東方ギャザリング   作:roisin

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32 移動中《前編》

 

 

 

 

 

 

「……で、これどういう状況なの?」

 

 不満とも諦めとも取れる、か細い声。

『僕、やる気ありません』と体言するその姿は、左肩の服が千切れ飛んでいた。

 それどころか、衣類なんて、所々……どころか、既に全体がボロ雑巾の様で、新手のダメージファッションなのか、と錯覚してしまいそうになる。

 じと目で暗き虚空を見つめながら、その男―――九十九は、隣にいた青き者に、大雑把で投げやりな感じで、説明を求めた。

 少し前ならば、幾許かの羨望と尊敬の念を込めた言葉遣いをしていたというのに、どうやら、それらは体力や精神力と一緒に、何処かへと飛んでいってしまったようだ。

 

 彼が見た光景。

 遠ざかってゆく灰色の山は相変わらずで、手を伸ばせば届く距離に、月のお姫様―――地球に降りない方―――が倒れている。

 で、さらに意味が分からない―――というか、誰かに今の状況を尋ねたくなったもっともたる原因が、そこには居た。

 

「……なんでお前が居るのよ、蓬莱山 輝夜」

 

 その表情からは何も読み取れないが、全くこちらに反応せずに、声どころか目線―――眼球すら動かずにいる、優雅に佇む女性が一人。

 月のお姫様―――地球に降りる方―――こと、竹取物語の主役、かぐや姫その人であった。

 

 

 

 話は、ほんの少し遡る。

 輝夜が九十九に攻撃を仕掛け様とした、その刹那。

 彼女は一切の能力行使を止めて、その場へと、糸の切れた操り人形のように崩れ落ちた。

 それから数秒。

 遠くの岩場の影から、ゆっくりと、長身の男が歩み寄ってきた。

 疲労感を滲ませながら、足を引きずりつつ、何とか歩行を成立させているその姿は、満身創痍の言葉を体言していた。

【プレインズウォーカー】【ジェイス・ベレレン】その人だ。

 外傷は綺麗に塞がっているようだが、その分、体力がごっそりと奪われているらしい。

 本来ならまだ休んでいなければならないのだが、彼がたまたま意識を取り戻した時―――それが、輝夜が九十九へ攻撃を仕掛け始めたのを、強力なテレパスで感じたのだった。

 彼は即座に、あの八意永琳にも有効であった、精神掌握を開始する。

 どうしても若干の時間は掛かってしまったが、それでも輝夜といえど例外では無く、PWの力の前に、その心を喪失してしまった。

 木偶と化した彼女の表情には、一切の抵抗の名残すら見受けられない、あまりに鮮やかな手並み。

 疲労の極みであるとはいえ、ジェイスの力は、紛れも無く本物であった。

 そして輝夜の記憶を読み、事のあらましを察したジェイスは、まずは思考がループしている地上人を目覚めさせようと、彼女に能力を使わせて、解除させ、現在に至る。

 

「……と、そういうこと?」

 

 頷くジェイスを見て、九十九は再度、放心状態となっている輝夜と、進行中の【マリット・レイジ】を視界に収める。

 どうしたもんかと満天の星空を眺めてみるも、『星、綺麗だ』とかどうでも良い考えしか浮かんでこない。

 

 ……いやもう、結構ギリギリだったっぽいね。

 ダメージ系なら無効出来る現状だが、思考操作とかはノーサンキュー。ものの見事に効果覿面でした。

 彼が助けてくれなったら、俺は一体どうなっていた事やら。鉄格子付きの個室に移住させられてたかもしれん。月にそんな場所があるかどうかは知らないが。

 

(はぁ……何から考えたら良いもんか……)

 

 妙案が出るまでには今しばらく時間が掛かるだろう、と、疲労困憊の体を大地に横たえて、仰向けで大の字になった。

 決めの細かい月の砂を触りながら、まずはもう一度、今までの出来事を順番に思い出してみようかと、目を閉じようとする。

 が。

 

「……ん? どうした、ジェイス」

 

 念話で呼び掛けて来る方に顔を向けると、彼は一つ、ある事の予想を話し出した。

 怪訝な声色。

 不安と疑心が混ざり合っているそれは。彼の心情をよく表していたのかもしれない。

 

「え……月の都……?」

 

【マリット・レイジ】が進む先。まだかなり距離はあるものの、いずれはそこへ辿り着くだろう、との考えを聞いた。だから、考える前に、まずは彼女を止めるべきだと。そう、ジェイスに進言されたのだが……

 

(あぁ~……そういや暴走しているってのは俺くらいしか知らないのか……ってか、なんでそっちに向かってるんだ……)

 

 輝夜の記憶を読んだからとて、それが全ての事態を把握するには至らないのだ。

 その結論に行き着いた九十九は、改めて、今までに経験した出来事を話す。

 

 依姫と戦った事。

【マリット・レイジ】が暴走した事。

 輝夜が現れ、精神を弄られた事。

 話し終えた時、彼は合点がいったとばかりに、うんうんと頷く。

『だから活力が奪われていたのか』とジェイスが締め括った言葉で、そういえば、と、九十九は彼女の―――カードとしての、【マリット・レイジ】を思い出した。

 そうして、点として浮上して来た疑問や案が、線で繋がった時。

 彼の脳内には、一枚のカードが思い描かれ、一つの構図が出来上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『マリット・レイジの怒り』

