BLEACH El fuego no se apaga.   作:更夜

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BLEACH El fuego no se apaga.89

 

 

 

 

「それは…… “ 魂の燃焼 ” だ…… 」

 

 

 

藍染 惣右介は砂丘の上に立ち、そこから見下ろすようにしてその言葉を口にした。

口元には常通りの薄い笑み、瞳はまるで眼下に立つフェルナンドを値踏みするように嗤う。

 

“魂の燃焼”

 

藍染が辿り着いた破面 フェルナンド・アルディエンデの、唯一にして無二の能力。

魂というこの世でもっとも“重い”存在を燃料と化すかの如き能力は、稀有であり、それによって生じる炎もまた藍染にとって貴重なものだった。

 

今思えば、このフェルナンドという破面との出会いは天佑にすら等しかった、と藍染は感じていた。

己の目的を成就させるために必要な要素、場面の中で最も大きな障害(・・・・・・・)となるであろう者への対処という観点から見たとき、フェルナンドの能力は正しく恰好の研究材料。

大虚、そして破面としての性能はともかくとし、彼の能力が炎を伴う(・・・・)という事だけでも、利用価値は充分だったのだ。

 

ハリベルが2年前にフェルナンドを連れ帰った折、彼女が紛い也にも手傷を負っていたこともまた、藍染の中でフェルナンドの価値を上げた一因。

ただの大虚が生物としての次元を隔てるかのごとき破面に傷を負わせる、その能力の高さは研究利用するにあたり非常に有益であると。

 

故に藍染はフェルナンドを遇した。

 

不敬不遜は見逃しあくまで対等の立場であると感じさせ、奔放な振る舞いにすら責を問う事はしない。

元々藍染はそんな小さなこと(・・・・・)を気にかけるほど器の小さい男ではなかったが、周りから見れば目に余るような厚遇も藍染にとっては唯の手段の一つに過ぎず。

それは結局のところあの“暴君”に向けられていた考えと同じ。

全ては己にとってどれだけ利用価値があるか、己の目的の為にどれだけ必要性があるか、藍染の中に在るのは己にとっての価値(・・・・・・・・)であり他者の評価など何一つその評価を変える要因にはなりはしなかったのだ。

その点を鑑みれば藍染にとって、フェルナンドの価値というものは非常に高かった、と言えるだろう。

 

 

そしてその価値は、日を追う毎に高くなっていった。

 

 

フェルナンドの価値を高めた要因、その一つは単純な戦闘能力。

破面という殺戮闘争の社会にあって彼はその力を遺憾なく発揮し、瞬く間に虚夜宮の十傑、十刃(エスパーダ)の地位まで上り詰めた。

それも斬魄刀での剣技や解放能力を前面に押し出した戦闘ではなく、徒手空拳という過去例を見ない方法でである。

これは単純に破面としての戦闘能力の高さを示すものであり、十刃という藍染の剣としては十二分な性能だった。

 

そしてもう一つ。

フェルナンドの炎の源(・・・)こそ、藍染にとって彼の価値を高めた最大の要因。

“魂の燃焼”という他に類を見ないそれは、藍染にとって非常に興味深く、ただ炎を伴う能力であるという以上に藍染にとって有益なものだった。

 

だが過去例を見ない魂の燃焼という能力は、藍染自身直にその回答に至った訳ではなく。

ほんの少しの違和感、ただの大虚が破面の最上位たる十刃の一角に傷を負わせられるものか?という僅かな疑問が全ての始まり。

捨て去り忘却の彼方に追いやってしまう事はあまりにも容易く、しかし藍染惣右介はそれをしなかった。

これもまた藍染が今まさしく“天の座”に近付いている事の証明だったのだろうか、事態の帰結が全て彼にとって望ましい方向へと進んでいくかのような感覚、それに促されるまま彼はフェルナンドの炎に感じた疑問を密かに研究していく。

 

フェルナンドに気取られぬよう、彼の霊圧サンプルといった研究材料を入手する事は、藍染にとっては造作も無い事だった。

虚夜宮は藍染 惣右介が居城であり、言うなれば藍染惣右介の体内にも等しく。

ある時は激昂するフェルナンドの戦闘中、ある時は闘技場、ある時は虚夜宮内の砂漠、またある時は現世より強制的に連れ戻した折などなど、藍染からすればサンプルを入手すること自体は何も問題は無いこと。

そして何より藍染にとって好都合だったのは、こうした断片的なサンプル採取だけではなく長期的な観測(・・・・・・)が行えた事が大きかった。

 

“首輪”

 

そう称してフェルナンドへと付けたサラマの存在。

サラマ自身、そして部下である東仙 要はサラマの存在は、何時主に牙を剥くか判らぬ獣を抑える為の首輪だと認識しているようだったが、実際は違う。

藍染にとって最も重要だった事は、首輪が巻かれ獣を抑えている(・・・・・・・)事ではなく、ただ首輪が獣の傍にある(・・・・・・)事だけだったのだ。

サラマ・R・アルゴスは、今フェルナンドが対峙しているワンダーワイス・マルジェラと同じ改造破面。

そしてサラマの体内には彼も知らない“仕掛け”が藍染によって仕込まれている。

大虚であったサラマがフェルナンドに打ち負かされ仮面を割られ破面化を余儀なくされたとき、破面化の際藍染はサラマの体内に一つの装置を埋め込んだ。

簡潔に言ってしまえば、それはザエルアポロ・グランツが用いる録霊蟲の様な観測機に近い代物。

サラマの傍にいる指定した対象の霊圧を常時監視観測し、そのデータを常に藍染の下へ発信し続ける。

藍染にとってサラマの存在は首輪では無く観測機、サラマに期待するのはフェルナンドの行動を抑える事ではなく、抑えられない彼の行動の全てをデータとして藍染の元へ運ばせる事だけだったのだ。

 

そうして得た霊圧サンプルと観測データ、それらをもって藍染は最初に感じた僅かな違和感の先を手繰り寄せ、検証研究しそれらが導く合理的結論として、フェルナンドの炎の正体を炎熱能力者ではなく魂の燃焼であると結論付けた。

己の魂を燃焼させることで生物として次元が違う者とも渡り合えるだけの力を生み出し、一つの魂を触媒として行われるエネルギーの超爆発、ただの炎ではない魂を燃え上がらせるそれは、量を補って余りある質の炎として彼に最大の価値を見せ付けたのだ。

 

そしてその最大の価値は今、藍染にとって非常に重要な局面で発揮されようとしていた。

 

 

「さてフェルナンド、キミがキミ自身の能力の本質を正しく理解したところでもう一つ、教えておくことがある。キミがワンダーワイスに確実に敗北する(・・・・・・・)理由だ…… 」

 

 

フェルナンドの能力を彼に説いた後、藍染は更に言葉を続けた。

それは藍染がフェルナンドを呼び出す為に発した、彼の琴線に触れる言葉。

 

確実な敗北。

 

その理由を語ろう、という言葉にフェルナンドを包む空気が僅かに反応したのを、藍染は見逃さなかった。

彼にとって他者の感情を操る事は然程難しいことでは無く、フェルナンドとてその例には基本的には漏れない。

その者が耳に心地よい言葉を、態度や言動は裏腹に奥底で望む言葉を、他者が望みまた望まないものを、藍染は瞬時に見抜き暴き曝け出させて利用する。

彼はそれを卑怯とも卑劣とも、まして悪だとも思わない。

 

己の行いを卑怯卑劣と、悪事であると思う最大の要因は負い目(・・・)だ。

しかし藍染は己の行いに何の負い目も感じず、故にそれが悪であると考えることも無い。

何故なら彼は、自分以外の存在を“自分にとってどれだけ価値があるか”でしか計らないから。

そしてどうすればそれが自分にとって“最大の利”となるかだけを考え行動する彼に、他者の心を踏み躙ったという感覚は存在しない。

他者の心を暴き、弱さを曝け出し真綿で首を絞めるが如く追い詰める、それも藍染にとってはただの手段の一つに過ぎず、負い目を感じるどころか、それが最も効率の良い手段である以上“正しい行動”とすら考えているのかもしれない。

