霊使い達の始まり   作:土斑猫

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表紙作成絵師:しろりゆ様(渋 user/58736685 スケブ https://skeb.jp/@siroriyu


風の話

 

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                ―風の話―

 

 

 それは、ひどく穏やかな日だった。

 空は青く澄み、野を渡る風が涼やかに地を潤していた。

 場所は世界の東。

 名はミストバレー湿地帯。

 世界でも有数の沃地であるそこには、古くより「ガスタ」と呼ばれる原住民族が住まい、他の動植物達と共存しながら、穏やかな日々をおくっていた。

 そんな土地にある、一つの丘陵地。

 そこは、今日も天の恵みたる風を受け、その身に纏った草花をソヨソヨと心地良さ気にそよがせていた。

 ―と、

 「神化降霊(カムイ・エク)!!『ダイガスタ・ガルドス』!!」

 そよ風が囁く中に、凛とした声が響き渡る。

 ブワサァッ

 その声と共に光が閃き、翠色の羽根が宙に舞う。

 ピィオォオオオオッ

 涼風にも似た雄叫びを上げ、全身に甲冑を纏う翼が天を覆う。

 見れば、その背には一つの小柄な人影。

 件の巨鳥の羽根と同じ、翠色の髪をなびかせる少女が一人。

 その小さな手に、伸びる手綱をしっかりと握り、真剣な表情で右に、左にと巨鳥を駆る。

 「よし、いいぞ!!ウィンダ!!その調子だ!!」

 「はい、お父上!!」

 下から響いた声に、少女―ウィンダはそう言って頷く。

 声の主は、フードを被った一人の青年。

 彼は小高い丘に立ち、そこから空を翔る少女を見守っていた。

 「ふむ。大分“ダイガスタ”の扱いに慣れてきたようだな。この分なら、じきに巫女として村の護りに就けるか・・・。」

 満足そうに頷く彼の横で、「あーあ。」という声とともに、ドサリと音がする。

 「ん?」

 傍らを見てみれば、少女がもう一人、草の上に大の字になって寝っ転がっていた。

 髪色や顔つき等はウィンダによく似ているが、顔つきは幼く、身体もより小柄。

 その少女に向かって、青年は問いかける。

 「どうした?ウィン。」

 「えー?」

 ウィンと呼ばれた少女は、その幼さの残る顔を膨らませながら青年の顔を見る。

 「だってあたし、何にも出来ないんだもん。」

 「うん?」

 首を傾げる青年に向かって、ウィンは続ける。

 「お父様やお姉ちゃんは、“ダイガスタ”を使えるのに、あたしはなーんにも出来ない・・・。」

 そう言って、空を舞う姉の姿を羨望の眼差しで追う。

 「“ダイガスタ”は使えないし、“疾風”の人達みたいに、闘術が上手い訳でもないし・・・。」

 自分の心の中の鬱憤を振り払おうとするかの様に、緑の草の上でゴロゴロと転がる。

 けれど、胸に溜まったモヤモヤはそう簡単に消えてはくれない。

 「あたしって、村にいる意味、あるのかなぁ・・・?」

 ボソリと呟く。

 「ふむ・・・。」

 幼い娘の苦悩を察したのか、青年は軽く頷くと、ウィンの隣に腰を下ろす。

 「確かに、お前は“ダイガスタ”の神託は受けられなかった・・・。」

 その言葉に、ウィンは「う~~~。」と唸ってゴロリとうつ伏せになる。

 「しかしな、ウィン。」

 いじけた様にブチブチと下草をむしっている彼女に向かって、青年は言う。

 「お前はウィンであって、ウィンダとは違う。」

 その言葉に「ふひぇ?」と呟くと、ウィンは顔を上げる。

 「人にはそれぞれの道というものがある。お前がウィンダに憧れている事も、村の皆の力になりたいと願っているのも知ってはいるが、それとこれとはまた別の話だ。」

 「・・・・・・?」

 「“自分”を見つけろ。ウィン。私やウィンダの道をなぞるのではなく、この村に縛られるのでもなく、お前自身が歩む道を。全ては、それから始まる。」

 「・・・“自分”?」

 「そうだ。」

 「それ、あたしにも出来る?」

 「当然だ。何と言っても、お前はこの私、賢者・ウィンダールの娘なのだから。」

 そう言って、青年―ガスタの賢者・ウィンダールは優しく微笑んだ。

 

 

 「・・・自分を見つけろ・・・かぁ・・・」

 数刻後、場所はガスタの村。

 ウィンは自宅の屋根に上がり、青い空を見上げていた。

 遥かを望むその目に、空を飛ぶ鳥の姿が遠く映る。

 「・・・・・・。」

 しばしの間、考え込む様に黙り込むウィン。

 しかし―

 「う~ん。考えてても良く分かんないや。」

 そう言うと、ヒョイと立ち上がり屋根の上から飛び降りる。

 「こんな時は、行動あるのみ!!」

 そして、自分の部屋に向かうと、物置から小さなザックを引っ張り出す。

 「え~と、後は・・・」

 家中をまさぐり、かき集めた着替えや携帯食をその中に適当につぎ込む。

 「よっと。」

 それを背負い、トテテテと家の出口に向かう。

 その足音を聞きつけたのか、昼食の用意をしていたウィンダがヒョイと顔を出す。

 「あれ?どうしたの?そんな格好して。」

 「うん。ちょっとね。」

 そう答えて、ウィンはニパッと笑う。

 「もうすぐ、お昼だよ?」

 「あー、ごめん。ちょっと、急ぐんだ。」

 言いながら、ウィンダの持っているトレイから焼きたてのパンを一つとるとそのまま頬張る。

 「こら、行儀悪い。」

 「えへへ。」

 口をモゴモゴさせながら悪びれもなく笑うウィンに、ウィンダはハァ、と溜息をつく。

 「何?また冒険ごっこ?」

 わんぱく娘であったウィンは、「冒険ごっこ」と称して村を飛び出しては二、三日を外で過ごしてくる事がよくあった。

 今回もそれかと、ウィンダは思ったのだ。

 けれど、ウィンはヘヘンと胸を張る。

 「ごっこじゃないよ。もっと高尚な目的。」

 「?」

 口の中のパンをゴクリと飲み込むと、首を傾げるウィンダに向かって「ごちそうさま」と言って再び走り出す。

 「ちょっとウィン!!何処にいくの!?場所くらい教えてってよ。」

 その呼びかけにウィンは立ち止まると、クルリと振り返る。

 「う~ん。分かんない。」

 「分からない?」

 「うん!!ちょっと“あたし”を探しに行ってくる!!」

 「“あたし”を探しに・・・?」

 ますます首を傾げながら、?マークを無数に浮かべるウィンダに向かってニパリと笑うと、ウィンは扉へと向かう。

 「よく分かんないけど、なるべく早く帰ってくるのよ。」

 「うん、分かった。」

 背にかけられる声にそう答えると、ウィンは扉を開け放つ。

 途端、爽やかな風とキラキラ光る日の光が、彼女を向かえる様に流れ込む。

 それに眩しげに目を細め、息を大きく一吸い。

 そして―

 「行ってきまーす!!」

 元気良くそう言って、ウィンは外へと飛び出す。

 「行ってらっしゃい。気をつけてね。」

 そんな彼女に、ウィンダはいつもの様に声をかける。

 その声が聞こえているのかいないのか、見る見る小さくなっていくその背中。

 「やれやれ。」

 ウィンダはそう言って苦笑いを浮かべると、忙しげに昼食の準備へと戻る。

 クゥ・・・

 窓辺にとまって事のしだいを見ていたガスタ・ガルドが、ウィンの姿が消えた先を見つめて、寂しげに一声鳴いた。

 

 

 キャンキャン

 歩くウィンの足元に、犬の様な姿をしたモンスターが尻尾を振りながら絡まってくる。

 「だーめ。サっくん。今回は連れて行けないの。」

 いつも冒険ごっこに護衛をかねてついてきたサンボルトにそう言うと、ウィンはテコテコと歩を進める。

 「ウィンー。どうしたの?そんな格好してー。」

 「また冒険ごっこ?」

 「それよりもさ、一緒に遊ぼうよー。」

 いつもの友人達が、そんな事を言いながら集まってくる。

 「うーん。ごめーん。また今度ねー。」

 「えー、つまんなーい。」

 そんな声を背負いながら、ウィンはやっぱりテコテコ歩く。

 「おや、ウィンではないか?何処へ行く?」

 「あ、ムスト様。こんにちは。」

 行き逢った法衣姿の男性に声をかけられ、ウィンはペコリとお辞儀をする。

 「そんな格好をして・・・。また冒険者の真似事か?」

 「エヘへー。」

 ニパパと笑う彼女を見て、ムストはハァと溜息をつく。

 「いつも言っておるだろう?その様な遊びは控えろと。村の外には、危険なモンスターもいるのだぞ?」

 「はい。分かってまーす。気をつけてまーす。」

 そう言って、ビシッと敬礼をするウィン。

 「・・・本当に分かっておるのか?」

 「エヘヘ。大丈夫ですよ。いざという時の護身術ならお父様に習ってますから。」

 米神を押さえるムストに、満面の笑みで答える。

 「とは言ってもな・・・」

 「大丈夫、大丈夫。」

 言いながら、テコテコとムストの横を通り過ぎるウィン。

 「あ、これ!!」

 呼び止めるムストに向かって、彼女は返す。

 「言ってるんです。風が。早く行こうって。」

 「風が・・・?」

 「はい。だから、急がないと。それじゃあ行ってきます。ムスト様。」

 ブンブンと手を振りながら、遠ざかっていく小さな姿。

 「やれやれ・・・。あの猪突猛進な性格、いつか凶と出なければよいが・・・。」

 それを見送りながら、ムストはまた溜息をつく。

 「・・・しかし、あの歳で風の声を聞くか・・・。血は争えんな・・・。」

 感慨深く呟くその前で、件の少女の姿は彼の視界の外へと消えていった。

 