 5マナで、青の【エンチャント】

 これが場に出た時、全ての赤のクリーチャーを【タップ】する。

 赤のクリーチャーは、そのコントローラーの【アンタップ】ステップの際に【アンタップ】しない。

 

『タップ&アンタップ』

 MTGの基本ルールの一つに、【タップ】【アンタップ】と呼ばれる行為がある。

 これらはカードを横(タップ)にしたり、横になっているカードを縦に戻したり(アンタップ)する行為を指す。

 これによって、クリーチャーの攻撃の有無が一目で判断出来たり、土地がマナを出したかどうかが分かるのである。

 例えば、クリーチャーが攻撃を宣言した時、攻撃を宣言したクリーチャーは、【タップ】される。

 これは、【アンタップ】状態―――カードが縦になっている状態でしか行えない。

 そのクリーチャーは、一ターンに一度だけ来る【アンタップ】ステップと呼ばれるフェイズが来なければ、基本は元に戻る事が無い。

 つまりは、【タップ】を要求される能力を持つカード―――行動の基本となるマナを生み出す【土地】や、攻撃の主力である場合の多いクリーチャーの攻撃が行えなくなるのだ。

 そして、クリーチャーはこの【アンタップ】状態でなければ、相手のクリーチャーをブロックする事が出来ない。

 

 

 

 

 

 

 

 それら【マリット・レイジの怒り】のようなカードを、何と呼称したらいいものか。

 MTGでもそうそうあるカードではないので、仮として、派生カードとでも名づけておこうか。気分で呼称が変わるかもしれないが(ぁ

 

 本来ならば、俺がカードを使わなければ起こらない効果である筈……なのだが、当然といえば当然で、当人が怒るだけで済む効果ならば、それを本人が使えない筈が無い。

 この【マリット・レイジの怒り】と呼ばれるカード効果は、要約するのなら、赤のクリーチャーの行動抑止。

 赤とはつまり、激情や憤怒といった、感情の爆発を司っている面がある。

 そして、【タップ】クリーチャーを【アンタップ】する行為。

 ギャザでは、【タップ】した各カードは、自分のターンに訪れる【アンタップ】出来る間が存在する。通称、【アンタップ】ステップと呼ばれるフェイズだ。

 それは一ターンに一度しか訪れず―――あたかも、疲れを知った者達が、休息の時間を必要としたかのようで。

 だとするのなら、これは恐らく、【タップ】が体力―――……エネルギー?―――を使う行為。【アンタップ】が体力を取り戻す行為なのではないか、と憶測を立ててみた。

 この仮説なら、さっきの出来事―――体力が極端に奪われ、感情が一定以上のテンションにならない理由も、説明が付く。

 ただ、体力と感情の熱を幾ら奪われたとはいえ、溶岩地帯まで冷却されていた理由には―――

 

(あ、そういえばあいつのカードの絵柄って……)

 

【マリット・レイジの怒り】に描かれた光景には、逃げ惑うクリーチャー達が、一瞬にして凍り付いていたかのような姿が写っていた。

 カード効果ってのは、文面や名称以外にも影響される部分とかあるのだろうか、とでも憶測を立てておこう。

 

 ……また、ギャザの不透明なルール解明の糸口が見つかった気がする。でも、これはこれで、また戦略の幅が広がったといっても過言ではないんだ。喜ばしい事だろう。

 しかし、【タップ】と【アンタップ】のこの効果。

 もしかしたら……

 

(これって、計らずも俺の体力制限も解除の兆しが……?)

 

 仮にこの説が正しいとしたのなら、【アンタップ】効果を自分に使用すれば、俺の体力は回復する事になる。

 うまい事これを利用して、【アンタップ】効果を永続―――あるいは一回でもその効果が現れてくれたのなら、こちらの戦略は、さらなる広がりを見せることになる。

 

(夢の二桁台マナの召喚も……)

 

 いける。きっといけるぞ。

 今まで『出しても維持出来んしなぁ』と諦めてたクリーチャー達が、戦力として期待出来る筈だ。

 グヘヘ的な悪い笑みでも浮かべていしまっていたのか、ジェイスが窘めるような視線を向けて来た。

 慌てて表情を取り繕ったところで、『今後はどうする』との相談を持ちかけられる。

 そうそう。今はギャザ能力の可能性より、起こってしまった出来事への対処だ。

 それには。

 

「ジェイスさ、あの子、正気に戻せる?」

 

 こちらが指差す先に、轟々と音を立てて動く、灰色の茨山が一つ。

 彼はしばらくそれをじっと見つめ、『やってみよう』と、成功率が不確定であろう返答をする。

 彼の十八番である精神掌握がどちらかといえばショートレンジな射程なのだから、こればっかりは仕方が無い。

 ……と、本人の言葉を要約した結果を反芻する。

 

(映画とかアニメとかだと、記憶操作系の能力って、頭とかに直接触れて何ぼ、って印象だしなぁ。……別階層に居た永琳さんとか綿月姉妹に仕掛けられるってだけでも、俺TUEEE宣言しても問題ないレベル……だもんな)

 

 というか、遠距離精神掌握とかチートじゃなくてバグ技の類では……。

 記憶の中にあるそれらの知識の大概は、相手の耐性が高くてミスしたり、気合とか根性とか仲間の声的なものですぐに復活したりするものだが、八意永琳にも効果のあった、そして、今現在も効き目が続いているであろう彼の能力は、もはや……

