王 ”であるのかを示す事、どちらが扱う側でどちらが扱われる側かを刻み込むための儀式なのだ。

負ければ精神は一気に内なる虚に喰われ、一護の精神は二度と元に戻ることは無く彼は虚へと堕ちるだろう。

そうした命がけの、黒崎 一護という存在を賭けた戦いが今、荒れ狂う彼の肉体の内側では行われているのだ。

 

 

(モタモタしなや、一護。 はよせんとお前の事、殺さなアカンようになるで…… )

 

 

金髪おかっぱの男、結界の中で戦う一護を見守るのは平子(ひらこ)真子(しんじ)

一護を仮面の軍勢へと誘った彼等のリーダー格である彼は、刻一刻と虚へと近付いていく一護を見ながら言葉に出す事無く、そう呟いていた……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

青空を雲が縦に流れる。

辺り一面に広がるのは、広大な大地の代わりに摩天楼。

天を貫かんばかりに伸びたそれは、土台たる地面すら見ることが出来ない程高く聳えていた。

いや、正確には聳えているという表現は、この場所を表すのにはそぐわないかも知れない。

その場所、その世界は全てが横倒しの世界。

大地も空も聳える摩天楼も、その全てが真横に倒れたかのような世界。

そしてそれが自然である世界。

 

そんな横倒しの世界こそ、黒崎 一護が抱える精神世界だった。

 

横倒しの摩天楼は微かも見えぬ大地の代わりに足場となり、雲は落ちるか昇るかのように上下へ流れる。

精神世界とはその世界を持つ者の心を映すものであり、立ち並ぶ摩天楼も晴れ渡った空も一護という人物を顕すのに適当であると思われ、しかし何故横倒しなのかという疑問は残るがそれは今語るべき事ではなかった。

 

横倒しの摩天楼、その壁を足場としまた空を駆けるようにして二つの影が交錯している。

片方は黒いコートのような上着を翻し、手にも黒い斬魄刀、そして橙色の髪をした死神代行黒崎一護。

そしてもう片方は一護とまったく同じ型の白い上着を翻し、その手に持つのも一護と同じだが白色の斬魄刀、その容姿も一護と瓜二つでしかし、こちらは髪も肌も真っ白で、瞳の黒と白が反転しなにより一護が一生浮かべることが無い様な獰猛過ぎる笑みを浮かべていた。

そう、その全身白く一護とまったく同じ容姿をした存在こそ、一護がその身の内に抱える魔の根源、内なる虚なのだ。

 

 

「ヒャハハハ! どうしたよ一護!? まさかその程度でこの俺を倒せるなんて思ってんのか!?」

 

 

度重なる交錯、ぶつかり弾けまたぶつかりを繰り返し、二人はまたはじかれて距離をとった。

しかしその差は歴然、無傷である白い内なる虚に対して一護の身体には刀傷が刻まれ、息も上がり始めている。

互いに卍解状態であり、その手に握るのは全幅の信頼を置く斬魄刀天鎖斬月(てんさざんげつ)、姿形も武器もまったく同じ二人、しかしそこには純然たる差が存在していたのだ。

 

 

「うるせぇ! 月牙(げつが)……天衝(てんしょう)!!」

 

 

挑発するようなうちなる虚の言葉、それに一護は声を荒げる。

イラつき焦るような一護、勝たねばならない(・・・・)という思いが先を行き過ぎ空回っている様にも見えた。

だがそれを本人が自覚など出来るはずも無く、右手に握った天鎖斬月に一護は己の霊圧を込めそして振りぬいた。

振りぬかれた天鎖斬月の刀身、そして其処から飛び出す黒く押し固められた一護の霊圧。

これが天鎖斬月が持つ唯一の技であり能力、刀に自らの霊圧を食わせ、超高圧の斬撃として撃ち出す技、月牙天衝。

撃ち出された斬撃はまるで黒い三日月のように姿を変え、内なる虚目掛けて迫っていく。

当たればただの斬撃とは比べ物にならないダメージを負うであろうその一撃、十刃(エスパーダ)であるグリムジョーの鋼皮(イエロ)にすら傷を付けた強力な一撃が迫る。

 

だがしかし、内なる虚は慌てず、なによりもつまらなそうにその黒い三日月を左手の一払いで消し去った。

 

 

(なん……だと……!? 片手で……止めた……?)

