BLEACH El fuego no se apaga.   作:更夜

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BLEACH El fuego no se apaga.80

 

 

 

 

 

眼前に映し出されるのは過去の記録。

それは現世において収集された記録であり、その副産物。

本来目的としたものとは別、偶々収められた奇異なるモノ。

映し出される映像を見る人物は、椅子に深く腰掛け頬杖をつき、その口元に僅かな笑みを浮かべていた。

彼からしてみれば何処までも不完全であり、言うなれば猿の紛い物にしかすぎない“ 人 ”という名の存在。

無知であり無為、その一言に尽きるかのような脆弱な生命体である人ではあるが、ときに彼の予想だにしない進化を見せる事がある。

そして今、彼の前に映し出される映像、そこに映る人間の少女もおそらくはその類なのだろう。

花を模した髪留めから分れた花弁、人間の少女の能力であろうそれは飛ぶようにして少女の傍に倒れた青年に近付くと、無残なほど傷ついた青年の右腕を囲うように結界のようなものを形成した。

その後に起こる現象、それを見て椅子に座る男はまた笑みを深める。

人という脆弱で短命な種にありながら、少女の行った行為は矮小たる人に許された枠を、易々と超えるかの如きもの。

それもただ霊的に優れている、という言葉では済ます事は出来ない程、少女の持つ力は常軌を逸したものだった。

 

故に彼女は彼の眼に留まってしまったのだ。

 

 

「フフ…… 随分と面白い能力(・・・・・)を持っているな…… 女…… 」

 

 

駆けつけ、傷ついた友の姿を眼にした、故に助けた。

そんな人として当たり前の行動をした少女、自分の特異な能力を持ってすれば助けられる、ならば助けない理由はどこにも無いとして友である青年を助けた少女はしかし、その優しさゆえに見初められたのだ。

 

暗い欲望が渦巻く彼の男の瞳に。

男が描く謀略、その一つの道具として。

 

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

 

「あぁ、来たね。 ウルキオラ、ヤミー。 今、終わるところだよ…… 」

 

 

白く大きな扉が開き、二つの人影がその部屋へと足を踏み入れた。

一つは小柄で華奢な、もう一つは巨躯で線が太くごつごつとした印象の影。

名をウルキオラ・シファー、そしてヤミー・リヤルゴ、どちらも虚夜宮(ラス・ノーチェス)最高戦力である十刃(エスパーダ)の一角に数えられる破面である。

そして、二人の入室を振り返る事無く迎えたのは茶色の髪を後ろへ流し、彼等破面と同じ白い死覇装に身を包んだ死神にして、彼等破面の創造主たる男、藍染(あいぜん)惣右介(そうすけ)

ウルキオラ等が入室した広い部屋には彼等以外にも、第1十刃(プリメーラエスパーダ)であるスタークを筆頭にバラガン、ハリベル、そしてつい最近十刃となったルピといった十刃が集結していたが、グリムジョー、ノイトラの姿は見えなかった。

それぞれが思い思いの場所に陣取り、部屋の中心に立つ藍染を囲むようにしている室内の十刃達。

中心に立つ藍染の前には包帯のようなもので雁字搦めにされた人型の物体と、それを覆う正方形の透明な結界。

藍染を囲む彼等十刃にとってその光景はどこか見慣れたもの、彼等の眼に映るそれが示すのは『大虚(メノス)の破面化 』に他ならず、その光景は今また一人新たな破面がこの虚夜宮に誕生することを示していた。

 

 

「崩玉の覚醒状態は? 」

 

「五割だよ。 ……もっともそれは尸魂界(ソウルソサエティ)側の見解ならば……だがね。それも含め全ては予定通り(・・・・)だ、こうして直に崩玉に触れた事の無い彼らには判るまい。封印を解かれて尚、休眠状態の崩玉ではあるが、隊長格に倍する霊圧を持つ者と一時的に融合する事でほんの一瞬、完全覚醒状態と同等(・・・・・・・・・)の力を発揮する、という事はね」

 

 

大虚の破面化、という術式について重要になる崩玉の覚醒状態を問うのはウルキオラ。

崩玉の覚醒状態はそのまま破面化の精度、そして破面化された破面の強さに影響を及ぼす因子であり、それ故に彼から出たその言葉は当然の疑問といえた。

だがそれは心配から来る言葉ではない、純粋に破面化に影響する覚醒状態を尋ねた言葉ではないのだ。

何故ならウルキオラを含めた全十刃は崩玉の覚醒状態に疑いを持っていない為。

彼らもまた完全覚醒状態である完全な崩玉によって再破面化を施されているのだ、覚醒状態に不備がある崩玉に彼らを再び破面として精製する能力が発揮できるはずも無く、故に彼らは崩玉に疑いを持たない。

 

ならばウルキオラが問うた覚醒状態は何を指していたのか、答えは彼らが知る崩玉の覚醒状態ではなく、彼らではない他の者が知っている覚醒状態。

実物に触れる事無く、不確かな情報と曖昧さを孕んだ推測に基づいて導かれた死神が知る覚醒状態の事。

それをして藍染は予定通りとウルキオラに答えた。

尸魂界が誤った解釈によって導き出した崩玉の覚醒状態、そこから導き出された間違った決戦の時。

必死にその時に備えて力を磨く死神の姿は、藍染からすれば何処までも悠長なものでしかなく、彼等死神が力をつけたと思った頃には破面達は彼等の届かぬ次元に立っているのだと。

