夏休みといっても、きららの場合、学校が無い分をモデルの仕事に割くため、休みという感覚は薄い。
それでも、はるかの実家へみんなで泊まりに行ったり、逆にトワを自分の実家へ招いたり、母親と空いた時間を見つけてショッピングしたりと、きららなりに夏休みを満喫して、気付けば七月は終わっていた。
八月に入れば、すぐに夏祭りだ。
生徒たちが帰省先から戻ってくると、ガランとしていた寮はひとときの賑やかさを取り戻し、食堂では夏休み中の話題に花が咲く。並んで話題となるのは、もちろん夏祭りのことだ。
そんな中にあって、いつも通り落ち着いて見えるのは、生徒会長のみなみくらいのもの――に見えたが、
「これがお祭りのタイムスケジュール。こっちは去年人気だった屋台のランキング。で、こっちは花火見学のスポットよ。よければ参考にしてちょうだい」
実際はそうでもなさそうだった。
五人(と二匹)が揃ったテーブルの上に、テキパキと地図やらグラフやらを広げていく。その情報量たるや、そのまま『夢ヶ浜の夏祭りガイド』として旅行誌の特集を組めそうなほどであった。
「さっすがみなみさんっ!」
「まぁまぁ」
「すごい、屋台の見取り図まである……!」
「みなみん、準備良すぎだって」
賞賛や感嘆、苦笑、各々に反応を見せると、みなみはわずかに顔を赤らめた。
「こういうお祭りって初めてだから、つい張り切っちゃって……」
「わたしも張り切ってますよー! 自分たちで屋台が出来るなんて、ワクワクしちゃいますよねっ! これでみんなでいっしょにお祭り回れたら、幸せ満開だったんですけど……」
はるかが目をキラキラ輝かせたかと思いきや、眉をハの字にして肩を落とす。
「こればっかりは仕方がないわね。みんなそれぞれ、予定がバラバラだもの」
はるかを慰めるみなみの言う通り、夏祭り当日は、みんな屋台の当番を受け持っている上、きららは夕方までモデルの仕事が、みなみは生徒会で屋台の設営の手伝いがあった。
だから、はるかとゆい、きららとトワ、みなみと生徒会メンバー、といった具合に集まりやすい仲間同士で集まって、お祭りを楽しもうと決めていたのだ。
「そーそー、それに、時間が合えばはるはるが当番やってるときに屋台に行くよー」
「え、ホントに!?」
きららの言葉に、はるかが身を乗り出した。
「もっちろん。あ、でもその代わり、少しだけまけてね?」
「任せてきららちゃんっ! 値下げ満開だよっ!」
「は、はるかちゃん、クラスのみんなに怒られるよ?」
「あ、そうだよね。えへへ」
我にかえってはにかむはるかに、きららは言葉を続ける。
「ざーんねん。それで、はるはるたちは屋台の当番、何時からなの?」
「えーっと……ゆいちゃん、何時だっけ?」
「確か、16時からじゃなかったかな」
「あー……じゃあ間に合わないかなー」
「わたしも、生徒会でお祭りの準備があるから行けないかもしれないわね」
「そっかー……」
ちょっとションボリして息を吐くはるか。それから、はたと気づいたように思案顔になった。
「当番の時間までに浴衣の着付けしちゃわないとだね。ゆいちゃん、手伝ってもらっても良い?」
「良いけど……実はわたしもそんな自信ないかも。いっつもお母さんにやってもらってたから」
「うー……だいじょうぶかなぁ……わたしもひとりでやった事ないよー」
「もしよければ、私が手伝うわよ」
「ホントですかみなみさんっ! ありがとうございますっ! あ、でも、生徒会はお祭りの準備も手伝うんですよね……お時間、だいじょうぶですか?」
「平気よ。そのくらいの余裕はあるわ」
「なら、ぜひお願いしますっ!」
「ありがとうございます」
「ええ、任せておいて」
はるかたちの会話で、きららは夏休み前にベッドで交わしたトワとの遣り取りを思い出した。結局、あのときのトワの真意はわからないままだ。
ちら、とトワの方を見る。
その横顔はやはり、どこか寂しそうだった。
■ ■ ■
「やっぱトワっち、浴衣着たいんじゃん……」
実家のマンションで、きららはひとり呟きながら雑誌をめくる。最新の流行やファッションに常にアンテナを張っておくのもモデルの大事な仕事だが、内容がまるで頭に入って来ない。トワの寂しそうな顔が、頭を離れないのだ。自然と、前にトワに見せた雑誌に手が伸びた。開くと、色鮮やかな浴衣姿が目に飛び込んで来る。
この雑誌を見ているときは、トワも楽しそうだった。
なら、どうして?
