モモンガは狂気に嗤う   作:シベリアン

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大変お待たせしました
ようやくモモンガ様と現地民の触れ合いが始まります


4話  望

小羊が第四の封印を解いた時、第四の生き物が「きたれ」と言う声を、わたしは聞いた。

 

そこで見ていると、見よ、青白い馬が出てきた。

 

そして、それに乗っている者の名は「死」と言い、それに黄泉が従っていた。

 

彼らには、地の四分の一を支配する権威、および、つるぎと、ききんと、死と、地の獣らとによって人を殺す権威とが、与えられた。

 

 

                             「ヨハネの黙示録」第六章より

 

 

 

 

 

それは良く晴れた日だった。

 

カルネ村の住民の一人エンリ・エモットはその日も日課となっている水汲みに向かっていた。

傍らには妹のネムがついてきている。

 

水汲みは大事な仕事だ。

水道なんて当然引かれていない為、使う分は自分達で汲んでこなければならない。

だが川まで歩いて汲みに行く訳ではなく、家の近くにある井戸まで、という話だ。

 

それでも、それなりの大きさの入れ物、カメを持って往復するのは少しばかり骨が折れる。

行きの時点で重さを感じるカメは帰りには水が入っているので倍以上に重くなるためだ。

そんな水汲みを家の大カメを満タンにするには3回程度往復しなければならない。

 

しかし、今日はネムがエンリの物より一回りほど小さなバケツを持って手伝ってくれている。

これならば2往復で大カメを満たす事が出来るだろう。

 

昨日、村のレンジャーであるラッチモンが作ってくれた物だ。

彼はレンジャーをしているだけあって器用であり、狩人仕事の合間に作ってくれたのだった。

以前に水汲みが大変だと話をした事があり、それを覚えていてくれたのだという。

つい先ほど、森へ仕事に向かった彼とすれ違い、妹と一緒に再度のお礼と挨拶をした。

 

ありがたいことだ。

心からそう思う。

 

このカルネ村で16年、つまり生まれも育ちも生粋のカルネ村民であるエンリ。

その彼女の幼い頃の記憶を辿れば、傍から見る限りにおいて、このカルネ村は殆ど変っていない。

しかし、それでも少しずつ変化してきているのだ。

 

住人は出産や移住者などもあり少しずつ増えてきている。

畑は年々少しずつだが開墾が進んでおり、豊作凶作の出来に左右されるものの、少しずつではあるが収穫は増えている。

村の職人の技術も年々向上しており、家の隙間風は減っていき、逆に快適さは上々だ。

近くのトブの大森林で取れる薬草は貴重な現金収入となり、村の必需品を買った余りで農具なども年々良くなっている。

今年は、まだ予定ではあるものの、ついに魔法の品を買う事になっている。

永続光(コンティニュアル・ライト)と呼ばれる魔法が付与された灯りだ。

これがあれば集会所も兼ねた村長家で夜遅くまで会議も出来るし、深夜に作業する場合にも使える。

例えば台風に備えて夜通し作業をしなければならなかったり、大森林で遭難した村人の捜索等。

松明やランタンもあるにはあるが、燃料の問題もあるし、松明ならば風雨で消されてしまう事もある。

何より光量が全く違う。

村長に聞いた話では白い光が周囲をそれこそ昼間のように照らしてくれるのだという。

それをほぼ永久的に使用できるとなれば、どれほど便利かは考えるまでもないだろう。

 

そう、確かにカルネ村は変化してきているのだ、より良いものへと。

時間はかかるが、将来的にはいずれ町のようになるかもしれない。

 

そんな、代わり映えしない、しかし確実に未来へと繋がる穏やかな一日。

 

今日もそんな一日になるとエンリは信じて疑わなかった。

 

 

 

 

 

 

ラッチモンは村で唯一のレンジャーだ。

自前の畑を僅かばかりに持っているが、栽培している物は余り手をかけずに育つ物が殆どである。

日々の多くはカルネ村すぐ側にあるトブの大森林で狩人として仕事をしていた。

 