藍染 惣右介という類希な霊圧を持つ者だからこそ可能な崩玉の強制完全覚醒、それをして創り上げられた十刃という名の禍々しき刃達。

ウルキオラに答える藍染、その言葉の最中結界の上に置かれた崩玉は差伸べられた藍染の指先に癒着し、そこから注ぎ込まれる膨大な霊圧を持ってその真なる力を解放する。

結界は崩玉の力と藍染の霊圧、破面化による被検体の霊圧上昇によって砕け、雁字搦めに巻かれた布はボロボロと崩れて落ちた。

既に万全磐石の布陣を整えつつある藍染、それを更に磐石とする為に彼はまた新たな破面をここに創り出したのだ。

 

 

「名を、聞かせてくれるかな? 新たなる同胞よ…… 」

 

「……ワンダーワイス。 ……ワンダーワイス、マルジェラ…… 」

 

 

結界が崩れ身体を拘束するかのような布もまた崩れた後、現われた新たな破面。

床にへたり込み両手をついて上半身を支えるようにして藍染を見上げるその破面は、青年というよりも少年といえる幼い外見。

肩にはかからないがやや毛先が外に跳ねた金髪で、額にどこか王冠を思わせる仮面の名残、眼は虚ろで目の下にははっきりと隈が刻まれていた。

線が細いでは済まされない程細い手足には贅肉など無く、それどころか筋肉すら少ないような棒切れの印象で、脇には(あばら)が浮かぶほど。

肉体だけを見る限り、おおよそ戦闘者として一流とは言いがたいワンダーワイスと名乗ったその破面の少年。

霊圧の強さと肉体の強さがものを言う破面や死神という存在にとって、この肉体の脆弱さはそれだけで罪とすら言えるものだろう。

戦いに措いて、少なくとも肉体面で他に圧倒的に劣る様に見える、このワンダーワイスという破面。

その拳を、その刀を、身に溢れる力をもって戦い、相手を殺すことだけを存在意義として見出されたような破面、その存在意義に対してこのワンダーワイスは、どうしようもなく劣った印象を見るものに与えるのだ。

無論肉体の強さだけがその者の全てを測る指標ではない、しかし霊圧だけで肉体の不備を補える訳でもなく、結果両方が伴っていない者は不完全。

 

そしてその印象が導き出す結論は一つ、“失敗作”。

 

如何に藍染 惣右介という万能を体現するかの如き男であっても失敗はあると、完全覚醒状態の崩玉をもってしてもこうした失敗作は生まれえるのだと、周りを囲む十刃達には大なり小なりそういった思いが生まれたことだろう。

この世に失敗しない者などいないと。

 

 

だが本当にそうだろうか。

 

 

藍染 惣右介という男が本当に失敗を、自らにとって無益な事をするだろうか。

全てに措いて己が利を最大限に引き出し、それら全てを余す事無く掌中に収めてきたであろうこの男に、こんな簡単な失敗があるだろうか。

今までこの男が積み上げてきた数々の所業とその結果、過程手段の是非や倫理感はともかく、結果として望んだもの全てを手にしてきたこの男のこれまでを鑑みた時、本当にそれは失敗に見えるだろうか。

誰の目にも明らかに脆弱なワンダーワイス、戦えば間違いなく全ての十刃が勝利するであろうと思わせるその姿。

しかしその脆弱で弱々しさと危うさすら漂わせるワンダーワイスは、こうして人型として(・・・・・)破面化に成功し、何より崩玉の完全覚醒を無理矢理促してまで完全な形での破面化(・・・・・・・・・)を約束された個体でもあるのだ。

そして何より自分にとって利益も有用性も無い者に意義を見出さない藍染惣右介が、失敗作を造り出す無駄を行うはずが無い。

大多数にとって無意味な失敗作に見えるものも、一部の人間には神々しさすら感じさせる芸術品であるのと同じように、藍染惣右介にとってこのワンダーワイスという破面は、脆弱さなど何の障害にもならぬほど有用な個体なのだ。

 

 

「……ウルキオラ。 一ヶ月前に話した指令、実行に移してくれ」

 

「はい 」

 

「方法は任せる。 必要ならばキミの権限の許す限り、誰を動員しても構わないよ」

 

「了解しました…… 」

 

 

ワンダーワイスを見下ろした藍染の口角がほんの僅かに上がる。

出来栄えか姿か、何かしらに満足した様子の藍染は、入り口付近に立つウルキオラに振り返ると、とある指令の実行を命じた。

指令の内容を知るものはその場に二人以外なく、言葉少なく交わされるやり取りは簡潔で、そこから内容を推し量ることも出来ない。

例え同じ十刃であっても秘匿される情報、それが示すのはそれだけその指令が重要であるという事。

藍染の言葉に眼を伏せ一礼したウルキオラは踵を返し、先程入ってきた扉から部屋を後にする。

何も語られず下された指令、ただ判る事は藍染が第4十刃(クアトロエスパーダ)であるウルキオラに指令を出すという事は、それだけその任務が重要なものであるという事ともうひとつ。

