前回、日を空けずに完結まで投稿していくと書いておきながら、かなり日にちが空いてしまいました。
本日より更新再開致しますので、再度お付き合い頂ければ幸いです。
続きは(今度こそ)近日中に投稿できるかと思います。
食堂でひとり夕食を摂るみなみは、どこか浮かない顔をしていた。
大人びた顔立ちのみなみが物憂げな表情を浮かべている様は、一枚の絵画のように端整で、近寄る事すら躊躇わせる。事実、喧騒に満ちた食堂の中にあって、みなみの周りだけはぽっかりと席が空いていた。
みなみの頭を占めるのは、ここ数日の事。
自分が忙しいばかりに、はるかのレッスン時間が減ってしまった。加えて、パフューム探しもなかなか手伝えずに居る。
これらの事に、みなみは出来る限りの対応を取っていた。
減ってしまったレッスンは、練習ノートを作って補った。
パフューム探しは、生徒会の空き時間を充てて校内を探している。
けれど、違う。
そうではない。それでは自分の抱えるもどかしさが消える事が無いと、みなみは気付いていた。
みなみの思うところは、ただひとつ。
――春野さんと、どうしたら仲良くなれるのだろう?
最初は、自分を頼ってくれた彼女の期待に応えたい、という思いからレッスンに応じた。面と向かって自分を頼ってくれるのが嬉しかったというのもある。これまでの学園生活で、憧憬の眼差しを遠巻きに向けて来る人たちは大勢いても、憧れという枠を飛び越えて自分に接して来てくれる人は居なかったのだ。
やるからには手を抜かない。
最初の宣言は、みなみなりの嬉しさの裏返しでもあったのだが、はるかはそれにきっちりと応えてみせた。
はるかはけして器用な訳ではない。むしろ、そそっかしくて要領が悪いくらいだ。けれど、それを補って余りある努力をひたむきに積み重ねられる少女でもある。加えて、物事の本質を直感的に捉える力に長けていた。だから、はじめがどんなに不器用で拙くても、一度コツを覚えると、みなみが驚くほどに上達していくのだ。
そして、その力が発揮されるのは、バレエの中だけではない。
みなみに対しても、学園のプリンセスという評判や枠組みに囚われる事無く、自分が見たまま感じたままに理解してくれた。そして理解した上で、自分を慕ってくれている。
気がつけばみなみも、そんなはるかの事をもっと知りたいと思うようになっていた。
けれど、みなみにはその想いの表し方がわからない。
プリンセスに変身して夢を守る為に怪物と戦う、なんて言う非日常の秘密を共有しているものの、いざ日常生活に立ち戻ってみれば、学年も違うし、同じ部活に入ってるわけでもない。学園生活の中での接点は驚くほどに少ない。パフューム探しとバレエのレッスンが無ければ、一日顔を合わせない日も珍しくないほどだ。
そんな中で、どうやって仲良くなっていけば良いのか――。
「ちょっとここ、良い?」
思いに沈むみなみのそばで、軽やかな声がした。しかし、聞き覚えの無いその声が自分に向けられたものだとみなみは思いもしなかった。
「ね、聞いてる?」
「……え? えぇ。ごめんなさい。席なら空いてるわよ。どうぞ」
「ありがと」
再び声がかかって、ようやく自分が話しかけられていたのだと気付く。 少女は軽くお礼を言って、みなみの対面に食堂のトレーを置いて座った。
途端、みなみの目の前に星がともった。
そう錯覚するくらい、みなみの前に座った少女は人目を惹いた。
腕も足も長くて、すらりと痩せた体つきは同年代の少女なら間違いなく羨むプロポーション。着ているのは学園の制服だが、校則に障らない程度に手が加えられていた。
顔は、驚くほどにその輪郭が小ぶりだ。その中に小さな唇とすっと通った鼻梁、大きな瞳が綺麗に収まっている。
特に印象的なのが、目。
猫を思わせる形の目は小顔の中では際立って大きくて、見る者を否応なく惹きつける。いまのみなみもそうだった。
もっとも、当の彼女の方はみなみに一瞥をくれる事すら無く、食事を始めた。それも、驚くほどに早い。
「……そんなに急いで食べると、喉に詰まらせるわよ?」
「え? あぁ、でも時間無いし」
思わずみなみが口を開くと、彼女はしゃべる時間すら惜しいと言わんばかり素っ気なく答え、あっと言う間に完食してしまった。
「ごちそうさまでした、っと」
手を合わせて、ペコリ。
すぐに席を立つや、早足で食堂を後にしてしまった。
「……天ノ川きららさん、だったかしら?」
今さらながら、気がついた。
前に有名モデルが新入生に入ってきたとせいらが話題にしていた。そのときに見せて貰ったファッション雑誌の表紙が彼女だった。
食堂の出入り口から視線を戻してあたりを見回すと、自分の周りの席がガランと空いているのが目についた。やたらと華やいでいた彼女が去った後だと、尚更だった。
――彼女のようなフランクさがあれば、わたしも……。
思わずそんな考えが過ぎって、表情が曇り、目を伏せた。
「海藤さん……」
だから、みなみは少し離れた席から自分を見つめていたはるかの目線にも気付けなかった。
■ ■ ■
「海藤さん、なんだか元気無さそうだったな……」
「パフ?」
はるかは寮の自室でパフの毛を櫛ですきながら呟いた。
「みなみ、疲れてるパフ?」
「うん。最近、生徒会がちょっと忙しいみたいだから、きっとそれで……」
「その上、はるかのレッスンもパフューム探しも手伝ってくれてるロマ。みなみはがんばり屋さんロマ」
つぶらな瞳で見上げてきたパフに頷くと、ベットの柵に留まっていたアロマが言葉を続けた。アロマは純粋にみなみを誉めているだけなのだろうが、はるかにしてみれば自分の悩みをズバリ言われてしまった気がして、思わずため息をついてしまう。
「そうなんだよねぇ……わたし、ヘンな時にレッスン頼んじゃったのかも」
「でも、レッスンを頼んでなかったら、まだみなみはプリキュアに目覚めてなかったかもしれないロマ」
「それはそうかもだけど……」
はるかは言葉につまる。
確かに、たったひとりでディスダークの振り撒く絶望と対峙する事を思えば、隣にみなみが居てくれる事はこの上なく心強いと思う。
けれど、みなみからしてみたらどうだろう?
