今回の話は、MTGの面が特に色濃く反映されております。
ご了承頂ければ幸いです。
トレーディングカードゲームでは、互いに対戦するという目的から、各プレイヤーは自分が使用する山札―――デッキと呼ばれる、それを構築する。
当然、それは大体の場合は勝利することを目的に構築されており、限られたカードプールの中から星の数ほどの組み合わせを考え出して、組まれている。
殆どのトレーディングカードゲームにおける勝利条件は、三つ。
一つ。相手に設定されたライフポイントをゼロにする。
一つ。相手が、自身のデッキからカードを引けなくなった場合。
一つ。その他、各種カードに書かれている特殊勝利条件を達成する(例・クリーチャーカードを合計十枚召喚する。墓地と呼ばれる捨て札を置く場所に、カードが三十枚以上ある、など)。
この三つだ。
そのそれら目的達成の為に、世界中のプレイヤーは日々組み合わせを熟考し、思案し、デッキを構成しており、それら数多のデッキをカテゴリ分けする名前が存在する。
MTGにおけるカテゴリ名は、大雑把に分けて、同じく三つ。
『ビートダウン』
語源は、殴り倒す、の意味を持つ、基本クリーチャー中心で構成されたデッキタイプ。広義にはクリーチャーによる攻撃を中心とし、複雑なギミックを搭載していないデッキタイプの総称。もっと広く言うと積極的に相手を攻めるデッキ。
『コントロール』
名前そのままの意味で、戦場をコントロールし、一歩一歩確実に勝利への歩数を刻むデッキタイプ。狭義には、相手に何もさせない&動かせない『ロック』と、呪文を打ち消す、という概念のあるMTGならではの『パーミッション』が存在する。
ちなみに、日本人プレイヤーはこのパーミッションが多い傾向があり、世界でも日本のパーミッション好きには一目置かれている(良い意味でも悪い意味でも)。この手のデッキは相手の行動を大きく阻害するので、友人同士で戦う場合は、その関係に亀裂が入る事もあるとかないとか。
『コンボ』
多大なアドバンテージ―――優位性を確保出来るか、コンボが成立した時点で勝敗の決してしまうデッキタイプ。
(以下 MTG wiki 丸々引用)
コンボが"失敗しても"コンボパーツ自体が単体である程度戦えるような、安定感のあるデッキは強力である。しかし、コンボの成功率が高すぎて"失敗しない"デッキは、それ以上に脅威である。
稀に、高確率かつ高速で、失敗しても立て直しが利く、爆発力と安定感を兼ね備えたコンボデッキが誕生する。このようなデッキは公式大会を荒らす原因となるため、キーカードの禁止カード指定などで規制される。
瞬殺コンボデッキの場合、相手のデッキタイプにかかわらず戦えるが、"相手を無視している"ことでもあるため、対戦ゲームとして問題があるとされる。
―――前々から考えていた。
カード一枚一枚を使ってきたが、デッキの名前を思い浮かべて使ったのならどうなるのか、と。
デッキに含まれたカードを全て使うのか、はたまたオートで一つ一つカードを実行召喚してくれるのか。
一度も試した事は無く、ぶっつけ本番になってしまったが、問題ないだろうという確信はあった。
構築されたデッキは、目指す勝利パターンがおぼろげながら決まっている。大会で名を残すような、トップクラスの強さを誇るものであれば、それはむしろ顕著だ。
名は体を表すという言葉通り、構築されたデッキには、辿り着けるかどうかは別として、勝利へと続く道を敷く手段が備わっている。
ならば。それを言うということは、その道を敷くことと同義。
『デッキとは道である』
これがこの世界に来てからの、心の奥底にある持論。
そもそも『道具』という言葉には、『道』の字が組み込まれている。それにあやかり自論その一にしてしまった訳だが、昔の人へ感謝を表明してておこう。
