東方ギャザリング   作:roisin

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03 神と人の差

 

 

 

 

 

 

「……ここへ何用だ、人間」

 

 二度目の問い。

 まずい、神様を無視したばかりか再度問い直させちゃったよ!

 一瞬で混乱した脳内を正常に戻す。

 

 だが。

 

(ぐぬっ、対面してるだけでもメンタル削られる……!)

 

 というか息吸えねぇ!

 ガリガリと、自分の中で気力が削がれていくのが実感できる。

 人生初であろう神様との対面が、まさか日本全国の祟り神のまとめ役だとは夢にも思わなかった。

 何とか喋らねばと声を出そうとしてみるも、まるで窒息する魚のように、口をパクパクと動かすだけにしかなっていない。

 まずいまずいまずい!

 もう、何十回叫ぶんだってくらいまずい!

 このまま相手を放置プレイし続けたら確実に呪われる! ってか殺される!

 しかし、口が動かない。

 手も足も、いや、体中から滝のような汗をかいているのが分かる。

 もはや自分が地面に立っているのかも分からなくなりかけた頃、こちらを見つめる神の眼光が、キッと細まった。

 

(あ……俺死んだ……)

 

 噴火する火山を、もしくは降り注ぐ隕石の群れを見たような、諦めの境地とも言える心境の中、

 

「……ふむ、これで話すことが出来るか、人間」

 

 俺にとっての小さな死神様は、その威圧感を緩めてきた。

 途端、俺は膝から倒れるように、四つん這いになる。

 体中に酸素を取り込むように、過呼吸とも言えるくらい肺に空気を取り入れる。

 

(た、助かった! 何とか俺生きてる! 神様仏様! 何より勇丸、ありがとう!)

 

 とりあえず生きている事へ感謝をした後、今度こそと対応すべく、今し方、感謝を捧げた神様へ顔を向ける。

 訝しげにこちらを眺める、幼い女の子がそこにはいる。

 こんな容姿でも、威圧するだけで俺は死にそうになったのだ。

 人間と神とはこれ程の差があるのかと畏怖の念が込み上げてくると同時、自分の愚かさに怒りも湧き上がってきた。

 

(話にならねぇ。攻撃でも能力でもなく存在で格が違うんだ。不可侵でダメージ無効ってのも、肉体面だけだし―――いや、そもそもダメージだとすら認識されていない事象なのか。それともダメージゼロは神相手にゃ効果ないのか……こんなんじゃ、俺TUEEEなんて出来るわけないじゃないか)

 

 今までの考えを悔いると共に、まだ震えの抜けない足に力を込めて、神様と向き直る。

 こちらを興味深く観察するかのように、じっと見つめるその眼にまたも意識が薄れそうになるが、何とか堪える。

 相手は神様。雲の上のお方。

 ならば古来よりの例に習って、低姿勢で対応をしてみよう。

 

 ―――というか、だ。

 さっきので心が折れかかって、反抗とかタメ口とかなんて考えらんねぇだけだったりする。

 

「……大変失礼致しました。こちらへは昨日着いたばかりでして。あまりの景色の雄大さに心打たれ、眺めていた次第でございます。出て行けと言われるのでしたら、すぐにそう致します故、何卒お許し下さい」

 

 立ち上がってすぐ、俺は再び膝から地面に、手、頭と付けていく。

 この頃の日本―――諏訪子がいるのだから日本だろう―――には土下座はあるのか疑問だったが、これが俺の中での精一杯の謝罪の形だ。

 そんな俺の前に立っていた勇丸は、雰囲気を察したのか、俺の斜め後ろに回り、そこに座る。

 

「良い者を連れているな。犬畜生など、狗神しかまともな者なぞおらんと思っていたが。私に勝てないと見るや、即座にお前を逃がそうと機会を窺っていたぞ」

 

 面白いものを見たかのような声色で、俺に言葉を投げかけた。 

 言われ、勇丸に視線を向ける。

 こちらと目が合い、大丈夫ですか、と意思の確認をしてくるそれに、俺は今の精一杯の感謝の気持ちを伝えた。

 

「さて、人間。お前の事情は分かった。だが、ここは我が国の中でも、聖域とされ、誰も立ち入ることを許されておらぬ土地だ。………首を刎ねられて当然。そんな所へ踏み込んだお前は、一体私に何を捧げて、その許しを請おうと言うのかな?」

 

 さ、捧げるものって……。

 何だろう、【アーティファクト】ならいっぱいあるけど、それで良いんだろうか。

 それとも便利なクリーチャー? はたまた使える【エンチャント】?

 候補は幾つもあるが、大雑把な要望過ぎて、何を提示していいのか判断がつかない。

 よって、失礼になるかもしれないが、下手なもの差し出して『魂よこせ』とか言われるよりはマシだ。

 何か要望がないか聞いてみよう。

 

「……恐縮ではございますが、何かご要望があれば、可能な限りそれに近いものを捧げたいと考えおります」

 

 ふむ、と一言。

 まるで玩具を見つけた子供のような目になった神様は、俺に

 

「では、お前の魂をもらうとしようか」

 

 にやりと笑みを浮かべ、そう告げた。

 超! 薮! 蛇!

