霊使い達の始まり   作:土斑猫

1 / 2
火の話

  

【挿絵表示】

               

 

 

 それは、暑い夏の日の事だった。

 「ちぇっ、全くついてないぜ。」

 彼女はそんな風に毒づきながら、とある山中の獣道を歩いていた。

 今朝、泊まった宿屋を出てからすでに半日以上。

 日のある内に山越えをしようとしたのはいいが、途中で近道をしようと脇道にそれたのがいけなかった。

 入った道は進むうちに先細り、いつしか草木の生い茂る獣道と化していった。

 この時ほど、自分の短気な性格と方向音痴を恨んだ事はない。

 歩を進める毎に、長い金髪に枝葉が絡まって鬱陶しい。

 降り注ぐ西日が、ジリジリと黒衣に包んだ身体を容赦なく炙る。

 いくら炎を術とする彼女でも、それとこれとは話が別である。

 汗を吸い、肌に張り付く衣服を不快に思いながら恨めしげに頭上の太陽を見上げる。

 大分西に傾いたそれは、あと数刻もすれば山の向こうに消えてしまうだろう。

 「あ~あ、だぜ。こんな所で野宿なんざ、洒落にもなんねーぜ。」

 ぼやきながら額にかかる前髪をかき上げたその時―

 バササッ

 突然目の前の茂みが割れた。

 「ぜ?」

 出てきたのは、太い嘴を持った大蛇の様な怪物。

 『ディッグ・ビーク』という、獣族のモンスター。

 ジュロロロロロロ・・・

 ディッグ・ビークは唸り声を上げながら、ジリジリと彼女に近づいてくる。

 どうやら、攻撃する気満々の様である。

 しかし、当の彼女はそれに怯える事もなく、逆にその目を剣呑に光らせる。

 ちなみに目つきが鋭いので、結構怖い。

 「はっ、オレを喰おうってか?丁度いいぜ。こちとらさっきからイライラしてんだぜ!!」

 言葉とともに、彼女の両手に紅い炎が灯る。

 「丸焼きにして、逆に晩飯にしてやるぜ!!」

 ジュロロロロロロッ

 太い嘴を大きく開いて飛びかかってくるディッグ・ビーク。

 それに向かって、彼女が両手の炎をぶつけようとしたその時―

 ザスンッ

 ――ッ!?

 不意に響く鈍い音。それと同時に―

 ドサンッ

 ディッグ・ビークの巨体が倒れ込む。

 「ありゃ?」

 ポカンとする彼女の前には、一人の男性。

 その手に握られるのは、たった今ディッグ・ビークの背中を断ち割った大剣。

 「蒼炎」の文字が刻まれた大剣それを下げながら、彼もポカンとした顔で彼女を見る。

 

 「誰だぜ?あんた。」

 「誰だい?君は。」

 

 そんな二人の声が、森の中に重なる様にして木霊した。

 

 

 「成程。その学校の卒業試験のためにこんな所まで・・・」

 「だぜ。全く、面倒な話なんだぜ。」

 ぶつくさ言う彼女に、綺麗にさばかれたディッグ・ビークを担いだ男はククッと苦笑した。

 二人は今、森の中を連れ立って歩いている。

 彼女の事情を聞いた男が、自分の家で一夜を明かしたらどうかと申し出てきたのだ。

 嫌も応もない。

 この山中で野宿するのを考えたら、確かに地獄に仏な話である。

 男性の誘いと言う事に、些かの警戒感もあった。

 しかし、男の人の良さそうな気配を見て誘いに乗ってみる事にした。

 もっとも、いざと言う時には自分の身を守る自信がある事もあるのだが。

 ガサガサ

 バサバサ

 黄昏の堕ちてきた森の中を、二人は進んでいく。

 男が、行く手の草木を大剣で払ってくれるので先刻よりも余程歩きやすい。

 その事が、彼女の機嫌を幾分か回復させていた。

 「しかし、幾ら何でもその格好は山越えに向かないんじゃないか?まるで舞踏会にでも行きそうな格好に見えるんだが・・・」

 男が言う。

 暗に旅を舐めるなと咎めているのだ。

 しかし、当の本人は素知らぬ顔。

 「余計なお世話なんだぜ。この格好はオレのポリシーだぜ。」

 そう言って、黒いドレスの端をチロリとめくって見せる。

 「魔法使いだと言ったかな?」

 「ああ。炎術師(ファイヤーソーサラー)だぜ。」

 ポウッ

 ピッと立てた指の上に、炎が灯る。

 「だから、オレを連れ込んで何かしようと思ってんなら止めとくんだぜ。大事な所を使い物にならなくしてやるぜ?」

 その言葉に、男は再び苦笑する。

 「ハハハ。それは恐ろしいな。肝に銘じておくよ。もっとも、その心配はないがね。」

 そう言って、男が前方を指差す。

 森の中、唐突に開けた空間。

 そこに、丸太を組み上げて作られた一棟の小屋が立っていた。

 それに近づいた男が、大きな声を上げる。

 「ただいま。今帰ったよ。」

 途端―

 「お父さん、おかえりー!!」

 バタンと扉が開き、一人の少女が飛び出してきた。

 そのまま、小さな身体が男にぶつかる様に抱きつく。

 歳は10歳程だろうか。炎の様に朱い髪が印象的な少女だった。

 「ただいま。ヒータ。」

 男は笑いながら、少女の頭をクシャクシャと撫でる。

 ヒータと呼ばれた少女はニコニコしながら男に抱きついていたが、ふと彼女に気がつくと驚いた様に男の影に隠れた。

 すると、

 「お帰りなさい。あなた。」

 響く、もう一つの声。

 見れば、小屋の戸口に銀髪の女性が立っていた。

 「あら、珍しい。お客様?」

 そう言って、ニコリと微笑む。

 「・・・と言う訳さ。」

 「納得だぜ・・・。」

 男の言葉に、彼女はコクリと頷いた。

 

 

 「へぇ。それでこんな山奥に。苦労してるのねぇ。」

 彼女―ファイヤーソーサラーの前に料理(ディック・ビークのシチュー)を置きながら、銀髪の女性は気の毒そうにそんな事を言う。

 「いや~。先生達のしごきに比べたら、ずっとマシなんだぜ。」

 そう答えながら、ファイヤーソーサラーはパンをちぎると口に放り込んだ。

 「まぁ、こうやって出会ったのも何かの縁だろう。大したもてなしも出来ないが、せめて今夜一晩ゆっくり休んでいきなさい。ところで、酒はいけるのかい?」

 「ぜへへ。こう見えても炎属性なんだぜ。アルコールなんか、入れてもすぐ燃えちまうのぜ。」

 「おお、それはいい。うちでは家内が下戸でね。飲み相手にはいつも不便してるんだ。今夜は、とことん付き合ってもらおうか。」

 「へへ~。望む所なのぜ。」

 「ちょっと。ヒータもいるんですからね。ほどほどにしてくださいよ。」 

 エール酒の満たされたカップを打ち合う男とソーサラーに、銀髪の女性が苦笑いしながら釘をさす。 

 「ぜ?」

 言われて見ると、朱髪の少女が女性の影に隠れてチラチラとこちらを見ている。

 「どうしたんだぜ?こっち来て一緒に食おうぜ。」

 来い来いと手招きするが、ヒータと呼ばれた少女は慌てた様に女性の影に隠れてしまう。

 「ありゃ?」

 小首を傾げるソーサラー。

 「オレ、何か気に障る事したかな?」

 「ははは、そういう訳じゃないよ。この娘はひどい人見知りでね。」

 そう言うと、男はグイッと杯を空ける。

 「幼い頃にここに移り住んで以来、他人と会う機会が滅多にないからね。仕方ないと言えば仕方ないんだが・・・」

 「そう言えば・・・」

 手にしたカップを置きながら、ソーサラーが訊く。

 「あんた達、何でこんな所に住んでるんだぜ?見たところ、ただの猟師とも思えないんだけどなぁ・・・」

 それを聞いた男が、エールをあおる手を止める。

 「・・・分かるかい?」

 少し鋭さを増した目で、男が言う。

 その視線を受け止めながら、しかしソーサラーはニヤリと笑う。

 「これでも身一つで旅してるんだぜ。節穴じゃない。あんたの持ってた剣はただの狩り用にしちゃ業物過ぎるし、奥さんの身のこなしも何処か素人っぽくないんだぜ。」

 手にしたフォークをピラピラと揺らしながら、探る様に目を細める。

 「やれやれ。敵わないなぁ・・・。」

 「まあ、隠す事でもないが・・・」などと言いながら、男はトクトクと酒壺から新たな一杯をカップに注ぐ。

 「察しの通り、俺はもともとの猟師じゃない。元は麓の国で守護兵団の職に就いていた。」

 「この人、強かったのよ。世間では、『蒼炎の剣士』なんて二つ名で呼ばれていたわ。」

 女性がクスクス笑いながらそう言うと、男も苦笑しながら言葉を返す。

 「そう言うお前だって、中々のものだったじゃないか。屈指の強弓使いで、『紅蓮の女守護兵』と呼ばれていただろう。」

 「いやね。そんな厳つい二つ名、好きじゃなかったわ。」

 そう言って笑い合う二人。

 そんな二人を、ヒータは何やら複雑そうな表情で見つめている。

 「蒼炎と紅蓮か。いい組み合わせなのぜ。で、そんな二つ名までもらってた戦士が何でこんな所にいるんだ?町にいた方が良い生活が出来るのぜ?」

 「まあ、それはそうなんだがね・・・」

 フォークでよく煮込まれた肉をほぐしながら、男は言う。

 「何ていうのかな。疲れてしまったんだよ。」

 「ぜ?疲れた?」

 「ああ。戦士である以上、争いが起これば必ず駆り出される。そしてその先に待っているのは、血で血を洗う様な殺し合いだ。そんな事を繰り返していくと、身体は勿論、心が疲れてくるんだ。」

 「・・・・・・。」

 「病んでくると言ってもいい。周りの景色が血で染まった様に赤く見え、匂いは全て血の匂いに変わり、何を口にしても、血の味しかしなくなる。」

 フォークの先の肉片を見つめる男。

 つられてソーサラーも自分のフォークの先を見つめる。

 湯気を立てる肉。

 口に入れて見ると、よく熟れたトマトソースの香りが鼻に抜けた。

 「この人も私も、そんな生活に嫌気がさしてね。王様からお暇をもらって、守護兵団を辞したの。大分引き止められたけどね、もう限界だった。」

 ヒータの頭を撫でながら、女性が言う。

 「それに、その頃には私のお腹にはもうこの娘がいてね。生まれてくるこの娘に、そんな世界を見せたくなかったのもあるわ。」

 憂いを含んだ眼差しでヒータを見下ろす女性。

 その想いに答える様に、ヒータも彼女を見上げる。

 そんな二人を見つめながら、男が続ける。

 「辞したと言っても、そのまま町にいたらいつ何時駆り出されるか分からないからね。それでこんな山の中まで逃げてきたという訳さ。」

 「ぜぇ・・・。」

 「まぁ、確かに町の暮らしに比べれば不便は多いがね。それでも、ここには求めていた穏やかな生活がある。後悔はないよ。」

 エールの杯が、また空けられる。

 「俺の大剣相棒も、あの頃よりもよっぽど良い仕事をしてくれるよ。」

 そう言って、男は豪快に笑って見せた。

 

