黒谷ヤマメの異世界旅行   作:星野林(旧ゆっくり霊沙)

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準備 1902~1905

〔翌年〕

引き続き第1号令が続けられるなか、フランソワさんの農村で、やっと混合農業が確立した。

これまでは家畜が爆発的に増えてしまったので家畜数の調整や、開拓に時間がかかったのでしっかりとしたサイクルで1順できたのがこの年からだった。

ラーイグラード内では米の量産が進められたり、小麦や、ライ麦、ジャガイモの品種改良がおこなわれた年でもあった。

また、フランソワさんからお願いされて農民達にラーイグラード内で大砲の演習もおこなわれた。

初めての地下で驚きと戸惑いがあったが、基礎はできていたのですぐに順応していった。

 

(フランソワさんから、戦争が始まって徴兵されていない農民は好きにして良いと言ってたしな~。・・・最初は200人程度だったのに今は1500人にもなってるしな~。)

理由は周りの地域で破産した貴族の農民がそのままこちらに流れてきたのが原因だった。

他にも投資を回収して最終利益3.0倍(約2000億円)を手にいれたり、第4陣の孤児(3歳以上男女比6:4)約200人を集めたりもした。

 

〔次の年〕

私はある報告書を読んでいた。

 

(長年考えていたけど、半妖どうしなら子供を産めるんだな。これが人間と半妖ならわからないけど・・・。)

ラーイグラード内で第1次ベビーブームが始まった。

産まれた子供の数は50人と少ないかもしれないが、これが毎年のようにおこるのである程度の人材不足は解消されると思われた。

(現在のミレニアムの人数約1250人

6歳未満75人

6歳以上12歳未満175人)

 

〔さらに次の年〕

この年は日露戦争がおこった年で、私もグレーナーとグデーリアン経由で軍内部の様子を探ると、機関銃の有効性が話されていることがわかったので、私はフランソワさんとグデーリアン夫婦の協力を得て、ブローニングM2の特許を取得した。

まだ男尊女卑があったので代理を立てたが・・・。

この機関銃を私が特許を取ったことをグレーナーに話し、機関銃の性能を上司に説明を依頼すると手紙で

 

《・・・参謀勤務だからって目に止まるかわからないが・・・やれるだけやってみるよ。》

と返事が来た。

1899年にグレーナーは参謀本部付き大尉となり、南ドイツでは初の快挙を成し遂げていた。

これをヤマメは利用したのだ。

 

〔1905年〕

この機関銃の性能表がドイツ参謀総長アルフレート・フォン・シュリーフェンの目に止まり、グレーナー経由で私を説明された。

シュリーフェン参謀総長はお忍びのようなかたちでフランソワさんの農村に来ると、私に挨拶をしてすぐにブローニングM2の性能テストがおこなわれた。

結果は最良。

さらにダミーの製造工場(少量なら造れる)で製造課程を見せると、製造の効率、予算的にも最良となり、異例の本採用となった。

ただし、製造ラインは別の大企業がおこなうこととなったが・・・。

(それでも、大量の特許料が毎年入ることとなる。)

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