東方ギャザリング   作:roisin

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もう一方のサイトにて、ハーレムのタグの追加をご提案して頂きました。
今更ではありますが、反映させて頂きます。


二章
15 鬼


 

 

 

 

 

(トンネルを抜けると、そこは―――)

 

 雪国とか、あるはずがない。

 ましてやトンネルなど論外。

 

(ホントもう……ここ何処よ……)

 

 軽くボケ入れる程度には余裕があります。元気です。

 

 ―――守矢の地を立ってから一日。俺は、どこぞとも知れない山林の中にいた。

 

 あれから気持ちの整理をするのに数時間。

【ジャンプ】の能力を把握するのに、さらに数時間。あれって力の入れ具合で飛ぶ距離が変わるらしい。思いっきりやったら、山の一つ二つ越えたから。

 その辺はジャンプと言いつつ飛行能力の付与なだけはあるのだと思った。使うタイミングがもっと遅かったなら、俺は……

 

「うぅ、自分惨めッス……」

 

 思わず声に出してみたくなるくらいの後悔が押し寄せてくる。

 当分引きずるなぁ、こりゃ。

 フラグへし折っちまったもんなぁ。やだなぁ。とほほ……。

 

 

 

 

 

【ジャンプ】の能力を使い、恐らく目的地であろう方向へ進む事、はや数時間。

 垂直飛びで海の方角は分かっていたので―――もう垂直飛びはやらんと切実に思った。

 上昇する時は気分が良かったが、落ちる時は、死ぬかと思った。いや悟った。俺はここで死ぬと。たまたまがきゅん! ってなったからね!

 とりあえず、そちらの方面へとぴょんぴょん小ジャンプ繰り返しながら跳ねて来たのは良いのだが、地上から通る道と微妙な空中からの景色は全くの別物な訳で。

 大きな山などを目印にして、多分この辺だろうと当たりをつけて北の村を探し始めて1日。

【ジャンプ】の効果も切れて、普通に徒歩で移動しながら、はや数時間。

 いい加減、勇丸か【ターパン】でも召喚して乗らせてもらおうかなぁなんて思ってしまう。むぅ、ちょっと焦ってきた。

 結果として、俺は海沿いの森の中をうろうろとしながら目的地を探している真っ最中な訳であるが、

 

(お? あれかな?)

 

 視線の先には、幾本もの白い煙が立ち上る、茶色い細々とした塊が見える。恐らく沿岸の集落、北の村の筈だ。……そう思いたいだけってのもある。

 しかし、仮に違ったとしても、集落があるというのはありがたい。もしかしたらご好意に甘えられて、布団で眠れるかもしれないから。

 この時代は基本が煎餅布団だから、寝心地があれだけど、無いよりはあった方が断然良い。

 獣道のような、辛うじて通れそうな木々の間を通り抜けながら、俺はその白い煙の方へと進んでいった。

 

 

 

 村へと続いている、よく踏み均したであろう道を行く。

 段々と視界に収まってくるのは、今まで住んでいた村よりもボロさの目立つ……失礼。風格のある佇まいの民家が並んでいる。

 沿岸沿いに建築された漁業を生業としたこの村には、吹き付ける潮風が全てを塩味にしてしまいそうな印象を受けた。

 うぅん、やっぱり海といったら魚介類でしょ、って具合に、海の幸をふんだんに使った海鮮料理が思い起こされる。

 空気ばかり食べていたせいか、興味の対象が料理に多大に向くようになったとは思うが、結構運動もしているので体的にはむしろいっぱい食事をした方が良さそうになってきている。

 見てほら(見れません)! 腹筋が割れてるのが分かるようになってきたんだよ!

 今までプニプニだった体のあちこちも、今では立派な細マッチョ体系さ! 

