【ドイツ政府首脳室】〔1938年1月〕
ドイツ政府首脳室でヒトラーと今後のことを話し合っていると外務省事務次官が慌てて部屋に入ってきたのだ。
私は
「慌ててどうしたの!!」
と聞くと
「フ、フランスで政変がおきました!!」
ヒトラーが
「すぐに閣僚全員と新政府の資料を持ってこい!!」
と次官に告げると私も秘書のラインハルトにドイツ国防軍の資料を持ってくるように命令した。
〔数分後〕
全員が集合し、次官から詳細資料を全員に配られた。
《・世界恐慌の影響でフランス経済が低迷
・前政権が建て直しに尽力するが、一部資本家に資金が集中しただけだった
・ここで極左の水銀党なる政党が一気に議会第二党になる
・梅毒から回復したガムラン将軍率いる軍内の攻勢優性派が台頭
・去年の12月30日に反乱がおこる
・軍と民衆が反乱を支持し反乱は成功し水銀党の独裁政治が開始された》
となっていた。
私達が恐れたのが軍の攻勢優性派が台頭したことにより奇襲をされる可能性が増えたことだ。
このことからホフマンに至急防御戦術の研究と反撃の研究をおこなうように支持した。
また、ミレニアムから地下鉄を使いベルリンの地下に戦車、大砲、航空機を移動させた。
〔3月〕
フランスがイギリスと再保障条約こと攻守同盟を締結したことで緊張が高まった。
私はこの事実から88mm砲、100mm野砲、Ⅲ号1型戦車、Ⅳ号突撃戦車、Ⅳ号1型戦車、A00、A01、B00、B01、C00の製造許可を政府管理の3大企業に製造を依頼し、さらに海軍拡張計画を発表し、ハイリヒ級空母をさらに4隻造船し、軽空母として大型輸送船を空母に改装を開始、秘密裏に量産潜水艦UⅡ型約50隻造船した。
〔5月〕
ヒトラー内閣で内閣改造がおこり無任大臣をハーバーからラインハルトに変更し、緊急時に対応できるメンバーにしていった。
【スイス ジュネーブ】〔7月〕
イギリスの首相のチェンバレンが独仏の緊張状態を緩和させるためにイタリアのムッソリーニを誘ってスイスのジュネーブで会談の席が設けられた。
私はこのとき始めてフランスの現大統領の顔を直接見たが・・・
(どこかで見たことがあったような気がする・・・。)
フランス大統領は女性で、水色のが髪と目を持ち、スーツの上に深い蒼色のコートを羽織っている25歳くらいの女性だった。
「私達フランスの要望はドイツ海軍とイタリア海軍の急速な拡大にともなう反発であり、海軍の代わりに陸軍を拡大し、自国の防衛を整えるのは正当である!!」
と言ってくるのだ。
私は
「確かに急速な拡大はしているが・・・だがそちらの陸軍を30師団近く増やす必要はないでしょ。一般の軍事パレードで数を数えたドイツの外交官が約60万人も増えていると聞いた時には戦争の準備をしているとしか思えないよ!!ドイツはとやかく言うつもりはないが、これ以上軍拡をするならこちらもフランス賠償金の停止を宣言するよ!!」
「イタリア代表としても同じ意見だ!!国境で軍事演習をしないこと、これ以上の陸軍拡張をしないことを約束してもらいたい!!」
「・・・イギリスとしもフランスの軍拡は異常だ。これ以上するなら貿易を破棄する。」
「・・・わかった。これ以上はしないことを約束するよ。」
とフランス大統領は約束し、一時的に戦争の危機は去ったが、ドイツ国防軍を若干拡張し約65万人に常備兵力とするを命令した。
ドイツ国力 490(550)
フランス国力 310
アメリカ国力 550