東方雷魔伝~the story of magician's master~   作:溶けた氷砂糖

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第3話

「これは何ですか?」

「そいつはハライタケって言ってな、妖力に反応して発光する。魔法の触媒にも使えるな」

 机の上には書き掛けの便箋と、広げられた風呂敷があり、いっぱいに物が置かれている。多種多様なキノコ類だ。そして机の上に並べられたキノコの一つを少女が指差す。背の高い青年が指差された奇妙な形をしたキノコについて逐一教えてやっていた。魔法使いになるための修行、その初めは触媒に関する知識を得ることだった。魔法使いにとって触媒とは、言うなれば自転車の補助輪のようなものである。魔法を行使する際に足りない分の魔力を補填する。そのために魔法使いは触媒を用意する。逆に言えば魔力量さえ足りていれば触媒を使う必要は無いとも言える。ヴィグラスも普段は手間のかかる触媒など使わないし、魔理沙も本来の魔力量だったならば知る必要は無かっただろう。しかし、今の彼女はヴィグラスから封印を受けている。本人の預かり知らぬ所ではあるが、今の彼女は人間程度の魔力しか持てなくなっているのだ。強大な魔力は扱うことも困難だ。長年魔法に携わってきた者ならともかく百も生きていない少女に出来る道理は無い。ヴィグラスは彼女に普通の魔法使いとして成長してもらうつもりだった。封印を解くのは彼女が大人になって人間を辞めることを決めた時で良い。人間で居るならば魔法など必要ないのだから。

 それにしても、とヴィグラスは心の中で呟く。まさか、自分が霧雨魔理沙にキノコについて教えることになるとは。彼の知識にある彼女はキノコを良く触媒として使っていた。だから転生して魔法使いになっていた彼もキノコを主に用いていたのだ。それが巡り巡って彼女に知識が渡っている。矛盾しているようで矛盾していない、不可思議な事実に自嘲せずには居られなかった。

「お師匠様、これは」

「そっちはドクツルタケだ。毒があるから間違っても食おうだなんて思うなよ」

 白いキノコに触れようとした少女の手を払う。触ったくらいならば害は無いが、少々ヴィグラスも神経質になっているようだ。人間の弟子など取ったことが無いし、そもそも魔法を教えたことすらもまともにないのだ。強いて言うなら魅魔が適当なことをやってるのを見かねて助言を幾つかしたくらいで、当然物を教えるということを知らない。

 気を取り直して並べられたキノコを一つ一つ簡潔に説明していく。さっきのハライタケのように魔法に使えるもの。ドクツルタケのように毒があって危険だが、だからこそ薬品を作るのに適したもの。もしくはただ食用になり、似た形の毒キノコが無いキノコ。教えられるだけ教えるのが彼の仕事だ。命を預けられた責任だと彼は考えていた。魔理沙も真剣な表情でヴィグラスの説明を聞く。確かにその姿だけ見れば師弟のように見えるだろう。魔法を後回しにすることに魔理沙がもっと駄々をこねると思っていたが、彼女は案外に冷静だった。現実家であったと言いかえてもよい。自分が今するべきことが何なのかを理解していて、ヴィグラスに反発することにメリットがないことも分かっていた。

 ヴィグラスはそんな少女の健気な様子を見て、気付かれないように溜息を吐く。彼女には才能が溢れている。魔法使いとしての、探究者としての限りなく大きな才能が。知らないことを学ぼうとする好奇心と、身の程を知り、けして境界線を越えない慎重さ。もし魔法使いの道を選ばなければ商人としても大成したはずだ。ただ一つ、必要の無かった才能が彼女の正しい人間として生きる道を塞いでしまった。そのことがヴィグラスには残念でならなかった。

 そして彼にとってさらに憂鬱な相手もそろそろやってくる頃合だ。普段ならば一週間に一度くらいの頻度だったのに、魔理沙を弟子にとってからは何故か毎日決まった時間にやってくる困った悪霊。

「やあ元気にやってるかーい!?」

「あっ、魅魔様」

「来やがった・・・・・・」

 意味も無く高いテンションでやってくる魅魔に目を輝かせる魔理沙と諦観した様子で頭を抱えるヴィグラス。正反対の反応だが、魅魔はその程度でへこたれるようなやわい精神は持ってない。そうでなければ疾うの昔に自我を失うか昇天していただろう。むしろそうであってくれれば良かったのに。憎まれっ子世にはばかるとはこのことか。ヴィグラスはまた一つ何か学んだような錯覚すら起こしていた。