 

(うん、バグだな。彼は。流石ジェイス)

 

 実に良い笑顔で、今俺のMVP候補No1であるマリさん直伝、親指グッ! を披露しながら、満足な心境を伝える。

 一瞬、彼の口元が若干の“へ”の字になったものの、『君は楽しそうだね』的な意思を返してくれた。

 どうやら、今のこちらの思考は読んでいなかったようだ。

 

 そんな彼が、マリさんへの効果の程が分からないのだから、神ならざる俺には、分かるはずもなく。

 ただ、ジェイスの射程圏にマリさんを捉えるまでに、結構な距離を移動しなければならないのは、この先の苦労を思うと、ガクンと、心と体が重くなった。

 ゆうに数キロは移動しているであろう【マリット・レイジ】が恨めしい。

 

 と―――。

 

「ん? どした?」

 

 ジェイスが、先程とは対照的に、不適に口元を釣り上げる。

 ……おぉ、そういや元々は地球へ帰還する為に、彼を召喚したんだった。

 きっとこれ位の移動距離なら余裕でどうにかなるって意味なんだろう。

 

「え、違う?」

 

 こちらの考えを補足……訂正するように、『そうじゃないんだ』との念話を受け取り、俺は、はて、と首を傾げる。

 分からん。ならばどうして、そんな表情をしているのか。

 その疑問に答える様に、彼は腕を持ち上げて、あるところを指差した。

 

「……あ~」

 

 なるほどなるほど。そういう事か。納得がいった。

 

「じゃあ、お願いしますね。ジェイス―――いや、かぐや姫様」

 

 俺の言葉に反応し、すい、と優雅な一礼をする、月の姫。

 ははは、対人無双万歳だ。

 問題山積みには違いないが、それでも、人質兼、戦闘要員な状況にある蓬莱山輝夜という手札が、今の俺にはある。

 客観的に見たら悪役そのものだが、それでこっちの命が助かるなら安いものだ。喜んでその役を買って出よう。

 

(もうこの切り札は手放せない……。仮に手放すんなら、せめてもう少し事態の好転が見込める段階になったら……だな)

 

 具体的には、マナストックが回復する二十四時間後。

 強キャラ一人確保した事で、戦力的にも選択肢的にも段違いに跳ね上がっている。

 先程まで死と隣り合わせであったのが、嘘のようだ。

 これでは多少なりとも気分が高揚するもの―――だと思ったのだが。

 

(テンション上がんねぇ……。マリさんの能力のせいで、変な心境だなぁ)

 

 イマイチしっくり来ない展開だが、諦めよう。

 輝夜がゆっくりと目を閉じた。恐らく、能力を使うのだろう。

 さて、これからどうなるか。

 あまりに多過ぎる解決事項に膝をつきそうになるが、『なるようになるさ』なんて半ば投げやりな考えで、これからの事に対処していこうと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 木霊する地響きの中。

 代わり映えしない風景にも飽く事無く見続けて、はや数刻。

 あれから……大体一日位は経っただろうか。

 体力の消耗を補おうと爆睡してしまったが、それでも目的地には到着していないようだ。

 のんびりと移動する【マリット・レイジ】の背中に座り、昨日の反省点を挙げてみる。

 といっても、一番やばかったのは輝夜の能力に掛かってしまった、あの時位のものだと思うが。

 ホント、ジェイスが助けてくれて良かったですよ。

 

 蓬莱山輝夜の―――永遠と須臾を操る能力。

 つまりどういう能力なのよ? と思って、大分前に調べてみた時の記憶から、引っ張り出してきた情報だと、結構難解な長文解説を、あっきゅん(稗田阿求)が『時間を操る能力だ』とまとめていた気がする。

 咲夜さんと能力被ってんじゃん。とも思うのだが、そこは色々と差異があるのだろう。俺には分からんけれど。

 で、その能力を使ってジェイスの時間を加速させ、【マリット・レイジ】のところまで一気に詰め寄ったんだそうだ。徒歩で。

 時間が止まっている中での移動だから、それは瞬間移動やらワープやらと言っても、過言ではない。

 元々マリさん、物理系のダメージに対しては完全無敵っぽいキャラだと思うのだが、搦め手―――精神系とかに対しては、時間も無限大に活用出来た効果も相まって、ジェイス曰く、そこまで苦労はしなかったらしい。

 ジェイスもそうだが、ぐーや様、マジバグってます。

 元々怒りで我を忘れていただけだったので、少し落ち着かせる様に精神の波を抑えてやれば、後は自然と落ち着いていったそうだ。

 

(そういや、ゲームでのマリさんも絡め手に弱かったなぁ……)

 

 というか、正攻法で【マリット・レイジ】に対抗出来るクリーチャーがほぼ居ないだけなのだが。

 破壊不可で、飛行能力を有する彼女ではあったが、除去耐性には疑問が付きまとっていたのを思い出す。

 ギャザに限った話ではないが、MTGのクリーチャー対策とは、それを破壊するだけではない。

 ゲームから除外してしまったり、手札に戻されてしまったり、相手プレイヤーに奪取されてしまったり、行動不能の木偶人形にされたり。

 むしろギャザでは、ガチンコな大会だと、単純な破壊系は少ないくらいだ。

 

(良かった……依姫がそんな系の能力使ってこなくて、本当に良かった……)

 

 そういや神様って搦め手使ってくる相手って何か居たか?

