東方ギャザリング   作:roisin

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09 目が覚めたら

 

 

 

 

 鳥の声がする。

 頬を撫でる風が心地良い。ずっとこのままでいたい気分だ。

 けれどそれを意識したせいか、眠気はどんどん消えてゆく。

 瞼を閉じていても差し込む光が目を焼き、たまらず左手で遮ろうとして………。

 

 ―――感覚の無くなった腕に気がつき、一瞬で全てを思い出した。

 

 ただ、だからといってガバッとなんて起き上がる気にはならなかった。

 じんわりと、雪が解けていくかのように今までの出来事が思い出され、整理されて脳内に格納されてゆく。

 そんな、起こってしまった全てを受け入れるべく、ゆっくりと目を開けながら……

 

(……知らない天zy―――)

「目覚めたか、洩矢の眷属よ」

 

 天井見えねぇし。見えるの人の顔だし。

 わぁ、綺麗な人だなぁ。

 青黒いショートヘアに、首から掌くらいの大きさの鏡をネックレスのようにひっかけた女性が上から覗くように声をかけてきた。

 キリっとした眼光が、可愛いとかではなくて、出来る女って印象を際立たせている。

 うむ、こんな美人が俺と接点なんてあるはず無いから、これは夢だな。

 ただこんな夢は望んでいる訳ではなかったので、見なかったことにして再び目覚めるのを待つとしよう。

 おやすみなs

 

「目覚めたのなら体を動かしてみるといい。違和感のある箇所は言え」

 

 随分と堅苦しい美人さんっだな。

 夢は本人の無意識下での願望でもあるって聞くし、俺にはこの手の趣味があったんだろうか。

 いやしかしこの態度で付き合うとなったら色々と考えされられる場面が出てくきそうだな。

 参ったな、こりゃ今後の嫁さん候補を真剣に検討しなきゃいけないぜ。ははは。

 

 ……無理だな。

 

「お前、何してんだ」

 

 我ながら開口一番のセリフが結構冷たいと思う。

 しかし、本当に何してるんだこの神様。

 俺の記憶じゃ殺す殺されるの関係だった筈だが。神だから人間と感覚違うんだろうか……。

 こちらの顔を覗き込むかのように体をかがめていた八坂は、一瞥観察した後、ゆっくりと立ち上がった。

 

「無礼な口の利き方だ……まぁいい。お前の体の面倒を見ていた。諏訪子との契約でな」

 

 契約……?

 諏訪子さんが?

 八坂と?

 

 ―――今までの出来事と、この手の漫画的展開の終始を思い出し、尋ねてみる。

 

「……諏訪子さんが服従する代わりに、俺の治療をお前がやったのか?」

「その通りだ。生憎と失った腕は戻せんが、それ以外ならばもう充分に回復しているはずだ」

 

 ……何てこった。一人で勝手に自滅したどころか、他人の足まで引っ張るハメになるなんて。

 

「……諏訪子さんは無事か?」

「ああ。今し方、念話で連絡を入れた。もう―――」

「九十九! 目が覚めたって!?」

 

 襖が勢いよく開け放たれる。

 大変ユニークな帽子にそこから覗く金髪な小柄な少女は、俺がとてもよく知っている人物であった。

 

「あ……えと、おはよう……ございます」

 

 長年の習慣からか。混乱した頭から出てきた回答は、無難といえば無難な朝の挨拶だったと思う。

 元気いっぱいで息を弾ませながら挨拶する諏訪子さんに、思わず安堵のため息が零れる。

 日の光に照らされて、祟り神だっていうのに、それとは真逆の性質の太陽の化身に見えた。

 子供は風の子元気の子って感じ。

 良かった。どこも悪いところは無さそうだ。

 

「おはようって……確かに目が覚めたらおはようだけどさ……。うん、まぁ元気そうだしいいか」

「諏訪子、これで契約は果たした。腕以外、心体共に健全な状態に戻っている筈だ。何かあればまた私に言え」

 

