東方雷魔伝~the story of magician's master~   作:溶けた氷砂糖

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今回はちょっと短め


第4話

 草木も眠る丑三つ時。闇の中にぽつりと灯りだけが浮かんでいる。夜は妖怪の時間だが、魔法使いはむしろ日中に活動することを好むというのに、ヴィグラスは自分で作り出したその魔法の灯火だけを明かりにして、机に向かい羽ペンを羊皮紙に走らせていた。特にヴィグラスは人間だった頃の記憶から夜はいつも早くに寝ていたのに、わざわざ起きているのは今でしか出来ない事があるからだ。手癖のまま書き間違えて、消しゴムでは消えないインクを魔法で取り除く。こんなときはパソコン、とまでは望まなくてもノートやシャープペンシルくらいは欲しくなるものだ。羽ペンの方が使い続けている時間こそ長いものの、魂に染み付いた記憶は簡単には消えない。機械に頼った世界で生きた彼に取っては近代的な道具の方が遥かに使いやすかった。外の世界の年代を予測するに、紫に頼めば手に入るかもしれないが、そんなことをすれば彼女はヴィグラスのことを疑るだろう。聡明な彼女ならその先まで気付いてしまうかもしれない。自分の過去を知られることだけはどうしても避けたかった。前世の記憶、そしてゲームの知識(未来の記憶)。紫ならばいったいどう悪用するか検討が付かないからだ。ヴィグラスは八雲紫という妖怪のことをまだ信用していなかった。そもそも彼が信用している相手など魅魔と森近霖之助くらいだが、彼が他人に心を開かない事実を軽視しても、彼女は疑わしいと感じられる。妖怪の賢者とまで言われる程の大妖怪だ。原作にある知識以外にも後ろめたいことを腹に一つも二つも隠しているのだろう。

 それに、使いにくいのは事実だが、今使っているペンに愛着が無いわけでもない。古臭い相棒は自分がまだ若かった頃から使っている何百年を超える代物だ。こまめに手入れし、魔法で保護しながらも使い続けた結果、魔力を帯びて魔法陣を書くことにも転用出来るそれをそう簡単に変えられるものでもない。魔法陣を書くのに良く用いられるのが血である以上、代用品があるだけでかなりの価値を持っている。

 こうして、物を書いている時が、紅茶を一人で飲んでいる時と並ぶ、ヴィグラスの最も安らげる時間だ。魔理沙はぐっすりと眠っていて起きる気配は無く、うるさい悪霊もやってこない。孤独で居られる僅かな一時。筆を止め、窓から覗く弓なりの月を見上げながら、ほう、と息を吐く。それはいつもの諦観混じりの疲れた調子ではなく、心からリラックスしているような、落ち着いた雰囲気。彼を知る者からは驚かれるかもしれない、どことなく優しさを感じさせる顔付き。ヴィグラス・ウォーロックという魔法使いの本質が其処には有った。長い生命の中ですり減った心の一端はこんな時にしか出せなくなっていた。

 静かに浮かぶ月が太陽の光を反射して青く光るのを詩人が如く見つめ、再びペンを走らせ始めた。カリカリと呆気なく紡がれる文字の音が谺して、ヴィグラスの耳朶を打つ。意識が音に傾いたとき、風切り音も混じっていることに気が付いた。こんな夜中にやってきて、しかも飛んでくる相手なんてヴィグラスは一人しか知らない。優しげな雰囲気はすぐさまなりを潜め、如何にも面倒くさいといった顔に変わる。

「こんな夜中になんだ」

「いや、灯りが見えたからちょっとね」

 ヴィグラスが窓を開けてやると、魅魔も心持ち大人しめの口調で窓の前まで降りてくる。魔理沙を起こさないように気をつけているのだろう。外からのそよ風がヴィグラスに僅かな違和感を運んできたのだが、彼はすぐにそれを忘れた。否、忘れようとした。それは魅魔の台詞に対するものだ。しかし、彼女の思考など何を考えて行動してるのかも分からない。妖精なんかと似たものだ。深い理由があるわけでもないだろうと切り捨てる。ヴィグラスにとって今一番重要なのは至福の時間を潰されたことだ。これだけで叩き出すには充分な理由だが、魔理沙が寝ているのに騒ぐわけにはいかない。苦虫を噛み潰したような顔で耐えているヴィグラスを他所に魅魔は彼の手元にあった羊皮紙に気が付く。