と言っても狩猟はそれ程の割合を占めない。

無論、重要な仕事ではあるが、基本的には村人に頼まれた、或いは村で不足している薬草等の採取が多い。

木材が必要な時は村人の護衛として来る事もある。

 

そしてそれと並行して森の監視だ。

トブの大森林は広大だが、カルネ村近辺は『森の賢王』と呼ばれる強大な魔獣が縄張りとしている。

その為、危険なモンスター等は余り近づかないので過去にカルネ村が大きな襲撃を受けた事は無い。

しかし稀にはぐれたモンスターや獣が森から出てくる事があった。

そういった場合、森の様子は大なり小なり何かしらの異変が感じられる。

それを事前に察知し対処するのがラッチモンのメインの仕事だ。

 

今日もラッチモンは頼まれた薬草採取の傍ら、森の随所に仕掛けておいた罠を見て回っている。

運が良ければ小動物が、稀に猪などが掛かっている事もある。

村では一応畜産も営んでいるが食肉用の物は少ない。

その為、ここで入手できる動物性たんぱく質はとても貴重な物だ。

それに毛皮は冬を超えるための防寒着等、様々な用途に使える。

冬はまだまだ先だが蓄えが大いに越したことはない。

 

7つ目の罠が空振りに終わったのを確認したラッチモンが感じたのは落胆では無く違和感だった。

 

森に棲む動物達は警戒心が強く、人を餌とするような強大な物でない限り人の前に出てくる事は無い。

仮に近くにいたとしても、注意深く観察するだろう。

 

なのでラッチモンが動物を目のあたりにしていない事自体は問題は無い。

 

だが、それ以上に静かすぎるとラッチモンは気づいた。

森の営みは、この静かな森では想像以上に遠くまで響き渡る。

獣の鼓動、飛び立つ鳥、そういった物が一切無かった。

木々ですらその呼吸を潜めているように感じる。

 

何か良くない事の前触れかもしれない。

 

そう感じたラッチモンは一先ず森から離れる事にした。

こういった時の勘は大事だ。

長年レンジャーとして生きてきたラッチモンはそれを熟知している。

 

急ぎその場から離れようとした彼は、しかしその背後に急に違和感を感じ振り返った。

 

嗚呼、しかし。

 

しかし遅かった。

 

遅かったのだ。

 

地面から何時の間にか真っ黒な半円が出ている。

その半円から何かが、おぞましい何かが姿を現そうとしていた。

 

闇の結晶。

 

恐怖をよびおこす者。

 

死の顕現。

 

生命の敵対者。

 

その全てを認識する前に彼の肉体は弾け飛んだ。

 

 

 

 

 

水汲みの終わったエンリとネムだが、当然の如くそれ以外にも仕事は山ほどある。

朝食を食べた後は両親と畑仕事に精を出す。

幼いネムも薪拾いや出来る範囲での畑仕事をする。

子供と言えども働かざる者食うべからずなのだ。

 

種を植えて収穫までの間にやる事は山ほどある。

害虫の駆除や作物の手入れ、次の種を植えるための畑の耕耘、そして新しい畑の開墾。

更に他の家の手伝いや逆に手伝いの要請、移住者が来る場合はその受け入れの準備や住居の建築。

村の共有施設や道具の手入れをする事だってある。

とにかく村ではやるべき事は売るほどあるといっていい。

 

そんな訳でエンリは今日も元気に畑仕事を頑張っていた。

昔と比べれば体も大きくなったしコツも習得している為、幾分か楽にはなったがそれでも重労働だ。

まだ幼いネムも手伝ってくれているが、鍬を持つような仕事にはまだ慣れていない。

後でコツを教えてあげよう。

 

そんな事を考えながら、今日何度目になるかわからない汗を拭っていた時、ネムがエンリに訪ねてきた。

 

 

「お姉ちゃん、あれなーに?」

 

 

そういってネムが指さしたのはトブの大森林、今朝ラッチモンが向かっていった方角だった。

ラッチモンさんが何か獲物を狩って帰ってきたのだろうか?

それにしては随分と早すぎる。

よくよく目を凝らしてみると、どうやら白い何かがこちらに向かってきているようだ。

森で取れる白い動物なんていたかな?

