東方ギャザリング   作:roisin

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35 高御産巣日

 

 

 

 

 

 

「性格は温厚。思慮の浅さや行動の短絡的な箇所は目立つが、突出した欠点は無し。こちらの文化にもすんなり適応し、所々で非常識とも思える行動や言動はあるものの、僅か数日で一定以上の理解を示している点は素晴らしい―――と。そういう結論だったのだのだがね」

「……含みのある言い方は好きじゃない。本音を隠しながら、ってのは、お偉いさんの中で過ごすには便利なもんなんだろうが、面と向かってそれやられると結構不快になるぞ。……お前は日本の政治家か。胸糞悪くなるもん思い出させんな」

「ニホン、というものが何かは分からないが、生憎と私は軍人だ。立場上、政治家の真似事くらいは出来るがな。それに、そのニホンの政治家とやらは、自分の職をこなしているだけではないのかね? 上に立つ者は文字通り、誰かを踏み台にしてその地位に就いている。その足蹴にしている者達に応えるのが責任であり、義務だ。そうでなければ、そうしなければ、まさに足元から崩れ去っていく。逆に言えば、どれだけ損失を出そうとも、その支えている者達が健在ならば、幾らでもそこに居続けるという裏返しでもある訳だが……」

 

 逡巡。

 

「……君のその口ぶりでは、ニホンの政治家とやらは、君に利益をもたらしていないどころか、不利益を与えているようだね」

「見えないところじゃちゃんとやってるのかもしんないけど、それをこっちが知らなきゃ一緒さ。『分かってもらおうと思うな、分からせろ。何の為の目だ口だ。体は有効に使え』ってね」

「誰の言葉だね?」

「……覚えてない。遠い昔の話さ。……話、はぐらかすなよ」

「君の質問に答えて上げたまでだ。その様な意図は無い」

「そりゃ失礼。……じゃあ、さっきの話の続きといこうか。但し……」

 

 そう言って、改めて目の前の者を見る。

 

「長い。箇条書きみたいにして、さっきの話と今からする話を要約しろ」

「……」

 

 それに答えるべき者は、その目を細めた。

 

「そんな目で見るなよ。言っちゃ何だが、おつむの出来は宜しくないんだ。消防試験落ちたしな」

「試験の程度が分からないが、ご愁傷様、と言っておこう。―――要らぬ世話かもしれんが、もう一度、色々な分野を学び直してみてはどうかね。君という存在を見ていると怪しくなって来るが、ここには地上のどこよりも充実した教育機関があるものと自負しているよ」

「……勉強は……苦手だ」

「そういう考えの者用のプランもある。誰しも学ぶ喜びは持ち合わせているものだ。学び活かしを繰り返し自己を高めていく行いは、とても素晴らしいものだと思うがね」

「そりゃ俺もそう思うけどな……ってまた話が……」

「……こう、目的のない無駄とも思える会話をするのは久しく無かったな……」

「また話逸らす気か」

「年寄りのささやかな楽しみさ。少し位は大目に見ても罰は当たらんと思うがね」

「……」

「分かった分かった。―――あの時、私が自身の首を飛ばそうとした理由だったな」

 

 静かに目を瞑り、その時の状況を脳裏に描く者―――高御産巣日。

 

「箇条書き、とまではいかないが、なるべく簡潔に済ませるよう勤めよう。遠まわしな発言を止める程度だがね」

 

 コホンと軽く咳をする。

 

「―――君の思考には波がある。一定上の倫理を持ち合わせていると判断し、あの場で宣言した通り、この度の指揮を取った私がああして責任を取れば、君がこれ以上、事に及ばないという答えになったからだ。ここ数日に及ぶ君の言動の記録から、そう結論付けた」

「それで、その意図を一切俺に説明しないで自分の首を飛ばそうとしたのか。味方にすらも、それを告げずに」

「もうこちらには手段が無かったからね。力で敵わず、交渉という名の不平等条約の締結では、一戦した手前、何処まで弱みに付け込まれるか分からない。もし仮に君がこの国を支配しようものなら、あの戦闘で養ったであろう怨恨が、ここの民全員へと波及していたかもしれない」

