咆えろ人狼悪魔の世で   作:城縫威

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第一章 楽しい悪夢に眠り穏やかな世界に覚める
第一話 暖かい


ある時、ある瞬間に、彼は長い夢から覚めるようにして瞳を開けた。随分とぼやけた視界だった。感覚が、どうやら、しびれて、いる、のか。回らない。考えることが、出来ない。まるで生まれたばかりのように、体は唯重く、六感は蓋をされているみたい。どこからか、誰かを心配するような声が聴こえる。心地の良いノイズが、耳に入りきらずに抜けていく。体が浮く。気怠いようなそんな感じ。彼は、泣かず、叫ばず、見つめた。彼の、原初の本能が、認めた、目の前にある双眸は、自分の母の眼だ。幼い腕を精一杯伸ばす。柔らかく、どこかカサついたような肉と皮の感触。指先より伝わる鼓動。なるほど、なる、ほど。眠い、眠るかと、また目をつむる。今はまだ、起きる時じゃあ、ないのだろう。小さなどよめきが走った。彼の背を叩く手が伸びる。その必要はどうやらないようだ。弱々しい息遣いが、途切れず続いている。彼は生きているようだ、眠っているようだ。そうだね?

 

一組の夫婦の内に生まれたのは異径の子だった。何処か欠けているわけでも、余分なわけでもなかった。瞳が赤く、皮膚は浅黒く、髪の毛は儚さを感じさせる淡い銀色だった。夫婦は、何の変哲もない日本人だった。親しい血統に外人はなかった。黄色人種だった。しかし、生まれたのは、両親とはかけ離れた子供だった。これには、オシドリ夫婦と呼ばれていたこの一組の夫婦も、一瞬亀裂というものが入った。小さな罅を否定したがために、二人は一切泣かず、生まれたばかりにして目を開き、母の存在を確認する赤子の遺伝子を調べた。結果、罅は消えた。完全に遺伝子は夫婦ふたりのものと一致した。この赤子の体を創りだした血と肉は確実に夫婦の物だった。どうして、このような不可思議な子供が生まれたのか、答えは幾ら探しても見つからなかった。遠い先祖の血が蘇ったのか、色々と話しがかわされたが、結局、生まれた我が子を愛そう、そして良く育てていこうと、そう夫婦で誓いがたてられることで終わった。赤子は、当初より男の子だったらと決められていた、一誠という名になった。兵藤一誠、それが彼の名だ。

 

彼が自らのことを兵藤一誠と認めるには三年と少しを要した。常にぼやける頭の中に自我というものを無理矢理作り出すには、やはり最低三年は必要だったらしい。けれど三年経った時、彼はすんなりと自らの中にある狼を受け入れた。不思議と、闘争への欲求は湧かなかった。彼は戦火というものが久しく、恐らく平和という言葉が似合いそうな世界の中で、自分という異質な存在に少なからず戸惑っていた。自分の中に狼がいる、それは事実、だがその狼は牙を抜かれたかのようにおとなしく、静かに世界を見つめるのみにとどまっている。何故?彼は考えた。母を見た。笑っていた。父を見た。笑っていた。誰を見て?彼を見て。彼は不思議だった。とことん不思議だった。どうして、こんなにもやわらかな笑みを自分は向けられているのだろう。母に抱きしめられた。暖かい。体をしっとりと締め付ける感触が妙に心地よかった。

 

彼は時を重ねるごとに頭を撫でられた。褒められた。叱られた。悲しまれた。彼はそれをすべて、無言に、己の内に受け入れた。知識を得るように、受け入れた。そして彼は漸く悟った。遥か昔にあったかもしれない掠れた記憶と共に、この世界で自分はどういう存在になったのか。彼は驚いていた。これもまた夢ではないかと思った。だがとりあえず、自分は愛されている、という事実を認めた。自分に、自分を育てる親が居ることを理解した。本能で理解していた両親を、知性で理解した瞬間だった。心の奥底で狼があくびをした。朗らかなあくびだった。

 

 




衝動的に大尉の作品を読み漁り、自分も書きたくなった、なってしまった……
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