桜の語り 作:塩桜餅
のんびりしたい妖精さん。
……ぐだぐだと、言い争いを巻き起こしていた空間に響き渡った賛成の声は三匹の妖精を黙らせ、その次には耳が痛くなる程の静寂が訪れる。三匹の顔はいずれも、おはよう、残念、生きてた、と言葉が貼り付けられ、言葉を発した……和服美人、と言っても過言ではない者を見つめる。見つめられれば、マズイことを言ったか、なんて言葉を貼り付けながら、日光を浴びて黒く輝く髪の毛を揺らして首を傾げる。
「さて……これで多数決は決まったようだが……諸君」
サニーミルクが椅子に座りながら、自分の意見が通る事を知れば神妙な顔持ちになって、得意げに月星二匹の妖精をからかう様に言う。……自分の案が通ったからといって、流石に図に乗り過ぎではないかサニーミルクよ。……殆どは彼女のおかげだろう。
「でも……もう少し……漢字を使った方が好き……だ」
得意気になるサニーに彼女は頰を少しだけ桃色に染め、申し訳ないが、と言うように目を閉じてから一度、頭を少しだけ下げる。……確かに、片仮名よりも漢字を使った和名の方が、見た目も相まって似合うだろう。
彼女にそう言われれば、得意気だった表情も途端に悩み込むものへと変わり、今度は目を閉じて頬杖を付きながら少しの唸り声を上げる。
「むむ……桜……さくら……さくらん……さくらんぼ!」
暫くは『さくら』と連呼し……次第にその言葉は形を変え、意味も変えていく。言葉遊びのような言の葉を繰り返した後に……さくらんぼ、という単語がサニーの頭には浮かんだようで、声に出しながら目を見開く。
さくらんぼ……又の名は
……さくらんぼ、と出たからには、自分らの案を出さずにはいられないが三妖精。一人の案が出れば次々と他の二人も口を開く。
「桜華……桜に、あのもう一つの『はな』と書いて、
ルナチャイルドが空に文字を書きながら、サニーにそう言う。自信があるのだろうか、教える手振りは忙しなくも確実に動く。サニーに何とか伝えようとしているのだろう……も、サニーミルク本人は『花、華』の字の辺りから首を傾げているようだ。ルナチャイルドの忙しない伝え方では、全くと言っていい程には伝わっていないだろう。
「……まあ、花でも華でもいいわ」
サニーの顔を見て暫く後に、名前を提案した本人が諦めた様に言う。
「それなら、とりあえずはそれと……スターは何かある?」
無いならどっちかになるけど、とサニーは特徴的な二房を揺らしながら、スターサファイアに首を傾げながら訊く。……何かの案があれば、聞き、はするが……その選択は名の無い妖精に委ねられるだろう。当の妖精は椅子に座ることもなく、相槌を打ちながら彼女らの案を待つ。
「……言おうとしたのはことごとく言われて……あっ! 桜桃……桜を、
悩ましげに首を傾げ、ぶつぶつと何か言ったと思うと途端に閃いたような声を上げ……手を叩いてから思い付いたであろう名前を言う。
「スターにしてはいい考え……頭脳の私も感心したっ」
その案に賛同する様に声を張り上げ、自らを『頭脳』と表しつつ、サニーはスターの意見を助長した。……ルナの方は表情を
「もも……か……とう……か…………
桜の妖精は案を聞いた後に復唱し、腕を組みながら暫く考え始めると、小さく、申し訳なさそうに言葉を発した。……いきなりは戸惑ってしまうか。何せ、生まれたばかりで右も左も分からない状態のまま、知らぬ所に連れ込まれ、更には目の前の三匹が名前を考え始め、今に至る始末。急な展開に妖精並み、またはそれ以下の頭は追いつく事は難しい様子で、また考え始める様に腕を組んだ。……それを見守るように、三匹は一匹を見つめる。そうすれば、そこに必然的な静寂が訪れた。
……ひとつ、息を吐く音が聞こえる。
……ふたつ、悩む声が聞こえ始める。
……みっつ、一匹が煙のようなものを上げ始める幻想が見えた。
「ちょっ⁉︎」
サニーもその幻想を見たのであろう。慌てるように椅子から身を乗り出し、テーブルの上に乗りながら思考が限界を迎えてしまった妖精の元まで急ぐ。
「……ちょっと……」
スターが一言、サニーを見ながら言葉を発し
「これは難儀ね」
ルナがその言葉で締めるように言った。
「きゅう……」
思考が限界を迎えてしまった様子の妖精は、頭から煙を吹き出した幻想が見える程まで思考を回していた様子で、見た目よりも情けない声を上げながら、原木をそのまま使用し、温もりのある床に小さな身体をうつ伏せに倒れさせ……サニーがその身体を仰向けになるように寝返りをさせれば、凛と吊り上がった瞳などの雰囲気とは別物で、いかにも子供である事を証明させるあどけなさを表情に出しながら、目にに渦を描きながら目を回していた。
「……まったくね」
よいしょ、と小さな声を上げながらルナが椅子から降り、肩をすくめながらゆっくり、サニーと倒れた妖精の元へ歩を進め、呆れ半分、と言った表情で床に寝転がる妖精を見やる。暫く妖精の表情を見つめると、サニーに顔を向けて
「知恵熱とか出ない?」
顔を向けられたサニーはルナに首を傾げながらそう尋ね、しゃがみ込んでは妖精の額に手を当てたりして……自分の額にその手を当てては熱が無いか測っているようだ。
「……分からない」
ルナが、表情を引き締めながらサニーにそう言葉を言い放つ。その言葉で場の空気が途端に入れ替わり、サニーの顔は呆けたように口を開き……背後のスターが椅子の上で転んだのは気の所為か、はたまた……。
「ま、まあ……風邪とか引かないし……大丈夫大丈夫」
体制を慌てて直したスターが、苦笑いを浮かべながら二匹に言う。根拠があるのか、表情ばかりは嘘を言っているようには見えず、その言葉は二匹を説得するには十分であった。
「確かに……風邪とか引いたことないっ」
サニーが思い返すように首を傾け、数秒程で言葉を発して、スターの言葉に納得するように大きくうなづく。
「馬鹿はなんとやらだし、ね」
ルナがサニーに横目を向けながら、くすくす、と小さく笑いながらからかうようにそう言い放ち、屈んでいたサニーに右手を差し出す。
「馬鹿と言った方が馬鹿なの。……ねっ」
サニーはルナの右手を左手でしっかりと握り、握った手を引きながら身体を起こそうとする。……ルナは自分の方向に手を引き、サニーが立ち上がるのを手助けし……ゆっくりとサニーは立ち上がる。
「……むぐぅ……」
サニーが立ち上がった時、悔しそうな唸り声がひとつの空間に響く。あどけなさを宿していても唸り声。幼く、明るい声は唸り声で潰え……それでも、何かが癪に障ったのか、その声は何度か繰り返される。
……険悪とも、良好とも言い難い雰囲気を空間に残しながら、何事も無かったかの様に、場は再び静寂が支配してしまう。倒れた妖精を気遣う仕草を見せながらも椅子に座るサニーミルク、気を取り直す様に髪の毛を整えるスターサファイア、訪れた静寂が心地良い様子のルナチャイルドは椅子に座り直す。それでも、時折、サニーミルクの目線の先を気掛かりしている様子で、何度か繰り返して見ているようだ。
嗚呼、名前を決められなかった妖精は仰向けになったまま、時折、思考を巡らせ、悩み込むように表情を顰める。……この様子なら、起きるのは光の三妖精が地を巡った頃か。