「また魔導書を書いてるのかい」

「まあそんなところだ」

「こんな夜中に精が出るねえ」

「あいつが寝静まらないと書く時間が取れねえからな」

 魔理沙が邪魔をすることなどないだろうが、ヴィグラスの方が腰を落ち着かせられないのだ。やや潔癖症なヴィグラスは他人がいることを何よりも嫌う。現に今も筆を置いてしまっていた。魅魔が居座っているのにおちおち書いてなどいられない。

「どれどれ」

 それをいい事に魅魔が先程までヴィグラスが書き込んでいた羊皮紙に目を落とす。魔法の基礎から事細かに書いてあるのは魔理沙への教本にするためだろうか。しかし、魅魔の顔は怪訝なものに変わる。

「へえ、普通の文字で書いてるんだね」

「それがどうした。あのガキに使わせるんだ。別に暗号化する必要なんてないだろうが」

 魔道書とは本来自分の研究を後世に残すためのものであるが、同時に自分の能力を誇示するための存在でもある。赤の他人に研究成果を奪われないためにも通常は暗号化し、魔法を持って他人には見えないようにする。それを読むことが出来るのは書いた本人と、本人に認められた一握り、そして著者よりも高い能力を持つ魔法使いだけである。

 しかし、ヴィグラスが書いていたのは端々の尖った癖のある日本語。暗号もかけられてないし、魔法でロックもされていない。それこそ唯の人間でもなんと書いてあるか分かる程に易しい。もちろん、一般人が読んだところで内容を理解できるとも思えないが、こんな魔道書を書く魔法使いなどほとんど居ない。魔理沙に読ませるため、というのは最もらしく聞こえるが、直接教えてやればいいだけの話である。

 それでも魅魔は追及しない。

「ん、そうだね。いやてっきりもっとレベルの高い奴かと思ったから」

「自分の研究なんてやってる暇ねえよ」

「一時期は必死にやってたくせに」

「いつの話だいつの」

 ヴィグラスの記憶の中でもそんなことをしていたのは何十年も前、それこそアリスがメイドとして拉致されるよりも昔の話である。忘れっぽい彼女が良く覚えているものだ。自分が過去に仕出かした不始末は綺麗さっぱり忘れているのに。

「あっ」

 そうだそうだ、と魅魔が何かを思い出して小さく手を叩く。

「ちゃんと例の手紙送っといたよ。報告明日にしようと思ってたけどせっかくだから今言っとく」

「おう、それ明日になったら忘れてやがるパターンだな」

「そん時はヴィグラスから聞いてくれるでしょ」

 几帳面なヴィグラスのことをよく知っているからこその一言だが、言われた方は不愉快極まりない。自分を当てにされるのは嫌いだ。他人に頼られてもろくなことがない。

「まあまあ、ちょうど明日からしばらく戻ってくるって言ってたよ」

 ヴィグラスが膨れているのを感じ取った魅魔は宥めるような口調で霖之助からの言伝を伝える。それも面白くないヴィグラスはチッと舌打ちを一つする。だが、告げられた内容自体は本人にとって喜ばしいものだったようだ。僅かに口角がつり上がる。

「そいつは好都合だな。いつ帰ってくんのか分からねえよりもよっぽどいい」

「すぐに行くのかい? まだ魔法も教えてないのに」

「教えてねえからだよ。魔法道具ってのは性能が良ければそれで良しってもんじゃねえ。どれこれ構わず使いこなせんのはお前くらいだ」

 魔法使いらしからぬ魅魔の発言に呆れかえって、そして相手が誰なのかを思い出して。諦観の思いで息を吐く。魅魔に魔法道具の話をしても無駄だ。根本的にズレているのだから。

「え、なんで?」

「相性ってもんがあるんだよ」

 好奇心に満ちた目でこちらを見つめてくる悪霊に顔を引き攣らせながら、彼は丁寧に説明してやる。

「合わないもんは使えねえ。合ってるってのにも程度がある」

 例えば野球選手のグローブやサッカー選手のスパイクを想像してもらえば分かり易いだろう。サイズが違えばそもそも扱うことは出来ないし、サイズが合っていても人によっては使い心地が全く異なる。実力のある魔法使いほど自分に合った魔法道具を好んで使う。ヴィグラスの杖も、霖之助のところへ数年通い続けて共に作り上げた至高の一品だ。或いはアリスの使う人形もその一例と言える。