「で、まだ魔法は教えないのかい」

 一頻り反応を楽しんだ後、魅魔は唐突に尋ねる。冗談半分、本気半分といったところだろうか。流石にまだ早いのは分かっているが、魔理沙が魔法を使うのを見てみたいのかもしれない。だが、ヴィグラスはすぐに否定の言葉を返す。

「そんな段階じゃねえ。触媒なんてのは本当なら数年間掛けて学ぶもんだ。お前がおかしいんだよ」

 おかしい、というのは僅か半年で魔法の基礎を修めた目の前の怪物のことである。最初は魔理沙ではないが独力でやり切ろうとして魔法の森を焼け野原にしかけたのだ。目に余ったヴィグラスが簡単な説明と初心者向けの教本を放り投げたら自分独特の魔法を作り上げてしまったのだ。もちろん構成は甘く、まだ本に書いてある基礎魔法の方が幾分か使えるのではないかと思うようなお粗末な出来栄えではあったが。オリジナルの魔法を作り出すというのはかなりの労力を必要とする。魔理沙にも劣らない天才であったのだろう。本人はそんな大層なことをしていないと嘯いているが。

「この子はおかしくないの」

「・・・・・・優秀ではある」

 少なくとも昔の自分よりはよっぽどか吸収しているだろう。教えた物事を実に良く覚えているのだから。半年では足りないが、一年少しで魔法を学ぶ段階に入れるだろう。ゲームではもっとお調子者というイメージがあったのだが、実際こうして教えていると陰鬱な秀才という印象を感じる。これから変わっていくのか、それとも本来はこんな性格であったのか。どちらにせよ、自分の中での魔理沙像を修正しなければならないと思ったりもしていた。煩いよりはマシだとヴィグラスはそれ程気にもしていないのだが。

 それよりも問題なのは魔理沙が魅魔のことを尊敬の眼差しで見ていることだ。もしかしたら原作での性格は彼女のせいかもしれないと思うと追い出したいところではあるのだが、どう足掻いても魅魔を完全にシャットアウトすることなどできない。せめて悪影響だけは与えないでほしいものだが、当の本人は何処吹く風と気侭な相手だ。

「それで今日はこれから何しに行くんだっけ」

「キノコ取りだよ。一人でも見分けがつくようにならなきゃ困るからな」

 隠す必要も無いのでヴィグラスが投げやりに答えてやると、魅魔の表情が僅かに固くなる。無意識のうちの、むしろ何かを隠そうとして起きた硬直だが、ヴィグラスは目敏くもそれに気付く。

「なんだよ」

「いや・・・・・・」

 魅魔は一度口篭るが、意を決して再び口を開く。

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「・・・・・・いつまでもここに置いとくつもりはねえ」

 返事には幾らかの間があった。そっぽを向いたヴィグラスがどんな表情をしているのかは分からない。

「それは、そうなんだけどさ」

「馬鹿な事言ってねえでついてくるんなら準備しろ。てめえを待つつもりはねえぞ」

「・・・・・・うん、そうだね」

 魅魔は追及しなかった。ヴィグラスの態度がおかしいことには気付いていたのに。煩いから黙れ、邪魔だから出ていけというのがいつもの彼の反応だ。魅魔のことなんて欠片も気にしないし、魅魔もそんな関係が普通だと思っている。悪口を叩き合うのがお似合いな二人の関係。そう表現するには今の彼は優しすぎる。まるで触れてほしくないことがあるかのように感じられた。繊細で、ガラスのように脆い。分かっていても見たことのない彼の調子に圧されたのもある。だけど、何よりも今口に出せば自分を抑え切る自信がなかった。

「魅魔様も一緒に来てくれるんですか?」

「そうだねえ。ま、誘われたしね」

「嫌なら来なくてもいいんだぜ」

「行くに決まってるじゃないか」

 皮肉な言い方をするヴィグラスだが、やはりその台詞にキレはない。先の探り合いを全く理解出来なかった魔理沙はただ無邪気に喜んでいる。その幼さが二人の間に浮かぶ気まずい雰囲気を吹き飛ばしてくれるようだった。

 

 

