東方雷魔伝~the story of magician's master~   作:溶けた氷砂糖

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続きました。転生ものなのに転生直後をかかないという暴挙に出ていますが、これにはちゃんと理由があったりするので許してください。何でもしますから


第2話

「さて、そろそろ本音を話してもらおうか」

 自分勝手な怨霊をどうやって引きずり出そうかと考えていたヴィグラスだったが、魅魔は彼の予想に反して家の中でさながら家主のごとく寛いでいた。流石のヴィグラスもこの暴挙には唖然として何も言えなかった。魅魔はその隙を突くように浮かび上がっていた少女を抱き抱え、失禁していることを確認してから彼女の服を脱がす。ヴィグラスは即座に目を逸らし、魅魔が少女を彼のベッドに勝手に寝かしつけるまで視界に入れないようにしていた。別に年端もいかない少女に欲情する様な変態ではないが、目を逸らさなければ魅魔にうるさく何か言われると分かっていた。それが終わってようやく彼は自分の椅子に座る。魅魔も残された椅子に乗り、そうしてヴィグラスが放ったのが冒頭の一言であった。

「やっぱりバレてたか。ヴィグラスはこういうの本当に鼻が利くよねー」

 対する魅魔もそれほど驚いた様子はない。全て手のひらで転がされていたのではないかと疑いたくなる。昔から用意周到で意味深長な彼女なら有り得ない事ではない。そのことが彼をさらに苛立たせる。良いように動かされたことではない。わざわざ回りくどい手口を使われたことについてだ。

「あの服、相当な値打ちもんだ。それに本人の肌が白い、日頃から外に出ているようには見えない」

 おおかた何処かの箱入り娘だろう、と彼は聞く。彼女の素性は知識としては知っている。しかし自分に知識があることは誰にも教えたことは無い。だからこそ念押しするような、あたかも推論であるかのように彼女は聞く。魅魔は何も反論しなかった。元々するつもりがないのか、ただ静かにヴィグラスの話を聞いている。紅茶を淹れ直すべきだったか。重い雰囲気は喉に悪い。詠唱呪文も扱う彼に喉の渇きはより凶悪に意識を揺さぶる。しかし彼に一度話を止めるという選択肢は選べなかった。むしろ少女が起きてしまう前に話を終わらせてしまうべきだとすら思う。

「ついでに基本飛んでるてめえがついてこられるってのもおかしな話だ。だけどな、そんなことはどうでもいい」

 今までの話の時点で既に魅魔の話は論破されたはずだった。ついてこられるはずが無いと、少女には霊力も妖力も、ましてや魔力も持ち合わせていないのだから。それでも、他に簡潔な言葉でそれを説明する言葉を持たなかった彼はあえてその言葉を使った。

「あの魔力量はいったいなんだってんだ・・・・・・!?」

 ヴィグラスのこめかみには冷や汗が流れていた。

 魔力というものは水に例えることが出来る。万物に作用し、或いは魔力そのものが形を変えて作用する。あくまで使用される力のことであり、それ単体では力を持たず、また存在も出来ないエネルギーが魔力だ。そして魔力を水に例えた時、魔法使いの身体は革で作った水袋に近いものがある。貯めておける(魔力)には限りがあり、それを超えてしまえば零れてしまう。使い続けることで伸ばしたり、継ぎ接ぎして内容量を増やしたり、はたまた別の水筒を用意することで本来扱える以上の魔力を使うのが魔法使いだ。もちろん通常の人間にもその魔力袋はあるが、中身は空である上に入る量もなけなしだ。修行をしなければ自然中を流れる水を掴むことは出来ない。

 だが、魅魔が連れてきた少女。霧雨魔理沙は少々異なっていた。彼女の魔力袋は人間の域を超えた異常な大きさを持っていたのだ。中身が空であるとはいえ、現時点で既に何百年も修行したヴィグラスに劣らぬ程の魔力を貯めておける。修行をすれば彼よりも遥かに大きなものになるだろう。それだけならばまだいい。ヴィグラスでも平均よりは多く持ち合わせているが、生まれつきそのような才能を持っている者だって居ないわけではない。彼が言っているのは彼女の出自だった。