「それこそ憶測の域を出ない、完全な賭け状態じゃねぇか。何でそんな曖昧な要素に頼ろうとしたんだよ」

「だが、現に君はこうして私との対話に応じ、その目の奥には怨嗟の色は見受けられない。せいぜいがイラつき程度の感情だ。―――君は初めこそ烈火の如く思いを爆発させるが、時間が経てば、その熱が冷め易い傾向が見受けられた。良くも悪くも相手を知ろうとする行為の成せる業だな」

 

 一息。

 

「―――つまりは、出鼻に一発かませば、君の行動を大きく抑制出来る、という結論に至った訳だ。強ち、的外れではないだろう?」

「……当人の前でそれを言うかねぇ」

「君が望んだ答えだ。それを言わずして先へは進めない。それにそう答えた方が、君への印象が良くは為らずとも、悪くなる事はあるまい。後は君の中にこちらの及びもつかない琴線でもなければ、この国は平穏を保てると確信している」

「……OK、自殺の理由はよく分かりました。で、次。今後、俺はどうなる」

「私の憶測で言うのなら幾らでも思いつくが……何せ今までこのような事は無かったからな。今頃はルーチンワークばかりしていた政治家が、血の汗でも流しながら話し合い、知恵を振り絞っている事だろう」

 

 声にも表情にも出していないというのに、俺には目の前の老人が静かに口元を釣り上げて、くつくつと笑っている気がした。

 

「……何だか楽しそうだな」

「そうかね? ……まぁ、そうなのだろうな。立場は分かっているつもり……ではあるが、やはり実際に行動する者と、卓上で討論する者達の認識の差が……な。……あの石頭共め。せいぜい苦労するが良い」

「……分からんでもないですけどね……はぁ」

 

 ―――何やってんだか。

 誰に聞かせる訳でもない意思が、真っ白な天井へと溶けて消える。

 こういう状態になって少なくとも一時間以上。そろそろ話題も尽きるかと思っていたのだが、流石に積み重ねたものが違うのか、営業トーク顔負けの矢継ぎ早に繰り出される言葉の嵐に、俺は参ってしまっていた。

 

(あれは……確か……)

 

 ことの発端は、お目覚め主人公のテンプレのように始まったのだったと、その時の様子を振り返った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 窓から吹き込む風が心地良い。

 真っ白な天井を見上げ、寝心地の良いベッドへと体を横たえていた俺は、ぼんやりと、全く他意の無い感想を思った。

 窓の外から差し込む日光は、暖かな春の麗。

 これで小鳥の囀りでも聞こえてくれば完璧なのだが、生憎と、ここ地上数百メートルの高さでそれは期待出来そうになかった。

 辺りを見渡せば、何処も彼処も真っ白な面ばかり。

 窓―――っぽい、片面全てが無色の壁は、初めの頃は恐怖以外の何者でも無かったんだが、数時間も見ていればある程度は慣れるもので、今では良い暇つぶしの一つへと落ち着いていた。

 ぶっちゃけ、病室(高級らしい)で缶詰状態です。ってなもんで。

 それも、何故か月の軍隊のトップのお方と同室―――というか二人きり。周りには兵隊さんどころか看護士の一人も居なかった。

 目覚めた瞬間。『おはよう』と二つ並ぶ純白のベッドの片側に、切腹ならぬ切首をやろうとしていた月の軍のトップが本を読みながら挨拶して来た時には、再び安眠を貪りたくなった。

 

 そこから、あちらとしてはサバサバとした感じで、こちらとしてはギクシャク……どころか雲をも掴むような手探り状態の会話を行った。

 

 ―――何でも俺、裁判が始まってすぐにぶっ倒れたんだそうだ。

 

 おぼろげながら覚えている。

 倒れ込む最中に見えた、ジェイスのフードから僅かに覗く、寂寥感と、感謝の視線。

 それに一体どんな意味があったのか……。

 後悔先に立たず。それを知る術は失われてしまった。

 

(PW、再度召喚出来ないってどういう事だよ……)

 

 永琳さん達を起こす試行錯誤の内に判明した、新たなルール。

 漠然と判明したそれは、二つ。

 

 

 

 

 

 ●プレインズウォーカーの力は一日しか使えない。但し、同名の者であっても別カードであればその限りではない(例・【ジェイス・ベレレン】と【精神を刻む者、ジェイス】は同一人物であるものの、カードとしての制限は別である)

 ●プレインズウォーカーは一度召喚した場合、再び召喚する事は出来ない。

 

 

 

 

 

