東方ギャザリング   作:roisin

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25 手札破壊

 

 

 

 

 

 綿月依姫は、軍に身を置く者である。

 それも一兵卒などではない、指示1つで幾人もの命を決められる立場の者。

 月の建国に貢献した家柄というのは勿論の事、軍の指揮や管理が優れており、何より、当人の戦闘力の高さが一番の要因であろう。

『神霊の依代となる能力』

 森羅万象に存在する神々を呼び出し、その恩恵を行使出来るのだから、その力量は推して知るべしである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……駄目……意識、を……)

 

 今、まさに消えようとする意識の中、依姫は自分に出来る最善を模索する。

 しかし、意識を保つ云々以前の感覚に、これでは多少の自傷行為など行っても覚醒には程遠いと判断。

 それならば神霊に助力を乞おうと考えてみるも、自我を強くする力を持っている者を、即座に思い浮かべる事が出来ない。

 過去、この能力を使う時には、軍事関係―――戦闘行為が主であり、その他ではあまり、この力に頼る事は避けていた。

 自身を鍛えるつもりで付けていた枷が、今は逆に経験の浅さに繋がってしまったのだ。

 だが、それを悔やむ時間は残されてはいない。

 

 ―――ならば、未知のものへと思考を伸ばすではなく、今こそ、長年培ってきた経験を生かす時。

 神霊の依り代となる能力とは、能力を借りるだけではない。

 文字通り、自身の体に神霊を憑依させ、その力を代行出来る能力。

 言うなれば、依姫という殻を被った、名立たる神々の降臨だ。

 

(建御雷之男神(タケミカヅチ)よ……。我が依り代を使い……目前の脅威を……払い……給え……)

 

 呼び出したるは、“鹿島の神”の二つ名を持つ者。

 刀剣、弓術の神とされており、武神とも呼ばれる、荒ぶる神々―――悪神を数々鎮め、制圧した実績を持つ、八坂神奈子とはまた別の、生粋の軍神。

 降臨させられたのなら、それは、その名に相応しい成果をもたらす事だろう。

 

 だが、タイミングがやや悪かった。

 自分を依り代にした神様というソフトのダウンロードは、使用者の意識が途切れた事で、安定性を欠いてしまった。

 本来一瞬で行われる筈のその行為は、中止、とまではかずとも、効果が発揮されるまでに若干の時間を有し………けれど、それは確実に依り代に憑依していく。

 そうして僅かずつ、けれど、確実に依り代となりつつある自分の体に安堵感を覚え、依姫は自分の意識が暗転するのを実感しながら、それを手放した。

 

 ―――幸いな事に、それが原因で、青き者の呪縛から逃れられた、と知るのは、また別の機会である、

 

 

 

 

 

 ―――腰に据えられた刀に手が伸びる。

 本人の意思など無く、けれど別の精神によって、風のように速く、水のように滑らかに。

 うつ伏せで倒れていた事など嘘のように体を起こし、攻撃態勢へ移行した依姫―――の体を持つタケミカヅチは、術者の願いを叶える為……

 

 背を向けている、青い者を刀で貫いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ああ―――これはまるで、出来の悪い銅像を見ている様だ。

 漠然と目の前の光景を眺めながら、それが自身に迫る危機だと察知するのに、僅かながらの時間が掛かった。

 胸の下、腹の上。

 嫌になるくらい、体のど真ん中。

 左右にブレる事も無く、貫通した刀身自体には、血の一滴も付着していない。

 PWは血が無いのか、なんて思考が、目前の現実から逃げ出そうとしているかのように、本来考えなければならない事柄を拒否してしまっている。

 だが、現実は変わらない。

 

 ジェイスが、背後から貫かれた。

 

 召喚した時と同じ様に、やはり目元は見えないが、口が苦悶の形を浮かべているのが分かってしまう。

 耐える様にキツく口元を引き締め、込み上がって来るものを必死に堪えている、その表情に……俺の意識は、やっと真実を受け止めた。

 

「ジェイス!!」

 

 叫びと同時に、彼の体から銀色が消える。

 引き抜かれた刀身と連動するように、支えを失った体が崩れ落ちた。

 回復か、再生か。

 傷を……致命傷を受けたであろう彼を助けるべく、呪文を使おうとするも、それに構っている暇は無かった。

 倒れたジェイスの陰から、それこそ光の様に、獲物をこちらに滑り込ませて来ている影を見てしまったから。

 あの薄紫の髪は、紛れもなく先程昏倒したであろう、綿月依姫。

 一瞬だけ見えた、まるでこちらを排除する為だけの機械になったかのような、硝子の目に背筋が凍ると同時、俺は自身の守りを固めるべくカードを使う。

 

(対象、俺! 【死への抵抗】!)