 

 

一護に衝撃が奔る。

手加減など微塵もした心算は無い己が必殺の一撃。

それをいとも容易く止められ掻き消されたという事実、動揺に揺れる一護の瞳だったがしかし、そんな動揺に揺れ続ける暇を内なる虚が与えてくれる筈も無かった。

動揺する一護などお構いなしに一瞬で一護との間を詰める内なる虚。

咄嗟に天鎖斬月で内なる虚の白い天鎖斬月を受け止める一護だったが、その威力と突進力にそのまま押し込まれ受け止めるのが精一杯、とても弾きかえす事など出来ず、そのまま内なる虚の密着状態を許してしまう。

その様に内なる虚は口が裂けたような笑みを浮かべ、そして呟くようにそれを口にした。

 

 

「 月牙天衝 」

 

 

その後に起ったのは一護の黒い三日月の比ではない大爆発。

鍔元から切っ先に至る全てから、ただ込められた霊圧の大きさに比例して放出された高密度の霊圧。

撃ち出したと言うよりは、刀身の全てから放出され爆発したという表現の方が正しいかの様な、そんな一撃が一護を瞬時に呑み込んで見せたのだ。

同じ容姿、同じ武器に同じ力、しかし使い手が違う(・・・・・・)というだけで此処まで大きくなる差、圧倒的なまでの内なる虚の力。

これが一護が倒し、御そうとしている者の強さという事なのだろう。

 

 

「なんだ? 咄嗟にテメェも月牙を撃って、俺の月牙の威力を弱めたのか?だがそれでもテメェは下手糞だ、一護。卍解状態で初めて月牙天衝を使ったのはこの俺だぜ?テメェはそれを見様見真似でなぞっただけで、テメェで戦い方を考えもしねぇ。所詮テメェは出来の悪い餓鬼でしかねぇのさ 」

 

 

白い斬月には赤い血がべっとりと付き、ポタポタと摩天楼の大地に滴り落ちる。

肩で息をし、今にも崩れてしまいそうな一護とは対照的に、内なる虚は余裕で彼を見下していた。

一護は腹の辺りをザックリと切り裂かれ、それでも咄嗟に放った月牙天衝で威力を殺した分、まだ立っていられるといった状況。

しかし、その一護の努力すら否定するように内なる虚は言う。

お前はただ自分の戦いをなぞるだけの餓鬼だと、自分で考えることはせずそれ以外の方法を模索しない餓鬼だと。

同じ月牙天衝という技一つとってみても、その使い方の差は歴然だろう。

ただ斬撃を飛ばす一護と、相手に接近し零距離から逃さず呑み込む内なる虚、敵を確実に仕留める事を考えれば優れているのはどちらか。

そして戦いにおける武器の使い方の差は、いったい何処から生まれてくるのか。

今の一護にそれを考える余裕はないだろう、だがその手に握った刃の切っ先を下げないのは彼の意思がまだ敗北していない事を示し、しかしその意思だけではどうしようもない事は存在する。

 

 

「どうしたよ一護! 敵の攻撃を防ぐだけがテメェの剣か!?そんなんでこの俺を倒そうなんざ笑わせやがる!ヒャハハハ! 」

 

「くっ……そッ……! 」

 

 

たった一撃、それだけでどちらがより優れているかを見せ付けた内なる虚。

だが彼は攻め手を緩めない。

白い天鎖斬月を振り下ろし、薙ぎ、突きながら一護を苛烈なまでに攻め立てる。

それに対し一護は防戦一方、圧倒的な圧力の前に攻勢に転じることが出来ないで居た。

漏れるのは苦悶の声ばかり、隙を伺おうにも隙など無く、ただ守勢にまわることしか出来ない一護を内なる虚は嘲う。

 

 

「うらぁ! ……チッ! つまらねぇなぁ一護。テメェの剣は何にも語らねぇ、ただただ“責任感”なんてどうでもいいものばかり浮かべていやがる…… そんなもんだけで乗り切れるほど、テメェが進む戦場は甘か無ぇ。……まぁテメェはこの辺が潮時だろうさ 」

 

 