 

 「さーて。どっこに行こっかな?」

 村の出口まで来たウィンは、一旦立ち止まると、眼前に広がる草原を見渡しながらそう呟く。

 手を顎に当て、「う~ん」と考える事しばし。

 けれど、

 「ま、いっか。」

 すぐにそう言って顔を上げると、再びテコテコと歩き出す。

 「そう言う事は全部、風が教えてくれるよね。」

 小さなザックを背負った小さな身体が、テコテコテコテコと歩いていく。

 涼やかな風が、まるでその背を押す様にふわりと吹いた。

 

 そしてその日、ガスタの村から一人の少女の姿が消えた。

 

 

 ―村を出てから、三日目。

 ウィンは、故郷のミストバレー湿地帯から大分離れた山中にいた。

 中身のいっぱい詰まったザックをよいしょよいしょと背負い、半ば獣道の様な山道をテポテポと歩いていた。

 ところが、ふと見るとその行く先で道が左右に分かれている。

 ウィンは立ち止まると、キョロキョロと左右を見比べた。

 「さてはて、どっちへ行こうかな?」

 そう言うと、ウィンは目を閉じて耳を澄ます。

 サヤサヤサヤ・・・

 彼女の耳元を、風が涼やかな音を立てて通り過ぎていく。

 しばしの間。

 やがて、閉じていた目をパッチリと開けるとウィンは左の道を見る。

 「なるほど!!こっちだね!!」

 風に示された道に進路を決めると、自信たっぷりの足取りで例の如くテポテポと歩き出す。

 「風のおかげでこの三日間、危ない場所にもモンスターにも合わなかったし、今回も平気平気!!」

 ふんふんと鼻歌など歌いながら、ろくに足元も見ずに歩いていく。

 ・・・それが、仇となった。

 グニュッ

 不意に足裏から伝わる、気色の悪い感触。

 「ふえ?」

 思わず足元を見ると、踏み出した右足が何やら妙なものを踏んでいる。

 丸太の様な、それでいて巨大なミミズの様な、珍妙な物体である。

 「・・・何だ?これ?」

 言いながら、改めてムギュ~と踏んでみる。

 すると、その足がブニュンとした弾力とともに跳ね返される。

 「?????」

 ブニュン ブニュン ブニュン

 訳が分からぬまま、何度も繰り返す。

 よせばいいのに。

 5、6回も繰り返しただろうか。

 いい加減飽きて、先に進もうとしたその時―

 ガササッ

 突然、横の茂みが弾けた。

 「へ?」

 むせ返る様な獣臭に横を見れば、灰色をした小山の様な物体。

 否、それが剛毛に覆われた獣の背中だと察するのに、時間はかからなかった。

 「え?え?」

 突然の事態に硬直するウィンの視線の先で、“彼”がゆっくりと振り返る。

 短く丸い耳。鋭く突き出した前歯。鋭く光る両眼は、爛々と金色に燃えている。

 ・・・ネズミである。

 その風貌。形。どれをとっても完全無欠な“ネズミ”の造形である。

 しかし、ただ一点。ただ一点だけ、らしくない点があった。

 大きさである。

 普通ネズミといったら数cmか、大きくても30cm内外と言った所が関の山だろう。

 しかし、“彼”は違った。

 デカイ。

 ただひたすらに、デカイ。

 背丈はウィンの三倍、3mくらいはあるだろうか。

 二足で立ち上がるその姿は、ほとんど熊である。

 「きょ・・・巨大、ネズミ・・・?」

 ウィンはその姿を見上げながら、茫然と呟く。

 そのモンスターの名前を知っていた訳ではなく、見たままの感想を口にしただけなのだが、はからずもその呼称は当たっていた。

 ズバリ、『巨大ネズミ』。

 それが、かのモンスターの名前。

 あまりと言えばあまりにも“まんま”な名前なのだが、そうつけられているものはしょうがない。

 とりあえず、今現在の問題はそんな事ではない。

 今の問題は、どうやら“彼”が怒っているらしいという点である。

 その巨体は漲る怒気にプルプルと震え、全身の毛はビンビンに逆立っている。

 「ね、ねぇキミ・・・?」

 ウィンは、おずおずと尋ねる。

 「何か、怒ってる・・・?」

 シュウゥウウウ・・・

 答える様に、低い唸り声を上げる巨大ネズミ。

 「な・・・何で・・・?」

 と、ネズミの視線が自分の足元に注がれている事に気付く。

 「・・・・・・?」

 その視線の先には、さっきから踏みつけている謎の物体。

 その先を目で追ってみると、ネズミの方に向かって伸びている。

 そしてそれが行き着く先は・・・

 「あ・・・」

 ウィンは悟った。

 自分が踏みつけている物体が、何であるかを。

 そう。

 ネズミの尻尾である。

 何度も踏まれたそれは、ジンジンと赤く腫れ上がっている。

 「ご、ごめん!!わざとじゃ・・・!!」

 慌てて謝るが、ネズミの目から怒りの色は消えない。

 それどころか、その目は雄弁に語っていた。

 

 オレ様、オ前、丸齧リ。

 

 「は・・・はは、だ、駄目、か・・・。」

 ジリジリと後ずさりするウィン。

 距離をとりながら、腰の鞘からダガーを抜き取る。

 跳びかかろうと、その身を屈める巨大ネズミ。

 「・・・来る?あんまり戦やりたくないんだけど・・・。」

 ダガーを手に身構えながら、ウィンは諭す様にネズミに語りかける。

 シュウウウウウ・・・

 しかし、巨大ネズミは聞く耳を持たず低く唸り声を上げ続ける。

 そして―

 ヂュラアアアアアッ!!

 響き渡る咆哮。

 身を屈めた巨大ネズミが、牙を剥いて跳びかかる。

 「くっ!!」

 迫る牙をスレスレで避けるウィン。

 肩の布が裂かれ、朱い滴がパッと散る。

 鈍い痛みに顔をしかめながら、それでもウィンは手にしたダガーをカウンター気味に巨大ネズミの鼻面に突き立てた。

 「ごめんね!!」

 ヂュラァアアアアッ!!

 鼻は、この手の獣の共通の弱点。

 巨大ネズミは悲鳴を上げて転げ回る。

 「よし!!今のうちに・・・」

 巨大ネズミが立ち直る前に、ウィンがその場を後にしようとしたその時―

 ザワリ

 全身を悪寒が走り、ウィンは反射的にその身を翻した。

 次の瞬間、

 ザヒュウッ

 それまでウィンがいた空間を、鋭い牙が引き裂いた。

 「え!?え!?」

 突然の事態に驚くウィン。

 周囲に漂う獣臭が、一層その濃さを増す。

 そして目の前の“それ”を見た時、ウィンは驚愕に目を見開いた。

 シュウウウウウ・・・

 低く響く唸り声。

 そこにいたのは、鼻を押さえて苦悶する“彼”とは別の、もう一頭の巨大ネズミの姿だった。

 

 

 「も・・・もう一匹!?そんな・・・!!」

 ウィンは知らなかったが、これが巨大ネズミの固有能力(パーソナル・エフェクト)