過程を……敷設作業を省き、結果だけを残し、道は完成する。
それが―――俺がデッキ名を唱える意味。
ビートダウンならば、相手を圧倒的な物量か無比の突進突破力で押しつぶすクリーチャー軍を展開し終えた状態で。
コントロールならば、戦場を支配し、その場の神と化したかのように、相手へ多大な制約を掛けた状況で。
コンボならば、膨大なアドバンテージを稼ぎ、相手の喉下に手を掛け、幾枚ものカードがまるで一つの呪文であるかのような―――あと一息で仕留められる一歩手前で。
自身の制限に触れなければ、それらは実行される。
今、大量に展開された天使達を見るに、俺の考えは正しかったのだと、満足九割、安心一割の心で、月夜に照らされた、閃光と豪腕と土煙が入り混じる戦場を見ながらそう思った。
「くそっ! 何でだ! どうして!」
鬼の一人が、たまらず叫ぶ。
数の差から見て、鬼一人対天使が一~二人という振り分けになっているのだが、躯体の差から、天使達はまるで柳のようにその攻撃を回避、あるいは受け流している。
とはいえ、相手は鬼。
戦闘経験と自己のスペックをフルに活かして五~六回に一度は攻撃を当てるのだが……。
豪と唸りを上げる攻撃が、とうとう避けきれなくなった天使の一人にヒットする。
通常ならば、それで充分だ。
引き裂けぬものなど無いと主張するかのようなそれは、けれど、まるで絶対的な何かに阻まれたように威力を緩めて、僅かに天使の行動を阻害し、体をよろけさせる程度に留まった。
不可解だ。
そう、表情が物語っている。
仕返しにと言わんばかりに天使達が放つ、妖気だが神気だが分からぬエネルギー弾を避け、あるいは防ぎながら、鬼達は戦いを繰り広げていく。
そんな光景を見ながら、俺は結構効果のあるものなのか―――と。その天使達に備わっている能力の一端を思い出す。
その天使達は、2/2の飛行と『プロテクション(黒)』と呼ばれる、指定された条件に対して一定条件下で効果を無効にする能力が備わっていた。
相手は日本妖怪の顔。つまりは人間にとっての悪そのもの。
それが正義か否かはさて置き―――ならば、それは色に部類するなら黒以外にあるだろうか。
妖怪=黒のイメージは我ながら安直だと思ったが、効果覿面のようで、鬼達は殆どダメージの入らない天使達に、悪戦苦闘している。
良かった。もしかしたら赤とか緑にも部類されるんじゃないかと思っていたけど、少なくともコイツらは全員、黒が含まれているようだ。【プロテクション黒】って妖怪相手じゃ反則の部類じゃね? なんて思ったり。
……MTGのカードには、相手を倒す手段にダメージか直接破壊かの差が明記されていたが、こちらではどうなのだろう。
とりあえず物理系は殆ど無効っぽいかな、と、若干ではあるが鬼の攻撃でよろめいている天使を見ながら判断する。
これが相手の力量によるものなのか、それとも天使達の地力なのか悩むところではあるので、過信せずに、切り札ではなく、神奈子さんにお粗末の効果が現れ難かった事を踏まえて、手段の1つとして思っておこう。
そして、絶え間なく戦闘が行われている最中で、ふと思った。
―――これなんてエロゲ? と。
何考えてんだ。って思うかもしれないが、彼女達の格好が格好なのだ。
純白の翼に薄いブラウンの髪。うん、ここまではいい。
身に着けているのはベストのような金色のプレート―――素肌にタンクトップのような―――と、よく光の通るスカート―――ようはスケスケ。
―――つまりは、結構裸に近い格好なのである。
しかも全開ではなくチラリズムとか、男心をくすぐり過ぎ。
もっと別の形でハーレム目指したかったよチクショウ!