 

そんな事をぼんやり考えている間にもその白い何かは近づいてくる。

それもかなりの速度だ。

しかもその数は次第に増えてきている。

 

違う、あれはラッチモンさんじゃない。

 

流石に違和感に気づく。

どうやら人のようだが、この遠目からでは良く分からない。

白づくめの集団?

村には年に一度王国の徴税士が来るが明らかにそれではない。

そしてそれは次の瞬間に決定的となった。

 

恐らく薪を刈りにいっていたのだろう男性が運悪く森から出てきて、そこに鉢合わせてしまった。

するとその白い集団は一気に彼に飛びかかる。

この距離からであっても聞こえる断末魔の悲鳴。

飛び散る鮮血。

 

そこに至り両親や畑にいた他の村人達も異変に気付いた。

 

 

「なんだ、あれは!」

 

 

「カートが!うちの人が!」

 

 

皆、突然の異常に混乱している。

エンリも、何か大変な事が起きたという事は分かるが、茫然と立ち尽くしてしまう。

 

その間にもカートを殺した白い集団はどんどんと村に近づいてきていた。

そしてこの距離になってようやくそれらが何なのかがわかった。

 

白いのも当然だろう。

それは真っ白い……白骨の動く死体。

スケルトンの集団だった。

 

 

「エンリ!ネム!母さんと一緒に村の中へ逃げろ、早く!」

 

 

エンリの父が叫ぶように促す。

母は未だ身が固まって動けないエンリとネムの手を取り村へ駆け出した。

そして気づいてしまう。

村の反対方向からも先程と同じ白い集団、スケルトンの群れが近づいてきているのを。

 

 

「女子供は私の家へ集まれ!モルガーとラーチはそれを守るんだ!」

 

 

いち早く冷静さを取り戻した村長が村民に指示を出す。

 

 

「他の男衆は武器になる物を!撃退するにしろ逃げるにしろ、戦いは避けられん!」

 

 

 

 

エンリは村長の家で、他の避難してきた女子供達と不安そうにしている。

何故、こんな所にスケルトンが、それもあんなに大挙してやってきたのか。

スケルトン。

エンリも名前くらいは知っている有名なモンスターだ。

人が襲われる事も多く、それ自体は珍しい事では無い。

しかしカルネ村は小さな村で、墓地も大きな物では無い。

近隣にアンデッドが自然発生するような墓地も無いし、そもそも今までスケルトンが出たという事は無かったのだ。

野獣などに襲われるならまだ理解できるが、何故今日に限ってあんなものが出てきたのか。

 

こんなことを考えても意味は無い。

今までがどうであれ現にスケルトンの大群はカルネ村に迫ってきているのだ。

 

しかし意味が無いとは言え、何か考えなければエンリは恐怖ですくんでしまいそうだった。

傍らでは母が泣いているネムを何とかあやそうとしている。

その他にも多くの人がその場にいたが、皆不安に駆られていた。

 

当然だ、今までカルネ村は平和そのものだった。

稀に森からはぐれ獣が出る程度で、村人が重大な脅威に襲われる事など無かったのだから。

しかし皮肉にもそのせいで、村の防御は疎かになっていた。

通常の開拓村ならば当然あるだろう防御壁も、それどころか柵すら無い。

ここにきて、今までのツケを一気に支払わなければならなくなった。

 

女子供を守る為に貴重な男手のモルガーとラーチが辺りを警戒している。

その手には伐採用の木こり斧等あり合わせの武器が握られているが、スケルトンの群れに対しては頼りない。

だが、彼らしかいないのだ。ここの女子供を守れるのは。

 

他の男達はスケルトン迎撃の為に皆駆り出されている。

この後どうなるかは分からないが、何をするにしても迫るスケルトンを相手しなければならない。

スケルトンは村を包囲するように迫ってきており、逃げようとすれば必ずどこかで鉢合わせる。

遠目で見た数から考えれば撃退するのは村の戦力では不可能だろう。

となれば村を捨てて逃げるしかない。

しかし、その為には最低でもどこか一か所は敵の包囲を突破し、逃げ道を作らねばならないのだ。

だから村としては最低限の護衛を残し、残りの全力でもってスケルトンと交戦。

そして包囲を打ち破り次第、全員で脱出する。

 

