【テロ対策本部】〔さらに1年後の11月7日14時55分〕
病院から1通の電話で本部は歓喜に包まれた。
「入院していたSAOの参加者達が意識を取り戻し始めました。」
私は防衛大臣にこの事を報告すると
「この日が来ることを信じていた。ありがとう。この情報は明日公表することにする。君のおかげで犠牲が少なくてすんだんだ。胸をはってくれ。」
と言われた。
2年前に防衛大臣に対策案を提出してからこの日まで責任を背負い続けたヤマメはそのまま倒れるように眠るのだった。
〔解放から2日後〕
ある異変が病院から言われた
「まだ300名ほどが目覚める気配がありません。」
この事実に私は原因を特定するためサイバーテロ対策部隊550名に律を同時投入し原因を探るのだった
〔2ヶ月後の1月下旬〕
ついにレクト・プログレス社に原因があることを特定することに成功したが、決定的な証拠がないため強制捜索をすることができないでいた。
しかし防衛大臣に相談すると
「かまわん。事態の早期解決が先だ。」
と許可がでた。
決行の日は次の日となり、特殊部隊と警官隊約500名を投入することとなった。
〔強制捜索前日〕
レクト・プログレス社の研究者の須郷伸之が地方病院前で殺人未遂をおこなったことが発覚し、1日繰り上げて強制捜索を開始した。
結果300名を須郷伸之以下15名が人体実験に使用していた証拠が発見された。
これによりレクト・プログレス社は解散となり、親会社のレクト社も責任をとり社長と幹部5名の辞職とゲーム業界を撤退した。
その際特許技術のほとんどを他のゲーム会社約8企業に売ることでギリギリ経営を1時的に建て直すこととなるが、すぐに経営破綻することとなった。
〔後日〕
レクト・プログレス社の解散をもってテロ対策本部は解散となり、ヤマメは肩の荷をやっと下ろすこととなった。
ヤマメは無事任務を遂行したことにより天皇陛下と総理から危険業務従事者叙勲を送られた。
また、階級も2階級上がり1等陸佐となるのだった。
新聞にも大きく取り上げられ、久しぶりに責任を放棄せず9500人を救った自衛隊と報道された。
また、死亡した500人のことも報道されフルダイブの危険性と繰り返し起こらないようにするにはとニュースは続いた。
【習志野駐屯地】〔翌日〕
第二普通科中隊はテロ対策本部に組み込まれていたため、顔を合わせることがあったが駐屯地には3年ぶりだった。
ヤマメも(表向き)27歳となり松下団長と報告中に茶化される場面もあったが訓練を開始するのだった。
睡眠時間を削りできるだけ体をなまらせないようにしたため超人的な動きは健在だった。
しかし、特例とはいえ1等陸佐になったことでこの数ヶ月後指揮幕僚課程に入学することとなるヤマメだった。