BLEACH El fuego no se apaga.   作:更夜

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BLEACH El fuego no se apaga.82

 

 

 

 

グリムジョー・ジャガージャックは空を駆けていた。

現世の空は虚圏(ウェコムンド)のそれとは違い抜けるように青く、何処までも光を呑み込む暗闇の空とは何処までも続くという点を同じにしながらも、明らかに異なっていた。

彼ら破面(アランカル)にとって現世とは決して居心地のいい場所ではなく、虚圏よりも明らかに薄い霊子濃度は、彼らには息苦しさにも似た感覚を覚えさせるもの。

かといってそれが行動に支障があるかと言われれば否であり、そもそもその程度の事で彼等が窮する筈も無く、グリムジョーは何の苦も無く空を駆ける。

空を駆けるグリムジョーに明確な目指す場所は無い。

ただ場所は無くとも目指すものはあった、一月前に彼が戦った死神の青年、敵には足りぬ存在であったがしかし、今のグリムジョーはその青年を探していたのだ。

敵足りえ無い者を探す、それに意味があるとも思えないが理由はそう難しい事ではなく、現世へと侵攻する前、彼の前に現れたウルキオラの言葉が全ての切欠だった。

 

 

 

 

 

 

「俺と来い。 グリムジョー…… 」

 

 

あの日、初めてウルキオラがグリムジョーの居城たる第6宮(セスタ・パラシオ)に現われた日、ウルキオラはただ端的に己が任務のためグリムジョーにそう告げた。

来い、というただそれだけの言葉、何処へ、何故、どうして何の為に、そういったものを全て置き去りにしたようなその物言いはウルキオラらしいものではあるが、些か他者との対話という点では足りなさ過ぎるもの。

後にフェルナンドに同じ事を言ったときの彼の反応を見れば判るとおり、そんな物言いに従う気など起るはずも無く、それはグリムジョーとてまったく同じことだった。

 

 

「何だと? ウルキオラ…… テメェ、この俺に命令する心算か」

 

 

苛立ちをそのまま声に乗せたグリムジョーの言葉、先程までの消化不良の感情や昂ぶりをぶつけるようなその言葉に、しかしウルキオラは動じる様子など欠片も見せない。

その瞳には感情など浮かぶ事は無く、そもそもこの男に感情というものがあるのか怪しいと思わせるほど、その緑色の瞳は何も湛えなかった。

 

 

「俺にお前へ命令する権限は無い。 これは要請だ、現世侵攻のな」

 

「ふざけんな。 どうして俺がお前の要請とやらに応えなきゃならねぇ。それに現世に居るのは雑魚ばかりだ、俺はなぁ……戦いにすらならねぇ戦場に興味は無ぇんだよ!」

 

「…………」

 

 

ウルキオラとグリムジョー、階級は第4十刃(クアトロ)第6十刃(セスタ)でウルキオラの方が上ではあるが、同じ十刃に対する命令権は彼等を含めた他の十刃の誰も所持していない。

故にウルキオラはこれを要請だと言った、命ずるのではなく頼んでいるのだと。

そんなものは形ばかりだという事は明らかではあった、ウルキオラという破面が“願う”という事が理解できない部類の人物である以上、彼からもまた願うという感情も考えも生まれるはずも無いからだ。

この要請という言葉は方便、掌握術の類ではあるが、ウルキオラという人物を鑑みればそれでも上出来といえるだろう。

だがそれも通じなければ意味が無い、グリムジョーにとってこのウルキオラの形ばかりの要請は何一つ旨みが無いのだ。

一度無断ではあるが現世へと侵攻しているグリムジョーにとって、彼の戦った現世の敵、橙色の髪をした死神の実力は明らかに低く、“敵”として認識するには足りないもの。

その程度の相手は暇つぶしにすらならず、その暇潰しにもならない戦いの為に現世に出向くのは彼にとってあまりにも愚かしいことだった。

戦いにならない戦い、圧勝と無傷が約束されたような戦場に興味など出る筈もないと。

 

 

「黒崎 一護…… 」

 

「あぁん? 」

 

「黒崎 一護。 それがお前が現世で戦い、そして殺し損ねた(・・・・・)塵の名だ」

 

「テメェ…… そいつはどういう意味だ…… 」

 

 

グリムジョーの声が低くなり霊圧が上がる。

それは怒りに呼応する霊圧の高鳴り、ウルキオラの言葉はグリムジョーにそうさせるだけの単語を孕んでいたのだ。

まるで彼が失敗でもしたかのように、達せなかったかのように、そう捉えられても仕方がない単語をウルキオラは明確に発していた。

 

殺し損ねた、と。

 

グリムジョーにとってそれは容易に見過ごすことのできる言葉ではなく、寧ろ自分が軽んじられているとさえ感じるもの。

要するにグリムジョーにとってウルキオラのそれは“馬鹿にされた”のと同義なのだ。

死神の餓鬼一匹殺す事が出来ない、お前はその程度の男だと。

だがウルキオラは凄むグリムジョーなど意に介するはずもなく、ただ淡々と己の言いたい事だけを冷徹に声に乗せる。

 

 

「事実を述べたまでだ。 あの時、俺の対応を微温(ぬる)いと言いながら、結局はお前もあの塵を殺せなかった。殺すと言うなら強さを引き出す必要はなかった、邪魔が入る前に殺してしまえばそれでよかった、そうしなかったのはお前だ。後で何を叫ぼうと結果は変らん。 お前は殺し損ねたのだ、あの塵を」

 

「黙れウルキオラッ! 殺されてぇか…… 」

 

 

初めてウルキオラがその死神、黒崎 一護の存在を破面達に知らしめたときグリムジョーは彼の対応を微温いと断言した。

“殺せ”という一言がある限り殺してしまうことが何よりもいい事は明らかだと、そして自分ならばその死神も、後から現われた邪魔者も全て殺していると言い切ったのだ。

それは彼の自身の力に対する絶対の自信が言わせた言葉、そしてその自信は今も揺らいではいないだろう。

だがその自信を持ち現世へと独断で侵攻したグリムジョーは結果黒崎一護を殺す事は出来なかった。

敵の力を量り、その程度では敵足り得ないと罵り、せめて敵として相対せるほどの力を見せてみろと挑発した。

そして黒崎 一護はグリムジョーにある程度のモノは見せはしたが、それでも彼にとってそれは満足行くものではなくただその満足行かないという結果を得るまでで彼の無断侵攻は東仙の介入により強制的に終了させられてしまう。

その後に残るのは黒崎 一護が生き延びたという事実と、グリムジョーが彼を殺してはいないという結果。

どう叫ぼうともその結果は変らず、殺せるだけの実力を存分に有していたにも拘らずそれが出来なかったという事は非はグリムジョーにあるのだ。

故に殺し損ねた、ウルキオラの言葉は冷淡でありながら事実だけを捉えていた。

 