 

 数刻後―

 テーブルに突っ伏して寝込んでいる男を前に、ファイヤーソーサラーはカップの底に残ったエール酒をちびちびと舐めていた。

 「ふふ。本当に、お強いのね。」

 すっかり酔い潰れて高いびきをかいている男に毛布をかけながら、女性が笑う。

 「へへ。伊達に炎術師はやってないのぜ。」

 そう言って、最後の一滴を口の中に落とす。

 その様子を楽しげに見ながら、それでも女性はしっかりと言う。

 「でも、そこまでね。大分顔が赤いわよ。」

 「はいな~。」

 そう返事をして、椅子から降りる。

 「ちょっと、風に当たってくるんだぜ。」

 「はいはい。」

 戸口に向かう後姿に、女性は優しく微笑んだ。

 

 

 「はぁ。夜は大分涼しくなったんだぜ。」

 季節の移り変わりを感じさせるそれに髪を揺らしながら、ファイヤーソーサラーはホウ、と火照った息を吐いた。

 ―と、

 クイックイッ

 誰かが服の裾を引いた。

 「ぜ?」

 振り向くと、そこには裾を掴んでこちらを見上げる、朱い髪の少女の姿。

 「お、どうしたのぜ?」

 ソーサラーは腰を屈め、視線を合わせる。

 そんな彼女に向かって、少女はおずおずと口を開く。

 「お姉さんは、国の人?」

 「?」

 その言葉に、ソーサラーは小首を傾げた。

 

 

 「国の人?」

 小さな口が、また紡ぐ。

 ためらう様に。

 けれどハッキリと。

 朱色の眼差しが、ファイヤーソーサラーを見つめる。

 静かに燃える種火の様だ、と彼女は思った。

 「・・・どうして、そんな事聞くのぜ?」

 問う。

 彼女が怯えてしまわない様に。

 優しく。

 優しく。

 問い聞かせる。

 それに答える様に、朱い瞳の少女は言う。

 「・・・時々ね。国から人が来るの・・・。」

 その愛らしい顔を伏せながら。

 ポツリポツリと、少女は話す。

 「戦いがあるから、手伝ってくれって、言いに来るの・・・。」

 その言葉に、ソーサラーはキュッとその目を細める。

 「その度に、お父さんは辛そうな顔をするし、お母さんは悲しそうな顔をする・・・。」

 当然かもしれない。

 袂を分かったとは言え、自分達の生まれ育った国。

 友もいるだろう。

 思いの残る場所もあるだろう。

 募るものは、多々ある筈。

 戦となれば、場合によっては国の存亡にも関わる大事。

 それに手を貸してくれと言われて、心が揺るがない筈がない。

 「だからね・・・」

 呟く様に、仄火の少女は言う。

 「怖いの。いつか、国の人がお父さんやお母さんを連れて行っちゃうんじゃないかって・・・。」

 「・・・・・・。」

 「ねぇ・・・。」

 種火の瞳が、再び上を向く。

 そして、

 「お姉ちゃんは、国の人・・・?」

 もう一度、問うた。

 「ふふ・・・」

 薄く笑いながら、ソーサラーはヒータの頭に手をやる。

 「違うぜ。オレは、国のモンじゃない。」

 言いながら、緋色の髪をクシャクシャと撫でる。

 「だから・・・」

 髪を撫でる手とは別の手が、後ろに回されたヒータの右手を掴む。

 「あ・・・」

 ヒータが、小さく声を上げる。

 「こんな”モノ”は、必要ないぜ?」

 言葉と共に、右手を掴む手に軽く力を込める。

 「・・・・・・!!」

 微かに顔をしかめるヒータ。

 カツン

 その手から何かが落ち、地面に当たって硬い音を立てた。

 「やれやれ。可愛い顔して、結構おっかねーんだぜ。」

 苦笑しながら、落ちた”それ”を拾い上げる。

 白い手の中に収まったもの。

 それは、ひと振りの小刀だった。

 「護身用かな?用途がちょっと、違うんだぜ?」

 問いかける声に、ヒータは顔を強ばらせて答えない。

 「そんなに固くならなくていいんだぜ。別に、怒っちゃいないのぜ。」

 その言葉に、ヒータは不思議そうな顔をする。

 「どうして?」

 「お父さんとお母さんを、守ろうとしたんだぜ?」

 「・・・・・・・!!」

 おずおずと頷くヒータ。

 それに、ソーサラーはニンマリと笑って見せる。

 「お父さんとお母さんが、戦に連れて行かれるのが嫌だったんだぜ?」

 また、頷く。

 「だから、オレを追っ払おうとしたんだぜ?」

 ただ、頷く。

 ソーサラーはクックと苦笑すると、手の中の小刀をヒョイと上に放り投げた。

 「!!」

 ヒータがビクリと身体を竦める。

 空中でクルクルと回った小刀。

 「よっ。」

 その刃を、ソーサラーの手がパシッと掴む。

 そのまま、柄を向けてヒータに差し出した。

 「ほら。返すのぜ。」

 「え・・・?」

 ポカンとするヒータ。

 「ほら。いらないのか?」

 その言葉に、ヒータはおずおずと手を差し出すと、自分に向けられた柄を掴んだ。

 けれど―

 「・・・・・・?」

 ソーサラーは、掴んだ刃の方を離さない。

 「ただ・・・」

 困惑するヒータに向かって、彼女は言う。

 「勘違いしちゃいけないのぜ。あの人達はこんな事をさせるために、これを預けた訳じゃないのぜ。」

 「え・・・?」

 「あの人達は、お前を刃傷沙汰こんな事に関わらせない為に、国を捨てたんだぜ?」

 「・・・・・・!!」

 「なのに、お前の方からそれに踏み込んじゃどうしようもないんだぜ。それこそ、お前のお父さんやお母さんに対する裏切りなのぜ?」

 ハッとした様に目を見開くヒータ。

 そんな彼女に向かって、ソーサラーは優しく、けれど厳しく言い渡す。

 「・・・分かったのぜ?」

 確かめる言葉。

 ヒータはゆっくりと、しかしハッキリと頷く。

 「よし。」

 ソーサラーは微笑むと、小刀の刃を離した。

 「しかし、何だな。」

 「?」

 「何だかんだ言っても、”あの人”達の娘なんだぜ。ひ弱そうに見えて、芯はしっかりしてるのぜ。もっとも・・・」

 小首を傾げるヒータの顔を、覗き込む様に見つめる。

 「方向性はちょっと怖いけどな。」

 そう言って、ソーサラーは愉快そうにケタケタと笑った。

 

 

 「それじゃ、お姉ちゃんは国の人じゃないの・・・?」

 「違うって言ってるぜ。そんなに信用出来ないのぜ?」

 言いながら、ソーサラーは自分の顔を指差す。

 それをジッと見て、ヒータはコクりと頷く。

 「ありゃ。」

 わざとらしく肩を落とす。

 「何で?」

 「・・・だって・・・」

 「だって?」

 「目が、怖い。」

 グッサー

 小刀の代わりに、言葉の刃が薄い胸を貫いた。

 「そ、そりゃないのぜ!!」

 思わず叫ぶ。

 「この目は生まれつきなのぜ!!見かけで人を判断しちゃ、いけないのぜ!!」

 半泣きで叫ぶ。

 と言うか、本気で半分泣いている。

 物心ついて以来のコンプレックスを抉られたダメージは、決して小さくはないのだ。

 「・・・好きでこんな面相に生まれた訳じゃないのぜ・・・。って言うか、いっつもこうなのぜ・・・。あの時も、あの時も、あの時も・・・」

 今まで体験した悲劇の数々が、走馬燈の様に脳裏を過ぎる。

 すっかりいじけて、しゃがみこむソーサラー。

 「あ・・・あの・・・」

 ドレスの裾に土が付くのも構わず、グリグリと地面に「の」の字など書いている。

 その姿を見ている内に、何かがヒータの内に込み上げてくる。

 「ぷっ!!」

 堪らず、吹き出した。

 「アハ、アハハハハ・・・」

 腹を抱えて、コロコロと笑う。

 「お?」

 そんな彼女の声を聞いて、ソーサラーが向き直る。

 「やっと、笑ったのぜ。」

 「だって、お姉ちゃん、可笑しい・・・」

 「コイツ、誰のせいだと思ってるのぜ?」

 そう言って、両拳でヒータの頭をグリグリとやる。

 「キャー。」

 頭を押さえながら、ヒータはなおも笑う。

 「まだ笑うのぜ。この!この!」

 「アハハ、痛い、痛い!アハハハハ・・・」

 二人のじゃれあう声が、満天の夜空に響いては溶けていく。

 「貴女達、そろそろ中に入りなさ・・・」

 そんな呼びかけと共に小屋の戸を開けた女性は、笑い合う二人の姿にしばしポカンとする。

 けれどその相好はすぐに崩れ、優しい微笑みに変わる。

 「アハハハハ」

 「ハハ、ハハハハハ」

 目の前で、姉妹の様に絡み合う二人。

 その姿を、かつて『紅蓮』と呼ばれた女性は、温かな母の眼差しで見つめていた。

 

 

