東方雷魔伝~the story of magician's master~   作:溶けた氷砂糖

10 / 10
昔のお気に入り作品がリバイバルしていたので初投稿です。

そういえば畳んでいなかったなと思ったので、ちゃんと畳もうと思いました


第10話

「流星、か」

 

 夜空を掛ける宇宙の塵芥を眺めながら、ヴィグラスは呟いた。香霖堂の近くにそびえる大木。その下では茣蓙を敷いて魔理沙と霊夢、それから霖之助と紫が並んで星を見ている。団欒の雰囲気がどうにも馴染めずに、彼は一人離れていた。

 

「当たり前っちゃ当たり前のことなんだがな」

 

 彼女達に馴染めないのは、自分が異物であるからだ。これから始まっていくだろう物語にヴィグラス・ウォーロックという人物は居ない。それは自分が最もよく知っている。前世の記憶通りにシナリオを進めよう、ズレが発生しないようにしよう。そんな考えは彼の心には無い。全てはなるようになるだけで、ならないようにはならない。ただ、世界からの疎外感を感じ始めていた。

 

 孤独の次は疎外か、と自嘲気味に唇が緩んだ。自分勝手に生きて、自分勝手に傷付き続けてきた人生だ。予定調和なのかもしれない。

 宴であるにも関わらず、ヴィグラスは水を呷る。酒はどうしても苦手だった。過去に鬼に遭遇したことがあるが、酒気を帯びた息だけで気を失うかと思った程だ。魅魔には案外子供っぽいところもあるものだと笑われたが、生来のものはどうしようもなかった。

 

 また流れ星。視線を落とすと、本当の少女二人は目を輝かせて空を見ている。瑞々しい感性で、それはきっと彼女たちの未来に大きな影響を与えるのだろう。残った保護者は慈しみをもってそれを見守っていた。それだけで一枚の絵画になるような綺麗さだった。

 

「急だから何かと思ったけれど、まあ二人が楽しそうならそれで良かったかもね」

「老けたな」

「成長したって言ってよ」

 

 先程までは何処にいたのやら、いつの間にか隣まで登ってきていた悪霊が保護者顔をしているのをからかうと、珍しいことに誤魔化すわけでもなく、不機嫌な表情を隠しもせず怒る。

 

「でも、ま、さ。かなり久々に気を張ってないヴィグラスが見られたのも良かったよ」

「……俺はいつだって同じだ」

「かっこつけなの知ってるからね」

 

 魅魔はヴィグラスの白銀の髪をつまんで持ち上げる。髪は女の命という言葉ばかりが有名だが、魔法使いの髪は男のものでも触媒としては十分だ。彼の髪は魅魔と遜色ない長さを持っていて、普通ならば絶対に他人には触らせない大切なものである。しかし、それを無造作に弄られてもヴィグラスは黙ったままだ。怒り慣れすぎて諦めているという側面もあるが、確かに、気が緩んでいるのかもしれない。霧雨魔理沙の前で師匠として、八雲紫の前で歴戦の強者として表情を固くしている彼が、ただの魔法使いでいられる少ない瞬間の一つだった。

 

「まさか、死ぬつもりじゃないよね」

「なんだ、藪から棒に」

「紫からまたなんか頼まれてるんでしょ、見てりゃ分かるよ。紫はともかくヴィグラスは思い付きで動くの好きじゃないからね」

「無駄が嫌いなだけだ」

 

 魅魔の言葉は否定しない。死ぬつもりは毛頭ないが、全くの事実無根でもなかったからだ。

 

「で、何を頼まれたのさ」

「あったとして、お前に話すことじゃない」

「ケチ」

「それで結構」

 

 ヴィグラスは大木から飛び降りる。魅魔から逃げるように。

 

「……一人で抱え込むんじゃないよ」

 

 彼女はその背中を追うことはしなかった。追えば更に躍起になることが分かっていた。ヴィグラスという魔法使いは冷静で、感情的だ。一度決めたことは梃子を使っても動かない。それが魅魔には悔しかった。

 

