第一回・比企谷八幡唇争奪   作:T・A・P

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第一回・唇争奪大鬼ごっこ大会 Ⅰ

 その日の放課後、俺は平塚先生に呼ばれ奉仕部に行くのが遅れていた。

 呼び出された理由としては、ただただ平塚先生の愚痴を聞かされただけで特に内容と言う内容も、理由と言う理由は無かった。やれ合コンがどうとか、やれ婚活パーティーがどうとか、完全にとばっちりだ。

 ほんと、早く誰か貰ってやれよ。

 今日も特に何もない放課後で、いつものように奉仕部の部室で読書して終わるのだろうと思っていた。

 奉仕部の扉に手をかけて、扉を開けようとしたところで俺は手を止めた。中から小町の声が聞こえてきたからだ。

「第一回、お兄ちゃんの唇争奪鬼ごっこ大会を始めま~す」

 普段の俺なら小町の声が聞こえた時点でこの扉を勢いよく開けていただろうが、流石に聞こえてきた言葉が言葉だ、すぐに扉から手を離した。俺はできるだけ速やかに気配を消し……あ、最初から消えてたわ。

 まぁ、気がつかれないようにしゃがんで扉に耳を当て中の様子を窺おうとしていると、

「ん、どうした比企谷。入らないのか?」

 いつの間にか後ろに立っていた平塚先生に話しかけられた。

「あ~いえ、今入ろうかと思っていたところですよ。別に帰ろうかなんて考えてませんよ」

「ほぉ、帰ろうと考えていたのか」

 俺は平塚先生の笑顔と言う威圧感にさらされつつすぐに立ち上がり、せっつかれつつ意を決して扉に手をかけると、ふと違和感に駆られた。

 そうだ。なぜ、平塚先生は自身で扉を開こうとしないのかだ。

いつもだったら、少しでも俺が帰るような素振りを見せると率先して扉を開けていたはずだ。今日の平塚先生は、どうしても俺にこの扉を開けさせようとしているようにしか思えない。

 そして、もう一つ違和感を感じるのは、先程の小町が言っていた言葉をこんな時間に聞くのはおかしくないのか?

 俺はついさっきまで平塚先生に捕まっていた。つまり、それまで部室に俺はいなかったって事になる。俺の事を知っている小町なら、そんなチャンスをみすみす逃すはずがない。てか、なんだよ、俺の唇争奪鬼ごっこって。

 だが、何か胸騒ぎがする。なんと言うか、絶対に気が付かなきゃいけないことに気がついていないよう……な……。

 ちょっと、待て。

 平塚先生が愚痴をこぼすために俺を捕まえていたのは、偶然か?

 小町がちょうど俺が来たタイミングで話し始めたのは本当に、偶然か?

 例えばだ、小町は俺が来る前に事前説明をする為、平塚先生に話を通していたとしたら。そして、さっきの言葉が中にいる人間じゃなく、俺に向けてだとしたらどうだ。

 小町は言っていた、唇争奪『鬼ごっこ』大会だと。

 ここで俺が部室に入ると、どうだろうか。

おそらく、この件に陽乃さんが関わっているはずだ。つまり、面白半分で俺は捕まるだろう。もしくは、後ろにいる平塚先生に捕まってゴールまで持って行かれる可能性も捨てきれない。これじゃあ、鬼ごっこもくそもない。

 なら、平塚先生を振りきって逃げたとしたらどうだ。

 結局、小町の言っていたことが現実になるだろう。しかし、この選択をすれば、少なくとも逃げ切れる可能性と言うものが出てくる。つまり、俺は分かっていながら小町、もしくは陽乃さんの手のひらで踊るしかないと言う事だ。

 さて、逃げるためには後ろで『いい笑顔』の平塚先生を振りきらなければならない。平塚先生としては、ここで俺が素直に中に入ってくれた方がありがたいのだろうが、俺にとっては完全に死活問題である。

 ならば、俺がやることは一つしかない。

「平塚先生、ちょっとMAXコーヒー買ってきますんで」

「なら、荷物は中に置いて行った方がいいだろう」

「そうですね。じゃあ、置いて行きます、よっ!」

「お、おい!」

 俺は持っていた鞄を平塚先生に向けて投げ渡した。予想通り、平塚先生は反射的に鞄を両手でキャッチすると、俺は全力でその場から離脱した。

「くっ、待て、比企谷!」

 そう、言ってきてはいるが追いかけてくる様子はなく、俺はできるだけその場から遠くに逃げることにした。

 

 