 俗に「リクルート」と呼ばれる能力の一種。

 自身が物理的な攻撃によって著しく負傷した場合、他の同属もしくは一定の条件を満たした他種のモンスターを召喚し、守りを固める。

 それが、ウィンに急所を傷つけられた事によって発動したのである。

 シュウウウウウ・・・

 新たに現れた巨大ネズミが、ウィンの退路を塞ぐ様に回り込む。

 「あ、あわわ・・・ど、どうしよう・・・」

 狼狽するウィンの後で、何かが動く気配。

 振り返れば、先に現れた一匹が鼻からボタボタと赤黒い血を流し落としながら、体制を立て直している所だった。

 シュウルルルルル・・・

 喉を震わせて威嚇音を出すその眼差しは、先に倍する怒りの色に彩られている。

 「は・・・挟まれた・・・!?」

 進路も退路も阻まれたウィンの額を、初めて冷たい汗が流れる。

 もちろん、ウィンも護身術の類を身に着けてはいる。

 大抵の事なら乗り越える自信があった。

 生傷の一つや二つは覚悟の上。実際、今まで「冒険ごっこ」の際に危険なモンスターに遭遇した時も、そうやって切り抜けてきた。

 しかし、ミストバレー湿地帯に住まうモンスターは単独で行動する事が多く、今の様に複数の敵に囲まれると言う様な経験は初めてだった。

 しかも、今は援護や牽制をしてくれるサンボルトもいない。

 「う・・・あ・・・」

 後ずさりする背が、木の幹に当たる。

 ジリジリと侠撃する機会をうかがう、二頭の巨大ネズミ。

 「く・・・来るな・・・」

 手に構えたダガーが汗でぬめる。

 何とか気勢を保とうとするが、一度湧き出した恐怖は止まらない。

 そして、獲物の心の揺らぎを、獣は見逃さない。

 ヂュウルルルルルル・・・

 巨大ネズミが、機を得たとばかりに身構える。

 「た・・・助けて!!お父様!!お姉ちゃん!!」

 恐怖に耐えかねたウィンは、とうとう頭を抱えてしゃがみ込んでしまう。

 ヂュウッ

 二頭のネズミが、ウィンに跳びかかる。

 もはやこれまでかと思われたその時―

 ボワンッ

 そんな音とともに、ネズミ達とウィンの間に黒い綿菓子の様なものが現れた。

 ヂュ?

 「へ・・・?」

 唐突に出現した奇物に、ネズミもウィンも呆気にとられる。

 ゴロゴロゴロ・・・ バチバチバチ・・・

 黒い綿菓子は宙に浮きながら、そんな音を立てている。

 帯電しているのか、時折その表面を金色の光が走る。

 「・・・・・・?」

 ・・・・・・?×2

 今の状況も忘れ、“それ”に見入る三者(?)。

 フンフン

 一頭の巨大ネズミが“それ”が何かを確かめようと、鼻を近づける。

 途端―

 ギロリ

 黒い綿菓子の表面に、鋭い眼差しが開いた。

 ヂュッ!?

 ネズミが驚いた次の瞬間、

 ガラガラッ ガッシャーン

 耳をつんざく様に轟く轟音。

 辺りを真っ白に覆う光。

 それが雷光だと気付いた時には、巨大ネズミは全身を痙攣させて引っくり返っていた。

 完全に感電しているらしく、その毛皮は黒く焦げ、縮れた髭からはパチパチと雷の残滓が散っている。

 ヂュチュ・・・!?

 「な、何・・・?」

 その場にいる皆が茫然としていると、

 

 「ビリカ、グッジョブ。」

 

 そんな声が聞こえた。

 

 

 思わずその方向を見ると、そこにはいつの間に来たのか少女が一人立っていた。

 歳はウィン(当時)よりやや年上か。空色のワンピースに黒いローブ。朱いショールを頭巾の様に被っている。頭の後ろの方で結ばれたツインテールが、その顔の愛らしさを強調していた。

 「全く、気に入らないなぁ・・・。」

 少女はそう言うと、ネズミに臆する事無くスタスタと歩いてくる。

 「か弱い女の子を二人がかりで苛めて、恥ずかしくないの?」

 そして、スルリとウィンと巨大ネズミ達の間にスルリと割って入る。

 「・・・と、言っても、ネズミキミ達に分かる筈ないか。」

 溜息とともに、茶色のツインテールがフルリと揺れる。

 「で、キミは大丈夫?」

 背中越しに、少女が訊く。

 「え・・・?あ、は、はい!!」

 思わず頷くウィン。

 「よし。じゃ、ちょっとジッとしてて。すぐに済むから。」

 そう言うと、少女はパキパキと指を鳴らす。

 「す・・・すぐにって・・・わぁっ!?」

 ウィンは思わず驚きの声を上げる。

 バキバキバキッ

 突然響く、藪や小枝の弾ける音。

 感電から回復して起き上がろうとする巨大ネズミ。

 その後ろの茂みから、新たなネズミが顔を出した。

 「ま・・・また増えた!!」

 「ありゃりゃ。ビリカにやられて、能力(エフェクト)が発動しちゃったか。」

 ゴロゴロ・・・

 少女の傍らに浮かぶ黒綿菓子・・・もとい雷雲が申し訳なさそうに低い音を鳴らす。

 どうやらこのミニチュア雷雲、モンスターの様である。

 「気にしないでいいよ。緊急事態だったんだから。」

 そう言うと、少女は雷雲の腹を撫でる。

 ゴロゴロゴロ・・・

 嬉しそうに喉(?)を鳴らして擦り寄る、雷雲。

 「アハハ。駄目だよ。ビリカ。ピリピリするって。」

 笑う少女を、ウィンが、そして三頭の巨大ネズミがポカンと見つめる。

 「あ、あの・・・そんな事してる場合じゃ・・・」

 おずおずと話しかけるウィンに、少女は笑う。

 「アハハ。そうだった。ゴメンゴメン。」

 シュウルルルルル・・・

 あくまで余裕の様子の少女に苛立ったのか、三頭の巨大ネズミが唸りながら身構える。

 「あ、だ、駄目!!早く逃げて!!」

 「何で?」

 「な、何でって・・・このままじゃ、あなたまでやられちゃう!!」

 「でも、ボクがいなくなったら、今度はキミがやられちゃうよ?」

 「で、でも・・・」

 「だいじょび、だいじょび。まぁ、見ててよ。」

 言葉とともに、少女が両手を広げる。

 ポウ

 その両手に、灯る光。

 「それ!!」

 両手に光を灯した少女が、クルリと回る。

 「おいで!!みんな!!」

 言葉とともに、伸びる光の帯。

 その中に、煌き展開する幾つもの魔法陣。

 キラ キラ キラ

 「わ・・・あ・・・」

 ウィンの視界を彩る、星の様な輝き。

 ・・・魅了。

 ただ、魅了。

 その美しさに、ウィンはただただ、魅了される。

 そして、次の瞬間―

 ポンッ ポンッ ポンッ ポンッ

 少女の回りで、魔法陣が弾ける。

 立ち込める、虹色の煙。

 その中から現れたのは、

 

 焼いた土で出来た人形。

 何やら怪しげな絵が描かれた巻物。

 キラキラと光る玉。

 炎を吹きながら踊る人形。

 

 それらが、先に出ていたミニ雷雲と一緒に、少女の周りを飛び回る。

 まるで、おもちゃ箱をひっくり返した様な騒ぎである。

 再び唖然とする、一人+三頭。

 「な、なななな、何!?これ!?」

 「あはは、ボクの友達!!」

 「と、友達!?」

 「そう。ボク、“召喚師”なんだ。」

 「“召喚師”!?」

 「話はあとあと!!今は巨大ネズミこの子達を何とかしないとね。」

 その言葉に従う様に、五体のモンスター(?)達が少女の前でスクラムを組む。

 我に帰ったネズミ達も、体制を立て直すと牙を向く。

 それを見たウィンが、慌てて言う。

 「で・・・でも、その子達じゃ・・・!?」

 玩具みたいなミニモンスター達と、大熊の様な巨大ネズミ達。

 どう贔屓目に見ても、勝ち目がありそうには見えない。

 実際、一番頼りになりそうな雷雲の攻撃も、ネズミ一頭をしばし痺れさせる程度の効果しかなかったのだ。

 オマケに、ネズミはダメージを受けるとさらに仲間を呼んでしまう。

 どう考えても手詰まり。

 ウィンはそう思った。

 けれど、少女はあくまで余裕の態。

 牙を剥いて唸るネズミ達を、真正面から見据えている。

 「さ、お仕置きの時間だよ!?覚悟はいーい?」

 ヂュウアアアアッ

 舐めんなとばかりに、ネズミ達が少女に向かって飛びかかる。

 「!!」

 思わず目を瞑るウィン。

 しかし、次の瞬間―

 カァアアアアアアッ

 スクラムを組んでいた玩具達の姿が、まばゆい光に包まれる。

 突然の事態に、ネズミ達の動きが止まる。

 と、その光の中、朗々と響くのは少女の声。

 

 「小者(しょうじゃ)の矜持 小さな怒り 其を束ねるは不断の絆 其が光 天理の剣となりて 此方に満ちはべりし 全ての不浄を薙ぎ払え!!」

 

 言葉の紡ぎに合わせ、満ちる光が強さを増す。

 そして―

 「いっけぇええええ!!『弱肉一色(ウィーク・ディヴァイン)』!!」

 ドォンッ

 轟音が響き、玩具達の輝きが光の束となって巨大ネズミ達に襲い掛かる。

 「知ってるよー!!巨大ネズミキミ達の能力は、物理ダメージにしか発動しないんだよねー!?」

 少女が会心の笑みを浮かべながら、言う。

 その言葉を肯定するかの様に、光の中に浮かび上がるネズミ達の顔が驚きと恐怖に歪んだ。

 チュドーン

 轟く爆音。

 ヂュウァアアアアーッ

 悲鳴と共に吹っ飛ぶネズミ達。

 その姿は見る見る小さくなり、空の彼方で星となる。

 「おしっ!!」

 少女と玩具達が、勝ち誇った様にガッツポーズをとった。

 