 

フェルナンドに対しても同じ事だ、全てはこの後どうすれば自分の思い描いた展開となり、自分にとって“有益な結果”が残せるか、藍染の思考に存在するのはそれだけ。

人としての感情、その揺らぎの一切を卑下し手段として用いる事に徹するからこそ、この男は怖ろしい。

彼に“情”というものは欠片も存在しないのだ。

 

故に藍染は揺れない、故に藍染は孤高でありそして、彼はどこまでも独りなのだろう。

 

 

「ワンダーワイスの能力はキミにとって最も恐れるべき(・・・・・)能力。名を『滅火皇子(エスティンギル)』、彼の唯一にして無二、そして絶対の能力…… それは“炎の封絶(・・・・) ”。 生じた炎を封じ、これから生じるであろう炎も封じる込める…… 彼の前では“炎という属性”を持つ全てが無意味であり無力、それは死神も虚も変らない。無論、魂を燃焼させているキミとて等しく無力な存在に成り下がって(・・・・・・・・・・・・)しまうだろう…… 」

 

 

藍染がフェルナンドが確実に敗北するとした最大の理由、それがこのワンダーワイスの能力。

ワンダーワイスに痛みが存在しないという特異さを、藍染は“絶対の優劣”と呼ぶにはあまりに脆弱だと評した。

それもその筈だろう、明かされたワンダーワイスの能力、藍染が語ったそれは正しくフェルナンドにとって反存在とでも言うべきもの。

魂の燃焼、その発露として炎を伴うフェルナンドの能力に対し、それを封じ込めるというワンダーワイスの能力は、藍染の言う絶対の優劣に相当するといえるだろう。

いや、それはフェルナンドだけに限らず、炎熱系能力を使用する全ての者への逆襲なのだ。

 

 

「ハッ! なるほど…… そういえばどっかの誰かも同じ様な力を持ってた……な」

 

「それはサラマの事かな? 確かに彼の能力はワンダーワイスと似ている…… だがそれは似て非なるもの(・・・・・・・)だよ。彼がキミに自身の能力をどう説明したかは知らないが、彼の能力はワンダーワイスのそれより寧ろ幅がある(・・・・)代物だ。だがそれ故に私の望む能力には届かなかったがね…… 」

 

 

藍染が語ったワンダーワイスの能力、それを受けてフェルナンドが思い出したのは、よく知る人物の姿。

不敵にも中級大虚(アジューカス)のまま彼に戦いを挑んだ大馬鹿者、そして彼に付けられた首輪であり、彼の子分の姿。

フェルナンドの言葉に藍染はその人物を言い当てる、サラマ・R・アルゴス、フェルナンドの子分であり藍染が彼に付けた首輪の名を。

サラマが嘗てフェルナンドに見せた能力、彼は自分の能力を火喰いトカゲ(サラマンダー)と呼び、その名の通りフェルナンドの炎を喰って見せたのだ。

ワンダーワイスの“封じる”という能力も、サラマの“喰らう”という能力も似たようなもの、故にサラマの姿が思い浮かんだフェルナンドだったが、藍染はその二つは確かに似てはいるがしかし、別物であると明言した。

ワンダーワイスの能力が藍染の語るものそのままだとするならば、別物であるのは当然サラマの能力。

火を喰らう、というサラマの言葉こそが“真実では無い”という事であり、それを知ったフェルナンドの脳裏にはしれっとした顔でベェと舌を出す子分の顔が過ぎったことだろう。

 

閑話休題。

ワンダーワイスの能力を知ったフェルナンドは、先ほどの言葉の後僅かな沈黙を見せた。

驚きでは無いだろう、諦めでもないだろうが、ただ無言のフェルナンド。

その姿を見下ろしながら藍染はやはりその顔に笑みを貼り付ける。

 

 

(さぁ、どうするかなフェルナンド? キミの能力とワンダーワイスのそれはあまりに相性が悪い。キミが真に自身の能力を御しているのならば別だろうが、現状でキミの勝機は無に等しいだろう…… 勝てないと言われた相手、決して抗えぬ力、不倶戴天とも言える存在を前にキミはどうする?)

 

 

ワンダーワイスの力を明かし、そしてそれを前にすればお前は無力だ、という言葉をフェルナンドに突きつけた藍染。

彼は言葉の後、再び値踏みするような眼でフェルナンドを見下ろす。

炎を伴う能力者全てへの反能力、そんな存在を突きつけられたフェルナンドを見下ろす藍染の瞳の奥には好奇と、そして確信の色が浮かぶ。

理性的に考えて藍染の言うワンダーワイスの能力が全て真実であると仮定したとき、フェルナンドがとるべき選択は帰刃しない事(・・・・・・)と言えるだろう。

言ってしまえば不完全な能力の発露である現状のフェルナンドの帰刃、それを発動させ万一にも封じられてしまうような事があれば、それだけで勝敗は決する。

魂の発露たる炎を封じられる、それは現状のフェルナンドの霊圧を根こそぎ封じられる事と殆ど同義であり、その状態では如何なフェルナンドといえど解放状態の破面を相手取るには歩が悪すぎるだろう。

フェルナンドが本当に藍染の言う魂の燃焼を、己が意思で発現させられるのならば結果は変わるのかもしれないが、そう易々とそれが成らない事は想像に難くない。

 

しかし藍染は自らフェルナンドを窮地に追い込みながら、その先を見据えていた。

決して勝てないとまで言い放ちながら、その相手を前にしてお前はどうするのかと問うように。

そしてその問いの答えも藍染の中には既にあった。

それはある意味フェルナンドという破面に対する確信、この困難な状況を前に彼ならば、必ずそうする(・・・・・・)という確信が藍染にはあったのだ。

 

藍染の視線の先、値踏みと好奇と確信の混ざったその先で、フェルナンドの手が腰の後ろへと伸びる。

そこにあるのは彼の斬魄刀、己の本性、能力の本質を刀として封じた彼の本性の刀。

これに手が伸びそして抜き放たれようとしている理由は一つしかなく、その姿に藍染は僅か笑みを深めた。

 

 

(フフッ…… やはりキミは私の期待を裏切らない。ワンダーワイスの能力を知って尚、キミがそうする(・・・・)であろう事は判っていたよ、フェルナンド。キミは試してみたい(・・・・・・)のだろう?意地もあり天邪鬼でもあろうが、キミの本質がキミ自身を試したがる。自分自身を“絶対的不利の状況”に追い込みたがる。そうして自分を追い込むことで、キミは“生の実感”とやらを追い求めているのだろう?)

