BLEACH El fuego no se apaga.   作:更夜

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BLEACH El fuego no se apaga.81

 

 

 

空座町(からくらちょう)郊外、賑わう街中から離れ閑静な住宅街を過ぎ、家々の間隔が広くなったその先にあるのは、緑生い茂る林。

町の中心からそう離れていないにも拘らず、最低限しか人の手が入っていないその場所は、加速するように進む街の時間とは少しだけ流れが違う場所だった。

背が高く生い茂る木々はしかし日を遮るほど密集しておらず、大地にまで差した光は辺りを暖かく照らし草花を敷き詰める。

用事、というより余程の目的でも無い限り、そうそう人が足を踏み入れる事の無さそうなその場所。

時間が他よりもゆっくりと流れるようなその場所はどこか彼等の元住む場所のそれに近く、何より人がそう立ち入らないという場所は、彼らにとって都合がよかったと言えるだろう。

 

林に足を踏み入れ木々の間を抜け少し開けたその場所、辺りには短い草が生え所々には大きく平たい岩があり、そこには大小の人影が計四つ。

それぞれが何事か集中するように無言で眼を閉じ、神経を研ぎ澄ますように集中した雰囲気を纏う彼等。

若者が好むようなカジュアルな服装で身を包んではいるが、彼らの所有物にはおおよそ一般人とは思えない代物が一つ。

それは刀だった。

手に刀を握る者、胡坐をかき両膝に橋を渡すようにして据える者、また目の前の大地に刀を突き刺し瞑目する者など扱い方はそれぞれであるがしかし、彼等の持つそれは間違いなく刀であり、纏う服装とは不釣合いなそれらは彼らの異様さを際立たせていた。

だがそれも仕方が無い事、何故なら彼らは現世に住む人間ではなく尸魂界(ソウルソサエティ)に住まう死神。

現在、現世への破面侵攻に対する即応戦力として空座町に駐屯し、敵の襲撃に備えている日番谷(ひつがや)先遣隊と呼ばれる面々、それが彼等の正体である。

 

短めの銀髪に小柄な少年のような見た目であるが、先遣隊の長である日番谷冬獅郎(とうしろう) 十番隊隊長。

緩いウェーブのかかった金髪に魅力的で女性の色香漂う、松本乱菊(らんぎく) 十番隊副隊長。

剃りあげた頭に鋼のような上半身の肉体を見せる、斑目(まだらめ)一角(いっかく) 十一番隊三席。

黒いオカッパ頭に、極彩の付け毛で煌びやかに着飾った綾瀬川(あやせがわ)弓親(ゆみちか) 十一番隊五席。

 

町から離れた林の中、そこに人避けの結界を張って集まっている彼等。

彼らが今行っているのは『 刃禅(じんぜん)』と呼ばれる死神の修練。

尸魂界開闢より数千年の長きに渡り、脈々と受け継がれてきたこの修練は死神にとって始まりであり、同時に終わりなきもの。

自らの内側から力を引き出し戦う事を旨とする死神、その最たるものが彼らが手にする斬魄刀と呼ばれる刀だ。

彼等の刀は皆同じように見えてその実一つとして同じものの無い、死神一人一人が持つ唯一無二の力の結晶。

元は皆、浅打(あさうち)と呼ばれる何の力も無い刀を与えられ、しかしその浅打を介して自らの内側にある力の精髄を知り、浅打へと写し取る事で死神は己だけの斬魄刀を手にする。

そう、言うなれば斬魄刀とは死神にとって“ もう一人の自分 ”に等しく、その力を解放するには死神だけではなく斬魄刀自身の協力も必要となってくるのだ。

 

始解と卍解。

主に二つに分けられる斬魄刀戦術。

始解とは斬魄刀との精神世界に措いての“ 対話と同調 ”によって斬魄刀の名を聞き、斬魄刀本来の姿を刀剣に呼び出す事。

そして卍解とは、精神世界にいる斬魄刀本体を現実に“ 具象化し屈服 ”させることで得られる、斬魄刀戦術最終奥義である。

彼らが今行っている刃禅とは、始解を得ていない死神が始解を得るための、そして既に始解を習得した死神が卍解へ至るための、更には卍解へと至った者が更に深く斬魄刀を知り、互いを高め合うための修練。

対話と同調なくして具象化無し、死神と斬魄刀双方の協調なくして現実への斬魄刀本体の具象化など出来る筈も無く、そして本体を具象化する力の無い者に卍解は収められない。

始まりであり終わりのない修練、刃禅こそ死神の基礎であり最奥に等しく。

故に彼らは黙々と瞑想し、己の斬魄刀との精神世界における対話を行っていた。

力を得るために近道など無いのだ、怠れば必ず報いを受ける、そして怠った力では何も護る事など出来ないから。

 