「どうして人間の子があんなモン持ってやがる」

 先程の話は種族としての魔法使いに限った話である。魔力量は親の血に大きく依存する。だから魔法使いは血統を大事にするのだ。過去に英雄視さえされた大魔法使いの家系ならば彼女の魔力量もけしておかしな話ではない。だが、一般の人間から出てくるはずの魔力量では無いのだ。必要に駆られなければ生物は進化しないように、魔法という概念を知らなければ魔力を持つはずがない。いや、魔法を知っていたって長年の蓄積が無ければ存在しえないものだ。しかし、霧雨魔理沙は現に異常、もはやそうとしか言いようのない水準にまで達している。一度はエルフの取り替え子ではないかと疑ったほどだ。取り替え子なら人間の基準で語ることすら間違いなのだと思えたから。そして魔力を用いて調べた結果、彼女は正真正銘の人間だった。

「分かってて連れてきたんだろ。答えろよ」

 魅魔は何も言わない。答えるつもりがないのではない。口元を手で隠していることから、どう説明すればいいのか悩んでいるようだった。魅魔も曲がりなりにも魔法使いの一端である。彼女が気付かないで連れてきたとは考えづらい。いや、分かってて連れてきたのだと考える方が自然である。

「いやー、私もあの子の体質については知らないよ?」

「あ? じゃあなんで」

「だってさ、あの子独力でも魔法を覚えようとするよ」

 魅魔の言葉にヴィグラスは言葉を止めた。独力で魔法を覚えるなんて聞いたことがないし、魔術書を持ち合わせていても不可能だ。彼女の言っていることは言葉の綾だろう。つまり、少女がそれだけ魔法に執着しているということを言っているのだ。

「あの子はいわゆる座敷牢って奴でね。外の世界をほとんど見たことがない」

 それは初耳だった。彼の持つ知識の中では霧雨魔理沙という魔法使いは実家から勘当されているという知識だけで、その背景については書かれていない。まさか軟禁されているとは心にも思っていなかった。

「なんでそんなことを知ってやがる」

 ヴィグラスが聞くと、魅魔は悪びれることもなく答えた。

「そりゃ私が忍び込んで聞いた話だからね」

 黙る青年に言葉を続ける怨霊。魅魔が語ったのは、彼女の魔法的素養の話ではなかった。彼女の人には珍しい金色の髪。特殊な髪の色というのはその者に魔術的、妖力的な才能のあることを示している。だから彼女が普通の人間と違うことは家のものにはすぐに分かったようだ。しかし、少女の家は人里でも力のある家、それも商人の家系だ。変な噂が立つのを恐れたのだろう。彼女を屋敷の一室に閉じ込めてしまった。会う人全てが他人行儀で触れようとせず、彼女は腫れ物のように扱われ続けた。殺さなかったのは外聞を恐れてか、それともなけなしの愛情というものがあったのか。どちらにせよ、彼女は孤独であり続けた。

「そんな時に私がやってきたってことさ」

 魅魔がさもつまらなさそうに言う。出会いたくなかったと言わんばかりの言い方だ。それが今から三ヶ月前の話。彼女はたまたま出会った少女にせがまれて様々な話をした。その中にはヴィグラスの話も入っていて、それを聞いたヴィグラスは嫌そうに顔をしかめる。自分の話をされるのは誰だって気分の良いものではない。しかもそれが魅魔と出会った時の話であるとなれば、彼は思い出したくもなかった。それで、と過去の話に逸れ始めた魅魔に続きを促す。むりやり切られた魅魔は不満そうな顔を隠そうともせずに話を元に戻した。

「それで、魔法を習いたいと言い出したのが今から一週間前」

 何故魔法を習いたいなどと言い出したのか。すやすやと気持ちよさそうに寝ている少女が魔法に関わるきっかけは魅魔で間違いない。しかし、彼女の体質は本人にも教えてないと言う。

「魔法使いがそんなにいいもんに見えたのか」

「少なくともあの子にとってはね」

 ぎしり、とヴィグラスの椅子が軋んだ。掴んでいた肘掛けの先端が砕けて彼の手の中に収まっていた。彼なりに思うことがあるのだろう。ヴィグラスはそれを床に投げ捨てた。それでもまたささくれだった肘掛けを握りしめる。滲む血がぽたりぽたりと床に広がった。

「あの子は存在意義を求めてる。あの時の私と同じさ。今までの自分が生きていないように思えるんだよ。閉じ込められて自由の意味も知らなくて。そんなときに映った魔法使いってのが何よりも輝いて見えたんだろうね。だから彼女は魔法使いになろうとする。たとえ一人だろうがそれは変わらない。ヴィグラスだって分かるだろう? 鳥籠から飛び出した鳥はもう戻れないんだよ。彼女にはもう選択肢がない」