 

 

そう、藍染にあった確信とは正しくこれなのだ。

ワンダーワイスの能力を知り、明らかに歩の悪い状況に置かれて尚、フェルナンドは必ず解放する(・・・・・・)という確信。

フェルナンドの今までに至る行動、軌跡を鑑みればそれは自ずと導かれる回答ではあった。

疑う必要すらなく確信できるほど確実な回答、それがこの解放。

 

無理だ、無謀だ、不可能だ、出来る訳が無い、そういった言葉にフェルナンド・アルディエンデは悉く反逆してきた。

困難な道だからこそ進む、不可能だと、出来る訳がないとされるからこそこの男はあえてその道を進み、それらを踏破し続ける。

そうして自らを絶対の不利に追い込むかのように進んできたフェルナンド、天邪鬼の帰来があり尚且つ自らの力に絶対の自信を持つからこそ、彼はこういった困難な道を会えて進むのだろうが、藍染はその様をフェルナンドが自らを“試している”のだと考えていた。

 

自分自身を追い込み、困難を乗り越え苦境を踏破し死線を越え、それでも尚自分は立っていられるのか。

戦いの先、自らの命を削った先にこそ求める“生の実感”があると信じるフェルナンドにとって、それはまるで自らの存在証明を試すかのごとくである、と。

 

 

自分は今生きているのか? 自分は今を生きるに値するのか?と。

 

 

「刻め…… 輝煌帝(ヘリオガバルス)ッ! 」

 

 

抜き放たれた鍔の無い鉈のような斬魄刀、片手で高く掲げられたそれにフェルナンドの紅い霊圧が煌く。

叫ばれる銘はフェルナンド自身のもう一つの名、刀に封じられた本性はその呼び声とともに彼の肉体へと回帰し、彼の肉体を紅く染め上げる。

辺りを熱気と熱風により支配して燃え上がるのは炎の柱、天を焦さんとする炎は次第収束しそこから現われるのは自らを炎の塊へと変じた紅い修羅。

金から徐々に紅へと染まりそして轟々と燃える炎へと変じた髪、鍛え上げられた上半身が顕となり、足首で絞られた袴は脛から膝にかけてこちらもまた轟々と燃え盛る。

視線はあくまで藍染ではなく目の前の敵、ワンダーワイスへ。

半身気味で目線よりやや下辺りに構えられた拳から、いや全身から吹き上がる霊圧と殺気で空気が焦げるかのような錯覚すら覚えるフェルナンドの解放姿がそこにはあった。

 

 

「おぉおおうぅぉぉおおおぅ」

 

 

吹き上がる紅い霊圧と闘気、それを目の前にしてもワンダーワイスに恐れの感情は見えない。

それどころかただ目の前の力の大きさに純粋に目を輝かせる。

まるで子供、いや赤子の様に無垢であるが故に

 

ただただ喜びと驚きの感情ではしゃぐ様なワンダーワイスと、まさしく炎そのものとなって熱風を巻き起こすフェルナンド。

だが両者は動かない。

ワンダーワイスは藍染に制止されたままであるが、フェルナンドは違う。

恐るべきワンダーワイスの解放能力、それが彼にとって如何に脅威であるかを既に藍染自身から明かされているフェルナンドにとって、事此処に至っては彼に残された道は一つ、ワンダーワイスが帰刃する前に彼を屠ってしまう事だけ。

自身の炎を封じられる前に、封じ込められる前に殺す、それ以外に彼が勝つ道は無い筈なのだ。

 

 

(そう、キミは唯一残された勝利への道を進めない。 “戦いへの美学”とでも言うべきか…… それがキミの道を塞いでいるのだろう?教えられた弱点は突かない(・・・・・・・・・・・・・)等という安い矜持が今、キミを追い込んでいる…… もっとも、ワンダーワイスの能力の前に立つ事で自分を追い込もうとするキミからすれば、この瞬間に仕掛けない事も道理、という事なのかもしれないがね)

 

 

踊らされている。

この状況は全て、藍染 惣右介によって描かれていると言って過言ではない。

フェルナンドという破面に見え隠れする戦いへの美学、それは自分ではなく他者が教えた敵の弱点は突かない、というもの。

自らが見つけたならばいい、しかし誰かに“ここが弱点だ”と教えられる事は“勝った”のではなく“勝たせてもらった”のと同じであり、そんなものに幾許の価値もないとするフェルナンドの考え。

 

だが今それは裏目に出た。

藍染は知っていたのだ、彼のこの矜持、美学ともいえる考えを。

それも当然だろう、サラマという名の観測機を彼の傍に置いたのは藍染自身、霊力霊圧以外にもフェルナンドという破面のあらゆる情報は、既に藍染の手の中なのだ。

何も藍染はフェルナンドに解放を仕向ける為だけに、ワンダーワイスの能力を明かしたのではない。

解放させる事もそうだが解放した後、彼を止めるためにワンダーワイスの能力を明かしたのだ。

藍染からフェルナンドへともたらされた情報、それを鑑みればワンダーワイスの弱点は明らか。

そして藍染はそれを直接的に言う事はしなかったが、言外のそれを読み取れない程フェルナンドは愚かではなく、何よりそれは読み取ったのではなく明らかに“読み取らせよう”という意思が伺えるもの。

よってそれは教えられているも同義なのだ。

 

無論これは藍染が言ったように戦いの美学や矜持といったものだけが、フェルナンドを追い込んでいる訳ではない。

誇りや矜持を護る事は尊いが、それによって道を誤るのは愚かな事。

嘗てハリベルがフェルナンドに、そしてフェルナンドがハリベルに言ったその言葉、尊さと愚かさを判っているであろうフェルナンドがここで矜持だけを優先し、ワンダーワイスを倒せないという事はおそらくありえない。

ならば他の理由、それはやはり藍染の言ったフェルナンドの性、自らを絶対の不利に追い込むことでそこから生の実感を得ようとしている、という部分に帰結するのだろう。

 

だが例えそうであったとしても、現状は全て藍染の思い描いたとおり。

そして此処からが、藍染にとってもっともフェルナンドという破面の利用価値を確かめる工程となる。

 

 

「キミの準備は整った、と見ていいかな? では彼にも相応の姿になってもらうとしよう…… ワンダーワイス、キミの力をみせてくれ 」

 

「うぉ~ぅ! 」

 

 

フェルナンドの解放を見届け、藍染は見下す笑みを浮かべてそう告げた。

ワンダーワイス・マルジェラ、藍染惣右介の虎の子、最も従順で最も有用、そして何より最も重要な駒。

藍染の言葉を受け、ワンダーワイスはその瞳を爛々と輝かせる。

その様はまさしく“狗”、主の命に背かず今の今まで“待て”を貫き、服従を示す狗に他ならない。

だが今“待て”は解かれた、喜色と開放感をうかがわせる声を漏らしたワンダーワイスが上半身を逸らせ、そして勢い良く前屈するように上体を前に倒す。

すると彼の背に真っ直ぐ背負われていた西洋風の斬魄刀が鞘から抜け落ち、無造作に砂漠に落ちた。

一連の動作を見ただけで判るのは、ワンダーワイスはそれを武器として認識していない(・・・・・・・・・・・・)という事、それが刀という武器である事も、その抜き方も、何もかもを判っていないという事。

何故なら彼は武器を用いて戦う、という知識を持っていないから。

彼の戦いは完全に本能の部類にあり、武器とは己の手であり足であり、或いは噛み付くことのみ。

武器とは歴史の中で人がどれだけ効率的に生物を殺められるか、を追求したいわば文明の利器に他ならず、故に本能以外を手放したワンダーワイスにそれを扱うことは出来ない。

 

だから判らない、その握り方すら。

 

ワンダーワイスが砂漠に落ちた刀を拾う。

本来なら柄を握るはずがしかし、彼が握ったのは柄ではなく刃だった。

それもしっかりと、決してそれを落とさぬようにとしっかりと握るのだ、刃によって傷ついた手からドクドクと血を流しながら。

痛みが無い故に彼はそれが危険なことだと認識できない、そして痛みが無く、扱い方も知らないために起るのがこの現実。

持ち上げる、という動作こそが彼の中で最も重要であってその持ち方も、自らの手が傷つき血を流すことも、彼にとってはまったく意に介する必要が無いことなのだ。

刀身のやや先端よりの部分を両手で掴み、そして頭上に高く掲げるワンダーワイス。

流れた血は刀身を伝い先端に集まると、滴り彼の顔に点々と赤い血化粧を施す。

そして滴った血に反応するようにワンダーワイスの瞳が大きく開かれ、そして言葉では無い大音量が叫ばれた。

 

 

 

「おぅあぁぁあああぁぁぁああ!! 」

 

 

 

霊圧の爆発、帰刃に伴う霊子の暴風がワンダーワイスを中心に吹き荒れる。

本来ならば銘を叫ぶそれも言葉を失った彼には叶わず、しかしそれは儀式であるが故に重要なのは銘を呼ぶことでは無い。

重要なのは封じられた力をその身に宿せるか否か、そしてそれは間違いなく完遂された。

濁った霊子と砂煙の中から現われたワンダーワイスは、他の破面の例に漏れず人の容を捨てた化生の姿へとその姿を変えていたのだ。

 