これが短い時間で村長が考え付いた策だった。

 

不満は無いが、不安は隠せない。

遠めに見たカートの最後が頭をよぎる。

あれが下手をすれば親愛なる村人に、自分に、そして最愛の家族に降りかかるかもしれないのだ。

それに作戦が上手くいったとしても、どうしても少なくない負傷者が出るだろう。

また、ここは最前線では無いとはいえ、いつスケルトンに襲われるか分からない。

何しろスケルトンに気づいたと思ったら既に反対の方角からも来ていたのだ。

もしかしたら少数のスケルトンが既に村内に侵入しているかもしれない。

その場合、避難所が襲われる可能性は高いだろう。

そうなったらここにいる2人だけで戦わなければならないのだ。

前線も後方も等しく危険に晒されていた。

 

そして、ついに彼らの元に開戦の音が響き渡った。

 

 

 

 

 

「うおおおおおおおお!」

 

 

エンリの父は棍棒を全力でスケルトンに叩き込む。

そしてそれはスケルトンの頭部を粉砕した。

頭を失ったスケルトンはフラフラとよろめきそのまま倒れる。

 

戦える!

 

そうエンリの父は確信した。

 

博識な村長はスケルトンに対して斧や鈍器等の打撃力、衝撃の強い武器が有効だと知っていた。

その為、スキやクワ等では無く手近な斧や太い棒、つまり棍棒等を使うように指示したのだ。

そしてそれが有効だと今証明された。

さらに村人は年中重労働である畑仕事に従事しているお蔭で、村人とは言え体は屈強である。

その膂力と合わされば十分にスケルトンとの戦闘が可能だった。

 

見れば他の者も雄叫びを上げながらスケルトンを殴り倒している。

危なげではあるがスケルトンは白骨である為、しっかりと攻撃する事が出来れば村人でもある程度は対処できるのだ。

 

そんな、自分達でも戦えるという、僅かばかりの自信が皆に宿りかけたときだった。

 

一人の村人が斧でスケルトンの胴を薙ぎ払い、その隣のスケルトンを倒そうと向き直った時。

上半身のみとなったスケルトンが村人の足を引きずり倒した。

悲鳴を上げ倒れる村人に周りのスケルトンが殺到する。

 

周りの男達が助ける間も与えず、スケルトンは哀れな村人を引き裂く。

凶器と化したその腕で腹を引き裂き、温かい臓物を引きずりだし、またそれを引き裂く。

顔には大きく開かれた顎が迫り、頬を喰らい千切り、鋭く突きたてられた爪は頭皮を勢いよく引き剥がす。

四肢に喰らいつきながらもそれを引きちぎらんとねじり、開いた傷口からはねじ切られた血管が顔を覗かせる。

 

そして、恐怖は伝染する。

 

先の惨劇を耳にした別の村人は、目前のスケルトンを倒さんと一撃を振るうも恐怖で腰が引けてしまっていた。

その為、十分な攻撃とならず、スケルトンの頭部を大きく破損させたものの、倒すには至らなかった。

そんな男にスケルトンがのしかかってくる。

一体ならば何とか押しのけられたかもしれない。

しかしその隙を周りのスケルトンが見逃すはずもなく、複数のスケルトンに取り囲まれ、先ほどの惨劇が再び繰り広げられた。

 

最初こそ優勢に見えた戦いだが、あっという間に村人達は劣勢に立たされる。

元々彼らはただの村人、農民なのだ。

戦いの経験がある者など数える程でしかない。

一度崩された士気を立て直す事は困難で、ジリジリとしかし確実に押し込められていく。

そしてその間にも一人、また一人とスケルトンの餌食になってしまう。

 

 

(このままじゃ駄目だ、皆殺されて……いや、それどころか避難所のエンリ達にまでこいつらが行ってしまう!)