 まだ昼頃だというのに魔法の森は相変わらず暗い。それでも今はヴィグラスが魔法で灯りを飛ばしているからそこまで恐ろしさは感じない。獣道であるとはいえ先がはっきり見通せるからだ。魔理沙が前を歩く二人の服の裾を握っているのは、単純な魔法の森への怖さというよりも襲われた記憶が残っているからだろう。身に染みた恐怖はそう簡単には消えない。ヴィグラスだって魔法の森に良くない思い出の一つや二つ持っているし、あまりとやかく言うつもりもなかった。別にこんな陰気臭い場所でなくても触媒は取れるし、無理して居場所を決める必要はないのだから。ただ、魔法の森が一番適しているのは間違いないので、出来れば克服してもらいたいものである。

「で、キノコってのは大抵陰気臭い所に生えてる。例えばこういう腐った木の裏とかな」

 触るのを怖がる魔理沙には目もくれずに腐り果てた木片をひっくり返すと、ぞろぞろと蜘蛛の子を散らすように虫が逃げていく。虫嫌いなら気を失ってもおかしくないような光景に魔理沙が声にならない悲鳴を上げる中、魅魔が手を出して自生していたキノコを引っこ抜いた。赤く細長いそれを見て魅魔は嫌な顔をする。

「さっさと捨てろ」

「あいよ」

 言われるがまま、魅魔はその赤いキノコを燃やしてしまった。雑な扱いに火事にでもならないだろうかと彼は眉を顰めるが、そこは魅魔も魔法を学んだ身である。見事にキノコだけを燃やし尽くして、周りには火の粉一つ残っていない。

「今のキノコは危険だから見つけても絶対に触るなよ」

「は、はい」

 まだ虫を見た怖気が取れていないのかかくかくと機械のような首肯だけを返す弟子に早く慣れろと言いたくなるのを堪えながら、さっき魅魔が拾い上げたキノコの説明を始める。カエンタケと呼ばれる比較的有名なキノコだ。触れるだけで皮膚の爛れるという毒キノコの中でも危険な性質を持っている。魔法使いですら迂闊に扱えば危険な代物である。魅魔の霊体という特性があったからこそあの程度で済んだのだ。ただの人間である魔理沙には危険過ぎる。

 魔理沙がより強くしがみつくようになったのをやや鬱陶しく思いながらもヴィグラスは森の探索を続ける。灯台下暗し、という言葉もあるように自分の身近というのはなかなか見えないものだ。だからこそよく見て知っておかなくてはならない。いざというとき役に立つように、或いは足を取られてしまわないように。

 自分達で動くキノコ、動物に寄生するキノコ。人間には想像しえないようなものはたくさんある。それに今回はキノコに限ってこそいるが、それ以外の薬草や毒草にも触媒になるものは存在する。歩きながらそれぞれを詳しく説明するのは骨が折れることだろう。面倒そうな顔をしてはいるものの、苦しい顔一つしないところヴィグラス本人も楽しんでいるのではないだろうか。魔理沙もようやく奇っ怪な生態系に慣れてきたのか少しずつ自分からも動き始めるようになってきた。魅魔も常に寄り添うように彼女の後ろをついていき、危険なものには触れさせないようにしている。その姿はどうしてだかピクニックに来た家族のようにも見えた。好奇心旺盛な娘に過保護な母、無口で無愛想な大黒柱。団欒の空間に新しい影が現れたのは、綺麗な池の畔で小休憩を挟んでいる最中だった。

「あら」

 座るのに手頃な大きさの石に腰掛けたヴィグラスの耳に、鈴の震えるような透き通った声が届く。少し高く聞こえた声はおそらくは少女のものだろう。少しの驚きと親しみを感じさせるのは、相手が自分達のことを知っているからだろうか。ヴィグラスには聞き覚えがない。しかし呼びかけられたからには知り合った仲なのだろう、そう思って振り返った彼の目が捉えたのは、確かに記憶にある姿だった。一足先にその正体に気付いた魅魔が喜びの声を上げる。

「おお、アリスじゃないか」

「貴女が居ると嫌な予感しかしないのよねー」

 愛想笑いを引き攣らせながら、手をわきわきと動かす魅魔から一歩後退る金色の髪と赤いカチューシャの特徴的な少女。人形のようだと形容するのが正しいのだろう整った顔立ちに西洋風の服装。彼の記憶にあるアリス・マーガトロイドという少女と瓜二つである。いや、彼の記憶は前世のものなのだからアリス本人で間違いないか。現に魅魔は彼女のことをアリスと呼んでいる。