 

「あの塵は生き残った、この事実は変らん。ただ、お前が殺し損ねたあの塵は俺が(・・)しっかりと始末しておいてやる(・・・・・・・)。話は終わりだ、邪魔をしたな…… 」

 

 

怒気と殺気に満ちたグリムジョーの瞳、それをただ映すだけのウルキオラの瞳。

何も感じず映さないウルキオラは既に聞きたい事は聞き終え、そして言いたい事も言い終えたと踵を返そうとする。

彼にしては饒舌と言えるその言葉の数々は全て彼の主観ではなく客観から来る言葉であり、己が無い言葉であると同時に誰にとっても事実なのだ、そうグリムジョーにとっても。

後から叫ぶことをグリムジョーは良しとしない、それは全て後出しであり言い訳だからだ。

故にその事実も、彼は自らの矜持によって受け入れる他無く、直視したそれから逃げる事も出来ない。

ただただ殺しつくし自分の正当性を証明する為に逸った結果がこれ、従属官を全て失いながらしかし死神の一人も殺せずに終わる。

不様な話ではあるがそれが事実、変えようのない過去でありウルキオラの語るそれにグリムジョーは何を遮ることもしない。

 

だが燃え滾る怒りは消えない。

 

事実は事実、しかし事実を付きつけられる事と馬鹿にされる事は違う。

去ろうとするウルキオラが最後にはなった一言、“俺が始末しておいてやる”という言葉だけは違う。

ウルキオラにとってそれがあの時の条件であるというだけの言葉は、グリムジョーにとってお前にはどうせ出来はしない(・・・・・・・・・)と、あの死神の青年を殺す事など出来はしないと言われているのと同じであり、彼にとって嘲り見下されたかのように捉えられたウルキオラの言葉にグリムジョーの怒りは燃え上がる。

 

故にウルキオラ目掛けて伸ばされた腕、その掌から赤黒い閃光が放たれたのはごく自然な事だった。

 

 

「……何の心算だ、グリムジョー…… 」

 

 

閃光、爆発、そして衝撃。

グリムジョーの掌から放たれたのは紛れも無く虚閃(セロ)であり、グリムジョーの虚閃はウルキオラが立っていたすぐ横の壁とそれを貫通し崩壊させ、第6宮の外まで続く大穴を瞬時に作り出していた。

今尚衝撃と爆発の余韻でボロボロと崩れる第6宮をチラと視線だけを送って確認したウルキオラは、再び視線を未だ座したままで片腕を伸ばすグリムジョーへと戻し呟く。

元々これが自分を狙った攻撃ではない事はウルキオラにも判っていた。

自分を殺す心算ならばただの一発で攻撃が終わる訳も無く、ならばこれは一体何の心算だと問うウルキオラにグリムジョーはゆっくりと立ち上がると近付き、やや背を曲げてウルキオラと視線を真正面から合わせ、殺気を滲ませたまま言い放つ。

 

 

「あの死神の餓鬼は俺が殺る(・・・・)。俺が、この手で! あの餓鬼の喉を掻っ切ってやるッ!始末しておいてやる……だと? テメェにケツを拭いて貰うほど落ちた覚えは無ぇんだよ!あの死神の餓鬼は手始めだ…… 死神も、テメェも!それからアイツも! 俺の前に立つ奴は片っ端からぶっ殺してやる!!」

 

 

怒りと殺気、それらから来る激情と破壊の念。

ウルキオラへとぶちまけられたそれはグリムジョーの決意にも似た感情。

全て殺す、全て壊す、戦って戦って戦い抜いた先にこそ彼が目指すものがある以上、それしか道は無い。

遮る者、立ちはだかり阻む者、それらは端から薙ぎ倒し潰し殺して進むという彼の信念。

迷いなどとうの昔になくなっていたそれをグリムジョーは激情を持って実行するのだ。

全ては“戦いの王”に至るためにと。

グリムジョーはそれだけを言い放つとウルキオラを残しその場を後にする。

あるのは一念、一月前に出会ったあの青年の顔だけ、現世に措いてただその青年を殺す事以外にグリムジョーに雑念は無かった。

 

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

 

「放せよ!! クソッ! 放しやがれっ!! 」

 

 

叫ぶ声は焦燥で溢れている。

もどかしくしかし気持ちだけが急く様なその声は羽交い絞めにされた青年のもの。

橙色の髪に茶色の瞳、黒の着物に身を包み傍らには突き立てられた身の丈ほどもある巨大な大刀。

その青年の名は黒崎 一護、人間でありながら死神の力を手にし尸魂界(ソウルソサエティ)に協力する死神代行の青年である。

 

 

「馬鹿野郎が! いくらなんでもまだムリに決まってんだろうが!!」

 

「そうだ。 こういう時の為に尸魂界の死神連中が張ってんだろ、今は堪えてそっちに任せろよ」

 

 

だが今にも飛び出しそうな一護を押さえつける影が二つ。

片方は銀色の短髪で目つきが悪く、左の眉と耳にピアスを付けタンクトップにミリタリーパンツ、編み上げブーツを履いた男、名を六車(むぐるま)拳西(けんせい)

もう片方は長身で目元にはサングラスと顎には薄い髭、星型を思わせる特徴的なアフロヘアーに服装はラフで上下青色のジャージ姿の男、名を愛川(あいかわ)羅武(らぶ)

彼ら二人は一護と同じく死神の力を持ちながら(ホロウ)の力にも目覚めた者、死神と虚という相反し相克する二つの力を持ち合わせた彼らの名は『仮面の軍勢(ヴァイザード)』。

内なる虚に取り込まれようとしていた一護がその制御方法を知るために力を借りた者達の一員である。

 

彼等の下で内なる虚との内在闘争に一応の決着を見、その後は修業に明け暮れていた一護。

この場所も彼等が根城にしている廃倉庫の地下にある巨大な空間であり、少々派手なことをしても壊れる事の無いこの場所は修行にはうってつけだった。

しかし修行中に感じた破面の霊圧に、一も二も無く飛び出そうとした彼を慌てて止めたのが拳西と羅武の二人だった。

どちらも必死にもがく一護を同じくらい必死で押さえつけており、二対一では抵抗空しく一護は組み伏せられたままもがくより他無い。

 

 

「うるせぇ! 放しやがれ! 」

 

「テメッ! “ 虚化 ”習得したくらいで調子乗ってんじゃねぇぞ!この餓鬼! 」

 

「そうだぜ一護。 お前一人増えた位で戦局は変らねぇよ。死神には死神の、お前にはお前のやるべき事ってのがあるだろうが」

 