 八坂め、諏訪子さん呼び捨てですか。俺が意識を失っている間に仲良くなったのかね………。

 そんな面食らった諏訪子さんとは対象的に、八坂はサバサバした感じで会話を一方的に済ませる。

 そしてそのまま背を向け諏訪子さんが入ってきた襖から、チラリとこちらを見た後、出て行った。

 

 

 

 そのまま、しばしの間。

 改めて周りを見てみると、俺が寝泊りしている諏訪子さんの社の大広間にいることが分かった。多分、神気とかそういった気質を集めるのにココのが効率良いんだろう。前にそんな話を諏訪子さんがしていたし。

 で、こっちは何から聞いたものか悩んでおり、逆にあちらは何から話したらいいものかで迷っているような……お見合いのように会話の糸口を探り、けれどどちらも攻め手にあぐねている状況に陥っていた。

 だったら、女の子にそれをやらせちゃ男が廃る。

 一人で勝手に空回って、もう付けるカッコすらないが、それでも意地を張りたいもんなのだ。

 

「あれから……」

「ん?」

「あれから、どれくらい経ちましたか」

 

 まずはテンプレその一。いつまで寝てた? な質問。

 問い自体にあんまり意味はないが、この手の会話の王道。

 時間も切羽詰ってるって訳でも無さそうだし、ここから色々聞いてみれば良いよな。

 

「丁度一週間。その間、国の合併と、民達への説明。そして、取り決めの制定をやったね」

「体の方は、もう何とも無いんですか?」

「ああ。元々神ってのは肉体にそこまで縛られてる訳じゃないからね。神奈子の奴も私を滅するより屈服させる目的で戦争起こしたんだし。確かに肉体的な損傷は激しかったけど、霊核……魂が健在なら、神様ってのは存命し続けるものなのさ。ある程度まで、ね」

 

 本当にズタボロになったら消滅するってことなんだろうか。

 ……血溜りの中で腹にオンバシラ刺されてた時点で充分瀕死だと思うんだけど(汗

 

「本当に良かった。俺が見たのは血の中で倒れてた諏訪子さんでしたからね。これでもかって位ボロボロな。最後には……棒で胸を貫かれてましたし」

「あの時は参ったね。心までは折れてなかったんだけど、あれやられてポッキリ」

 

 昨日転んじゃってさ。みたいに気軽な物言いに、何だか問い詰めるのも馬鹿らしくなる。

 ……俺、あれを見て今までにないくらい怒ったんだけどなぁ。

 もう神様の定義が分からん。普通の生物とは違うと思っておこう。生命力的な意味で。

 

 

 

 それから、今までに起こった出来事を聞いていった。

 国の合併と、在り方。

 民達への救済と説得。

 法の制定。

 そして、八坂への恭順。

 諏訪子さんがミシャクジの何体かの譲渡と八坂への服従を了承することで、国や民の安全と繁栄と、先の戦で傷ついた者達への治療の確約をしたようだ。

 

「で、最後の一人である九十九がこうして目覚めて、晴れてこの国は一から出発することになったのでした」

「……あっさり言ってくれちゃってますけど。……俺が倒れる前に言った気もしますが、そんなにサバサバ割り切れるもんなんですか?」

「そうせざるを得なかったからね。確かに私はミシャクジの統括者で、恨み辛みを代弁する者ではある。でもそれ以上に民達の成長を願っているんだ。これで国民全員皆殺し、とかだったなら、私は消滅しても一族その他草木に至るまで、関わりのある者は例え空気であったとしても、全てを呪い殺す気概があったよ」

 

 何だ空気を呪い殺すって。ミシャクジ様マジこえぇ。

 

「そういえば……。村のみんなは……何人、死んだんですか?」

 

 言った途端、ぽかりと頭を殴られた。

 あまり痛くはないが、突然の行動に思わず鳩が豆鉄砲食らったような顔になる。

 

「九十九。心して聞け」

 

 う、ガチの神様モード。神気が少し溢れている。

 一週間寝たきりだった体にゃあ、ちと堪えるッス。

 俺は一体何の地雷を踏んだのかと思いながら、はいと返事をした。

 

「まず結論から言おう。―――この戦で散った命は、勇丸だけ。神奈子は敵味方の死傷者をそれ以内に収めて戦ったんだ」

「ちょ、ちょっと待って下さい。だって俺が到着した時には、戦場は死屍累々の状況だったんですよ? 何人も地面に倒れてて―――ん?」

 

 あれ、倒れていて……呻き声とか……あれ?