一護を痛烈な一撃で弾き飛ばした内なる虚は、盛大な舌打ちを零す。

つまらない、そう一護の戦いぶりを斬り捨てた彼は言う、お前の刀に映るのは、どうでもいいような責任感だと。

誰も傷つけさせはしない、自分が護らねばならない、故にお前を倒して御すのだと。

何処までも誰かの為(・・・・)である理由を見せる一護に、内なる虚は辟易とした様子だった。

そんなものは彼にとって“甘さ”でしかなく、何よりそんなものを掲げて戦場に立つなど、彼には考えられなかったのだろう。

 

“己”が起つ理由を“他”に求めるのではいずれ沈む。

己を起てなければ、己として確固たるものを持っていなければ、例え他に手を伸ばそうと諸共に崩れるのみ。

今それが揺らいでいる一護ではこの先、どれだけ我武者羅に進もうとも道が鎖されているのは明らかだと、そう断じた内なる虚。

 

 

故に彼は、この無意味な内在闘争を終わらせることにした。

 

 

一瞬、ほんの一瞬内なる虚の姿がぶれる。

次の瞬間、内なる虚は一護の間合いの内側に立っていた。

そして一護がそれに反応するよりも早く、内なる虚は一護の斬魄刀の刀身を左手で握り締めたのだ。

 

 

 

「諦めなるんだな、一護…… テメェに卍解は、使えねぇ」

 

 

 

言葉が終わると同時に変化は現われる。

内なる虚が握り締めた天鎖斬月の刀身、そこが黒から白へと変っていくのだ。

ありえない変化に眼を見開く一護、しかし変化は止まらず白の侵食は握られた部分から切っ先、そして鍔元へと続き柄尻までが変化した頃には一護が握っていた方の天鎖斬月はボロボロと崩れ、その姿を消していった。

現実にはありえない光景、しかし此処は現実ではなく一護の精神世界であり、同時に今や内なる虚の精神世界でもある。

精神世界とは精神が全てを支配する世界、目に映る横倒しの摩天楼は一護の精神風景であり、彼の目の前に居る内なる虚はその実彼自身の力の核。

二振りあった黒白の天鎖斬月は、一護と内なる虚の力がギリギリで拮抗していた事を示ししかし、その均衡が破れ内なる虚へと力が傾き出した今一護の黒い天鎖斬月は内なる虚の一部として吸収され消えてしまったのだ。

 

あまりの出来事に呆然とする一護、それも当然だろう、今まで苦楽を共にしてきた斬魄刀の喪失、それに動揺しない死神などおらず、今まで動揺と衝撃を加えられ続けた一護の思考は一時的に停止していたのかもしれない。

だが、戦場においてその停止はあまりに幼く、愚かしく、そんな一護の姿は内なる虚からすれば唾棄すべきものだった。

内なる虚は呆ける一護の顔面を鷲掴みにすると、そのまま思い切り後方へと投げ飛ばす。

 

 

「馬鹿が…… 呆れるほど脳味噌がユルいヤローだな…… 武器無くしたまま突っ立ってるとか、殺してくださいと言ってるようなもんだろうが…… 」

 

 

その顔に浮かぶのは明らかな侮蔑と呆れ。

敵を前にし武器を無くし、そのまま立ち尽くす事に何の意味があると。

徒手空拳で戦えるのならばまだしも、そんな技量も無いお前が何故無防備な自分を晒しているのかと。

こんな男が、こんな未熟の過ぎる男が、この世界の“ 王 ”かと思うと虫唾が走ると。

 

 

「……一護、王とその騎馬の違い(・・・・・・・・・)は何だ?」

 

「……何だと? 」

 

 

叩きつけられ瓦礫とかした構造物の中から這い出した一護に、内なる虚は一つの問いを投げかけた。

王と騎馬の違い、それはなにかと。

その意図が判らぬ問いを訝しむ一護だったが、内なる虚はそんな彼などお構い無しに言葉を続ける。

 

 

「“ 人と馬 ”だとか“ 二本足と四本足 ”だなんて餓鬼の問答じゃねぇぞ?姿! 能力! その全てが同じ存在があったとして!そのどちらが王となって戦場を支配(・・・・・)し!そのどちらかが騎馬となって力を添える(・・・・・)時!その違いは何だ(・・・・・・・)って訊いてんだ!!」

 

「グッ……! 」

 

 