「埒が明かねぇ……。お前ら!」
一本鬼の掛け声と共に、周りの鬼達が一瞬で戦闘を取りやめ、俺へと殺到する。敵ながら良いチームワークに焦燥と感心を同時に思う。
―――かかって来い、なんて言ってフラグ立てたのが不味かったか。こっちくんな。
半分以上は、背中を見せた事で天使達の気孔弾っぽいのに被弾して勢いを止めたのだが、残りは全て、こちらへと向かってきている。
俺の護衛についていた1人の天使が、精一杯の弾幕を張るも、これといって怯んだ様子も無く。
あの物量では、地力も相まって勇丸も対処しきれないだろう。
……諏訪大戦の時には、それが原因で敗北を刻んでしまった。
だから、考えた。
未だに明確な対処手段は思いついていないが、一つも思いつかなかった訳ではない。
その内の一つが、大量のクリーチャーによるサポート体制。
単純にして明快の、だからこそ崩れ難い戦法。
呼び出した天使は鬼より数の多い、三十以上。
通常ならば、維持する以前に、呼び出せないくらいの量であるクリーチャー数。
だが、召喚されている。
ルールに沿って―――ではない。ルールが変わっているのだ。
召喚した存在に維持費が掛からなくなった訳ではない。
それにはまず、彼女達が【トークン】と呼ばれる存在であるところから語らねばならない。
『トークン』
何らかのカード効果によって生み出される擬似カードのこと。
これからカードは場にしか存在できず、手札や山札に戻ったり、墓地に置かれた場合は消滅する。そして、そのマナコストは召喚に使用したマナコストに関わらずゼロとなっている。ただし、何かのコピーカードである場合は、それらカードのマナコストは、コピー元と同一のコストを持つ。
この大量に出現したクリーチャーは、元は一体のクリーチャーをコピーした結果のもの。コピー元のコストは5。
今までの俺ならば、万全の状態で、戦闘と呼べるだけの時間現存させ続けられるのが3体。一瞬だけならば、精々十を越えるかどうか、といったところ。
だが、展開している。召喚している。維持している。それも、余裕をもって。
一体何故なのかと問われれば、こう答える。―――上限開放したからなのだと。
転生前に言われた、『経験値を積むことで、原則の制限や上限の開放が可能』。
これが、その成果。
開放された制限は『トークンの維持コストは全て極小換算』というものだろう。
本来ならばコスト5を三十体以上維持している計算だが、感覚は【死の門の悪魔】を維持している時以下か、もしくは同程度の疲労具合。
あの時は、かなり瀕死な状態で数分は持った。
今の疲労具合はそれと同等くらいかとはいえ、宴でジャン袋を多用したことを差し引いても、数十分は今の状態を維持できる。
よくよく考えてみれば、おかしかったのだ。
主に戦闘での経験値によって、勝敗とは関係なく、俺のレベルは上がっていくと聞いていた。
雑魚ばかりではその成長率が遅い事は当然だとして、諏訪大戦で八坂神奈子というラスボスどころか裏ボスレベルの相手と戦って、判明した上限開放が使用ストックマナが1ランクアップだけだというのは疑問が残った。
大和の国になって一年。
負けた経験を活かして、自身を守れるようにカードの組み合わせを試していた時に、このレベルアップボーナスに気がついた。
その時はテレビゲームのように、レベルが上がった時にはそれらしい音や表記でも出てくれれば良かったのだが、と愚痴を零したものだ。
現在判明しているのは、マナストックの増加と【トークン】維持費の減少。そして、後一つ。
他にも何かあるかもしれないが、今分かってるのは三点だけだ。
どうせなら、出力マナの上限を開放してほしかった。
4マナを使えるようになっていたのなら大分戦略も広がるのだが、無いもの強請りは空しいだけなので、さらっと流す。
鬼達を見据える。
どいつもこいつもやる気満々な顔をして、後数秒もしない内にこちらへと到達する。
だが、その様子だとお前らは気づいて……見えていないんだろうな。