「・・・・・・てめえは、だからってあいつをここに、俺の所に連れてきたってのか」

「それが最善だと思ったからさ」

 最善、魔法使いにすることが最善なのか。ヴィグラスは喉の奥から込み上げてきた叫びを必死のことで押し留めた。彼女にそんなことを言っても仕様がない。あくまでも自分の経験でしかないのだから。かっと血の昇った頭を冷やすために椅子により深く座り込み、大きく深呼吸をする。魅魔は続きを話すのを止めた。ヴィグラスが落ち着くのを待っているのだろう。

 息を整えて、ヴィグラスは魅魔の言葉を反芻した。そして当然のことに思い当たる。魅魔があの少女の味方をするはずがない。魅魔がお人好しなんかでないことは彼自身よく知っていた。あの少女が魔法使いにならなければ危険である、その理由があるのだ。それが無ければ辻褄が合わない。ハッと顔を上げたヴィグラスに呼応して魅魔が懐から何かを取り出した。それは魔力の篭ったおはじきだった。

「これは?」

「あの子の作った魔法道具(アーティファクト)さ」

「あいつの・・・・・・!?」

 ヴィグラスが驚愕の表情で霧雨魔理沙が作ったというおはじきを改めて眺める。何の効果も付与されていない、魔力があるだけのアイテムだ。だが、その魔力はヴィグラスのものでも魅魔のものでもない。むしろ自然界に存在する希薄な魔力をむりやりに集めたような印象を与える。魔力を持たない少女が作ったと信じるにはまだ根拠が足りないが、彼はそれを信じることにした。信じたというよりは、口を挟んでも意味が無いのが正確な所だが。

「もちろんあの子が意識して作ったわけじゃない。いや、それの方が問題なんだけどね。あの子の才能は本物だよ。もしかしたら噂に聞く次代の巫女にも劣らないかもしれない。だけど学んだことのないあの子には、絶対に魔力の使い方は分からないよ」

 もし変に魔力を持ってしまったあの子が暴発させたらどうなるか、分からないわけではないだろう? 魅魔は意地の悪そうな問いを投げかける。そう、学ばずとも魔力を集める力を持ってしまっている少女が、無制御のまま魔法に似たものを使おうとすれば、辺りには何も残らないだろう。おそらく部屋一つでは済まない、家一つで済めば良い方だ。最悪の場合人里その物が地図から消え去るかもしれない。そうすれば幻想郷そのものの危機だ。かつては外の世界で生きていた彼らも今幻想郷が無くなれば存在を保っていられるかどうか分からない。前世の知識を持っているヴィグラスは生きていられないだろうと確信する。

「私が教えるってのも考えたんだけどさ。私は人にものを教えたことなんてないし、そもそも私は住処を持ってないからね。あの子を無事に育てる自信は無い。殺すのは殺すのでどうにも勿体ないし。だったらアンタに預けるのが一番良いと思ったんだよ。私よりもはるかに長い経験を持っている」

「だったら俺が魔法を教えることが大嫌いだってことも知ってるだろうが。魔法使いならこの森に他にも居る。そっちに渡せばいいんじゃねえのか」

「はっはっは、私は会ったこともない連中を信用したりなんてしないよ。変に弄られて周り巻き込んだ自滅でもされたら堪ったもんじゃない。あの人形遣いの嬢ちゃんになら任せられるかもしれないけど、あっちも強情な人嫌い。どうせ説得に骨を折るんだから、それならより信用出来る方を選ぶさ。アンタの方が長生きだろう?」

「本当にそれだけの理由か?」

「ん? まあ、ちゃんと理由を説明すれば、アンタなら断らないと思った、ってのもあるけどね」

 お人好しだから、と彼にとっては不名誉な言葉で締め括られる。露骨に嫌な顔をするヴィグラスだが、突然立ち上がると、深く眠り込み、もう数時間は起きないだろう無垢な少女の前に立つ。召喚魔法に使ったのとはまた別の魔道書を取り出して、羽ペンで空中に文字を描き出す。

「何をするつもりだい?」

「封印を掛ける。教育するにもあの魔力量は邪魔だからな。半減くらいはさせておくさ」

「引き受けてくれるのかい?」

「土手っ腹に風穴開けられてえか」

 振り向かずに言ったヴィグラスに圧されて魅魔はふるふると首を振った。

 

 