今まさに誕生したワンダーワイス、その存在がこの指令実行の契機となったという事だろう。

 

 

「それでは皆、今日はこれで解散してもらって構わない。 ……あぁ、スターク、バラガン、ハリベルの三人は残ってくれ。今後の事について少し、話しておく事があるからね…… 」

 

 

ウルキオラが退室した後、藍染は残った十刃に対しても解散を命じた。

部屋の中央でへたり込むようにして未だ座っていたワンダーワイスは、何処からか現れた下官数人に伴われるようにして部屋を後にし、ルピ、ザエルアポロ、アーロニーロも部屋を後にする。

ヤミーだけはこんなくだらない事なら一々呼ぶなよ、といった思いをありありと顔に浮かべはしていたが、それを藍染に面と向かって言うほど彼も愚かではなく、しかしわざとらしいまでの盛大な溜息と舌打ちを残し、ボリボリと頭を掻きながら部屋を後にした。

そして残ったのは第1十刃であるスターク、第2十刃(ゼグンダエスパーダ)であるバラガン、そして第3十刃(トレスエスパーダ)のハリベルという上位十刃達。

崩玉を摘み上着の内ポケットへと仕舞い込んだ藍染は、部屋の中央から少し場所を移すようにして歩を進める。

 

 

「で? 用向きはなんじゃいボス。 まさか本当に、態々あの程度の小便臭い餓鬼一匹の破面化を見せる為だけに、儂等を呼び出した、などという出来の悪い冗談なぞ言うまいな?」

 

「口を慎むべきだな、大帝。 私にはその口ぶり、忠義ある者のそれとは到底思えない。臣下ならば臣下らしく、藍染様のお言葉を待つべきだろう」

 

「フン! ケツの青い小娘が…… 知ったような口をききよるわ…… 」

 

「はぁ…… 何だっていいからさっさと済ませてくれ…… 」( サボるヤツが居たなら、俺もそうすりゃ良かったぜ…… )

 

 

背を向ける藍染に不躾な言葉を投げ付けるのはバラガン。

相変わらず老いを刻んだ顔の皺とは裏腹に、精力滾る筋骨隆々たる肉体を持つ彼。

第2に落ちたとはいえ欠片も衰えぬ王気を存分にその身に纏い、挑戦的ですらある言葉遣いで藍染に真意を問いかける。

十刃である自分をこんな茶番を見せるためだけに呼び出す、などという事がある訳も無く、それ相応の理由というものは当然あるのだろうと。

そうして口元に皮肉を湛えたバラガンを牽制する様に口を開いたのはハリベル。

礼を重んじる彼女からしてみれば、バラガンの口ぶり、言葉の選択はどうしようもなく上位に対するそれとは言えず、寧ろ侮りすら浮かぶもの。

本来十刃の格で言えばハリベルよりも上であるバラガンに対し、敬意を払うべき立場に居る彼女ではあったがそれよりも尚上に存在する藍染への不敬ともとれる物言いは、看過できるものではないという事なのだろう。

まるで釘を刺す様なハリベルの物言いにしかし、バラガンはそれを一笑の下に伏す。

両者の視線は自然とぶつかり合い見えぬ火花が散るかの如く、どちらも自分の言を易々と曲げるような性格ではない事が判り切っているだけにこうした確執は仕方が無いといえばそれまでの事なのだろう。

そんな二人を他所に何でもいいから早く帰りたい、といった雰囲気をこれ見よがしに垂れ流すのはスターク。

二人が火花を散らすさなかに措いてもポリポリと頬を指で掻き、欠伸をする様は気が抜けているように見えてもなかなか出来るものではない。

三者三様、癖が強く相容れるはずも無い彼らではあるがその力は間違いなく本物であり、そしてその力を更なる力をもって束ねる藍染惣右介という男の恐ろしさもまた、窺い知れるというものだろう。

 

 

「態々残ってもらってすまない。 ただキミ達には知っておいて貰わねばならない事だったんだ、これは……ね」

 

 

そんな三人の様子を他所に言葉を語りながら歩を進めていた藍染が立ち止まりそして振り返る。

其処は先程の場所よりも、より彼等三人を見やすい位置取りだった。

振り返った藍染の顔にはいつもと変らぬ暗い笑み、見る者を威圧し飲み込むような、不気味で底の知れない笑みが浮かんでいた。

そんな藍染の笑みは、いつもと変らぬそれでありながらいつもよりも僅かに嬉々とした様子であり、いつもとは違うその僅かな違いを見抜いた彼等三人は一様にその雰囲気を固くする。

“ 何かある ”直感的にそれを感じ取った三人はやはり間違いなく強者であり、そうして僅か身構える彼らを前にして藍染は言い放った。

 

 

 

「では、戦の話(・・・)をはじめようか…… 」

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

 