 というもの。

 内政チートや対人無双が出来なくなったというものあるけれど、何より、彼を散々戦わせ、巻き込み、ただただ良い様に使い潰してしまった後悔が、今も俺の心に残っている。

 全てが終わったら、彼と一緒にもう一度、心行くまで酒を酌み交わし、話し合ってみたいと思っていたのに。

 おまけとばかりに、外に待機させていた【マリット・レイジ】の繋がりが感じられなくなっている。ジェイスと同様、彼女も還してしまったようだった。

 不幸中の幸いなのは、勇丸との繋がりは未だに感じられるという事。これは【マリット・レイジ】……というより【ヘックスメイジ・デプス】―――コンボに何かしらの制限が掛かっていると判断すべきか。

 あまりの展開に笑いすら込み上げて来そうな精神状態であったというのに、この横に居る高御産巣日を相手にしなければならないせいで、幸か不幸か、その事に悩む時間与えられないでいた。

 

「で、また話が反れたんですが。お前どんだけ雑談好きなんだよ」

「そういう気概は無いのだが……。ふむ。こうして第三者からの意見に耳を傾けてみれば、自己のまた違った一面が見えてくるものだな」

「そういう感想はいらないから」

 

 先ほどと表情こそ変わらないものの、何処と無くシュンとした雰囲気を醸し出している気がする。

 

「では、裁判の結果を話そう」

「……ちょい待て。お前、さっき俺がどうなるのか分からない的なニュアンスで話してなかったか」

 

「それは君が誤解している。私はあくまで私の感想と判決の結果を述べただけで、一度も未定等との言葉は発していない」

「……じゃあなんで自分の感想、とか言ったんだよ。それこそ、その仮決定の話をすれば良かったじゃねぇか」

「―――さて、君の仮決定の話だったな」

「自覚あるんか!」

 

 こ、こんにゃろ……。スルースキル完備ですか畜生め。

 

「もう一度言っておく。これはまだ仮の判決だ。君が不服と思うのであれば、上告も可能である。八意君以下、綿月豊姫と依姫、蓬莱山輝夜様が最大限の便宜を図ってくれるそうだ」

「……そりゃまたえらい豪勢な方々がサポートしてくれるようで。……豊姫……さん……は何でこっちの便宜を図ってくれる事になったんだ? 自分で言うとあれなんだが、あの人、俺を弁護するどころか訴える側だろう」

「何でも依姫に説得された、なんて話は耳にしたがね。生憎と私も真相は把握していない」

 

 何せずっと寝てたから。とは本人の弁。

 どうも、【平和な心】を受けてすぐにここへと運び込まれ、精神安定剤やら何やらの治療を施されたのだとか。

 考え抜いた結果のあの行動なのであって、異様な精神状態から来る自殺ではなかったので、当の本人は良い迷惑だったらしい。

 

「地上人、九十九殿。暫定ではあるが、君には二つの選択肢がある」

 

 ベッドに腰掛けたまま、彼は片腕を持ち上げて、こちらに向けて人差し指と中指を立てた。

 

「一つ。君の当初の提案通り、すぐさま地上へと送還させる。一切の責任を取る事無く、体調が戻り次第、迅速に」

「……とっととお帰り下さい疫病神様。って聞こえるな」

「君は、君が思うよりもお頭の出来は宜しいようだな。間違いではないよ。月の―――特にあの戦闘に参加していた者達やその記録を閲覧した者達から見れば、君の存在は脅威以外の何者でもない。そのような不穏分子、一刻も早くどうにかしたいと思うのは仕方の無い事だろう」

「その通りかい……。で、二つ目は?」

「君がここに永住し、治安防衛を主とした職務に従事する事だ。無論、待遇は保障させてもらおう。先にも言ったとおり、君の力は脅威。それを味方に引き込めるのなら、これほど素晴らしい事はない。……という流れから来た案だな」

「永住却下」

「即答か……。以上が君に下された判決だ」

 

 あれ、思ったよりも何も無い。

 もっとこう『死ぬまで奴隷だ!』とか『解剖を始める。メス』とかも考えていたんだが。

 ……そういう流れになったら今度こそ、とも思っているけれど。

 

「そして、君にとってはここからが本題となるだろう」

「……は? もう判決がそう出たんだろ?」

「あぁ。“君の”判決は終了、と言ったんだ」

 