「死んだら、怨むからね」

 

 

 流星群の日。幻想郷の内と外で同じ空を見上げる日は、迷い人が来ることも多い。ただ、此度の迷い人は悪辣で残虐であるらしい。

 

 目を疑う程に真紅の屋敷。固く閉ざされた門の前には中華服の少女が一人。朱の髪をだらしなくぶら下げて、目を瞑ったまま侵入者を待つ。

 

「紅魔館に、何が御用でしょうか」

 

 瞼を開いた先に居るのは白黒の魔法使い。杖と羽ペンを手に持って、魔導書を浮かばせている。その目の光は、月明かりに照らされて分からない。

 

「新参者が道理も知らず暴れるつもりだと聞いてな」

 

 魔法使いの足元に魔法陣が浮かび上がる。それが、門番を害する意図があることは、魔法に疎い彼女でもすぐに分かった。

 

「少し痛い目見てもらいに来たんだよ」

 

 光弾が叩きつけられる。門番は紙一重で直撃を避けたが、守るべき門はその質量でひしゃげてしまった。脅威であると判断した門番は、即座に構えを取る。

 

「紅魔館の門番、紅美鈴。我が主の敵として貴方を排除します」

「やれるもんならやってみな」

 

 美鈴は一息で魔法使いの懐に潜り込む。火力は厄介だが耐久は人以下。彼女の知っている魔法使いの知識に照らし合わせれば、これで勝負は着く筈だった。

 

 掌底を杖でいなす。足払いを飛んでかわし、空中で無防備になった体を狙った裏拳は魔法陣で防がれた。そのまま反撃とばかりに飛び出す光弾が彼女の腕を灼く。

 

「くぅっ」

 

 練気で拳を守り光弾を弾く。追撃の詠唱が聞こえ、すぐさま蹴りで距離を取った。自分の攻撃が全て防がれ、あまつさえ反撃までされたことに美鈴は驚愕する。身体強化の魔法か、いやそんなものを使っている様子はない。シンプルな肉弾戦の技量にて、彼女の武術は相殺されていた。

 

 体力勝負に持ち込めば勝てるだろうか。短い時間で彼女は思考する。おそらく、持久戦ならばこちらに分があるだろう。しかし、それは一度でもまともに喰らえば死にかねない、相手の魔法を全て凌ぎ切るという前提で成り立つ。

 

 はあ、とヴィグラスはため息を吐いた。想定よりもずっと腕が立つ。彼の視点では、この門番を倒してもまだ五行の魔法使いや吸血鬼の主が控えているのだ。消耗している場合ではない。

 紫から頼まれたのは『暴れる心つもりの吸血鬼を調査、できるなら先んじて叩いてほしい』というもの。主を引きずり出さなければ意味が無いのだ。

 

「……こいつだな」

 

 魔導書のページがぱらぱらとめくられ、あるページで止まる。六角形の特殊な魔法陣が三重に重なり、砲塔の形状をなす。

 ヴィグラスの得意とするのは召喚魔法。使役には様々な条件が絡む。望むものを何でも呼び出せる都合の良い魔法ではなく、自身の力で屈服させ、契約を結ばなければならない。けして使い勝手の良い魔法ではない。

 だが、そのラインさえ乗り越えてしまえば、どのような相手にも相性勝ち出来る万能の魔法へと変わる。

 

「行け」

 

 射出された巨大な質量は美鈴に向かって一直線に飛んだ。かわすか落とすか、瞬時の判断を迫られ、彼女は叩き落とす方を選ぶ。腕全体を斜めに振り下ろし、飛んできたものを払い落とす。ぐにゃり、と今までに覚えのない感触がした。地面に叩き落としたのに落下音はせず、不定形の塊がぶよぶよと蠢いている。

 

「ブロブ……!」

「なんだ、知っているのか」

 

 ブロブ、俗にスライムとも呼ばれるそれはゲームに出てくるものとは違う。粘液の体は物理攻撃に強く、切断されても癒着するために生命力も高い。魔法使いや、それに類する能力の持ち主であればそれ程苦戦しない怪物だが、紅美鈴という妖怪にとってはどうだろうか。