見えた姿は元の体躯よりも倍ほどの大きさ、両の肩と腰から足の付け根辺りが卵のように大きく膨らみ、しかしそこから伸びる手足は見る者を不安にさせるほど細く拙い。

胸の中心には喪失を示す孔、目元は後頭部が大きく伸びた仮面に隠され、見えるのは幼さを残す口元のみだった。

異形、破面の解放など言ってしまえば全てが異形ではあるがそれでも、ワンダーワイスの解放はその中にあって尚、薄ら寒いものを感じさせる。

 

 

「ア~~~~…… 」

 

 

釣り上がった口角、解放の高揚がそうさせるのか或いはそれが性なのか、喜色を滲ませるのはワンダーワイス。

そんなワンダーワイスの姿を、笑みを貼り付けた顔で見下ろす藍染。

そして、目の前で解放したワンダーワイスをしっかりとその視線の先に見据えるのはフェルナンド。

思惑が入り乱れた戦場、いや藍染にとって此処は戦場ではなくもはや実験場に他ならない。

舞台はようやく全て整った、あとはこれから起る全ての出来事が彼の思惑のうちに納まるのか、それとも彼の思惑すら超えていくのか、そのどちらか。

 

果たして藍染にとって望ましいのはどちらなのだろうか、全てが予測通りに終わる事か、或いは予測すら越える結果が残ることか。

いや、それを考える事すら彼にとっては瑣末なことなのだろう、予想通りならそれで構わない、だがもしそれを越える結果が生まれればそれもまた重畳であると。

結局のところこの場で誰よりも強者である藍染からすれば、予想を越えようが越えまいが関係ない。

彼の大いなる目的の前では全てが雑事、計画に修正はあれど変更はありえず、この後に残る結果も全ては藍染の掌に収まってしまうことだろう。

 

それこそが超越者、藍染 惣右介という名の超越者の器。

たとえ彼の思惑すら超えた出来事が起ろうとも、それが彼の器から零れることは無い。

大器とは不測すら容易に受け止めるからこそ大器であり、藍染の器とは正しくそれなのだ。

故にこの後に残る結果も結末も、全ては藍染に呑み込まれる定めなのだ、それもあまりに圧倒的に。

 

 

「さぁこれで全ては整った。 後は存分に戦ってくれフェルナンド。或いはこの先に、キミの望むモノがあることを願うよ…… 」

 

 

整えられた戦場、対峙する両者もまた万全、それぞれが最も高まった力を発し睨み合う。

そして藍染が発した言葉が合図となった。

 

彼の言葉にフェルナンドは皮肉気な笑いをひとつ零す。

見え透いた言葉、そして見え透いていると判っていて発せられる言葉、その裏に隠れる真意をありありと浮かび上がらせたまま発せられた言葉を、彼は鼻で笑ったのだ。

だがフェルナンドという男は見え透いていようと裏があろうと、真っ直ぐにしか進めない。

罠があると言われてもその罠を踏み越えていかねば気が済まない、それは藍染が考える彼の気質“自らを絶対の不利に追い込む”というものの証明なのだろう。

 

ダラリと枝のように細い腕をたらしたまま、気の抜けたような笑みを浮かべるワンダーワイス、その彼目掛けてフェルナンドが駆ける。

駆けるといってもその姿は最早見えない、彼が踏み切った足元の砂漠が勢いよく爆ぜその後に僅かな炎の残滓が残るのみで、フェルナンドの姿は消え去っていた。

魂の燃焼、それによって真っ先に目がいくのは彼が纏う炎だろうがそれはあくまで副産物。

フェルナンドの能力によって生まれた力は、炎の威力も然ることながら外へと発露したそれよりも寧ろ内側、爆発的な力を生む魂の燃焼をその身に宿している(・・・・・・・・・)という部分。

身体能力の超強化、燃え盛る魂のエネルギーを拳に或いは脚に込め炸裂させ、全てを強化する事こそ彼が能力の真骨頂。

彼自身それを意識して行っているかと問われればそれは否だろう、理解はしていないがしかし知っている、これが最も正しい表現。

 

その力をもって砂漠を蹴り、瞬間自らの最大戦速へと達したフェルナンドは迷う事無くワンダーワイスへと突撃する。

相手の能力は知っている、本当に藍染が説明した通りならばあまりに無謀な己の行為と。

 

 

だが知った事では無い。

 

 

フェルナンドの瞳にありありと浮かぶのはそんな意思。

だからどうしたと、炎を封じるからなんなのだと、ならば自分は解放せず、炎を発する事無く戦うのかと。

 

ありえない。

 

そんな選択はありえない、それは逃げ(・・)だ、敵を前に敵の能力を知り分が悪いからと己が今まで貫いた戦い方を変える、それが逃げでなくてなんだというのかと。

 

浮かぶ意思のなんと愚直なことか、己を貫くためならば苦境を進むことを厭わない、彼はそう言うのだ、そう語るのだ、その瞳で。

紅い流星となったフェルナンドがワンダーワイスを射程圏に捉える。

ワンダーワイスはそんな彼の姿を認識しておらずあさっての方を向いていた、しかしフェルナンドは既に振り被り半ば炎となっていた拳を迷う事無く振り抜く。

その一撃は強奪決闘(デュエロ・デスポハール)にてゾマリを屠った一撃、初撃での必殺、そこに小細工は見えない、ただあるのはお前を殴るという意思だけ。

十刃であったゾマリすら一撃の下に灰燼に帰した拳、入れば無事では済まない事は明らかな威力を誇る一撃。

その拳が語るのは一つ、止められるものなら止めてみろ、という言葉のみ。

 

 

 

 

 

「ハ~~アァ~~~ 」

 

 

 

 

 

だが、その一撃はあまりにも容易く受け止められた。

 

 

 

拳があたる直前までワンダーワイスはあさっての方を向いていた。

だが今、その枝の如きか細い腕と手でフェルナンドの拳を掴んだ彼は、しっかりとその眼でフェルナンドを見据えているのだ。

流石のフェルナンドもこれには瞳に驚きの感情を浮かべる、自信、自負、そして必殺を誓った拳をこうも容易く止められれば誰でもそうなるだろう。

しかし、その一瞬の驚きすら彼には許されない。

 

 

 

そう、この段階で戦いは既に決着している(・・・・・・)のだ。

 

 

 

「ッ! なん……だと…… 」

 

 

驚きと戸惑いの声を零したのはフェルナンドだった。

彼らしくも無いその声、しかし彼に起きた変化を鑑みれば自ずとその声は漏れることだろう。

彼の拳がワンダーワイスに掴まれたその瞬間、彼が纏っていた炎の全ては消えうせ、フェルナンドは帰刃前の状態(・・・・・・)にまで回帰させられてしまったのだから。

 

 

「驚く事は無いだろう? フェルナンド。 私は言った筈だ、ワンダーワイスの能力は炎の封絶、そしてそれは例えキミの炎であろうと例外では無い、と。今この瞬間キミが発していた全ての炎はワンダーワイスに封じられた…… そして魂の発露であるその炎が失われれば、帰刃が解かれるもの道理だろう」

 

 

最早勝敗は決した。

フェルナンドが誇る最高の戦闘状態、それはその全てを封じられるという形で奪い去られたのだ。

判っていた結果、いや判りきっていた結果ではあるがしかし、誰もが何処かで期待していた。

彼ならば、或いは彼ならばこの如何ともし難い状況すらも覆すのでは無いか、と。

 

 

だがそれは都合のいい解釈に過ぎない。

 

 

