……のはずが間に合わず、一日遅れの投稿となってしまいました。悔しいです。
アニメ本編23話後あたりをイメージして書きました。
赤のコンチェルト
小さい頃、何度もお兄さまにせがんで聞かせてもらった昔話があった。
つよく、やさしく、美しく――世界中の夢を救った三人の物語。
花のプリンセス、チエリ。
海のプリンセス、ユラ。
星のプリンセス、セイ。
三人は、夢の力を抱いて絶望の魔女と戦った。
たとえ黒い茨が世界を呑み、絶望に染め上げようとしても、彼女たちはけして夢の輝きを曇らせたりはしなかった。
つよく――勇敢に魔女とそのしもべに立ち向かい、
やさしく――夢を持つ者の為に、喜び、憤り、悲しみ、寄り添って、
美しく――自らの夢の輝きで、人々に希望を示し続けた。
長く険しい戦いは、十二個のドレスアップキーすべてと、三人のプリンセス、そして世界中の夢の力を集めて、ようやく終える事が出来た。
絶望の魔女を追い払った三人は、ホープキングダムを建国。以来、現代まで彼女たちが願ったとおりに、ホープキングダムは希望を絶やす事無く在り続けている。
――わたくしも彼女たちのようになりたい。
この話を聞かせてもらう度に、強く思った。
国民のみんなの夢を守れるつよさ、やさしさ、美しさ――すべてを備えたグランプリンセスは、トワにとって理想のプリンセスそのものだった。夢だった。
グランプリンセスになる事が、自分を慕ってくれる国民たちへの、精一杯の恩返しになる。それになにより、彼女たちのようなキラキラしたプリンセスになりたかった。
いまも、その夢は変わらない。
絶望に身を落とした過ちも、夢を踏みにじって来た罪も、ひとつひとつあがなって、取り戻して、もう一度グランプリンセスになると心に誓った。
けれど、ただひとつ、取り戻せないものがあった。
――取り戻せないと、諦めていた。
■ ■ ■
キュアスカーレットとして歩み出す為にはひとつ、やっておかねばならない事があった。
「すぅー……はぁー……」
寮の、ある扉の前で小さく深呼吸。
胸の奥でうずく痛みや苦さをそっと押し込める。それから、扉をノックした。
「はーい……あ、トワちゃん」
部屋の主――春野はるかが、ノックの音に応じてひょっこり顔を出した。こちらの姿をみとめると、顔をほころばせた。相手の心にまっすぐ飛び込んで来るような、あっけらかんとした笑み。そんな彼女のあどけなさに、自分はどんな表情を返せばいいのか、いつも戸惑ってしまう。
これからお願いする事を考えれば、なおさらだった。
「……はるか。ふたりきりでお話ししたい事がありますの。お時間、よろしくて?」
「うん。だいじょうぶ、だけど……?」
よほど自分の声と表情は固いものだったらしい。はるかも、何かただ事ではない気配を察して、笑顔が戸惑いに転じた。
はるかに招かれて、ベッドに腰掛ける。
「ゆいちゃんなら、さっきスケッチに出掛けていったばっかりでしばらく帰って来ないよ」
「……そう」
はるかに頷いてみせたものの、そこから先、言葉が出て来ない。
何を言うべきか、どんな言葉で伝えるべきか、何度も何度も考えてきた。なのに、切り出せない。俯いて、強く握った自分の手をただただ見つめる。
数秒か、あるいは数分か。
どれほどそうしてだろう。そ、と顔を上げてはるかを見る。
「……うん?」
目が合うと、はるかは小さく笑んで小首を傾げてみせた。それは急かすでもなく『言ってみて? 』とそっと語り掛けてくるようだった。お蔭で、強張っていた心が少し、ほぐれた。
小さく、口を開く。
「あの……」
「なぁに?」
柔らかい笑み。
これから自分が頼もうとする事を思い、再び胸に痛みが過ぎった。
過ぎって、それでも、口にする。
「ごめんなさい」
「……って、え? 急になんで!?」
頭を下げると途端、はるかはわたわたと慌て出した。つい今まで、慈しみすら感じられる表情を浮かべていたとは思えぬ狼狽ぶりだった。
「前に、わたくしはあなたの夢を笑い、大切な本を燃やそうとしてしまいました。その、お詫びです。そして、謝ったうえで、お願いしたい事があるのです」
「……お願い?」
「……わたくしに、『花のプリンセス』を読ませて貰えないでしょうか?」
「え?」
「……厚かましい事は、百も承知です」
顔を上げて、まっすぐにはるかの目を見た。
はるかの夢を嘲笑った自分が、その夢の象徴を読ませて欲しいなどと、どんな顔で言えたものか。それでも、目と目を合わせて逸らさず、言葉を続ける。
「ですが、わたくしは知らなければならないのです。自分がいかに尊いものを踏みにじろうとしていたのかを。その罪と向かい合ってようやく、共に戦うと言ってくれたはるかの優しさには応えられると思うのです。だから、お願いします。わたくしに『花のプリンセス』を、読ませてください」
再び、頭を下げる。
一歩一歩、やり直していこうと決めた。
ひとつひとつ、自分の罪を数えて、償って、グランプリンセスを目指そうと。その先に、お兄様との再会もきっと待っている。
だから、これはその為の第一歩。
下げた頭への答えは、自分の手に重ねられたあたたかい感触だった。
顔を上げると、包むようにわたくしの手を取るはるかの姿があった。
「えへへ」
至近で、はるかははにかむように笑うと、こう続けた。
「きっと、トワちゃんはこの部屋に来るまでたくさん悩んで、考えて、苦しんで、それで来てくれたんだよね? でも、ごめんね。わたしいま、すっごく嬉しいの」
「嬉、しい……?」
予想外の言葉を、思わず反復すると、はるかは頷いた。
「うん。だってそれって、トワちゃんがわたしの夢を知りたいって思ってくれたって事でしょ?」
「わたくしが、はるかの……?」
そうだろうか。
やり直す為に、償う為に、痛みを伴う覚悟の為に――それだけじゃ、なかった?