 

「クソッ」

 

 巨体によるのしかかりをすんでのところで回避する。血流が巡っているわけでもない怪物には気を用いた攻撃は効果が薄い。むしろ下手に手を出せば飲み込まれて窒息することだってありうるだろう。

 一方でブロブの比して緩慢な動きでは美鈴を捕らえるには至らない、いわば千日手。門番にとっては歯がゆいことこの上ないだろうが、ヴィグラスにとってはそれで十分だった。

 

 門番を置き去りにして門を飛び越えようとした刹那、僅かな空間のゆらぎをヴィグラスは感じ取る。直後現れて数十本のナイフを彼は外套を回して叩き落とした。

 

「何やってるの、門番なのに」

 

 魔理沙や霊夢とそれほど変わらないように見えるメイド服の少女。だがその目は、既に戦士の、いや暗殺者のものだ。

 

 十六夜咲夜。紅魔館の瀟洒なメイド。ツイてないと舌打ちをする。ヴィグラスが知る年代で考えればまだ戦力になっていないのではないかという甘い期待があった。だが、そうもいかないらしい。

 

「咲夜、相手を見くびらないで」

「……魔法使いか」

 

 動けない大図書館の魔女、パチュリー・ノーレッジ。今度は二人を同時に相手しなければならない状況のようだ。まだ大トリが残っているというのに、随分なハードモードではないか。

 

 魅魔を連れてくるべきだったか。考えが頭をよぎってから振り落とす。彼女では加減が出来ない。紫からの依頼は殲滅も辞さないものだったが、彼個人の考えとしては殺してしまうわけにはいかなかった。

 

 少なくとも、パチュリー・ノーレッジだけは。

 

「厄介だな」

 

 時間停止と併用して撃ち出されるナイフを防ぎ、パチュリーの精霊魔法を同じ精霊魔法で打ち消す。彼女の魔法は、ヴィグラスではなく美鈴を足止めしているブロブに向かっていた。これを止めなければブロブが撃破され、三対一の構図になってしまう。そうなれば、如何にヴィグラスと言えど勝ち目は薄い。

 

「時間が惜しい、さっさと決めようか」

 

 先ずは一人、一番御しやすい相手から落とす。

 

「ええ、そうね」

 

 彼の周囲を今まで以上の数のナイフが取り囲む。その上で、逆手に持った十六夜咲夜本人が背後から首元を狙う。

 獲った。彼女は確信した。時間停止に反応できるだけでも驚きだが、何度も出来る芸当ではない。腕を振り抜くと、侵入者の首が宙を舞う。

 

「何やってるの!?」

 

 パチュリー・ノーレッジの叫びは僅かに遅かった。何が、と聞き返す間もなく、彼女の体は糸によって雁字搦めにされる。地面に向けて自由落下を始め、途中の木に引っかかったことで辛うじて激突は避けたものの、彼女の脳内は混乱に埋め尽くされていた。

 

「動きが素直で助かるな」

 

 首をはねた筈のヴィグラスは無傷だ。肩には小さな蜘蛛が乗っかっていて、咲夜を捕らえたのがその蜘蛛が放った糸だったのだとパチュリーは理解する。もちろんただの蜘蛛ではない。それもまた、ヴィグラスの召喚魔法で呼び出した使役物だ。

 

「次はお前だ若造」

「……甘く見ないことね」

 

 若造と呼ばれパチュリーの顔色が強ばる。研究に費やした時間がそのまま強さや価値に繋がる魔法使いにとって若く見られることほど侮辱的なことはない。彼女とて百年を生きる魔法使いなのだ。

 

「今日はとても調子が良いの。これで沈みなさい」

 

 彼女は空に手を掲げる。魔力が熱を帯び、いつしかそれは何倍もの体積を大きな球体となって夜の幻想郷を照らした。

 

()()()()()()()

 