 地雷回避しとうとしたら、グラウンドゼロでした!

 あかん! やばいやばいの六十四乗だ!

 自ら墓穴とか空気の読めない主人公だけかと思ってたYO!

 

「お、恐れながら……そればかりは……」

 

 消え入りそうな声で何とか訂正してもらうと、尋ねてみる。

 すると、それを見越していたかのように、この外道神様は再度、提案してきた。

 

「では、そちらの忠犬を貰おうか」

 

 ……え、ちゅう……けん……?

 

「お前の後ろ控えている、その犬のことだ。その忠義を尽くす姿勢を見て、私も欲しくなったのだ」

 

 ニタニタと、段々と笑顔の性質が変わっていくのが俺にでも分かる。

 

「まさか命を助けられ、1度私の要望を拒んだばかりか、2度もそれを繰り返すつもりはなかろうな」

 

 一転。

 今度は笑みなど一切なく、先程と同じような、威厳を放つ存在となっていた。

 再び俺の前に立ち塞がる勇丸。

 先とは打って変わり、唸り声は今にも飛び掛らんばかりの音量にまでなっている。

 そして俺はといえば、やはり息も吸えず、目の焦点すら定まらない状態に陥っていた。

 ―――そんな中、1度体験したせいか。

 俺の思考だけは、この状況を打開する為だけに巡る。

 勇丸を差し出す? となると当然、アイツはこの神様が飽きるか死ぬかするまで返ってくることはない。

 ……いいじゃないか、数あるカードの中の一枚だ。

 他にもカードは山のようにあるし、もし勇丸を取り戻したいのなら、差し出し、逃げた後で再度召喚すればいい。

 

 だが―――だが待って欲しい。

 そう俺の心の一部が訴える。

 その一部とは、怒りと呼ばれる感情である。

 相手は神様で、そして、祟り神の頂点だ。

 西洋の神ならいざ知らず、こんな絆を引き裂くような真似をするものなのだろうか。

 伝説や言い伝えは等は、羽陽曲折し、捻じ曲がるものだろうが、それでも日本という国は、その神々達は素晴らしい方々だと―――そう、思いたい自分がいる。

 日本嫌いの国民や政治家を見ていたせいか、俺は日本という国に一定以上の崇高な何かを見続けていた。

 それは無条件の信頼であり、信仰であり、誇りだ。

 それは今でも俺の中にあるし、目の前の神を見たことによって、それはより強固な確信へと変わっている。

 しかし。

 その信仰は、俺に害を与えないことが前提なのだ。

 威圧感のみで死にそうになったことは、こちらが不法侵入したのだからと思っていた。

 けれど、自分のみならず、勇丸を物のように『寄越せ』と言ってきたのを、俺は許せなかった。

 

(日本の神様ってのは、もっと人間のことを考えてくれるもんだと思ってたけどよ……)

 

 その結論に達すると、途端に威圧感が軽くなる。

 いや、自身の怒りでそれらが気にならなくなったと言った方が正しい。

 憤怒という名の覚悟は俺を炊き付け、後先考えずに、この口を動かす。

 

「申し訳ありませんが、それは出来かねます」

「断ると申すか。ならばお前の魂を貰うことになるが、構わぬか?」

「そこの忠犬―――勇丸を選択肢に入れていなければ、それも致し方ないと考えておりました。ですが、あなた様の行動は、とても神とは思えません。まるで……まるで暴君、いえたちの悪い妖怪そのものに御座います」

「……吐いた唾は飲み込めんぞ、小僧」

「―――小僧で結構。生憎と親の育て方が良かったんでね、踏み込んじゃいけない領域ってのは心得てるつもりだ」

 

 気分のせいか、口調まで荒くなる。

 

「小さきことよ。神と人間を同じ尺度で測ろうなど、愚かな」

「だったら人間から完全に離れろってんだ。関わっている以上、お前のそれは我侭な言い訳だと思うがね」

 

 もはや言葉では語らず。

 辺りの空気がズンと重くなる。

 青い空の、白い雲で、緑の大地と何一つさっきと変わらない光景は、それだけで一遍し、処刑場へと姿を変えたようだった。 

 神様の前に死が付いてしまった相手に、俺の頭では、暴走気味に高コストのクリーチャー群と凶悪スペルの列が並ぶ。

 疲れや制限など知ったことか。

 ここまで啖呵を切ったのだ。もはや行くところまで行くと覚悟を決めた。

 それに、俺の物語はまだ序盤。

 開始直後の死亡リトライなど、ゲームでは定石。

 押しつぶされそうな世界で、俺は自称神様を睨みつける。

 軽く俯き、帽子のつばで目の見えないそれは、怒りで暴れだす一歩手前の火山に見える。

 そして、俺がクリーチャー群の第一陣を召喚しようとした矢先―――

 

「―――ぷっ、あはははは! 凄い凄い! あたしの神気にここまで耐えられる人間がいるなんて! しかも向かって来ようとするじゃないか! いやぁ長生きはするもんだねぇ」

 

 なんか今までの威厳をキングクリムゾンしたような出来事に出会ってしまった。

 ……はっ!?