 封印を終わらせたヴィグラスは魅魔を強制的に帰らせて、自分も家から外に出る。夜の森はわずか視界の先すらも闇に溶かしてしまい、ただ言いようのない不安だけをひたすらに煽り立てる。ヴィグラスは灯りを点さないまま、足元を気にするそぶりもせずに歩を進める。向かう先は森の更に奥深く。間違っても他の誰かが居る場所には行きたくなかった。それは孤独になりたかったからではない。

「いい加減覗き見はやめろ」

「やっぱり気付いてらしたのね」

 何処からか聞こえてくる艶かしい声。みしり、と歪みで裂ける音がして空間が切り開かれる。その中から数え切れないほどの目が彼を射抜く。底知れぬ不安を掻き立てる無機質な目。ヴィグラスは初めてこれを見た時に、醜悪な見た目や直接的な危害が無くとも、恐怖というものは容易く感じられるものなのだと思い知らされた。ク・リトルリトル神話の怪物を想像させる無数の目の狭間から姿を現したのは、輝くばかりの黄金の髪を振り撒く少女。見た目だけならば霧雨魔理沙より二つか三つ年上に見えればいい方だろうか。夜だというのに日傘を差し、似合わない紫のドレスを揺らして彼女はそこに立っていた。

「時空の歪みがあったからな。そんなのをずっと開いておけるのはアンタくらいしか居ない」

「それに気付くのも大概だと思うのですけれど」

「俺の専門に近いからな。それで、ずっと盗み見して何の用なんだ、紫さんよ」

 あらあら、とわざとらしく首を傾げる少女。余りにも幼い所作だが、放たれる妖力は、彼女が抑えていることを加味せずとも冷や汗を流す程度にはおどろおどろしい。八雲紫、ヴィグラスの知識の中にもある大妖怪だ。幻想郷を構築しているのは他ならぬ彼女であり、作中でもトップクラスの実力を持つとされている。彼も実際に会った時に格の違いを痛感した。底が見えないのだ。彼女の能力がどれだけの力を秘めているのか分からない。彼女の境界を操る能力は、ヴィグラスの召喚魔法に似た部分もあるが、根底がまるで違う。文字通り次元が違うのではないかと疑われる程に、彼女の能力の汎用性は高い。

「あら、お邪魔してはいけなかったかしら」

「アンタと俺はそんなに親しい仲だったか?」

 八雲紫とヴィグラスは一度しか顔を合わせたことがない。どうしてこのタイミングで姿を現すのか、ヴィグラスは静かに警戒レベルを上げていた。紫も張り付いた胡散臭い笑みで自分が開いた時空の隙間に腰を下ろす。

「先ずはあの女の子を引き取ってくださったことに感謝しますわ」

「アンタに感謝される謂れは無いな」

「貴方にとってはそうかもしれませんわね。でも私にとってもあの子の扱いにはほとほと困り果てていましたの」

「どういうことだ?」

 ヴィグラスが聞くと紫は薄く笑って目を細めた。スキマの目にも劣らない威圧感と引き込まれそうな妖艶さを併せ持つ視線は、彼をただ苛立たせるだけに終わる。格上相手にそのような態度を取れる。その点で紫はヴィグラスのことを評価していた。大妖怪とは得てして対等な相手を持てない宿命を持っているから、軽口を叩く相手は貴重なのだ。もう少し未来の話で、博麗霊夢が妖怪に好かれるのと同じ理屈である。

「簡単なこと。殺すか、生かすか。どちらにするべきかという話」

 どこでだって優れた才能の芽を摘むのはやるせないことだから。幻想郷は全てを受け入れる、その理念を掲げたのは彼女だ。同時に幻想郷の崩壊という危険性も考えれば彼女が悩むのは道理である。しかし、ヴィグラスにはどこかが引っ掛かった。何か明確な矛盾があったわけでもないが、何処か足りないものがある。嘘を言っているようにも思えないが、真実をありのまま語っているようにも思えない。だからヴィグラスは聞いた。

「本当にそれだけか?」

「それだけ、とは?」

 紫が怪訝そうな顔つきになって聞き返す。日傘がくるりと回されて、放つ妖力が僅かに強くなる。

「他にも何か、隠してるんじゃないかって話だ」

 紫はしばらく何も答えなかった。ヴィグラスはこの瞬間に何かが裏にあると確信する。前世からの知識も大いに含まれた偏見ではあるが、本当に何も無いのなら適当なことを言って煙に巻かれるだろうと思っていた。それが何も言われないのは、彼女が何かを隠していて、なおかつ彼に話しても大きな問題は無いということだ。だからヴィグラスは待った。力づくでなんて無謀なことはしない。そうすれば捕まえることも出来ず、聞くチャンスも失われる。実力差は誰よりも理解していた。