 

が、如何に刃禅による精神修行を行おうとも具象化、そして卍解に至る事は容易ではない。

 

 

(弓親のヤロー……やっぱり一番早かった(・・・・・)な)

 

 

平たく大きな岩の上で座禅を組み、両膝の上に刀を渡すようにして座っていた斑目一角は、閉じていた目を薄く開けた。

見ればその先にはもう限界だと言わんばかりの奇声を上げ、自分の斬魄刀を手近な岩に何度もぶつける彼の友、綾瀬川弓親の姿が。

漏れ聞える言葉を聞けばどうにも自分の斬魄刀、正確には斬魄刀の本体にたまりかねた様子で「折れろ!折れろ! 」と叫びながら刀を岩に叩きつけている。

余程頭にきているのか、やれ高飛車だ偉そうだと自身の斬魄刀を罵倒する弓親、まったくもって五月蝿い事この上ないが、そう思うのは何も一角だけではなく。

弓親が説明する彼の斬魄刀が彼そっくりだ、と火に油を注ぐような言葉を投げ付けたのは同じく刃禅にたまりかねた様子の松本乱菊。

こちらはこちらで刃禅を行い対話した斬魄刀にうんざりした様子で、わがまま、気分屋、ぐうたらでバカと散々な言い様。

それを聞いた弓親が意趣返しに「ソックリですね」と返すものだから、そこからは男も女も関係ない取っ組み合いとなってしまう。

 

 

(まぁ松本の奴も似たようなもん……か。どっちにしろそれじゃぁ卍解にはまだ遠い……ってもんだぜ)

 

 

男女関係無しの取っ組み合いをする弓親と乱菊、それを見ながら一角は冷静にそれを分析していた。

自分の斬魄刀にたまりかねて刃禅を解いてしまう事は、周りには黙っているが既に卍解を習得している(・・・・・・)彼からすればまだまだと言わざるを得ない、と言った所なのだろう。

斬魄刀とは彼等死神の力の結晶、そしてその本体とはある意味もう一人の自分に等しい。

彼らが精神世界にて対話を行っていた本体と向き合う事は、ある種剥き出しの自分に向き合う事も同義であり、自分というものを直視したとき人は往々にしてそれを認められないものだ。

だがそれは、卍解を目指すものならば誰しもが越えなければならない段階。

対話と同調、そして具象化と屈服の間にあるもう一つの工程、言うなれば“ 認知と受容 ”を経ずして卍解には至れない。

斬魄刀と対話し、同調するだけでは見えるのは彼等の上辺だけ、本来もう一人の自分で在る彼等を真に知り、認めそして見たくない部分すらも直視し、受け入れることが出来る心の器があって初めて、卍解を目指す者はそれに一歩近付く事ができる。

刃禅とは即ち心の器を鍛える修練であり、その点を鑑みれば弓親も乱菊もまだまだ卍解には遠いと一角は感じていた。

 

 

(にしても…… 今日はやけに、雲が疾えぇ…… )

 

 

あまりにも低次元の弓親と乱菊の争い、隊長格や上位席官の見せるそれとは甚だ思いたくないその有様に、この中で最も幼い外見ながら唯一の隊長である冬獅郎が雷を落とす。

呆れとイラつきを見せる冬獅郎の様子は、普段からの彼の苦労が推し量れる場面であるがそれはまた別の話。

そんな冬獅郎の様子を他所に一角は空を見上げ内心呟いていた。

今日の雲はいつもより疾い、と。

それが直接的に何かを示すわけではない、しかしいつもとは違う空、奔る様に流れる雲の姿ははどこか落ち着かない様子にも見え、その普段とは違う様子に一角は何か感じるものがあったのだろう。

見上げる空、奔る雲、そしてやけに疾やいその雲の動きが何故か一角には、まるで何かから逃げているように見えていたのだ。

本来そんな事はありえない事、雲に意思などないし漂うそれは風に流されるまま在るだけのもの。

 

しかし、今日この場この時に措いてはその表現は適切だったと言える。

 

突如として空に奔る黒い線、それは何かを砕く様な音を辺りに響かせて裂けると、まるで空が口を開いたように黒い孔を生み出した。

青い空に突如として生まれた黒い孔、空の口腔は何処までも暗い闇だけがあり奥を見知る事は叶わない。

だが彼等死神は気が付いた、その黒い孔から漏れ出す霊圧に、暗く重く強大で邪悪なそれに。

全員が刃禅の状態から瞬時に立ち上がり空いた孔へと注意と警戒の体勢を整える、彼等が感じるその霊圧を間違うはずがない。

間違いないと、現われるのは間違いなく奴等であると、一月前自分達に煮え湯を飲ませた奴等であると。

 