 

だが如何に身動きが出来なくとも気は急く。

いや、身体と心が急いているからこそ言葉は尚の事急くのだろう。

彼が力を求め、仮面の軍勢の下で修行したのは全て、この時の為と言っても過言ではない。

言う事を聞ず駄々をこねる様な一護に苛立ちを見せる拳西と、逸る一護を諭すようにして宥めようとする羅武、手段は違えど二人共に一護の身を案じてはいるのだ。

だがそれでも、一護は自らの想いに逆らうことを良しとはしなかった。

 

 

「ふざけんな! 俺はこういう時の為に必死こいて修行してきたんだ!黙ってじっとなんかしてられる訳無ぇだろ!!」

 

 

そう、一護が仮面の軍勢の下を尋ね自らの内に巣食う虚を御す術を求めたのも、その後彼等の下で更に力を磨き内なる虚の力を自らのものとして扱う修行に明け暮れたもの、総てはただこの時の為に。

襲い来る全ての外敵から護れる様に、抱えた全てを壊させないために、二度とその手から零さぬように、そしてあの悔しさを味合わぬ為に彼は力を付けた。

大切な人、大切な友、それらが紡ぐ大切な繋がり、それを失う事がないようにと、失われる事で悲しむ者がいないようにと、泣く者がいないようにと。

故にそれらを奪い去ろうとする者から護る、黒崎一護の中に確かにある“護る”という想いが今彼を突き動かしているのだ。

 

 

「テメェ……いいかげんにっ! 」

 

 

だがそんな一護の想いとは裏腹に彼の態度にたまりかねた拳西が片手を振り上げる。

元々気の短い拳西、言って駄目なら実力行使とばかりに振り上げた拳をそのまま一護目掛けて振り下ろそうとするが、その腕は振り上げられたところで何者かに掴まれてしまう。

振り返った拳西の眼に入ったのは金髪でオカッパ頭の男、半眼でやる気の無さそうな目つきながら、瞳にはどこか凛とした雰囲気を感じさせるその男は仮面の軍勢がリーダーである、平子(ひらこ)真子(しんじ)だった。

 

 

「……行かしたれ 」

 

 

拳西の拳を止めた真子は睨むような拳西の視線と、サングラスに隠れてはいるがその雰囲気から訝しんでいるであろう羅武の視線を受け、そして一拍間を置くとただ一言行かせてやれとだけ二人に告げた。

その言葉に反論しようとした拳西だったが、羅武が真子の言葉通り一護の拘束を緩めた事によって彼の腕は振り解かれ、一護は振り返ることも無くそのまま地上に向かって走り出していた。

 

 

「なっ! くそ…… おい真子! いいのかよ! 行かせちまって!」

 

 

腕を振り払い去っていく一護の背中を見ながら拳西は小さく悪態をつくとすぐに振り返り、それを由とした真子に抗議するような声を上げる。

羅武の方は声を荒げる拳西ほどではないが、真子の指示にはやや不満げな様子ではあった。

真子は尚も食らいつくような拳西の勢いに「やいやいうるさいのぉ」と眉を顰ませて面倒そうな様子ではあったが、一護の背中が完全に見えなくなるとひとつ溜息をついて歩き出す。

 

 

「ええんや。 幾らワイ等と修行してるゆうてもそれはあくまで修行や。本物の殺し合い(・・・・・・・)にはどうしても一歩及ばへん。アイツもこの一月でまだまだ甘ちゃんやがまぁまぁ強うなった、自分の今を知るエエ機会やろ…… 」

 

「それで死んじまったら、もともこも無ぇんじゃねぇの?」

 

「アホか。 これ位で死ぬならそれまでの男やった、ちゅうこっちゃ」

 

 

歩きながら自分の真意を語る真子。

修行という名の戦いをこの一月の間続けていた一護、その甲斐あって彼の力は以前に比べて伸びたと言える。

元から異常なほどの成長を見せていた一護だったが内なる虚による妨害、そして自身の消滅に対する恐怖や暴れ出す自分の力が大切な者を傷つけるかもしれないと言う畏れが彼の成長を足踏みさせていた。

だが内なる虚との内在闘争によって“自らの王”となった一護はその経験によって更なる飛躍を遂げているのだ。

だがしかし、それはあくまで修行という枠の中での話。

同じ戦いでも修行と実戦(・・・・・)はまったくの別物と言っていい。

体力と精神の磨り減り方、周りに張り巡らせる緊張感と相手を一時も見逃さない集中力、そして何より自らが死ぬかもしれないと言う恐怖。

精神にかかる負担は比べ物にならないほど上昇し、故に如何に修行を積んで強くなっていたとしてもそれを実戦で発揮出来るかどうかこそが、真に重要なことなのだ。

 

真子の考え、それは一護に破面との本当の戦闘を経験させ、自分の今が、虚化が何処まで相手に通用するのかを確認させる事。

何事も無く冬の決戦を迎えられればそれはそれでよかったのだがものは考え様、こうしてこのタイミングでの破面襲撃は何よりも大切な虚化をしての実戦経験を積ませる絶好の機会だったのだ。

だがその真子の考えに羅武は静かに問いかける、死んだらどうするのかと。

確かに羅武の心配も最もだろう、実戦経験を積ませる心算がそれでしなれては目も当てられないという考えは冷静なものだった。

しかし真子はその羅武の問いを一蹴する、そんな心配などしていない、もともとこの程度の事で死んでしまうくらいならばそれまで、仲間にする価値も無い男だっただけの事だと。

冷酷とも取れるその一言に押し黙る拳西、悶々とした苛立ちを抱えながらもぶつける先を失った彼は、近くにあった岩を殴りつけ粉々に砕くと、肩をいからせたままその場を後にした。

 

 

「そんで? 真子は何処行くんだ? 」

 

「散歩や散歩。 こんな辛気臭い所に居ったら気ぃ滅入るわ」

 

 

拳西の背中をヤレヤレといった様子で見送った羅武、付き合いも相当長いものになったがその辺は相変わらずだと呆れ気味だ。

そしてその拳西と同じくらい長い付き合いの真子もまた拳西とは別の方へと歩いていく、その背中に声をかけた羅武だが返ってきた答えはなんとも飄々としてどこか彼らしい返事だった。

気の抜けた顔でチラと羅武に振り返りながら、ぶらぶらと後ろでに手を振って去っていく真子、辛気臭い、滅入るなどと言ってはいるがその彼が向かう先が先程一護が出て行った方向と一緒なのは明らか。