 

「そう、倒れていただけだ。傷ついていない者は居なかったが、それらは全て神奈子が治したよ」

「……勇丸が、敵兵を蹴散らして八咫烏と相打ちになったってのは」

「殺す事よりも戦闘能力を奪った方が効率が良かったんだろう。戦い方を見ていてそう思った。事実、あいつは恐ろしいくらいの速さで敵を無力化していったんだ。敵は生きている事で泣き叫びながら周囲に恐怖を与えて味方の心に傷を与え、それの救助をする為に人手を割かなければいけない状況を作り出していた。人間達には足を、八咫烏には羽を攻撃することで、封殺していったよ」

「……でも、勇丸は死んだじゃないですか」

「ああそうだ。勇丸は死んだ。その事実は何の言葉を以ってしても覆らない。ただ私はそこで止まれない。まだ残っている者達の為に、私は私でなくなるまで神としてあり続けねばならない。それが、傷ついてもなお付き従ってくれた者達への、何より勇丸への恩返しだと思っている。……九十九は、自分の復讐を他人にやってほしいと思うかい?」

「……その聞き方は、ずるいです」

「すまない。こうでもしないと九十九は止まってくれそうに無いからね」

 

 一拍。諭すような表情を変化させ、今度は謝罪の言葉を紡ぐ。

 

「―――勇丸との仲を引き裂いたのは私だ。私に出来ることなら可能な限り償わせてくれ」

 

 そう言って、諏訪子さんは俺に向かって深く頭を下げ、両の手を地面につける。

 土下座。

 古来より人々が神に対して行ってきたものを、逆の立場で見ることになるとは。

 

「……それに関しては俺にも思うところはあります。ですので……」

 

 諏訪子さんの手が強く握られるのが分かる。

 恐らく、これから殴るなり蹴るなり罵倒するなりされるのではないかと思っているのだろう。

 その気持ちに答えるような真似もしたくない訳ではないが、そういうのは一番被害にあった者が行うべきものの筈だ。

 仲を裂かれたのは不快だが、俺はこうして、腕は無いものの生きている。

 なので、

 

「そういう事は、一番の被害……。違うな。一番の功労者に聞いて下さい」

「え……?」

 

 疑問の声と同時に、目線を俺の方へと上げる。

 白くて、大きくて、もふもふで。

 そこには、初めて見た時と同じように勇丸が悠然と鎮座していた。

 

「いさ……まる……」

 

 漏れるように諏訪子さんが言葉をこぼして、動きが止まる。

 

「勇丸……私が分かる?」

 

 震える声で、すがる様に尋ねた。

 すると、僅かではあるが、はっきりと分かるように、勇丸は頷く。

 途端、諏訪子さんは勇丸に抱きついた。

 その首に顔を押し付け、すまかった、許してほしいと懇願する。

 ちょっと空気的に居づらいのだが、俺も当事者の一人ではあるので動くに動けない。

 それに、諏訪子さんを覚えているということは、俺のことも覚えている筈だ。これが嬉しくない訳がない。

 勇丸召喚の僅かな疲労感に懐かしさと失ったものを取り戻せたことへの安堵感が重なり、俺の心はそれだけで満たされる。

 