「あー、誰だか分からんかった」

「ああヴィグラスはほとんどアリスと会ってないからね」

「昔はもっとちびっこくなかったか?」

「前に会ったのが何十年前だと思ってるのかしら」

 実はヴィグラスは昔にアリスと顔を合わせたことがある。その時も魅魔に怒鳴ったものだった。しばらく顔を出さないかと思ったら、突然メイド姿の幼女を引き連れて戻ってきたのである。聞けば魔界に行ってきて力づくで言うことを聞かせてきたというのだから魔理沙の時よりもさらにタチが悪い。魔界は魔法使いにとってメッカと呼ばれる場所である。空気の代わりに濃密な魔力に溢れ、魔界に住む人々は魔力を摂取するだけで生きていけるという。ヴィグラスも過去に何度か修行も兼ねて行ったことはあるが、誰かと友好関係を築くこともなく帰ってきていた。そもそも街に入らなかったのだから人と出会う機会もなかったし、そのつもりもなかったのだ。そんな場所に何故魅魔が行ったのか。それは当時あったある問題が影響していた。

 先々代の博麗の巫女の頃だったのだが、博麗神社の裏手に魔界へとつながるゲートが開いたのだ。その代の巫女は異変と認定し解決に向かったのだが、なんとその時に興味半分で後ろを尾けていったらしい。開いた口が塞がらないヴィグラスを他所に魅魔は土産話を幾つもしてやったが、その土産の一つが件の少女だった訳である。その後紆余曲折を経てメイドは魔界に返されたが、数年前くらいから再び幻想郷に修行としてやってきたのだ。ヴィグラスも話くらいは聞いていたが、成長した彼女を見るのは初めてだったので、声で気が付かなかったのも無理のないことだろう。

「で、てめえも休憩か?」

「まあそんな所よ」

 アリスの側を漂う人形は水筒を抱えていて、どうやら新鮮な池の水を取るのが目的らしい。魔法使いという種族は水を飲まずとも生きていけるが、必要が無いことと必要としないことは違う。要らないと分かっていても頭が水を欲するのだ。アリスもそんな所だろうとヴィグラスは適当に当たりをつけた。

「でも噂は本当だったのね」

 アリスは下がった足を前に進め、今度はこちらに近付いてくる。興味の対象はヴィグラスでも魅魔でもない。初めて見る相手に怯えて魅魔の後ろに隠れている魔理沙の目の前までやってきて、その頭を優しく撫でた。驚きに肩を震わせるが、敵意が無いことは少女なりに分かっていたようで、逃げ出そうとする様子は無い。むしろ撫でられて気持ちが良さそうに顔を綻ばせている。

「噂って何のことだ」

「あの白黒魔法使いが弟子を、しかも人間の子を引き取ったって」

 ヴィグラスが白黒魔法使いと呼ばれるのはそれ程珍しいことではない。白とも取れる髪色に黒のメッシュ。服装ともかみ合って白黒と呼ぶのにまさに相応しい格好なのだ。それなりに名は知られている。しかし、どうしてそんなことが噂になるのか。魔法使いはそもそもが閉鎖的な連中の集まりである。自分の研究結果を盗まれてしまわないように他人との関わりを絶つのだ。逆に他人の研究を知ろうと風聞には常に耳を傾けているが、誰々が弟子を取ったなんて一銭にもならない情報が出回るのは不自然ではないだろうか。

「自分のことになると案外ズボラなのね」

「どういう事だよ」

「魔法の森で一番の古株は貴方なんでしょう? 皆貴方の知識を得ようと躍起になってるのよ」

 だから些細な噂も耳に入るのだとアリスは言った。確かに自分がここにやってきた時は誰も住み着いてはいなかったが、まさかそんな扱いをされているとは思わなかった。ヴィグラスは今一度自分の家のセキュリティを強化しなければならないと心に誓った。ただ、先を取られて困る研究など今はしていないのだが。