「わたしが助けて貰ってるばっかりで、わたしの方は海藤さんの力になれてるのかな、って」
「確かに、みなみに比べてはるかはおっちょこちょいで頼りないロマ」
「うぅ……やっぱそうだよね」
「けど、はるかと居るときのみなみ、とっても嬉しそうパフ」
「ありがとう、パフ。でも、助けてもらってばっかりじゃいられないよ。海藤さんにふさわしいわたしにならなきゃ」
むん、と力んでみせるはるか。
強く、優しく、美しく。
はるかの知る限りで、理想のプリンセスに一番近い場所に居るのがみなみだ。彼女にふさわしい自分になる事は、自分の夢に近付く為でもあるはず。
「よーし、そうと決まればあとはがんばるだけっ!」
「どうがんばるロマ?」
「それはこれから考えるっ!」
「ロマッ!?」
グ、と握り拳を作って意気込むはるかの言葉に、アロマは思わずつんのめった。それとは対照的にパフは無邪気なもので、はるかの周りをぴょこぴょこ飛び跳ねて応援しだした。
「ファイトパフー!」
「うん、ありがとう!」
「心配ロマ……」
「ほら、おにいちゃんも応援するパフー!」
「ロ、ロマ!? おにいちゃんを振り回しちゃダメロマー!?」
「はるかちゃーん、ただいまー」
一人と二匹の賑やかな声に紛れて、柔らかい声が部屋に入ってきた。
はるかのルームメイトで友達のゆいだ。アロマと、アロマを振り回していたパフが慌てて飛び退く。
が、ひと足遅かったらしい。
「あれ? いまパフちゃん二本足で立ってなかった?」
「パフ!?」
「それに、その小鳥さんの羽を取って踊ってたような……?」
「ロマ!?」
ゆいの言葉に、パフとアロマがビクン、と身体を強張らせた。当のゆいは、何気ない口調でなおも続ける。
「あと、はるかちゃん、なんだか誰かと話してた?」
「ゆ、ゆいちゃん、気のせいだよ、気のせいっ!」
「そう……?」
たまらずはるかが引きつった笑みで取り繕うが、却ってその不自然な様子に、ゆいがきょとんと小首を傾げる。
「あ、そうそうっ! あっ! パフとお話してたのっ! あしたからまたがんばるぞー、って。新しい目標も出来たしねっ!」
「目標? プリンセスになる為の?」
今度は、完全にゆいの気が逸れてくれた。安堵も手伝って、はるかは勢い込んで頷く。
「そうっ! 気合満開だよっ!」
■ ■ ■
「――とは言ったものの、どうしよう」
朝の日課のランニングをこなしながら、はるかはため息をこぼした。
横目にはきらきらと朝日を返す水面。走る自分に寄り添うように緩やかに寄せては返す波。海岸沿いははるかお気に入りのランニングコースだったが、きょうばかりはため息を助長させた。
凪いだ海は、みなみにとてもよく似ていた。
包み込むような穏やかさも、凛とした静けさも。
深いところに秘めたものを見せてくれないところまで、そっくりだった。
みなみの力になると決めたのは、おとといの事。きのうのバレエのレッスンのときに、さっそくみなみの力になるべく生徒会の手伝いを申し出たものの、やんわりと断られてしまったのだ。そうなると、はやくも万策尽きてしまう。
「はぁ……わたしに出来る事って、なにかあるのかなぁ……」
名案は思い浮かばず、ただただ、ため息ばかりが零れる。
自然、常とは違う覇気のない走りになってしまう。纏まらない思考にうわの空のまま、足だけをただただ前へ前へと進めていく。
「あ、いけないっ!」
するといつの間にか、自分で決めたUターンポイントを通り過ぎてもなお走っている事に気付いた。入学式のときには、ここよりも更に遠くへ行ってしまったせいで、初日からの遅刻と言う大失態を犯してしまったのだ。
「うん、いまならまだ戻れるっ!」
自分の走る速さを考えると、朝のホームルームに間に合うギリギリの距離だった。急いで踵を返す。
「危なかったー……あとちょっと先まで行っちゃったら間に合わないところだった……」
入学式の日に走った道のりを思い出しながら胸を撫で下ろし――はた、と足を止めて振り返った。
「って、そういえばこの道の先って……」
あの日、自分がこの道の先で見た光景を思い出す。
途端、目の前が晴れた。
「これだっ!」
思いついた次の瞬間には、再び走ってきた道のりの先へと駆け出していた。前に自分が走った道筋を思い出しながら辿っていって、〝それ〟に辿り着いた。
辺りを見渡し、両手を広げて喜びをいっぱいに表して、
「あったっ! わたしが出来る事っ!」
叫んだ。
そこにはもう、先ほどの曇った表情は無い。花が咲くような満面の笑みだ。
が、次の瞬間。
両手を広げた万歳の姿勢のままで、笑顔を引きつらせた。
「あ、朝のホームルーム始まってる!?」
この後、はるかは朝のホームルームどころか一時限目まで遅刻して座間先生に怒られる事となる。