そう、破面であると。

 

 

黒く暗い空の口腔、その奥から浮かび上がるように現われる影。

光を吸い込むような黒を背後にし、それらが身に纏う白い衣は、死神達の目には嫌に栄えて見える事だろう。

七尺を越える巨体、小柄な姿や野性味溢れる気配を纏った者、現われた四体の破面はどれもが個性に溢れそして強大な霊圧を放っていた。

空気が軋んだ様な悲鳴を上げ、当たりは一瞬にして彼等破面という存在に支配されるかのよう。

 

 

「そんな……! いくら何でも早過ぎるッ! 」

 

 

驚きの表情で現われた破面を見上げるのは弓親。

零れた早過ぎるという言葉はありのままの彼の心境だったのだろう、先の侵攻よりまだ一月しか経っておらず、何より崩玉の覚醒期間を考えれば破面の本格侵攻の予想時期は冬、持ち得る情報から鑑みてもこのタイミングでの侵攻は予想外もいいところなのだろう。

だが驚く弓親を他所に、隊長である冬獅郎はこの状況を冷静に受け止めていた。

 

 

「確かに早過ぎる……が、その理由を考えるのは後だ。今は目の前の奴等に集中しろ、綾瀬川 」

 

 

そう、今この場で破面の襲来に驚く事に意味などない。

元々崩玉の覚醒期間や破面の侵攻開始の時期などは、尸魂界側が独自に予想しただけに過ぎないのだ。

あくまで今まである情報の全てを総合的に判断した上での仮想時期が冬だったという事であり、本当の侵攻時期や崩玉の覚醒状態が早まるか、または延びるなどという事は容易に考えられる。

そして彼等日番谷先遣隊の使命はこうした破面の侵攻に対する防人であり、この状況は先遣隊の長である冬獅郎にとって心を揺らすほど衝撃的なものではなかった。

予想外の侵攻ではある、しかしすることもするべき事もなんら変わりはないいと。

破面を打ち倒しこの世界を護るという使命になんら変わりはないのだと。

 

 

「全員気を引き締めろよ。 ……いくぞ! 」

 

 

日番谷の声を合図に全員が小さな丸薬のようなものを口に放り込んだ瞬間、カジュアルな服装に身を包んでいた彼等の身体、『義骸(ぎがい)』と呼ばれる仮初の器子の肉体から、黒い着物のような死覇装(しはくしょう)と呼ばれる死神の装束を身に纏った本来の霊体である彼等が飛び出す。

柄を強く握り、或いは抜刀しながら一直線に空へと駆ける死神達の姿を前に、破面達は未だ余裕の態度を崩さずにいた……

 

 

 

 

 

 

「何だぁ~? 随分といい場所に出たじゃねぇか。霊圧の高そうなのもチョロついてやがるしよぉ!」

 

「ん? なんだ、アレ死神じゃん。 報告にあったじゃない“ 尸魂界からの援軍がいた ”ってさ、ね? 」

 

 

現世へと侵攻したのはヤミー、ルピ、グリムジョー、そしてサラマの四人。

解空(デスコレール)と呼ばれる破面の移動術によって現世へと侵攻した彼等、ただこの解空の難点は必ずしも狙った場所に出口が造れないという事。

本来黒腔(ガルガンタ)によって行き来する虚圏(ウェコムンド)と現世を、それよりも短時間で移動出来るのがこの解空である。

だが、踏むべき工程を飛ばしたようなその移動術は出口の座標や内部の安定を伴わず、破面の強靭な肉体があればこそ通行可能ないわば抜け道の類、その為出口も大まかな位置でしか指定できなかった。

しかし、ヤミーの言う通り今回はその大まかさが吉と出た様子。

出口の眼下には明らかに現世ではお目にかかれ無い様な高い霊圧を有した者達が居り、ヤミーの口角は自然と上がっていた。

だがそのヤミーの言葉に補足するように声をかけるのはルピ、ただ霊圧が高い人間ではなくあれは死神だと見抜いた彼、事前に得ていた情報とそれを確認するようにその情報の出所であるグリムジョーに同意を求めるように振り返ったルピは、しかしわざとらしくも何かを思い出したような仕草をし、意地の悪い流し目でグリムジョーへと振り返るとまるで挑発するような台詞を口にした。

 

 

「ア、ごめ~ん。 正確には“ 粋がって無断で出撃したら、従属官(フラシオン)全員殺されちゃう位強~い強~い尸魂界からの援軍がいた ”だよねぇ? 」

 