「それで、貴方達は何をしてるの? ピクニック?」

「そんな所よ」

「ちげぇよボケ」

 適当なことを言う悪霊を黙らせてから「触媒の調達だ」と素っ気なく説明する。

「思ったよりも本格的に教えてるのね」

「半端は嫌いなんだ」

 これは事実であった。中途半端なことをしてメリットなど無い。封印さえしてしまえば実は魔理沙を弟子にとる必要などは無かったとも言えた。当面の危機は去ったのだから何食わぬ顔して人里に戻してしまえば良かったのだ。それをしなかったのは、ヴィグラスが魔理沙の能力を封じたことに罪悪感というものを感じていたからである。いや、罪悪感と言うのには少々利己的なものだろうか。八雲紫の言う通り優れた才能の芽を摘むことが憚られたのである。それに封印がいつ解けるかも分からない。だから魔法使いとして必要な知識だけは教えこもうと考えていたのだ。そんなこと他の誰にも、魅魔や魔理沙にさえも言うつもりはなかったが。彼には言えない理由がある。

「へえ、成長したら面白そうね。最古の魔法使いの唯一の弟子か」

「誰が最古だよ。そんな歳食ったつもりはねえぞ」

「外の世界で魔法使いなんてもうほとんど居ないじゃない。千年を生きる魔法使いなんて貴方くらいしか知らないわ」

「それでも魔界では若輩者なんだろうな」

 魔界はそれこそ何万年の単位で生きている存在ばかりだ。千年などこちらでも妖怪なら簡単に越えてくる。平安時代なんて妖怪達が最も跋扈していた時代だ。天狗や鬼のような大妖怪なら普通にそれだけの歳を重ねているだろう。

 しかし、ヴィグラス程の魔法使いが少ないのもまた事実である。彼と同じ頃に生まれた魔法使いは後一人か二人でも居れば良い方では無いだろうか。せいぜいが二、三百歳くらいだろう。その年齢を越えたら魔法使いの数が急速に減少する。どうして若い魔法使いばかりなのか、その理由を身をもって知っている彼は思考をそこから先には伸ばさずに叩き切った。

 アリスはそこまで言葉に深い意味は持たせていなかったようで、あっさりと話題を別のものに変えた。

「それに、貴方の専門がなんだか未だに知らないのよね」

「召喚魔法ってことくらい誰でも知っているもんだと思ってたがな」

 人の弟子のことまで知っているような連中だ。一番隠してないことを知らないはずはないだろう。何か思惑があってカマをかけているのか。

「どうも引っ掛かるのよね。でも聞くのはマナー違反よね」

「ああそうだな」

 ヴィグラスの専門は転移魔法と召喚魔法で間違い無い。しかし、ヴィグラスはアリスに対して警戒を強めた。といっても、これも秘密というほどのものでもなく、魅魔辺りは知っているのだが。魅魔しか知らないとも言えるが、そもそも彼の話し相手が彼女くらいしか居ないので仕方の無いことだろう。

 そんな話をしていたら時間はあっという間に過ぎていた。他にも世間話をしていたせいもあるが、そろそろ最初に思い描いていたルートに戻らなければ日が暮れるまでに家に帰れないだろう。魔理沙に夜の森はまだ早過ぎる。ヴィグラスは次の場所に移動することを決めて、魅魔達に声を掛けた。

「おい魅魔、魔理沙。休憩は終わりだ」

「もう行くのかい?」

「元々長居するつもりなんかねえよ。来客があったから長引いただけだ」

「そう、どうやら邪魔しちゃったみたいね。それじゃあ魔理沙ちゃん。また会いましょう」

「またねーアリスお姉ちゃん」

 歩き出すヴィグラスにつられて魅魔と魔理沙もカルガモの群れのように後ろについていく。アリスはもう少し池に留まるようだ。優しい笑顔で手を振る姿がヴィグラスの記憶に重なって、彼は目を背けた。見続けてしまえば必ず彼の古傷を抉ることになるから。

「色んな魔法使いが居るんですね」

 魔理沙が声を弾ませる。アリスに遊んでもらえたのがよほど嬉しかったのか、子供らしい感情だ。そして、アリスが本当に優しい性格であることも彼女は見抜いている。子供は悪意に対して人一倍敏感だ。他の変な魔法使いに出会わなくて良かったとヴィグラスは思わないでもなかった。もっとえげつない性格のものも少なくないのだ。吐き気を催すような相手にも何度か会ったことがある。

「しっかし、人気者だね。最古の魔法使いさんよ」

「うるせえブン殴るぞ」

「おお、怖い怖い」

 少しだけだが、元の調子に戻ったヴィグラスを見て、魅魔は嬉しそうに笑うのだった。

 