そして彼が何故唐突に散歩などと言い出したのかもまた明らかだろう。

羅武の問いには突き放すような言葉を返した真子ではあったが、彼もそこまで冷酷では無いという事か、または死神でも虚でもない自分達と同じ(・・・・・・)存在である一護を気にかけている証拠なのかもしれない。

 

 

(素直じゃねぇな…… ま、真子が付いてくなら問題ない……か。あれで面倒見はいいからなぁ真子のヤツは。 ……もっとも、今の一護のヤツが破面に後れを取るとも思えない(・・・・)……か)

 

 

真子の様子に取り敢えずは安心、というよりも放って置いても大丈夫だと判断した羅武。

彼としてもせっかく出来た新しい仲間をみすみす危険な場所に放り込むことは避けたかった、というのが本音だったのだが真子がついていくという時点で一護の命は最低限保障されたといっていいと。

そして何よりこの一月の間で彼が肌で感じた一護の力ならば、少なくとも破面相手に後れを取る事はありえないというのが羅武の見解で、その心算はなかったが自分も少々過保護であったかと反省気味の羅武であった。

 

 

(一護、お前が強くなったのは間違いねぇ。だが忘れんなよ? 敵だってこの前のまんまじゃ無いって事を、奴等の力の底…… 見誤んじゃねぇぞ…… )

 

 

内心呟かれた羅武の言葉、一護という仲間を信じるその言葉はしかし、同時に危惧も孕んでいた。

一月という時間、一護が力を付けるには充分であったとは言えずともそれでも一護の力は以前より増しただろう。

そこに間違いは無く一護の力は羅武や拳西、真子を始めとした仮面の軍勢のほかの面々も認めるものとなっていた。

だがしかし、一月という時間は彼だけではなく敵である破面にも同じだけ力を齎す機会があるという事、そしてそれを見誤る事は即ち死に繋がる事だと。

 

そして羅武のその僅かな危惧は、図らずもこの後の戦いを暗示していた……

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

 

 

誰も殺させない為に駆ける一護とただ一護を殺す事だけを思い駆けるグリムジョー。

それぞれの目的は対極に位置しながらしかし、対極に位置するからこそ彼等が出会うのは必然だった。

仮面の軍勢の一員、有昭田(うしょうだ) 鉢玄(はちげん)が廃倉庫に施した結界『八爻双崖(はちぎょそうがい)』を抜け街へと飛び出した一護。

鉢玄の結界は結果以内の存在を意識の中から消す類のもので、それに覆われていた一護の存在は今の今までほんの一部の者を除いて認知認識の及ばないものだった。

だがその結界を抜けた事で彼の霊圧はそれを知る者ならば誰にでも捕捉可能なものとなり、それは何も死神だけではなく破面に措いても同じ事。

あてど無くただ街の空を駆けていたグリムジョーは、瞬間探査神経(ペスキス)に感知した一護の霊圧にまさしく獲物を見つけた肉食獣の如く俊敏に進路を変えると、響転(ソニード)を使って瞬きの内に一護の元へと辿り着く。

 

突如として目の前に現われたグリムジョーの姿に一瞬驚きの表情を見せた一護、彼からすればグリムジョーの姿は等しく苦さと悔しさの記憶であり、彼の姿そのものが一護にとっての敗北と同義のもの。

だがだからこそ一護は奮い立った、一月前、目の前の破面を相手に何一つ出来なかった自分。

自らの内に巣食うもう一人の自分に怯え、戦いに集中するよりもまずは彼を呼び出さないようにと戦っていた自分。

怯えを見透かしたような破面が見せた背中、止められた戦いとそれによって命を拾った自分。

それら全てを噛締め、それら全てを乗り越えるために自分は力を付けたのだと、もうあんな思いをしないために、誰も何も護れず傷つけた者すら倒せずただ命を拾っただけのあんな悔しさを味あわない為に。

 

もう誰も傷つけさせない為に。

 

 

「見つけたぜ…… 死神ィ……! 」

 

「見つけたのはコッチも同じだ。 あの時の借り、キッチリ返させて貰うぜ…… グリムジョー! 」

 

 

一護よりもやや高い位置から見下ろすようにし、憎々しげな視線で射殺すように一護を睨むグリムジョー。

グリムジョーを見上げる一護はその視線を真正面から受けながらも怯まず、背負った斬魄刀に手を伸ばすと柄を握り一息に抜き放つと、そのまま剣を握った右腕に左手を添えるようにして前に突き出した。

一護の霊圧が高まり薄い青だった霊圧は燃え上がるようにして黒に染まっていく。

色を変える霊圧と一護の中で高まる高濃度の霊力、自らの内側から力を引き出す死神が己の力を極限に高めたそれは、一護の声と共に発現した。

 

 

「卍、解ッ!! 」

 

 

黒い霊圧の波濤、一護の声と共に彼を包んだそれは膨大な霊圧の上昇をグリムジョーに感じさせた。

燃え上がるような黒い霊圧の奔流、それだけで一護の霊圧が以前のものより増しているのは理解できるほどのそれを前に、グリムジョーは行動を起す事無くそれを見下ろす。

殺し損ねた、力を引き出す必要も無く、殺す心算があったのなら何をおいても一息に殺してしまえばよかったと言ったウルキオラの言葉、それは確かに真実で、敵に十全を出させるなどという事は通常百害あって一利無し、戦いの勝敗を握るのは力と力のぶつかり合いのようでいてその実そうではなく、如何に自らを有利に、そして敵を不利な状況に追い込むかという事。

それを踏まえて考えれば今グリムジョーが取るべき行動は、ただ一護を見下ろし待つことではなく、一護が力を発揮する前に仕留めてしまうこと。

殺すという目的を達するためならば、それが一番早く確実で間違いの無い方法と言えるだろう。

 

だがグリムジョーはそれをしない。

 

敵に十全を出させて尚勝利するのは自分だと、今ならば邪魔が入る暇すら与えず自分が勝利すると、自らの力を疑わずまた勝利を疑わない精神、それは敵を侮っているのではなく敵の力など関係が無い部分の話。

ああすればよかった、こうすればよかったと後から批評家を気取る第三者の言葉など彼にとって価値は無く、それが真実であれば己の愚かさは認めるがしかし、それを認めたからとて生き方を変える事など出来はしない。

グリムジョーの選択はウルキオラからすれば愚かにも見えるが、グリムジョーにとってこの選択はこれしかない(・・・・・・)選択なのだ。

過去を顧みたとて彼のとる道は一つ、その道が他人から見てどれ程間違っていようとも彼がとる道は一つだけ。

戦いの王を目指す彼にとって勝利とは常に敵の屍の上に立つ事、だがそれは後ろから首を刎ねた屍ではなく自らの爪と牙をもって正面から切り裂いた屍でなければならず、そして何よりグリムジョー自身を切り裂こうとする“ 牙を持つ者 ”のそれでなくては何の意味も無い。