藍染からの指令執行を受けて後、ウルキオラの行動は早かった。

指令の目標に関しては既に藍染によって密かに監視が行われており、目標自身に不審な動きは確認されていない。

尸魂界、または現世に措いても彼の指令目標に対して目立った動き、所在の隠匿や行動の制限などは行われている様子はなく、言うなれば野放し状態。

そういった可能性を頭から否定しているのか、若しくはこうもあからさまに放置していること自体、一種の罠であるという可能性すら考えられたが、その可能性は低いだろう。

 

何故なら藍染やウルキオラから見て死神(彼ら)は甘すぎるのだ。

 

一度仲間と定めれば疑う事をせず、まして仲間を囮として使い、命の危機に晒すような事を彼らは好まない。

好む好まないという感情論、戦いの勝利よりもそれらを優先するかのような風潮が、彼等の一部にある時点でウルキオラ等からすれば甘すぎる。

そしてそういった甘さを捨てきれていない彼等だからこそ、指令目標を使用した罠の可能性は排除できるのだ。

 

目標を確保する手段は既にウルキオラの内にあった。

近頃目標は何故か頻繁に現世と尸魂界を移動しており、その際に傍にいるのはウルキオラにとって護衛にすらならない、彼流に言うのならば塵だけ。

その為、現世と尸魂界を隔てる断界(だんかい)の中でならば、指令の達成は容易い事と言えた。

 

だが、ただ指令を達成しただけでは意味が無い。

 

藍染の指令は目標の確保までだったが、言われた事だけしかこなせないのは二流。

機械的に任務をこなす事も必要ではあるが、今回ウルキオラに求められているのはそれ以上、故に彼は何時指令の執行命令が下っても問題ないよう全てを整えていた。

人間という脆く矮小な生物の自らを犠牲にしてでも他者を助けようとする愚かな特性、彼の理解の外に存在する『こころ 』という名の理性の揺れを持ってすれば事は、容易に成ると。

更に圧迫された精神に僅かな慈悲を与えることで生まれる愚かしい罪悪感、強いられてのではなく自らの決断であるという意思のすり替え、それらをもってしてウルキオラは指令と、その後円滑に目標を藍染の道具とする道筋を立てていた。

全ては藍染 惣右介という男の傍にあり、彼が用いる効率的な精神掌握と心理操作をウルキオラなりに解釈した工程。

如何に効率的に事を運ぶ事が出来るかを考え、まるで詰め将棋のような理論による追い込み。

故に失敗はありえない、指令は迅速に成し遂げられることだろう。

 

 

(目標が取るであろう行動と、思考は問題なく操作できる。後は如何に邪魔が入らない状況を作り出すかに尽きる……か…… )

 

 

そう、如何にウルキオラが目標を掌握できる自信があったとしても、余計な邪魔が入ればそれは成らないかもしれない。

現状、目標に付くであろう護衛は問題ではなく、目標に正面から接触できれば事は容易に、そして素早く成るだろう。

問題は如何にしてその状況を作り出すか、この状況で言えば如何にして他の意識を目標から逸らし目標を孤立させるか。

 

 

(……やはり単独で動くより撒き餌(・・・)を使った方が効果的か…… 既に二度、現世への侵攻が起っている中、三度目を警戒しないほど死神も愚かではないだろう…… )

 

 

だがウルキオラにそれを案ずる素振りはない。

単独で指令を達成できる自信も彼には充分にあるが、確実に、それも藍染の意に沿う形での指令達成を考えたとき、安易な選択を彼は好まなかった。

目標は確実に孤立させる、その上で確実に確保し藍染へと献上する。

その為には、敵である死神がいやがおうにも対応せざるを得ない状況を作ることが、何よりも望ましいとし、ウルキオラは行動した。

動員させられる数は限られており、現時点で四名。

その内一名は斬り飛ばされた腕こそ繋がっているものの、本調子とは程遠く、なにより前回無理矢理にウルキオラへと同行した末に晒した醜態は、ウルキオラに彼への評価を下げさせるには充分なものであり、故に除外されていた。

残る三名のうち一名は完全に行方を暗まし、もう一名は先ほどの室内に、最後の一名は自宮に篭って居る事は確認が取れている。

結局動員できる人数は最大二名のみであるが、それでは些か撒き餌としての効果が薄いと考えたウルキオラ。

 

各宮殿を廻り(くだん)の二名に指令への協調を約させた後、ウルキオラは一路、虚夜宮外縁部へと向かった。

広大な虚夜宮ではあるがウルキオラ等十刃にしてみれば苦になるほどの距離でもなく、そう多くの時をかけずに外縁部へと到着したウルキオラは、真っ直ぐある破面の下へと歩を進める。

現状の撒き餌の効果が薄い、と感じた時点でウルキオラの思考を過ぎった一体の破面。

能力的に撒き餌としてならば申し分なく、何より一度現世へと侵攻しているという点では、件の破面の片側と同等の効果が期待出来るその破面。

 

暗い通路を抜けて開けた空間へと出るウルキオラ、暗かった通路に比べ煌々と照らされたその場所は広く、円筒形の空間には柱は一本も立っておらず、白い床だけが広がっていた。