 ……なるほど、そういう事ですか。

 というか裁判ってそういう方式だったかな。月だから特殊なんだろうか。分からんです。

 

「まず、八意永琳、並びに綿月豊姫へは殺人罪一歩手前。症状としてはただの昏睡状態だったが、それを改善出来るのは君―――が招いたジェイス殿だけであり、眠りに着いた彼女達の意思は著しく無視された。それも立場が立場な者であった為、場合によっては国家侵略罪の適応を求める声もあったが……」

 

(うわ最悪……)

 

 分かってはいたが、今更ながら自分の仕出かした事の重大さを実感出来る。

 やらかした側が言う台詞では無いけれど、本当に彼女達を起こせて良かったと思う。

 

「それについては二人が告訴を棄却した為、無効。その結果として、彼女達の空いた穴を埋める為に掛かった費用や治療費。精神負担を含めて、金二百四十億のみが現状の君が追うべき責任となっている」

「……その“金”ってのは通貨の単位か? 恐ろしい値段だ、ってのは何となく分かるんだが、イマイチどれくらい凄いのか……」

 

 ジンバブエ通貨とかだったらありがたいんですが……。

 

「一般の民の平均年収が金四百万前後、と思ってくれれば良い」

「よく分かりました……」

 

 日本円基準と考えて良さそうですね。……ぎゃふん。

 

(あ、でも金銭で解決出来そうなのはありがたい……の、かな)

 

 金銀財宝ならば、文字通り一山程度は出せそうなカードが幾つかある。

 貴金属系に価値を見出してくれなかったら困ったものだが、それはそれでどうにか出来そうだ。

 何かをプレゼント系は、俺にとって歓迎すべき―――やり易い罪滅ぼしである。

 ……大分前に何処かの祟り神様と会った時にそれで地雷を踏んだ気がするが、多分、気のせいだろう。

 

「何、君がこちらの第二案である治安防衛の職に就いてくれるのなら、九十年以内には返金し終えるだろう」

 

 さり気無く俺を一般人扱いしていない発言(年数的な意味で)が見受けられたけれど、あれだけの事を仕出かした後では、その発言も虚しいだけな気がするので黙認しておく。

 

(九十年って……収入全部返済に回して、としての過程だったら……大体年収三億超えない程度にはあるって事か……?)

 

 一般的な日本人の生涯年収が大体二億と聞いた事がある。そう考えると恐ろしい額という事になるのだが、国防費の一環として考えると、日本を基準に考えるのなら億という桁を超えて、それは兆の位に突入する。

 安く使われているのだな、と思う反面、それでも約三億という数字は半端ないものに変わりは無い。毎年、年末ジャンボが当選しているようなものだ。

 状況が状況なら歓喜どころか狂喜乱舞レベルの報酬だが……今の俺には生憎と金銭系での誘惑は効かない。

 恐ろしく贅沢な選択肢が転がっているというのに、それを大して意識する事無く蹴る気でいるのは、ある意味で自分の能力に慣れてきた影響だろう。

 

「そして、彼女達二人からの追加要望がそこに追加される。国家侵略罪の適応を取り止める代わり、と思っていいだろう」

 

 ……それって実質、永久奴隷フラグは消えていないどころか濃厚に残っているっぽいんですが。

 ふと、俺の能力の検証を嬉々として行っていた永琳さんの笑顔が思い出される。

 第三者から見れば見惚れる様な表情だったのだが、当事者からすれば、まさに黒い笑顔。前にも思ったような気もするが、漫画で描写するなら背後に『ゴゴゴゴ!!』とか表記してある事だろう。

 

「さて、では次だな。……私にとっては、ここからが本題だ」

「うん?」

 

 何だろう。

 大体の説明は聞いたと思ったが。

 

「……私、高御産巣日はこの度の軍壊滅の責任を取り、辞任。また、過剰な人員投入により場の混乱を招いた原因として禁固三十万年、執行猶予五百万飛んで二十年。それとは別に、破壊された軍備の一割を負担する事とする。―――以上が私に下された命だ」

「……同情なんてしねぇぞ」

「構わないとも。全て自分が招いた結果だ。……ある意味、これで肩の荷が降りた、とも考えられるさ」

 