 今のパチュリー・ノーレッジが持つ最大級の魔法。彼女自身、一度は危険過ぎて封印した魔法。膨大な熱量は魔力を介さずとも相手を焼き尽くす。核を撃ち抜く、なんて甘い方法は対抗手段になりえない。これはもはや魔法ではなく、ただの破壊なのだから。

 

「はっ」

 

 だから、ヴィグラスは笑ってみせる。同じ魔法使いとして、彼と彼女ではとてつもない才能の隔たりがある。僅か百年と少しの研鑽で、その魔法技術はヴィグラスの五百年に匹敵していた。魔力量もまた、ヴィグラスよりパチュリーの方がずっと多いだろう。

 

「甘く見るなよ」

 

 杖を回し、ロイヤルフレアに正面から立ち構える。

 

Die Sonne geht unter(夜よ、訪れよ)

 

 それは、太陽とは真逆の絶対零度。いや、マイナス二百七十三度では収まらない。吸熱の魔法陣。

 

「この熱量を全て冷却しようと言うの……!?」

 

 無謀だ、パチュリー・ノーレッジは吐き捨てる。数千度にも達する熱を、たかが一魔法使いの力で打ち消せる訳がない。彼女自身、指向性を持って放たれたら防ぐことは出来ないと確信しているのに。こんな島国に潜んでいる田舎者に出来る筈がない。

 

「一つ、言っておいてやる」

 

 ロイヤルフレアが、水蒸気を上げた。

 

「お前のその魔法は、五百年前には通り過ぎた」

 

 その温度は急激に減少し、ついにはゼロに至る。熱を閉じ込めていた魔力は霧散した。

 

「う、そ……」

「まだやるか?」

 

 ヴィグラスの体に魔力はまだ残っている。それは正確ではないとパチュリーの洞察力は見抜いてはいた。

 彼が持つ杖。そこから魔力が流れ出し、補給し続けている。おそらくは、長い年月をかけ少しずつ溜め込んできた余剰ストック。それはいったい、パチュリー何人分に匹敵するだろう。

 勝てない、彼女はそう確信してしまった。杖がなければ、あと百年後だったなら。たらればの話は現実には意味がない。ヴィグラス・ウォーロックという魔法使いは彼女の何倍もの魔力を貯蓄していて、百年は先の魔術を知っている事実に変わりはない。

 

 不敵な笑みを浮かべながら、ヴィグラスはクリアなままの思考で考える。彼の知識に従えばあと一人、もしくは二人。かつて相対したことのある吸血鬼を考えれば、二人を相手取ることは不可能だろう。何より、それまでの三者に魔力を使い過ぎた。そろそろ潮時かもしれない。何も一人で皆殺しにしろという話ではないのだ。ここまで優位に勝負を運べたのは、ひとえに彼だけが持つ情報によって、ある程度の有利を得ていたからに過ぎない。それでもなお想定以上の消耗をさせられている。

 

「凄いじゃない。パチェまで負けちゃうなんて」

 

 拍手の音が聞こえる。背丈の一等低いドレス姿の少女が、ゆっくりと歩いてくる。青とも銀ともつかぬ髪をナイトキャップで隠し、笑みからはみ出した鋭い犬歯が彼女の凶暴性をこれ以上なく主張している。

 背筋に冷たいものが流れる。かつて八雲紫と相対したときと同じ、隔絶した実力差を思い知らされるプレッシャー。

 

「レミリア・スカーレット」

「私の名前を知っているのね。愚かな侵入者さん」

 

 紅魔館の主、永遠に幼き紅い月がそこに居た。逃げるか、それはもう不可能だ。

 

「あなたにはとても興味があるのだけど」

 

 あくまで自然体、それが何より恐ろしいものであることをヴィグラスは知っている。

 

「敵対者を逃がす趣味は無いわ」

 

 次の瞬間には血で象られた深紅の槍が彼を貫いていた。

 

 

「やっぱり居ない」

 

 ヴィグラスの家に入り込んだ魅魔は、部屋の主の姿が見えないことに嘆息した。どうせそんなことだろうとは思った、と眠っている魔理沙を起こさないように彼の書斎まで歩いて行く。