故にグリムジョーは動かないのだ、黒崎 一護が研ぎ澄ました牙を剥くその瞬間を待つ為に。

 

黒い霊圧の波濤から漆黒の刃が覗く、その刃は黒い霊圧を一息に薙ぎ払うと現われるのは黒く裾が破れたようなロングコートと卍型の鍔をあしらい、柄尻に鎖の付いた日本刀を握った黒崎一護。

その姿こそ彼の卍解『 天鎖斬月(てんさざんげつ)』、本来卍解によって上昇する霊圧に伴いどうしても巨大化する卍解の容姿、それを極限まで小型化し凝縮する事で卍解の強大な攻撃力と小型故の超速の移動と斬撃、また霊圧消費を抑えた継戦時間の長さと耐久力を獲得した卍解である。

卍解し天鎖斬月を構える一護、その瞳に一月前の怯えは欠片も見えないことをグリムジョーは見抜いていた。

以前一護のこの姿を見たときは明らかに扱うことに苦労し、自らの霊圧に喰われているような印象を受けそしてそれに怯えるような目をしていた一護、しかし今それは無くそれだけでこの一月それなりに力を付けた事はわかる。

だがもしそれが本当にそれなり(・・・・)だったのならば、グリムジョーにとっては何も意味が無いことでしかない。

 

 

「覚えて無ぇようだが、テメェの卍解は俺には通用し無ぇ。それで借りだ何だとほざくたぁ…… 笑わせやがる!」

 

 

卍解した一護にそんなものは無意味だと叫んだグリムジョーは自らの斬魄刀を抜き放つと、一息に一護との間合いを詰め上段から叩き落すようにそれを振るう。

叩き伏せ捻じ伏せる、そんな意思が存分に乗った刃はそれだけで敵を両断する威力を有する一撃、グリムジョーのこの程度が全力ならば牙を持つ者足りえないとでも言うかのような一撃はしかし一護の天鎖斬月によってしっかりと受け止められる。

グリムジョーの圧力に空を削るようにして押し込まれる一護、だが一護はその圧力に吹き飛ばされる事なく最後まで耐え切りそしてグリムジョーの初太刀を受けきったのだ。

その様子に一瞬眉をしかめるグリムジョー、それは驚きというよりもやはりという反応、打ち込む前からグリムジョーの直感は彼に伝えていたのだ、この死神の青年はまだ何か隠している(・・・・・・・)と。

自らの力に怯えるようだった獅子がそれを振るうに相応しい獅子たりえる強い瞳を見せている以上、そこには今まで以上の何かが潜んでいるのだと。

 

 

「覚えてるさ。 それに本番はココからだ…… この一月で掴んだ俺の力、見せてやるよ! 」

 

 

グリムジョーの一撃を受けきった一護、未だ鍔迫り合いを行いながらも彼に追い詰められた様子はなかった。

それよりも以前の、一月前の自分ならば間違いなく弾き飛ばされるか或いはその身に受けていたであろうそれを受けきった事は、一護に自らの成長を確信させ、気勢を上げさせるには充分。

鍔迫り合いの後弾き合う様にして距離を開けたグリムジョーと一護、そして一護は剣を握っていた左手を離すとゆっくりとそれを顔の前へと持っていく。

一護の瞳は強い獅子の瞳のまま、敵であるグリムジョーを射抜いていた。

顔の前よりもやや上、額の辺りに掌を開くようにして構えられた一護の左手、そして次の瞬間にグリムジョーを襲ったのは先程にも増した黒い霊圧の波濤だった。

目の前を覆うような黒い霊圧、突然の事に眼を見開くグリムジョーだったがそれは何も目に映る光景だけのせいではなく。

しかしそんな彼の驚きなど後回しと言わんばかりに黒い霊圧はその残滓を残しながら晴れ、中から現われたのは先程と変らぬ姿の一護。

だが一点だけどうしようもなく変った部分があった、構えられた左手がゆっくりと下がるとそこにあるのは一護の顔ではなく白い仮面。

髑髏を思わせるその仮面は左半分に幾本もの筋上の紋様が入り、一護の眼は眼球が黒く瞳が黄色に変化していた。

グリムジョーがその変化に驚くのは無理がなかったかもしれない。

飛躍的に強化された霊圧もそうだがそれ以上にその容姿、そして感じる霊圧の感触があまりに酷似していたのだ。

 

彼らと同じ虚のそれに。

 

 

「テメェ…… その力、死神のモンじゃ無ぇなッ…… 」

 

「どうだっていいだろ、そんな事。 ……いくぜ、グリムジョー!!」

 

 

明らかに異質、死神のそれとは明らかに異なるその力、その容姿。

虚を思わせる仮面とそれ以上に虚の気配を色濃く感じさせる霊圧に、グリムジョーは睨むようにして一護を射抜く。

これが一護の牙、グリムジョーにとって予想だにしなかったその牙は感じる霊圧同様研ぎ澄まされたものであり、そして予想を上回る威力を有していた。

 

グリムジョーが捉えていた一護の姿が一瞬にして消える。

それはありえない事だった、今まで如何に一護が素早く動こうともグリムジョーはその全てを確実に目視で捉えていたのだ、それが突如として見失ったという出来事、一護が見せた髑髏の仮面、虚化の証であるそれの出現がグリムジョーに一瞬の隙と動揺を与えていたとしてもそれでも一護の速力は格段に跳ね上がっているという事だろう。

そして瞬きの隙すらなく一護はグリムジョーの目の前へとその姿を現した。

刀は既に振り上げられ刀身には迸るような黒い霊圧が尾を引き、見るだけでその威力を推し量れるほど。

グリムジョーはそれを見るや刀を翳し振り下ろされる一護の一撃を防がんとするが、確実に受けたにも拘らずまるで先程と立場が逆転したかのようにその圧力に押し込まれてしまう。

グリムジョーにまたしても驚きの表情が浮かぶ、それもそのはずだろう、何故なら今彼を圧している一護の斬撃は片手で(・・・)放たれたもの。

たかだか片手の斬撃で圧し込まれるという状況はグリムジョーからすれば驚きでしかなく、予想を上回る敵の力の上昇は、確実に牙となって彼の喉元を狙っていた。

 

 

(クソがっ! こんなもん!! )

 

 

だがグリムジョーとてそう易々と圧し切られはしない。

脚は空を噛む様に力強く腕もまた渾身の力を込めて一護の斬撃を受けきろうとする。

弾き逸らす事も出来ない訳ではない、しかしそれは彼の自尊心が許さなかった、一護はグリムジョーの先の一撃を受けきっているのだ、それなのに自分は攻撃をそらすなどという事は威力の大小そして勝利に関わりなく彼の矜持が許さない。