 クトゥルフさんは除外するとして、俺の知っている神話の主神クラスは、どれもこれもがパワー=ジャスティス=そいつの全力、みたいな奴しか居ないんじゃないだろうかと思う。

 記憶している中で最も厄介だと思ったのは、睨むだけで即死する邪眼を持った魔神様だが、それとかが出てこなくて助かった、と、胸を撫で下ろす。呼べるのかどうかは知らないが。

 

 ―――そんな、結構綱渡りだった戦闘結果を省みる、月面でのひと時。

 マリさんの能力である【マリット・レイジの怒り】も解除……というか怒らなくなったので、それなりに体力は戻って来ている。

 俺達は、ゆっくりと進行中の【マリット・レイジ】の背中に、瞑想するジェイス、人形のように佇む輝夜、未だ昏睡状態の依姫と一緒に、ゆっくりと月面都市へと向かっていた。

 マリさんは維持費を考慮しなくて良いので大変ありがたいのだが、ジェイスと勇丸を合わせて計4マナの維持というのは、決して楽なものじゃあなかった。

 ただ常に横になれるし、ジェイスもいるし、始めの頃と比べれば持っていかれる体力も大分軽減さているのだと実感出来る。このままぶっ倒れる、という事態には陥らなさそうだ。

 そして依姫は未だに目覚めていないが、輝夜が無表情で後ろに待機している状況なので、ちょっと居心地が悪かったり。早く現地に着いてほしいッス。

 

 しかし、月の都市は結構離れていたようで、まさか一日近く移動に掛かるとは思っていなかった。

 ま。その間、俺は殆ど寝ていただけだったんだが、気づけば一日近く経っていたというのは中々に体力を消耗していたようだ。昏睡というよりは、昏倒に近かったんだろうな。きっと。

 こんな状態じゃあ、移動手段が徒歩だけとかになっていたのなら、目的地に着くまでに、一週間以上掛かっていたんじゃないだろうか。

 

「いやホント。マリさんが正気に戻ってくれて良かったよ」

 

 足を伸ばして座る俺は、体を支える手を用いて、そのまま彼女の頭を撫でる。

 ゴツゴツのお肌なもんだから、これじゃあ触っている事すら分からないかな、とも思ったんだけれど、音にも声にもならない『♪』とした感情が伝わって来た。どうやら、ちゃんと分かるらしい。

 いやぁ、癒されますなぁ。

 あの時はどうなるかと思ったが、正気に戻って本当良かった。

 正気に戻った時に『ごめんなさい』と言われたんだが、小さい子が親に叱られて謝るシーンが脳裏を掠めたもんだから……。

 いやもうね、『よーしパパ(略』的な気持ちが湧き上がってきまして。

 だからといって何かするという訳ではないのだが、もう色々とたまらん出来事でした。ええ。

 

 で。

 

「第一回、月の都市との交渉……謝罪……恐喝……? ……仲良くしよう会議ー!」

 

 即興で良い題名が思いつかなかったので、強引に押し通す。

 マリさんは結構ノリノリな感情なのが伝わって来るが、内容は分かっていないっぽい。

 ジェイスはジェイスで『そんなノリはもう出来ない』と、大人目線で拒絶された。

 くそぅ、大人ぶりやがって。こういうのは楽しんだもの勝ちなんだぞー。ぶーぶー。

 

【マリット・レイジ】という存在の上で、ジェイスと俺が互いに面と向かい合い、話し合う。

 その横には、意識を失っていようとも精神を奪われようとも、何一つ色褪せる事の無い美貌と容姿、品性を持つ、月の姫君が二人。

 一人は無言で正座をし、無表情。

 もう一人の状況は変わらず、あれから一度も目覚めてはいない為、体を横たえている。

 

(依姫は寝てるから良いけど、ぐーやが無表情ってのが怖いんだよなぁ……)

 

 不満と冷や汗タラタラな俺に苦笑しながら、ジェイスはこちらの続きを促して来た。

 むぅ。完全に、子供の遊びに付き合ってあげている、お父さん状態だ。

 うーん、流石にいきなりこのテンションでは厳しかったか。以後気をつけねば。

 

「おほん……。で、今回の目的は、月の都市との今までの諍いを清算する事にあります」

 

 そう切り出して、俺は今回の目標を、彼らの前で掲げた。

 

 一つ。月と和平交渉を結んで、今回の事を許してもらう。

(意訳)今後俺にちょっかい出すんじゃねぇぞ。

 一つ。今回の被害についての補填は、こちらに害の無い限り、積極的に協力。

(意訳)気分が乗ったら弁償してやる。

 

 この二点位だろうか。うぅん、上から目線万歳。

 そしてここが最大の―――というか、交渉以前の、まず第一に行おうと思っていた事なのだが、ジェイスが俺を守る為にしてくれた、永琳さん、綿月豊姫の意識回復。

 これをしなければ、俺の交渉は始まらない……というか、何より、俺がそんな状態でいたくない。

 僅かの間とはいえ、同じ屋根の下で同じ飯を食べ、笑顔を向け合った仲である。一刻も早く起こしに行かねばならない。

 

「そういえば……戦死者って、出てる?」

 

 マリさんに念話で尋ねてみると、『分からない』との返答が。

 それもそうか。幾ら彼女が強力な存在で、手加減してくれていたといはいえ、あの千に届く勢いの軍勢相手に、一つ一つ安否を確認などしていられなかったのだろう。

 