その空間の中心に居たその破面は、ウルキオラの気配に気が付くと彼の方へと振り返った。

背後には黒髪で巨躯の破面がこちらはウルキオラの姿を確認すると、明らかに大きな溜息をつき、やれやれといった風で首を振る。

立ち止まる事無く袴の衣嚢(いのう)に両手を入れたままその破面へと近付くウルキオラと、それを皮肉気な笑みを浮かべたまま待ち構えるその破面。

ある程度の距離を保ち立ち止まったウルキオラ、彼の眼に映るその破面はギラギラとした紅い瞳で彼を見ていた。

互い同程度の身長である二人の視線は真正面からぶつかり、しかしその破面とは違い何も浮かばない緑色のウルキオラの瞳は、どこまでも見下すようで、あまつさえ命ずるような雰囲気を色濃くしたままその破面を捉え、そのままウルキオラは言葉を口にした。

 

 

「俺と来てもらう。 フェルナンド・アルディエンデ」

 

「ハッ! お断りだ 」

 

 

拒否を許さぬといった威圧感を纏ったウルキオラの言葉、それをその破面、フェルナンドは鼻で笑い飛ばし一刀の下に斬り捨てた。

それを見ていた黒髪の破面サラマは、あぁやっぱり、といった風で天を仰ぐがそんな彼の様子などお構い無しに、当事者たる二人の間には険悪な雰囲気が流れ始める。

 

 

「もう一度だけ言う。 俺と来い、フェルナンド・アルディエンデ」

 

「俺は何度でも言ってやるよ。 お断りだ、ウルキオラ」

 

 

ウルキオラの再度の言葉、最早要請ではなく完全に命令と化した言葉に、フェルナンドはまたしても否を突きつけた。

だがフェルナンドという人物を省みれば判ることだが、彼はこうした一方的な命令には頑として従わない。

そして、一度こうと決めたからにはそれが余程の事でもない限り、覆す事など無いのだ。

しかしウルキオラとてそう易々と引き下がるはずも無く、元々対等ですらない相手に命令以外の方法を知らない彼に、これ以外の方法を求める事もまた酷な事。

結果どちらも自分の押し通すべきものを譲るはずも無く、雰囲気は一層ピリピリとした言うなれば一触即発の様相を呈していた。

 

 

「まぁまぁまぁ、フェルナンドのニイサンも第4のニイサンも抑えて抑えて、そんな色んなものすっ飛ばした会話じゃ何にも判りゃしませんって。ここは一つ、順を追って話してみちゃどうですかい?」

 

 

明らかに険悪なフェルナンドとウルキオラの雰囲気、それを察し尚且つこの場に彼以外それを治められそうな人物はなかった。

結果、こうして二人の間に割って入る形で仲裁を試みる事になったのは、当然サラマである。

彼からしてみれば、ウルキオラがここに現われた時点で十中八九揉め事は確定しており、後はどうやって治めるかを考える作業だった。

それにしてもまさか、ここまで色々な説明を省いた言葉の応酬が行われるとは彼も予想外で、意思疎通の能力が低い彼等二人に困惑気味であった。

が、そうして順立てた会話を促してはみたサラマだったが、その後の会話でそれが無理であると悟る。

 

 

 

「塵に語っても理解など出来無い 」

 

 

「端っから従う心算が無ぇ 」

 

 

 

それは始めから平行線どころか真逆を向いた議論。

どちらが歩み寄ることも叶わず、そもそもその気がないのだから落としどころも何も無い。

互いの眼を見たまま退かぬ言葉をぶつけ合う彼等に、サラマは処置なしといった様子だった。

 

 

「ハッ! 塵……かよ。 こりゃ随分な言われ様だ」

 

「塵を塵と呼ぶ以外の呼び名を俺は知らない、故に塵は塵と呼ぶ他無い」

 

(あ~こりゃマズイですねぇ…… 流石にこの二人の戦いを止められる自信は無いんですが…… )

 

 

漏れ出す赤と深緑の霊圧、言葉によるものが破綻したというのならば彼等破面が取る手段はもう決まっている。

力ある者こそ正義、力ある者が語る言葉だけが正しく、力によって捻じ伏せられた者は語る事すら許されない。

それが虚夜宮、いや虚圏(ウェコムンド)の絶対的な理であり、それに則って彼らは力による解決を選択しようとしているのだ。

その理から若干外れた位置にその考えをおくサラマ、何とかこのあまりに愚かしい激突を止めようとは思うのだが如何せん武力にものを言わせるにも限界はある。

そもそも彼が一度フェルナンドと渡り合えたのは、当時諸々の好条件が重なったからに過ぎず、そんな幸運はそう何度も得られるものではない。

 

しかし、今回に限っていえばその幸運は彼に降った。

 

 

 

「お前は…… 何故こうも私が来た時に限ってそういう(・・・・)事になっているんだ、フェルナンド…… 」

 

 

 

声の主は盛大な呆れを隠す事無く、その姿を見つけたフェルナンドは一つ舌打ちをすると漏れた霊圧を引っ込める。

額に手を当て、困ったものだという雰囲気を存分に纏いながらその場所に現われた彼女。

彼という破面を鑑みた時それは仕方が無い事であると、内心彼女も理解はしているのだろうがそれに納得できるかはまた別の話。

しかも今回は自分の子分ではなく十刃たるウルキオラを相手取っているという時点で、彼女の心労は推し量れるだろう。

 