 

 

エンリの父は、この敗北が後方のエンリ達の死に直結する事を理解している。

だからこそ、ここで何としても突破口を開かなければならない。

ここにいるスケルトンは、村を襲う群れの一部にしか過ぎないのだ。

その全てを相手取る事など不可能。

今相手をしているのが最も少ない箇所であり、ここを切り開く事だけが助かる唯一の道なのだ。

 

故に彼は覚悟を決めた。

 

自分は生き残れないかもしれない。

しかし、それでも、いや、だからこそ。

この身を犠牲にする事でしか家族を救えないならば。

その命を最大限に活用するしかないのだ。

 

 

「皆、聞いてくれ!このままじゃぁ押し込まれて、避難所の家族たちにまでこいつらがいっちまう!ここを何としても切り開くんだ!」

 

 

周りの村人によく聞こえるように、しかしその視線はスケルトンから離さない。

 

 

「そんな事はわかってる!しかし……」

 

 

気持ちは他の村人も同じなのだ。

ここを抜かれれば後ろの女子供が襲われてしまう事も理解している。

しかし敵は凶悪で、しかも無数にいるのだ。

自分の命を守るだけで手いっぱいなのだ。

何より恐ろしい。

生者を憎むこのアンデッド達が恐ろしいのだ。

これ程の殺気を浴びせられてしまい、その上、襲われた者の末路を見てしまえば心も体もすくんでしまう。

 

だが、だからこそ、皆の士気を、勇気を奮い立たせなければならない。

 

 

「ああ、だからまず俺が突っ込む!その援護を頼む!俺に何かあったら……妻を、エンリ達を頼んだ!」

 

 

どれだけ勇壮な事を言おうとも、それには説得力が無ければならない。

人に無茶を強要するのならば、自分がその規範を見せなければならないのだ。

 

だからエンリの父は棍棒を振り上げ突進する。

決死の覚悟を決めた彼の一撃は重く、スケルトンを容易く粉砕した。

その勢いのままに左にいたスケルトンの頭部も吹き飛ばす。

 

しかし一人ではそれが限界だった。

 

右手にいたスケルトンに腕を掴まれ、押し倒されてしまう。

そして周囲のスケルトンが彼に殺到……しなかった。

 

 

「皆、諦めるな!力を合わせれば必ず勝てる!一人一人で戦うな!周りの者と協力して戦うんだ!」

 

 

村長が押しかかろうとしていたスケルトンを弾き飛ばす。

それを援護するように2人の村人が左右のスケルトンを打ち果たす。

一先ず周囲のスケルトンを一掃すると村長はエンリの父の手を取り立たせた。

 

 

「すまないな、本来は私の仕事だった。感謝する」

 

 

見れば周りの村人は先程の彼達のように数人で陣形のようなものを組んで戦い始めていた。

相変わらずその顔には悲壮感が漂う物の、先ほどまであった、ただ絶望するだけのそれとは明らかに違う。

エンリの父の勇気は確かに皆に伝わったのだ。

 

集団戦術は有効に働き、被害を大きく減少させ、スケルトンの数を減らしていく。

このまま行けば、ここに突破口を開ける。

皆がそう思い始めた時だった。

 

一体の、他とは明らかに異なるスケルトンが現れた。

 

その手にはボロボロの、しかし他のスケルトンが持っていない物、剣が握られていた。

 

武器を持ったスケルトンである。

 

 

(まずい……!)

 

 

村人達は咄嗟に理解した。

 

ここまで村人達が善戦出来たのは集団戦術もあるが、スケルトンが無手だったからだ。

スケルトンは噛みつきや腕を用いた攻撃しかしない為、武器を持つ村人達はリーチを生かして先手を取れていた。

それに仮に攻撃を受けても、即座に周りの者が援護する為、軽い傷だけで済む。

 

しかしこの剣スケルトンはそうはいかない。

リーチの優位性は同等になるし、受ける一撃の重さは先程とは比較にならない。

さらに剣をもったその構えからは明らかに他のスケルトンより格上である事を匂わせる。

 

またしても村人達の士気が低下しようとしていた。

 

こんな敵が現れた以上、再度士気が低下すればそれは最早致命的だ。

先程と同じように自分が突破口を切り開くしかない。

 

そう考えたエンリの父は村長と目配せをし、4人で剣スケルトンに飛びかかる。

エンリの父が中央、左右を別の村人が、誰かが倒された時のカバーに備え村長が少しだけ遅れて続く。

そして攻撃が当たるかと思われた瞬間。

 