「チッ…… 」

 

「あ! おい待ちやがれグリムジョー!! 」

 

 

グリムジョーを鼻で笑うような様子で彼に話しかけるルピ。

過去の失態、無断で現世侵攻を行いあまつさえ従属官である破面五体を失うという愚行、その傷を無理に開いて抉り返すようなルピの言葉は明らかにグリムジョーを詰るためだけのもの。

口元に浮かぶ嘲るの笑みを隠そうともしないルピ、その言葉にグリムジョーは一つ舌打ちをするとヤミーの制止に耳を貸さず、そのまま一人離れるように別の方向へと飛び去ってしまった。

 

 

「ほっときなよ。 アイツだって十刃(エスパーダ)でしょ?死神なんかに負けるはずないじゃん。 ……それよりも~ボクとしてはどちらかというと、十刃じゃない(・・・・・・)のがどれくらい役に立つのか、の方が心配だよねぇ」

 

「ケケ。 そいつは御尤もな事ですねぇ 」

 

 

飛び去ったグリムジョー、居なくなった彼にもう興味は失せたのかほうっておけとぞんざいに話すルピ。

相手を苦しめる、その姿を見る、加虐的な嗜好を持つルピにとって思いのほか反応の薄かったグリムジョーは、もういらない存在。

それよりも標的が別に移る事の方が自然な流れであり、その標的は彼の言ったとおり唯一この場で十刃ではない破面、サラマとなる。

自分よりも遥かに背の高いサラマを見下すようなルピは、加虐的な笑みのままサラマに言葉の剣を突き立てんとする。

 

 

「ホント勘弁してもらいたいんだよねぇ~。 使えないって判りきってるのを連れて来るコッチの身にもなって貰いたいって感じ。判ってる? キミって、今チョ~足手纏いだって事さぁ。 ……ア、ごめ~ん。 使えなくて足手纏い(・・・・・・・・・)なのはキミの御主人サマ(・・・・・)も一緒だったね。もしかして~、お家芸ってやつぅ? 」

 

 

口撃、ルピのそれは直接サラマを抉りながらそれでいて彼の近しい人物、フェルナンドすらも貶す言葉。

グリムジョーの反応が彼の思っていた以上に芳しくなかった事は、サラマへの存在を完全に否定したかのような物言いに強く現れる。

使えない足手纏い、それを押し付けられた自分のなんと不幸なことかと、そして自分が不幸になるのはお前が存在しているからだと。

ただただ相手を詰りたいだけの言葉、それに相手が不快になればなるほど、そして怒れば怒るほどルピは快感を覚えるのだ。

その様が彼にとって滑稽であればあるほど、愚かしくあればあるほど、不様であればあるほど。

 

だが、彼が今口撃した相手は今まで彼がそうしてきた者達とは、少しばかり毛色が違う。

口先だけならばフェルナンド、そして市丸 ギンの両名から藍染惣右介にそっくりだとのあまり名誉とは思えないお墨付きを貰っている男、それがサラマ・R・アルゴスであり、ルピの見え透いた加虐性は彼にとって避わすに容易いものでしかない。

 

 

「ケッケケケ。いや~そうなんですよねぇ。正直何だって俺が此処に居るのか俺にもよく判らないんですよ、ホント。出来れば早く帰りたいし戦うのだって面倒だし、ニイサンの面倒事押し付けられた身としては、此処に来たからって事でもう勘弁してもらいたい位ですしねぇ。そもそも知ってます? 俺ってウチのニイサンより当然弱い訳ですよ。言うのも馬鹿な話ですがお二人よりも……ねぇ」

 

「はぁ? 何だよ、随分卑屈じゃん…… なんか拍子抜けって感じ」

 

「まぁまぁそう言わず、何せそれが事実なんですから……ねぇ。となればどうでしょう? ここはひとつ足手纏いの俺は戦力に数えないで、お二人だけで戦ってくれた方がいいと思いませんか?まさか十刃であるお二人が使えない足手纏いをアテにする……なんて馬鹿な話もないでしょう?」

 

「ハッハ~! よく判ってんじゃねぇかお前!こいつの言う通りだぜルピ。 戦力の心配なんぞする必要が無ぇ!何せこの俺様が居るんだからなぁ! 」

 

 

相手を詰り不快感を与えようとする相手、その言葉に有効な回避手段の一つは“ 肯定 ”だ。

言葉によって相手を詰り、その相手が自分の言葉を必死に否定し、或いは怒りを顕にする様を嘲りたいという歪んだ嗜好を持つルピ。

詰り抉る言葉はどれも相手が“ そうではない ”と否定したくなる言葉を用いる彼であるが、サラマはそんなルピの思惑を見越し、言葉を全て受け入れてあまつさえ“ その通りだ ”と肯定してみせた。

