【イタリア遠征軍】〔8/1〕
この日、私はイタリア遠征軍の士官と初対面を果たした。
(・・・普通なら嫌がらせだな。)
士官は若者ばかりで普通の将軍ならキレるとこれだが、私は知っていた
(・・・未来の名将ばかりが集まったな。)
士官のなかには、久しぶりに会ったグデーリアンや最初の世界では、最強将軍の名声のマンシュタインや砂漠の狐のロンメル、パンツァークライストと呼ばれた戦略家のクライスト、ヒトラーの火消し屋と呼ばれたモーデル、未来のドイツ空軍を支えたミルヒ、すでに頭角を現し始めたシュペルレなどの未来のドイツを支える面々約100名が揃っていた。
彼らと約2カ月間講習会や作戦会議、補給の大切さ等の教えられるだけの全てを彼らの頭に叩き込んだ。
そして・・・
〔10/1〕
作戦を開始した。
イタリア軍はガスマスクの配備が遅れていたため、ガス弾により前線が麻痺してしまい、突撃隊の浸透に気がつかず、前線司令部が降伏し、初日だけで約25キロの進行に成功し、この後も順調に進行し、約2週間で100キロの進行に成功して作戦は終了した。
最終結果は、ドイツ軍の損害1万人に対し、イタリア軍の損害は約60万人(捕虜30万人、逃走兵27万人、死亡3万人)となった。
ただ、私達はもうひとつ嬉しい物を手に入れた。
それは・・・イタリア軍が残した大量の兵站物資だった。
士官達は自分達で食べようと私に提案したが、怒鳴りつけた。
「国民は辛い耐久生活をしているんだよ!!戦果で盛り上がったとしても一回負ければ士気が落ちてしまうし、飢餓で死人も出てるんだ!!この食料の3分の2は本国に送る。いいね!!」
その言葉で士官達も黙り、いかに補給ができるか、兵器が前線で運用できるかが大切だと感じるようになるのだった。
【参謀本部】〔10/3〕
参謀本部に戻った私はルーデンドルフ閣下から勲章とお褒めの言葉を貰った。
さらに参謀本部で会ったグレーナーから食料について感謝された。
彼は半妖のため若々しいが疲れてげっそりとしていた。
心配したが、ここが大切だと言って再び仕事に戻っていった。
翌日に、私はルーデンドルフ閣下から再びジークフリード線の司令官に戻されるのだったが、イタリア戦線で戦った士官を私の下で働かせたいと言うとすぐに承諾してくれた。
こうして優秀な士官を100人ほど手に入れたヤマメだった。
【ジークフリード線司令部】〔10/6〕
休むことなく移動した私は、代理で司令部で新しく手に入れた士官を一時教育し直した。
戦車に魅了される者や、ルーデンドルフ閣下から取り寄せた複葉機の運用を考える者など様々だった。