そうじゃなかったら、もっとその表情を歪めている筈だ。
眩い天使達に霞んで見えないのだろうが、もうその異常に気づく筈だ。
―――ほら、その顔を歪ませるといい。
「……ぐっ、何だこの臭いは!?」
突撃しながら、鬼の一人が周りの鬼に向けて、そう話す。
微かに漂うのは、腐った卵を数倍臭くしたような臭い。
臭いの元は―――俺の後方。
そこには、俺と同じくらいの人型が居た。
爛れた皮膚に、醜く晴れ上がった顔面。
片側は落ち武者のようにボサボサの髪の毛が隠し、もう片方の辛うじて覗く眼球には瞼が存在せずに、けれど気にした様子もなく、グリグリと前方を観察していて、体の至るところには縫い目が見て取れ、そのボロボロの体を縫い合わせているのが覗える。
左半身からは脇の辺りから第3の腕が後付けされて、反対の右側―――肩甲骨と肩の中間くらいに―――人間の首から上が備え付けられていた。
まさに醜悪、まさに異形。
それは、ゾンビと呼ばれる、かつて人であった者。
あまりの臭いに、勇丸は先ほどから鼻で息をすることを止めているくらいだ。……この臭いは毒レベルだな。
攻撃クリーチャーはゾンビクリーチャー、黒で1マナ、場に出ているクリーチャー1体を食う事で+1/+1の永久修正を受ける、『屍肉喰らい』一体と。5マナの天使クリーチャー『霊体の先達(せんだつ)』三十名以上。
この両名の召喚を以って、MTGにおいてもトップクラスの強さを誇るコンボデッキ。
―――【ハルク フラッシュ】の完成である。
『ハルク フラッシュ(Hulk Flash)』
由来はそれぞれのカード名『閃光(Flash)』『変幻の大男(Protean Hulk)』から。たった2枚のカードのみで成立するコンボデッキの名前である。
アメリカンコミックのキャラクター、緑色の巨人ハルクの決め台詞のひとつで、「ハルク スマッシュ(Hulk Smash)」という英語圏で使われる俗的な言い回しを流用した名前。ちなみに同名の『ハルクスマッシュ』というデッキも存在する。そちらの性質は全くの別物。
『閃光』
青で、2マナのインスタント
あなたの手札にあるクリーチャーカード一枚を出してもよい。そうした場合、あなたがそのコストを最大(2)まで減らして支払わない限り、それを墓地と呼ばれる捨て札場に送る。
『変幻の大男』
緑で、7マナのクリーチャー 6/6
これが召喚された後に墓地に置かれた場合、あなたのライブラリーから点数で見たコストの合計が6以下になるようにクリーチャーカードを望む枚数探し、それらを場に出す。
変幻の大男を閃光で経由させ召喚し、即座に墓地に叩き込む。そして能力を誘発させ、様々なクリーチャーを呼び出し、相手に勝つという流れのデッキである。
コンボ完成に必要な手札カードが僅か二枚、通さなくてはならない呪文に至っては2マナの【インスタント】一枚と、妨害するにも時間が足りない事が多く、MTGの歴史を通して見ても、前代未聞のコンボパーツの少なさを誇る。
従来のコンボデッキと比べてもその決めやすさ、そして速度が段違いであり、最速一ターン、平均で二~三ターンで勝利を勝ち取るその速度は、まさに閃光。私見で一般的な試合が五~八ターンで終わる事を考慮すれば、その異常さが分かってもらえると思う。
登場するや否や、公式大会でその猛威を振りまいた。
その影響度があまりにも大きすぎたため、閃光が大会において禁止カード(使ってはならない)か制限カード(一枚だけしかデッキに投入できない)に指定され、消滅、あるいは勢いを落とすこととなった。
上記の説明では少しややこしいので、大雑把に流れを説明するのなら、以下のようになる。
1『閃光』⇒
2『変幻の大男』を出すが墓地に送られる⇒
3 能力で山札の中から条件に合う好きな数のクリーチャーカードを選びそれによって倒す。
という、この三段階のみ。
呼び出すクリーチャーによって展開は変わるが、今回呼び出した天使は、『プロテクション(黒)』と飛行を持つことに加えて、ある特殊能力を備えている。