 

「……ティア・ハリベル。 貴様が何故ここに居る」

 

「それは私の台詞だ、ウルキオラ。 藍染様から指令を受けた身である貴様が、何故このような場所に居る。指令は速やかに果たされるべきだ、と私は考えるが?」

 

「円滑に指令を遂行する為にこの破面の存在が必要だ。故に俺は此処に居る 」

 

 

漏れ出していた霊圧を抑え、振り返ったウルキオラ。

その眼に映るのは、数時間前にあの部屋に居た彼と同じ十刃であるハリベルの姿だった。

嘆息した様子のハリベルであったが、ウルキオラに反応が見られると一転十刃としての顔に戻り、指令遂行の件を問い質す。

ハリベルのウルキオラに対する評価は決して低くは無く、寧ろ藍染への忠節は他の十刃よりも頭一つ抜きん出ている、とさえ考えるほど。

そのウルキオラが指令を受けて後も未だこのような場所、虚夜宮の外縁たる三ケタの巣(トレス・シフラス)に居る事は、ハリベルからすれば不可解でしかなかったのだ。

だがそうしてどこか叱責するようなハリベルの言葉にも、ウルキオラは相変わらず感情の伴わない声で必要なことだと答える。

全ては指令をより完全な形で遂行するため、その為にはフェルナンドの存在が必要であると。

 

 

「十刃にはNo.11以下の破面への命令権がある。それは三ケタである十刃落ち(プリバロン)にも適用される」

 

「馬鹿な、それは詭弁だ。 彼らは皆、過去十刃であった者達。彼らに対する敬意と実績を鑑みて、彼らを十刃が命令権で縛る事は今まで成された事は無い」

 

「前例が存在しないだけだ。 権利自体は存在する」

 

「貴様……本気で言っているのかッ 」

 

「無論だ 」

 

 

フェルナンドには語ることさえ必要ないとしたウルキオラだったが、事情を知るハリベルには僅かだが真実を語った。

そもそもウルキオラ達十刃には下位破面への命令権が存在し、それをもって指揮下に組み込まれた破面を、従属官(フラシオン)と呼ぶ。

No.11以下、それが十刃の持つ命令権の範囲であり、ウルキオラはそれに十刃落ちである三ケタも含まれているとしたのだ。

 

だがハリベルはそれを否定する。

十刃落ちとは皆、三ケタの数字を冠してはいるがその全ては過去十刃だった者達、そして彼等の存在無しに今の虚夜宮は成り立ってはいないと。

故に彼らには敬意をもって接するべきであり、その彼らを徒に命令で縛り付けるのは今まで成された事のない非道である、とするハリベル。

破面からすればおかしな事を言っているようではあるが、礼を重んじるハリベルにとってそれは越えてはならない一線であり、現に今まで誰も踏み越えなかったもの。

しかし、ウルキオラは何も写さぬその眼で平然と、その線を踏み越えようというのだ。

ハリベルからすれば看過できない所業である。

 

 

「いや、アネサン落ち着いてくださいよ。ここでアネサンまでブチキレちまった日には収集つかんでしょう?何時もの冷静なアネサンで居て貰わないと困るんですよ、この状況じゃ」(主に俺が……ですがねぇ )

 

 

険の強くなったハリベルを宥めたのは、いつの間にかフェルナンドとウルキオラの傍からハリベルの傍に移動していたサラマだった。

彼とて必死なのだ、この状況で唯一の光明といえるハリベル、なんなら力で押さえつけられる人材が同じように暴れられた日には、収拾なんてつくはずもないと。

割に合わないにもほどがあり、尚且つ自分まで危険になりそうな状況であるサラマは必死にハリベルを宥める。

現状上手い事この二人に決着をつけられそうな人物は彼女しか居ないのだ、その必死さも頷けるだろう。

 

 

「……フゥ。 いいだろうウルキオラ。 その権利自体は私も認めよう」

 

「貴様に認めてもらう必要はない 」

 

「……では、権利を認めた上で私は十刃の上位優先権(・・・・・)を行使する。私は第3、貴様は第4。 どちらの権利が優先されるかは誰の目にも明らかだ」

 

「………… 」

 

 

一つ大きく息を吐いた後、ハリベルはサラマの言葉で冷静さを取り戻した。

元々そこまで怒りを覚えていた訳ではなく、力による解決を良しとしないハリベルに武力に訴える思考がなかったことが幸いしたのだろう。

渋々出はあるがウルキオラの言う命令権を認めたハリベルは、その上で上位優先権をもって事を納める事にしたのだ。

元々は十刃同士が同じ下位破面を従属官にしようとした時、十刃同士の衝突を避けるために設けられた上位優先権。

命令権の行使に伴って優先されるのは、例え言い出したのが後であっても番号の小さい十刃、つまり上位十刃であるとしたそれはこの場に措いて優先権はハリベルにあると物語っていた。

 

 

「それが通る…… と思っているのか? 第3十刃」

 