焼けつくような痛みが脳を焼いた。

見れば左腕に深い切り傷が出来ている。

そして左側にいた村人が倒れ伏していた。

 

エンリの父達の攻撃を見極め、剣スケルトンが薙ぎ払ったのだ。

 

左側の村人はまだ息があり、村長が援護に入って何とか後退させるも、状況は絶望的だった。

 

優勢になりかけた箇所に剣スケルトンが入ればそこは崩されるだろう。

そうやって各所をやられれば、村人達の決死の防衛線は崩される。

 

かといって先程の様子を見るにこの剣スケルトンを倒すのは困難だ。

生半可な人数では倒せないし、かといって大人数をもってかかれば倒せるかもしれないが他が抜かれる。

 

詰んだ。

たった一体の剣スケルトンによって戦局は完全に決まってしまった。

更にこの剣スケルトンが一体とは限らない。

今は見当たらないが後続のスケルトンにもし複数いれば抵抗すら出来なくなるだろう。

この場の村人達は皆殺しになり、避難所に殺到するだろう。

 

そして、それを阻止する力は村人には無いのだ。

 

何とか剣スケルトンをその場に抑えようとエンリの父は奮戦する。

一秒でも長くコイツを引き付けなければならない。

 

しかし十全の状態で圧倒された相手に、負傷した彼では長く持つはずがない。

攻撃を受け損ねた剣はエンリの父目がけ振り下ろされ、彼は最後を覚悟し目を伏せる。

 

そして振り下ろされる事なく剣は止まった。

 

何事かと目を見開けば、剣スケルトンの頭部から煌めく剣先が顔を覗かせている。

それは一度引き抜かれると再度の剣閃と共にスケルトンの頭部を叩き切った。

 

慌てて周囲を見渡せば、何時の間にか、そこには全身を鎧で纏い完全武装した一団が展開していた。

そして村人達を守りながらあっという間にスケルトン達を蹴散らしていく。

その装備はこの周辺では見ない物、恐らく王国と敵対している帝国の物のようだ。

何故、帝国がここに?

しかし、その敵対しているはずの帝国の者達は、今紛れもなくカルネ村を助けるためにその刃を振るっている。

 

 

そう、村人達に剣スケルトンを阻止する力は無い。

 

ならば、その力は誰が持つのか。

 

決まっている。

 

それは人を守護する者。

 

騎士の力に他ならないのだ。

 

 

 

 

 

少し前に遡る。

カルネ村付近に展開する一団があった。

皆一様に同じ装備を身に纏っている。

それは帝国の騎士達の物であり、はた目には帝国騎士団のように思われた。

 

しかし、その実態は全くの別物だ。

彼らの正体はスレイン法国の特殊部隊であり、中でも極秘任務を帯びてこの場に来ている。

その目的は王国最強の戦士であるガゼフ・ストロノーフの暗殺だ。

カルネ村のような辺境の開拓村を襲い、ガゼフを誘い出し、特殊部隊の中でも一際協力な別動隊がこれを暗殺する。

ガゼフは強力無比な戦士であり、その装備が万全であるならば逆に返り討ちに遭いかねないが、王国内部の協力者のお蔭で、本来の装備は持ってこれない手筈となっている。

 

人類の守護者たる法国からすればガゼフは得難き戦力だ。

だが、今の王国は王派閥と貴族派閥に別れ、人類が苦難にある中で下らない派閥闘争に明け暮れている。

本来ならば協力し、共に人類の為に力を合わせたい所だが、彼は王派閥の重要人物であり、彼を失うだけで王派閥は瓦解するだろう。

逆に貴族派閥は誰か一人を失った所で頭がすげ変わるのみだ。

王国は実際の所、今非常に危うい立ち位置にあり、速やかに一つに纏まらねば崩壊する危険が非常に高い。

勢力拡大を目論む帝国から毎年小競り合いに等しい戦争を仕掛けられており、その傷は徐々に王国を蝕んでいる。

故にガゼフという傑人を殺してでも派閥抗争を終わらせなければならないのだ。

 