 一瞬、あまりにぞんざいな物言いに再び気持ちがささくれ立ったが、彼の表情を見ている限りでは、とても言葉通りの感情を抱いているとは思えない。

 ……いや、一見すれば、相変わらずの無表情ではあるのだけれど、この短い付き合いの中で、何となく彼に心残りがあるんじゃないかと、薄っすらではあるが察する事が出来た。

 

 ……だからといって、今言ったとおり、同情する気持ちは持ち合わせいない。

 あれはあれ。これはこれ。

 やってしまったのはこっちで、それを利用しようとしたのはあっち。

 どちらがどう転んでも、妥協点など見出せる筈は無かったのだから。

 故に、この話はここで終わり。

 後はただただ、勝者と敗者が居るのみである。

 

 ……しかし、禁固やら執行猶予やらの年単位が俺の常識と掛け離れ過ぎててピンと来ない。月の平均年齢としては短いんだか、長いんだか。

 

「次は……彼女か。綿月依姫。この度の騒動の原因の一端を担っていたと考えられる為、地位剥奪。一兵卒へ降格の後、以降二千万年間は最低賃金にて軍務に従事。また、私生活に支障の無い範囲で九十九殿の要望を可能な限り受け入れ、これに応える事とする。ただし、生命や人としての尊厳を著しく無視する行為などは依姫君に拒否権が発生する」

 

 依姫の場合は、そういう方向性になったのか。

 てっきりこのおっちゃんと同じ様に、内々で片付けられるもんだと思ってたが、俺の方にも裁量権的なものがあるらしい。

 

「恐らく、後半の君の意思に服従、という命には、彼女の姉である豊姫が君に対して持っている権限―――先程の殺人未遂の告訴分を使い、殆どを軽減、あるいは無効化させる事だろう」

「……それくらいで済むんだったら、むしろ俺が心苦しいと思う位だ」

 

 下手をすればあのまま昏睡状態のままであったのかもしれないのだ。

 むしろこれくらいで済んだのは僥倖であったと断言できよう。

 この辺りは判決云々ではなく、俺個人として豊姫に贖罪をしていく方針を固めた。

 

「次、蓬莱山輝夜様。……なん……だが……」

「……えらく歯切れが悪いな」

 

 何だろう。嫌な予感がする。

 

「……君、あのお方に何をしたのかね」

 

 思い悩んだ末に、高御産巣日はこちらへと質問を投げ掛けた。

 

「何って……俺は嘘なんて言った覚えはないぞ。あいつが攻撃を仕掛けて来たから精神乗っ取って傀儡にしただけだ。指一本触れちゃいない」

 

 自分で簡単に言い切ったわりには、どこぞの悪役のようなやり方をしていたのだなと思える発言に、内心で頭を抱える。

 こりゃ何言われてるか分かったもんじゃないと思いながら、でもあいつが先に手を出してきたんだし、という気持ちもあった。

 仮に俺が悪いと判決が出ていたとしても、今のままでは素直に謝罪する気など無い。本当に謝るところまでするのなら、せめて説明を受けて……それに俺が納得してからだ。

 要求次第では実力行使も。と考えていると、

 

「……簡単に言うと、だな。『一生奴隷』だそうだ」

「断固拒否!!」

 

 話す声が男のものだというのに、発言があいつの声で脳内再生されてしまった。

 まず間違いなく『一生奴隷』の後ろは『♪』の記号が付属されていた事だろう予感と共に。

 おいおいちょっと待ちやがって下さいべらんめぇ。あの野郎、一体どんな裁判やらかしたってんだ。

 

「どういう流れでそうなったんだよ! 今までの公平感が一気に崩れたぞ!」

「うむ。私見で言わせてもらえば、輝夜様の要望に、裁判長であった八意君が折れた、という印象だな」

 

 何だかんだであのお方には甘いのだ。と締めくくる元司令官殿。

 

「……あんの蓬莱ニートォォォ!!」

 

 寝起きにしては、我ながら良い声出ていたと思う。

 

「(にーと?)……尤も、その件に関しては輝夜様他、一名を除き、永琳君や依姫君などが再審を求める声を挙げている。君が上告するのであれば、容易く覆る筈だ。……半分は本気であったのだろうが、もう半分は遊びだな」

 

 あ、あんにゃろ。こんな状況だってのに楽しんでやがるな。

 こちとら永琳さんや豊姫さんには負の念があるが、お前にゃ現状サラサラ無いんだぞゴルァ。

 