 

 悲鳴に近い形で、脳内で呪文を唱えた。

 発動に伴い、光の結晶が以前と同じ様に、【ダークスティール】の円盤を出現させる。

 俺との盾になろうと、その円盤が依姫が攻撃してくる間に介入してくるが、彼女はそれに慌てる事も無く、抜刀攻撃中であった刀を器用に軌道変更させて、まるで盾など存在しないかのように、その攻撃をこちらへと届かせた。

 オートガード機能が備わっているのは永琳さんとの実験で分かっていたが、それを越す速度で攻撃を繰り出されたのなら、もう対処のしようが無い。

 後一瞬もしない内に、俺は天へと召されるであろう。

 

 ―――しかし、それは俺自身が破壊不可の効果を発揮していなければ、の話。

 右の腹から左の肩に抜けていく、ただ表面をなぞっているだけの攻撃に、しっかりとカード効果が現れたのだと安堵する。

 衣類だけ切り裂かれた後には、血の一滴どころか傷一つ無い。

 触れている感覚すら湧かない状況で、ピリピリとすら感じない事から、例の浄化光線よりは威力が無いようだと判断した。

 ただ、それも束の間。

 依姫は、胴体への攻撃へは効果が薄いと判断したのか、瞬きをする間に何度も体中のあちこちを切り付けられ―――たように見えた―――または突かれる衝撃が、俺を襲う。

 胴が駄目なら顔を、顔が駄目なら首を、首が駄目なら股間を。

 人体の急所という急所を一瞬にして攻撃し終えたであろう依姫に、絶対破壊不可の効果にほっとする間など見出せず、すぐさま別の呪文―――対象を無力化させる【お粗末】―――を発動させようと、目標を改めて確認するべく、相手を見……ようとした。

 

(居ない!?)

 

 首を動かして、なんて時間は存在しない。

 何かに殴りつけられる様に背後から力が加わるのを感じながら、俺の体は宙に浮き、そのまま横へスライドするかのように、壁へと叩きつけられた。

 多分、一瞬にして背後に回られて……今度は背中を渾身の一撃っぽい攻撃で狙ったのだろう、と。

 壁から破片が飛び散る視界の中で、考えを纏め上げる。

 幸いにして、倒れているジェイスや、永琳さん達の方に吹き飛ばされたのでは無かったのだが、それを謀っていたかの様に、依姫は連撃を背中へと浴びせて来た。

 一撃一撃が恐ろしく重く、そして速く、さらには精密。

 後頭部は勿論、太股から関節各部に、側面の動脈が通っている場所を絶え間なく何度も攻撃して来る。

 壁へと体を密着させながら、それでも足りないとばかりに、メリメリと、奥へ奥へ押し込まれていくのを感じながら、指すら満足に動かせない中、こんな状況では【お粗末】での無力化は力不足だろうと判断する。

 神奈子さんも、【お粗末】を受けた時には身体能力では効果は見込めたが、その神格……特殊能力方面での無力化は、あまり効果が見られなかった。

 少なくとも、俺を即死に追いやるだけの力は充分に残していたのだ。

 最も押さえ込みたい部分は、身体能力ではなく、特殊能力の方。

 だとしたら、一体この相手にはどう対処すれば良いというのだ。

 

(無力化系統……効果が思わしくないから却下。破壊系統……ますます却下。……弱体化路線―――で何とか対処出来るか!?)