 魔理沙は天才だ。もう数年もすれば魔法を人並みに扱えるようになるだろう。その時に合わせて魔法道具を与えてやるつもりだった。その時の魔力量ではおそらく妖怪に太刀打ちできないから。人の身で何年修行しようが魔力というものはそう簡単に増えはしない。スペルカードルールに参加させるならその部分を補う必要がある。しかし、魅魔はまだそのことを知らない。だからこそ別の可能性に目を向けてしまっているのだろう。

「私には分からないや」

「お前にはな。知らなくてもいいことだよ、普通なら」

 ヴィグラスの普通とは、魔法使いとしてなのか。それとも人間としてなのか。魅魔には判断することが出来なかった。

 

 

 翌日、ヴィグラスは魔理沙の世話を魅魔に任せて、魔法の森の出口へと向かう。目的地は香霖堂。魔法の森の外れ、妖と魔法使いの境界に構えられた道具屋だ。入口周りには雑多なガラクタが投げ捨てられ、控えめに掲げている看板が無ければ廃屋と勘違いしてしまいそうな埃かぶった外見のせいで、中に人の気配はない。前情報では少なくとも一人は居るはずなのだが、その気配すらないのはおそらく店の奥にある自宅に篭っているのだろう。商売っけのない店主ならば有り得ることだ。

 積み上がったガラクタはヴィグラスから見れば懐かしさを感じさせる外の世界の電化製品であったり、彼が思わず古いと思ってしまうような古代の品だったりと統一性がない。その殆どを彼は説明できるのだが、店主に知恵を貸したことは一度もない。店主の性格からして面倒なことになるのが分かりきっているからだ。

 ヴィグラスが今にも壊れそうな木製の引き戸を乱暴に叩くと、奥の方からどたどたと室内で何かが動く音がする。その音が近付くのを待たずに彼が引き戸を開けると、大きなテレビを跨ぐような格好で青年が止まっていた。ずれた眼鏡を直し、胡乱な目でこちらを見据える。ヴィグラスの白金の髪よりはやや煤けた、灰色に近い白髪をぼさぼさと頭で掻きむしり、青年は唯一整理された机に戻っていく。そのついでに放置されていた椅子を一つ引っ掴んで自らと向かい合うように机の前に置いた。そこに座れ、という意思表示だろう。ヴィグラスもそれに従う。大の男が動いたせいで舞った埃に咳き込みながら、品物と思われる床のガラクタを避けて進む。

「やあ、何年ぶりになるかな」

「最後にあったのは三十年前くらいじゃねえか?」

 その時はどうして顔を合わせたのだったか。もしかしたら杖の整備をしてもらったのかもしれない。あの頃は魔法の森の治安が悪かった。幾つか理由はあるが、一つは先代巫女の人間贔屓に妖怪達が反発したこと。そして、外の世界で細細と暮らしてきた魔法使い達に幻想郷の存在が大々的に知れ渡ったことだ。新参者の中には特に柄の悪い魔法使いが多かった。自分の研究のために篭りきりになることが多い種族だが、他人の研究を奪うことに喜びを見出す輩も少なからず存在する。才能の無い魔法使いはどうにかして這い上がろうともがき、優秀な魔法使いの知識を盗もうとするのだ。悪知恵を働かせれば、世間知らずの不意を討つのは難しいことではない。ハイリターンが待っているなら、危険なことに足を踏み込むのはおかしなことでは無かった。

 狙われる魔法使いの中にはヴィグラスも当然含まれている。ヴィグラスの家を狙うのは流石に無理だと感じたのか、盗人は直接彼を襲ってきた。ヴィグラスも適当に追い払っていたのだが、何度か襲撃を受け、撃退する中で杖の調子がおかしくなってしまった。そこで人里に身を潜めようとしていた霖之助に様子を見てもらったのだ。彼が無理を言うくらいには森近霖之助という半妖は信頼出来た。