「ただ、それに関しては君は幸運ではあると言えるだろう」

「……何処が?」

 

 死刑にならなかった云々、という意味だろうか。

 

「今の通り、輝夜様と八意君、二人が黒といえば、あの太陽ですらも黒くなる程の権力があるのは分かってくれただろう? それが、あれだけの事をしておきながら奴隷“程度”で納まっている事が奇跡に近い。まだ輝夜様だけがそういった発言をするのは分かる。面白ければ万事良し、と考えている節があるからな。……だが、あの八意君が輝夜様に危害を加えておいた相手を、尚も何もせずに居ることが不可思議だ」

 

 その辺は……確かに疑問が残る。

 輝夜第一主義っぽいところがあるのは、原作にて、輝夜を迎えに来た月からの使者を皆殺しにしているところから察せられるが、だというのに俺に対しては、温情と断言出来る判決を下している事に、こうして高御産巣日から言われた後となっては、疑惑が募るばかりだ。

 

「……分からない。哀れみとか、同情とか、便利な実験体とか。そういった理由くらいしか思いつかない」

「そうか、君にも分からないか……。後ほど彼女と会う機会がある。その時にでも聞いてみると良い」

 

 疑問が解決せぬままに、何ともいえない空気が漂う。

 唯一外から吹き込む風だけが、音らしい音を立てているだけあった。

 

「そして、ジェイス殿につてだが……。改めて確認しよう。彼は君が呼び出した存在で、その彼は依姫君によって腹部と胸部の中心を一突きされていた、で相違無いね?」

「あ、あぁ。詳しくは言えないが、間違いない……ぞ」

「そうか……」

 

 しばしの沈黙。

 

「申し訳ないが九十九君。この国には式神の類に、権利は認められていない」

「……つまりジェイスに対してやった事は無効だって言いたいのか」

「違う。あるにはるのだ。但しそれは人権としてのものではなく、あくまで器物破損の範囲に収まるものでしかない。この場合、保障する相手はジェイス殿本人ではなく、あくまで召喚者である九十九君、君自身へと還元される事になる」

 

 ジェイスが物……か。

 言いたい事は理解したつもりだが、納得するには……些か……。

 

「しかしその判決とは別に、ジェイス殿への贖罪は、依姫君が個人で補うそうだ」

「……ほんと、馬鹿になる位にしっかりと出来たお人だことで」

 

 口にした言葉とは裏腹に、俺の言葉には暖かさが伴っていたんじゃないだろうか。

 法で決まっている、とこいつは言った。それは、今までの常識がそうであるという意味になる。

 今までの価値観を壊してまで相手に対して謝罪する意思が見受けらた事に、驚くと同時、少しの当然という心と、感謝の意が燻った。

 ただ悔やむのは……彼を再び呼び出すには最も確実な方法として、後1マナ出力を開放しなければならない。

 現在、一度に使えるマナの上限は4。

 3マナであった【ジェイス・ベレレン】、4マナであった【精神を刻む者、ジェイス】、そして、俺の知る限りの最終形態であった、5マナのPW。

 同じカード名のPWは二度召喚出来ない、と思われる根本的なルールが改正されない限り、俺は新たにもう1マナ出力を上げなければならないようだ。

 これだけドンパチ仕出かして分かった事が出力開放のみだとは思いたくないが……うぅむ。先は長そうです。

 

「……さて、では次で最後になるかな」

「ん? もう全員の話は聞き終わったんじゃないのか?」

 

 綿月姉妹、八意永琳、蓬莱山輝夜に、この高御産巣日。それに【ジェイス・ベレレン】。

 主要な人物への判決は全て聞いた筈だ。

 だがそんな俺の疑問にも、高御産巣日は真面目な顔をして、しっかりと答えた。

 

「目覚めて早々、君が真っ先に尋ねて来た人物だ」

「……?」

 

 ダメだ。そう言われてもさっぱり心当たりが無いです。

 

 ……しばらく無言でいたからか。

 こちらから答えが上がる事は無いと判断したようで、白髪の老人は、これまた一言一句綺麗に聞き取れる声で、俺に答えを教えてきた。

 

「今回の騒動の、幾つかあった分岐点の一つに関わっていた、玉兎の先遣隊で軍曹を務めている……いや、いた者だ。―――名をレイセン。誰よりも先に君に引き金を引いてしまった、張本人だよ」

 

 

 


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