 

しかし、一護の攻撃はそれすらも呑み込む。

 

 

月牙天衝(げつがてんしょう)

 

 

片手で握っていた柄にもう片方の手が加わり、そして放たれる言葉。

刀身から吹き上がった黒い霊圧はそのまま前方へと一気に放出され、その姿はまるで黒く巨大すぎる(やじり)のようにも見えた。

死神達、そして虚や破面に至るまでそれぞれが多種多様な技を持つ中、黒崎一護にあるのはその一つだけ。

天を衝く牙と名付けられたその技は、刀に自らの霊圧を食わせ超高密度の霊圧とし斬撃を巨大化させる技。

その威力は刀に食わせた霊圧の分だけ上昇し、虚化により極めて上昇した一護の霊圧を十二分に喰らい更には零距離で放たれた黒い月牙はグリムジョーを易々と呑み込み、その名の通り天を衝く雄々しさと凄まじい威力を有していた。

 

だが凄まじい一撃を放ったにも拘らず一護に疲労の色は少ない。

虚化によって増加した霊力、それにより強化された身体と飛躍的に上昇した霊圧は、まるで不可能すら可能にする様に一護の力を引き上げている。

しかし、仮面に隠れてはいるがその表情は未だ険しいままなのだろう、何故なら彼の気配は欠片も緩みを見せていないのだ、あれだけの一撃をそれも零距離から敵に浴びせたというのに、一護からは勝利したという雰囲気は微塵も零れない。

 

感じるのだ、未だ彼の霊圧を、零距離から虚化して放った月牙天衝を受けて尚消えていない彼の霊圧を、グリムジョー・ジャガージャックの霊圧を。

 

放たれた黒い霊圧、空を切り裂いたようなそれは次第に霧散していった。

そして霧散する霊圧の中から現われたのはやはりグリムジョー、だがその姿はほんの数秒前の彼とは比べ物にならないほど傷ついていた。

左肩から右の腰辺りへと袈裟懸けに抜ける深い傷と、他にもそこかしこに出来た傷とそこから流れ出す夥しい血が白い死覇装を赤に染めている。

防御する事にそして避わさない事に徹した為に受けた傷、血を流し傷を作りしかしその眼は死んではいない。

だが予想外、そして予想を上回っていた一護の斬撃は確実にグリムジョーの力を削ぐ事に成功していた。

 

傷を負ったグリムジョー、しかし今の一護にその姿から来る隙は無い。

グリムジョーの姿を確認すると再び刀身に霊圧を滾らせながら彼へと斬りかかりそして圧し込める。

グリムジョーも再び防ぐが叩きつけられる斬撃の威力と受けた傷、失った血と体力は彼の思うとおりの結果を導き出すには拙く、黒い斬撃にグリムジョーは弾き飛ばされてしまう。

しかし一護は追撃の手を緩めない、威力を増した斬撃は的確にグリムジョーを捉え斬り裂こうと彼に迫り続ける。

まったく手を緩める様子のない一護、だがそれは戦いというものを考えたとき至極全うな事で、敵に情けをかける事や無駄な余裕を見せる事は本来戦いに措いて不必要な事、そして何より一護は今護るために戦っているのだ、ここでグリムジョーや他の破面を討ち漏らせばそれだけ大切な者を危険にさらすのは眼に見えている。

故に此処で倒す、グリムジョーが強力な破面だと判っているからこそ今此処で、何にも増して討たねばならないと。

 

 

「クッ…… そ、がぁぁぁああ!! 」

 

 

一護の連撃がグリムジョーを襲い続ける中、しかしグリムジョーとてこのままいい様に殺られるつもりなど皆無。

咆哮と同時に伸ばされた腕と向けられた掌、瞬時に掌には霊圧が収束し完成した砲弾は一護目掛けて赤黒い閃光を解き放った。

広範囲に及ぶ虚閃、真正面から迫るそれは如何に一護といえど避わすには難しく、故に選択は受け止めるより他無い。

正面に刀を構え直後に着弾した虚閃の猛威に耐える一護、構えた刀で虚閃を切裂く一護ではあったが虚化しているとはいえ虚閃を受け続ける事は霊圧と体力を徒に消耗するだけであり、それは一護としては最も避けるべき事。

故に一護は構えていた刀に更に力を込め、裂帛の気合をもって刀を振り上げ斬撃の威力で虚閃を掻き消した。

 

だがグリムジョーも然るもの、防がれる事などすでに織り込み済みといわんばかりに刀を振り抜いた体勢の一護に斬撃を浴びせかける。

攻防は一瞬にして入れ替わりしかしそれでも圧しているのは一護だった。

グリムジョーの攻めを的確に防ぎながらも反撃の機会を狙い、グリムジョーの攻撃が一瞬途絶えたのをみると刀を振り払うようにして月牙を放ちグリムジョーを再び弾き飛ばす。

 

 

(この餓鬼ッ! 一月で化けやがったか!)

 

 

苦々しく内心零すグリムジョー。

たった一月、しかしその一月で一護は驚くほど力を増していた。

一月前は赤子の手を捻るようにいとも容易く奪え、容易すぎるが故に奪う気も起きなかった命。

しかし今は決して奪う事容易いとはいえないまでにその力を増した死神黒崎 一護。

順当に積み重ねたというよりも寧ろ一段も二段も段階を飛ばしたようなその力の上昇は、まさしく“ 化けた ”という言葉が相応しく、それを予想もしていなかったグリムジョーはそれこそ想定外の状況に陥っていた。

だが戦いとは須らくそういうもの、想像通りにいく方がおかしいというものであり、それを喚く事は愚でしかない。

 

そしてそう易々と覆ることが無いのもまた戦場の理。

グリムジョーが月牙を防いでいる中その向こうでは一護が刀を大上段に構えている。

黒い刀身には黒い霊圧が絡み迸りそして立ち昇り、未だ月牙を防いでいるグリムジョーに更なる一撃を見舞わんとしていた。

 

 

「終わりだぜ、グリムジョー…… 」

 

 

振り下ろされる刃と放たれる黒い牙、グリムジョーの二撃の月牙を防ぐて立てなどあろう筈もなく直撃した月牙は一撃目のそれともぶつかり爆ぜる。

空で起った周りの全てを蹴散らすような爆発は霊子の流れを乱しそれは突風としてあたりに吹きすさんだ。

なすすべなく月牙に見舞われたグリムジョー、しかし爆煙の中から現われた彼はそれでも生きていた。

身体が形を残し、また四肢に欠けも無いのは一重に頑丈な破面という種族と十刃にまで上り詰めた彼の強度故、しかしそれでもその身体がボロボロであることには変わりない。

肩で息をするグリムジョー、その身体は先程にも増して赤色に染まりつつあった。

最初の一撃で受けた大きな傷は体力となにより大量の血を失い、未だ流れ続けるそれは確実にグリムジョーを追い詰めている。

しかしそれでも屈しないグリムジョーの姿は一護にはどこか不気味にすら映っていた。

 

 

(はっ……はっ…… 虚化しても決めきれねぇ……だと…… ふざけんな! ここで勝てなきゃ意味が無ぇんだ。こいつに勝てなきゃ俺は誰も護れやしない。 今、俺の虚化持続時間は最大31秒(・・・・・)、時間はまだある!圧してんのは間違い無ぇ! このままいけば勝てる……いや、勝つんだ!)