 

 生憎と、能力の無効といった効果は狙えないが、現状の改善は見込めるかもしれない。

 

 ―――ならばここは1つ、永琳さんの元での実験に付き合っていた成果を試してみるとしよう。

 あれは、月の頭脳とも呼ばれる彼女にも、一定の効果はあったのだ。

“思考や知識”が彼女より優れている人物など、月はおろか、東方プロジェクトの世界でも片手で数える程しか居ない筈だ。

 だとしたら、少なくとも彼女以下であろう依姫が相手ならば、現状でも多少の好転を期待出来るだろう。

 壁に貼り付けにされている―――動き回っていない事も、今の状況では幸いする。

 何せ、動いていると使えない【ソーサリー】呪文。

 使うべきは、今。

 そろそろ壁を突き破らんとするとする、バキバキとした亀裂音を聞きながら、俺は背後に居る存在へと呪文を行使した。

 

(発動!【暴露】!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『暴露』

 4マナで、黒の【ソーサリー】

 対戦相手の手札から【土地】以外のカードを1枚選び、それを捨てさせる。

 数ある【手札破壊】系カードの中で、中々の汎用性を持つものの1つ。

 手札から黒のカードを1枚【追放】する事でもプレイ出来る【ピッチスペル】を備えている。

 

『手札破壊(Hand Destruction)』

 ハンドデストラクション。略称でハンデスとも呼ばれる。 

 手札からカードを捨てさせる、または、それに近い行為全般を指す。

 カードゲームでは、相手に呪文を唱えさせた時点で利点が発生してしまう為、それらを事前に封殺出来る、このハンデス系呪文は大変汎用性がある。

 しかし、直接ゲームに影響を及ぼす呪文では無い為、そればかりに重点を置いておくと、痛い目を見る。

 特性上、相手が何かをしてから対応する【コントロール】や、事前に必要な枚数を揃えておかなければならない場合が多い【コンボ】デッキに対しては極めて効果が高い。

 逆に、ガンガン手札を消費してしまう【ビートダウン】に対しては効果が薄い。

 そのカード効果故に、ほぼ全てのタイミングに使える【インスタント】系には殆ど存在しない。

 

『追放』

 通常、カードが破壊、もしくは手札を捨てさせられた場合には、それは墓地と呼ばれる捨て札場にストックされる。しかし、これらを行う効果が多い除去系の中でも、特に強力な追放系のカードは、それら墓地には送られず、特殊な領域にストックされる。これにより、墓地に置かれる事で発動する呪文や能力のカードや、墓地を利用するカードを封殺出来る。

 これら追放の効果は【破壊されない】【再生する】といった除去耐性にも発揮され、除去系の究極とも言える。

 簡単に表現するのなら、一種の消去と考えても問題無いだろう。

 究極的な、クリーチャー対策の一つである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 弱体化とは、何も身体能力の低下だけを指すのでは無い。

 現状より相手のステータスを下げられるのなら、それは須らく弱体化と言えるのではないだろうか。

 正規のマナコストは支払わず、【ピッチスペル】で【死の門の悪魔】を除外して、呪文を使った。

 そうして唱えたカードは、手札破壊。

 ゲームとしての手札破壊ではなく、この世界でこの呪文を唱えた場合は、一体どうなるのか。

 

(どれだ……今お前は何を“考えている”―――!!)

 

 手札とは、その時に選ぶことの出来る、選択肢そのもの。

 今クリーチャーを出すか、相手の【アーティファクト】を除去しておくか。【インスタント】呪文を使い、相手のペースを乱しておこうか。―――取れる行動は、殆どがそれに依存する。

 ならばそれは、実際に当てはめるのだとすれば……喉が渇いたから冷蔵庫から飲み物を取ってこよう、歩き疲れたからあの木の麓まで行って休みたい。後であの道具を使うから用意しておかないと……、といった、“今考えている”思考に他ならないのではないか。

 ―――この世界……俺にとっての手札破壊とは、リタルタイムで相手の思考を欠落させる行為。

 欠落させる思考の容量が大きいと効果が薄かったりと、色々と制限があって、咄嗟の時には使い難い呪文だが、今はその条件を全てクリアしている。

 浮上して来た選択肢は、『右肩から左脇に掛けての振り下ろし』『足の、第一、続いて第二間接に対して連続抜刀』『壁に貼り付けたままでいさせる為に、三度背中への切り上げ攻撃』等の、数十にも及ぶ思考の波が、俺の頭に流れ込んで来た。

 一種の読心術のような効果だが、この呪文の欠点は、相手の思考の幅が広すぎる時には選別するのに時間を要し、次から次へと高速で考えを巡らせている場合、選択肢が出現した瞬間には、その項目は既に過去のものとなっている時が殆ど。

 言い換えれば、思考能力に乏しい相手ならば効果は絶大で、尚且つそれが状況変化の遅い事態だったのなら、これらの呪文の運用性は格段に跳ね上がる。

 だとするなら、相手の頭も良く、一瞬たりとも留まる事の無い戦闘などの現状は、手札破壊呪文に対して、完全に不向きではないのか。

 

 その通りだ。単純に考えたのであれば。

 

(見つけた!)