 ・・・それは、夜もふけ堕ちた頃の事。

 夜行性のモンスターでさえも眠りに落ちた、深い、深い、夜の森。

 その闇の中で、蠢く影が幾つ。

 かろうじて、人影と見て取れるそれらは何やら大きな箱の様なものを引いていた。

 「おい、もうここら辺でいいだろう。」

 「ああ、町からは大分離れた。」

 彼らはそう言うと、引いていた箱を台車の上から下ろした。

 「ひぃ~、重ぇ重ぇ。えらい仕事だぜ・・・。」

 「グズグズするな。檻を開けるぞ。」

 「しかし・・・本当にいいんですか?」

 リーダー格らしい影の言葉に、その横の影が問いかける。

 「・・・何がだ?」

 「この山は、我が国を行き来する旅人達の通り道です。”こんな事”をすれば、”奴ら”のみならず、関係ない人間まで巻き込みかねませんが・・・?」

 「何を青臭い事を言っている。」

 かけられた問いを、リーダーらしき影は鼻で笑う。

 「全ては我が国の、ひいては我が君のためだ。何処の者とも知れぬ、卑しき根無し草の事など憂慮する必要はない。」

 「は・・・はぁ・・・。」

 「それに、すでに民たちにはこれから数日、山ここに入らぬ様、お触れが出ている。何も心配する必要はない。」

 言いながら、リーダーは檻の脇に立っていた影に声をかける。

 「鎖を切れ。」

 「は。」

 声と共に、影が手にした物を振り上げる。

 木々の合間から差し込む月光が、無骨な刃に当たり、冷たい光を反した。

 次の瞬間―

 ブンッ

 ガキャアンッ

 重い音と共に刃が振り下ろされ、檻の口を縛っていた鎖を叩き切っていた。

 「・・・放つぞ。」

 リーダーの言葉に、影達の間に緊張が走る。

 「いいか。気をつけろ。もし噛まれでもしたら、そこから”感染”するぞ。」

 皆の間の緊張が、ますます高まる。

 「1・・・」

 「・・・・・・。」

 「2・・・」

 「・・・・・・。」

 「3!!放て!!」

 ガシャンッ

 号令と共に、檻の扉が開け放たれた。

 途端、

 グゥルゥァアアアッ

 濁った唸り声と共に、檻の中から白い影が転がり出た。

 それは子牛程の大きさの、白銀の毛皮を纏った狼。

 『シルバー・フォング』と呼ばれる、獣族のモンスター。

 しかし、様子がおかしい。

 その目は濁った血の色に染まり、裂けた口角からはブクブクと泡を吹いている。

 ゴブゥルゥアアアアッ

 喘ぐ様に開いた口から唾液混じりの泡を散らし、のたうつ様に地べたを転げ回る。

 明らかに、正気を失っていた。

 周りの影達は盾を構え、息を飲んでその様子を見つめる。

 と―

 グブゥアアアッ

 不意にその身体が跳ね上がり、リーダー格の影に向かって突進する。

 「ぬぅ!?」

 ガシャァアアアッ

 影は咄嗟に盾を構えるが、制御を失った巨体を受け止め切れず、盾ごと地面に押し倒される。

 盾の上で転がるシルバー・フォング。

 「隊長!?」

 周りの影達が駆け寄ろうとするが、暴れるシルバー・フォングの狂態に圧倒され、近づく事が出来ない。

 「ぬぁああっ!!」

 そこに響く、渾身の力のこもった声。

 盾が持ち上がり、上に乗っていたシルバー・フォングを揺さぶり落とす。

 グブゥルルルルルッ

 地に落ちたシルバー・フォングは、またしばし地を転がると、痙攣する様に跳ね上がる。

 バサッ ガササササッ

 跳ね上がった身体は茂みの中に落ちると、その中を走り始める。

 ガサッ バササササッ

 遠ざかっていく茂みのうねりを、影達は息を飲んで見守る。

 しばしの間。

 やがて”それ”は遠ざかり、彼らの視界から消えていった。

 それを見届けた影達が、一斉に息をつく。

 「隊長、大丈夫ですか?」

 「うむ。大事ない。」

 部下に助けられ、身を起こしたリーダーは頬についた泡を拭った。

 「上手くいくでしょうか?」

 シルバー・フォングの去った先を見つめていた影達が言う。

 「アレは一度”感染”すれば、一国をも滅ぼすとされるものだ。この山一つなど、ひとたまりもない。」

 そして、リーダーはその顔にニヤリと笑みを浮かべる。

 「”あの二人”も思い知る事だろう。我が君と、我らが国に逆らった報いと言うものをな・・・。」

 そう言うと、彼は周りに向かって言う。

 「さあ、戻るぞ。グズグズしていては、我らも巻き込まれる。」

 頷く影達。

 やがて、彼らの姿は森の外へと消えていった。

 

 

 「ふぃ~。良い天気なのぜ。」

 その日の朝、小屋の外に出たファイヤーソーサラーはそう言って伸びをした。

 支度はすでに終えている。

 もう、旅立つばかりだった。

 「本当にいいのかい?もう一晩二晩、泊まっていってくれても構わないんだが・・・」

 「そうよ。珍しく、ヒータも懐いているし・・・」

 見送りに出てきた男と女性は、残念そうに口々に言う。

 そんな二人の間からは、ヒータがソーサラーを見つめている。

 その瞳を見返しながら、ソーサラーは言う。

 「気持ちは嬉しいけど、そうもいかないのぜ。あんまり甘えていると、情が残っちまうのぜ。」

 そして、腰を屈めると自分を見ているヒータに視線を合わせる。

 「じゃあな。元気でいるのぜ。」

 「・・・うん。お姉ちゃんもね。」

 微笑みながら、視線を交わす二人。

 やがて、ソーサラーが腰を上げる。

 「じゃ、そろそろ行くのぜ。今日中に峠を越したいしな。」

 「道中、気をつけてな・・・とは言っても、君なら心配なさそうだが。」

 「お弁当、傷まないうちに食べてね。」

 男と女性が、口々に言う。

 「はは、まるで父さんと母さんに見送られてるみたいなのぜ。」

 少し照れくさそうに笑うと、ソーサラーはペコリとお辞儀をする。

 

 「お世話になりました。」

 

 そして、炎術師の少女は再び旅路へと足を踏み出した。

 

 

 ・・・それから、どれほどの時間がたっただろう。

 東から昇った日が中天にかかる頃、ファイヤーソーサラーは山の峰近くを歩いていた。

 しかし・・・。

 「・・・変なのぜ・・・。」

 怪訝そうに眉をしかめると、彼女は周囲を見回す。

 「・・・何なのぜ・・・。この気配は・・・。」

 そう。

 昨日と違い、森は奇妙な気配に満たされていた。

 音がしない。

 鳥のさえずり。

 虫の鳴き声。

 そんな、本来森の中に溢れている筈の命の音が全くしない。

 そのくせ、生命の気配は異様な密度で満ちている。

 それも、正常なものではない。

 昏く、澱んだ息遣い。

 引きつる様に、乱れた鼓動。

 それは、病んだ命の気配。

 煮え滾る熱にうなされ、引き裂く痛みに喘ぎのたうつ。

 そんな異様な気配が森の、否、山中に満ちていた。

 「一体・・・?」

 ソーサラーが、もう一度周囲を見回したその時―

 ガサッ バササッ

 目の前の茂みが蠢いた。

 「!!」

 バササッ バサッ

 何かが、近づいてくる。

 身構えるソーサラー。

 そして―

 バサァッ

 ブシュウルルルルッ

 茂みから、唸り声を上げて飛び出したもの。

 「ありゃ?」

 それを見たソーサラーは、拍子抜けした様な声を上げる。

 大きな嘴。

 大蛇の様な身体。

 『ディッグ・ビーク』である。

 「何だ。またお前・・・!?」

 言いかけた声が、止まる。

 ブシュッ ブシュゥルルルルルッ

 飛び出してきたディッグ・ビークは口から泡を吹き、地べたを転げ回る。

 明らかに様子がおかしい。

 その狂態に、ソーサラーの背筋を悪寒が走ったその瞬間、

 ギロリッ

 血色に濁った目が、彼女を捉えた。

 ギュゥバァアアアアアアアッ

 叫び声を上げ、飛びかかってくるディッグ・ビーク。

 (ヤバイ!!)

 本能が、咄嗟にそう告げる。

 「チッ!!」

 ボウッ

 ソーサラーの両手に、炎が灯る。

 そして―

 「『焦炎閃(ファイヤーブラスト)』!!」

 声とともに放たれる炎弾。

 バオゥッ

 それは違う事なく標的に当たり、その身を炎に包む。

 ギュヴウアアアッ

 苦悶の声を上げ、のたうつディッグ・ビーク。

 その様を、鋭い眼差しで見つめるソーサラー。

 ジュバァアアアアアッ

 ”それ”が、最期の叫びを上げたその瞬間―

 グブチャァアアアッ

 「!!」

 湿った音を立て、デイック・ビークの身体から何かが飛び出す。

 グチュグチュッ チュグッ

 燃える毛皮を突き破って現れたもの。

 それは、蠢く無数の節足や触手。

 それらは燃える炎の中、助けを求める様に空をかく。

 「こ・・・これは・・・」

 その様を、呆然と見つめるソーサラー。

 やがて、もがくその身体がゆっくりと傾ぐ。

 ドザァアアアッ

 崩れ落ちる巨体。

 蠢く触手。

 それを、紅い炎が舐め尽くしていく。

 ブスブスと燃え尽きていく”それ”。

 忘我の思いでそれを見つめていたソーサラーの口が、ポツリと呟く。

 「”パラ・・・サイド”・・・?」

 その言葉が、空回る自身の脳にゆっくりと染み込んでいく。

 そして、

 「――っ!!ヤバイッ!!」

 彼女は踵を返すと、来た道を駆け戻り始める。

 その姿は見る見る小さくなり、森の向こうへと消えた。

 誰もいなくなった山道。

 ビュウ・・・

 湿った、気持ちの悪い風が吹く。

 それに揺すられ、焦げた”脚”がボロリと崩れた。

 

 

               ―『寄生虫パラサイド』―

 

 第一級危険生物認定種。

 昆虫族に属する、寄生生物の一種。

 主に接触感染によって増殖する。

 潜伏期間は数時間から一両日。

 その感染力は非常に強く、患者・患畜の体液・体片の付着によって容易に感染する。

 寄生対象範囲は広く、生物系のモンスターのみならず、岩石系、機械系等の無機物系モンスターにまで及ぶ。

 寄生された宿主はその生体構造の全てを支配され、最終的には身体全体をパラサイドそのものへと改変されてしまう。

 本種によって生体改変を受けた宿主は、パラサイドの持つ増殖本能によって動くゾンビ状態となり、更なる宿主を求めて他の生物を襲う様になる。

 その特性により、一旦感染が起これば一国・一コロニーを滅ぼす事も珍しくはなく、第一級危険生物に認定されている。

 自然発生した生物としては異常とも言える危険性を持つため、一説には何者かが故意的に作り上げた生物兵器ではないかとも言われている。

 これに遭遇した場合、体液等の付着は感染の危険が伴うため、格闘術及び武器類による迎撃は不可。

 破壊には、魔法による遠距離攻撃が不可欠となる。それが不可能な場合は、極力接触を避けた上での回避に専念すべき。

 『トゲトゲ神の殺虫剤』や、『虫除けバリヤー』等の対昆虫族用の魔法・アイテムも有効。

 なお、遭遇者には本人が殲滅の手段を持たない限り、魔法連合協会への連絡が義務付けられている。

 

 

 ギュボォアアアアッ

 「このっ!!」

 濁った狂声とともに飛びかかって来た『スピック』を手から放った火炎で叩き落とすと、ファイヤーソーサラーは青息を吐いた。

 「くそっ!!冗談じゃないのぜ!!」

 溢れる汗を拭いながら、ソーサラーは辺りを見回す。

 ほんの数時間の間に、そこは地獄と化していた。

 恐らく、山中の生物全てに感染が広がったのだろう。

 襲い来る一体を倒し、そこからいくらも進まない内に次のモンスターが襲いかかってくる。

 大人しく、普段は人を襲う事などないモンスター達ですらが牙を剥いてくる。

 パラサイドに中枢神経を侵され、闘争本能が暴走しているのだ。

 動物だけではない。

 辺りの木々が、ザワザワと意思を持った様にざわめいている。

 その幹から不気味な節足を生やし、蠢かせているものもある。

 森は狂った生命感に溢れ、息が詰まる様に空気が淀んでいる。

 ビクンッ ビクンッ

 朱い炎の中で燃え尽きていくスピック。

 その身体からは触手や節足が突き出て、ビクビクともがいている。

 それを見下ろしながら、呟く。

 「・・・本格的にまずいのぜ・・・。」

 もう一度、念を押す様にスピックに炎を浴びせかけると、ファイヤーソーサラーはクルリと踵を返し、再び走り出した。

 (無事でいてくれよ・・・!!)