 俺パンチングマシンで百とか余裕で出すし。

 は、さて置き。

 

「勇丸かもーん」

 

 俺の相方を呼び出してみる。

 現れた勇丸はちらりと一瞬で周囲を確認し、危険は何も無いと分かったようで、こちらへと向き直る。

 潮風に鼻をひくひくさせながら、いつもの定位置と化した俺の横へと並び立つ。

 それを片手で頭を撫でてやり、相変わらずの暖かさともふもふさを体感した後、俺達は村の入り口と思われる、等間隔に開けた杭の間を潜った。

 

 

 

 

 

「すいません、ちょっといいですか?」

 

 投網の補修をしてるっぽい、第一村人発見。他には人影は見えない。

 村人は作業している手を止め、俺へと顔を上げた。

 足音で近づいて来るのが分かりそうなものだが、余程集中して仕事をしていたのだろう。五メートルくらいまで寄っても気づいてくれなかったから、唐突に声をかける形になってしまった。

 

「……あんた、誰だ」

 

 ほらねー、白い格好で白い狗を連れた怪しさ満点の人物だから、要らぬ警戒心を……ん?

 

「九十九と言いますが……あれ、ご存知ありませんか?」

「いいや、知らない。何処から来たんだ」

「守矢の方からです」

「あぁ、最近神様同士が戦をして飲み込まれたって言う、あの」

 

 あぁあぁと納得したように声を上げる村人A(三十代っぽい男)に、嫌な予感を確かめるべく、尋ねてみることにした。

 

「あの、ここは北の○○○村ですか?」

「ここは×××村だ。そっちは確か……反対方向だな。何だ、村を間違えたのか?」

 

 ……何となく会話の流れから予想はついていたので、そこまで驚きはしなかったが……結構心に響く。

 

「おい、急に蹲って……どうした、腹痛か?」

 

 優しいッスねぇおじさん。

 でも違うッス。単に気力が低下しただけッスから。

 心なしか勇丸も小さな声できゅんとひと鳴きして、残念そうな表情と、垂れ下がった尻尾を披露する。

 ごめんよー。【ジャンプ】でぶっ飛んだ時に『こっちだよな!』ってノリで方角決めたのが悪かったんだ。

 だってあの出来事のせいで、あまりのやるせない気持ちに押し潰されそうになって、少しでも体を動かして気分を紛らわしかったんだもの。

 

「お気遣い無く……。ちょっと自分の馬鹿さ加減に落ち込んでしまっただけですから」

 

 反対ってことは、単純に考えて県二、三個分くらい逆走したってことか?

【ジャンプ】の効果が凄いのか、俺の頭がやばいのか。

 後者だと思いたくない為にさっさと思考を切り替え、前向きに事に当たることにしよう。

 

「すいません、もし宜しければ、こちらで一晩宿を貸していただけないでしょうか」

 

 家事手伝いとか色々しますから、と提案してみる。

 流石に体力と気持ちを回復せねばと思って言ってみたが、

 

「あぁ良いさ。ただ、手伝いはいらねぇ。ゆっくり休んどけ。……代わりといっちゃあ何だが、兄ちゃんは守矢での話をしてくれよ。夜にゃあ興味のある奴らを集めてくるからよ。ちったぁ人づてで話は届いてくるんだが、今ひとつ、はっきりしなくてな」

「はっきりしない? 情報が、ですか?」

「そうなんだ。洩矢の国が負けて、守矢の地になって大和の国に組み込まれたってところまでは、言う奴言う奴一緒なんだがな。あそこの……あ~、名前はなんつったか、八坂様だったか? その神様が、真っ黒な大妖怪に飲み込まれただの、戦が終わった途端に国中の傷を受けた者達が回復しただの、見たことも聞いたことも嗅いだことも無いような食材が国中に溢れているだの、もう何を信じたらいいんだがさっぱりでよ」

 

 ……心当たりがあり過ぎて困る。

 でも、あれだ。別に隠す必要は無い訳で、良く知っているというか体験している俺ならば、事細かに出来事を伝えられるだろう。

 ここはいっちょ、洩矢の国改め大和の国、ひいては神奈子さんと諏訪子さんの為に、一肌脱ぎますかね。

 

「分かりました。それじゃあお言葉に甘えて、しばらく休ませてもらいます」

「そうしな そうしな。俺の家がこの先の松ノ木辺りにあるから、そこに入って勝手に休んでてくれ。あぁ、そこの犬っころは上げないでくれよ」

「分かりました。それでは」

 