 今の心中は恨みとかそんなものは一切無くて、いつもの俺そのもの。

 明るく楽しく過ごしたいなぁ、『楽に』←ココ重要。

 の精神が前面に押し出ている常態だ。

 ぽりぽりと頬をかく指にザラつく感触を感じながら、そういやヒゲ剃ってないなぁとかぼんやり考えていると、諏訪子さんの気が済んだのか、こちらに視線を向けてきた。

 

「本当……何て言っていいか……」

「気にしないで下さい。馬鹿な男が一人で空回って勝手に自滅しただけの話です」

「でも……それじゃあ……」

 

 何もしないでいることに我慢がならないのだろう。

 そわそわと何かを提案しようとするが、こちらが要らないと言ってしまったのでどうやって謝罪しようかと考えているようだ。

 俺が諏訪子さんの立場だったなら、確かに何かしらの謝罪を行いたくなる。

 だが困った。これといってやってほしい事など無いのだ。

 謝ってもらっても逆にこちらが申し訳ない気持ちになるし、かといって欲しいものがある訳でも……あったわ

 ただなぁ。この手の出来事にありがちな『え? そんなことでいいの?』的な要求をして驚かせてみるのも面白そうなのだが、勿体無い気がしてならないので少し悩む。こんな機会滅多にないだろうし、会いたくもないし。

 腕を組み、うんうんと唸って考えること数十秒。

 気持ちより実益! と結局物欲に負けた俺が諏訪子さんに提案したのは、

 

「じゃ、服作ってくれませんか?」

 

 というものだった。

 今の俺は弥生時代の人辺りが来ていそうな服……つまりは、この時代の服を着ている状態。

 GパンとかTシャツはボロボロになってしまったのだろう。

 履いていたスニーカーだって、今まで歩き続けてきたせいで、戦う前からボロボロだった。

 ……誰が俺のこと着替えさせたんだ。まさか諏訪子さんとかじゃないだろうな。

 考えない方が良いと、俺の良心と羞恥心が無意識下で働きかけたかのように、その出来事をスルーする。

 あんまり考えたことは無かったのだが、身に着けるもの全ては消耗品。

 ゲームとかアニメなんかじゃキャラは全員いつも同じ服な場合が殆どだったが、歩けば靴は磨り減るし、衣類だって雨風でボロボロになり、武器とか持っていてもメンテナンスをしていたっていつかは完全に取り替える時期が来るのだ。 

 多分服自体が自己再生とか能力持ってるんだろうとか何着も同じの持ってるんだとかで当時は強引に納得するようにしていたのだが、その手のルールが今の俺には当てはまらないので困ってしまったという訳で。

 ここに来てから約半年。

 Gパンは問題なかったとして、Tシャツなんか別に土ぼこりの多いところへ行っていたわけでもないのに、一週間で野球漫画の主人公並みに汚れちゃったもんなぁ。

 村の人が手洗いしているのを横で眺めながら、二回目以降は自分で洗濯をしたものだ。

 きっと冬になって水温が下がったら洗濯ローテーションが一週間から二週間に伸びていただろう。寒いのイヤだから。

 ……そういや今って季節はいつなんだと疑問に思うが、これもスルーしておこう。

 

「分かった。最高のものを仕立てさせてもらうよ」 

「前に頂いたミシャクジ様の外套みたいな感じのだと有り難いです。あれ今まで着てた衣類のどれよりも着心地最高だったんですよね」

 

 あ、地味系でお願いします。と付け加えたところで、諏訪子さんは目線をずらし、俺の後ろにある襖に、もういいよ、と声をかけた。

 ん? と首を傾げるまもなく、スッと入ってくる八坂神奈子。

 出て行った時と違って、注連縄は外している。

 ゴツさが取れて美人度UPな感じだが、やっぱりまだ怨む気持ちは残っているので、素直に感動することはない。

 そんな俺の心情など気にする様子もなく、八坂はどかりと部屋の中央、元々諏訪子さんが崇め奉られていた位置へと座り込んだ。

 組んだ胡坐を崩して、あの例の偉そうな(偉いです)ポーズになる。

 ちょっと複雑な心境だが、諏訪子さんや勇丸は何も感じないようで、体を八坂の方へ向けた。

 場の空気的に俺も体を向け、それを見て、これで話す場が出来たとでも思ったのか、八坂が威厳に満ちた語りと言う名の自己紹介を始めた。

 