そんな下らない事の為に、この特殊部隊は派遣されていた。

そしてガゼフをおびき出す為に、周辺の小規模な村を、満足に抗う術も持たない無辜の民を殺戮して回る。

老若男女の区別なく、彼ら自身が望まぬ虐殺を。

 

当然彼らはこの様な任務を快く思ってなどいない。

恥ずべき、唾棄すべき行いであると知っている。

 

だが、それが人類の為、より多くの人々を救う為であるならば彼らはそれを厭わない。

誰かがやらねばならないのなら自分の手で。

そう決意した男達の集団であった。

 

だから彼らはカルネ村に展開する。

唾棄すべき再度の殺戮を人類の為に行うべく。

 

そして段取りを終え、村を包囲する直前。

村に異変が起こった。

 

突然現れたスケルトンの群れ。

逃げまどい、しかし戦うべく覚悟を決めたのであろう村人達。

女子供を一か所に纏め、戦える者を最もスケルトンの薄い一か所に集め突破する戦略がそこから見て取れた。

 

 

「策としては悪くないが……ただの村人があの群れを抜けられるとは思えんな……」

 

 

ロンデス・ディ・クランプは誰にともなく一人ごちる。

包囲を抜けるには戦力集中からの一点突破が常套手段だ。

しかし、それは戦う術を知る者の戦闘に限る。

ただの村人では戦えれば御の字、戦闘が始まって犠牲者が出れば容易く士気は砕け、潰走するだろう。

 

知らずその手が強く握りしめられる。

 

助けに行きたい。

それがロンデスの本音だ。

あの群れの数は脅威だが、スケルトン自体は強力なアンデッドでは無い。

彼ら本職の騎士ならば殲滅は難しくとも、包囲の一角を突破し村人を救出する事は可能だろう。

 

しかし、それは出来ない。

彼らの任務は、あの村人達を虐殺し、ガゼフ・ストロノーフをおびき出す事なのだ。

それを救うとなれば本末転倒であり、また秘匿されるべき自分達、引いては法国の所業が明るみに出る危険もある。

故にロンデスは見守る事しか出来なかった。

 

案の定、最初こそ勇壮だった村人達は犠牲者が出た途端に、一気にスケルトンに押し込まれていた。

無理も無い事だ。

だが、そのまま壊滅するかと思われた村人の中の一人が突撃を行った。

数体のスケルトンを倒した後に他のスケルトンにそのまま殺されるかと思ったが、それに同調した他の村人達は戦意を取り戻し彼を助けた後、何と素人ながら集団戦術を始めた。

そしてそこから士気を維持し、何とか包囲の切り崩しに成功し始めたのだ。

 

容易く壊滅するかに思われた村人は、しかし決死の覚悟で戦っている。

自分達が倒れれば、後方の家族が、戦う術を本当に一切持たない弱者がその凶手に倒れると知っているのだ。

その決意が、悲壮なまでの覚悟が、遠目から見ているだけのロンデス達に伝わってくる。

 

だが、運悪くそこには武器を携えたスケルトンが現れた。

武器を持ったスケルトンは無手とは比較にならない程に強い。

その剣スケルトンの登場によって、今度こそ確実に村人達は狩られ始める。

 

助けたい……。

その思いは一層強くなっていく。

しかし、それは出来ない。

先程の理由もあるが、何より自分はただの一兵卒だ。

この部隊を指揮する権限は無い。

 

この隊の隊長ベリュースは、一言で言うなら隊長になるべきでない男だ。

ゲスで小心者であり、資産家であるという事以外に良い所は無い、そのように隊員に認識されている。

今回の任務にあたって隊長として赴任してきたが、それも箔をつける為ともっぱらの噂だ。

そんな男が目の前の惨状を、そして必死に足掻く村人の為に、任務を放棄して手を伸ばすはずがない。

そう思っていた。

 

 

「み、皆、聞け、聞いてくれ」

 

 

震える子犬のようにベリュースが告げる。

何事か。

もしやわざわざ手を出さずにすんで幸運だったとでも言うのだろうか。

いや、この男なら有り得るだろう。

そう思ったロンデスは次の言葉に耳を疑った。

 

 

「わ、我々の一隊は、こ、これよりあのスケルトン達を掃討し、む、村人達を救出する」

 

 

信じられない。

この男は何を言っているのだ?