叫びながら瞬時に一護へと肉薄し、今度は一護の腹部に痛烈な蹴りを見舞う。

一護の身体は再び瓦礫へと埋もれ、それにとどまらず構造物を貫通すると、その先にあった構造物へと再び激突し止まった。

 

一護へと攻撃を加えながら叫ばれた、内なる虚の言葉。

王と騎馬、王とは戦場を席巻しその手に持った刃によって敵を薙ぎ倒し栄光と勝利を導く者、そして騎馬とはその王を背に乗せ戦場を駆け、王の力となるべく支え従う者。

この二つにまったく同等の力と容姿と能力を持った者を分ける時、どちらが王として相応しいかというものを問う内なる虚の言葉。

そのどちらもが王となる資質を秘め、また王たり得る存在であるにも拘らずどちらかを騎馬とする決定的な相違点。

王にあって騎馬に無いもの、戦場を、戦いを支配する者にとって最も必要なもの、それは何か。

内なる虚は一護にそれを問うているのだ。

 

 

「…………」

 

「わからねぇか? ……ケッ、つくづくどうしようもねぇ…… 」

 

 

内なる虚の問いに一護は無言だった。

それは答える気が無いのではなく、答えが思い当たらなかったから。

何をもって王と騎馬を分けるのか、一護にはそれが思い当たらず、そして無言の一護に内なる虚は落胆した様子で呟いたかと思うと、再び一瞬で一護に近付くと頭に蹴りを見舞って彼を吹き飛ばした。

 

 

「だからテメェは弱ぇんだよ一護! テメェはグリムジョーとかいう破面を見て!あの金髪の破面を見て何にも感じなかったのか!?テメェに絶対的に欠けてるもんが! アイツ等には溢れてる事に気が付かねぇのか!テメェは一々戦いに理由を求める! 何処かで自分の戦いは正しいものだと思ってやがる!思い込もうとしてやがる! そんなくだらねぇ言い訳考えながら戦う奴に! “ 王 ”を名乗る資格は無ぇんだよ!! 」

 

 

蹴り飛ばされまともな受身すら取れずビルの壁を跳ねる一護。

勢いのまま壁面を削り、漸く止まった彼をしかし内なる虚は執拗に追撃する。

先ほどから抱えていた呆れや苛立ちが噴出したように声を上げ、愚かと断じる内なる虚。

この世界の王がこれほどまでに甘い存在、そして自分がその一部であるという事が許せないかのように。

 

 

「あの破面達を見ろ! アイツ等のどこに理由がある!アイツ等のどこに言い訳がある! アイツ等が従ってんのは一つだ!だがそれは命令でも義理でも恩でも使命でもなんでも無ぇ!!教えてやるよ! テメェに無くてアイツ等に(むせ)るほど存在するもの!そして王と騎馬(・・・・)を別ける決定的なもの!それは…… 」

 

 

破面、一護と戦ったグリムジョーでありまた彼と同時に遭遇した金髪の破面。

汗が噴出すような威圧感と、一瞬で喉を干上がらせる程の濃密な殺気。

それを思い出すだけで一護はその感覚をありありと蘇らせる。

そしてその二体にあって自分には無いもの、それが答えであると叫ぶ内なる虚の声に、一護はどうしようもなく聞き入ってしまっていた。

何度も打ち据えられた身体、それでも今立ち上がろうとしている一護、その姿を見下ろしながら内なる虚は問の答えを、王と騎馬を分ける決定的で絶対的なものの存在を言い放った。

 

 

 

「それは本能(・・)だ!! 鬩ぐ二つの存在が片方を圧倒するために、王となる為に必要な絶対的なもの!ひたすらに戦いを求め、力を求め、圧倒的に敵を薙ぎ倒し屠る!戦いに対する絶対的で根源的な衝動だ! 皮を剥ぎ!喉を裂き! 骨を砕いた神経の奥! 原初の階層に刻まれた純然たる殺戮衝動!それだけが王と騎馬を別ける決定的な違いだ!」

 

 

 