「私は八坂神奈子。大和の国を治めている者の1人だ。ここは我が国の傘下に入ることで、名前も洩矢の国から守矢の地へと改名した。―――洩矢諏訪子、並びにその眷属よ。以後、私に仕え、称え、崇めよ。さすれば飢える事のない日々を約束しよう」

 

 頭の中が真っ白になった。

 諏訪子さんが八坂へと下るのは知っているし、国の改名も分かっていた。

 ただ―――ただ、だ。

 並びにその眷属ってのはあれか? 俺のことか?

『待ってくれそんな話聞いてないぞ』と諏訪子さんに顔を向けると、当の諏訪子さんもきょとんとした目でこちらを見ていた。

 ……あれ? 諏訪子さんも知らない……?……どういうことだ?

 

「ちょ、ちょっと待って神奈子。確かに私の国は服従するし、私達ミシャクジもその指揮に入るとは言ったよ。でも九十九は別だ。こいつは、私の眷属じゃないんだよ」

 

 今度は八坂がきょとんとした顔をする。

 え、何この展開。

 面白い顔を見られて良いもの見れたなとは思うが、口を挟むのも怖くて、とりあえず色々と取り決めをした当人同士で話し合ってもらうとしよう。 

 

「……嘘を申すな諏訪子。この国の……守矢の者達は口を揃えてそこの者はお前の眷属だと言っていたではないか」

 

 嘘ついてんじゃねぇと八坂が言った言葉に、諏訪子さんと俺があちゃー的な顔をする。

 

「あ~、神奈子。その、ね。……うーん言葉じゃあれだし……。九十九と私の繋がり、見てみてよ」

 

 いまいち理解し難いが、繋がりと言うからにはやっぱり霊的とか神的なものなのだろう。

 眷属というのは、そういった繋がりがある―――のだと思うので、それを見てみろって事なんだろうか。

 憮然としながらも八坂は目を凝らすように俺と諏訪子さんを見比べる。

 一回、二回、三回。

 視線を行ったり来たりさせながら、その表情は納得いったという風に深く目を伏せ、大きなため息を吐いた。

 

「どういう事なのか分からぬが……確かにお前とその男、そしてその狗神との繋がりはないな」

「ごめんね神奈子。この九十九はさ、半年位前に私が招きいれた外来人で―――」

 

 そのまま、この国への異様な外来人を招き入れる為の方便である事。俺との出会いから、様々な奇跡を起こせる事を買われ、妖怪の討伐を行っていた事。この国の為に様々な知識や技術を授けてくれた事への説明を終えた。

 崩した胡坐に肘をつき、添えられた手に頬を乗せながらじっとその話を聞いていた八坂は、最後までその姿勢を崩すことはなく、話し終えてからは瞳を閉じ、じっと何かに思考を巡らせているかのように、ふむ、と一言呟いた。

 

「なるほど。つまり洩矢の国の為に働いてくれていたのは事実だが、仕えてさせていた訳でも使役していた訳でもないのだな」

 

 そう、まとめる様に八坂は締め括った。

 こくりと頷く俺と諏訪子さん。

 勇丸は何をするでもなく、ただ静かにその場に控えている。あぁ、この感覚がとても懐かしい。

 

「そうだな……。お前、名を名乗れ」

 

 唐突に、八坂は俺に向かってそんなことを言った。

 指を自分に当て、俺ですか? というジェスチャーをしてみると、どうやらその意味が分かったようで、そうだとばかりに不適な笑みを浮かべる。

 名前なら諏訪子さんが散々言ってただろうに、やっぱり自分で名乗る事に意味があるんだろうな、この手の挨拶は。

 くそぅ、この高慢チキめ。

 

「……九十九」

「何が出来る」

 

 間髪入れずに質問続けやがった。

 まさか一問一答みたいに問い詰めていく気か!?