「ん~……あ」

 

 そうだよ、今こっちの手札には彼女があったんだった。

 

「かぐや姫。そちらでは何か情報掴んでますか?」

「いいえ、私が知り得た情報の中では、それらしい項目はありませんでした」

 

 何ともはや……。機械と話している心境だが、下手に自我が戻って殺されるよりは断然マシだ。諦めます。

 

「死者は居なさそう……と。まぁ仮に居たとしても……。おほん。後は永琳さん達を起こせば、交渉の前提条件はクリア出来そうかな」

 

 月側は、それが原因でこちらを殺害しようとして来たのだ。

 それを取り除かずして、和解という目的には辿り着けず、対話という席には着けない。

 

「……ん」

 

 横から声がする。

 それに反応し、ジェイスが『そろそろだ』と進言して来た。

 何がそろそろなのかを普通なら疑問に思うだろうが、聞こえてきた声からして、既に予想はついている。

 

「ここ……は……」

 

 綿月依姫、ご起床です。

 

「おはよう」

「……? あ、あぁ……おはよう……」

 

 どんな相手でも挨拶は忘れない。

 ……状況に余裕が出来てたまたま覚えていただけなのだが、それは俺だけが知っていれば良い事だ。

 まだ状況が掴めてないんだろう。反応がポケポケしてて、可愛い気がする。

 

「君、ここは……何処……痛っ―――」

 

 あぁ、急に起き上がろうとするから。

 

「まだ安静にしておいた方が良い。心体共に、結構ボロボロになってたからな。後少しで月の都に着く。それまでは寝とけ」

「そうか……すまない……」

 

 そして、俺の言葉に従うように、再び体を……

 

「……?」

 

 横たえる前に、俺の顔をじっと見る。

 

「……」

 

 ニコリと返す仲でもないので、じっと見つめ返す。

 ふふふ、美人にマジマジと見つめられると……あれ、何とも思わないな。

 何だ、ガチンコし合った仲だから、神奈子さんの時みたいに気持ちの何処かでストッパーやらブレーキやらが掛かっているんだろうか。

 

 ―――そのまま、数秒。

 視線をゆっくりと俺の前―――ジェイスへと移す。

 時に気にした様子も無く、彼は無言で佇んでいる。

 相変わらず、フードに隠れて目元が確認出来ない状態で、見詰め合う二人。

 と。

 

「―――疾ッ!!」

 

 依姫の体が馳せて、佇むジェイスに向かってその手を突き出した。

 辛うじて分かるのは、その手が握り拳などではなく、五指を真っ直ぐに伸ばした、手刀と呼ばれる形であった事。

 局部破壊に優れているその攻撃方法は、こちらの戦力―――ジェイスを無力化し、状況を打破しようという道筋がありありと読み取れた。

 だが、

 

「ぐっ!」

 

 彼女の体は、彼女自身が思うよりも遥かに限界に達していたようだ。

 勇んで立ち上がり、肉薄する姿勢を象ったは良いものの、そこから空気の抜けた風船人形のように、その四肢を弛緩させて、再度【マリット・レイジ】の頭上へと崩れ落ちた。

 

「あ~あ~……だから言ったじゃないか」

 

 苦悶の表情を浮かべた依姫の体を押さえつけて、強引に仰向けに寝かせる。

 抵抗と言えなくもない抵抗があったものの、それらは微力なものだ。過去に【お粗末】を掛けた神奈子さんよりも劣る。

 よほど節々が痛むのだと思われた。

 

「き……」

「うん?」

「貴様……達は……」

「多分、お前の思っている通りだと思うぞ」

 

 少し含みを持たせて答え、何の感情も表していない顔で、

 

「初めまして、綿月依姫。―――地上からやってきた、九十九だ」

 

 あんな光景を見た後では、とてもじゃないが握手なんてする気にはならないけれど、一応は自己紹介をしてみた。

 鳩が豆鉄砲。な顔で固まる依姫だったが、少しの間を置き、その表情を憎々しげなものへと変貌させる。

 体が動かないから良いようなものの、そうでなかったのなら、その先の展開は容易に想像出来るものだろう。

 

「……既知か。大方、永琳様から聞いたのだろう。―――こちらの名を知っているのなら、紹介の必要はあるまい?」

 

 理性と感情のせめぎ合いの中から作り出される言葉に内心で怯みまくるものの、俺はそれを御くびにも出す事は無い。

 何せ、こいつはこちらの命を狙って来た敵対者。

 今でこそこうして何気なく言葉を投げ掛けていられるけれど、眠りに着く前までは、―――例えその心臓を引きずり出そうとも排除する気概があった程だ。こちらの弱みを見せる必要が無い。

 などと我ながら物騒な事を思っていると、依姫は痛みを押し殺しながら言葉を続けて来た。 

 

「何が望みだ、外なる者。何を偽っているか知らんが、今更お前を地上人などと思えるものか。……こうして私を生かしているんだ。私に何を期待している」

 

 ……過去にも正体について色々言われてきたが、それらはとうとう太陽系を離脱してしまったっぽい。

 俺からしてみればお前らの方が宇宙人だっつーの。

 うぅむ。今のお話にはどっちの質問から答えたら良いものか。

 前者はあれだ。面倒だからパス。

 解決したからといって何が変わるとは思えないし、今は他に優先して対処していなければならない話もある事だし。

 