誰にでも勝利する無敵の存在、そんなものは現実には存在しない。

限りなくそれに近かろうとも、世に“絶対”が存在しない以上、無敵もまた存在できないのだ。

藍染であっても同じ事、圧倒的なまでのカリスマと力を有する彼だとしても、敗北の可能性は存在する、限りなく少なくとも決してなくなることは無い。

故にこれは判りきった結末、藍染 惣右介にとってもフェルナンド・アルディエンデにとっても。

 

フェルナンドはそれでも敢えてこの道を選択し、しかし踏み越える事は叶わなかったのだ、藍染惣右介という男の思惑を。

 

 

「ウ~~、アォア!! 」

 

 

フェルナンドの拳を掴んだまま彼をまじまじと見ていたワンダーワイスは、突如として彼を砂漠へと叩きつけるように放り投げる。

いとも簡単に、呆気なく投げ飛ばされるフェルナンド、それでも砂煙を纏いながら彼は立ち上がる。

だが次の瞬間、フェルナンドはこれまで感じたことの無い疲労感のようなものに襲われ、片膝を砂漠に付いた。

襲う疲労感はそれだけに留まらず、呼吸は乱れ浅く、肩は大きく上下し、汗が噴き出し視界が霞む。

あまりにも突然の変化、今までどれだけ激しい戦いを繰り広げようともここまでの疲労感を感じたことは無かったフェルナンドにとって、それはあまりに不可解すぎた。

 

 

当然だ(・・・)。 キミが封じられたのはただの炎では無い。キミ自身の魂の発露、謂わば“ 魂の欠片 ”に他ならない。それを無理矢理身体から引き剥がされ、奪われてはね…… だがある意味驚きだよフェルナンド。 私は炎を封じられた瞬間キミは事切れるとも考えていたが、その実キミはまだ生きている…… やはりキミは特別なようだ 」

 

 

肩で息をするフェルナンドの姿を見下ろしながら、藍染はその姿を当然だと言い放つ。

炎を封じる能力を持つワンダーワイス、それに対しもしフェルナンドが“炎を発する”破面であったならば、彼はここまでの状態にはならなかっただろうと。

或いは霊力の大幅な減衰はあったかもしれないが、それでもここまでにはならないと。

フェルナンドがここまでの状態になってしまったその最たる理由、それは彼が放っていたのは炎であって炎ではない(・・・・・・・・・・)ものだったがため。

彼、フェルナンドの炎とは正しく魂を燃焼させた魂の発露、それは即ち魂の欠片も同義なのだと。

本来ならば多少削れたところで再刀剣化によって彼の内側に戻るはずの魂の欠片、しかし今、ワンダーワイスの恐るべき能力はその繋がりすら容易に引き剥がし、奪い、そしてその全てを封じ込めてしまった。

 

 

それが炎である、というだけで。

 

 

魂とは生物の根幹、そして霊的生物である死神、虚、破面ならばその重要性は語るに及ばないほど重い。

補完は出来ても新たに生み出すことは叶わず、故にどれだけ無限の力を秘めていようとこの上なく有限。

それが失われればどうなるか、フェルナンドを見れば一目瞭然だろう。

彼が感じる疲労感はその実疲労感ではなく喪失感、突如として身の内より失われた魂に、彼の魂魄と霊体が悲鳴を上げた結果なのだ。

 

 

「さて、フェルナンド。 キミの炎、魂の燃焼による発露の炎は今失われた。このまま解放したワンダーワイスと戦ったところでその先は見るも無残なものとなるだろう…… ではキミはどうするべきか? 発露の炎を、帰刃を、戦う力を削がれたキミは今、どうするべきか?答えなど決まっている。 魂の燃焼とはたった一度きり(・・・・・・・)のものでは無い(・・・・・・・)筈だ、それはキミ自身が証明している。ならばキミがとるべき道は一つ、“ 魂の再点火(・・・・・) ”以外無い筈だ…… 」

 

 

ここに来て尚、藍染 惣右介は笑みを浮かべて語る。

先の瞬間、炎を奪われた瞬間事切れていてもおかしくは無かったといいながらも、彼はフェルナンドにその先を示すのだ。

 

“魂の再点火”

 

失われたなら、消えたのならば、もう一度灯せばいいという単純な発想。

しかしそれは真理でもある、単純だからこそ明確な答え、これ以上ないほど、これ以外ないほど。

 

そしてこれこそが(・・・・・)藍染にとって最も理がある事象。

 

ワンダーワイスを運用する上で最も危惧されたのはその強度。

本来彼の能力を使用する事を目的とした人物、備えの上に備えて尚溢れんばかりの力を有する相手、それを封じ込める事こそワンダーワイスが生まれ存在する唯一の理由。

だが虚圏にはその人物に互するほどの能力者はいなかった。

理論上問題は無い、しかし実戦で性能を証明されていないものは信用には到底及ばない、藍染にとってそれは目的成就の為に唯一残った危惧でもあった。

だが、フェルナンド・アルディエンデという名の破面がそれを取り払う。

最大の難物に及ばないまでも炎熱系の能力者、更にその炎はただの炎ではなく魂という死神や虚に共通したものの発露、及ばないながらも補うには充分な質を持っていたのだ。

 

故に藍染はこの状況を創り上げた。

敢えて道を潰し、敢えて言葉で導き、そして唯一残された道を進ませ結実させる、彼が望んだ結果の果実を。

ワンダーワイス・マルジェラは藍染の予想通り何の問題もなく、余裕すらもってフェルナンドの炎を全て封じ込めた。

それは藍染が彼に与えた唯一無二の能力が万全に機能している証明であり、最低限運用に足る存在である事の証明でもある。

ここに藍染の計画はその終結までが成ったと言っていいだろう。

 

 

だが、藍染にとってまだ(・・)フェルナンドは利用価値のある存在だった。

 

 

藍染にとってワンダーワイスの耐久試験、その為だけが彼の利用価値ではなかったのだ。

彼が今求める“魂の再点火”それは魂への点火であり魂を燃焼させる最も最初の工程、それをもってフェルナンドは己が魂を燃え上がらせ、通常ではありえない“力”を魂から引き出し己のものとする。

 

そう、藍染が求めているのはそれ、“ 魂の燃焼方法(・・・・・・) ”なのだ。

 

フェルナンドが魂を燃やしている、それが判っていても藍染には彼がどうやって(・・・・・)それを為しているのかまでは判らなかった。

故に彼は欲したのだ、その方法、魂の燃焼方法を知る事を。

 

藍染の大いなる目的、その第一段階であり何より重要な因子が一つある。

それは既に死神側も察知しているであろうもの、“王鍵(おうけん)”。

半径一霊里にも及ぶ重霊地と十万の魂魄、その全てを犠牲として生まれる、霊王の居城への扉を開く鍵。

そしてここで繋がるのは、魂魄を使用する(・・・・・・・)という段階。

王鍵創生もフェルナンドの魂の燃焼も、大別すれば同じことなのだ、魂を消費する(・・・・・・)という点を見れば。

フェルナンドは己の、王鍵創生は他者の魂を贄とし、そこから抽出される強大な力を用いる事で目的を成す。

 

どちらも魂を消費するという工程を伴うならば、フェルナンドの能力は藍染にとって後に控える王鍵創生に、非常に“利”のある力なのだ。

 

そして何より、藍染が真の意味で(・・・・・)超越者となった時、魂の燃焼を得た彼を止められるものは居ないだろう。

彼と、そして彼が手に入れた“崩玉”、この二つに魂の燃焼が合わさる事がどれだけ怖ろしいか、など考えるまでもない。

 

ワンダーワイスの実戦証明は既に済んだ、残るは魂を消費するという能力の全容解明と、魂の燃焼を誘発する魂への点火のみ。

そして魂を消費するフェルナンドの能力の解明と、魂への再点火が同義である以上藍染が望むのは一つ。

故に彼は知りたい、いや理解したい、そして理解“させたい”のだ、魂の燃焼、その最も最初の工程である魂への点火を。

 

 

 

 

 

「知った、事じゃねぇ…… 」

 

 

 

 

 