 それで、と霖之助が声のトーンを一段階下げる。

「あの子が、君の元に居るというのは本当なのか」

 あの子、とは考えるまでもなく魔理沙のことだろう。霖之助が昨日まで働いていた霧雨道具店は彼女の実家だ。座敷牢にされていたとはいえ、霖之助がその存在を知っていても不思議なことではない。それも見据えてわざと手紙に魔理沙の名前を載せたのだ。そうすれば彼が早くに帰ってくる可能性が高くなるから。

「ああ、あの悪霊が連れてきやがった。色々有って今は俺の弟子になってる」

「返そう、とは思わなかったのかい?」

「返してもらいたかったのか?」

 ヴィグラスが問い返すと霖之助はその端整な唇をきっと結んで黙り込む。霧雨魔理沙が()()()()()()ことはただの人間にだって分かることだ。彼ならその異常性が魔力に依ることも気付いているだろう。そして、彼女を返して欲しいのかと問われれば、店としては要らないと答えることも分かっている。元々が一般に知られていない娘なのだ。居なくなってもらった方が都合が良い。最初から存在しなかった。そうしてしまった方が遥かに楽だ。見つかる可能性も世話をしなければならないという気苦労も無くて良いのだから。霖之助が返答しないのは、自分の答えが倫理的に許されるものでは無いと知っているからだ。半分が人間である彼は人道というものに執着している節がある。人も食べなければ夜はぐっすりと眠ってしまう。人里で暮らし、人に混じるのもある種の引け目を感じているからだろう。

 ヴィグラスにもその心の動きは多少理解出来たが、彼はそんなことを気にする程純粋ではない。むしろ反論が出ないのなら好都合だと話を続けようとする。

「あれの魔力は一応封印したが、まあ将来的には魔法使いになるんだろうな。そこで、だ」

「・・・・・・魔法道具の製作を頼みたい、ということだね。でも、あの子が君の所に来てまだ一年も経ってないだろう。随分性急じゃないか」

「早め早めにしなきゃいけねえ理由があるんでな」

「理由は・・・・・・教えてくれなさそうだね」

「教える必要がねえな」

 スペルカードルールの話はしない。紫は知ってる者は少ない方が都合が良いと話していたし、それが急ぐ理由には繋がらないからだ。ヴィグラスだけが、弾幕ごっこの時代がそう遠くない未来に訪れることを知っている。紫も魔理沙の才能から薄々勘づいているかもしれないが、それが僅か数年の先であることまで予想しているだろうか。彼女もあと十年は掛かると考えている口ぶりだった。だから彼の行動は不可解に感じられるかもしれない。彼女は今ここに来ていない。スキマを使っていれば歪みで分かるから間違いない。

「まあ今すぐってわけじゃねえ。また魔法も使えねえからな。ただ実際に会うなり何なりした方が作りやすいだろ」

「そういう割には既にどんなものを作るか思い付いてるみたいだけど」

「あ? どうしてそうなるんだよ」

「なんとなく、だけど。君がそんなふわふわした注文をしそうにはないからねその杖の時だって大枠は既に君が考えていた。材料の都合と細かな論議でそれなりに時間は掛かったけど」

「・・・・・・チッ」

 霖之助は時々恐ろしい程の勘の良さを見せることがある。流石は幻想郷でも随一の知識人、といった所だろうか。ヴィグラスは無理に隠す必要が無いことを再確認してから口を開く。

「八卦炉だ」

「八卦炉?」

 正確には原作(ゲーム)で霧雨魔理沙が使用していたミニ八卦炉だ。少ない魔力を増幅してくれるあの装置なら魔理沙と相性も良くなるだろう。

「八卦炉というと仙丹を煉るのに使うと言われているあれかい?」

「ああ、魔力を熱に変換して増幅させる。鋼鉄だって焼き殺せる炉だ。魔法道具としちゃ一級品だろ」

「君は全く無茶な注文をしてくれるね」

 八卦炉といえば本来神様が扱うような代物だ。それを神格化されている訳でもないただの半妖に作れと言うのだから確かに無茶だろう。しかし、霖之助は笑っていた。どうしようもなくなった時の乾いた笑いではなく、新しい玩具を見付けた子供のような、無邪気で卑しさも同時に感じさせる笑顔。請け負った、と受け取っても構わないのだろう。