 おじさんを背に、言われた家へと歩き出す。

 勇丸は綺麗だって言いたかったんだが、その辺りは事情を知っているものと知らない者の認識の差だと思って諦める。

 こういった出来事は、今に始まったことではないので対応も慣れたものだが、やっぱり少し寂しいものだ。

 

「よっし、じゃあ今晩は集まってきてくれた人に大盤振る舞いしちゃいましょうかね。勇丸も、食べたいもの考えておいて~」

 

 こくりと頷く相棒と共に、松ノ木が目印の、おじさんの家へと足を踏み入れた。さって、寝るぞー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そこで俺は言ってやったんですよ!『俺の大切なものに手を出すんじゃねぇ! お前らまとめて掛かって来い!』って」

「よっ! 兄ちゃんカッコいいぜ!」

 

 合いの手ありがとう おじさん。

 村の中央の開けた広場。

 小学校の小さな体育館くらいの広さの場所で、俺は集まった人々に、武勇伝を語っていた。半分以上そっぽを向かれているけどね。

 思っていた四~五人くらいという俺の予想は覆され、パッと見で三~四十人は居るっぽい。

 日も暮れてきたので焚き火を囲む形で話し込んでいたのだが、どうしたことか、どんどんと話が誇張していってる気がする。

 諏訪子さんに拾われたところから始まり、諏訪大戦から、二神が互いに手を取り合っている様子から、俺の能力で人々の治療を行ったまでを話していたのだが……。

 諏訪大戦の詳細を知りたいと言われたので説明していたんだが、語っているうちに思い出修正というか……天狗の鼻が伸びてきたというか、嘘ではないけど事実でもないような言い回しで『俺って凄いんだぜ!』な話の展開になってしまっていた。

 フラグな感じがビンビン伝わってくるが、酒も入ってストッパーの無くなった思考回路は軽く暴走していて、止まる様子を見せない。

 村人達は、俺が振舞った酒や料理に舌鼓を打ちながら『こいつそんなに凄いのか? でも酒も食べ物も出してくれたし 酒の席だから楽しんじゃえ』みたいな様子で俺の話を空想物語の一つとして割り切りながら聞いているようだ。

 それはそれで悲しいとは思うが、誇張の入った話なので、酔っ払いの戯言で済むのならそれに越した事はない。

 違えてはいけない語るべきところは素面のうちに全て話し終えたので、後は口直し程度の馬鹿話の1つくらいは言ってもいいだろう。

 

「九十九様~、お酒切れました~」

「あ、こっちもですー。追加でお願いしますー」

 

 はい喜んでー! って俺は居酒屋の店員か。

 初めに会ったおじさん以外、俺の事は皆、様付けで呼んでくる。

 ジャン袋(略称)を出して勇丸を従えている、よく分からない力を行使する存在なのだから、畏怖とか尊敬の念を籠められて呼ばれるのかと思ったが、何だか小鳥とか子猫が親に餌の催促をする為に甘い声を出しているだけなんじゃないかと思えてきてならない。

 

「あなた達それ何杯目ですか! 俺が覚えてただけでも一人で瓶一本分開けましたよね!?」

「あの透き通った綺麗な入れ物のことですかぁ? そんなに飲んだ筈はないですよ~。だってほら、瓶の中は透明なままですから~」

 

 だからそれは完全に中身が空だからじゃないか。

 うぇーい。なんて村人達が言い出しそうな空気の中で、俺は本日何本目か分からない酒瓶を取り出す。

 名前は久保田の『純米大吟醸』万寿。

 すっきりとした、クリアな後味が、飲んだ事すら忘れそうな風味を演出して、度数の強い日本酒であるにも関わらず、酒が進む進む。まるで水のようだ! ってなもんよ。

 が、それはこの混沌と化した現状を見るに大失敗であったと思い知らされる。

 もはや自分勝手に酌をして、酒が切れればこちらに強請り、たまに思い出したように俺の話を聞く、この状況を見れば。

 まぁ酒の席なんてこんなものだが、仮にも俺の話を聞くっていう名目で開かれたのだから、もう少しちやほやして欲しいというか何というか……。あぁ、おじさんまで酒に没頭し始めた。

 

 いいもんいいもん。俺には勇丸が居るもん……って勇丸ぅううう!?