 湧き出す様に襲い来るモンスター達を焼き払いながら、ソーサラーは一心にそう願った。

 

 

 どれほど走っただろう。

 ソーサラーは、ようやくその場所へと着いた。

 そこは、昨日久方の安らぎの時を過ごした場所。

 しかし、今その光景は一変していた。

 見るも無残に破壊された小屋。

 狂った唸りを上げながら、周囲を徘徊するモンスター達。

 辺りに散らばるのは、切り伏せられ、矢を打ち込まれた死体。

 累々と重なるそれらの中で、武器を構えて立つ男と女性。

 そしてその背後には、剣の形をした炎に守られる様にしてしゃがみ込む緋色の髪の少女の姿。

 「おじさん!!おばさん!!ヒータ!!」

 襲い来るモンスター達を炎で弾き飛ばし、ソーサラーは彼らに走り寄る。

 「おお、無事だったか・・・。」

 「来てくれたのね・・・。ありがとう・・・。」

 ソーサラーの方を振り向く事なく、彼らは言う。

 その身体は、倒したモンスター達の返り血に塗れていた。

 それを見たソーサラーの顔から、血の気が引く。

 「あ・・・ああ・・・」

 喘ぐ様に、視線を泳がせる。

 そこで目に入ったのは、ヒータを囲む炎の剣。

 「・・・『炎の護封剣(ブレイズ・ガーディアン)』・・・。」

 「昔ね、ちょっとだけ魔法を齧った事があったの・・・。何でも、手を出しておくものね・・・。おかげで、ヒータ(この子)を守る事が出来た・・・。」

 手にした強弓を弾きながら、女性が言う。

 「それなら、何であんた達も・・・!!」

 叫ぶソーサラーに、女性は薄く笑いかける。

 「駄目よ。私の力じゃあ、この娘一人守るので精一杯・・・。でも、それで十分・・・。」

 「・・・・・・!!」

 ズバァッ

 ギャウゥウンッ

 飛びかかってきた『オオカミ』を、男の大剣が叩き切った。

 おぞましい緑色の体液がパッと散り、男の身体を染める。

 「――っ!!ダメだ!!やめてくれ!!コイツらは・・・」

 「もう、間に合わないわ!!」

 たまらず叫びかけたソーサラーの声を、女性が遮る。

 「分かっているさ・・・。“これ”が、何なのか・・・。」

 荒い息をつきながら、男が言う。

 「でも、私達には他に術はないの・・・。」

 空を舞うモンスター達を次々と射落としながら、女性も言う。

 緑色の雨が降り、彼女の顔を濡らす。

 「君が来てくれて、良かった・・・。」

 「貴女になら、この娘を託せる・・・。」

 穏やかにかけられる言葉。

 それが、ソーサラーの胸をえぐる。

 「そんな・・・そんな・・・!!」

 ワナワナと震える身体。

 それをかき抱いた時―

 「ぐぅっ!!」

 耳に響く、くぐもった声。

 ハッと目を上げると、一匹の『ファランクス』が泡を吹く口で男の肩に齧り付いていた。

 その目から生えた節足が、男の顔を掻き傷つける。

 「やめろ・・・」

 「あうっ!!」

 再び響く悲鳴。

 宙から舞い降りた『スカイ・ハンター』が、翼から伸ばした触手で女性の腕を切り裂いていた。

 「やめろ・・・」

 体勢を崩した二人に、モンスター達が殺到する。

 飛び散る赤と緑の飛沫。

 響き渡る、狂声と悲鳴。

 「お父さん!!お母さーん!!」

 それまで声も出せずに震えていたヒータが、涙を散らしながら引き裂かれる様な声を上げた。

 プツン

 ソーサラーの中で、何かが切れた。

 

 「うわぁあああああああああああああああっ!!」

 

 喉が裂けんばかりに、声を上げる。

 瞬間、彼女を中心に炎が爆ぜる。

 生まれた紅蓮の炎。

 それは、唸りを上げて吹き上がる。

 グゥオオオオオオオ・・・

 地が。

 森が。

 空が。

 全てが、紅に染まる。

 焼け付く大気。

 その中に、地獄が見える。

 裂けた口の中に無数の髑髏を覗かせ、笑う炎獄の使者達。

 それらはやがて一つとなり、巨大な姿を作り出す。

 燃え盛る鬣。

 地を焦がし掴む四肢。

 天を覆う、紅蓮の翼。

 熱い呼気を吐き出す、獅子の頭。

 それは、巨人。

 焼け付く炎に形作られた、有翼四肢、獣頭の巨人。

 その足元で。

 彼女は立っていた。

 ひりつく炎感に嬲られながら。

 炙りねぶる熱感に委ねながら。

 それでも彼女は凛と立ち。

 そして、言った。

 「焼き尽くせ・・・。」

 一片の慈悲も。

 憐憫さえもない声で。

 彼女は言った。

 

 「焼き尽くせ!!『ヘルフレイムエンペラー』!!」

 

 ヴゥオォオオオオオオオッ

 主の言葉に答える様に、炎獄の帝王は歓喜の咆哮を上げた。

 

 

 ―全ては一瞬で終わった。

 ヘルフレイムエンペラーの炎は、核爆発の様に一帯を呑み込んだ。

 後に残されたのはソーサラー達四人の人影と、焦土と化した山の亡骸だけ。

 「ハァ・・・ハァ・・・」

 滝の様な汗を流しながら、ソーサラーは荒い息をつく。

 ヒータは、そんな彼女を怯えた様な目で見ながら、震えている。

 そして、残る二人は・・・。

 「・・・凄い、な・・・。」

 「やっぱり、貴女がいてくれて良かった・・・。」

 全身を乾ききった血の色に染めて、彼らは言う。

 「これで、パラサイドは”ほぼ”全滅しただろう・・・。」

 「・・・後は・・・」

 「・・・!!」

 その言葉に、ソーサラーの身体がビクリと震える。

 「・・・頼む。」

 男が、言った。

 静かな、けれど厳しい声で。

 「な・・・何を言ってるのぜ・・・?」

 引きつった顔で、ソーサラーは言う。

 「・・・あんた達には、まだヒータがいるのぜ・・・。それを、こんな所で・・・!!」

 「だから、貴女に頼むの・・・。このままでは、私達は・・・」

 穏やかな声で、女性が紡ぐ。

 「ね・・・?分かるでしょ・・・?」

 こちらを向く事なく、淡々と語られる言葉。

 ソーサラーの身体が、カタカタと震え始める。

 「・・・い、嫌だ・・・!!嫌だ!!」

 叫ぶ顔は、今にも泣き出しそうだった。

 そんな皆の様子に、尋常でないものを感じたのだろう。

 ヒータが、戸惑う様にキョロキョロし始める。

 そんな彼女を気にかける余裕すらなく、ソーサラーは言う。

 「そ、そうだ!!病院に行こう!!王都(エンディミオン)の魔法病院なら、きっと・・・」

 「・・・間に合わないわ・・・。」

 必死で探り当てた言葉も、あっさりと遮られる。

 「・・・分かってるんでしょう・・・?私達は、もう・・・」

 「――っ!!」

 「・・・頼む・・・。さもないと、俺達は、君達を・・・」

 男が畳み掛ける様に言った、その瞬間―

 メキメキ・・・

 「ぐぁ・・・!?」

 何かが軋む様な音が聞こえ、男が手から大剣を落とした。

 見れば、その腕に不気味な筋が何本も浮いている。

 それは、皮膚を波打たせながらおぞましく蠢いていた。

 「あ・・・!!」

 「来るな!!」

 思わず駆け寄ろうとしたソーサラーを、厳しい声が遮る。

 「・・・もう、時間がないわ・・・。」

 苦しげな息の下で、女性が呟く。

 その頬にも、男と同様に蠢く筋が浮かび上がり始めていた。

 「あ・・・うぅ・・・」

 ソーサラーは、いやいやをする様に首を振る。

 「お願いだから!!」

 振り絞る様な声で、女性が叫んだ。

 「この子に・・・ヒータにそんな姿を見せたくないの!!」

 「―――っ!!」

 その言葉が、すくんでいたソーサラーの身体を動かした。

 力なく下がっていた両腕が、ゆっくりと上がる。

 ボゥッ

 その両手に灯る、朱い炎。

 それを見た二人の顔が、安堵に緩む。

 「すまない・・・。」

 「ごめんなさいね・・・。こんな事に、巻き込んでしまって・・・。」

 そう言う二人に、ソーサラーはまた首を振る。

 「謝るのはこっちなのぜ・・・。”こんな形”でしか、あんた達を救えない・・・。」

 呟くその目から涙がこぼれ、両手の炎に当たってシュッと小さな音を立てた。

 「・・・昨夜の酒は、美味かったよ・・・。」

 「オレもなのぜ・・・。」

 「・・・あのシチューの作り方、ヒータに教えてあるから・・・」

 「・・・分かった。後で、教えてもらうのぜ・・・。」

 「・・・みんな、何言ってるの・・・?」

 三人の様子に、何かを感じたのだろう。

 ヒータが、戸惑った様に問いかける。

 「お姉ちゃん、その火、どうするの?お父さんとお母さん、怪我の手当しなくちゃ・・・」

 彼女の問いに、三人に返す術はない。

 その代わり、男と女性は親としての言葉をヒータにかける。

 「・・・ヒータ、良い道を歩むんだぞ・・・。」

 「・・・幸せだったわ・・・。ありがとう、ヒータ・・・。」

 「・・・何言ってるの・・・?」

 何の事か分からないと言った態のヒータに、ソーサラーは抑揚のない声で言う。

 「ヒータ・・・。目をつぶってろ・・・。」

 「お姉・・・ちゃん・・・?」

 ゴオゥッ

 白い両手に灯った炎が、その勢いを増す。

 「いいから、つぶれ!!」

 「!!」

 放たれた怒号に、思わず目をつぶるヒータ。

 次の瞬間―

 「うわぁああああああっ!!」

 泣き叫ぶ様な声と共に、ソーサラーは両手の炎を放った。

 バオゥッ

 主の手を離れた火炎は真っ直ぐに宙を飛び、その先に立っていた二人を呑み込む。

 「――――っ!!」

 目を開いたヒータが、声にならない悲鳴を上げる。

 思わず駆け寄ろうとした彼女を、後ろからソーサラーが抱き留める。

 ・・・苦悶の声はなかった。

 身を焼く焦熱の中で、彼らはそれでも微笑んでいた。

 穏やかな、とても穏やかな笑顔だった。

 それは、愛娘に向ける最後の優しさ。

 彼女が、これからの生に少しでも悲しい思い出を連れて行かない様に。

 愛する者達の苦しみを、せめても心に刺したまま持っていかない様に。

 そんな、親としての最期の想い。

 炎が燃える。

 その全てを、浄化という慈悲に包んで。

 その身が焼け落ちる瞬間まで、彼らの顔は笑顔を湛えたままだった。

 