 

 

どれだけ攻撃しても倒れないグリムジョーを前に一護は内心で僅かな焦りを覚えていた。

流石に虚化しているとはいっても体力や霊力が無限になった訳ではなく、消費したそれにしたがって一護にも疲労は蓄積されている。

圧しているのは間違いなく自分だが決めきれないと、そして何より虚化に存在する大きな弱点(・・・・・)が彼をまた一つ焦らせる要因でもある。

虚化の弱点、それは虚化には時間制限(・・・・)があるという事、虚化とは端的に言えば内なる虚を屈服し、使役し力を引き出す術。

その証が今一護が被っている仮面であり、虚化は仮面を被ることで発動するのだ。

しかし虚化とはある種諸刃の剣、虚の力を引き出す事は自らの内にいる虚を解き放つのも同じことであり、長時間の使用は逆に身体が耐え切れず尚且つ自己防衛本能から強制的に仮面を自壊させてしまう。

この仮面の自壊してしまうまでの時間を虚化の保持時間と言い、これを過ぎ仮面が自壊した場合、強大な力で酷使した肉体は振り戻しにより大きな負担を伴うのだ。

 

今現在の一護の虚化保持時間は最大31秒、体調や霊力、霊圧の波によって減りはするが虚化習得後たった一月でこれだけの保持時間延長は余程の才覚か、或いは別の要因があるのか、定かではないがそれはまた別の話。

もっとも本来は仮面を付け外しする事で保持時間経過による仮面の自壊という問題は解消するのだが、一護はその付け外しがどうしても上手くいかず。

結果、通常の保持時間に余裕があるにしろそれでも何時解けるとも判らない虚化で戦い続ける事は、一護にとっても危険でしかない。

故に一護は決着を急いだのだがそれでも決めきれない現状、徐々に色を濃くする疲労は焦りを芽生えさせるには充分だったのだろう。

再び勝負を決しようと霊圧を迸らせた刀を構えグリムジョーへと迫る一護。

だが自らに迫る一護を前にし、グリムジョーはただ立ち尽くすのみで防御の動作すら見せない。

迫る一護だけを見るグリムジョー、だが彼が見ているのは翻る黒い衣でも同じく黒い霊圧を滾らせる漆黒の刀でも顔を覆う白い仮面でもなく、その仮面の奥に見える一護の瞳。

 

その瞳に浮かぶ意思、グリムジョーへと向けられるその意思は、彼にとってどうしようもなく見過ごせ無い者と同種のそれだったのだ。

 

 

(あの眼…… あの眼は見た事がある…… 胸糞悪い眼だ、あの時の…… アイツと同じ(・・・・・・)眼だ…… )

 

 

迫り来る一護のその眼、黒い眼球に黄色の瞳へと変った彼の眼にグリムジョーは覚えがあった。

それはかつて彼と同じようにグリムジョーに挑み、そして今と同じようにグリムジョーに深い傷を与えた男のそれ。

紅い霊圧と同じく紅い瞳、そして今の一護と同じようにグリムジョーを“ 俺が勝つ ”という意思を存分に乗せた眼で見据えていた男。

グリムジョーにとって何処までも腹立たしく鼻につく存在であり、必ず戦い殺し凌駕すべき相手。

 

 

(クソが…… テメェもそうか、死神ィ…… テメェもその眼で俺を見やがるのか…… フン!いいぜ、決まり(・・・)だ )

 

 

そう、その眼は同じなのだ、グリムジョーの知る男の眼と。。

金の髪を揺らし皮肉気な笑みを湛え、何より強烈な自負、己の勝利を疑わない自負を滾らせた眼と。

その眼は同じなのだ、グリムジョー・ジャガージャックにとって彼が戦いの王となるために避けて通らぬ(・・・・・・)と決めた相手と。

 

紅い修羅が如き破面、フェルナンド・アルディエンデと。

 

 

黒い霊圧を刀身から奔らせながらグリムジョーへと迫った一護は今度こそという思いでその斬撃を繰り出した。

護るために戦う、護りたいという自分の想いを貫く為に戦う、一護の力とは須らくそこから生まれるものであり純粋な想いはそれだけで力になる。

自分の為ではなくただ大切な人たちが過ごす平穏、それを脅かすものを討ち払う為にと願った一護は正しく力を得たのだろう。

それが例え虚という人外の力であろうとも関係は無いのだ、力の善悪とは力そのものでは無くそれを扱う者によって決定され、例え虚の力であっても徒に命奪うのではなく命を護る事は出来る。

今まさに振り下ろさんとする一護の斬撃、今一度戦いを決しようとするその斬撃、一護の今ある力の全てを出し切った一振りはグリムジョーへと見る間に迫り、だが彼を捉える寸前で止まった(・・・・)

 

 

「なん……だと……!? 」

 

 

止まった一護の斬撃、それは正確に表現するのならば止められたと言うべき状態だった。

驚きで見開かれる一護の眼、それが捉えたのは振り下ろされる自身の刀よりも早く伸びた手が、彼の刀を振るう腕の手首を掴み止めた光景、それも片手で。

この状況でそんなことを行えるのは唯一人、今まさに一護が決着をつけようと戦っていた相手であるグリムジョー。

刀を握っていない方の手を伸ばし一護の腕をとった彼、振り解こうにもまったく動かず握りつぶさんばかりの力で掴まれる腕に一護は苦悶の声を漏らす。

 

が、そんな一護の意思を置き去りにし、直後彼の腹部を貫く様に痛烈な痛みが襲う。

それは深々と一護の腹部に突き刺さったグリムジョーの蹴りによるもの、突き刺したという表現の方がいっそ正しいようなそれを受け、身体をくの字に折り曲げた一護はそのまま後方へといとも容易く弾き飛ばされる。

弾き飛ばされるも霊子を足場にし空を削るようにして制動をかけた一護、しかしあまりの衝撃と痛みで逆に声すら漏らす事無く片膝を付き、片手で腹部を押さえながらその痛みを齎したグリムジョーへと視線を戻した。