(……まぁ、いいけどさ。俺自身の事で疑問に思われる事なんていっぱいあったし)

 

 内心で、諦めと共に呟きが漏れた。

 土着神の諏訪子さんなり、軍神の神奈子さんなり、鬼の一角なり。

 はたから見たら、俺の正体は意味不明な者に写っている。

 こっちとしては『種族・魔法使い』的なもんだと思うのだが、クリーチャー召喚や各種呪文を唱えたりするのはまだ分かるとして、【土地】を一瞬で創造したりするレベルのものが、俺の場合は何のデメリットもなく実行出来るのだ。それも、ほぼノータイム。

 MTGという存在を知らない者からすれば、俺の能力はどの事前知識にも該当しない―――全く別の理に生きる者として写る事だろう。

 

 ―――さて。

 では、仲良くなる気があるんだか無いんだか分からない対話を始めようか。

 仲良くなれるに越した事は無いが、話す相手は少し前まで命のやり取りをしていた間柄。多少なりとも、感情はささくれ立つというものだ。

 落ち着きを持って冷静に進めなければならない、とは分かっているけれど、それを貫徹出来るかどうかは、それこそ気分一つなものである。

 

「お前を助けたのは、今でこそ月との交渉に役立ってもらうと思っちゃいるが、初めは何か目的があった訳じゃない。……何となくだよ。気づいたら、体が動いてた」

 

 横でジェイスが苦笑しているのが分かる。わざわざ自分から不利になりそうな発言をしなくても。と、思っているのだろう。

 うん、その、それはそれで良く分かるんだが、生憎と俺は頭の出来がよろしくない。 

 色々と有利な言葉を並べ立てるのも吝かではないんだが、偽りはいつか、俺自身へと返って来る。

 どうでもいい相手ならそれこそどうでもいいんだが、今回は相手が相手だ。出来ればきっぱりと関係を清算しておきたい。こっちの気持ち的にも。

 ……ただ、我ながら何とも言い難い受け答えをしたものだ。

『助けたいと思ったから助けた』など、あれだけの事をやらかした後で、ただただ虚しく響くだけの綺麗ごとに聞こえるだろう。

 胡散臭く答えてしまったと後悔し、それを聞かせた依姫は、

 

「―――」

 

 眼を皿のように見開いて、大層驚いたと言う風な顔をした。

 

(信じられるわきゃねぇか……自分でも嘘くせぇって思うし)

 

 拳銃乱射しながら『私ハ博愛主義デース』とかのたまってる気分だ。

 言ってる事とやってる事がものの見事に乖離しているんだから、逆にこれを信じる奴には何か欠落してると考える方が自然だろう

 

「信じるか信じないかは」

「分かった、信じよう」

 

 ……ってヲイ。

 欠落者一名発見だ。

 今までの俺の思考を全否定しやがりましたよこのお姫様は。

 

「……自分から言っておいて何だが、何を根拠にこんな胡散臭い話を。……それともあれか。こっちを油断させる為の口当たりの良い虚言か?」

 

 あまりにあれな展開に、今度はこっちが疑心暗鬼に掛かってしまう。

 尽きぬ疑問にジェイスへと確認の意思を送ると、僅かに頷き、今の言葉が本意であった事の裏が取れる。

 ……だから、ますます分からなくなる。

 一体今の話の何処に、こちらの話を信じられるだけの何かがあるというのか。

 

「根拠、か」

 

 小さな呟き。しばらくの間。

 

「光に飲まれる直前、歌が聞こえたよ」

 

 何かに思いを巡らせながら、一つ一つ答えを積み重ねるように、依姫は言葉を続けた。

 

「今まで聞いた事も無い。暖かで、優しく、こちらの全てを包み込んでくれたものだった……。あれはお前の仕業だろう?」

「……あぁ。(あ~【恭しきマンドラ】か)」

 

 その場に居るクリーチャー全てに、こちらが指定した色の【プロテクション】を付与する魔法カード。

 実際に使ったのはあれが初めてであったが、あの時は気持ちが興奮状態であったので余裕が無かったけれど、今こうして思い返してみると、影響力的に、実に壮大なカードを使ったのだと実感出来る。

 効果云々はさて置き、あの何処からとも無く聞こえてくる歌声は、万人の魂を振るわせるのには充分な影響力があった。……誰が歌っていたのかは知らないが。

 

「あの時、私は光と共に消え去っている筈だったが―――分かる。あの歌声で、今私はこうして、痛みを感じられる。生を実感出来ているのだ。“貴様のお陰などと言うつもりは毛頭無いが”……」

 

 軽く咳払いをし、一旦言葉を止めた後、

 

「何より、私は敗者。あれだけの事をお前にしたというのに、満足に体を動かせないとはいえ、こうして何の拘束もなく、何の恥辱も受けていない。あんなものを体験しては、な。少しは耳を傾け、信じてみようという気にもなるというものさ」

「……そんなもんかねぇ」

 

 要らん事まで言葉にしていた気もするが、いちいち腹を立てるのも何だ。スルーしておこう。

 歌の影響なのか。【プロテクション】効果の影響なのか。それとも、それらの流れを作り出した俺達の影響なのか。

 どれがどう彼女の琴線に触れたのかは今ひとつ分からないが、本心でこちらの話を信じてくれた……と、判断して良いんだろう……か……?