「あ、コレとかトワっち似合いそう。うーん……でもこのかんざしはイマイチかなぁ」
頭の中でトワを着せ替えながら雑誌をめくっていくと、気付く事があった。
「ひょっとしてトワっち、これ見て遠慮したんじゃ……」
それは、値段だった。
この雑誌に載っている浴衣はみな、それなりの値段がする。中学生の金銭感覚からすると、少し高めだ。
加えて、トワはこちらの世界に来たばかり。トワイライトだった頃の服を売って、当面の生活に支障がないほどの金額を得たものの、一回のお祭りの為だけに手を出すには抵抗のある値段だった。
「それに、お小遣いを使うにも高すぎるか……」
トワはときどき、望月先生の開く絵画教室の準備や、簡単な書類整理を手伝ってお小遣いを貰っている。
きっかけは、トワがささやかな恩返しとして、望月先生の仕事の手伝いを買って出た事だ。
学園長である望月先生は、トワが深く大きな問題を抱えている事を察しながらも詮索せず、学校へ通わせてくれている。その厚意に一方的に寄りかかる事に、トワが我慢できなかったのだ。
そんな経緯から、トワは最初、望月先生からお小遣いを受け取るのを断った。しかし、そこは流石というべきか、望月先生は固辞しようとするトワの言葉をのらりくらりと受け流し、お小遣いを受け取らせてしまった。
寮生活で衣食住はある程度保証されているが、それだけでは、着の身着のままで学園に転がり込んできたトワの生活はままならない。お小遣いというのは、そんなトワを慮った望月先生の口実だろう。
以来、優しいおばあちゃんと生真面目な孫のような関係は続いている。
そんな思いやりのこもったお金を、トワがおいそれと浪費するわけがない。雑誌に載っている浴衣の価格帯に、トワが躊躇うのは道理だった。
しかし、
「……だから、言ってくれないとわかんないんだってば」
一言相談してくれれば、いっしょに浴衣を探す事だって出来た。
浴衣の価格は上から下までかなり幅がある。安く済ませようと思えば、雑誌に載っている金額の半分以下に抑える事だって可能だろう。もしくは、レンタルという方法もあった。なんだったら、きららの家に何着かある浴衣から見繕ってもよかった。
お金の問題を口にし辛いのはわかる。けれど、悩みを自分の中で完結しようとしてしまうトワが、きららには歯がゆかった。ルームメイトになってかなり打ち解けてきたものの、今一歩、トワはきららへ踏み込んで来てくれない。
トワは生真面目で、なんでもひとりで背負い込みがちだ。それに、はじめて接する同世代の友だちへの戸惑いがあるのもわかる。
でもやっぱり、今一歩の遠慮がきららには少し、寂しい。
「てゆーか、これはあたしの雑誌のチョイスが失敗だったなぁ……」
こちらの世界の金銭感覚に疎いトワの立場になって考えてみれば、彼女の遠慮にはすぐ気付けそうなものだった。
けれど、もう遅い。もうお祭りはあしただ。
安い浴衣を見繕うにもレンタルするにも、時間が無かった。
再び、寂しそうな友だちの横顔が頭を過ぎる。
「うー……これじゃ、後味悪すぎるってぇー…」
小さく唸り、頭を抱えるきららだったが、しばらくしてガバッと顔を上げた。
「そうだっ! その手があったじゃんっ!」
言うが早いか机に放りだしていたスマホを取って電話をかけた。
「あ、もしもし。ごめんなさい。実はちょっとお願いしたい事があるんですけど――」
■ ■ ■
明けて翌日の昼過ぎ、きららは寮の自室を尋ねた。
「トワっち、居るー?」
「あら、きらら。そろそろお仕事の時間では無くて?」
「そうそう、だからこっち寄ったんだ。トワっちにちょっと付き合って欲しくてさ」
「わたくしに……ですか?」
「そう、トワっちに。さ、急ぐよー」