 

「隠し事が上手なのか下手なのか分かんないね。何か隠してるってことはすぐバラすくせに。それが何なのかは教えちゃくれない」

 

 何処に行ったのかまるで見当がつかない。書斎に何か手がかりが残っていれば良いのだが。彼がそんなヘマをする筈が無いと分かっていて、それでも何か動いていないと落ち着かない。

 

「ん……」

 

 書斎に入ってすぐ、彼女は違和感を覚えた。

 部屋があまりにきれい過ぎる。元々散らかす方ではないとはいえ、生活感すら消してしまうほどの潔癖症ではない。夜逃げでもしてしまうかのように、誰かが居たという痕跡を全て消してしまっている。

 何より、彼がずっと書き綴っていた魔導書すら消えていた。

 

「嫌な予感がする」

 

 魅魔は自分の髪をぎゅっと握る。真夜中に、心がずっとざわついている。怨霊の勘と言うべきか。

 

「死期を察した猫じゃないんだからさ。こういうのは本当にやめてよね。魔理沙を一人にするつもりなの?」

 

 私を一人にするつもりなの? とは言えなかった。

 

 不意に空が明るくなって彼女は窓から外を覗いた。雲間に隠れていた月が姿を現したのか、その予想は完膚なきまでに外れる。

 

「なにあれ」

 

 太陽がそこにあった。パチュリー・ノーレッジの放ったロイヤルフレアという魔法であることは見抜けずとも、偽物であることは魅魔にもすぐに分かった。そして、ヴィグラス・ウォーロックがその炎と同じ場所に居ることも感じ取る。異変があれば、それはヴィグラスに寄るものだ。長年の腐れ縁が結論を一瞬で導き出す。

 

「やっぱりそういうことじゃないのさ!」

 

 玄関まで戻る時間も惜しい。窓を開け、そこから魅魔は飛び立つ。秘密主義の親友を助けるために、誰よりも速く飛び立とうとその髪をたなびかせた。

 

 

 手応えの無さにレミリア・スカーレットは眉をひそめた。肉を切り裂いた感触が無い。魔法使いが骨と皮だけで生きているようなひ弱な生命体であることは理解しているつもりだが、それでも不自然過ぎた。だが、現に目の前で貫かれ血を吐いた男が死んでいるではないか。そこでようやく彼女は状況の異様さに気がつく。

 

 血の匂いがしない。

 

Durchdringen(貫け)

 

 身を捻ったレミリアの右半身が吹き飛ぶ。衝撃はなかった。まるでその空間だけが抉り取られたかのように、彼女の体は消滅した。

 

 ヴィグラスの得意とするものは転移魔法。座標を合わせ、遙か那由多へと飛ばしてしまう。肉体ではなくその空間に作用する防御不可能の一撃。言葉にすれば無敵の一撃だが、実際はとても実戦で使える代物ではない。戦っている最中に相手の位置まで正確に座標計算し、完璧なタイミングで発動する。コンマ一秒でもズレれば虚無を動かすだけだ。一発限りの隠し玉は、吸血鬼に致命傷を負わせるには至らなかった。

 

「やってくれるわね」

 

 失われた部分の血が脈動し、新たにレミリアの体を作り上げる。失われた服の部分も血が覆い隠し、傍目には大怪我のようにも見えるだろう。だが、即死でなければ吸血鬼の再生能力の前には掠り傷と同じだ。

 

「名前を聞いてあげるわ。光栄に思いなさい」

「なんだ、死ぬ前に相手の名前を聞いておきたいって感傷か?」

「違うわよ。名前が分からないと墓標に書く文字も刻めないじゃない」

「言ってくれる」

「それに」

「それに?」

「私の名前は知られているのに、あなたの名前が分からないのは不公平でしょう?」

 

 子供っぽい理屈だ。相手は知ってるのに自分が知らないのはずるい。そんなワガママが許されるだけの能力が彼女にはある。は、とヴィグラスは笑ってみせる。

 