 

 ―数分後、そこにはもう、何もなかった。

 役目を終えた炎は消え、地面に少しの灰を残すだけだった。

 フラリ

 ソーサラーの腕から、ヒータが離れる。

 フラフラと歩みながら、たった今まで”彼ら”がいた場所に近寄る。

 カクリ

 膝が折れる様に、跪く。

 小さな手が伸び、白い煙を上げる灰をすくい取る。

 熱ですっかり乾ききったそれは、指の間からサララとこぼれて風に舞った。

 彼女はそれを、ギュッと胸に抱き込んだ。

 「ヒータ・・・。」

 しゃがみ込んだまま動かない。

 ソーサラーは、かける言葉もなくそんな彼女に近づく。

 そして、その肩に手を置こうとしたその時―

 ザシュッ

 「痛っ!?」

 鋭い音と共に、朱い飛沫が飛んだ。

 「・・・・・・!!」

 ソーサラーの手に走る、一筋の傷。

 ポタポタと滴り落ちる朱が、乾いた地面に染みていく。

 息を呑んで視線を上げるソーサラー。

 その先にあったのは、涙を溜めた瞳で自分を見つめるヒータの姿。

 その手に握られているのは、鈍い光を放つ小剣。

 怒りと憎しみのこもった目をソーサラーに向け、彼女は呟く。

 「よくも・・・」

 少女のものとは思えない、低く濁った声。

 「よくも、お父さんとお母さんを・・・!!」

 「・・・っ!!」

 投げかけられた言葉に、ソーサラーは一瞬悲しげに顔を歪める。

 けれど、それはほんの一瞬。

 すぐにその顔に力を戻すと、彼女は言った。

 「・・・そうだ・・・。」

 ヒータの肩が、ビクリと揺れる。

 「オレが・・・オレが殺したんだぜ・・・。お前の、父さんと母さんを・・・。」

 優しい声だった。

 自分でも驚く程に、優しい声だった。

 「やりな・・・。」

 身体が震える。

 その震えを、ありったけの力を込めて抑える。

 「それで、お前の心が癒えるなら・・・。」

 語りかける。

 彼女が怯えてしまわない様に。

 丁度、昨夜のあの時の様に。

 優しく。

 優しく。

 語りかける。

 「その代わり、ここで全部捨ててくのぜ・・・。悲しみも、憎しみも・・・。そして、真っ白な心に戻るのぜ・・・。」

 ヒータの瞳を真っ直ぐに見つめ返しながら、言う。

 「きっと・・・それが、あの人達の願いだから・・・」

 そして、ソーサラーはその両手を開く。

 「さあ・・・」

 微笑む。

 穏やかに。

 最期に、あの人達がそうした様に。

 「おいで・・・」

 最後の、言葉を告げる。

 「う・・・うぅ・・・」

 ヒータは、一瞬躊躇する様に視線を泳がせる。

 だけど、それは本当に少しの間。

 次の瞬間―

 「ウワァアアアアア!!」

 叫びと共に小剣を構え、ヒータはソーサラーの腕の中へと飛び込んだ。

 ドスゥッ

 微かに響く、鈍い音。

 ソーサラーの身体が、揺れる。

 ポタッ ポタッ ポタッ

 細い音を立てて地面に落ちる、朱い雫。

 けれど、ソーサラーの身体は倒れない。

 ヒータの構えた小剣は、確かに彼女の身体に突き立っていた。

 けれど、浅い。

 その刃は、ほんの数センチ埋まっただけでその動きを止めていた。

 「・・・どうした・・・?」

 痛みに顔をしかめながら、ソーサラーはヒータの身体に腕を絡める。

 「・・・もっと、深く刺さないと・・・死なないのぜ・・・?」

 抱きしめた小さな身体は、震えていた。

 「・・・生半可に痛いのは、ちょっと勘弁して欲しいんだけどな・・・。」

 力なく、笑う。

 答えは、ない。

 しばしの間。

 カチャンッ

 やがて、軽い音と共に小剣が落ちた。

 「うっ・・・ううう・・・」

 身体が震える音に、嗚咽が混じる。

 ヒータはソーサラーの胸に顔を埋め、泣いていた。

 小さな腕が細い身体に回され、力が込もる。

 「・・・・・・。」

 ソーサラーも、その腕に力を込める。

 ギュッ

 抱きしめる。

 ギュッ

 抱きしめ返す。

 そして―

 「う・・・うわぁああ・・・」

 ヒータは泣いた。

 大声で泣いた。

 いつまでも。

 いつまでも。

 泣き続けた。

 ソーサラーは、黙って彼女を抱きしめ続ける。

 何も無くなった山。

 幼い少女の嗚咽だけが、青い空に響いては消えていった。

 

 

 空には、大きな月が浮いていた。

 夜の世界に降り注ぐ、あえかな光。

 それが照らし出すのは、むき出しになった地肌。

 動物も。

 植物も。

 そして、恐らくは一握りの土くれに住まう微生物でさえも。

 全ての命が、焼き尽くされた世界。

 何もかもが居なくなったそこは、荒れ果てつつも一種澄み通った静謐ささえ感じさせながら、時の流れにその身を委ねていた。

 と、降り注ぐ月の光以外に存在するはずのないものが、夜の薄闇の中に浮かび上がる。

 ユロユロ・・・ユロユロ・・・

 囁く夜風の中、静かに瞬く光。

 ―『闇をかき消す光(シャイニング・ウィスプ)』―

 闇にわずかな光を灯す、簡易魔法。

 今にも夜闇に溶け消えてしまいそうな、弱々しい光。

 けれど、今そこにいる二人にとっては、確かな心の拠り所だった。

 「・・・お姉ちゃん、怪我、大丈夫?」

 二つの影の一つ、ヒータが光を挟んで向かい側に座る少女に声をかける。

 先刻目の当たりにした惨劇のせいか。

 それとも、自分が犯した所業のためか。

 その声にはまだ、怯えと混乱の色が濃い。

 「なーに。どうって事ないのぜ。旅してりゃ、こんな傷なんてしょっちゅうなのぜ。」

 彼女を動揺させない様に努めて優しい声音で言うと、ファイヤーソーサラーは包帯を巻いた脇腹を押さえた。

 「・・・ごめんなさい・・・。」

 「だから、謝るなって。これは、オレが受ける当然の報いだったのぜ。むしろ、この程度で済んで御の字なのぜ。」

 「・・・・・・。」

 答える事はせず、俯くヒータ。

 膝を抱え、縮こまる姿はあまりに儚く、まるで今にも消え去ってしまいそうだった。

 無理もない。

 たった一日の間に、この少女は全てのものを失ったのだ。

 生まれ育った世界。家。そして両親。

 それは、幼いその身にはあまりにも重く、あまりにも残酷な現実。

 ソーサラーは、黙ってその姿を見つめる。

 つつけば、容易に崩れてしまうであろう程にひびけたその心。

 それは、痛いほどに理解出来た。

 だけど。

 それでも。

 その事を理解した上でなお、彼女にはやらなければならない事があった。

 「・・・ヒータ・・・。」

 少女の、名を呼ぶ。

 「・・・・・・?」

 顔を上げるヒータ。

 虚ろに濁った瞳が、ソーサラーの胸を刺す。

 「こっちに、来るのぜ。」

 「・・・・・・?」

 小首を傾げながら、それでもフラリと立ち上がるヒータ。

 そのまま、ふわつく様な足取りでソーサラーに近づいてくる。

 「座りな。」

 言われるままに、腰を下ろす。

 そんな彼女に向かって、ソーサラーは言う。

 「手を、出して。」

 「・・・何をするの?」

 「いいから!!」

 戸惑うヒータ。

 しかし、急に厳しさを帯びた声にビクリとして右手を上げる。

 おずおずと差し出される、小さな手。

 それに、ソーサラーが自分の手をそっと重ねる。

 「少し、ジッとしてるのぜ・・・。」

 そう言うと、ソーサラーはそっと目を閉じる。

 すると、その身体が淡い緑の光を放ち始めた。

 「!?」

 突然の事に、ビクリと震えるヒータ。

 そんな彼女を落ち着かせる様に、言葉が響く。

 「大丈夫なのぜ・・・。楽にしてろ・・・。」

 その言葉に従い、ヒータは震える身体を鎮める。

 と、奇妙な事が起きた。

 ソーサラーの身を包んでいた光が、つながった手を通してヒータの身体に移り始めていた。

 同時に、何かがヒータの頭の中へと流れ込んでくる。

 それは、大量の。

 あまりにも大量の”情報”だった。

 

 奇妙な模様。

 円陣。

 文字。

 言葉。

 音。

 光。

 闇。

 構築式。

 知識

 意味。

 痛み。

 快楽。

 希望。

 絶望。

 そして、朱い。

 朱い。

 朱い、炎・・・。

 

 気がつくと、ヒータは地面に崩れ落ちていた。

 かがめた背に感じる、温もり。

 「大丈夫か?」

 上からかけられる、労わりの声。

 それに応じて、顔を上げようとしたその時―

 ズキンッ

 脳内を襲う、猛烈な痛み。

 頭の中で、何かがクワンクワンと鳴り響く。

 胸の奥が焼け付く様に蠢き、のたうち回る。

 こみ上げて来る物を抑える事が出来ず、ヒータは嘔吐した。

 苦しかった。

 えづき、咳き込む背中を、添えられた手がさする。

 「落ち着くのぜ。ゆっくり、息をして・・・」

 言われた通りにしようとするが、呼気が喉を通らない。

 代わりに上がってくるのは、焼け付く様な熱い塊。

 次から次へと溢れ出る吐瀉物にむせ込みながら、ヒータは泣いた。

 熱い。

 熱い。

 熱い。

 もう、何が何だか分からなかった。

 猛る熱感に翻弄される苦しみに、泣きじゃくるヒータ。

 その背を、ソーサラーは黙ってさすり続けた。

 

 