それが、召喚された時に墓地のクリーチャーカードを一枚、場に出すというもの。
『霊体の先達』
白で、5マナのクリーチャー。 2/2
『プロテクション(黒)』 【飛行】
召喚された出た時、墓地にあるクリーチャーカードを1枚を場に戻す。
これの他にデメリットが一つ付随されているのが、この戦闘においては関係ないので省く。
この能力によって、例え10マナだろうが100マナだろうが、墓地にさえ落ちているのならコスト無視でクリーチャーを戦場に召喚することが出来る。最も、今の俺では制限の関係で、100マナなんて存在を出してしまったのなら、疲労困憊どころか気絶することだろう。
だが、これだけではこの多大なクリーチャーの数は召喚させられない。
よって、新たにカードを使う必要がある。
少し複雑なので掻い摘んで説明すると、召喚されているクリーチャーカードを一ターンに一度コピーする能力を持つ、『鏡割りのキキジキ』という、5マナである赤のクリーチャーカードを使用した。
1『変幻の大男』で『屍肉喰らい』と『霊体の先達』を持ってくる
2『霊体の先達』の効果で墓地に落ちた『変幻の大男』を場に出す
3『屍肉喰らい』の能力で『変幻の大男』を再度墓地に
4『鏡割りのキキジキ』を呼び出し、能力で『霊体の先達』をコピー
5 その間に『屍肉喰らい』で『鏡割りのキキジキ』を喰らい、墓地へ
6 墓地にある『鏡割りのキキジキ』を『霊体の先達』で場に出す
以下4から6までループ。
これにより、自身の体力が許すまで霊体の先達のコピー【トークン】を召喚することが出来る。
もう少し無理をすれば、まだ召喚出来そうではあるが、今は屍肉喰らいにがんばってもらうとしましょう!
「蹴散らせ、屍肉喰らいぃ!」
悪臭と共に、屍肉喰らいが突貫する。
ゾンビとは思えぬ軽快さに驚くものの、この場では頼もしい事なのだと自身に言い聞かせる。……機動性のあるゾンビ、マジこえぇ。
だが、屍肉喰らいは本来1/1。
鬼達に腕力で劣っている、2/2である天使達より劣るのだ。
それが鬼と真っ向からカチ合うというのだから、無謀以外の何者でもない。
けれど、今のこのゾンビは違う。
能力循環の為に、【鏡割りのキキジキ】を三十体以上喰らっているのだ。
一体喰らう毎に、+1/+1の修正を受ける特殊能力を持つ【屍肉喰らい】
単純に考えるのなら、今のパワーとタフネスは、三十以上となっている。
30/30など、【死の門の悪魔】など目では無い……もはや考えられない数値だ。
恐らく、一瞬にして山の一つでも吹き飛ばしてしまえそうな力になっているであろう、その存在。
……見てみたい。
鬼の一人へと、両手を叩き下ろさんと振り上げる【屍肉喰らい】を見ながら、そう思う。
体格も身長も鬼と同程度。
牙を剥き出しにし、唸り声を上げながら右ストレートを叩き込まんとする一本鬼。
それは一瞬。
大気を揺らし周囲に木霊する打撃音。
片や天に拳を突き出す形で。片や大地に拳を振り下ろさんとする形で。
互いに拳がぶつかり合い、けれどどちらも崩れる事はなく、拮抗状態を作り出した。
互角。この状況が示すのは、そういうこと。
おかしい、と焦燥に駆られながら判断する。
何故30/30以上と互角なのか。
体力か能力か不明だが、相手も同等の力を持っているのか。
いや違う。考慮すべきはそこではない。疑うべきは、相手ではなく自分。
―――そもそも、屍肉喰らいは本当に30/30以上なのだろうか。
ゲーム上でなら単なる足し引きの計算の結果だが、ここは独自の制限の掛かった異世界。
ならば、能力の向上にも一定の制限があると見るのが妥当だろう。
相手ではなく自分に原因があると考えた方が、まだ対処が楽というものだ。
一体幾つまでの修正を受けているのか不明だが、何とか互角になっている現状を受け入れ、次の手段へと現状を見据えながら対策を練る。
しかし、使用出来るマナは後1。
カード枚数に至っては……勇丸やジャン袋を含めての召喚から数えて、丁度七枚使ってしまい……。