 

(これはあれか!? 『ちょっとからかってやるか♪』的なシチュエーション!?)

 

 ダメだ。このシチュエーションって第三者から見たらまる分かりだけど、当事者になると全くそんなこと考える余裕がない。

 威圧感とはハンパじゃないからね! 

 あれだ。

 上司とか得意先とか先生とか親から全力で説教食らってる時に、『実はうっそで~す』な相手の状況を思い浮かべられる余裕なんて無い感じ。

 本日二度目の腰砕けになった俺は、今更ながら、自分が立ち向かおうとしていた存在の大きさを知る。

 膝はガクガク汗はダラダラ、貧血でもないのに目の前がクラクラしやがる。

 今まさに orz を体言している俺だったが、まるで慰めるかのように、俺の腕に勇丸が体を擦り付けてきた。

 あんた、ほんま優しすぎるねん!

 思わず体全体をもふっと抱きしめる。

 何をするでもなく、成すがままにされている勇丸だったが、尻尾が少しだけパタパタと嬉しそうに左右に振られているのを俺は見逃さない。

 

(これか! これがツンデレというものか!(注・違います))

 

 よぅし分かった。もう今日はお前を放さんぞその毛がツヤツヤになるまで撫で回しt

 

「気分が乗ってるとこ悪いんだけど、人間、そろそろこっちも相手してもらえるかね」

「はい! 失礼しました!」

 

 我ながら素晴らしい反射神経だと思う。

 一瞬にして開放された勇丸はこちらの横に控えるように座るが、尻尾が心なしか寂しそうに垂れ下がっている。

 すまん、後でいっぱい遊ぼうな。

 

「さて人間よ。実を言うとね。私はこの地にお前が入った時から、お前のことを眺めていてね―――その、式神か妖術か分からないが、お前の使う奇跡に興味が沸いたわけなのだよ」

「あ……と……この、今着ている服の事でしょうか?」

「誤魔化すでもいいけどね、お前が前にしている私は、祟り神と呼ばれる存在だと思っていい」

 

 分かる? 祟り神。

 そう、小首を傾げ、くりくりとした目をこちらに向ける自称祟り神。

 いやいや、あんた祟り神って言うよりそれを操ってる立場でしょうが。

 行動は可愛いのだが、話の内容は物騒な事この上ない。

 ええ、あなた様の素性に関しては重々承知していますとも。……前世で。

 

「すいませんでした。お答え出来る範囲でしたら全てお答えしますので、どうか祟らないで下さい」

 

 本日二回目の土下座だったか、一度目よりは真面目度が大幅に下がっている。

 今の状況を例えるなら、浮気を謝る夫、というところだろうか。

 情けない限りである。

 

「ふぅん、それでも全部は答えてくれない、か。うん、ま、いいよ。聞きたくなったら絶対に聞くし」

 

 ぶるりとこちらの背を振るわせる発言をして、神様―――彼女は、近くにあった子供程ある岩の上に歩き出す。

 岩まで着くと、その上にぴょんとひと乗り。

 こちらを向き―――ちょっと見てみたかった俺的東方名物のうちの1つ。カエル座り? をして、俺を見下ろした。

 

(生ケロちゃんだぁ……スカートの中は見えないんだなやっぱりゲフンゲフン)

「お前は人間にしては体が大きいからね。見上げるのは首がキツイし。それに私、神様だし。こういう格好のが、それらしく見えるでしょ?」

 

 それはそうだが、だからって俺に同意を求めないでほしい。

 この様子じゃ違うと答えても、『これが神様ってもんさ』ってな具合に押し通されそう。

 彼女に習い、俺も彼女の前で胡坐を組む。

 少し見上げる感じで、態度は悪いが、これくらいならば長時間でもいけそうだ。

 

「では人間よ。楽しませてもらったお礼に、まずは私から名乗ろうじゃないか」

 

 やっぱり目上……というか神様から名乗らせるのは失礼に当たるんだろうな、今のセリフから察するに。

 この時代、何が失礼に当たるかなんてさっぱり分からんぞ。

 

「私は、洩矢 諏訪子。ミシャクジ―――祟り神達を統括している、土着神だよ」

 

 

 出会った時とは一転、コロコロと鈴を鳴らすように、軽やかに、諏訪子……様は告げた。

 こっちが彼女の素なのだと思いたい。

 だって神モードで対応されたら俺の魂魄消えそうだしね!

 

 ただ、俺はここで、やっと忘れていた事を思い出した。

 なぜ忘れていたんだと思うだろうが、そんなの分かっていたら、もうとっくにその疑問を解決していた。

 今まで忙しすぎたせいで、考えが及ばなかったのだろう。

 だから、今の状況を、俺は諏訪子様に素直に告げる事にした。

 

「お初にお目にかかります。昨日こちらの地に流れ着きました人間で、名前は―――あ~……ありません」

「……へ?」

 

 告げた答えに対しての返答は、神様にしては、あまりに間の抜けた声だった。

 

 

 


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