わからない。わからないけど、そうなら良いな、と思えた。
心のどこかに、わたくしも知らない自分が居て、誰かの心を知りたいと思っている。
それはきっと、とてもあたたかいものだ。
「だから、わたしもトワちゃんに読んでもらいたいな。罪を向き合うとかそういうことじゃないくて、友だちに、わたしの夢を知って欲しい」
「友、だち……?」
その柔らかい響きを胸の内でゆっくりとなぞっているいるうち、はるかは机の引き出しから宝物を扱う手つきで一冊の本を取り出して、ぴょん、と自分の横に腰掛けてきた。
「それじゃあ、読もっか」
「ええ」
呆けてるうち、笑顔をほころばせるはるかへ半ば無意識に頷いていた。
■ ■ ■
ふたり並んでベッドに腰かけて、一冊の本を読む。
奇妙な時間だった。
ページをめくる毎、はるかの息遣いすら伝わってくる。物語に沿って起伏する自分の感情とはるかの感情が重なって、彼女の想いが流れ込んでくるようだった。
つよく、やさしく、美しく――トワイライトだった頃に、はるかは自分だけのプリンセスを目指すと言っていた。あのときの言葉の意味が、はるかの理想と憧れが、この一冊に詰まっているとわかった。
それは、遠い昔からよく知る理想と憧れに、とてもよく似ていた。
まるで鏡写しみたいに、そっくりだった。
「トワ、ちゃん?」
「……え?」
気付けば、頬を熱いものが伝っていた。顔を上げると、滲んだ視界の中、はるかと遠い昔の自分が重なって見えた。
それは、失くしたと思っていたものだった。
もう二度と、取り戻せないと思っていた。
けれど、こんな近くにあったなんて……。
「トワちゃん、どうしたの?」
「だいじょうぶ。だいじょうぶです。だいじょうぶですわ……」
気遣わしげな声に何度も頷きながら、涙を拭う。けれど、涙は後から後から零れて、まるで止まらない。
もう、諦めていた。
罪を抱いたまま、グランプリンセスを目指す。それは、キュアスカーレットになったときに覚悟していた事。
けれど、痛みが消えたわけではない。
グランプリンセスになるという夢を取り戻せた事はけして、無邪気なあの頃に戻れる事を意味しない。無邪気に夢見るにはあまりにも、自分は絶望に身を置き過ぎた。
けれど、こんな遠い世界に、自分が失くしたものを、大切に育ててくれている人が居た。
その奇跡が、こんなにも愛おしい。
「はるか。あなたの夢は、とても素晴らしいものですわ」
「……え? うん。ありがとう」
唐突な言葉に、はるかは目を瞬かせてから、小さくはにかんだ。
けれど、わかっていない。
あなたがあなたのままで居てくれた事が、どんなに貴い事か。
思えば、ぞっとする。
一度は、この奇跡を自ら絶望の炎で焼こうとしていた。
それもまた、自分の罪だ。
ならば、その罪ははるかの夢を守ることで、あがなっていこう。
「……はるか。いっしょにグランプリンセスに、なりましょうね」
「うん。必ず」
胸に灯った、新たな決意の炎。
その熱さが言葉になって零れた。はるかも自分の口調から何かを感じ取ったらしい。強く、強く頷いてくれた。
まるで、協奏曲(コンチェルト)だ。
はるかと重ねたあの曲を思い出す。
まるで違う旋律なのに、ピタリと重なり合って、新しい音が生まれるあの感覚。
人の夢も、きっと同じ。
夢の形は違っても、想いをそわせ、重ねる事で、新たな輝きが生まれる。
はるかと、みなみと、きららと、ゆいと。
彼女たちと、そう在りたい。
あがなう為、償う為だけじゃなく、彼女たちの事を知りたい。心からそう思える自分が、はっきりと見つかった。
あたたかいものがまたひとつ、見つかった。