当然反論なり否定なりの言葉が来ると考えていたルピからすれば、サラマの態度、舌をベロっと出して辟易した様子で居る姿というのは始めから降伏を示しているようなものであり毒気を抜かれるもの。

まがいなりにも自分の主人、フェルナンドを貶されているというのに何処吹く風という態度は、予想よりも遥かにつまらないものであった。

そして自分は戦力にはならないと見抜いているのならば、此処は一つ本当に戦力としては数えないで貰ったほうが良いのでは、と水を差し向けるサラマの言葉に反応したのはヤミー。

高笑いを上げるヤミーは叫ぶ、確かに戦力としてアテにする必要はないと、何故ならば此処には自分が居りそれだけで戦力は過剰なのだと。

そうして言い放つ自信に満ちたヤミーの物言いはサラマにとっては望むべくもの。

来たくもない戦場で内に外にと面倒な輩の相手をさせられるのは真っ平御免だと考えたサラマは、それとなく戦線からの離脱を試みていた。

 

要は自分を下げて相手を持ち上げれば勝手に調子に乗るのがこういった自意識の高い者達。

無駄に高い自尊心、他者への見得、自分が上だという優越感、そんな無意味なものに憑かれた輩は容易い。

そう、サラマにとっては容易い相手なのだ、彼等はサラマの格好の獲物にして操るに容易い道化に過ぎないのだ。

 

 

(ケケ、ちょろいもんですねぇ。 コッチは来たくもない戦場に来てるんだ、それなりの勝手は許して貰わなきゃ割に合わないってもんですよ。にしても、ニイサンもこれ位簡単に言う事聞いてくれたらいいんですが……ねぇ…… )

 

 

サラマの思惑、内心ほくそ笑む彼の思惑を他の二人は量れない。

何故ならどちらも見えているのは自分だけなのだ、自分以外に興味が無い者には、他者の思考など想像もつかない事だろう。

故にこの二人に関してはサラマの計は成功したといっていい。

どちらもが彼への興味を失い後は自分の戦いに没頭するだろうし、そうなれば自分が居ようが居まいがサラマには何の関係もなく黙って見ていれば全て終わる楽な仕事となっただろう。

 

が、往々にして物事がそう上手く回り続けることはありえない。

 

 

ガキンと鉄と鉄がぶつかり合ったような音があたりに響く。

みればヤミーが腰に挿した斬魄刀を半ばまで抜き放ち、そしてその斬魄刀は黒い着物に白い羽織を纏った死神の刃を受け止めていた。

こちらが話して居る事などお構いなし、そもそも戦いとはそういうものであり、この場でその死神の行為を咎めるものなど誰も居ない。

羽織を纏った死神の一撃を皮切りにルピの前に二人、サラマの前に一人の死神が現れる。

どれも霊圧は高く一目で死神でも上位の者達だとわかる彼等は、一様に抜刀、或いは始解をして彼等三人の前に立ちふさがるようにして立っていた。

ヤミーもルピも現われた死神を前にして余裕を崩さず、どこか楽しむような雰囲気すら滲ませて死神に対応する中サラマだけは、先程よりも面倒そうな雰囲気を幾分濃くし、目の前の死神を観察する。

纏う死覇装はおそらく一般的、右手に斬魄刀、左手にはその鞘を握り、剃り上げた頭は陽光に照らされていた。

口元にはある一部の者達が浮かべる特有の笑みが浮かび、どうしようもなくその笑みに見覚えのあるサラマからしてみれば、厄介極まりないと内心愚痴るには充分。

それでも、幾分かの期待を込めてサラマは目の前の死神に声をかけていた。

 

 

「こいつはどうも、死神サン。 まぁいきなりで何ですが今の俺等の話し聞えてました?一応聞えてない前提で話させてもらうと、俺ってたった今戦力外通告されたわけですよ。つきましては俺の事はほうっておいて貰って、他の方に加勢してくれていいんですがねぇ」

 

 

淡い期待である。

サラマのその台詞は何とも淡い期待であり「あぁそうか」と言ってもらえれば、どれだけ良いかといった代物。

十中八九そうはならないという確信はあるのだが、言わねばその僅かの可能性すら無いのだからという、いわば殆ど諦めの台詞である。

ただサラマにも判っているのだ、この類、この類の笑みを浮かべる相手に理に適った選択やものの道理などというものは、悉く通用しないという事は。

 

 