新たなる力の段階を目前にしていた藍染に、その声はぶつけられた。

顔色は悪く、息は整う事無く、しかしその眼は一切死んではいなかった。

砂漠に着いた片膝を持ち上げ、立ち上がるのはフェルナンド、彼に満ち満ちていた紅い霊圧は今あまりにも弱々しい。

だが彼は立ち上がった、己を貫くというただそれだけの為に。

 

 

「魂の再点火だの…… テメェの思惑だの…… そんなもんは、知った事じゃねぇ(・・・・・・・・)。解放が出来ねぇからどうした? 魂削られたからどうした?それと俺の戦う意思は何一つ関係無ぇ…… 全部判ってて飛び込んだ戦場だ、ならこのまま終わるのは……性に合わねぇ…… 」

 

「……それは愚かな選択だよ。 蛮勇といって言い。それともキミはこの期に及んでまだ、己が真の能力を意識出来ていない、というのかい?」

 

 

 

フェルナンド・アルディエンデは己を貫く。

他者の見解など関係ない、常道定石など知った事では無い。

解放が封じられれば諦めるのか、魂を引き剥がされありえぬほどの喪失感を刻まれれば立ち止まるのか、そのどちらも彼にとって答えは一つ。

否しかないのだろう。

少なくともそういったリスクのある戦場だと彼は理解していた、理解して尚この戦場に立ったのだ。

ならばこの状況は当然、ありえない事ではない、だからこれは道すがら、戦いの道すがらであり決着では無いのだと。

何より彼はまだ折れていない、その意思が折れていない、ならば彼から生まれる選択は一つ、例え解放出来なくても魂が削られていようとも、戦うという選択以外ありえはしない。

 

 

「ハッ! それこそ知った事じゃねぇ…… 真の能力も何も関係あるか。言っただろうが…… 俺は俺、それに変わりなんてある訳が無ぇ、と。俺は俺の戦いたい様に戦う、テメェの、指図は…… 受けねぇ 」

 

 

藍染の言葉を一笑に伏したフェルナンド。

真の能力、能力の本質、それを教えまた奪う事で真実であると証明した藍染、ここまでされてもまだ、お前は身のうちに眠る能力を意識出来ていないのか、と問う彼の言葉。

だがフェルナンドにとって己の能力であろうと今は関係ない、能力が無いから、理解できないから戦えないのでは無い、戦えない者は皆戦う“意思が無いから”戦えないのであって、フェルナンドにそれだけは未だ衰える事無く満ちている。

だからこそ彼にとって真の能力の発現は関係ないし必要でもないのだ。

 

 

「強硬な事だ…… だがその先に待つのは死だけ、キミが求めるものの対極だと判らぬわけでもないだろう?まぁキミがそれを望むなら仕方が無い…… ワンダーワイス、程々に相手をしてやってくれ」

 

「ハハァ~。 ァアアアア!! 」

 

 

藍染の言葉に反応したワンダーワイス。

息を切らすフェルナンドへと瞬時に肉薄した彼は、即座に腕を払いフェルナンドを弾き飛ばす。

容易く弾かれ砂漠を跳ねるフェルナンドの身体、しかしその中にあって彼は体勢を立て直した。

彼の折れない意思がそうさせるのだろう、戦いの中にあっては常に敵を打倒する事を最優先に、己が戦いの後に生き残ることではなく己が戦いの後に敵を倒している事を何より優先する姿勢、それがたとえ攻撃を受けたとてそのまま地に伏す事を許さない。

 

だが、そこには如何ともしがたい壁がある。

 

体勢を立て直したフェルナンドが行動に移るよりも早く、ワンダーワイスは次の一撃を彼に打ち込んでいた。

叩き、殴り、蹴り、踏みつけを執拗に繰り返すワンダーワイス。

防戦一方、というよりは無垢な暴力によるまともな戦いとも呼べないものが繰り広げられる。

フェルナンドが既に意思だけで戦っている、という点もあるだろう、だがそれ以上に純然として彼の前に立ちはだかるのは単純に“出力の差”。

帰刃状態を維持したワンダーワイスと帰刃状態を強制的に解除されたフェルナンド、この差はあまりに大きい。

まず単純に膂力が違う、早さも、身体の頑強さも、鋼皮(イエロ)の硬度も、その全てが違いすぎる。

そして何より霊圧、破面や死神に共通するのは“霊圧の戦い”と呼ばれる戦い、霊圧の差があればあるほど戦いの有利不利はより明確になるというこの現状を指して出力の差、フェルナンドの前に立ちはだかるのはこれに他ならない。

 

過去、フェルナンドがまだハリベルの下に居た際、数字持ち(ヌメロス)狩りをしていたときもこういった対帰刃状態の戦闘はあるにはあった。

しかし、それはあくまで数字持ちでの話、目の前にいるのは藍染惣右介が自身の目的の為に手ずから調整し完成させた破面、その基本能力が数字持ち程度であるはずも無い。

基本的な性能だけを見るならば或いは十刃に匹敵するほどのワンダーワイス、その彼が解放し、能力が更に跳ね上がった状態と解放無しで対等に渡り合える訳が無いのだ。

 

 

「ハッ! だから…… どうしたよ! 」

 

 

それでも、この男は立つ。

執拗な攻撃を前にして、絶望的な力の差を前にして尚、この男は立つ。

それが矜持、フェルナンド・アルディエンデの矜持であり譲れない道。

ボロボロの身体に鞭を打ち、傷だらけの魂で吼える様に。

今、全ては今なのだ。

この男にとって今こそが全てであり、その今に全てを賭けてこそ求めるものは得られると、そう信じて疑わないからこそこの男は立ち、そして立ち向うのだ。

 

肉薄したワンダーワイスの無慈悲な一撃を、しかし初めて刹那で避けたフェルナンド。

ワンダーワイスにとって間合いという概念は無く、故に近付き殴る事が基本ではあるが、この密着した状態は同時にフェルナンドの間合い。

そして彼には密着し、普通ではとてもまともな一撃など打ち込めない状態からでも充分、相手を絶命たらしめる一撃が存在する。

 

 

「ハァッ!! 」

 

 

僅かに吐かれた息吹と気合、それと同時に放たれるのは右の拳。

相手に密着し、まともな動作など出来ない状態から放たれたそれはしかし、とてもそうとは思えないほどの威力と衝撃をワンダーワイスの細い胴体に叩き込む。

嘗て一撃でゾマリ・ルルーの最速を奪い去った拳、それが今再びワンダーワイスの胴に突き刺さり、その凄まじい威力は彼の鋼皮にしっかりと拳の痕と放射状の陥没、そこから奔る罅を刻み込んだ。

 

魂を削られ、執拗なまでに打ちのめされて尚、これだけの威力。

それは一重にフェルナンドの意志の力なのだろうか、肉体を凌駕する精神、その強靭すぎる精神こそがこの男の力の源。

折れない精神、曲らない精神、それこそがこの男の力。

 

そしてそれを目の当たりにした誰しもが期待するのは、ここから始まる逆転劇。

あるいはこの男ならば、このフェルナンド・アルディエンデという男ならばやってのけると。

当然やありえないという思考を超えていくこの男ならば、全てを打倒してきたこの男ならばやってのけると、そう期待して止まない。

 

“奇跡”。

 

能力は封じられ、魂は削られ、肉体はガタガタのこの状況をもし切り抜けられるのならば、それは奇跡だろう。

そしてフェルナンドならばその奇跡すらその拳で切り開くのでは無いか、そう思えてならないだろう。

折れず曲らず、倒れず立ち上がるこの男ならば、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、奇跡とはそう容易いものでは無い。

 

 

 

 

 

「アァハァハハ~~~ 」

 

 

それに痛みは無い。

それに苦痛は無く故に怯む事も止まることもない。

フェルナンドより遥か高い位置で両手を組み、まるで戦鎚のように振り下ろすのはワンダーワイス。

振り下ろされたそれが叩きつけられるのは当然フェルナンド、防御すらなくただその一撃を受け止めた彼の身体は砂漠に叩きつけられ、衝撃で砂が爆ぜる。

 