 半刻もした頃、ようやくその苦しみは収まった。

 「・・・悪かったのぜ・・・。」

 苦痛の残滓に放心しているヒータに向かって、すまなそうに。

 本当にすまなそうに、ソーサラーは謝った。

 「・・・何を、したの・・・?」

 「術の、継承式・・・。」

 荒く息をしながら問うヒータに、ソーサラーはそう答えた。

 「継承・・・式・・・?」

 訳が分からないと言った態のヒータに対して、ソーサラーは続ける。

 「本当は、相応の鍛錬をしてからじゃないとやっちゃ駄目なのぜ・・・。だけど、今は時間がなかったから・・・。苦しかったよな・・・。」

 「?・・・?・・・?」

 やっぱり、分からない。

 ヒータは要領を得る事が出来ず、ただただ困惑する。

 そんな彼女に向かって、ソーサラーは言う。

 「聞くより、試した方が早いのぜ。」

 言葉とともに、その手が再びヒータの手をとる。

 ビクリ

 先刻の、焼け付く苦しみが蘇る。

 思わず振り払おうとするが、彼女の手は離れない。

 「・・・怖がらなくて、いいのぜ。」

 少し悲しげな声でなだめながら、ヒータの手を返す。

 そして―

 「ヒータ、”唱えて”みな。」

 彼女は穏やかに、そう言った。

 「え・・・?」

 ポカンとするヒータ。

 「呪文だよ。”呪文”。」

 「じゅもん・・・?何の・・・?」

 「魔法の、呪文(スペル)さ。」

 「魔、法・・・!?」

 「そう。もう、お前の”中”にある筈なのぜ。」

 「あたしの、中に・・・?」

 「探して見るのぜ。ゆっくりと・・・」

 言われるがままに、己の内を探る。

 深く。

 深く。

 暗闇を、手で探る様に。

 やがて、何かが触れる。

 心の端。

 精神の欠片。

 魂の、一部。

 そこに、それはあった。

 触れたそれを、握り締める。

 途端―

 それが、意識を這い登る。

 無我を超え。

 有意の領域。

 脳のシナプス。

 曖昧な存在だったそれは、徐々に、けれど瞬く間に、その形を成していく。

 そして―

 「・・・火蜥蜴の、囁き・・・」

 知らず知らずの内に、口が象り始める。

 「神竜の羽風・・・世に滾りし創生の炎・・・」

 紡ぎ造られていく言葉。

 それに沿う様にして、掌の上に浮かび上がる螢緑の光。

 何?

 何?

 これは、何?

 否。

 知っている。

 ”これ”が何なのか。

 今、紡ぎ組み立てられつつあるものがなんなのか。

 自分はもう、知っている。

 「灼熱の御霊となりて・・・」

 未知の既知。

 形を成す、光。

 魔法陣。

 脳裏に組み上げられていく、構築式。

 唱え上げる、最後の鍵。

 「・・・敵を、撃て・・・!!」

 瞬間―

 バオゥッ

 掌の上の魔法陣に、炎が灯った。

 「!!」

 それまで闇を照らしていた闇をかき消す光(シャイニング・ウィスプ)の何倍も強い光が、辺りを散らす。 

 「朱色の炎か・・・。綺麗だな。」

 眼前の炎を呆然と見つめるヒータに向かって、ソーサラーは静かにそう言った。

 

 

 「・・・これ、何・・・?」

 「『炎の飛礫(ファイヤー・ボール)』。お前の、魔法だ・・・。」

 「あたし・・・の・・・?」

 「そう。オレが、お前に継承した。」

 「あたしの・・・魔法・・・。」

 魔法。

 まほう。

 ま・ほ・う。

 その言葉の響き。

 それが、持つ意味。

 それが、自分にもたらしたもの。

 不意に脳裏に蘇るのは、一つの映像。

 燃え盛る、二つの焔柱。

 その中で、微笑む顔。

 焼け落ちていく、その身体。

 そして。

 そして―

 ヒータの身体を、怖気が貫く。

 「いやぁ!!」

 思考より早く飛び出るのは、拒絶の言葉。

 暴れ始めるヒータの手を、ソーサラーの手が一層強く握る。

 「嫌だ!!嫌だ!!嫌だ嫌だ嫌だ!!」

 「落ち着くのぜ!!」

 「いらない!!こんなのいらない!!いらないいらないいらないいらない!!」

 「逃げるな!!」

 そう叫びながら、ソーサラーは燃える炎ごとヒータを抱き締めた。

 熱に炙られた皮膚が悲鳴を上げるが、気にも止めない。

 「頼む・・・。逃げないでくれ・・・。」

 言いながら、抱き締める腕に力を込める。

 「・・・これは、これからお前がこの世界で生きていくのに、きっと必要になる。だから、受け入れてくれ。」

 それでも、ヒータの震えは収まらない。

 カタカタと震える小さな身体。

 それを抱きしめながら、ソーサラーはゆっくりと教え諭す。

 「・・・思い出すのぜ。確かに魔法これはお前の大切なものを奪った。だけど、あの時お前を守ってくれたのも、魔法この力だった筈だ・・・。」

 「・・・・・・!!」

 そう。

 その言葉は正しかった。

 あの時。

 狂気の災禍に囲まれた、あの中で。

 自分を守ってくれた、焔の剣陣。

 猛々しく燃えながら、それでも優しくこの身を守ったあの炎。

 それは、彼女の母が紡いだ想いの術。

 身に蘇る、あの温もり。

 目を閉じて、その感覚を思い出す。

 いつしか、手の中の炎はその熱を温もりへと変えていた。

 ソーサラーの腕の中で、ヒータはその温もりを胸に抱く。

 優しい熱が、小さな胸の中に静かに染みて消えていった。

 

 

 「ヒータ、よく聞くのぜ。」

 ようやく落ち着いたヒータに向かって、ソーサラーは言う。

 「炎の飛礫(これ)を渡したのは、お前自身の身を守るためだ。だけど、それだけじゃない。」

 「・・・・・・?」

 怪訝そうに顔を上げるヒータを見つめながら、彼女は続ける。

 「何で、オレ達は町に降りずに山ここに留まってると思うのぜ?」

 「何故って・・・。」

 小首を傾げるヒータ。

 それに構わず、ソーサラーは、淡々と言葉を紡ぐ。

 「パラサイドの潜伏期間は、数時間から一日。つまり―」

 ソーサラーは一瞬目を伏せると、もう一度ヒータの方をしっかりと見た。

 「”オレ達はまだ、その期間を抜けてない。”」

 「!!」

 「分かるのぜ?」

 ソーサラーの目が、鋭く光る。

 「もし、明日の昼までにお前が発病したら、オレがお前を焼く。その代わり、オレが発病したその時は―」

 「――っ!!」

 容易に察せられる、次の言葉。

 それを察した、ヒータの身が強張る。

 「お前が、オレを焼け・・・!!」

 ゴクリ

 緊張に乾いた喉を、苦い唾液が下り落ちた。

 

 

 その夜、時間は酷くゆっくりと流れた。

 いつ明けるかも知れない闇の中、一睡もする事なく過ごす二人。

 互いの鼓動さえも聞こえる様な静寂の中、夜は深く深く更けていった。

 

 

 結局、何事もないままに夜は明けた。

 けれど、座する二人は動かない。

 一言も発さぬまま、お互いを見つめ合う。

 一刻。

 二刻。

 緩やかに。

 けれど確実に。

 時は流れていく。

 そして、いつしか日は天頂高く登っていた。

 

 

 「おし!!」

 そんな声と共に、ソーサラーがその腰を上げる。

 「もう、大丈夫なのぜ。」

 「・・・大丈夫、なの・・・?」

 おずおずと尋ねるヒータに、彼女は微笑みながら頷く。

 「お互い、運が良かったぜ。」

 そう言って、ヒータの頭をクシャクシャと撫でる。

 乱れた朱毛を気にしながら、幼い少女はハァと胸に溜まっていた澱を吐き出した。

 「・・・これから、どうするの・・・?」

 「そうだな・・・。取り敢えず、町に戻るのぜ。」

 置いていた荷物から携帯食を引っ張り出しながら、ソーサラーは言う。

 「町・・・?」

 「ああ。」

 露骨に不安そうな顔をするヒータに向かって、ソーサラーは続ける。

 「昨日の事を報告しなきゃいけないし、お前の身の振り方も考えなくちゃいけないのぜ。」

 「・・・・・・。」

 「そんな顔しちゃいけないのぜ。お前にとっちゃ嫌な連中の居場所でも、お前の父さんや母さんが”愛した”場所だ。」

 「お父さんと、お母さんが・・・」

 「慣れるまで少し辛いかもしれないけれど、きっと好きになれるのぜ。お前もな。」

 そして、引っ張り出した携帯食をヒータへと渡す。

 「・・・食べたくない・・・。」

 「駄目だ。食え。食わないと、身体が動かないのぜ。」

 そう言われ、ヒータはモソモソと口にし始める。

 その様子を見て頷くと、ソーサラーは自分の分も出そうと荷物を覗く。

 「・・・・・・!」

 大きく膨らんだザック。

 乱雑に詰め込まれた品々の中、一番上に置かれた桜色の包み。

 他のガラクタに押されて潰されない様、大事に入れられたそれ。

 取り出して、包みを解く。

 中に入っていたのは、見た目に可愛く彩られたサンドイッチ。

 けれど、挟まれたレタスは茶色く萎れ、パンにはうっすらと青いものが生えていた。

 少し嗅いでみると、ツンと酸っぱい臭いが鼻をついた。

 (お弁当、傷まないうちに食べてね。)

 頭を過ぎる、優しい声。

 「ごめん、おばさん・・・。」

 寂しげなソーサラーの声が、そよぐ風に流れて消えた。

 

 

 サク・・・サク・・・

 焼けた土を踏み締める音が、静かに響く。

 ソーサラーとヒータは燃え尽きた山を、麓の町に向かって下っていた。

 邪魔する草木が、軒並み灰となった山路。

 歩き易くはなったものの、照りつける夏の日差しを遮るものもまた消えていた。

 「ハア・・・ハア・・・」

 荒い息を吐くヒータ。

 流れる汗が、その頬を幾筋も下り落ちる。

 と、

 フワリ。

 その頭に被せられる、黒いつば広帽。

 「ほら。もうちょいなのぜ。頑張れ。」

 自分の帽子をヒータに被せたソーサラーは、額の汗を拭いながらそう言った。

 

 

 やがて眼下に遠く、件の町が見えて来た。

 「ほら、あそこなのぜ。」

 示す指先の向こうにあるそれを、ヒータは目を凝らして見つめる。

 「あれが・・・?」

 「ああ。”あの人達”の、故郷だ。」

 笑顔を浮かべて、ソーサラーは頷く。

 「あそこには、あの人達の仲間や友達がいる。ひょっとしたら、親戚も・・・お前のお爺さんやお婆さんもいるかもしれない。」

 「お爺さん・・・?お婆さん・・・?」

 その言葉を聞いた時、何処か虚ろだったヒータの瞳に微かな光が灯る。

 ひょっとしたら、これから会うその人々に、今は亡き両親の面影を見出そうとしたのかもしれない。

 「ああ。きっと、良くしてくれる。あの人達の・・・お前の父さんや、母さんの分まで!!」

 壊れかけた心に、やっと戻った小さな光。

 それを絶やすまいと、ソーサラーはことさら明るく言い放った。

 

 

 しかし、それからしばらく。

 町が近づくに連れて、ソーサラーの顔が不審げに曇り始める。

 その様子に気づいたヒータが尋ねる。

 「どうしたの?お姉ちゃん・・・。」

 「おかしいのぜ・・・。」

 足を止めながら、彼女は言う。

 「こんな大事が近場であったんだ。誰かが調べに来て当然の筈なのぜ。なのに、こんなに時間が経っても、これだけ町に近づいても、人っ子一人行き合わない・・・。」

 何か、嫌な予感が胸を過ぎる。

 ソーサラーが足を止めようとした、その時―

 ヒータの手が、彼女の袖を引いた。

 「お姉ちゃん・・・。あれ、何・・・?」

 言われて向けた視線の先にあったのは、黒く焼け焦げた物体。

 近づいてみると、それは大きな鉄の檻。そして炭化した台車の残骸だった。

 「何だ、こりゃ?何で、こんなモンが・・・?」

 そう呟いた時、彼女の目が微かに見開いた。

 横倒しになった檻。その入口に刻まれた紋章。それに、ソーサラーは見覚えがあった。

 それは、一昨日訪れた場所。

 そして、今向かっている所。

 そこで、嫌と言う程目にしたもの。

 「あの町の・・・”国”の紋章・・・?」

 慌てて、檻の全容を見直す。

 大きな、大きな、大きな檻。

 それを形成する鉄の棒は太く、固い。

 実際、ヘルフレイムエンペラーの業火にも耐えた代物。

 並のモンスターでは、壊すどころか傷を付ける事すら出来ないだろう。

 モンスター?