 

「わぁ~ふかふかだぁ~」

「あー、ずるいよ! 次は私の番だったのに!」

「つ、次は僕が……」

「凄い凄い! 伸びるよー!」

 

 明るい声が聞こえてくる。

 こことは違う集団の輪に、勇丸は村の子供たちに揉みくちゃにされていた。

 本来ならば、彼らは日も暮れた今は床に就いていなければならないのだが、俺という来客の歓迎の意を伴って、夜更かし決行サインが親から出されたのだった。

 

 その結果が、あれである。

 

 尻尾はピンと引っ張られ、体には二人の子供が縋り付き、頬をこれでもかと言わんばかりに左右から引き伸ばされている。

 まさに玩具。

 それでも為すがままにされているのは、きっと勇丸が『主に迷惑を掛ける訳には』とかそんな理由なのだろう。

 もう少しくらい甘えてくれても良いんじゃないかと思うが、そこが勇丸の良い所でもあるんだけれど……ねぇ?

 何はともあれ、あのままではあまりにもあいつが不憫だ。

 どうにかしましょうかねっと。

 

「おーい君達~。甘いもの食べたくないかー?」

「「「「食べたーい!!」」」」

 

 うむ、素直(欲望に忠実)な良い子達だぜ。

 最悪一喝しなければならなかったが、言葉で分かってくれるのならそちらの方が良い。―――言葉じゃない気はするが。

 勇丸を放り出すようにこちらに詰め寄り、子供たちは何をくれるのかとせがむ。

 本来なら叱るべきである大人はあんな状態なので、仕方なしにこいつらの面倒を見る羽目になった訳だが、子供は嫌いじゃないので、むしろばっちこいな展開である。勇丸は開放されるし俺は遊べるしで一石二鳥ってもんさ。

 

「大人達はあっちでお酒を飲んで楽しんでるから、こっちはこっちで楽しんじゃおう。大人達には秘密だぞ」

 

 はーい、と元気に返事をすることに満足しながら、俺は持っていたジャン袋に手を突っ込む。

 取り出したのは、綺麗な宝石。

 赤、青、黄色、オレンジに紫と、焚き火に照らされながら色とりどりに輝くその宝石は、飴玉と呼ばれる、あの砂糖菓子の代表格である。

 

「ほーら、好きな色を選んで、口の中に入れてみな~。飲み込もうとするなよ。舌の上で転がしながら、ゆっくり舐めるんだ」

 

『私、赤!』『僕、緑!』と。皆は思い思いの飴玉を選び、それを口へと放り込む。

 石でもしゃぶっているかのような感覚だったのだろう。

 始めの方こそ、頭にはてなマークを表示させていた子供達だったが、甘味が溶け出し舌の上でその独特の甘みが広がると、途端に目を輝かせながら、口々に感想を叫ぶ。

 

「なにこれ! すっごく甘いよ!」

「私のこれはブドウの味がする!」

「僕のはカキだ!」

 

 柿味の飴なんてあったかな? まぁいいか。何にしろ、喜んでくれているのだ。この笑顔の前ではどんな事でも些細なものよ。

 頬袋を一生懸命に膨らましながら、五百円玉を球くらいにした大きさの飴を口内で転がす。

 少し大きすぎたが、こういった食べ難さも良い思い出に変わってしまうのが子供の特権だ。その特権を有意義に使ってやろうという俺の優しさだと思って、がんばって飴ちゃんを舐め続けなさいな。

 

 

 

 焚き火を囲んだ輪から、距離をとる。

 近くの家の壁に背を預けながら、隣に座って来た勇丸の背に手を置き、温もりを楽しむ。

 洩矢や大和でも何度かあったが、こういったどんちゃん騒ぎというのは、何度やっても楽しいものだ。

 馬鹿やって、楽しんで、あぁ、明日もまたがんばろうという気持ちに繋がる。

 ただ、子供の手綱くらいは握っていて欲しいとは思うが、四六時中それをもとめるのも酷というものだろう。今くらいは、全て忘れて自分の為に楽しんだって罰は当たらない筈だ。なんたって俺が面倒みてるし。