「あの怨霊の言うとおり、貴方は勘が良い。そうね、貴方には話してもいいでしょう」

「やっぱり何かあるのか」

「ええ、幻想郷の新しい仕組みについてですわ」

 仕組み。と言われてヴィグラスの頭に浮かぶのは、東方Projectというゲームの真髄。

「スペルカードルール」

「スペルカード・・・・・・」

「ええ、放つ攻撃の美しさで勝敗を競う、実力差を埋めるシステムですわ」

「弾幕ごっこか」

 言ってからしまったと思った。弾幕ごっこなんて単語は今の幻想郷には無い。もし紫が同じ単語を思い浮かべていたとしたら、不審がられるのは間違いなかった。しかし、紫はキョトンと目を丸くしてそれからにやりと得意気に笑った。

「なかなかいいセンスをお持ちなのね。それ、採用しましょう」

「マジかよ」

 疑われないのは良かったが、重要な単語をこんな簡単に決められてしまって良かったのだろうかと少し悲しくなるヴィグラス。紫はそれを呆れられていると思ったのかごほんと大きく咳払いして話を逸らした。

「とにかく、人間でも妖怪と戦えるって形が欲しいのよ。そのためには人間側にその弾幕ごっこが出来る子が居ないといけない」

「それがあのガキってことか」

 弾幕ごっこの名称には触れないで、ヴィグラスは彼女が魔理沙を弾幕ごっこの参加者に仕立てあげようとしていることを察する。しかし人間ならば博麗の巫女が居る。わざわざ他の人間を連れてくる必要があるのか。そう問うと紫は首を縦に振った。

「むしろ博麗の巫女ではいけないのですわ」

「どうしてだ?」

「博麗の巫女はそもそも妖怪と戦うだけの力があるからスペルカードルールの恩恵が薄いというのが一つ。もう一つは、博麗の巫女を倒せる、というのがこのルールの根幹だから」

「・・・・・・つまり結界を気にせず妖怪が暴れられるようにしたってことか」

「御名答」

 ヴィグラスに取っては知っている知識だから当たり前だが、紫からは察しの良く話の分かる魔法使いに見えたことだろう。紫がここから先を話すのは、彼が信頼出来る相手だと判断したからかもしれない。協力者として彼のことを求めたのだろう。

「最近妖怪が大人しくなっているのは知っているでしょう?」

「大人しいってよりは、か弱くなってるな。昔ならもっと暴れ回ってるだろうに、人里の外でも夜は静かなもんだ」

「ええ、それは博麗の巫女に一方的に退治される存在に、妖怪がなってしまったということなの」

「妖怪が力を蓄えられなくなったってことだな」

 博麗の巫女は結界を守る存在、そして同時に妖怪退治も司っている。妖怪は巫女を殺すことが出来ないのに対し、博麗の巫女は気兼ねなく全力を振るえるのだから妖怪側に覇気がなくなるのは致し方ないことであった。だが、それは妖怪が人間に恐れられなくなるということである。幻想郷の理念が崩壊しかかっているのだと紫は語る。妖怪の山に住むことを許された妖怪なら名前だけで恐れられ、生き延びることが出来るが、名前も知られていない動物の怪異や驚かせることだけが能の低級妖怪には今日の飯すら得がたいものだろう。

「特に先代の巫女は人間の味方として真面目だったから」

「妖怪のために人を囲ってたのが、人に妖怪が飼われてんのか。本末転倒だな」

 ヴィグラスの皮肉に紫は言葉を返さない。返せないと言った方が的確だったろう。先代の巫女はどうしようもなく人間好きだった。無論妖怪好きで成り立つ役割でもないのだが、魔法の森に引き篭るヴィグラスにも噂が届くほどに、妖怪に容赦の無い人間の味方だった。倒す必要の無い妖怪すらも退治してしまうほどに。その結果妖怪が弱体化したのは自然の摂理である。