「これはお前の理屈の話。 通らぬ筈があるまい?第4十刃 」

 

「……チッ 」

 

 

霊圧ではなく気配で圧すようなウルキオラと、それを正面から受け止めきるハリベル。

どちらも退く心算がないかのようなそれは、やはりハリベルもまた彼らと同じ頑なさを有している事の証明にも見えた。

が、これは感情ではなく理屈の話、そしてその理屈が通っているのはハリベルの方であるのは明らか。

故にウルキオラは舌打ちを零した、それが決着。

ウルキオラが折れてこの場は終わり、というのが決着の流れだった。

 

 

「お前もそれで構わないな? フェルナンド 」

 

「別に。 俺は端っからそいつに従う心算は無かったさ。お前が吠え面かかせたんならそれで構いやしねぇよ」

 

 

ウルキオラが退いた事によってこの場は決着としたハリベル。

無用な戦闘が避けられ、尚且つ自分も割に合わない仕事が増えなかった事にホッと胸を撫で下ろすサラマ。

フェルナンドもハリベルの言葉でいやにあっさりと引き下がり、全てはこれで収まったかに見えた。

 

 

「指令は貴様無しで遂行する。 元々、塵に期待した俺が愚かだった」

 

「……待て、ウルキオラよ。 貴様の行動を阻みはしたが、それで藍染様の指令に支障は無いのだな?」

 

 

不本意ながらも引き下がる事を決めたウルキオラは、踵を返し、もと来た通路へと向かって歩き出した。

彼からすれば指令をより効率的にこなすためにフェルナンドの力、というよりも存在を利用しようとしたのだが、例えそれが成らずとも指令の遂行は十二分に可能。

彼が抜けた穴は仕方が無いがヤミーなり、他の適当な破面なりで埋めれば済む話だと、即座に思考を切り替えていた。

が、そうして背を向けるウルキオラを呼び止めるのはハリベル。

彼女もまた藍染に忠誠を誓うものの一人、勢いと感情に任せてウルキオラの行動を阻んでしまいはしたが、それで藍染の指令遂行に支障が出るのであれば問題だと彼にそれを問う。

それは彼女らしくもない簡単なミス、そうして心配するくらいならば始めから止めねばいいだろうに、とも思えるがそれも仕方が無いこと。

 

何故なら彼女はどうしてもフェルナンドに用事があり、それは決して譲る事が出来ない(・・・・・・・・)事だったからだ。

 

 

「何を今更。 指令は必ず遂行する。 計画、戦力に不安は無い。だが強いて言えば僅かでも死神側が確認している破面方が、奴等の目は引きやすかった程度だ。それがどんな塵であってもな 」

 

 

指令遂行を案ずるハリベルに、ウルキオラは振り返る事無く答える。

自分に何の不安もありはしないと、目標を確保する事、そしてそこまでの道筋とその後の掌握、全てを想定した上で計画は万全だと。

彼が行っている作業は計画の骨子の部分ではなく、寧ろ成功率を100%からより101%に引き上げる作業。

計画の成功は絶対条件ではなく確定事項なのだ。

 

そしてその為にフェルナンドという一度現世へと侵攻し、死神側にも僅かばかり情報が出回りかつ、彼らが慌てるであろう十刃クラスの霊圧を有する存在である彼を、指令遂行時の死神に対する撒き餌として利用しようとウルキオラは考えていた。

勿論それを全てフェルナンドら撒き餌に伝える心算は、ウルキオラには無い。

情報は隠匿してこそその価値を上げ、それは敵に対してではなく味方に対してでも同じ事が言える。

ヤミー辺りなどは敵を前にしベラベラと余計な事を口走りかねないため、出来れば外したいというのがウルキオラの本音だったが、こうなれば情報の一切は撒き餌に開示しない方向で進めるより他無いだろう、と考える彼。

敵に僅かでも本当の目的を悟らせない事、指令の成功はそういった隙の無い計画にこそ掛かっているのだ。

その点で言えば、フェルナンドからそういった情報が漏れる事は考え辛い。

だがそれは彼の口が堅いからという訳ではなく、戦いを前にすればそれ以外の事が見えなくなる傾向のある彼から、情報が漏れる事はありえないという事。

そういった面でも彼は撒き餌としてはある種理想的ではあったのだが、使えないのならば仕方が無いというものである。

 

 

「ハッ! だったら簡単な話じゃねぇか 」

 

 

その場を後にしようとするウルキオラ、だがその彼にハリベルに続いて声をかけたのは、フェルナンドだった。

簡単だ、そんな言葉を口にするフェルナンドにウルキオラは歩を進めるのを止める。

フェルナンドが何を指して簡単だと言っているのか、ウルキオラには見当はつかなかったが、例え塵の言葉であっても指令の成功率を僅かばかり上げる可能性があるのならば、聞いてやってもいいという思いが彼の脚を止めさせたのだ。

 

 

「どういうことだ…… 」

 

「別に。 死神連中に面が割れてて、力もそれなり(・・・・)にあって、とりあえず言う事聞く奴(・・・・・・)には少しばかり心当たりがある、って話さ」

 