「ガキのワガママに付き合ってられるか」

「そう、残念」

 

 再びレミリアが大地を蹴る。偽の景色を伝えて誤魔化すのももう通用しないだろう。彼は杖を手放し、魔法陣から彼女のものによく似た槍を取り出すと真っ向から打ち合う。

 

「ぐっ……」

 

 いくら身体能力を魔法で嵩増ししても、鬼のパワーには敵わない。ゴム毬のように弾き飛ばされ、大樹を足場にしてどうにか体勢を立て直す。すぐさま地面に向かって飛び落ち、体を一回転させるようにして追撃するレミリアの横を通り抜けた。さっきまで居た大樹がバターのように斬り落とされた。

 

「いい武器ね」

「吸血鬼にとっちゃ曰く付きさ」

 

 串刺し公がオスマン・トルコを撃退する際に使われた、無数の血を吸った呪いの槍。数千もある槍のうち一つではあるが、逸話が持つ狂気は銘品と呼ぶに足る。

 

Blitz(雷よ)!」

 

 雷が降り注ぎ、一角の獣がいななきをあげる。ヴィグラスが使役する中で最も強い幻獣だ。降り注ぐ雷鳴に流石のレミリアも足を止める。しかし、

 

「邪魔よ!」

 

 彼女が生み出した弾丸一つで一角獣の体が消し飛ぶ。そして、そのままヴィグラスへと無数の弾丸が降り注ぐ。一発一発が致死性の弾幕を地面を駆けて避け続ける。その間にレミリアの手には二本目の槍が握られていた。

 

「スピア・ザ・グングニル」

「ッ! マザーグース・アポトーシス!」

 

 投擲された槍が突き刺さるぎりぎりのところで、開かれた魔導書が槍を吸い込んだ。一瞬の静寂、そして反射するように赤い槍がレミリアへと向かう。初速を超えた一撃は、彼女の右手によって簡単に掴まれた。

 

「なんでもありね、あなた」

「テメエに言われたくはねえな」

 

 紙一重のところで凌いではいるものの、趨勢は明らかだった。かたや肩で息をする魔法使い。かたや手痛い反撃を一度受けただけの吸血鬼。

 

「やっぱり名前が知りたいわ。死ぬ前に教えてちょうだいよ」

「断る……つったろ」

「そ」

 

 もう一度槍を振り抜こうとする、その眼の前で異変は起きた。

 

「げほっ、ごほっ」

 

 ヴィグラスが血を吐いて膝をつく。咳が止まらず、手で口を押さえて動くことすらままならない。地面に這いつくばり、立ち上がろうと何度も足に力を込め、苦痛に顔を歪ませる。

 レミリアは槍を下ろし、警戒しつつ立ち止まった。自分の一撃が何処かに当たっていたか? 答えはノー。腹立たしいことではあるが、こちらの攻撃は全ていなされた。もし身体能力が同等だったなら、負けていてもおかしくなかった。では、自分と戦う前に何か傷を負っていたか。それも違う。パチュリーと咲夜が軽くあしらわれていたのはこの目で見ていた。美鈴も違う。彼女の攻撃に遅効性のものは無い。

 

「あなた、病に侵された身で戦っていたというの……?」

 

 考えられるのはそれしか無かった。魔法使いは不老だが不死ではない。傷で死ぬこともあれば、病に沈むこともある。パチュリーだって喘息持ちだ。程度は違えど似たような境遇と言える。だが、立つのも不確かな体であれだけの大立ち回りを演じていたということが、彼女には信じられなかった。

 

「だったらどうした。テメエは命を獲りに来た相手が隙見せてるのにぼうっと立ってんのか」

 

 肺尖カタル。それがヴィグラスの持つ病の名前だった。いずれは治療され、恐ろしくはなくなる病。だが、この時代にはまだ、そしてヴィグラスが掛かった時代にはまだ一つの治療法すら存在しなかった。発覚した時点で死が確定した呪い。紫にも、魔理沙にも、魅魔にも伝えていなかったタイムリミット。