「聞えちゃいたが俺には関係無ぇ話だ。 それに他人の闘いに手を出すのは趣味じゃ無ぇんでな、テメェにゃ悪いが相手をしてもらうぜ…… 護廷十三隊 十一番(更木)隊三席 斑目 一角だ。名は何てんだ? 破面 」

 

「それって答えないと何かあるんですかい? 」

 

「別に、ただの俺の流儀さ。 戦いに死ぬと決めた奴なら、お互い自分を殺す男の名くらい知りてぇもんだろう?」

 

「戦いに死ぬ……ねぇ…… ちなみにですが、その心算がなくて名も名乗らなかったら戦わない……なんて話はありませんかねぇ?」

 

「当然……無ぇよ!! 」

 

 

判りきってはいた質問、あの類の笑みを、フェルナンドと同じ類の笑みを浮かべる相手に理屈は通用しないとサラマには判っていた。

そして事ここに至ってはもう他の選択肢はそう多くもなく、目の前の死神斑目 一角が戦いに行き戦いに死ぬ類の男だと判った時点で他所に引き取ってもらうこともまた難しいと。

もう残された選択肢は一つ、戦うより他道は無く名乗りを上げ戦いを望む一角を前にサラマは小さく溜息を零した。

結局はこうなってしまうのかと、何とか逃れようと試みても結局はこの螺旋から、戦いの螺旋から逃れる事など出来はしないのだと。

空を蹴りサラマへと向かってくる一角、それを前にしたサラマはただ一言こう零す。

 

 

「こりゃまた割に……合わねぇなぁ…… 」

 

 

だが彼は気が付いていない。

そう零した自分の口元に、ほんの僅かな笑みが浮かんでいる事に。

そして彼の戦いの火蓋が切って落とされた……

 

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

 

月明かりに照らされるのは白亜の宮殿。

宮殿といってもその大きさは文字通り想像を絶し、見る者の遠近感を容易く失わせるほど。

近付けど近付けど距離の縮まった気配すら感じさせないその目に映る宮殿は、幻のようでありしかし確実に存在する。

宮殿の名を虚夜宮(ラス・ノーチェス)、夜が支配する虚圏に措いてその中心を担うであろう化生の宮殿。

その宮殿を覆う天蓋、緩やかな曲線を描いたそれの端にフェルナンドとハリベルは居た。

サラマを体よく追い払った二人、三ケタの巣(トレス・シフラス)からハリベルの提案で天蓋の上へと場所を移すこととした。

上へ上へと昇る二人、天蓋の上へと着く間並び歩く二人に会話らしい会話は無く、気まずい訳ではないが沈黙だけが流れたままこの場所に至っていた。

 

天蓋の縁に立ち互いに何を言うでもなく砂漠を見る二人。

白い砂漠は何処までも広くそれは地平まで続き、漆黒の空との境界線がくっきりと浮かび上がっていた。

何も無い世界、水も緑も日の光も、その全てを斬り捨ててただ痩せたような砂漠だけを残す光景は、世の終末のそれを思わせる。

ただただ明るい月光は、まるで二人だけを照らすように彼等に降注いでいた。

 

 

「それで? わざわざサラマの野郎を追っ払ってまでしたかったのは、どんな話だよ」

 

「別にヤツが居てもよかったのだがな 」

 

「ハッ! 嘘が下手だな。 それなら天蓋の上に用事などあるものかよ。サラマにも…… 藍染にも聞かれたくない話があるんだろうが」

 

「………… 」

 

 

視線は砂漠へ、目を見ず言葉だけが互いの間を行きかう二人。

腕を組んだままのハリベルと衣嚢に手を突っ込んだフェルナンド、沈黙の後に交わされた会話はどこか穏やかな空気を纏っていた。

全てが判っている訳ではないが、なんと無しにハリベルがサラマを追い払おうとしていたのは察していたフェルナンド。

そもそも彼女がこうして三ケタの巣に来る事など初めてであり、従属官であるアパッチ、ミラ・ローズ、スンスンすら伴わず虚夜宮の中心から外縁に足を運ぶからには余程の理由があると考えられた。

そしてサラマを追い払って後天蓋の上へと来た事、天蓋の下には厄介な“眼”があり天蓋の上へと昇る事はそれを避ける意味合いを指す。

要するにハリベルがフェルナンドの下を訪れたのは、彼以外には聞かれたくない話があるからであり、問題はそれがなんであるかという事だろう。

 

 

「あれから…… 」

 

 