 そう。これは、モンスターを輸送する為の檻。

 なら、中にいた筈のモンスターはどうした?

 あの業火で残滓も残さず、焼き尽くされた?

 いや。ここは爆心地からは大分離れている。

 いかに炎獄帝の炎と言えど、威力は弱まる筈。

 実際、木で出来た台車はかろうじてとは言え、その形を保っているではないか。

 影の跡すら残さずに消え去るなど、ある筈がない。

 では、何故?

 簡単だ。

 あの爆発が起きた時、この檻の中にはもう、モンスターはいなかったのだ。

 そう。

 そのモンスターは、放たれていた。

 何処に?

 決まっている。

 この山にだ。

 では何故?

 何故、そんな事をする必要がある?

 昨夜の、ヒータの言葉が思い浮かぶ。

 あの二人は山に移り住んで以来、国の徴兵を拒み続けてきた。

 それは、国の支配者―”王”の目にはどの様に映っただろう。

 不敬?

 反抗?

 もしそれを、”王”が不快と感じていたら?

 もしそれを、”王”が不許と考えていたら?

 急に湧き出たモノ。

 在る筈のないモノ。

 パラサイド。

 生物兵器。

 媒体。

 消えたモンスター。

 紋章の刻まれた、檻。

 ”国”の、関与。

 頭の中。

 組み上がっていく、理論。

 目眩がした。

 暑さのせいではない。

 証拠に、身体は酷く冷えていた。

 馬鹿な。

 馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な―

 あの二人は、国を愛していたのだ。

 命を拒絶したのは、全て娘のため。

 決して、国に唾を吐いた訳ではない。

 それなのに。

 それなのに。

 子を想う、親の心。

 それを理解し得ない程に、この国の王は愚かだと言うのか?

 決して短くはない時を、己に捧げた者に対する答えがこの仕打ちか?

 だとしたら。

 あまりにも。

 あまりにも―

 ・・・否。

 否。

 否。

 否。

 あの二人の退役を認めたのは、他の誰でもない。

 王自身ではないか。

 それを今更こんな形で咎めるなど、理不尽を過ぎて狂気の沙汰だ。

 矛盾。

 矛盾。

 矛盾。

 頭の中で、否定と肯定が尾を噛み合ってグルグルと巡る。

 まとまらない思考。

 彼女が、二度目の目眩を覚えようとしたその時―

 「お姉ちゃん!!」

 唐突に響く、ヒータの声。

 悲鳴にも似たそれが、ソーサラーを我に返す。

 「―――っ!?」

 いつの間に近づいたのだろうか。

 いつしか二人は、黒く光る鋼の群れに囲まれていた。

 

 

 ガシャ ガシャ ガシャ

 重く軋む足音を立て、鋼の人型が迫る。

 「・・・・・・!!」

 「ヒータ。オレの後ろにいるのぜ。」

 怯えるヒータを己の後ろに回し、ソーサラーは人型の群れを睨む。

 自分達を囲む者。

 その姿に、彼女は覚えがあった。

 「・・・『鉄の騎士(ギア・フリード)』?王都(エンディミオン)の警備兵が何でこんな僻地の国に・・・?」

 「何者か?」

 不審に思うソーサラーに、鋭い声がかけられる。

 見ると、ギア・フリード達の列の後ろから別の人影が前に出てきた。

 現れたのは、全身を真紅の鎧で包んだ戦士。

 彼は鋭い目でソーサラー達の姿を確認すると、厳かな口調で話しかけてきた。

 「私は、『魔導戦士ブレイカー』。この隊の長を務めている。君達は何者か。旅人か?それとも”かの国”の住民か?」

 「・・・オレ達は・・・」

 どうやら敵意はないと見たソーサラーは、質問に対して素直に答える事にした。

 余計な事をして、事を面倒にするのは得策ではない。

 淡々と、昨日起こった事を話す。

 「炎術師?それでは、この山を焼いたのは君か?」

 「ああ。あの状態じゃ、そうするしか手がなかったのぜ。何か、問題でもあるか?」

 「いや。お陰で被害が広がらずにすんだ。しかし、と言う事は君達はその災禍の中にいたのだな。」

 「言った通りなのぜ。」

 「そうか・・・。」

 途端、ブレイカーが剣を抜いた。

 「「!?」」

 「失礼する。」

 鋭く一閃する刃。

 「―――痛っ!!」

 防御する間も、庇う間もない。

 次の瞬間には、ソーサラーとヒータの手に赤い線が入っていた。

 顔をしかめ、傷を押えるヒータ。

 「・・・何するのぜ・・・?」

 その身にザワリと殺気を湧かせながら、ソーサラーはブレイカーを睨む。

 「オレはともかく、この娘は大切な忘れ形見なのぜ。手を出すって言うのなら・・・」

 しかし、当のブレイカーはそんな彼女の殺気を柳の様に受け流しながら、剣先に付いた赤いものを確かめていた。

 「・・・確かに、”感染”はしていない様だ。無礼をした。すまない。」

 そう言って、深々と頭を下げる。

 「・・・潜伏期間は過ぎたって言ったのぜ・・・?」

 ブレイカーの真意を理解したソーサラーは、殺気を収めながら、それでも剣呑な口調で抗議する。

 「それでも、場合が場合。念には念を押す必要がある。」

 「・・・とにかく、疑いは晴れたのぜ?だったら、いい加減そこを通して欲しいのぜ。オレ達は、あの国に用があるのぜ。」

 しかし、行く手を阻むギア・フリード達は動かない。

 「残念だが、それは出来ない。」

 もの言わぬ鉄の騎士達。

 その代わりに、ブレイカーがそう告げる。

 「どう言う事なのぜ?」

 「見て見るがいい。」

 そう言って、彼は何かをソーサラーに差し出す。

 渡されたもの。それは、直接石から削り出した様な風体の無骨な望遠鏡。

 『古代の遠眼鏡』と呼ばれる、魔法アイテム。

 本来は相手の魔法式を読み取るためのものだが、普通の望遠鏡としても使える。

 「・・・・・・。」

 促されるまま、ソーサラーは遠眼鏡を覗く。

 「―――――っ!?」

 千里を見通す筒の先。

 そこは、悪夢に染まっていた。

 町は、酷く荒れ果てていた。

 ほんの二日前、自分が訪れた場所とは思えぬ程に。

 無残に破壊された建物の間。

 血や嘔吐物の散った跡のある道。

 その至る所に、蠢く人影があった。

 蠢く?

 そう。それは、蠢くと言う表現こそが相応しい。

 なぜなら、そこを徘徊する人影は、もはや”人”ではなかったのだから。

 耳。

 眼孔。

 虚ろに開いた口。

 そして、身体中の皮膚。

 それらを破り、飛び出し、のたうつ節足。

 触手。

 目を覆う様な、おぞましい姿。

 ―パラサイド―

 それは、紛う事なく昨日見た地獄の再現。

 大人も。

 子供も。

 家畜達も。

 視界に入る動くもの、全てが侵されていた。

 カタンッ

 遠眼鏡が手から落ちる。

 絶句するソーサラーに、ブレイカーが言う。

 「夜明け前、この国を訪れた旅の魔術師が『D・Dクロウ』を使って通達してきた。感染はもはや、この国の中枢にまで及んでいる。」

 「中枢って事は・・・王宮もか!?」

 「『千里眼(インフィニテリー・アイ)』による無限透視を行った。王宮の中にも、無事な者はいない。王も、王妃も、その血族もだ。」

 「そんな・・・。」

 ガックリと座り込むソーサラー。

 「何で、こんな事に・・・?」

 「・・・二年ほど前、あの国の領主が代わった。」

 誰ともなしに呟いた問い。

 それに答える様に、ブレイカーは続ける。

 「前代の王は良識を備えた王だったが、次に王座についた王はかなりの野心家だったのだ。近隣の国を征服して、領地を増やそうとしていたらしい。王都でも警戒していた。その矢先のこの有様だ。大方、戦の手段の一つとしてパラサイドを利用しようとしていたのだろう。」

 兜の下からのぞく瞳が、忌々しげに歪む。

 「もっとも、代価は高く付いたがな。」

 そう言って、彼は言葉を切った。

 ああ。そう言う事か。

 心の内で、ソーサラーは納得する。

 王の態度が変わったのも。

 パラサイドなどという、自然においてはイレギュラーでしかない存在が現れた事も。

 全てはそれで説明がつく。

 けれど―

 「馬鹿・・・野郎が・・・!!」

 そんなくだらない野心の為に、犠牲となったもの。

 それの、何と大きな事か。

 数多の幸せ。

 数多の想い。

 数多の未来。

 もう、戻らない。

 戻せない。

 願わくば、かの王の魂には冷酷なる冥王の裁きを。

 愚かしい事と知りながら、それでもソーサラーは願わずにはいられなかった。

 

 