きょとん、とするトワの手を取ってきららは部屋を出た。
「な、なんなんですの?」
「いーからいーから。着いてからのお楽しみー」
戸惑うトワをよそに、悪戯っぽく笑ってきららはずんずんと歩いていった。
「ここは……?」
着いたのは、夢ヶ浜にある撮影スタジオの衣装部屋だった。十数着の浴衣をはじめ、帯、下駄などがずらりと並んでいる。
「これがきょうの仕事。浴衣の撮影と、宣伝を兼ねて浴衣を着て夏祭りに行くの」
「はぁ……」
「さ、選ぶよー。コーディネイトはこっちで任せてくれるみたいだから」
きららは足取りも軽やかにハンガーに近寄って、浴衣を選び出した。すぐに数着見繕ってトワを鏡の前に立たせると、持って来た浴衣をトワにあてがい始める。
「うーん……こっちはちょっと派手過ぎ? こっちはトワっちの雰囲気に合ってないし……」
「あの、きらら?」
「ん、なーに?」
「何をしているの?」
「見てわかんない? トワっちが一番かわいくなれる浴衣探してるの」
「着るのはきららでしょう? わたくしに試しても……」
「何言ってるの。トワっちも着るんだよ?」
「わたくしが?」
きららは肩口から顔を覗かせて、鏡越しにトワの顔を見た。ぱちくりとまばたく目を見つめ返す。
「そ。ひとりで着てくよりも、ふたりで着てった方が宣伝になるでしょ?」
言って、小さくウインク。
トワにも浴衣のモデルをさせて欲しい。
それが、きららがきのう電話でマネージャーの舘さんに頼んだ事だった。
「スポンサーの方からも、浴衣をもっと宣伝したいから、あたし以外にも夏祭りで歩いてくれるモデルを用意できないか、って言われてたみたいなんだよね。で、トワっちの出番ってわけ」
「で、ですがわたくしがモデルなどと……」
「だいじょうぶ、トワっちかわいいもん」
「ですがわたくしは、別に、その……」
「浴衣、着たかったんでしょ?」
「いえ、その……」
「もう、素直じゃないなー、トワっちは」
戸惑い、視線を泳がすトワの肩にそっと手を置く。それから、少し拗ねたような声を零す。
「……ちゃんと言ってよ。したい事とか、欲しいものとか、思ってる事とか。あたしだって、トワっちとしたい事、いっぱいあるんだから。トワっちの方が遠慮してたら、あたしの方も言い出しにくいじゃん」
「きらら……」
幾分かの申し訳なさと、それを上回る喜びの籠ったトワの眼差しで、きららは、自分が少し本音をしゃべり過ぎた事に気付いた。鏡越しに見つめ合ったこの状況が、口を必要以上に滑らせてしまったようだ。
「ま、まぁでも、今回はあたしがミスちゃったんだけど、さ」
「ありがとう、きらら」
照れから早口になったきららの手に、トワが優しく手を重ねた。
「そうですわね……わたくしも、きららとしたい事、いっぱいありますわ。まずは……そうね。きららの選んでくれた浴衣が着てみたいですわ」
「よし来た。任せて―、このきらら様の浴衣コーディネイトで、トワっちを百倍かわいくしちゃうから」
「ふふ……それは楽しみですこと」
ふたりは鏡から目を離して、直接互いを見る。くすぐったいような、恥ずかしいような、あたたかい気持ちになって、自然と互いに笑みがこぼれた。
きょうよりあした、あしたよりあさって。
自分の夢みたいに一歩一歩、こうやってお互いに歩み寄っていける。
――そうだよね、トワっち。
きららは心の中で、笑い合う友だちに呼び掛けた。
最後までお付き合い頂き、誠にありがとうございました。
24話の夏祭り回を見ていたら、こんな話を思い付きました。
本作の後、夏祭りに繰り出したきららとトワがはるかちと出会ってアニメ本編に繋がる、そんなイメージです。
次回作も、近日中に投稿したいと思います。
今回のお話で次回も読んでみたい、と思って頂けたら幸いです。