 

 「さて、キミ。傷の具合はどう?」

 飛び回る玩具達を従えながら、少女がウィンに向かって向き直る。

 ―と、

 「・・・へ?」

 キラキラ ピカピカ

 ウィンがその目を輝かせながら、少女を見つめていた。

 「ど、どうしたのかな?キミ・・・?」

 思わずタジタジとなる少女に向かって、突然ウィンがガバッとその身を伏せた。

 俗に言う、“土下座”である。

 「へ!?なになに!?」

 訳が分からんと言った態の少女に向かって、土下座したままウィンは言う。

 「お師匠様!!」

 「・・・は?」

 ポカンとする少女。

 ウィンは構わず続ける。

 「貴女の御技、しかと見させていただきました!!感銘しました!!惚れました!!どうか、弟子にしてください!!」

 「で・・・弟子って、キミ・・・」

 慌てる少女に向かって、ウィンがすがりつく。

 「お願いです!!お師匠様!!」

 「いや、ちょっと待って!!訳分からないんだけど!?」

 しがみ付いてくるウィンを押し戻そうとする少女だが、怒り狂ったスッポンよろしく、頑として離れない。

 「ちょっ、近い!!顔近いから!!とにかく離れて!!」

 「弟子にしてくれるまで離れません!!」

 「だ、だから弟子も何も、ボクは・・・!!」

 「離れませ~ん!!」

 「誰か~!!この娘なんとかして~!!」

 深い山の中、少女の叫びが木霊して消えた。

 

 

 「へーえ。それで村を出てきたんだ。」

 「はい。お師匠様。」

 ウィンの隣に座った少女が、彼女の傷を手当てしながら苦笑する。

 「もう。その“お師匠様”っていうの止めてよ。ボクの名前は“セームベル”。召喚師のセームベルだよ。」

 「でも、お師匠様はお師匠様です!!」

 あくまでも真剣な顔で、ウィンは言う。

 「お師匠様の御技を見た時、風が言ったんです。『この人が、道を示してくれる』って!!」

 頑として譲らないウィンに、セームベルは「まいったなぁ。」と頭をかく。

 「だから、ボクはまだ弟子を取れる様な立場じゃないって・・・。って言うか、その“風の声”ってのに従ったから、さっきのネズミに行き逢っちゃったんでしょう?当てになるの?その声って?」

 そんな指摘に、しかしウィンはイヤイヤと首を振る。

 「大丈夫。風が教えてくれるのは、常に正しき道です!!今回だってほら、風のお陰でお師匠様に会えた!!」

 そう言って、ウィンは再び目をキラキラさせる。

 「そう来たか・・・。」

 こりゃ駄目だと言う態で、頭を抱えるセームベル。

 「あのさぁ、何度も言ってるけどボク自身がまだ修行中の身なんだよ。弟子なんかとれないんだってば。」

 「いいじゃないですか。お付き合いさせてください。ご飯の用意も御身のお世話も、なんだってしますから。」

 「~~~~・・・。」

 いつまで言ってもどこまで行っても、議論は堂々巡りの繰り返しである。

 「お願いします。今ここでお師匠様に見捨てられたら、わたし・・・わたし・・・」

 ついには、その目に涙まで溜め始めるウィン。

 「やばい」、とセームベルは思う。

 これは子供の最終兵器、“泣き落とし”発動の兆候である。

 王宮と泣く子には勝てない。

 これ、この世界の常識である。

 数歳とは言え、年下にこれをやられては流石に後ろめたい・・・というか後味が悪い。

 「ウ、ウ~ム・・・。」

 セームベル、悩む。

 「ウ~ム。ウ~ム。ウゥ~ム・・・」

 悩む。

 悩む。

 悩む。

 そして―

 「う~ん。やっぱり、そうするしかないかぁ・・・。」

 そう言って、ハァ、とため息をつく。

 何か、嫌々そうである。

 一方、その言葉に今にも雨を降らしそうだったウィンは、パァッと顔を晴れさせる。

 「弟子にしてくれるんですね!?お師匠様!!」

 「いやいや。そう言う訳じゃないけど・・・。君、ちょっとそこに立って。」

 「え・・・?な、何ですか?」

 「いいからいいから。」

 そう言いながら、セームベルはウィンを自分の前に立たせる。

 丁度、お互いが向かい合い、対峙する形である。

 「よし!!準備完了!!」

 パンと手を打つセームベル。

 「お師匠様・・・。これは・・・」

 ウィンはしばし考えた後、ハッとした様に顔を引き締める。

 その手が素早く腰に回り、ダガーを引き抜いた。

 「・・・へ?」

 今度は、セームベルがポカンとする。

 「君・・・何を・・・?」

 その問いに、鬼気迫る表情で答えるウィン。

 「これって、あれですよね!?弟子になりたくば、お前の素質を見せてみろっていう・・・」

 「え?えぇ?」

 「その試練、お受けいたします!!」

 「ちょ、ちょっと!?」

 「及ばずとは存じますが、あたしの全力、見てください!!」

 そう言う手の中で、鋭い刃先が剣呑な光を放つ。

 「い、いや、誰もそんな事・・・!?」

 「問答無用!!」

 そして、ウィンはダガーを腰に構え、セームベルに突進する。

 「先手必勝ー!!」

 「わ、わ、わ!!」

 閃くダガーが、その身に迫ろうとしたその瞬間―

 「ぎ、『転生譲星(ギブ&テイク)』ー!!」

 セームベルが叫んだ。

 途端、彼女とウィンの真下に展開する二つの朱い魔法陣。

 「え?」

 驚くウィン。

 ズルンッ

 同時にその真下の魔法陣から這い出る、黒い影。

 ケラケラケラケラ!!

 その影は甲高い声で笑うと、ビョンとウィンの背中に飛び乗る。

 「な、何々!?」

 驚いて振り向くと、そこにいたのはヘラヘラと舌を出す真っ黒い物体。

 「わ、わ!!何これ!?」

 思わず手で押しのけようとすると、黒いその顔がグニュ~ンと伸びて、伸びたその先に同じ顔がもう一つポンと浮かび上がる。

 ケラケラケラケラケラケラケラ×2

 二つの顔が、同時に笑い声を上げる。

 「うひゃー!!」

 混乱の極みに至ったウィンが、足をもつれさせてひっくり返る。

 ブニョン

 背中から伝わる、プニプニした感触。

 気味の悪い事、この上もない。

 「わ、わ、わ!!」

 謎の物体Xの上でもがくウィン。

 「そんなに慌てないでいいよ。その子、何もしないから。」

 そんなウィンを見下ろしながら、セームベルは冷汗を拭き拭きそんな事を言う。

 「お、お師匠様!!何ですか!?これ!!」

 「『ダブルコストン』のニコス君だよ。アンデッドだから、いつもは墓地(セメタリー)にいるんだけど、ちょっと用があったから出てきてもらったの。」

 「よ、用?」

 「うん。“これ”!!」

 その言葉と共に、セームベルの下に展開する魔法陣とダブルコストン―つまりウィンの下―に展開する魔法陣が共鳴する様に明滅する。

 と―

 ポンッ

 ダブルコストンの周りに、キラキラと光る星が四つ、現れる。

 キラキラ

 キラキラ

 四つの星は、優しい光を振りまきながら辺りを飛び回る。

 「わぁ・・・。」

 その美しさに、ウィンは背中に張り付く気色の悪さも忘れて魅了される。

 やがてその星達は宙を舞い、魔法陣の上に立つセームベルを取り囲む。

 と、星達に囲まれたセームベルが淡い光に包まれる。

 「お師匠様・・・?」

 「はぁ・・・」

 呆然とするウィンの前で、星に抱かれたセームベルが静かに息をついた。

 

 

 「これでよし・・・と。」

 淡い光に包まれながら頷くセームベル。

 「お師匠様、一体何を・・・?」

 「んー、これ?『転生譲星(ギブ&テイク)』って言う、罠魔法(トラップ・スペル)。」

 「トラップ・・・スペル?」

 「そう。墓地(セメタリー)から相手側にしもべを召喚して、その代わりに召喚したしもべのレベルまで、自分のレベルを引き上げる事が出来るの。」

 そう言って、セームベルはクルンと回ってみせる。

 確かに、その身から感じる存在感が、先ほどまでに比べて強くなっている様な気がした。

 「それじゃあ、お師匠様・・・」

 背中にダブルコストンを貼り付けたまま身を起こすウィンに向かって、セームベルはプウとむくれてみせる。

 「そうだよ。君にはただニコス君を呼び出す“場”の役をしてもらいたかっただけなのに、話も聞かないで突っ込んで来るんだもん。あせっちゃった。」

 「す・・・すいません。」

 しょんぼりするウィンの頭を、ダブルコストンが慰める様に撫でた。

 