 

「……色んなものを呼び寄せられる」

「やってみせろ」

 

 ……何か腹立ってきた。

 この野郎……じゃない。この女郎、あんま舐めてっとイてまうぞゴルァ。

 やってみせろだぁ? いいじゃねぇかやってやるよ。

 体力も回復しているし、わざわざ相手からやれと言ってきているのだ。

 凶悪なクリーチャーかスペル使ってやんぞ!

 

 と息巻いた目で八坂の方を見ていると、横から諏訪子さんが袖をちょんちょんと引っ張りながら、首を左右に振った。止めなさいって事なんだろう。

 その仕草、おねだりする妹みたいでGJです、と一瞬意識が違う方向へ飛んだがすぐ戻ってくる。妹なんていたことないけどね。

 仕方ない。ならばと違う意味での凶悪なカードを思い浮かべる。

 その余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)な表情崩してやんよ! 効果あるか分からんけどな!

 あれ何マナだったかな。多分2だと思うんだが………いや3だったか?

 まぁいいや。実行あるのみ!

 

「覚悟しんしゃい!【お粗末】!」

 

 言動は気にしない。なぜなら俺だから。

 我なら何言ってるんだとは思うが、そういうカード名なのだからしょうがない。

 ふざけた名前なれど、その効果は折り紙つき。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『お粗末』

 コスト2で、白の【インスタント】カード。

 対象のクリーチャー1体を0/1にし、全ての能力を失わせる効果を持っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 0/1ということは攻撃力は皆無となり、防御力も、下手をすれば俺以下。

 何より能力の全てを失うのだ。

 これが決まれば神だろうが悪魔だろうが一般ピープルと同等になる。

 だが、MTGではこのカードの採用率は皆無。

 クリーチャー対策をしたいのなら、そんなまどろっこしいものなど使わずとも、もっと単純に『このクリーチャーを破壊する』といった除去系のスペルを使えばいいのだから。

 MTGにおいて、その手の除去系カードが高コストという訳ではないので、この【お粗末】はネタか、カードの購入が揃わない時点での代用品くらいにしか記憶になったが、思わぬところで役に立った。うん、今度から捕縛系呪文その1として覚えておこう。

 疲れが襲ってくるが、今までに比べると疲労の度合いが少なく感じ……お、ちょっとはレベル上がったんだろうか。と考える。

 唱えたと同時、八坂に光が集まり、四散する。

 やはりその事に驚いたようで、目を見開き、次に俺を睨み付けた。

 

「何をした」

「やってみろって言うからやってみただけだ。呼び寄せたんだよ。奇跡の1つを」

 

 ふふん、これでお前はただの女になったのだぁ!

 ぐへへへ。これであんなことやこんなことをしt

 

「気味の悪い目で見るな」

 

 ズドンッ! なんて。そんな音がピッタリだろう。

 俺の目前に何かが突き刺さる。

 板張りの床を貫きそびえ立つそれは、紛れもなくオンバシラ(細め)。

 後十センチ近かったら俺の顔面剥がれていたよね? ってぐらいの勢いだったぞ。

 

(あれぇ? 能力封じられてねぇじゃん(汗))

 

 と先ほどまでの余裕ぶっこきまくりな思考は捨てて、視線を遮るオンバシラを避けて、首を曲げながら八坂に目を向ける。

 俺の青ざめた顔を見て満足したのか、彼女は鼻で笑うと、気に入ったとばかりに、

 

「九十九。お前―――我に仕えよ」

 

 なんてのたまってくれた。

 

 

 




改行の修正は当分先だと言ったな。あれは嘘だ!!

……ゲフンゲフン。

先方の不慮な事故(インフル)によって思わぬ時間が取れましたので、このような形での修正をしてみました。

何かご指摘などありましたら、教えて頂ければ幸いです。

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