 

 もっと深い、これら思考の元になった意思。

 何故、俺に攻撃を加えるのか。

 様々な理由が考えられるが、今この状況下での相手の思考は単純明快。

 

“敵の排除”

 

(ディスカードだ、月の軍神様っ!)

 

 転生前の癖で、思わずMTGをプレイしていた時の専門用語(ディスカード=カードを捨てるor捨てさせる)など使ってしまったのは、ピンチな状況に興奮していたからだろう。

 今し方見つけた“目前の敵の排除”という目的(選択肢)を消去させる。

 同時、とうとう限界を迎えた壁が、その役割を終えて、俺の体を外へと吐き出した。

 そういやココは何階だったか、と、顔面蒼白になりながら、数百メートルはある高さから落下している最中に思った。

【死への抵抗】の効果が表れていたとしても、怖いもんはやっぱり怖いのだ。

 このままでは器物破損……だけならまだしも、最悪、下を歩いていたりする、見知らぬ誰かの命を奪いかねない。

 自由落下する重量八十キロ近い物体など、凶器以外の何者でもないのだ。

 やはりここは、残りのマナを使い、何とか回避するべきだろう。

 

「なっ―――!?」

 

 背後に、背中を貫かれた筈のPWが出現していなければ。

 

 落下中の背後に現れた者に対して、名前を呼ぶどころか、疑問に思う隙も与えられず、彼は俺の背中に手を当てて……

 一瞬で、目の前の光景が切り替わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ワタシは混乱していた。

 召喚者の願いに答え、“何かの命を”先程まで執行していた筈だった。

 神速で振るっていた刀を滞納し、今し方、壁の向こうへと消えていった者を思う。

 はて、何故、ワタシはあの者に斬撃を当て続けていたのだろう。

 青い人物を致命傷へ追い遣った後、“ついでに”そこに居た人物を攻撃し続けていたが……あれは一体何の妖怪だったのだろうか。

 あれだけ斬り付けても傷一つ負った様子は伺えなかった。

 これでは軍神の看板も下ろさなければならないのだろうか、と、逡巡。

 最近は行っていなかった修行でも、再びやり始めようかと思う。

 

 さて。

 破片が飛び散る室内を見渡しながら、現状を飲み込めるよう、頭の中を整理する。

 けれどその答えは一向に出ては来ず、“推測で”あの者を追い出す事が、自分の呼び出された理由だったのではないか、との考えに至った。

 となると、ワタシの役目はこれで終わりだ。

 外へと落下していった相手の気配は急に消えてしまったが―――同時に、背後に居た青い姿をした者も消えてしまったけれど―――知覚出来る範囲には居ない事は分かる。

 安全を確保し、召喚者の願いにも、恐らくは応えられた。

 これで問題は無くなっただろう、と思いながら、ワタシはワタシを呼び出した者に、その者自身である依り代を返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……うっ……体が……」

 

 節々が痛む。

 完全に体の支配権を譲渡した形になったが、その痛み具合から、どうやらかなりの戦闘を行っていたようだ。

 決して楽ではない修行も行ってきたというのに、体中の筋肉が悲鳴を上げている。

 唾を飲み込む事すらしていなかったのか、枯れる様な声に合わせて、ギシギシと軋む間接に鞭打ちながら、私はあれからどうなったのかを確認する為、周囲を見回す。

 

(いや、今はそれより……)

 

 そうだ。今はそれよりも、永琳様や姉上がどうなったのかを確かめる方が先決か。

 丁度視界に入ってきた二人は、崩れる様に床へ倒れており、体への影響は外見上、確認出来ないが、私が鹿島の神を憑依させている間に、何か変化があったかもしれない。

 細々とした瓦礫を気にする事も無く、あのお方の元へと近づく。

 少し見た限りでが、出血などの外傷は無さそうだが、一刻も早く気絶から回復させるべきだ。

 よって、私は能力を使っての治癒を試みる。

 