 少しは交渉の余地はある、と思って良いのだろうか。

 一応はこちらを理解しようとする姿勢は見受けられるのだから、皆無って訳じゃないだろう。

 

「それで、そんな気紛れ一つで私の命を弄び、あまつさえ交渉材料の一つとして扱おうとしてくれている下種な貴様は、これから何をする気なんだ?」

 

 ―――前言撤回。やっぱり無理そうです。

 そうだった。こいつ今、超怒ってるんだった。

 ……というか、こいつ自分の置かれてる状況を理解してるんだろうか。自分の行動一つ、言葉一つで、自分の命がどうとでもなる状況下だというのに。

 ―――と。ジェイスから、今の俺の疑問への答えが伝わって来た。

 ……なるほど、そういう考えならば、今のような態度も頷ける。

 

「……無駄だ、綿月依姫。幾らこちらを挑発したって、俺達はお前を殺さない。……というか、それだけで挑発だと思ってるのはお前位のもんだ。あれ位、ちょっとイラっとする程度のもんだぞ」

「何!?」

 

 驚きで大声を上げたかと思えば、口元に片方の握り拳を当てて、こちらを無視して考え事を始めた。

 ―――彼女は、自分が交渉材料になると分かった瞬間、即座に自害を考えたんだそうだ。

 けれどそれを行うには体力が足りず、状況も許してくれそうに無く、こちらを刺激する事でそれを達成しようとしたらしいんだが……流石にあの程度じゃあなぁ。罵詈雑言のスキルがほぼ皆無だと思われる。

 というか、自害の方法など他に幾らでも考え付くものだと思うのだが。舌を噛み切るとか、そんなのが。即死系でも狙ってたんだろうか。

 

(育ちが良すぎるんかねぇ。月ってのは穢れの無い場所だって聞いてたけど、それも影響あるんだろうか……。あ~、そんな環境を考えれば挑発スキルが上達する筈も無いか)

 

 アメリカ海兵育成マニュアルばりの下品な言葉遣いを教えてやりたくなるが、今は自重。

 こいつ、あれだ。俺でも分かるくらいに性格真っ直ぐです。

 誰かの為に怒り、自分の気持ちに正直で、信じられる事―――認めるところは認める。

 そして、自分の命よりも大事なものがあるときた。

 ともすれば意固地なだけの印象しかないが、美人は得なもんだ。多少の我が侭などは、むしろチャームポイントにすら見えてくるかもしれない。

 

 ―――まずいな。

 演技ではない、というジェイスのお墨付きを貰ったせいで、依姫の行動全てが、全て彼女自身の本質を表現しているのだと分かってしまう。

 向こう見ずなところも、感情的なところも、殺そうと思っていた相手にすら素の自分を見せる愚直なところも。

 どう育てばこんなアンバランスな性格になるのか不思議でならないが、多分こいつは、敵がいる、という仮定をあまり考慮せずに、自身を鍛えてきたのだろう。

 力の方向性の細部に、俺でも分かる位の無駄が感じられた。

 彼女が折角培ってきた経験は、“相手を有利にしてはならない”という感覚や感情が欠落している印象を受ける。

 敵を―――相手を蹴落としてでも。という思考を失った相手が居るとするなら、それがこの綿月依姫という人物なのだろう。

 でなければ幾ら神々の依り代になる能力が強力であるとはいえ、毒やら睡魔やら麻痺やら。こちらのステータス異常を引き起こす技などを使って来てもおかしくなかった筈なのだ。

 

 今まで喋っていた内容を統合するに、私怨がチラチラ見え隠れするものの、こちらを攻撃してきたのは、あくまで八意永琳と綿月豊姫含む月の民を守ろうとしての事。

 使っていた能力故に洒落にならん事態になってしまったものの、根底にあるのは殺意ではなく、守らなければ、という気持ちのみ。というかお前本当に俺を捕縛する気あったのか。下手したら消し炭か塵芥になってたぞ。と突っ込みたい。

 視点さえ違えば、一般で言う正義そのものではないか。

 

 ―――しかも、こいつはそれを免罪符にしていない。

 あくまで自分の判断で行動し、自分の意思で引き起こした結果だとしている。

 

『○○の為に』

 

 良い言葉だ。自分の意思でなく、誰かの―――何かの為に動ける事は、捻くれた考え方なら幾らでも出来るが、俺はとても尊い考えだと思う。

 

 ただ、それは“自分で”示した途端、最低の行為へと変貌を遂げる。

『○○の為に』と。そう宣言する事で、全ての責任はそちらへと向かう。

 金を盗んだのも、物を奪ったのも、誰かを殺めたのも、ともすれば『○○の為』という呪文さえ唱えれば、まるで行動を起こした本人には非が無いかの様な台詞ではないか。

 大概の場合はその台詞を口にした瞬間、そこには“だから許してくれ”という言葉と“俺に責任は無い”という意思が付随する。

 ―――それを、こいつは口にしない。

 

(あぁ……こいつもか……)

 

 ……また、俺の中で恨み辛みを滾らせる燃料が切れてしまった。

 状況は圧倒的にこちらが有利。

 俺の頭に一発見舞ってくれた月の兵含む主要な戦力は潰し、完全に上から目線でも誰も俺を咎められる者は無し。

 命を狙われる心配もなく、何かを奪われる心配もない。

 唯一の懸念はフェムトファイバーくらいだが、もしそれを頼りにしていたのなら、軍隊が壊滅する前から使っていた事だろう。そこまで脅威に感じる事は無い……筈。

 後はこちらの要求を通すのみという、絶対優位。

 これでは油断するなという方が、どだい無理な話ではないか。

 事の始まり思い出す。

 ジェイスも依姫の殺気さえ無かったのなら、事に及ぶなどしなかっただろうが……

 