 満天の星空も、焚き火のせいで多少は霞んで見える。

 それと相まって、この宴会は幻のような印象を受けた。

 あそこで踊るおじさんも、酒瓶を片手に馬鹿笑いする村人達も、飴玉を一生懸命頬張り、顔に至福の表情を浮かべるあの子達も。

 皆、今にも消えてしまうんじゃないか、なんて、センチメンタルな気分になってしまう。

 

 

 

 ……ダメだなこれは。飲みが足りないんだ。

 久々の遠出だったからか、諏訪子さんとの別れがあれだったからか、喧騒の輪から休憩にと思って離れてしまった事で、ちょっとネガティブになってしまった。

 

 ―――こういう時には、無理にでも楽しむべし。

 

 別に、これを吐露せずに抱えたままだと後の爆弾に発展する、なんてことは無いだろう。ただのホームシック+αだし。

 

「よっしゃ、ならば飲むしかあるまいて!」

 

 両膝に勢い良く手の平を叩きつける。

 パンッ! と子気味の良い音と共に立ち上がった俺は、喧騒の中心へと歩き出す。

 

「一番、大和の国、守矢地方から来た九十九! 酒瓶一気飲みやります!」

「お! 兄ちゃん良いぞ!」

「気張っていけ~!」

 

 やはりこの手の一発芸は受けが良い。酒の席だから、箸が転がっただけでも笑いを取れるくらいなので、当然といえばそうなのだけれど。

 急性アル中でぽっくり逝ってしまいそうな荒事も、今の俺ならば何の気兼ねもなく実行出来る。

 流石にそれは不味いと判断したのか、勇丸が服の裾を噛み、くいくいと引っ張るが、一気飲みを止めることはしない。

 

 

 

 

 

 まるで、落雷が直撃したかのような音を聞くまでは。

 

 

 

 

 

「な、なんだぁ!?」

 

 我ながら、何という脇役の名台詞。というか雑魚がやられる寸前に言う死亡フラグな台詞。

 この台詞だけで一生食っていけるんじゃないかってくらいの発音の良い言葉が出てくる。良い仕事してますね。

 とか冗談こいてる場合ではないので、酒瓶片手に、落雷音があったと思われるところまで走る。溺れるものは藁をも掴むというが、俺の場合は酒瓶だったようだ。

 勇丸が既に先行して偵察に走っていたので、道中は安全だろう。相変わらずの素早い行動力に感謝しながら、目的地を目指す。

 走る俺を横目に、村人達は唖然としながら音のあった方へと首を向けつつ、固まっている。さっきの子供達も同様だ。皆、何が起こったのか分からない、といった表情を浮かべていた。

 下手にパニックになるよりは良いかもしれない、と思いつつ、俺はいざという時の為に、脳内にカードを展開しておくのだった。

 あぁ、酒が全身に回るぜ……うぇっ。

 

 で。

 

 

 

「……あ~あ―――出会っちまったか」

 

 目を逸らしたい真実だったせいか。

 思わず、キザったらしい二次元キャラの台詞を引用してみた。好きですけどね、この台詞。

 目に入ってきたのは、牙を覗かせながら低くなり声を上げる勇丸と、丸々一軒分あろうかという壊れた、かつて家と名のついていたであろう廃材の数々と。

 

「あぁ? 犬っころだけかと思ったら、ちゃんと人間がいるじゃねぇか」

 

 数は二十前後。二メートルはあろうかという体格に、独特な、黄色と黒の斑模様の衣類。肌の色は俺らと大差無いのだが、何より目を引くものが―――その頭部に突き出した、角である。

 