 だが、この命のやり取りで、明日の死など関係ない。

 

「そいつが傲慢じゃなくてなんなんだ……!」

「なっ」

 

 レミリアの足元に巨大な魔法陣が浮かび上がる。逃げようにももう間に合わない。

 いったいいつから。準備している素振りは見せなかった。いつの間にこれ程大規模な術式を用意していたのか。

 

「杖……!」

 

 パチュリーの言葉にレミリアの視線も動く。そう、最初にヴィグラス投げ捨てた杖。森近霖之助謹製の魔力を貯蔵した杖が、遅効性の罠となってずっと魔力を張り巡らせていた。先程までの戦い全てがフェイク。自分の病さえ仕掛けの時間稼ぎに使ってみせ、檻の中に閉じ込めてみせた。

 

「……ヘブンスパーク!」

 

 眩い光が降り注ぎレミリアを包み込む。魔力をそのまま破壊力に変換して叩き込む。シンプル故に最も居高い威力を誇る魔法。如何に吸血鬼といえど直撃すればただでは済まない。

 

「はぁ……」

 

 ヴィグラスの限界が近いことも事実だった。自分の魔力も、杖に蓄えた魔力ももう残ってはいない。血を失って視界が霞む。体を起こしていることも苦しくなり、仰向けに寝転んだ。照らす月明かりを影が覆う。

 

「……まだ、動きやがるか。バケモノめ」

「それはあなたの方でしょ。ここまで完璧に手玉に取られたのは初めてよ。負けを認めても良いくらい」

 

 魔力の奔流を全身に浴び、ボロボロになったレミリアが彼の側に立つ。何度体が滅んだかは分からない。吸血鬼出なかったならば間違いなく死んでいただろう。

 紅き槍を彼の首元に当てる。だが首を刎ねることはない。

 

「……どうして殺さない」

「敗者に勝者を殺す権利があると思う?」

「甘ちゃんが」

「それはあなたもでしょ?」

 

 負けを認めたのは、手玉に取られたからだけではない。

 

「あなたは二度、私も殺せる機会があった」

 

 一つは右半身を削り取った時。もう一つは今。彼女を罠にはめ、全ての魔力をぶつけた時。確実に殺せたかは定かではない。だが、()()()()()()調節していたのは分かる。

 

「それにも関わらず殺さなかった。だというのに私がここで息の根を止めるなんて。プライドが許さないわ」

「……好きにしろ」

 

 不貞腐れて倒れたままそっぽを向く。どちらにしてもヴィグラスに反抗する力は無い。結局は強いものに生殺与奪の権利は与えられるのだ。彼女が殺さないと決めたなら、彼にはどうしようもない。

 

「知られているからって名乗り忘れていたわね。私はレミリア・スカーレット、紅魔館の主よ。三度目になるけど、あなたの名前を聞かせてちょうだいな」

「……」

 

 彼は苦虫を噛み潰したような顔をした。

 

「……ヴィグラス・ウォーロックだ」

「ヴィグラスね。ねえ、あなたの魔法本当に凄かったわ。パチェにも教えてあげてよ」

「悪いが……弟子は既に一人居るんでな。これ以上はキャパオーバーだ」

「そう? それは残念ね」

 

 レミリアは特に落胆した様子もなく。

 

「咲夜! 丁重にお帰ししてあげなさい。病人よ」

「……かしこまりました」

 

 やっとのことで蜘蛛の糸から脱出した咲夜は不満そうに鼻を鳴らした。一手で無力化されたのが悔しかったのだろうか。それでも主の命令は絶対だ。美鈴を呼び寄せ、ヴィグラスを持ち上げようとする。

 たった一夜の間に行われた魔法使いと吸血鬼の戦いはこれにて幕を閉じた────筈だった。

 

「ねえ、お姉さま。殺さないのなら私が()()ちゃっても良い?」

 

 その場に居た全員が、恐怖で強張った。子供らしく甘ったるい声は、けたけたと挑発するように笑う。

 

 

 

 

 

「──きゅっとしてドカーン」

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