「そんじゃ俺は帰るぜ」

「言うだけ言ってさよならかい。代金はしっかり頂くからね」

「分かってるっての」

 ヴィグラスは来た時と同じように足元に注意しながら店を出ていく。その後ろ姿を見送って、霖之助は椅子にもたれ掛かった。ヴィグラス・ウォーロックという魔法使いが苦手だった。性格に難がある訳では無いが、常に何かを見透かして、そして諦めているような目が変に不安を煽るのだ。例えば今回、ヴィグラスはこの依頼を受けることを確信していた。悟られていたからと言って対応を変える程霖之助は狭量ではなくとも、気分の良いものではない。ヴィグラスが知識として持っている未来を彼は知らないのだから、その反応は自然である。とはいっても、こちらを見透かしたかのような態度を取るのは何も彼ばかりではない。彼よりも頭が回る八雲紫、本当に心を読む古明地さとり。直感だけで真意と真実を見抜いた先代の博麗の巫女に比べればヴィグラスの視線など可愛いものだ。霖之助が嫌うのはその奥にある諦観。全てに絶望しておきながら死ぬことだけを否定する姿勢。それが霖之助には恐ろしい。自意識過剰なのかもしれないが、ヴィグラスの根底に自分と似たものが燻っていると感じていた彼には、自分の末路をまざまざと見せつけられているような気がしてしまうのだ。

 ヴィグラスの過去を霖之助は知らない。いや、この幻想郷に彼の生い立ちを知っている者など居ない。一番付き合いの長い魅魔ですら、二百年と少しの間しか関わりがなく、最も大きな情報網を持つ紫ですら千年以上生きていることと大陸から渡ってきたことしか掴めていない。今のヴィグラスを形作る切っ掛けを誰も知らないのだ。霖之助が初めて会ったのはだいたい百年程前のことだ。突然店にやって来て、杖を作って欲しいと頼まれたのだ。珍しい依頼だと二つ返事で了承した。自分は古道具屋で魔法道具の職人ではないのだが、心得はあったので試してみたい気持ちもあったのだ。何処から嗅ぎつけてきたのかという疑問もあったが、ある妖怪のために道具を作ったことがあったのでそこから噂でも流れたのだろうと深く考えはしなかった。

 そうして完成したのが件の杖だった。二人で長く議論して作り上げた一品だったからか、ヴィグラスは滅多に見ることの出来ない嬉しそうな表情──僅かに口角がつり上がっていただけだが──を見せていた。無愛想な顔に似合わず気風は良い方で、何処からかき集めたのか少なくない金額を払われて自分の方から遠慮してしまいそうになったくらいだ。技術に対する正当な対価だと言われては反論する言葉がなく、素直に全額受け取ったが、それよりも驚いたのはヴィグラスの杖の話を聞き付けた幾多の魔法使いが彼の元を訪れるようになったことだ。その時に知ったことだが、ヴィグラスは魔法使いの中でも一目置かれている存在らしい。千年を生きる、妖怪ならさほど珍しくもない年月が魔法使いにとっては神にも匹敵する偉業なのだと、霖之助に魔法道具の作成を頼みに来た魔法使いは言った。その理由までは話してもらえなかったが、分かったのはその年月によって魔法使いの尊敬を一身に集めているということだった。散々に貶すものも居たが、聞いている限りただの嫉妬でしかなく。憧れの対象である事実は揺るがない。

 その彼が弟子を、それも人間の少女を取ったのは大きな衝撃だろう。弟子入り志願をして手酷く追い返された魔法使いも居た。あまつさえ弟子の魔法道具を直接依頼しに来るなど、彼の人柄を知る者からは信じられない。

 しかし、個人の事情に口を出すほど霖之助は不躾な人間ではない。過去へと落ちていた思考を引き上げ、また別の、彼から感じた違和感の正体の考察にシフトする。

「随分と顔色が悪そうだったが、普段からあんなだったかな」

 しばらく考えても答えが出ないと理解した霖之助は傍らの本を手に取って、すべて忘れるように頁を開いた。

 




次回からはちょっと作品内の時間を進めます。
この調子で行くと無駄に長引いてしまうので、一二年程時計の針を動かしてからのスタートということで
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