不意にそう呟いたハリベル。

僅かの沈黙の後に零れたそれは、言葉を選びぬいた末のものだったのか。

いや、おそらくそうではない、言葉など選ぶ必要は無くただありのままを伝える、ハリベルの中にあるのはそういった思いだろう。

振り返るそれは分かれ目であり始まりの時、彼女がまだ猛々しくあらぶるだけの炎であった彼と出会った時。

 

 

「私とお前…… あの時あの場所で出会い戦って随分と時が経ったものだ…… だがそれは長いようで短く、そしてその短い時の中でお前は驚くほど成長し、よく力をつけた…… 」

 

「………… 」

 

 

彼女の脳裏に浮かぶのは炎の海、荒ぶり暴虐を振るい暇潰しのためだけに命を奪い続けた業火の記憶。

ただ何も感じず、満たされる事なく、なまじ力がある故に死ぬ事も出来なかった炎の海。

燃え盛りながらもその最奥の炎を、魂を滾らせ燃やす事を忘れてしまっていた彼との出会い。

彼女もまた同胞の敵と怒りのまま剣を振るいながら、しかし気が付いた炎の海が持つ戦士の資質、そして思ってしまったのだ、見てみたいと。

この炎の海が戦士として魂を滾らせ燃え上がらせ戦う姿を、そしてその相手が自分であったらという微かな希望を。

 

 

「ただ力が強くなった訳ではない。 戦士として振るう刃とそれを収める鞘を持ち、ただ力を振り回すのではなく研鑽を怠らず常に己を凌駕し続けようと務める…… 私がお前にこうあってほしいとどこか望んでいたものを、お前は私に言われるでもなくいつの間にか手にしていた…… 」

 

 

そして彼女の微かな希望は現実として今、彼女の横に立っていた。

フェルナンド・アルディエンデ、剣の才無くとも己の拳と五体、無手によって戦う術を編み出し、研鑽を重ね昇華した破面となって。

闇雲に力を振り回すのではなく、どうすれば効率的に敵を倒せるか、己の肉体の強度に依存するのではなく肉体を操る術を高め、腕を、脚を、身体の全てを武器と呼べるものにまで磨いた男となって。

戦士として力を磨き、技を磨き、昨日の己を倒すために今日を駆け抜け、しかし炎の海だった頃以上に魂を猛火業火の如く燃え滾らせて全てを飲み込むような、紅き修羅となって。

ハリベルにとって彼はもう彼女を後から追いかけてくる存在ではとっくになくなっていたのだろう、追う者追われる者ではない、どちらが遅れている訳でもまた先んじている訳でもない、彼と彼女は今、並び立つ者(・・・・・)として互いを認識しているのだ。

 

 

「……先程、藍染様からお話があった。 戦が始まる……とな。詳しくは話せんがウルキオラの動きがその契機となるのだろう……と。遅くとも一月、早ければ一週間以内にも動きはあるそうだ。そうなれば十刃である私は戦場に立たねばならん……故に…… 」

 

「故に……? 」

 

 

フェルナンドはハリベルの言葉をただ黙って聞き続ける。

普段の皮肉気な笑みはその口元には浮かんでおらず、ただ砂漠を見つめる眼だけは真剣だった。

彼も判っているのだ、彼女がこうまでして自分に伝えようとしている事がどれだけ彼女に、いや二人にとって重要なことなのかを。

戦いの始まりを伝えるハリベルの言葉、本来の彼ならばそれに滾りを見せてもおかしくは無いが今それは無い。

先の戦いよりも今はもっと重要で大切な事を隣に立つハリベルは伝えようとしているからだ。

言葉を区切ったハリベル、その先を静かに促すフェルナンド、僅かな沈黙が耳に痛く静かだった。

 

 

「故に私はここに一つ誓いを立てる。 この戦い……死神達との戦いが終わって後、もし私が生きていたのならばその時は…… 私とお前、初めて相まみえたあの場所でお前を待つ。雌雄を決しよう(・・・・・・・)、フェルナンド…… 」

 

 

決定的な台詞、ハリベルから零れたそれは二人にとって決定的な台詞だった。

 

雌雄を決する。

 

それは言葉の通りの意味であり、彼ら二人が互い奥底で待ち望んでいたもの。

フェルナンドはもとよりハリベルもまた奥底でそれを望み、“ いつか ”と思い描いていた瞬間。

あの日あの時の始まりの場所で再び相まみえ、そして決そうというハリベルの言葉に嘘はなく、それは彼女の本心の言葉。

視線を合わせぬ二人、互い砂漠の先に見るのは約束の場所なのだろうか。

 

 

「……あぁ。 断る道理が無ぇさ。 俺は何時だってそれを望んでた、あのときからずっと……な」

 

「そうか…… 」

 

 