 息を切らせながら俺はできるだけ部室から遠くに逃げると、小町から電話がかかってきた。

「もしもし、小町か」

『うん、小町だよ。

まず、お兄ちゃんに言っておこうかな。さすがお兄ちゃん、よく気がついたね』

「ギリギリだったがな」

『じゃあ、そんなお兄ちゃんにルールの説明をしてあげよう!』

 小町のルール説明を要約するれば、

 制限時間は十七時から十八時までの一時間。

参加人数は非公開で、どんな手段を使ってでも一番最初に俺へキスをした参加者の優勝。時間内まで逃げ切れば、俺の勝利。

 範囲は校内だけであり、外に出た時点で俺は強制的に敗北扱いで、俺にペナルティが発生する。

「それで、なんでこんな事をしたんだよ」

『ん~、そうだね。お兄ちゃんに自分の立場を知ってもらうためかな』

「は、俺の立場? 俺にぼっち以外の立場なんてねぇよ」

『はぁ、これだからゴミぃちゃんは。あ、言い忘れていたけどお兄ちゃんは、優勝者とデートしてもらうから』

「は? どういう事だ」

『ちなみに、小町は参加者じゃないからよろしくね~』

「ちょ、おい、小町……きりやがった」

 通話の切れたスマホの時計は、ちょうど十七時を表示した。

 

 

 

 17:00 開始

 

 参加者

 

 とりあえず外はペナルティ対象ならばどこかの男子トイレの個室で隠れておこう、と俺は動こうとしたのと同時に持っていたスマホの画面に一通のメールが届いたことを知らせいた。

『鍵がかかる場所に隠れるとか、男子トイレに引きこもるのもペナルティだからね』

 さて、逃げるか。

 逃げるとしても、どこに逃げるか。隠れると言う手もないわけではないが、それじゃあ見つかった場合には完全に詰む。屋上なんて場所はその最もたる場所だろう。

 見つかりにくく、それでいて逃げやすい場所は……くそ、思いつかん。

 いや、そもそも、このゲームに参加者はいるのだろうか。俺に対してキスしたいと思える奴に心当たりはない。あるとすれば、面白がる陽乃さんと切羽詰まった平塚先生の二人だ。

雪ノ下はこんな事に参加しない、と言うか内容的に絶対参加しないだろう。例え無類の負けず嫌いだとしても。

なら、由比ヶ浜はどうだろうか。あいつなら、その場の空気に流されて参加しそうな気がする。

一色は……面白がりそうだな。俺の反応を見て。

これ以上他に思いつく参加者は思いつかないから、参加者は四人程度か。その中で一番厄介なのは平塚先生だろうから、そこだけは気をつけないといけないだろう。

「あれ、比企谷君だ~。こんなところでどうしたの?」

 反射的に振りむいた先には、めぐり先輩がいつもの笑顔をたずさえて立っていた。

「ああ、城廻先輩でしたか。お久しぶりです」

 この時期の三年生は自由登校になり、最近はめっきり会う事が無くなったので本当にめぐり先輩と会うのは久しぶりだった。

「うん、久しぶり。それで、こんなところで何してたの?」

「あ~ちょっと逃げている最中なんで」

「逃げている? 誰からかな?」

「平塚先生とか、雪ノ下さんとかから、ですかね」

「へぇ~そうなんだ。じゃあ、私が知ってるいい隠れ場所教えてあげるよ」

 そう言ってめぐり先輩は俺の目の前を歩き始めた。

「え、いいんですか。ありがとうござ……」

 俺はそんな笑顔のめぐり先輩の後ろをついていこうとして、足を止めた。

 陽乃さんの事を尊敬していためぐり先輩が、なんで今回ばかりは陽乃さんが来ていることに食い付かなかったのだろう。それは、来ていることをすでに知っているんじゃなかろうか。

 だったら、目の前にいるめぐり先輩は俺をどこに連れていこうかと言うのだろう。

「城廻先輩、聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」

「ん、なにかな?」

「どうして、雪ノ下さんが来ていることを俺に聞かなかったんですか?」

「あ、えっと、それはね」

 めぐり先輩は俺の言葉で、目線を明後日の方向に逸らし何とも微妙な表情を浮かべながら、口ごもった。そんなめぐり先輩の様子に確信した俺は、

「すみません、俺、逃げますんで」

 めぐり先輩とは逆方向に走り出した。

「あ、廊下は走っちゃダメだよ~!」

 後ろからめぐり先輩の声が聞こえてくるが、俺は聞こえないふりをしてその場からの離脱に成功した。

 

 17:04  比企谷八幡:逃走中

 

参加者

城廻めぐり:放置

 

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