 鬼。

 強き者、悪い者、恐ろしい者という意味を併せ持つ、古来より存在する、日本の三大妖怪のうちの一派。

 東方の世界でもそれは一緒で、その強大な力を誇示しつつ、人々が嘘という知恵をつけるまで、頂点に君臨し続けた、妖怪の中の元締め。

 今までは洩矢や大和の国でしか活動をしていなかった為に、これら大妖怪に出会う事など皆無だったが、この場所は、彼女達の傘下ではない。

 必然。今まで相手にしてきた妖怪などとは違う、弱肉強食の世界で生き残ってきた歴戦の妖怪達と出会う羽目になる。

 これが生まれたての妖怪などだったなら今まで通りに対処するだけなのが、どう見たって幾つも争いをしてきましたって集団なのだから困ったものである。

 だって顔に傷とかある奴もいるし、眼光というか表情が雑魚っぽくない。

 ヒャッハー! 汚物は消毒だー! な集団だったなら、油断やら慢心で付け入る隙は多分にあるのだが、それは諦めなければならないようだ。

 

(くっそー、第一声からして雑魚だと思ったんだけどなぁ)

 

 金棒こそ持っていないものの、その威圧感というか妖力がそこいらの雑多な妖怪とは一味も二味も違う事を伝えてくる。

 そして何より残念なのが、

 

(原作キャラいねぇー!)

 

 なのである。

 東方で鬼といえば、伊吹萃香と星熊勇儀の両名であるが、どこを見ても、それらしい人物が見当たらない。

 一応女の鬼も何人かいるのだが、美人の部類ではあるものの、全く知らない顔である。―――後から顔変わるって訳じゃないよなぁ?

 

「おい」

 

 呆けていると、リーダー格っぽい男の鬼が声をかけてきた。

 額に一本、俺の腕くらいあるんじゃいかと思える角が生えている。

 白く、鋭く、逞しく。何処か風格漂うそれは、まさに鬼の象徴と言えるだけの代物である。―――それに比べると勇儀さん遊びすぎだろ。

 

「……何だ」

「他の人間は何処に居る」

 

 うわー嫌な予感しかしない質問だなぁ。

 

「……それを聞いてどうする」

「見つけて食うんだよ」

 

 ……もっとこうさぁ。『それを知る必要はない』やら『人間如きに』な台詞を予想していたんだが、あまりにストレートな物言いに、思わず目の前がクラクラしてきた。

 でもきっと、今の台詞はその手の考えの延長線上から発せられたものだろう。

 言っても言わなくても、どちらにしろこの一帯を虱潰しに探しながら、確認するのだ。

 俺が質問にどう応えようと、それは暇つぶしの一環でしかないのだろう。

 イラっとするので、何か嫌味の1つでも言ってやろう。

 

「お前達鬼ってのは、仲間を売る事に何の感情も持ち合わせていないようだな。そんな台詞が出てくるなんて、なんて可愛そうな種族なんだ」

 

 鼻では無理でも、口元にそれらしい嘲笑を浮かべて語りかける。

 これで感情の一つでも乱してくれれば良いが。

 

「はっはっはっ! そりゃそうだな! そんなこと出来るわきゃぁねぇよなぁ!」

 

 逆に、一笑の下に片付けられた。

 笑う『はっ』の部分だけで、大太鼓でドンと叩いたときのような振動が空気を揺らし、全身を震え上がらせる。

 参ったな。挑発にも乗り難い。おまけに強いとなっちゃぁ、難易度が一気に跳ね上がるじゃないか。

 

「でもな、出来なくても良いんだわ。どっちにしたって―――」

 

 たん、と、踏み込む音が一つ―――いや二つ。

 それぞれ僅かな時間差で、一つは前方の鬼が“いた”場所で、もう一つが。

 

「―――お前、これでおっ死んぢまうからな」

 

 俺の目の前。

 逞しい握り拳が、俺の頭を吹っ飛ばそうと迫る。

 十メートルはあろうかという距離を、一呼吸をする間もなく詰めて来た。

 即死だ。俺“だけ”ならば。

 今までならば、ここで走馬灯の一つでも見ているのだろうが、生憎と神奈子さんとの戦闘経験からか、それを見ることはなかった。

 迫る拳が、上空へと弾け飛ぶ。

 下から殴られたかのように宙に浮いた拳は対象を失い、同時に限界まで伸びきった腕の長さの関係もあって、威力も失った。

 何が起こったのか分からないといった表情の一角鬼に、にやりと不適な笑みを浮かべて、言ってやった。

 