「だけど、スペルカードルールなら妖怪を救える」

「それで恐れが得られるのか?」

「ええ、妖怪が人間相手に力を示せれば、あとは妖怪という名前のみで糧は得られますわ。その力を示す手段が弾幕ごっこ」

「なる程ねえ。よく考えられたものだ。で、俺はあのガキに弾幕ごっこでも教えてりゃいいのか?」

「いえ、スペルカードルールの構想まだ完成してませんわ。知っている存在は最低限にしておきたい。私が頼みたいのはもっと簡単なこと」

「・・・・・・あれを魔法使いにするなってことか」

「本当に、察しの良い御仁ね」

 紫はこくりと頷いた。この魔法使いというのはあくまで種族のことである。つまり人間をやめさせないでくれ、と紫は頼んでいるのだ。魔法使いならばそれこそ吐いて捨てるほど居る。だが、魔法の使える人間はおそらく一人も居ない。その特異性を失わせないでほしいということだろう。

「ま、元から魔法使いにするつもりなんざねえけどな」

「あらそうなの?」

「魔法使いになったところでいいことなんか一つもねえ。生まれた時からってんなら仕方ないが、人間をわざわざ魔法使いに下げる必要は無い」

「随分と卑屈なのね」

 卑屈と言いながらも紫は心の中で驚いていた。人外というのは多かれ少なかれ自分の種族にプライドを持ち合わせているものだ。魔法使いは探求者でもある故に、彼らの持つ自尊心は他よりも高い。しかしヴィグラスは自分達魔法使いを人間より下にあると見ていた。ヴィグラスにある前世の記憶と、今の体になってからの苦い過去が彼にそう言わしめているのだが、事情を知らない紫には伝わらない。彼女からは魔法使いが幻想の存在であることをよく理解した聡明で皮肉屋な魔法使いにしか映らない。その評価もけして間違いではないのだが、多少過大評価のきらいがあることは否めないだろう。魔法使い嫌いの魔法使い。ヴィグラスとはその程度の存在でしかないのだから。

「でも、それなら安心ですわ。貴方に任せることが出来る」

「アンタに任される謂れはねえ」

「ふふ、そうね」

 小馬鹿にしたような笑みにヴィグラスの眉間の皺が増える。紫がわざと煽った言い方をしていることを理解しているのだろう。煽られて怒っているというよりも煽られたそのことが気に食わない様子だ。紫も煽られた訳では無いのだと即座に理解して話を戻す。

「いずれ、博麗神社に連れてきてもらうこともあると思いますわ。そのときまで、弟子の教育頑張ってくださいね」

 それだけ言い残して紫はスキマの中へと消えていく。残されたヴィグラスは流れ出る汗を手で拭おうとして、未だ流れた血を拭き取っていなかったことに気付き、治癒魔法で傷を治す。見た目には何もなくなったがじんじんと滲むような痛みは気付いてしまったらなかなか消えない。

「クソッ、嫌な予感しかしやがらねえ」

 傍にあった木を素手で殴り、ヴィグラスは苛立たしげに吐き捨てる。生まれ落ちた当時は夢にまで見た原作キャラとの邂逅。しかし現実を知ってしまった彼には面倒ごとの匂いしかしなかった。元々原作への介入などという絵空事はとうに捨てていたのだ。今更目の前にぶら下げられても困る。彼にはチートと呼べるような強力な能力など無いのだから。

 兎にも角にも先ずはあのガキと話さなきゃならんのか。ヴィグラスはこれからのことを思い出してさらに憂鬱になったが、だからといって放り投げるわけにもいかないと考える程度にはお人好しでもあった。

 家に戻ると少女はようやく目を覚ましていたようで、ベッドから出ないまま辺りをきょろきょろと見回していた。動かない方が賢明だと考えたのだろう。入ってきたヴィグラスと目が合って、少女は喜びとも落胆とも、或いは恐怖ともつかない曖昧な表情を浮かべて目をそらす。ヴィグラスは気にもせずに、壊した椅子を修復し、もう一度腰掛ける。そして少女の反応を顧みずに一方的に言い放った。

「今日からてめえは俺の弟子だ。死にたくなけりゃ言う事を聞け」

 これが普通の魔法使い、霧雨魔理沙が産声を上げた瞬間であった。

 




少女二人と主人公が会話するだけで1話が終わってしまった件。次回からはちゃんと魔法修行の話をやると思います。
紫さんはヴィグラスとまともに喋ったことなかったけど今回のでだいぶ面白いと感じた様子。ヴィグラスは面倒くさいのが増えそうだと憂鬱そうです。

っていうかヴィグラスの能力出そうと思ってたのに出てないや。たぶん次回出ます。
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