 

 「でも、そんな事をして、何をするつもりなんですか?」

 いまいち要領を得ないと言った態のウィンに向かって、セームベルが微笑む。

 「言ったでしょ?ボクはまだ修行中の身だって。一応、“召喚師”の号はもらってるけど、実際には限界があってさ、自分のレベルと同じレベルのモンスターしか召喚出来ないんだ。だから・・・」

 言いながら、セームベルはウィンの背中のダブルコストンを指差す。

 「それ以上のしもべを召喚するためには、こういう下準備が必要なの。」

 「・・・下準備?」

 「そう。ニコス君のレベルは4。『転生譲星(ギブ&テイク)』の効果で、今のボクのレベルも4。だから・・・」

 言葉とともに、セームベルの手に光が灯る。

 そして、

 「おいで!!」

 灯された光が円を描く。

 キラキラと燐光を散らしながら、宙に浮かび上がる魔法陣。

 その時、見入るウィンの耳元で風が囁く。

 

 (・・・道が、開くよ・・・)

 

 「え!?」

 思わず聞き返したその瞬間―

 ゴォウッ

 魔法陣から噴出す、猛烈な風。

 「キャウッ!?」

 目を細めるウィンの周りで、紫色の羽根が舞い散る。

 キィエエエエエエエッ

 響き渡る叫び声。

 「な・・・何・・・う、うわぁ!?」

 目を開けたウィンの目の前には、緋色の身体に紫色の羽、そして七色の尾羽を持つ巨鳥が座していた。

 鋭い双眼と、その身体のあちこちに散りばめられた丸い眼球が、ジロリとウィンを見下ろす。

 「この通り、レベル4のトルネト君・・・『トルネード・バード』も召喚出来るって訳。』

 そう言って、セームベルはエヘンと胸を張った。

 「す・・・凄い。イグルスよりも大きい・・・」

 呆然と見上げるウィンの前で、トルネード・バードがググッと頭を下げる。

 「よっと。」

 セームベルはそれに飛び乗ると、ウィンに向かって手を伸ばす。

 「おいで。」

 「え?」

 戸惑うウィンに、セームベルは微笑みながら言う。

 「連れて行ってあげる。」

 「え?え?」

 「ボクの、“先生達”の所に。」

 身を屈めたトルネード・バードが早くしろと言わんばかりに、「ギィ」と鳴いた。

 

 

 ビュゴォオオオオオ・・・

 風を巻き込み、羽ばたく紫色の翼。

 見下ろす視界の下で、たなびく雲が次々と後ろに流れていく。

 「凄い凄い!!“ダイガスタ”みたい!!」

 「ほらほら。あんまりはしゃぐと落ちるよ!?」

 キャアキャアと、歓声を上げながら身を乗り出すウィン。

 「まるで子供みたい・・・って、子供か。」

 その襟首を掴みながら、セームベルはタハハ、と苦笑いをする。

 けれど、そんな中でもウィンの耳は確かにその声を捉えていた。

 

 (もう少し・・・もう少し・・・)

 (早く・・・早く・・・)

 

 耳をくすぐり、飛び去っていく風達の声。

 その声が、否応なく彼女の胸を高鳴らせていた。

 そうして飛ぶ事、数分。

 唐突に、雲海が切れた。

 「うわぁ・・・!!」

 そこに広がった光景に、ウィンは簡単の声を上げる。

 どこまでも広がる緑の大地。

 その果てに連なる山脈。

 流れ、飛び行く白い雲。

 そして、その全てを美しく照らし出す太陽。

 それまで、ガスタの村とミストバレー湿地帯しか知らなかった彼女の目に、それらの光景は例え様もない眩さをもって焼き付いていった。

 「綺麗・・・」

 誰ともなしに、呟く。

 「うん?何が?」

 それを耳にしたセームベルが訊く。

 「世界って綺麗・・・」

 震える様に響く、その言葉。

 セームベルは微笑み、黙って頷く。

 

 (ようこそ!!)

 (ようこそ!!)

 (ようこそ!!世界へ!!) 

 

 流れる風。

 祝福の歌。

 涼やかな温もりが、その小さな身体を吹き抜けていった。

 

 

 雲の海を抜けてしばらくすると、眼下に見える風景が変り始めた。

 鬱蒼とした森に囲まれた山々はいつしか消え、青々とさざめく草原へと変る。

 その中に、ポツリポツリと見え始める人家。

 一度目に入り始めたそれらは、見る見る密度を増して、小さな村落を彼方此方に作り始める。

 「・・・村だ・・・。」

 「うん。『魔法族の里』って言うんだ。目的地まで、もうすぐ・・・なんだけど・・・」

 ウィンの言葉に答えていたセームベルが、不意に視線を鋭くしてキョロキョロし始める。

 「・・・今日の当番は誰かな?・・・じゃなきゃいいんだけど・・・」

 「お師匠様。どうしました?」

 その挙動の不審を訝しく思ったウィンが問うが、セームベルは「いや、ちょっとね・・・」と言葉を濁すだけだった。

 

 

 ―明るい部屋の中、ジャスミンの香りのするお茶を傍らに、彼女は静かに本をめくっていた。

 視線が紙の上の文字を滑る度、絹の様な金髪がサララと細い肩を流れる。

 開いていたページを読み終え、次のページをめくろうとしたその時、“彼女”は、ふとその手を止めた。

 深い青を湛えた瞳が、窓の方を向く。

 「・・・誰か、戻ってきちゃったみたいですね。」

 言いながら立ち上がると、窓辺に近づき、窓を開け放つ。

 サァ・・・

 涼やかな風が舞い込み、長い金髪を大きくなびかせる。

 「・・・今日は、“風”が嬉しそうですね。何か、楽しい事でもあったのでしょうか?」

 言いながら、窓の外にそっと手を差し出す。

 「この風の中なら、“貴方達”も気持ちよく舞えるでしょう。」

 そして、差し出した掌の上で若葉色の光が閃いた。

 

 

 最初にそれに気付いたのは、ウィンだった。

 「・・・あれ?お師匠様、何か来ますよ?」

 「え!?」

 その言葉に、セームベルはドキリとした様にウィンが指差す方を向く。

 確かに。その視線の先には、猛スピードでこちらに近づいてくる三つの影があった。

 ギュンッ

 ギュンッ

 ギュンッ

 三つの影は瞬く間にトルネード・バードに肉迫し、その巨体を取り囲む。

 「き、君達は!?」

 それを見たセームベルの顔が強張る。

 彼女達を取り囲むのは、三体のモンスター。

 一体は鳥。

 その尾羽に九つの蛇頭をくねらせる、青羽の孔雀。

 一体は機械。

 パタパタと動く金属の翼と、キコキコと回る発条を付けたカラクリ仕掛けの蝙蝠。

 最後の一体は龍。

 銀色の身体に、オレンジ色の宝玉を光らせる、藍翼の小龍。

 「く、『九蛇孔雀』に『ゼンマイバット』!!それに『デブリ・ドラゴン』!!・・・って事は、今日の当番は・・・!!」

 あからさまに青ざめるセームベル。

 「?、?、?」

 一方のウィンは、訳も分からずオロオロするだけ。

 と、カラクリ仕掛けの蝙蝠―ゼンマイバットの口がカタカタと動き始める。

 『あら、誰かと思えばセームベルさんですか?』

 そこから聞こえてきたのは、鈴音の様な女性の声。

 「ド、ドリアード先生!!」

 セームベルが、喉の奥から引きつった声を出す。

 『貴女達はプリースト先生の授業方針で、1年の自主鍛錬の旅に出ていた筈。逃げ帰ってくるのは、些か早すぎるのではありませんか?』

 「い、いえ!!これには訳が・・・」

 『10秒の猶予をあげます。その間に、速やかに修行の場に戻りなさい。さもなくば、実力で排除します。』

 「ちょ、ちょっと話を聞いて・・・」

 必死の態で弁解するセームベル。しかし、声は聞く耳を持たない。

 『カウントを始めます。10、9、8・・・』

 「せ、先生~!!」

 セームベル、もはや泣きそうである。

 『7、略、3、2、1・・・』

 「“略”って何ですかー!?」

 『0。はい、時間切れ。それでは排除に移ります。』

 途端、事態を静観していたデブリ・ドラゴンの身体が光を放ち始める。

 「わ、わわーっ!!」

 恐怖に戦くセームベル。

 しかし、その横で、ウィンはその光に目を奪われていた。

 「この・・・光は・・・!?」

 見開いた眼差しの前で、デブリ・ドラゴンの光がゼンマイバットと九蛇孔雀を包み込んでいく。

 そして、その“声”が涼やかに、あくまで涼やかに告げた。

 

 『―神化降霊(シンクロ・アドベント)。『スターダスト・ドラゴン』―』

 

 パァッ

 閃き散る無数の星光。

 「ひゃあああ!!」

 「―――っ!!」

 あまりの眩さに、思わず二人はその目をつぶる。(ちなみに一番辛そうだったのはトルネード・バード。何せ、目の数が多い。)