「死んでないぞ―――この“嘘つき”が」

 

 下から鬼の拳を跳ね上げた白き従者の勇丸は、俺と敵との距離が近すぎることを考慮して、距離を離すべく行動を起こす。

 呆けている鬼の背中に一瞬で回り、体を前転でもするかのように回転させる。

 同時、相手の背中を咥え―――まるで一本背負いでもするかのように、放り投げた。

 投げる方向は地面ではなく、鬼達のいる陣営側。

 鈍い音を立てて落ちる肉塊。

 頭から落下した鬼はピクリとも動かず、周りの鬼達も唖然とした表情で俺達―――というか勇丸を見ていた。

 ただの狗畜生だと思って油断していたのだろう。幾ら大型犬だとはいえ、鬼と比べれば指先1つで倒せる存在なのだと、高を括った結果がこれである。

 いい気味だとは思うが、問題はこれから。

 あの程度のダメージで倒れるようなら、日本三大妖怪の一角を担ってなどいない。

 

「……せたな」

 

 ほら来た。

 投げ飛ばされた鬼から、声が聞こえる。

 まるで地獄の底から響いてくるかのような音声に、軽くビビる。

 だが、ダメだ。

 ここで気持ちが負けてしまえば、俺は冷静な判断が出来なくなる。

 嘘でも良い。虚仮でも構わない。

 あの時の、諏訪大戦での過ちを繰り返さない為に、俺は仮初めの強い自分を想像し、創造する。

 いつか、その自分が本物になるように。

 

「何言ってるのか聞こえないぞ。鬼ってのも案外弱っちいもんだな。ただの狗相手にぶん投げられるなんてなぁ」

 

 俺の語尾に“w”か(笑)でも付きそうな勢いで馬鹿にしてやる。

 何より、俺はあいつを嘘つき呼ばわりしたのだ。

 嘘を何より嫌う鬼にその台詞を言うのは、自殺願望以外の何者でもないだろう。

 だが、やる。

 その奢った慢心に、自分達が頂点だと言わんばかりの態度に、一発入れてやる。

 普段ならば、酒でも食べ物でも召喚して穏便に済ませようとする俺だが、こちとら酒の力が働いて、自制心が効かぬ、媚びぬ、省みぬってもんよ!(謎

 

 ゆっくりと、まるで地獄の淵から一本一本指を這わせて獲物に喰らいつかんとする悪魔のように、一本鬼は体を起こす。

 ギンッとこちらを射殺さんと視線の槍が刺さった。

 

 ―――だがなんだ。それがどうした。怒ってるのはお前だけだとでも思ってんのかゴルァ。

 少し下がってろ勇丸。ちょっと凄いの見せてやるから。

 

「―――俺に、嘘をつかせたなあああああ!!」

「んなこと知るかくそったれええええええ!!」

 

 弾丸の速度を伴ったダンプカーのように、一本鬼は突進して来る。

 始めからこの勢いだったならば、勇丸も対処できずに俺は瀕死になっていたことだろう。

 だがお前は俺に時間を与えてしまった。

 それがお前の敗因。それが俺の勝因。

 

 破裂音が木霊する。

 木々をなぎ倒し、家一件丸ごと破壊したその豪腕は、俺の目前で止まっている。

 いや、正確には、止められていた。

 鬼の拳。その何人も触れられぬであろう死神の一閃を、そっと割れ物でも扱うかのように、添えられている、白い手。

 

 鬼達は見る。眩い人を。

 鬼達は見る。純白の羽を生やした存在を。

 鬼達は見る。それら翼人達が、何十人も周りに出現していることを。

 鬼達は知らない。それは、天使と呼ばれる西洋の神の使いであることを。

 

 ……鬼達は知らない。壊したその家は、一本松の近くにあったその家は―――俺の一宿一飯の恩人の家であることを。

 

「俺の大切なものに手を出すんじゃねぇ! お前らまとめて掛かって来い!」 

 

 

 


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