いや、自分が何をしようとしているのか理解しているのか?

 

他の者も同様だったのだろう、即座にベリュース隊長を諫める。

 

 

「な、何を言い出すんですか!そもそも我々の任務はあの村の焼き討ちです。その村人を助けるというのですか!?」

 

 

制止は当然だ。

通常任務の途中に遭遇したならまだしも、わざわざ帝国兵に偽装しての特殊任務中なのだ。

目撃されるだけでも厄介なのに本来殺すべき対象を救う等と。

ましてや自分達は既にいくつもの村をこの手で滅ぼしてきたのだ。

そんな自分達がやる事では、いややって許される事では無い。

 

だがベリュースはそこで止めなかった。

 

 

「な、ならばお前達のその握りしめた手はなんなんだ!今、アンデッドに襲われる村人達に対し何も出来ない無念の現れじゃないのか!?」

 

 

その言葉に騎士達は一様に顔を伏せ、そして握りしめていた手に見やる。

 

 

「お、俺は、俺達は!人類を守る為に軍に入った!守るべき者達の為に力を磨いてきた!」

 

 

彼らは皆、法国の理念、人類の守護者たらんとして軍に入ったのだ。

 

 

「そ、そして今!俺達の力が必要な弱者が目の前にいる!そ、そして自分達では敵わない相手に対して家族を守る為に決死の戦いをしている!」

 

 

そんな事は痛いほどに分かっている。誰もかれもがその手を痛い程握りしめ、口を噛みしめて、しかしそれが叶わぬからこそ憤っている。

 

 

「な、ならばする事は決まっているだろう!敵は人類の最大の敵たるア、アンデッド!それに虐げられる人々がいるなら法国の騎士はそれを守る義務があ、あるはずだ!」

 

 

ベリュースはその貧相な体には到底似合わない立派な剣を抜く。

 

 

「ぜ、全責任は俺が取る!俺と志を同じくし、村を救わんとする者は剣を抜け!」

 

 

ここに至ってロンデスはようやくベリュースを理解した気がした。

箔を付けたいだけの下らない男であるならば、そもそもこんな部隊に来る必要は無かったのだ。

それこそ儀仗兵など内勤の栄誉職にでもつけばいい。

このおぞましい任務など箔からは最もかけ離れた物ではないか。

考えてみればすぐ分かる事だ。

この男は、その見かけとは裏腹に、真摯に人類の為を思い、守護者たらんとして、その責務を果たす為にこの部隊に志願してきたのだ。

そう考えれば今までの行動も納得がいく。

時たま下衆な欲望で村娘を襲ったり、ろくに手も出せない子供に切りかかろうとしたが、それらは全て失敗に終わり逃げられていた。

その都度、癇癪を起し、周りの者がなだめていたが、あれはせめて少しでも女子供を逃がそうとした為ではなかったのか。

グチグチと厭味ったらしい事ばかり言っていたが、皆ベリュースに怒りを覚え、そのお蔭で任務の後ろめたさを少しでも和らげてはいなかったか。

 

全く。

 

ロンデスはあきれ果てた。

あきれ果てる程に間の抜けた、そして誇らしい隊長だ。

まるでやり方がなっちゃいない。

やるにしても、もっとマシなやり方は幾らでもあるだろうに。

これは隊付き下士官として鍛え上げてやる必要があるだろう。

 

だからロンデスは剣を抜き放つ。

 

 

「なっちゃいませんな、ベリュース隊長。かっこいい事を言うのは構いませんが、せめて剣先を乙女のようにふら付かせるのは止めていただきたい物です」

 

 

それを聞いた他の隊員は一斉に噴き出しながら、しかし迷うことなく剣をスラリと抜き天へ突き立てる。

 

 

「我ら法国騎士!人類の守護者!弱者の盾となりこれを守り!剣となって敵を滅ぼさんとす!」

 




触れ合い(モモンガ様が出てくるとは限らない

あれ、おかしいな
思ってたのと違う……
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