容易く起らないからこそ、奇跡とは価値を持つ。

そういった意味ではこの展開はある意味、必然ですらあったのだろう。

例え刹那で避わそうとも、例え圧倒的に不利な状況から逆転劇すら幻視させる一撃を見舞おうとも、それだけでは奇跡は起らない。

更に言えば今まさに突き刺さったフェルナンドの拳、ワンダーワイスの胴に刻まれたへこみの様なその傷跡は、ぶくぶくと瞬時に膨れ上がりそう間をおかず癒えてしまった。

超速再生、いや破面化した者は基本的にその能力を失う事を鑑みれば、それはサラマと同じように“封じた炎の力”を利用している、という事なのか。

どちらにせよ逆転の芽であった傷は無いものとなり、ここに希望は潰えた。

 

 

そこから続いたのはやはり一方的な蹂躙。

なまじ打ち据えられてもフェルナンドが立ち上がるがために続く惨劇、彼が倒れたならば、或いはその精神を折ったならば、ここまでの状況には至らなかっただろう。

だが、己を曲げられず折る事すら出来ないこの男は立ち上がってしまう。

打ち据えられても、弾かれ踏みつけられようとも、立ち上がってしまう。

その身がとうに限界を超えていても、その精神の強さだけで立ち上がってしまうのだ。

 

だがそれも遂に限界。

 

どれだけの時間一方的な攻撃が続いただろうか、その末にフェルナンドは砂漠に伏し、遂に立ち上がれなくなった。

精神が折れずとも肉体は遂に限界を迎え、強靭な精神をもってしても動かせない状況に陥ったのだ。

それをしてようやく止まるワンダーワイス、そして今までこの惨劇を傍観していた男が再び口を開いた。

 

 

「満足かな? フェルナンド。 能力など関係ない、己は己だと吼えた末路が今のキミだ。力を封じられたままで勝利できるほど、ワンダーワイスは弱くも甘くも無い。キミは認めるべきだ、キミの力とは“武”だけでは完成しない、という事実を」

 

 

まず間違いなく、藍染の思惑通り事は運んでいた。

フェルナンドに真の能力を教え、そのうえで敢えてワンダーワイスの能力を知らしめ、その上で解放を促しまず第一の工程を消化した後、彼の能力の中でもっとも有意義な力を引き出す。

その為に幾重にも言葉による道を、数多あるように見えてしかし結局は一つの終着点へと続く道を敷いて、藍染はフェルナンドを追い詰める。

 

最早“ 魂の再点火 ”以外、道は無いと。

 

そうしたところで再びワンダーワイスに封じられるのがオチ、そう考える事も出来るだろう。

だが、例えそうだとしても如何ともしがたい現状を、彼独力で動かすにはもうそれしかない。

十中八九見えている結末、しかしここで見据えるべきはその中の“ 一 ”だけ、それだけしかないのだ。

 

そしてそうなるように(・・・・・・・)藍染は全てを導いたのだ。

 

 

「“ 魂の再点火 ”に成功したとて、キミの炎は再びワンダーワイスに封じられるかもしれない。だが敢えて言おう、ワンダーワイスの能力は未だ未知数、正直どれだけの炎を封じる事が出来るのか私にも判らない(・・・・・・・)。褒められた展開では無いがもしかすればキミの炎に耐え切れない、という事態も充分に考えられる。魂という名の“ 燃料 ”とワンダーワイスの耐久力、比べてみる価値は充分あるとは思わないかい?」

 

 

それは甘い言葉だ。

甘美であり蠱惑的、もしかすればという可能性こそ、この世で最も甘い言葉。

おそらくは嘘だろう、彼が自分の手で改造した破面にそんな不備を残すわけが無い、しかし、それでも、縋るのならばそれしかない。

再点火した後の我慢比べ、己の魂を燃料とし発する炎が尽きるのが先か、それとも耐える事叶わず崩壊するのが先かの二つに一つ。

安直に示された道は容易くあるからこそ、行くには易い道だろう。

 

だがその“安直さ”を、その“容易さ”を嫌う男がいる。

 

いや、もっと単純に言えば他者の言いなりになる事(・・・・・・・・)が嫌いな男がいる。

 

藍染の言葉は充分ではあった。

要は力比べ、我慢比べの類なのだと。

彼をその気にさせるにはある意味充分には思えたがしかし、今の彼はそれでは足りない。

そもそも藍染はフェルナンドが再点火出来る(・・・・・・)という前提で事を進めているようだが、それが既に違えている。

 

フェルナンドは魂の再点火など出来ない(・・・・)

 

いや、正確には現状ではする事が出来ない(・・・・・・・・)のだ。

彼自身が己の能力全てを理解していない、という部分は二の次。

方法も、手順も、彼は未だ理解しておらず、しかし一つだけ、たった一つだけ彼の中で明確に理解できている事がある。

 

砂漠に伏しているフェルナンド、その腕が動き上体を持ち上げる。

筋肉の痙攣かピクピクと震えるようなその腕で、上体を持ち上げたフェルナンドはゆっくりと、いやそれ以上の速さでは動けないかのように立ち上がった。

 

 

「ごちゃごちゃ、うるせぇよ…… 一度吼えたからには…… 俺は、俺を貫くまでだ…… 」

 

「それが愚かだ、と言っているのが理解できないかい?キミはもう少し聡いと思っていたが…… 」

 

「黙れよ、傍観者(・・・)。 何でも、悦に入って、見下ろして…… テメェの手を汚しもしねぇ。 こんな人形(・・)で遊んでいやがるのが、いい証拠だ…… 結局テメェ等じゃ足りねぇのさ、力じゃ無ぇ…… 魂が……な…… 」

 

「………… 」

 

 

立ち上がりはした、しかしそこから何が出来るでもない。

震える足も、下がった肩も、顔に浮かぶ明らかな疲労感も、常の彼からは想像も出来ない姿。

それでも尚、精神だけは折れないことが唯一、彼を彼たらしめる矜持なのか。

強硬な姿勢を見せるフェルナンドを愚かと断じる藍染の言葉にも、彼は未だ死んでいない瞳を向けてこう答えた。

 

傍観者、藍染を指してそう言う彼。

 

首謀者ではあるだろう、全てを掌中として状況を動かし、管理する藍染は首謀者と呼ぶに相応しい。

しかしそれはフェルナンドからすれば傍観者、自らの手を汚す事無く己の“利”だけを掠め取る様、己の作り出した“人形”が如き化生をぶつけ、戦いの渦を傍から眺める様はまさしく傍観者だと。

 

そして彼は言うのだ、そんなものでは足りない(・・・・)と。

 

 

「テメェの“人形”は、強かろうさ。 だが結局コイツはからっぽ(・・・・)だ…… 何も入ってない、意思も、意地も、矜持も闘志も何にも……なぁ…… テメェも同じだ、藍染。 テメェにも結局は…… 何も無ぇ(・・・・)。 大層な目的があっても、御託に、御託を重ねても、何処までいっても…… とどのつまりは“傍観者”…… 己を滾らせる熱が無ぇのさ、テメェらには…… 」

 

 

フェルナンドは言う、お前には、いやお前たちには何も無いと。

ワンダーワイスにも、そして藍染にも、結局は何も無いのだと。

意思無く、理性も無く、ただ単一を得るために全てを無くした人形であるワンダーワイス。

圧倒的な力を有しながら策謀に長け、長けるからこそ己の手を汚す事無く全てをその掌中に納める藍染。

フェルナンドは彼等には何も無いと言う、人形には己が無く、傍観者もまた同様に己が無い、己を滾らせる事(・・・・・・・)が無いと。

 

 