「……やはり塵の考える事か。 生憎グリムジョーならば既に侵攻に同意している。聞くだけ無駄だったな 」

 

 

フェルナンドの言う簡単な話とは、自分以外にその条件に合う者が居るという事。

現世への侵攻を行い、敵方である死神に少なくとも視認されており、尚且つ死神との戦闘に耐えられる破面。

だがその存在を仄めかすフェルナンドにウルキオラは無駄な事だと、所詮は塵の考える事だと断じた。

ウルキオラはフェルナンドの言う彼の代わりがグリムジョーだと推測したのだ。

死神側に認識されておりかつ力も撒き餌としては申し分ない存在、それに自分が思い当たらない訳もないと、そしてグリムジョーは既に現世侵攻に同意していると。

 

だがウルキオラの考えはフェルナンドのそれと同じではなかった。

 

 

「ハッ! あの野郎がテメェの話に乗ったかよ。俺としちゃそっちの方が驚きだが……な。 だが俺が言ってんのはグリムジョーの事じゃ無ぇよ。 そもそもあの野郎が、俺の言う事なんて聞く訳が無ぇだろうが」

 

「ならば誰だというのだ 」

 

 

そう、フェルナンドが言っていたのはグリムジョーではないのだ。

彼からすればグリムジョーがウルキオラの言葉に同意し、現世侵攻に参加することの方が驚きであると。

それはさて置きフェルナンドがいう破面は少なくとも彼が言う限り、彼の言う事を聞く破面。

グリムジョーはその条件には絶対的に収まるはずは無く、寧ろフェルナンドが右と言えば彼は左と言うといった真逆を選ぶ方がいっそしっくり来るほどである。

 

では一体それは誰か。

おおよその見当を付ける事はそう難しくは無い。

というよりも寧ろ、ここまででフェルナンドが誰を指しているのかは判るというものだろう。

少なくともハリベルはそれを察し、おそらく隙を見て逃亡を謀るであろうその人物に睨みを効かせている辺り、慣れたものである。

紆余曲折はあったがこの流れは彼女も望むべくものであり、都合が良いという事、逃がす心算などありはしない。

そうしてウルキオラだけがフェルナンドの言う人物が誰か判らない中、フェルナンドの口から遂に決定的な言葉が放たれた。

 

 

「ならば誰だ、じゃねぇよ。 居るだろうが此処に(・・・)。現世に行ってて死神に面割れて子分として(・・・・・)キッチリ俺の言う事聞くヤツが……なぁ?」

 

 

あぁ、もうダメだ。

 

その場にいる四人のうち約一名から、そんな空気が漏れ出す。

途中からなんとなしに雲行きが怪しくなっていたのは、彼も察していた。

そういった空気の機微を読む事に長ける彼、そうでなければフェルナンドの子分などとてもではないが勤まる筈もなく、いっそ臆病であった方が生き残る確率は高いというもの。

しかし、彼の周りを固めるのは現役の十刃と殆ど十刃のようなものである十刃落ち。

逃亡を謀ろうにもいち早く現役の、それも上位十刃に睨みを効かされてはそれも叶わず、結果その決定的な言葉が出るまで彼はその場に捕らえられたも同然の状態で、ある種の死刑宣告を待つのみだったのだ。

 

哀れ、哀愁漂うその背中。

肩を落とし、やや透けて見えるかのようなその背がどこまでも悲しい。

そして彼に残されたのは、最早覚悟を決めるより他無いという思いと、何時もと同じお決まりの台詞だけだった。

 

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

 

現世空座町(からくらちょう)

青く澄み渡り雲が流れ鳥たちがまう空。

どこまでも穏やかなその空は平穏そのものであり、その貴重さを忘れてしまうほど静かだった。

 

だがその平穏も静けさも、全ては破られる為に終わりを迎えるために存在しているのか。

 

突如として空に奔る黒い線、横へと一直線に引かれたその線は骨が折れるような不快な音と共にたわみ、それによって先程の線と交差するように空へと縦に罅割れた線によって、まるで歯列のような様相となった。

罅と線はまるで空に出来た巨大な口の様で、呑み込み、或いは吐き出すその口は(あぎと)を開き暗い口内を晒す。

そこから現れたのは言うまでもなく破面達。

最初に現われた破面は余裕と自信の笑みを浮かべ、袖口の余った死覇装を纏うルピ・アンテノール。

次に姿を見せたのは鋭い眼光と水浅葱色の髪に、獣の気配を色濃く感じさせる破面グリムジョー・ジャガージャック。

続いて姿が日の下に顕わになったのは七尺はある巨体に傲慢そうな雰囲気を感じさせる破面ヤミー・リヤルゴ。

そして最後、出来れば今すぐにでも帰りたいといった、自分やる気ありませんという雰囲気をこれでもかと醸し出し、何で自分がと肩を落とす黒髪の破面。

 

 

「はぁ…… どう考えたって、割に合わねぇなぁ…… 」

 

 

そんな台詞を零すサラマ・R・アルゴスの姿がそこにあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

打ち鳴らせ警鐘

 

戦いの時

 

幕開けの空

 

 

此処に誓おう

 

果すべき約束を

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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