 「・・・これから、どうなるのぜ・・・。」

 「この地を、浄化する。」

 疲れ切った声で尋ねるソーサラーに、ブレイカーはそう答える。

 「浄化・・・?」

 「今は”感染”に耐性のあるギア・フリードによる包囲と、『虫除けバリアー』による封じ込めで外界への流出を防いでいるが、いつまでもそうしている訳にはいかん。」

 「だけど・・・浄化って、どうやって・・・」

 「すぐに分かる。」

 そう言って、ブレイカーは空を仰ぐ。

 途端、それまで日が差していた山肌に昏い影が落ちた。

 「!?」

 思わずソーサラーも天を仰ぐ。

 その視線の先にあったのは―

 「な・・・!?」

 出かけた言葉が、詰まる様に立ち消える。

 上げた視線の先にあったもの。

 それは、巨大な。

 巨大な魔法陣。

 それは、地に落ちる影に国一つを丸ごと収めながら、螢緑の燐光を地に降らす。

 その様は、まるで邪心に汚された大地を憂う、神の涙の様にも見えた。

 「何なのぜ・・・。あれ・・・。」

 「君も魔法使いなら、よく見ておくといい。あれが、我らが主、『神聖魔導王・エンディミオン』が極大魔法・・・。」

 呆然と呟くソーサラーに、天を仰いだままブレイカーは語る。

 「『滅閃(ライトニング・ボルテックス)』だ。」

 「―――――っ!?」

 ソーサラーがその意味を理解するよりも早く、天が青白い光を放つ。

 そして―

 ズガァアアアアアアアアアンッ

 大気を切り裂く轟音。

 暗天より下り降りた幾筋もの閃光が、邪性の巣窟と化した国を貫く。

 浄化の光の中、消えゆく人々。

 その叫びを、ヒータとソーサラーは確かに聞いた。

 

 

 ・・・数刻後、ソーサラーとヒータは廃墟と化した町を歩いていた。

 辺りに動くものは、一つもない。

 魔導王の放った滅閃(ライトニング・ボルテックス)は、かの国に存在した生物として活動するもの全てを消し去った。

 後に残ったのは、主達を失った国の抜け殻だけ。

 そんな町に入りたいと言ったのは、ヒータだった。

 その願いを、ブレイカー達は簡単に了承した。

 もはや、災禍の根は根絶されたという確信があったのだろう。

 町に向かうヒータとソーサラーを残し、彼らは去っていった。

 何の気配も無くなった町を、ヒータとソーサラーは歩く。

 カツカツ

 カツカツ

 通りに敷かれた石畳を踏み締める音が、静寂の中に虚しく響く。

 ―と、ヒータがその足を止めた。

 うつむく様に、足元を見る。

 そこには、小さなぬいぐるみが一つ、転がっていた。

 ヒータはかがみ込むと、それを両手で拾い上げる。

 親の手作りなのだろうか。

 布の端切れを縫い合わせて作られた、少し不格好なそれ。

 よほどのお気に入りだったのだろう。

 全体は手垢で汚れ、色が日に焼けて抜けていた。

 ヒータは、手の中のそれをジッと見つめる。

 「・・・女の子が、いたんだね・・・。」

 呟く様に、言う。

 傍らで見つめるソーサラーは、何も言わない。

 言えない。

 「お母さんも、いたんだ・・・。」

 滲む視界。

 ボタンを縫い付けた、ぬいぐるみの瞳。

 その向こうに、かつてあった自分達の姿を見たのかもしれない。

 朱い瞳から、雫が落ちる。

 それはぬいぐるみの目にあたり、涙の様にその頬へと染みていった。

 

 

 夜闇に落ちていく廃墟の中で、ソーサラー達は三日目の夜を迎えていた。

 件の出来事で、気づけば時は午後の半ばを過ぎていた。

 今からの夜行はヒータには無理と判断したソーサラーが、ここでの夜明かしを決定したのだった。

 薪等の燃やすものは、周りの家が蓄えていたものがふんだんにあった。

 無論、家主と呼べる者達は既に亡い。

 空家となった家で夜を越す事も出来たが、流石にそれは気が咎めた。

 比較的視界の効く中央広場。

 そこで彼女達は集めた薪を燃やし、夜を過ごしていた。

 「・・・どうして、こんな事になったのかな・・・。」

 燃える焚き火を見つめながら、ヒータがポツリと呟く。

 「・・・・・・。」

 向かいに座るソーサラーは、何も言わない。

 ただ黙って、薪を火へと焼べる。

 ヒータも、答えを望んでいた訳ではないのだろう。

 そのまま、独り言の様に言葉を続ける。

 「・・・あたしが、強ければ良かったのかな・・・?」 

 「・・・・・・。」

 「あたしが、強ければ・・・」

 「・・・・・・。」

 「お父さんと、お母さんを守れたかもしれない・・・。」

 「・・・・・・。」

 「この国の人達も、守れたかもしれない・・・。」

 ギュウ

 小さな両手が、その中のぬいぐるみを握り締める。

 「あたしが強ければ・・・あたしさえ、強ければ・・・」

 ブツブツと呟き続けるヒータ。

 緋色の髪が揺れるのは、焚き火が起こす気流のせいか。それとも・・・。

 「ヒータ・・・」

 見かねたソーサラーが声をかけようとした、その時―

 うつむいていたヒータが、不意に顔を上げた。

 その目を見たソーサラーが、息を呑む。

 彼女の瞳は、鮮やかな朱に彩られていた。

 炎の色が映ったものではない。

 それを彩るのは、意思。

 強い、強い想いをまとった、意思の色だった。

 

 次の日の朝。朝日に照らされる町の外れに、旅支度を終えたヒータとソーサラーの姿があった。

 「いいのか?ヒータ。」

 「うん。この子も、きっと行きたがってると思うから。」

 そう言うヒータの視線の先には、地面に置かれたあのぬいぐるみ。

 それに向かって、彼女は掌をかざす。

 そして―

 

 「火蜥蜴の囁き 神竜の羽風 世に滾りし創生の炎よ 灼熱の御霊となりて敵を撃て!!」 

 

 その口が象るのは、朗々と紡がれる呪文。

 展開する魔法陣。

 浮かび上がる、朱色の火球。

 

 「炎の飛礫(ファイヤー・ボール)!!」

 

 結ばれる言の葉。

 それとともに、火球が走る。

 朱い光は地面のぬいぐるみに当たり、それを火に包む。

 「気をつけて行ってね。向こうで、きっとみんな待ってるから・・・。」

 送り火の様に天に向かう煙を見つめながら、言う。

 やがて、全てが燃え尽きるのを見届けると、ヒータはクルリとソーサラーに向き直る。

 「行こう。お姉ちゃん。」

 「・・・本当に、いいのぜ?」

 その問いに、ヒータは力強く頷く。

 「・・・分かったのぜ。行こう。」

 そう言って、踵を返すソーサラー。

 その後を、ヒータは追う。

 振り向く事なく。

 躊躇する事なく。

 彼女は、歩く。

 その歩みの行きゆく先。

 そこにある、かの学び舎を目指して。

 

 

 ソヨソヨソヨ・・・

 緑の木々の間を、涼やかな風が通り過ぎる。

 穏やかな木漏れ日が差し込む森の中。

 そこに、その舎はあった。

 その一室に、テーブルを挟んで向かい合う二つの人影がある。

 「・・・それで、貴女は魔法使いになって何を得たいのですか?」

 二つの影の大きい方。

 緑色の被り物から長く艶やかな金髪を伸ばし、白い法衣を着た女性がもう一つの影に尋ねる。

 「・・・強くなりたい。」

 尋ねられた小さな影は、幼い声で、けれどはっきりとそう答える。

 自分を真っ直ぐに見つめる、朱色の瞳。

 それを見つめ返しながら、彼女は問う。

 「・・・その意味を分かっていますか?」

 窓から吹き込む風が、互いの前に置かれたティーカップから立ち上るジャスミンの香りを微かに揺らす。

 朱い瞳は、揺るがない。

 「貴女が求めているのは、”力”です。それが、どんな義務と枷を課すものか、理解していますか?」

 「分かってる。」

 微塵も揺るがず、返る答え。

 「分かっていない分は、これから分かる。分かって見せる。だから、力が欲しい。この世界の、許せない事や、おかしい事を焼き尽くす力が。」

 緋色の髪が風に揺られ、炎の様にさざめく。

 「“オレ”は、強くなる・・・。」

 小さな口が紡ぐ。

 幼い心に宿る、強固な決意と想いを。

 「誰よりも・・・何よりも・・・強くなってやる!!」

 力の限り、言い放つ言葉。

 猛る朱の瞳を、蒼い瞳が見つめる。

 しばしの間。

 そして、

 「・・・分かりました。」

 ホウ、と息をつきながら、女性が言う。

 「そこまでの覚悟があるのならば、私はそれに答えましょう。」

 「・・・・・・!!」

 その言葉に、幼い顔がパァと花の様にほころぶ。

 それを見ながら女性―ドリアードはフフ、と微笑む。

 「炎の様な方ですね。貴女は・・・。」

 カタリと席を立つと、ドリアードは目の前の少女に向かって言う。

 「それでは、始めましょう。」

 「”オレ”は、何をすればいい?」

 後を追って立ち上がりながら、少女は尋ねる。

 「まずは、貴女に適した属性を調べます。今後の教育方針は、それによって決めます。」

 「分かった。」

 「修行は、厳しいですよ?」

 「覚悟してる。」

 「さて、その覚悟、追いつきますかね?」

 少し意地悪気に微笑みながら、ドリアードはふと思い立った様に尋ねる。

 「そう言えば、貴女の一人称・・・」

 「何?」

 「”オレ”だなんて、少し不似合いではありませんか?まるで、男の子みたいですよ?」

 「いいの。」

 その問いに、少女はキッパリと答える。

 「これは、”オレ”の誓いの証。目指す強さ。”あの女ひと”がいる場所までの、道導。」

 「”あの女ひと”・・・ですか?」

 「そう。だから、”オレ”はこれでいい。これで、行く。」

 真剣な顔で言う少女。

 そんな彼女にフフ、と嬉しそうに笑いかけるとドリアードは部屋の扉を開けた。

 「では、行きますよ。ヒータさん。」

 「はい。」

 そんな言葉を残し、二人の姿は扉の向こうに消えた。

 

 

 ・・・誰も居なくなった部屋。

 その窓の外に、建物の壁に寄りかかる様にして立つ人影が一つ。

 「・・・参ったのぜ・・・。」

 困った様にはにかみながら、影―ファイヤーソーサラーはポリポリと頭を掻く。

 「・・・そんな大したもんじゃないんだけどなぁ・・・。」

 言いながら、彼女はフイと空を仰ぐ。

 「・・・おじさん、おばさん・・・。あんた達の想いとはちょっと違うかもしれないけど、あいつは自分の道を見つけたんだ・・・。見守って、くれるよな。」

 ヒュウ

 その言葉に答える様に、優しい風がその身を抜ける。

 誰かに抱きしめられる様な感覚。

 しばし目を閉じてその感触に身を委ねると、ソーサラーは帽子を被り、壁から離れる。

 「さて、オレもそろそろ行かなきゃな。しっかりやらないと、ヒータあいつに追いつかれちまうのぜ。」

 苦笑を浮かべながらそう言うと、スタスタと森に向かって歩き出す。

 と、

 「・・・・・・。」

 クルリ

 突然踵を返して校舎に向き直ると、彼女は深々と頭を下げる。

 「先生、ヒータあいつの事、よろしくお願いします!!」

 しばしそうやって頭を下げると、彼女はパッと身を起こす。

 「よし!!」

 そう言って、もう一度踵を返すと、彼女は再び歩き出す。

 やがて、その姿は森へと消える。

 サヤサヤと吹く風。

 緑の若葉が、手を振る様に静かに揺れた。

 

 

                                終わり

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。