 

 十分過ぎるほどの触媒を集め、魔理沙が歩き疲れて動けなくなったのを切っ掛けにしてヴィグラス達は自分の家に戻ってきた。魔理沙は今は魅魔の背中ですやすやと寝息を立てている。

「随分はしゃいでたねこの子」

「もっと大人しい奴だと思ってたんだがな」

 魔理沙は初めこそ袖にしがみついていたものだが、途中からは自分で探し始めるようになり、ヴィグラスが保護魔法をかけて自由に探索することを許可したのだ。だから途中から思い描いていたルートから離れてしまったが、このような理由でなら構わない。自分の意思で足を運ぶことは魔法使いとして最も大事な素養だ。失敗を恐れては成功は得られない。それでも魔理沙のはしゃぎようは驚くほど激しいものだった。その姿にヴィグラスは思わず魅魔が二人居るのではないかと疑ったほどだ。

「今まで発露の仕方を知らなかっただけだよ」

 それもお前みたいだな、とヴィグラスは思ったが口には出さなかった。初めて彼女に会った時も、彼女は内に溜めた感情を捨てることが出来ていなかった。出来ていないのに、投げ捨てようと振り回すものだから周りを傷付けてばかりいた。発露ではなく鈍器として用いていたのだ。誰かが壊さなければならなかった。その役割がヴィグラスに回ってきたのは何よりも不幸であろう。思い出したくもない記憶だ。

 そんなことを考えてたら魅魔は話を変えてきた。あの頃の話をするとヴィグラスの機嫌が悪くなることを知っているからだろう。つまり、同じことを魅魔も考えていたのだ。

「ところで、机の上にあった書き掛けの手紙はなんだったの。放り投げていったけど緊急の用事じゃなかったとか」

「なんでお前そんなとこ見てんだよ・・・・・・」

「偶々目に入ったのさ。それで何、ラブレター?」

「退治すんぞクソ幽霊。あれはちょっとした依頼だよ」

「依頼?」

「ああ」

 ヴィグラスはそれ以上答えなかった。魅魔は少しムスッとしながらも、背中に魔理沙が居るから悪戯を仕掛けることも出来ず膨れっ面で彼の横を歩く。

「ねえ」

「なんだよ」

「・・・・・・なんでもない」

「そうかてめえはそんなに喧嘩売りたいか」

「いやいや違うって。本当に何でもないから」

 勇気を出そうとしたが無理だった。行く前に一度むりやり切られた会話。あれはどういうことだったのか。心の底では分かっているが認めたくない気持ちが彼女の喉を震わせたが、聞いてしまえば認めざるを得なくなるという恐怖が彼女の息を塞き止めた。

 またも言葉が無くなる瞬間。ヴィグラスがポツリと言葉を漏らす。それはきっと魅魔に向けたものだったのだろう。独り言のような声で、明らかに話しかけていた。

「霖之助に魔法道具(アーティファクト)の作成を頼むつもりだったんだ。あれはあいつに宛てた手紙だ。香霖堂に居てくれればいいんだが、どうやら霧雨道具店の方に居るらしいからな。お前にでも持って行かせようとしたんだ」

 森近霖之助。ヴィグラスが魅魔の次に会話を多くしている原作キャラである。といっても悪友なんて関係ではなく、とことんビジネスライクなのだが。彼に魔法道具の作成を依頼しようとしたのは単純に原作にそういう設定があるからだ。霧雨魔理沙の使っていたミニ八卦炉は霖之助の作である。それに、ヴィグラスの愛用している杖も彼に作ってもらったものだ。アイテムを作らせることに関しては彼を越えるものは居ない。おそらくは河童ですらも越えられないだろう。

 だが、魔法道具は必ずしも必要という訳では無い。それなりに自分を確立した魔法使いは使うことを好むが使わないオーソドックスな魔法使いも少なくない。魅魔にはやはり何処か焦っているように思えた。最悪の予想だけが彼女の頭を離れない。

「ん、ん・・・・・・?」

「起きたか。もう家だ」

 まだ眠そうな呻きを上げながら大きな伸びをするのを背後に感じる。魔理沙が起きたことで二人の間に残るしこりは隠された。けして消えた訳では無い。

 彼女が願わくば希望の光となるように、悪霊であるはずの魅魔はそんなことを背中の幼き少女に願っていた。

 

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