「戦場に立無ぇ、相対す事もし無ぇ、立ったとしても意思が無ぇ、意思があっても熱が無ぇ…… 戦いの中にあって、己を滾らせられない(・・・・・・・・・)ヤツが、どうして他人を滾らせられる(・・・・・・・・・)ものかよ…… 少なくとも俺は、テメェら二人相手じゃ滾ら無ぇ。魂が燃え上がる、ほどの熱は感じねぇ(・・・・・・)。例え力が強かろうが、相手の能力を封じられようが…… テメェらじゃぁ俺を燃やせない(・・・・・・・)

 

 

魂の燃焼、フェルナンドが持つ能力。

それは彼の内で魂が燃え上がる力、燃え上がった魂が発する力。

しかし、魂を燃料とするならばそれを燃やす炎は何処から来るのか。

答えは今フェルナンドが言った言葉にある、そしてそれこそがフェルナンドという破面の能力の真髄。

彼が戦いの中で滾らせる全ては一体何処から来るのか、何故彼はそうまで戦いの中で滾るのか、それこそが全てなのだ。

 

そう、フェルナンド・アルディエンデが能力、魂の燃焼その種火たる炎は“彼の内にあるのでは無い”。

その在処、彼を滾らせ彼の魂を燃え上がらせるそれは。

 

 

 

( “ 他者の闘志(・・・・・) ”……か。己を滾らせ、またそれに呼応するように彼すらも滾らせる強烈なまでの闘志、熱気、情熱…… なるほど、それは仕方が無い。 私にも、そしてワンダーワイスにもそんなものは在りはしない。 ……もっとも私は必要ともしないがね。 戦いに興じるなど、大局を見ない酔狂者のすることだ。 ……だが私が“ (から) ”とは…… 言いえて妙だが思いのほか不愉快だよ)

 

 

 

燃え盛りそして己へと余す事無くぶつけられる強烈な熱、闘志。

フェルナンド・アルディエンデの魂を燃やすのは、彼の魂に点火し燃え上がらせるのは彼自身のそれではなく他者の、彼へと向けられる他者の闘志なのだ。

己が滾るだけでは駄目、相手が滾るだけでも駄目、どちらもが戦いの中で滾りその互いの滾りに呼応するように、相乗して燃え上がること。

それこそがフェルナンド・アルディエンデの魂に点火する唯一の方法。

 

そしてこの場にそれが出来るものは居ない。

片方は無垢ではあるが闘志も無くただ命令を忠実に実行する人形であり、もう片方は首謀者ではあるが同時に傍観者、たとえ自らが戦ったとしても戦いに熱を滾らせる事とは無縁の王。

故に、故にこの場でフェルナンドの魂を燃え上がらせる事などはじめから無理なのだ。

闘志が鍵である、という段階までは藍染も予想していたがまさか、それがフェルナンド自身ではなく他者のそれとは彼も考えていなかった。

 

だがそれでも彼は崩れない。

彼の余裕は崩れず、焦りも悔やみも浮かぶことは無い。

藍染にとってフェルナンドは利用価値があった、特に魂の燃焼に関しては未だ価値を残していると言ってもいいだろう。

だがその工程、それに闘志や熱気といった激情の類が含まれるのならば、最早意味も価値も無い。

藍染 惣右介という人物を考えた時、“激情”とは彼からもっとも遠い感情表現の一つだろう。

彼の精神は波打つ事無く、うねらず、何より荒ぶることなど無い。

戦いの高揚も、興奮も、彼には無縁の代物。

 

何故なら彼は絶対的過ぎる強者だから。

 

彼を滾らせるだけの力を彼は今まで目にしたことは無い。

児戯、どこまでも。

彼なら見る死神も破面も、その力は全て児戯に等しいのだ。

 

 

故に最早価値なし。

 

 

魂を燃え上がらせる為の能力、フェルナンドが用いる魂の燃焼法は藍染にとって価値が無い。

そしてワンダーワイスの実戦証明が済んでいる現状、フェルナンドは既に用済み。

首輪でつなぐ事も、言葉で御すことも最早必要ない。

 

残る工程は“ 処分 ”のみなのだ。

 

 

「なるほど、キミの言いたい事はよく判った…… では、最早キミは用済み(・・・)だ。 或いはキミの能力が私の覇道を更に磐石にする、とも思っていたが、あまり多くを望むモノでは無いな。炎という性質、そして魂の燃焼、キミの価値はそれだけ、戦闘力もあるだろうがキミの気質は私にとっては不要でしかない」

 

「ハッ! ……初めて本音(・・)を吐きやがった、なぁ…… 」

 

「これでキミと永劫別れると思えば謀る必要も無いだろう?では、せめて私が一刀の下に斬り捨ててやろう…… 」

 

 

藍染がフェルナンドに初めて語る本音。

今までもそれはあったかもしれない、しかし言葉を飾る帰来のある藍染のそれは常に覆い隠される。

だが、回りまわった言い方を排した藍染の言葉は、より彼の本心に近いのだろう。

それを鼻で笑うフェルナンドを見下ろしながら、藍染が腰に挿した斬魄刀『鏡花水月(きょうかすいげつ)』をゆっくりと抜き放つ。

月の燐光を浴びた刀身が怪しく煌き、その怪しさが刃の鋭さをより強調していた。

 

 

「さらばだフェルナンド。 キミは私にとって最も有用で、思えば最も不快な破面だったよ…… 」

 

 

言葉は降るのではなく眼前から、抜き放ったと同時に瞬歩でフェルナンドの前へと移動した藍染。

目の前に藍染が現れたと言うのに最早フェルナンドには何も出来ない。

立っている事自体がまずもってありえない現状、そこからないが出来るはずも無く、その後の全てを彼は受け止めるより他無い。

別れの言葉は短く、有用でありしかし不快だったと言う藍染の言葉は、彼にとってのフェルナンド・アルディエンデの全てを物語っているのだろう。

 

そして言葉が終わると同時に奔る一閃。

真横に一振り、フェルナンドの厚い胸板を通過した刃と、その後一瞬の間を置いて噴き出す鮮血。

 

 

「ハッ…… 随分と…… あっけねぇもんだ…… 」

 

 

自らの胸から噴き出し、流れ落ちる血を見やり、そう呟いたのはフェルナンド。

そして遂に意識すら途切れ膝から崩れ前のめりで砂漠に倒れた

白い砂は彼の血を啜り赤く染まる。

 

彼を斬り伏せ、その返り血すら浴びる事無く、藍染は刀を納め彼に背を向けた。

とどめは刺していない、しかしフェルナンドの現状を見る限りそうな長く持たないだろうと。

ある意味それは藍染らしからぬ行動にも見えたが、命を自分が絶つよりも、ただじわじわと失われる方が処分には相応しいと思ったのかもしれない。

どちらにせよ彼にとって最早フェルナンドは、興味の対象から外れたことに変わりはなく、倒れ伏したその姿は視線を向けるに値もしないのだろう。

 

 

「さぁ、戻ろうかワンダーワイス。 キミの能力と私と崩玉、揃うべきものは全て揃った。後は死神達と束の間の遊戯を楽しむとしよう 」

 

 

藍染の目の前では空間が裂け、彼はよどみなくその中へと歩を進め、ワンダーワイスもそれに続いた。

程無く裂け目は閉じ、残されたのは倒れ伏すフェルナンドのみ。

一陣の風が吹き砂が舞い上がる。

風はみるみる強くなり辺りは一面の砂嵐となり、彼の姿はその砂の嵐に呑まれるのであった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

集う死神の長

 

一人と世界

 

量るに及ばず

 

 

己の無力を知る者よ

 

嘆く事を無為と知るなら

 

有限の時を只駆けよ

 

 

 

 

 

 




ようやくArcadia様での連載分に追いつきました。
簡単な改訂、と思っていても実際はあれもこれもと時間はかかりましたねw
これからは非常にスローなペースの更新になるかと思います。

とりあえず原作が完結するまでには、この作品も完結させたいなぁ。

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