〔25日〕
私達は第20軍団の横でロシア第二軍(20万人)を相手に防衛することとなった。
(・・・ロシア第二軍はロシア最強の精鋭部隊だ。今フランソワさんが側面から、ドイツ第17軍団と予備第1軍団が背後をとろうと動いてる・・・さて、私にできることをやろうかな。)
「雨咲・・・黄と青の弾を明日使うよ。」
「お姉ちゃん・・・それって・・・。」
「あぁ、無力化するのにもちょうど良いし、2人と第八軍の司令官達に浸透戦術の有効性を見せないとね。」
「・・・わかったよ。」
〔26日〕
(・・・来るかな?)
「青発射!!」
「了解!!」
青とは音波観測弾のことで敵がどこにいるか確認のために発射した。
「参謀達!!最終調整とガスマスク着用指示!!」
「第1突撃隊準備完了!!」
「第2、第3突撃隊も完了しました。」
「・・・黄発射!!」
今回は無毒の煤煙が詰められた弾が大砲から発射された。
着弾と同時に浸透を開始し、突撃隊は敵の司令部を襲撃した。
これにより混乱した前線は崩壊し、側面と背後から他のドイツ軍団が突破されないように防ぎながら包囲を狭めていった。
突撃隊以外も時間差で火炎放射機と機関銃で敵をなぎ払い、降伏させていった。
約3時間後にはロシア第二軍は消滅した。
この戦いはタンネンベルクの戦いと呼ばれ、ヒンデンブルクさん、ルーデンドルフ閣下、私は英雄と呼ばれるようになった。
ただし、ロシア第二軍の司令官は突撃隊が司令部に突撃したと同時に舌を切って自殺したが、司令部がまるごと捕まり、捕虜の数は15万人にもなった。
(戦死3万5000人脱出1万5000人)
ミレニアムの被害は突撃隊の隊員3名が腹部を撃たれたが、いずれも戦闘服に守られ怪我ひとつなかった。
(・・・ロシア兵4万5000人がラーイシュタットに送られたけど・・・拡張と食料備蓄をしておいて良かった・・・。あと、面白いロシア士官を見つけたな。)
ヤマメが思ったロシア士官とはトハチェフスキーと言う士官成り立ての少年だった。
彼に私についてくれば面白いことがおこると説得して戦術の勉強をさせた。
このとき自分がなぜ負けたのかわかって悔しがり、この作戦の欠点と改良に努力するのだった。
ただし、参謀達と話し合った結果組織が大きくなりすぎたので再編のために一時ラーイシュタットに帰宅するのだった。(もちろん第八軍に報告済み)
【ラーイシュタット】〔28日〕
帰宅した私達はすぐに膨張した組織の再編成と労働力をどう使うかを話し合った結果、火力支援中隊から約200人の隊員をラーイシュタットの管理に追加し、下士官、士官クラスは私達のもとに来ることになった。
ここで抜けた人材の補充に難民の志願者200人を組み込んだ。
では約5万人の捕虜達と難民はどうするかというと、元労働者は工場で弾丸や武器の生産、食品加工をしてもらい、農家出身は農業と、資源の採掘、地下に自分達が暮らす部屋をつくってもらうことにした。