咆えろ人狼悪魔の世で   作:城縫威

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第二話 未知満ち足りる

兵藤一誠は黙々と育っていった。幼稚園に入り、多くの子供達と肩を並べることになった。しかし特殊といえる彼は、活発怪奇、やることの予測など出来るはずもない、遊び盛りの子どもたちの中で、一人だけ寂の世の中で息をしていた。他の子どもと交わることをせず、言葉を交わさず、ひたすらに、己の深き赤の目に、知らぬことを焼き付けるようにして、一歩外れた所から世界を見つめていた。子供が遊んでいる。ボールを持って、誰かがそれを蹴って、追いかけっこのように一つのボールに数人子どもたちが走っていく。子供が遊んでいる。砂場近くに沢山の小道具を置いて、初々しく初演を飾る俳優のように、たどたどしい言葉遣いで大人を真似て、家族を演じている。彼はそれをずっと見ていた。彼が残した最期の笑みと同じものを、なんでもない子どもたちが、当たり前のようにこぼしていた。幾度も年月を超えて、熟成を待ち、コルクを引き抜いた死都ロンドン。あらゆる生からの解放、死への隷属、こびりつく血臭死臭、響きあう悲鳴慟哭、その果ての最高の悪夢(ユメ)、体をあっさりと貫かれたあの時、一抹の爽快感が、身体中を走る銀の毒、眼前に広がるヴァルハラが、果てのない幸福と興奮、落ちていく意識の明滅、全てがアトラクションの様に綺羅びやかで、静まる湖畔に佇むように穏やかで、果たして自らを解き放つ瞬間だった。だが、彼に、骸の扉を開くための鍵はもう必要が無い。ただ日常を過ごし、記憶に蓄積するだけでよかった。温い、何もかもが温く、何もかもが甘く、何の刺激もない日々だった。けれども、至って彼は満足していた。それはある意味、赤子から育ち新たな親に、新たな世界に植え付けられた感情、もしくは思想的なものなのかもしれない。彼の中に残る戦火渦中の記憶は未だに濃く残っているが、彼にとってその記憶の重要度はそれほどでもなかった。確かにそれは彼を形作った全てでもあったが、最早出来上がっている彼の前には唯の過去でしかなかった。彼は見る。目の前を楽しげに走り回る小さく大きく輝く命の群れを。

 

彼は手に入れた人の喉を使ってそれを表そうとした。知識の中に眠る言葉を探し、喉を震わそうとした。彼が出すことが出来たのは、か細い空気の流れでしかなかった。彼の中に流れ着いた言葉の群れは、彼の言葉には成り得なかった。無言に生きた彼は、話す言葉を持ち合わせていなかった。単語でさえも。文字でさえも。不便とは感じなかった。もとより言葉無き事はなれている事である。だが、手にしたはずの音という媒体を使うことの出来ない自分に、自分ですら気づくには難しい程薄く、残念に感じていた。彼はまた、静かな己の世界に戻った。彼の前には常に変わり変わらぬ気色という万華鏡があった。それで十分だった。




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