 光に視界を奪われる中、ウィンは一つの光景を思い浮かべていた。

 

 広い草原を渡る風。

 それに舞う、翠の翼。

 手を差し伸べる、姉の姿。

 唄う様に流れる声。

 閃く光。

 大空を駆る、偉大な双翼。

 

 それは、かつて自分が高みと望んだもの。

 そして、今も憧れ想い続けるもの。

 (―ダイガスタ―)

 彼女の脳裏をその言葉が過ぎった瞬間、光が弾けた。

 「ひぇえー!!で、出たー!!」

 悲鳴の様なセームベルの声を聞き、ウィンは目を開ける。

 「わぁ・・・」

 思わず漏れる、感嘆の声。

 そこに在ったのは、巨大な、見た事もないほどに巨大な、一匹の龍。

 大きく広げられた翼は銀。

 しなやかな身体を覆う装甲は蒼銀。

 天に散らばる星屑を集め、凝縮させた様な輝きを放つその姿は、気高い神々しさすら感じさせた。

 クォオオオオオオオン

 幾重にも並んだ歯牙の間から放たれた咆哮が、遠雷の如く青い空に響き渡った。

 

 

 「あわ・・・あわわ・・・」

 目を輝かせて見入るウィンの横で、セームベルは恐慌の極みにあった。

 はっきり言おう。

 こういう場合、ドリアード先生は本気である。

 流石に殺す気まではないだろうが、数ヶ月病院送りにされる可能性は十分にある。

 かと言って、ここで取って返せば今度はこの少女が手に余る。

 となると、目の前の龍と戦って道を開くしかないのだが、どう控え目に見ても勝ち目はない。

 今の自分には、このレベルのモンスターは召喚出来ない。

 苦労して呼び出したトルネード・バードも、全身の羽毛を逆立てていた。

 完全にビビッている。

 無理もない。

 存在自体の格が違う。

 八方塞である。

 トルネード・バードの無数の視線が痛い。

 早く帰してくれと、訴えているのだ。

 言いたい事は分かるが、悲しきかな。そういう訳にもいかない。

 今ここに至って取れる方法はただ一つ。

 “逃げ回る”事である。

 出来る限り逃げ回り、隙を見つけてドリアードに接触。説得するしかない。

 (こりゃ、腹を据えるしかないね!!)

 セームベルが腹を決めたその時―

 キュインッ

 鋭い音を立てて、何かが彼女の頭をかすめた。

 「へ・・・?」

 ズガァアアアアアアッ

 後方から響く、大音響。

 振り返って見れば、自分達の斜め後方の大地に大穴が開いている。

 「な・・・な・・・!!」

 スターダスト・ドラゴンの攻撃、『シューティング・ソニック』。

 高密度に収束させた音波を、ビーム状にして放ったのだ。

 その威力は見ての通り。

 まともに食らったら、ひとたまりもない。

 青ざめたセームベルが視線を戻すと、ドラゴンは再び口を開き、発射体制に入っていた。

 音波が収束する、キュィイインという音が微かに聞こえる。

 「トルネ君!!避けて!!」

 言われるまでもないわいとばかりに、旋回するトルネード・バード。

 次の瞬間―

 チュインッ

 ドラゴンの口から放たれる、青い閃光。

 それが、たった今までセームベル達がいた空間を貫く。

 ズキュアァアアンッ

 そのまま空を下った閃光は大地を穿ち、再び地面に深い深い穴を開ける。

 しかし、攻撃の後には隙が出来るもの。

 セームベルは、そこに活路を見出す。

 「ト、トルネ君!!今のうち!!このまま、先生の所に!!」

 青息をつきながら、再び指示。

 それに従い、全速力で降下を始めるトルネード・バード。

 しかし―

 ギュウンッ

 何かが、トルネード・バードの脇を猛スピードで通り過ぎる。

 「は・・・?」

 ポカンとするセームベル(とトルネード・バード)。

 バサァッ

 その目の前で、大きく広がった銀の翼が行く手を阻む。

 そこにいたのは、たった今置き去りにしてきた筈のスターダスト・ドラゴン。

 あの位置、あの時間差。それを全く無視してトルネード・バードを追撃し、追い越したのだ。

 その名に恥じぬ、まさに流れる星の如きスピードである。

 「は・・・速・・・」

 セームベルの顔が、絶望に歪む。

 ドラゴンが三度、口を開ける。

 キュイイイイイインッ

 収束を始める大気。

 「も、もう駄目ーっ!!」

 思わず、頭を抱えてしゃがみ込むセームベル。

 終りの時まで、一秒。

 そして、二秒。

 三秒。

 しかし―

 その時は、いつまで経っても来なかった。

 「・・・はぇ?」

 不審に思ったセームベルが顔を上げる。

 「あ・・・?」

 思わず口をついて出る声。

 その目に入ったのは、ドラゴンの巨体を前にして尚、凛と立つ“彼女”の姿だった。

 

 

 ビュウウウウウ・・・

 ―吹き抜ける風達が、スターダスト・ドラゴンの星銀の翼をはためかせる。

 それと同じ風達が、“彼女”の若葉色の髪を優しく揺らす。

 自分を見つめる、金色の目。

 “彼女”はその視線を恐れることなく、己の翠の目で“彼”を見つめ返す。

 しばしの間―

 そして、

 「ありがとう。キミ、優しいんだね。」

 そんな言葉が、“彼女”の口から紡ぎ出される。

 『・・・・・・。』

 答える声は、ない。

 「それとも、お礼を言わなきゃならないのは、君のご主人様?どの道、あたし達が怪我しない様に、手加減してくれてたんだよね?」

 そうして、“彼女”はニッコリと“彼”に向かって微笑みかけた。

 『・・・・・・。』

 また、しばしの間―

 やがて、ドラゴンの身体から発せられていたプレッシャーが、ゆっくりと消えていく。

 「き・・・君・・・。」

 「大丈夫ですよ。お師匠様。この子に、そういう“気”はありませんから。」

 唖然としているセームベルに向かってそう言うと、ウィンはニコリと笑ってみせた。

 

 

 「・・・あら?」

 下で事の次第を見ていたドリアードは、その様を見て以外そうな声を漏らした。

 「”あの子”が心を通じさせている・・・。セームベルさんには、まだそんな真似は無理でしょうし・・・。一体、誰が・・・」

 そう呟くと、ドリアードはゆっくりと目を閉じる。

 サヤサヤサヤ・・・

 そよぐ風が、彼女の耳を通り過ぎていく。

 やがて、その声を聞き終えると、ドリアードはゆっくりとその目を開ける。

 「これは、これは。セームベルさん、随分と面白い子を連れて来た様ですね。」

 言いながら空を見上げると、ドリアードは楽しげに微笑んだ。

 

 

 「ふぉっほっほっ。そうか。それはえらい目にあったのう。」

 「もう、笑い事じゃないですよ。お師様。本当に死ぬかと思ったんですから。」

 自慢の白髭を撫でながら笑う老人―召喚僧サモンプリーストにそう言って、セームベルはプウとむくれた。

 彼女達がいるのは、魔法族の里にある魔法専門学校の面談室。

 そこで、セームベルは自分の師であるサモンプリーストに面していた。

 「ほっほっ、そうむくれるな。セームベル。ドリアードは自分の職務を果たしただけじゃ。それに・・・」

 目深に被ったフードの隙間から覗く目が、ニヤリとほくそ笑む。

 「お主の連れ合いは、看破したのであろ?スターダスト・ドラゴンも、ドリアードも、本気ではなかったという事に。」

 「う・・・、そ、それは・・・」

 師の指摘に、言葉を詰まらせるセームベル。

 その様を見て、サモンプリーストはまたほっほっと笑う。

 「まだまだ修行が足りんのう・・・。それにしても・・・」

 ふと止まる笑い声。

 真顔に戻ると、プリーストはセームベルを見つめる。

 「その娘、ウィンとか言ったかの?なかなかに面白い才を持っている様じゃな。」

 「はい。ボクもそう思います。」

 神妙な顔で頷くセームベル。

 「風の声を聴いたり、風属性モンスターと心を通じたり、ボクにはないものを持ってると思います。」

 そう言うと、「ちょっと悔しいですけどね。」と舌を出す。

 「ふぅむ。」

 「・・・そういう訳で、どうでしょうか?あの娘、召喚師の卵としてお師様の生徒にしてあげては・・・」

 その言葉に、しかしサモンプリーストは少し難しい顔をして答える。

 「・・・いや。それは難しいな。」

 その返答に、しばしポカンとするセームベル。

 やがて、ようやく意味が脳に染みたのか、その愛らしい顔が見る見る強張っていく。

 「え・・・えぇー!?どうしてですか!?」

 悲鳴に近い叫びを上げ、物凄い剣幕で恩師に迫る。

 「お師様、あの娘には才があるって言ったじゃないですか!?」

 「うむ。確かに言った。」

 「じゃあ、いいじゃないですか!!」

 「しかしのぅ・・・」

 「あの娘も、望んでるんです!!」

 「まぁ、落ち着け。セームベル。」

 「って言うか、引き取ってもらわないと困ります!!」

 「引き取るってお主、そんな犬か猫の子みたいに・・・」

 「でないと、あの娘絶対ボクについて来ます!!リアルについてきます!!『お師匠様~♡』って!!」

 「いや、じゃから・・・」

 「困るんです!!マジ困るんです!!本気なんです!!あの娘、突っ走りだしたら止まらないんです!!」

 「むむ・・・」

 「無理なんです!!止まってくれないんです!!手に余りまくりなんです!!ヘルプミーなんですー。」

 「・・・・・・。」

 「ですから、お師様!!どうか!!どうかー!!」

 