「大国主(おおくにぬし)よ、数多にある奇跡の一つを、この場に示せ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『大国主』

 神々が集う出雲大社に祭神として存在している神で、武、農業、商業、そして医療などの多岐に渡る分野にて崇められている―――日本神話の中でも、その神格の高さはトップクラスに入るであろう者。

 数々の異名を持ち、様々な方面で活躍しているが、東方世界で特に関係しているのが、『因幡の白兎』だろうか。

 嘘をついて、皮を剥がされてしまった因幡の白兎は、適切な治療法を教えてくれた大穴牟遲神(おおなむちのかみ)―――その頃の大国主の別名―――に感謝し、彼の結婚を助ける一端を担ったとされている。

 そのような行為を示したせいか、医神としての加護も与えられるまでになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 依姫は、背後に現れる圧倒的な存在を感じていた。

 医療の神など他にも居るというのに、日本神話における重鎮を呼び出したのは、やはり相手が相手だからであろう。

 その強大な力を借り、彼女は床に倒れている二人を目覚めさせるべく、集中する。

 島国とは言え、一国の上位に君臨する神だ。

 その効力は、計り知れないものがある。

 

 ……だがそれは。

 決して、全てを解決出来る訳ではないのだ、という事実を、知ってしまう出来事にもなった。

 

「何故だ! 何故、永琳様と姉上は目を覚まさない!?」

 

 体に異常な箇所は見受けられない。

 ならば後は意識を取り戻させるだけだと言うのに、たったそれだけの事が出来ないでいる、この現実。

 当り散らすように、依姫は背後に感じる大国主に尋ねてみると、『心は触れられない』という答えが返ってきた。

 

「ここ、ろ……?」

 

 反射に近い感覚で口から漏れた言葉に、大国主は『そうだ』と肯定する。

 今倒れているこの状態は、心の方に問題があるのだと。

 外的要因で心を外側から形成する者は多々居れど、まるで“本人がそう望んだからこうなっている”といった状態だと、彼は説明した。

 薬や毒ならば解毒しよう。神気や妖気が原因ならば、一瞬でそれを取り除こう。

 だが、自分からそう望んだ心は、そう簡単には変わらない。

 それも対話の不可能な……意識不明の状態では、尚更、と。そう付け加えて。

 けれど、それでも手段が無い訳では無い、と言葉を続ける。

 それに導かれる様に、出口の無い悶々とした思考が、大国主の助言を受けて解決した。

 

「そうか。永琳様達をこのようにした者ならば、あるいは……」

 

 記憶の隅に微かに残る、青の残滓。

 恐らく、あれが永琳様の言っていた、九十九という人物だろう。彼女はそう判断する。

 何故このような凶行に乗り出したのかは、理解が及ばないが、少なくとも好意的なものではない事は確かだ、と。

 

 やる事は決まった。

 まるで一分一秒が惜しいとばかりに、依姫は、手元に緊急連絡端末ディスプレイを即座に出現させ、行動を起こす。

 

『緊急事態発生。八意永琳、並びに綿月豊姫が昏睡状態に陥った。九十九なる人物が原因だと思われる。特徴資料は各自確認すべし。見つけ次第殺……捕縛せよ。命があれば状態は問わない。繰り返す―――』

 

 月の技術は、地上の文明など軽く凌駕する。

 ひと一人見つける事など、それこそ朝飯前にやってしまえるだけの、圧倒的なものが。

 

 ……それから数分後。

 都市の外。

 生命など存在出来ぬ筈の荒廃した土ばかりの場所で、その者は発見された。

 それに伴い、月の偉人の一大事という命を受け、蓬莱国の上層部は、軍部の大半を動因する。

 それは『月に手を出したらどうなるか分かってんだろうな』という、内外に向けての誇示が多分に含まれたこの騒動……一種のパフォーマンスだったのだが。

 

 これが、後の東方プロジェクトにおける『幻想月面戦争騒動』に関わってくるのは、もう少し先のお話。

 

 

 


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