本能、戦う事を求める性、戦いを渇望しそれに身を委ね殺戮衝動のまま敵を蹂躙する。

戦うという行為にこれ以外のものなど必要なく、もし存在するとすればそれは蛇足であり自らのおぞましき行為と剥き出しのそれを隠す為の装飾にすぎない。

戦いとは何処までも醜く、美しさなど求めず、ただ敵を殺戮し蹂躙する為だけに存在するのだと内なる虚は叫んだ。

まさしく戦いとは脊髄反射、殺し殺される螺旋の中で雑多な感情の挟む余地無くただ純粋に本能という名の衝動のまま戦う事、そしてより強くその本能を解き放てる者こそ“ 王 ”に相応しいと内なる虚は言うのだ。

 

 

「一護! テメェにはそれが! 剥き出しの本能ってやつが圧倒的に欠けてんだよ!あの破面達は本能のままに戦いを求め本能のままに敵を殺す!混じり気の無ぇ殺戮! 包み隠さねぇ衝動!テメェがあれこれと理由をつけて折り合いをつけてでも納得しようとしてるもんを、奴等は一つも隠さねぇ!テメェは理性で戦い理性で敵を倒そうとしやがる!だがなぁ一護、理性で戦った様が今の血塗れのテメェだ!テメェは自分を正当化(・・・)しなくちゃ戦えねぇ!だからテメェは俺より弱ぇんだよ! 一護!!」

 

 

一護は気圧されていた。

内なる虚のその狂気に、どこまでも圧倒的な狂気に。

彼からしてみれば内なる虚がいう本能とは“ 覚悟 ”の事だった。

覚悟ならばしていると、敵を斬る事、敵に斬られる事、敵を殺す事、そして自分が死ぬかもしれないという事。

だがそれすらも彼に巣くう内なる虚は甘いと断ずる。

敵を斬る事に覚悟は必要か、思いのまま、本能のままに敵を斬り、敵を殺し、敵を蹂躙し駆逐する事になんの覚悟が必要なのかと。

そうして理性で納得し、理性によって剣を振るっているうちは敵など到底殺せはしないと。

その狂気、理性では理解しきれない狂気、一護はそれに中てられ立ち上がっても動けなかった。

 

その身に迫る白い斬魄刀を前にしていても。

 

腹部に加わった衝撃、それに一護は視線を下げる。

其処には白い天鎖斬月、だが見えるのは柄と鍔、そして刀身の僅かであり切っ先は見えなかった。

だが判る、その切っ先がどこにあるのか、それは今の自分の状態を正確に把握すれば造作も無いことだった。

そう、今白い天鎖斬月は内なる虚によって一護目掛けて投げ付けられ、それに一護は何の反応も出来ずに立ち尽くし結果、白い天鎖斬月の刃は一護の腹を貫いたのだ。

 

 

「……俺は御免だぜ、一護。 俺は自分より弱ぇ王を背に乗せて走り回って、一緒に斬られるなんてとてもじゃねぇが耐えられねぇ。弱ぇ奴は弱ぇまま、たった一人で死ねばいい 」

 

 

腹部を貫かれた一護に、内なる虚がゆっくりと近付いていく。

そのゆっくりとした足取りは余裕の表れだろう。

素早く近づき一瞬のうちに仕留める事も出来た、しかしそれをしないのはそれをする必要がないほど内なる虚にとって、一護と自分の力が隔たっているという確信がある為。

恐れるに足らず、今の一護は内なる虚にはそういった段階にしかいないのだ。

 

 

「わかるか、一護? 今この世界の“ 王 ”は残念な事にテメェだ。 ……だがなぁ、テメェの方が俺よりも弱ぇってんなら話は簡単だ。テメェを潰して…… 」

 

 

一歩一歩近付いていく内なる虚。

その顔に浮かぶのは狂気に彩られた笑み。

眼を見開き口は裂けるほどの笑みを浮かべ、青い舌がせせら笑う。

お前は弱い、お前は弱い、その瞳に浮かぶのは一護に対するそんな感情。

渦巻く思いは一つ、弱い王など必要ない、必要なのは強き王、何者をも叩き潰す強き王だけと。

 

そしてもしもお前が弱い王だというのなら、俺が望む事は決まっているのだと。

 

 

 

「俺が……“ 王 ”になる 」

 

 

不敵な笑みを浮かべたまま、内なる虚は静かにそう宣言した。

まるで終わりを告げるかのように。

 

 

 

そして僅かに、心臓の跳ねる音がした……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦え

 

戦え

 

戦え

 

それが正しき

 

お前の(かたち)

 

 

 

 

 

 


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