必然、新たに手を打つ展開は望めず、方法は一つしかなくなった。
屍肉喰らいとガチンコしている一本鬼の横を通り抜けて、他の鬼達が殺到してくる。
十体以下ではあるが、脅威であることに変わりは無い。
―――俺の元まで来れれば、の話であるが。
「護衛は二体だけだ! 誰でもいい! あの白い人間をぶん殴れぇ!」
鬼が吠える。
もう盾はないと言わんばかりに。
……呆れてしまう。
戦闘には慣れているようだが、格下だと思っていた相手が牙を忍ばせているという展開は、出会った事は無いようだ。
その証拠に、警戒している目線は、勇丸と天使の両方にだけ向いている。
それは正しい。認めよう。
俺自身は何の力も無い、無力な一般人と同程度だ。障害物になるかどうかも怪しい存在であるだろう。
だが、お前達は蜜に釣られて群がってきた蟻だ。
俺という餌を見せられて、我慢出来ず、真っ先に狙って来る。
行動が読める敵ほど対策の練りやすい相手はいない。
神奈子さんほど圧倒的な何かがある訳でもない。諏訪子さんほど絡め手な能力があるわけでもない。
そんな相手に、今更どうやって遅れを取れというのか。
「誰が言ったよ……」
―――俺のコンボは、止まっていない。
三十体以上を召喚した時点で、それ以上のクリーチャー維持は長期戦に向かないと判断し、それ以上出さなかっただけだ。
「打ち止めだってえええ!!」
向かってくる鬼達の頭上。
そこには、さらに二十体の天使達が点在していた。
俺の声に合わせて、光の雨が降り注ぐ。
二十名による、光弾の絨毯爆撃。
ピチュン、ドカン。と、ギャグの様な音が視界を埋めた。
全く警戒していなかった無防備な背中や頭上に、これでもかと言わんばかりに攻撃が当たっていくのは、とても愉快なもので。
光が滝のように流れ落ちる光景に、吹き飛ばされる鬼や土埃などは忘れ、僅かに見入る。
そのまま数十秒が経っただろうか。
目前に動く影はなく、残り半分も残りの天使達に鎮圧されたようだ。
―――ただ一人を残して。
屍肉喰らいと一本鬼。絶えず打撃音が木霊するその両名には、防御という概念が存在しないかのように、互いに拳を繰り出している。
……まだ、敵はいる。
残っていた天使達の大半を消して、体力の余裕が生まれるよう工面した。
それでも、もはや自力で立っていられるだけの体力は無くて、勇丸に支えてもらってやっと立てている状況だ。一刻の猶予も許されない。
残り数十となった天使達を、決闘の場を囲むよう移動させる。
タイマン張ってる、なんて状況は気にしない。
それを見守る理由もないし、そこまで相手に思い入れがある訳でもないから。
よって、屍肉喰らいには渾身の一撃を放ってもらい、鬼の動きを一瞬止めてもらう。
(クリティカルな攻撃よろしく!)
「ガッ!?」
いい『ガッ』だ。ぬるぽって言っとくんだった。
モンゴリアンチョップが鬼の鎖骨に綺麗に決まり、悶絶するように呻き声を漏らす。
おお! キラーカーンのモンゴル殺法! と、もはや戦力差から生まれる余裕によって、軽くテンション上がるものの、まだそっち方面の気持ちになるには早いと自分を諌めた。
屍肉喰らいを消し、多々良を踏む鬼へと、何の通告もなく、天使の光弾を浴びせ掛ける。
十、二十、三十―――
弾ける光の数が五十を超えたかと判断した時、俺は攻撃を止めさせた。
見た目じゃオーバーキルっぽいが、相手は鬼。それもそのリーダー格のような奴が相手だ。
それに、そこいらじゅうに転がっている他の鬼も、天使との交戦でダメージは受けているが、手足ちょんぱだとか、内臓どろんだとか、そんな感じの致命傷だと思われる傷を受けている奴はいなかった。
天使が非力なのか鬼が強敵なのか、天使の光弾着弾の威力とか見ていると後者だと思うのだが、とりあえずスプラッタな光景は確認出来ない。
微妙に肉の焦げた臭いが漂っているので、多少は火傷くらいはしているのだろうと―――その程度で収まっているはずが無いのだが、そう思ってしまった。南無三。