Paint it black   作:ゆず故障

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年月が過ぎ、私はコロンビアの軍病院で働き始めた。

 当時、コロンビアは政情が不安定な上に反政府ゲリラと政府軍の小競り合いが頻繁に起きていて、病院は慢性的な人手不足に悩まされていた。

 もうすっかり板についたスペイン語で経歴を話すと、政府の担当者はすぐにでも働いて欲しいと言ってきた。渡りに船とばかりにその話に飛びついた。

 

 次々と運ばれてくる負傷者に、忙殺されていたそんなある日、脚を撃たれて運ばれてきた若い兵士が、拙い英語で私に声をかけてきた。

 

「ああ、痛え……」

「大丈夫だ。弾は抜けている。麻酔はないが、我慢してくれよ。すぐ済ませるから」

「ありがとう。先生。……その、ドッグタグ……あんた、ベトナム帰りか?」

「……まぁ、そうだ」

「なぁ、今までベトコンを何人殺したんだ?」

「さぁ…。でも、救う命より遥かに多かったのは確かさ」

「ふぅん。あんた、変わってるな」

「そうかな」

「ああ。なんか、俺たちの『ボス』に似てる。不思議だな。顔も全く違うのに」

 

『ボス』と口にした彼の表情は、誇らしげで、羨ましいほどに輝いて見えた。

 縫合している間も、彼は『ボス』がどんなに素晴らしい人物かをずっと語り続けていた。驚いたことに、病室に居た全員が『ボス』の事を知っているらしく、信仰にも近い感情を持っているようだった。

 私は生憎ここに来たばかりで、『ボス』がどんな人物なのかを知らなかった。そして私は、その『ボス』とやらに興味が湧いていた。

 

 コロンビアに来て一カ月が経った。病院のスタッフや患者達からも信頼され始め、よそ者の扱いを受けることも減っていった。

 そんな時、私は一人の少女に出会った。彼女はゲリラに両親を殺され、幼い弟妹を養うためにこの病院で働き始めたと言っていた。

 名前はアルマ。まだ、14歳の少女だった。

 彼女は働き者で、患者の汚れ物やシーツの洗濯、排泄の世話、病室の掃除などを決して厭うことなく真面目にこなし、周りのスタッフや患者達からの評判も良かった。

 彼女の素朴な笑顔と優しさが、戦いに疲弊した彼らの心を癒していたのかもしれない。

 

「私は弟たちを学校に行かせたいんです」

 

 いつかそう話した彼女の真っ直ぐな眼が眩しくて、私はまともに見ることが出来なかった。

 アルマは『よそ者』の私にもよく懐いてくれて、私は少しでも彼女の為になればと思い、英語を教えると申し出た。

 将来、医療の道を歩みたいと言っていたのを覚えていたからだ。彼女は少し驚いた顔をして、本当に嬉しそうに笑っていた。

 

 それから、仕事が終わった後、時間が出来るたびに、私は病院の小さな事務室で彼女に英語を教え始めた。

 

 英語を教え始めて数週間が経ち、その持ち前の勤勉さで彼女の英語は驚くほど上達していた。頭の回転も速く、医療専門用語も難なく覚えてしまうのだ。

 

「すごいな。これなら、アイビー・リーグへ行くのも夢じゃない」

 

 私は賞賛の意を込めて彼女に言った。

 だが、彼女は寂しそうに笑いながら、「そんなお金ないですから」と言うだけだった。

 

 

 

 

 その翌日、私は丁度オフだったので、町の郵便局へ行って、アメリカからの小包を受け取った。中身は英語の辞書と医療の専門書だ。

 アルマがいつもボロボロの辞書を使っているのが気になったのもあるが、日頃の真面目な働きぶりへの細やかな御礼として、彼女にプレゼントしようと考えたのだ。

 彼女に出会ってから、不思議とあの夢を見ることがなくなり、体調も良い。

 私は包みを開けたアルマの驚く顔を楽しみにしながら、帰路に就いた。

 

 だが翌日、アルマの姿を見ることはなかった。

 真面目な彼女が、無断で仕事を放り出すわけがない。

 私は言いしれぬ不安を感じていた。今思えば、虫の知らせだったのかもしれない。

 連絡もないままに、次の日になり、そしてその日も彼女は来なかった。

 私は彼女の身に何かが起きたのではないかと思った。

 スタッフ達に聞いても、困惑したように知らないと言うばかりで埒が明かなかった。警察にも話したが、よそ者が何を言っているのかと相手にすらされなかった。

 3日が経たったが、彼女の行方はようとして知れなかった。様々な所を聞きまわり、探し回ったが、無駄だった。

 

 しかしある朝、不安と苛立ちを募らせて、休憩所で普段吸う事のないタバコをふかしている時、思わぬところから手がかりを得た。

 

「先生」

 

 一人の兵士が、私の傍に寄ってきた。顔を見ると、あの、脚を撃たれて運ばれてきた若い兵士だった。

 彼はあたりを見回すようにして人がいないことを確かめると、小さな声で言った。

 

「あの子の事ですが……もう、探しても無駄かもしれません」

 

 私は驚き、彼を見つめた。

 

「3日前、政府の治安部隊に拘束されるのを見た者がいます。噂によれば、彼女は反乱組織のスパイという線が濃厚のようです」

 

 その言葉に血の気が引いた。今は別の施設に連行されて、尋問を受けているだろうと彼は付け加えた。

 

「彼女はまだ10代だ。そんなことは許されない。たとえ彼女がスパイであろうとも」

 

 彼の話によれば、彼女は年齢を偽っており、二十歳も過ぎているということ、そして軍病院に入り込み、そこで得た情報を反政府組織に流していたということだ。

 だが、私は躊躇することなく、彼にアルマの居場所を聞いていた。彼は少し戸惑いながら口を開いた。

 

「先生。事の次第によっては、あんたにもスパイ容疑がかかっちまう。それは判っているはずだ」

 

 判っていた。だが、私は彼女を救わなければならなかった。

 私の決心が揺らぐことは無いと悟ると、彼はやれやれと肩をすくめて、彼女がいると思われる場所をいくつか教えてくれた。

 

 その夜、私は久しぶりにM1911を整備して腰のホルスターに提げた。暫く感じていなかったずしりとした冷ややかな重みが、否応にもあの戦場を思い出させる。

 時計を見た。時間がなかった。日中のうちに借りておいた馬に跨ると、夜の闇が濃くなり始めた西へ向けて走り出した。

 彼から聞いたいくつかの候補から、彼女がいるであろう場所を絞り込んだ。昼間の仕事時に、兵士達の会話を聞いたり、それとなく話題を振ってみたところ、運よく拘束時に居合わせた兵士の話を聞けた。

 その兵士は病院で彼女に世話になったこともあり、幾分か同情的だった。私は兵士に少し多めのドルを渡すと、彼は居場所を仲間から聞き出してくれた。

 彼女は首都ボゴタを西に2キロほど行ったところ、廃墟になった製材所に監禁されているらしい。

 

 くれぐれも、無茶しないで下さいよ。ここはあんた以外藪医者しかいないんだから。そう言った若い兵士の言葉を思い出し、私は苦笑した。

 

 

 

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