 「喝!!」

 

 「ひゃん!?」

 突然響いた一喝に、思わず飛び上がるセームベル。

 「落ち着けと言うとるじゃろうが!!召喚師たる者、常にこれ平静を保つべしと教えたのを忘れたか!?」

 「は・・・はぃ・・・。すいません・・・」

 そう言って畏まる教え子に一息つくと、プリーストは話を続ける。

 「まぁ、お主の危惧も分かるがの。見た所、あの娘かなり思い込みが激しい手のようじゃからな・・・。」

 「でしょ~?」

 「だから泣くなというに。」

 本気で涙目のセームベルをなだめながら、お茶を一口すする。

 「勘違いしてはいかん。あの娘を生徒に取れんと言うのは、あくまで儂の話じゃ。」

 その言葉に、ポカンとするセームベル。

 「へ?どういう事ですか?」

 「あの娘の才、確かに特別なものではあるが、それを伸ばすのは召喚師儂の仕事ではない様でな。」

 「お師様の仕事じゃ、ない・・・?」

 「大河を育てるは一滴の雨、大地を育てるはひと握りの土。そう言う事じゃ。」

 「・・・・・・?」

 言葉の意味を捉えかね、首を傾げるセームベル。

 それを見て、サモンプリーストはまたほっほっと笑った。

 

 

 その頃、ウィンは校舎の外で、流れる風に身を委ねていた。

 「お師匠様、まだお話終わらないのかなぁ・・・」

 手持ち無沙汰にそう呟くと、風の声に耳を傾ける。

 しかし、いつもなら向こうから囁きかけて来る筈のその声が、今に限っては何故か黙りこくっていた。

 「・・・どうしたの?皆・・・。」

 問いかけても、答えは返ってこない。

 まるで、何か示し合わせて口をつぐんでいる様な、そんな気配。

 「ねぇ、どうしたの?」

 いくら問うても、結果は同じ。

 サヤサヤサヤ・・・

 ただ、下草を撫で渡る音が含み笑う様にそよぐだけ。

 「・・・ねぇってば・・・」

 なんとなく不安を覚えた彼女が、もう一度問いかけようとした時―

 「・・・心配する必要はありませんよ。」

 そんな声が、背後から聞こえてきた。

 「ふぇ?」

 驚いて振り返ると、そこには微笑みながらこちらを見つめる女性が一人。

 「”彼女”達はイタズラ者ですからね。これから起こる事を黙っていて、驚かせるつもりなのでしょう。」

 絹の様な金色の髪をシャラシャラと揺らしながら、女性はクスクスと笑う。

 「・・・誰?」

 怪訝そうな顔をするウィンに向かって、女性は一礼して話しかける。

 「初めまして。私はドリアード。魔法専門学校ここで講師をしています。」

 「ドリアード・・・さん?」

 「ええ。」

 そう言うと、ドリアードはポンとウィンの肩に手を乗せた。

 途端―

 ザァ・・・

 「え・・・?」

 ウィンの周りの風景が変わっていた。

 (うふふ・・・)

 (うふふふふ・・・)

 流れる空気の中、歌声の様に響く笑い声。

 思わず見回す。

 サラサラと揺れる薄衣。背に携えた白い翼。萌える若葉の様な新緑色の肌。

 半透明で、不可思議な造形。

 そんな姿の少女達が、歌う様に笑いながらウィンの周りを舞っていた。

 「え・・・え・・・!?」

 「・・・見えますか?」

 突然の事にうろたえるウィンに、ドリアードが優しく問いかける。

 訳が分からぬままに頷くと、彼女は嬉しそうに微笑んでウィンの耳元に口を寄せる。

 「落ち着いて・・・。彼女達の声を聞いてごらんなさい。」

 「・・・・・・?」

 言われるままに、耳を澄ます。

 (うふふ・・・)

 (うふふ・・・)

 (こんにちは・・・)

 (こんにちは・・・)

 (初めまして・・・)

 (初めまして・・・)

 「・・・あ・・・」

 語りかけられる声。それに、ウィンは覚えがあった。

 それは、彼女が幼い頃から知る声。

 

 今は遠い故郷の村。

 自分の家の屋根の上。

 寝転び、空を見上げながら聞いた囁き。

 

 遠く広がる湿地帯。

 友と遊んだ緑の丘。

 耳に流れる、優しい歌。

 

 村を旅立ったあの日。

 一人歩く道。

 励まし、導いてくれたあの声。

 

 ウィンは全てを聞き、受け止め、理解する。

 「・・・風の・・・声・・・?」

 彼女の呟きと共に、歓喜の気配が辺りを包む。

 (当たり・・・)

 (当たり・・・)

 (ようこそ・・・)

 (ようこそ・・・)

 (ようこそ、”ここ”へ・・・)

 そんな囁きと共に、舞い踊る少女の一人がウィンの頬へとキスをした。

 肌に触れる、涼やかな風の感触。

 そして―

 「・・・・・・?」

 気がつくと、ウィンはドリアードとともに元の場所へと立っていた。

 「あ・・・。」

 「感じられた様ですね。」

 ウィンの肩から手を離したドリアードが、微笑みを浮かべたまま言った。

 「今のは・・・?」

 「『そよ風の精霊』達。この世を形作る、精霊(エレメンタル)の一柱・・・。」

 「・・・何をしたの?」

 「彼女達と、貴女の精神を同調させただけですよ。」

 「怖くはなかったでしょう?」と言って、ドリアードはウィンクして見せる。

 「それにしても、随分容易に”繋がり”ましたね。やはり、良い才をお持ちの様です。」

 そして彼女はまた、嬉しそうに「フフ・・・」と笑う。

 一方、ウィンは事態を把握出来ずに目の前の女性に向かって問う。

 「あなたは、一体・・・」

 「私はですね、精霊術師(エレメンタル・マスター)なんです。」

 「エレメンタル・・・マスター?」

 「はい。この世を律する精霊達の声を聞き、時にそれの力を借り、また時にはそれを従え、人とそれの間を繋ぐもの。それが精霊術師(エレメンタル・マスター)です。」

 「・・・?」

 首を傾げるウィンに向かってクスリと笑うと、ドリアードは「そうそう。」と言って、そ、と手を伸ばす。

 「”この子”が、あなたに謝りたいそうです。」

 途端、その手の上で閃く若葉色の光。

 「きゃ・・・!?」

 その眩さに、思わず目をつぶる。

 と、その耳に聞こえる、「クゥ・・・」と言う声。

 「・・・?」

 目を開くと、差し伸べられた手の上に一匹の小竜が乗っていた。

 「―あっ!?」

 銀色の身体に、オレンジ色の宝玉。そして藍色の翼。

 確かに、見覚えのある姿。

 「キミ・・・さっきの・・・?」

 「キュウ!」

 ウィンの言葉に、小竜が嬉しそうに声を上げる。

 「『デブリ・ドラゴン』ですよ。さっきは、巻き込んでしまってすいませんでしたと・・・。」

 「それじゃあ、さっきの『ダイガスタ』は・・・」

 呆然と呟かれたその単語に、ドリアードは小首を傾げる。

 「『ダイガスタ』?それは確か、北の地に住まう風の民が使う『神化召喚(シンクロ)術』の一亜種ですね。」

 「そ、そうです!!あたし、その風の民の・・・『ガスタ』の者です!!」

 「ああ。そう言えば、その服装は確かに・・・。成程、風の霊に対する強い親和性はそれ故ですか。」

 合点がいったという調子で頷くドリアード。

 「あなたも、『ダイガスタ』を使えるんですね!?」

 息せき切って詰め寄るウィン。

 「『ダイガスタ』とは少々違いますね。『ダイガスタ』とは、あくまでガスタの民の固有術。私達の使うものは、もっと広義のものを指します。」

 その言葉が、ウィンの心を揺り動かす。

 胸にわく、驚きと羨望の想い。

 戦慄く様な口調で、問いかける。

 「それは・・・それは、わたしでも・・・”神託”を受けられなくても、出来ますか!?」

 「はい?」

 「出来ますか!?」

 「『神霊召喚術(これ)』は特殊召喚術の一種ですから、使いこなすには相応の鍛錬が必要です。けれど、それを行うのに特別な資格というものは存在しません。」

 「――!!」

 幼い胸の内で、堪えていた想いが弾けた。

 