血に染まった装束と相反する水浅葱色の髪、やや前傾で両腕をダラリと下げた彼は俯き加減でしかしその雰囲気はほんの少し前とは明らかに異なるもの。

 

彼の背後の空が歪むかの様な、濃密な殺気と霊圧を背負うグリムジョーがそこには居た。

 

 

「餓鬼がァ…… 俺を斬れて楽しいか? 俺を血塗れに出来て嬉しいか?アァ!? ……テメェの牙は俺にとどいた、俺の喉笛を掻っ切れる程に、あの時と違って今のテメェは俺の敵(・・・)になった…… なら殺してやる! ぶっ殺してやるよ! テメェの牙をへし折り!胴から首を引き千切り! 俺の方が強ぇと教えてやる!」

 

 

俯き加減だったグリムジョーは顔を挙げ大きく背を反らせて天を仰ぎながら叫んだ。

その顔に浮かぶのは激しい怒り、吐き出される言葉にも浮かぶその感情は敵意と殺意に彩られ、一息に爆発した感情は際限なく燃え上がり続ける。

浴びせられた斬撃は彼の身体を斬り裂き、噴き出した鮮血は彼の身体を赤く染めた、彼にとって思いもよらなかった出来事はしかし戦いに措いては必然である出来事。

常に誰かが誰かを凌駕し、それをまた誰かが凌駕しながら続く戦いの螺旋に身を置く彼等にとってそれは常の理に近く。

しかしそれは真理ではあるが感情を伴わない事象、如何にそれが真理とて認められる筈も無いのだ、自らが敗れる事など、敗北する事など。

そして何よりグリムジョーの怒りを加速させたのは一護が見せた眼、色も雰囲気も何もかもが違うがしかし彼と、フェルナンド・アルディエンデと同じ意思(・・・・)を浮かべていた眼。

“ お前を倒す ”という意思、“ 俺が勝つ ” という決意、そして“ 俺の方が強い ”という確信に満ちた眼。

それはグリムジョーにとってどこまでも怒りを覚えさせるに充分すぎる感情、戦いに身を置く誰しもが持ち合わせるであろうそれはしかし自らに向けられたとき何処までも不愉快極まりない。

自分を、グリムジョー・ジャガージャックを前にし勝利を疑わないその眼、自分を前にしそれでも自らの強さを信じ揺れぬ瞳、そんなものを認められるほどグリムジョーは大人ではないのだ。

 

故に彼は殺す、その眼を自分に向けた者を、それが誰であろうと関係なく殺し破壊し薙ぎ倒して進むのが彼の道。

“戦いの王”にとって必要な圧倒的な力とは全てを捨てただ戦う事だけを、殺戮だけを突き詰めたもの。

自らの前に立ちはだかる者は必ず殺して進む事が王へ至る道であり、故にその眼を自分に向ける者を捨て置くことなど出来るはずもない。

何より一護の牙はグリムジョーにとどいている、それは“ 牙を持つ者 ”の証明に他ならず、グリムジョーが目指す王への道に一護を殺すことは不可欠なのだ。

 

自分をその眼で見る者をグリムジョーは許さない、そして誓うのだ、自らの手で必ず屠ると。

 

グリムジョーの顔に浮かぶのは狂気と怒り、それらに彩られた濃厚な殺気を纏う彼。

一護の護りたいと想う力とは逆方向のそれ、我欲と衝動に近いそれはしかし純粋な力(・・・・)という点では同じ。

大切な人達を護りたいという一護の思いも、ただ己の道の為に全てを殺すというグリムジョーのそれも、何物にも変えがたくまた混じり気のない強い感情という点では同じなのだ。

そして今、その純粋な力、純粋な殺意と衝動はグリムジョーを満し、殺気と霊圧は辺りを支配し飲み込んでいく。

 

 

「俺をその眼(・・・)で見たヤツは、誰であろうと必ず殺す!テメェの全てをぶち壊して、この俺の強さを突き立ててやる!その刀を! その仮面を! テメェの力全部俺が壊してやるよ!俺等に近付いたくらいでいい気になってんじゃねぇぞ!見せてやる…… これが本当の…… 破壊の力(・・・・)だぁぁぁあああ!!」

 

 

巻き上がる怒気と殺気、場を飲み込んだそれは今も尚濃くなり重圧に変る。

その場にいる一護ですらダメージを抜きにしても、気圧されたように動く事が出来なかった。

豹変したグリムジョーが放つ気は今の一護からすればそれでも戦えない、というほどのものではない。

それよりも一護にはこの後に起こる何かの方が余程危ういものだという直感があった、怒りや殺気を剥き出しにしながらそれでも失われぬグリムジョーの眼の光り、獰猛なそれとその奥に潜む何か。

止めなくてはいけない、という考えが浮かぶがしかし一護の脚は前に出ない。

グリムジョーの見えない圧力に圧された一護は前に出る事が出来なかったのだ、何故なら如何に虚化し身体能力と霊圧が飛躍的に上昇しているといっても、それで心まで強化されている訳ではない。

覚悟も想いもあるがしかし、それを上回るグリムジョーの意気を前に一護は圧されてしまったのだ。

 

そんな一護を前にグリムジョーが腰溜めに刀を構える。

空いた手は爪を突きたてるようにして刀の鍔元に構えられ、爪の先には霊圧が集中していた。

一護を睨みつけながら不敵な笑みを浮かべるグリムジョー、彼の言う本当の破壊の力、それが何を指すのかはもう判り切った事。

彼を第6十刃たらしめる力、他の命を奪うことだけを追及した力、殺戮という概念に一つの形を与えたといって言いその力を彼は解き放とうというのだ。

ただ一護を殺すというためだけに、自らの目指す道に生贄を捧げるために。

発せられる怒気と殺気溢れる霊圧とそれとは別に内向きに収束するグリムジョーの霊圧、収束し圧縮し高まりそれを注がれた彼の内に住まう一匹の獣はただ名を呼ばれる時を、檻から解き放たれる時だけを今か今かと待ち構える。

 

そう、それは獣の名、グリムジョー・ジャガージャックの内に住まうもう一人の彼であり彼以上の殺戮の権化。

刀に添えられたグリムジョーの爪に更なる力が篭る、突き立てられた様なそれは次の瞬間一息に鍔元から切っ先に向かって掻き散らされ、それと同時に名は叫ばれる。

 

 

 

「軋れェ!! 豹王(パンテラ)ァァアア!!!」

 

 

 

今、獣は現世へと解き放たれた……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦う意味

 

特に無し

 

戦う理由

 

特に無し

 

ただそれでも

 

敗けたくは無い

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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