待ち望んでいたのは自分も同じだと、出会い戦い敗れ、その時から今までそれを望まなかった日はないとフェルナンドは答えた。

望みながらもまだ足りないと自らを鍛え、まだ足りないと研鑽を重ね、それでもまだ足りないと己を凌駕し続けた日々。

それらが無ければ今日この日はありえずそしてまたまみえる事も出来なかっただろう。

彼がただただ待ち望み続けた戦いは今この時をもって約束されたのだ、あの場所で再びと。

フェルナンドの答えにどこか安堵したような言葉を零すハリベル。

 

だが一つだけフェルナンドには気になることが残っていた。

 

 

「だが、“もし”……かよ。 戦る前から随分と弱気なこった…… 」

 

 

そう、フェルナンドにはハリベルの言葉にどこか揺らぎが見えたのだ。

もし生き残っていたら(・・・・・・・・・・)その時は、というハリベルの言葉は戦いに必勝をもって望むフェルナンドには後ろ向きな気構えに感じ、納得のいく言葉ではなかった。

まるで自分は負けるかもしれないと、その時は約束を果す事は出来ないと、フェルナンドにはそう言っているように聞えたそれ。

唯一つケチをつけるのならばそこだと、フェルナンドはぶっきらぼうに呟く。

 

 

「私とて敗けを考えて戦いに挑む事はしない。だが今回の戦いは総力戦、死神も死力を尽くす事だろう…… 相手が死力を尽くすならばこちらも相応の覚悟を持って臨むが礼。それに敗ける心算が無い(・・・・・・・・)事と必ず勝てる(・・・・・)事は同義ではないだろう?」

 

「ハッ! らしい事で。 だがまぁ心配は無さそうだ…… お前は勝つさハリベル。 俺との戦いを残して死んだら、随分と悔いが残るだろうから……な」

 

「相変わらずの自信だなフェルナンド。だがまぁ…… 間違いではない……か 」

 

 

気負う訳ではない、負ける心算もない、ただ死力を尽くすからには絶対の勝利は無い。

必ず勝てる戦いなどこの世には存在せず、どんな戦いにも魔物は潜むのだ。

ハリベルが言わんとしたのはそういう事、負けるかもしれないと思っているわけではないと、ただ死力と死力のぶつかり合いとなればその先は誰にも予見する事は出来ず、故に彼女は“もし”という言葉を用いたにすぎない。

らしくもない杞憂、自分のそれにフェルナンドは思わず小さな笑いを零した。

真剣さは残したままではあるが二人の雰囲気が幾分柔らかくなる。

会話も普段の彼ららしいものに変わり、しかし視線は終ぞ合わせる事はなかった。

 

 

「……死ぬなよ、フェルナンド 」

 

 

去り際ハリベルは背を向けてフェルナンドにそう話しかけた。

彼女がそうであるように彼もまたこの戦に否応なく巻き込まれることであろう。

そして戦いは何が起こるかわからない、それはハリベルにもそして同時にフェルナンドにも言える事。

彼の強さは彼女もよく判っているがしかし、絶対というものがない以上何が起きても不思議ではないと。

自分は死ぬ心算などない、故にお前も死ぬなとハリベルはそう言わずにいられなかった。

 

 

「私は、何時までもお前を待ちはしないからな…… 」

 

 

「死なねぇよ…… 約束は果すさ。 だから待ってろ、ハリベル…… あの場所で……な」

 

 

「あぁ。 あの場所で…… 」

 

 

それだけ言い残すとハリベルは小さな砂埃だけを残し消えた。

語るべき事、誓うべき事、その全ては此処に果たされ次に二人がその視線を合わせるのは彼の地。

始まりの地でありたったいま彼らにとっての終わりの地となった場所。

元から避けられるものでもまして避ける心算もなかった戦い、彼と彼女の決着には戦いしか似合わない。

甘い言葉のささやきも、触れ合う指も唇も、二人の前ではひどく稚拙で色あせ、そして霞と消える。

彼等が求めるのはそんな馴れ合いや重なりではないのだ、血潮を滾らせ魂を燃やす闘争こそ彼らには良く似合う。

どちらが強い、などという事は今もって測れることではないがしかし、唯一つ確実に判っている事があるとすれば、それは。

 

 

戦いの後、立っているのはどちらか一方だ、という事だけだろう。

 

 

交わされた約束、彼らにとっての契り。

フェルナンドはハリベルが去って後も少しの間砂漠を眺め続けていた。

その視線の先に約束の場所をしっかりと思い描きながら。

 

約束の時は近い……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

野に放たれた獣

 

邂逅は必然

 

髑髏の仮面

 

逆鱗の声

 

 

 

 

 


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