 

 「教えてください!!」

 次の瞬間、ウィンはドリアードにすがりついていた。

 深緑の瞳が彼女を見つめ、白い法衣を小さな手がギュウと握り締める。

 「教える?『神霊召喚(シンクロ)術』をですか?」

 かけられた問いに、ウィンはブンブンと頷く。

 「わたし、強くなりたくて、でも『ダイガスタ』の神託を受けられなくて、それで、風に訊いて、村を出て、そしたらお師匠様に会って・・・」

 「少し落ち着きなさい。」

 矢継ぎ早に喋りながらすがりつく少女をやんわりといなすと、ドリアードは腰を屈める。

 深い蒼をたたえた瞳と目が合い、ウィンは思わず息を呑む。

 「・・・その言葉の意味を、解っていますか?」

 「・・・え?」

 かけられた言葉に、ポカンとするウィン。

 そんな彼女に、優しい、しかし凛とした声が問う。

 「貴女が望んでいるのは、”力”です。」

 「力・・・?」

 「はい。」

 白い手が伸び、ウィンの頬を撫でる。

 「確かにそれは、貴女を強くするでしょう。でも、それは同時に貴女に重い枷を課します。」

 「枷・・・?」

 「ええ。」と言って、ドリアードは頷く。

 「力は貴女に責任を与え、時に災禍に導くでしょう。」

 穏やかな声が、鋭く心に切り込んでいく。

 「それはとても重く、そして恐ろしいものです。」

 ドリアードの手が、ウィンの手を握る。

 「貴女が思うよりも、きっと、ずっと・・・。」

 「・・・・・・。」

 「それを負う、覚悟はありますか?」

 改めてかけられる問い。 

 蒼い瞳が、翠の瞳を真っ直ぐに見つめる。

 まるで、彼女の胸の内を見通す様に。

 しばしの間。

 そして―

 「わたしは・・・」

 小さな口が、ゆっくりと言葉を紡ぎ始める。

 「わたしは、それでも・・・」

 途切れそうな声が、それでもはっきりと。

 「・・・なぜ?」

 優しく問う言葉。

 ウィンは続ける。

 「わたしの・・・ガスタの民が住まう地は、良い風の吹く土地です・・・。」

 「・・・・・・。」

 「ムストさん・・・村の神官様から聞きました。わたしの生まれる前、村はその風を羨み、奪おうとする者達に幾度も攻められたそうです・・・。その度に、民達は戦士として戦って、地を守ってきました。たくさんの仲間を犠牲にして・・・」

 「・・・確かに、かの土地は肥沃な地・・・。その資源を貪ろうとする者達も多く、度々侵略の手に晒されて来たとは聞いています。」

 ドリアードの言葉に、頷くウィン。

 「その時、わたしは訊きました。もう、そんな事は起きないよねって・・・。だけど・・・」

 「だけど・・・?」

 「神官様は、ただ笑ってこう言いました。『大丈夫。お前達は何の心配もしなくていい・・・』って・・・」

 「・・・・・・。」

 花弁の様な唇が、噛み締められる。

 「終わりじゃ、ないんです・・・。きっと、戦わなくちゃいけない時は、また来るんです・・・。」

 振り絞る様な声で、ウィンは言う。

 「わたしの父様とお姉ちゃんは、『ダイガスタ』の神託を受けています。もし事が起これば、先頭に立って戦いに赴かなければいけません・・・。村の皆と、地を守るために・・・。」

 「・・・・・・。」

 「今のわたしじゃ、それを見ている事しか出来ません・・・。」

 ポタリ・・・

 丸い雫が、足元に落ちる。

 いつしか、その瞳からは涙が溢れていた。

 「嫌なんです・・・。そんなの・・・。守られるだけなんて・・・。ただ、見ているだけなんて・・・」

 小さな身体がプルプルと震える。

 「・・・守りたい。守りたいんです。父様を・・・お姉ちゃんを・・・村の皆を、皆が好きな、あの土地を・・・。」

 ギュッと握り締められる、小さな手。

 「だから・・・、だからわたしは・・・!!」

 そしてウィンは、ドリアードの瞳を真っ直ぐに見つめ返す。

 「・・・・・・。」

 「・・・・・・。」

 しばし無言で見つめ合う二人。

 やがて―

 「・・・分かりました。」

 そう言って、ドリアードが頷く。

 「貴女の、その想いは確かに。」

 「!!、それじゃあ・・・!?」

 「ただし。」

 勢い込むウィンを制する様に、真顔になるドリアード。

 ウィンの顔が、緊張に強ばる。

 「どんな時でも、決して自分をないがしろにしない事。」

 「・・・え?」

 「神官の方にも、言われたのでしょう?『子供(お前達)』は何の心配もしなくていい』と。」

 「あ・・・」

 「貴女が想うその気持ちは、貴女のご家族や村の方々も同じ筈・・・。」

 優しく言い聞かせる様に、ドリアードは言う。

 「だから、何よりもまず自分を大事にしてください。それが出来るのなら・・・」

 血が滲むかと思われる程に握り締められた小さな手を、白い手が包む。

 「私は、貴女に道を示しましょう。」

 「!!」

 その言葉を聞いたウィンの顔が、花の様にほころぶ。

 「約束、出来ますか?」

 「はい!!」

 かけられた問いに、大きく頷くウィン。

 「それでは・・・」

 ドリアードが、その白魚の様な小指をそっと差し出す。

 ウィンはそれをしばし見つめた後、ハッとした様に自分も小指を差し出す。

 二人の間で絡み合う、小指と小指。

 

 「「指切りげんまん嘘ついたら針千本呑―ます。指切った。」」

 

 交わされる、契の言葉。

 二人の周りを舞うデブリ・ドラゴンとそよ風達が、祝福するかの様に歌を紡いだ。

 

 

 「ありゃ?」

 外に出たセームベルは、仲睦まじく並ぶ二人を見てポカンとする。

 「いつの間に、あんな事になってんの?」

 訳が分からないと言った態で呟く彼女。

 その横で、サモンプリーストが「そう言う事じゃ。」と言って、ほっほっと笑った。

 

 

 「じゃ、ボクは行くから。」

 「ご迷惑おかけして、申し訳ありませんでした。お師・・・」

 「んー?」

 「・・・”セームベル”さん。」

 「もぉ、固っ苦しいなぁ。セームベルでいいよ。」

 トルネード・バードに乗ったセームベルと、それを見上げるウィンがそんなやり取りをしながら笑い合う。

 「しっかりと、精進するんじゃぞ。」

 「はい。お師様。」

 「辛くなったら、戻ってきて良いですよ?」

 「・・・遠慮します。」

 ウィンと並ぶプリーストとドリアードも、楽しそうに笑う。

 それに笑い返しながら、セームベルはウィンに向かって呼びかける。

 「ウィン。」

 「?」

 「次に会う時には、お互いに一人前だよ。」

 「う、うん!!」

 「頑張ろうね!!」

 「うん!!」

 目一杯の笑顔で頷くウィン。

 同じように、満面の笑みを返すセームベル。

 バサァッ

 心地よい羽風が満ちて、トルネード・バードの巨体が舞い上がる。

 「じゃあねー!!」

 「いってらっしゃーい!!」

 ブンブンと手を振り合う二人。

 交わされる言葉を残して、トルネード・バードの姿は空の彼方へと消えて行った。

 「行っちゃった・・・。」

 鳥影の消えて行った方向を、寂しげに見つめるウィン。

 そんな彼女に、傍らに立つドリアードが声をかける。

 「さあ、ウィン。私達も始めますよ。」

 「はい、お師匠様!!」

 元気良く答えるウィンに、ドリアードはちょっと小首を傾げる。

 「うーん。お師匠というのは、あんまりしっくりこないですねぇ。」

 「そうですか?」

 「ええ、何かこう、お年を召してるという感じがしまして・・・」

 「そりゃ、儂に対する当てつけかの?」

 「いえいえ。それは自意識過剰というものです。」

 ジト目で睨むプリーストを、しれっと流すドリアードにウィンは問う。

 「じゃあ、何てお呼びすればいいですか?」

 「”先生”でいいですよ。先生と呼んでください。」

 「はい、分かりました。先生。」

 踵を返して校舎へと歩きだすドリアードと、その後を追うウィン。

 「先生、まずは何をすれば良いんですか?」

 「そうですね。まずは座学からです。」

 「ええ、お勉強ですかぁ~?」

 「何をしょぼくれていますか?事は全て、知の獲得から始まるのです。」

 「は~い。」

 そんな事を話しながら、まるで親子の様に連れ立って歩く二人。

 その後姿を見送るプリーストの顔に、ニヤリと浮かぶ笑み。

 「ほっほっ、また楽しみが増えたわい。」

 楽しそうに微笑みながら、白髭の老僧は自分の教え子が消えた空を見上げる。

 それはとても晴れた日。

 優しいそよ風の吹く日の事だった。

 

                                   終わり

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