(発端はともあれ、初めに手を出したのはこっちだしなぁ)

 

 PWの昏倒魔法的な意味で。

 永琳さん達を昏倒させたのはジェイスで、そのジェイスを呼び出したのは、他の誰も無い、俺だ。

 ……言い方は悪いが、道具に罪は無い。

 悪いのは、それを扱う者。

 そして俺は、その使い方を誤った―――かどうかは別として、少なくとも、今回の事態の発端を作った要因は……少しはある。

 その後の月側の猛攻で大分薄まってはいるけれど、未だに心の隅で燻っている、ほんの少しの罪悪感。

 この気持ちを抱えたままというは、酷く気分が悪くなる。

 それに、例え銃弾を受けた直後であったとしても、怪獣大戦争が起こる直前までは、俺は謝罪の意思があったのだ。

 それもジェイスの安全が確保出来ないから、との理由で“まずは謝罪”の自分ルールを退けて、嬉々として【マリット・レイジ】の力を行使した。

 それを間違いであったとする気はさらさら無いが、だからといって、俺が全部正しいと押し通す気概も無い。

 前後逆になってしまったが、初めにやろうとしていた事を、今やる羽目になっただけだと。そう、自身に言い聞かせた。

 

 その場その時の判断と感情に任せてここまで来た。

 後は、それらの行動に対してどう責任を取るか、だ。

 これはその取っ掛かり。一つ一つの出来事を解決していき、一つ一つの結果に責任を果たそう。応えられるかは、別として。

 ―――よし。まずは、永琳さん達を起こす事から始めようではないか。

 

「あの、だな」

 

 喋る言葉に覇気が無い。

 口調が弱気になってしまったが、あの考えの後で強気に出れる要素など、今の俺には無いのだから。

 色々と横道に逸れてしまったけれど、もうそろそろ、本線に合流しても良いだろう。

 

「単刀直入に言うぞ。―――八意永琳と綿月豊姫を起こしたい。協力するか? 綿月依姫」

 

 今までの空気が四散する。

 こちらを睨みつけていた憎しみの感情よりもさらに強力な、意思の力の篭った視線が俺を貫いた。

 それは【マリット・レイジ】と相対した時か、それ以上の張り詰めた空気になっている。

 

(しまった……俺のメンタル削られる……)

 

 態度にこそ出さないものの、ともすれば、すぐにへたり込みそうになる体に活を入れる。

 あの時は依姫の気の方向性がマリさんへと向けられていたから良かったようなものの、今はほぼゼロ距離で、視線は完全に俺へと向けられている。

 自分の中にある危機センサーのメーターが、振り切れそうになっていた。

 ぼんやりと、かつて初めて諏訪子さんと相対した時の記憶が蘇るのは、走馬灯の一種だろうか。俺の魂カムバック。

 この手の威圧感には大分慣れたと思ったのだが……いやはや何とも。上には上が居るもんだ。

 それに反応し、またも行動を起こそうとしてたジェイスを今度こそ牽制し、今回は最悪の事態を回避した。

 参った。こういった対処法は、常に生死と隣り合わせで過ごして来たジェイスの中で当たり前なんだろうが……、

 

(という訳で、次回からもう少しマイルドな対応をお願いします)

 

 マイルドな対応ってどんなんだろうか。言った自分でも疑問に思うが、渋々ながらも了解の意を返してくれたジェイスを見るに、こちらの意図は伝わったようだ。

 こちらを助けようとした彼に感謝をしながら、現在進行形でSAM値が減少している現状を進展させるべく、削っている当人へと返答を促がした。

 

「黙ってちゃ分からん。言葉ではっきり言ってくれ」

「―――望むところだ。それならば、どんな協力も惜しむつもりは無い」

 

 瞳の奥にメラメラと燃える意思的な何かが見えた気がする。

 そして、今の台詞は正直ありがたい。

 解決を目論んでいた問題の内の一つは、この綿月依姫との関係の終着点を探る事。殺し合う仲になるにしろ和解するにしろ、区切りは必要だろう。

 そしてその結果は、今の台詞を聞くに少なくとも殺し合う仲では無くなった……と判断して良い筈だ。

 

「じゃあ、早速なんだが」

 

 視線を、目の前の依姫から―――その後ろ、ジェイスの影で隠れていた、蓬莱山輝夜へと向けた。

 

「……この人説得するの手伝って」

「―――えっ? ……なっ!? 何故輝夜様がここに!?」

 

 ジェイスの後ろ。陰に隠れるような形で佇む月の姫がそこには居た。

 やっぱり見えてなかったか。

 そうでなければ、初めにもっと慌てていた事だろう。―――そして、話がややこしくなっていた事だろう。 

 解決しなければいけない問題は山のように。

 けれどもこうして、小さいながらも一歩進めた事が、これから先の長い道のりも何とかやっていけそうな気分にさせる。

 コツコツ積み重ねた結果がどうなるのか。

 吉と出るか凶と出るか。未だに先行き不安の視界ゼロ状態で。

 それらが分かるのは、もう少しだけ、先になりそうだ。

 

 

 


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