◇2 リリカルなのはにお気楽転生者が転生《完結》 作:こいし
コロナとアインハルトの試合が終わって、次はヴィヴィオとミウラの試合が始まろうとしている。
そんな緊張感も途絶えない空気の中、アインハルトとコロナは救護室にいた。アインハルトは意識を失ったコロナをその手で運んできてからコロナが目を覚ますまで、片時も離れず付き添っていた。
コロナが目を覚まして最初に目にしたのは、アインハルトの泣きそうなほどに心配した顔と、怒った様子で自身をみるノーヴェの姿だった。
原因は分かっている―――自身の戦い方は、けして褒められたものではなかっただろうと、コロナ自身が分かっている。最後の方は記憶が朧げであるが、覚えている部分だけでもけして褒められた戦いではなかった。
『ネフィリムフィスト』、使い方を間違えなければ強力な魔法だ。
けれど、コロナの使い方は自身の身体を顧みない捨て身。コロナはノーヴェたちの言いたいことを察して、自嘲するように目を逸らしながら渇いた笑みを浮かべた。
「コロナ、アタシが言いたいことはわかるな?」
「……はい」
「さっきの試合……お前の気持ちは知っているし、その為に懸命だったのもわかってるが……これから先もあんな試合をするなら、お前は競技者失格だ」
「……はい」
「勝ちてぇのは皆一緒だ、その中でもがいてる。けど自分の身を考えられない奴に、未来はない」
ノーヴェの言葉に、コロナは頷くしかない。
分かっていたことだ、全てを賭けてでも勝ちたかったのだから。その為に、身を削って戦ってきた。負けたこと以上に、責められることであることもわかっていた。
では何故そんな真似をするに至ったのか?
「コロナさん……」
「アインハルトさん……」
言いたいことは言ったのかノーヴェはコロナのおでこをぺしんと叩いてから、入れ替わるようにアインハルトの後ろに移動する。
アインハルトが今にも泣きそうな表情を浮かべているのを見て、コロナは口をもごもごさせた。今回一番つらい思いをしたのは、きっとアインハルトだろう。身を削るコロナを見て、攻撃をしなければならないアインハルトの気持ちはどれほどだったか。
無言の間。
アインハルトが言葉を探しているのを察して、コロナは静かに口を開いた。
「ごめんなさいアインハルトさん……私のせいで、辛い思いをさせてしまって」
「! ……いえ、でも……何故あんな戦い方を……」
「……私、なんにもないんです。ヴィヴィオやアインハルトさんみたいに、ストライクアーツに掛ける情熱もないし、リオみたいな競技向きの突出した才能もありません……ただ友達と一緒に何かがしたくって、一緒にいたくって……懸命に走っていく皆に付いていくために必死で……そうしないと一緒にいられないような気がしていて」
「そんな……そんなことはないです」
コロナの中には、焦燥感がずっとあった。
ヴィヴィオやアインハルトの競技に掛ける情熱は輝かしくて、リオが自分に合った春光拳を楽しんでいる姿が羨ましくて、友達と一緒にいたいからとまるで自分向きではない格闘技を始めたコロナには、皆と自分の間に隔たりがあった。
それでも一緒にいたいからと懸命に頑張っても、皆ほど競技に情熱を持てないし、強くなっている実感もない。
怖かった。
このままだと皆が競技の世界へ走り去って、いつか自分に見向きもしなくなってしまうのではないかと。
「はい、分かってます……皆はきっとどうなっても私を友達だって言ってくれるって……でも、それでも私と格闘技はいつか離れてしまいます。そうなった時、きっと今までより少しだけ距離ができちゃいます」
「それは……」
「だから、私もみんなと一緒に歩けるだけの力が欲しかったんです。私だって、皆と戦えるって証明したかったんです……でも、命を削って戦っても負けちゃいました」
成長する余地があることはわかっている。
戦えるだけの地力が備わっているのもわかっている。
けれど、現段階で自分は身を削ってようやく戦えるほどにいっぱいいっぱいなのだ。この先どれほど成長すれば勝てるようになるのかは分からないけれど、コロナにはその成長を遂げるまでトレーニングに耐える情熱があるのか、自分に自信はなかった。
コロナはアインハルトの方を見れずにいた。
アインハルトもコロナの言葉に俯いていた。
もしも――の話だ。
ヴィヴィオとアインハルトは、同年代で見てもハイレベルな実力の持ち主だ。珱嗄による修行を受けてきたヴィヴィオは勿論だが、元々実力者であったアインハルトも珱嗄からの修行を受けて順調にその実力を伸ばしてきた。
リオもハイレベルな実力者へと成長しているが、この二人に関してはコロナから見れば別格と思える程強い。
自分も珱嗄から修行を受けたが、その差が縮まった様にも思えない。実際、今回の試合では負けたのだから、そうなのだろう。
これがもしも、もしもだ。
ヴィヴィオやアインハルト、リオ、そして自分、四人が四人とも自分達の間で大して差を感じていないのであったならば、話は違ったかもしれない。全員が誰とあたっても、やってみなければわからないような認識であったなら、コロナの焦燥感もここまでにはならなかったかもしれない。
ひとえに、コロナの中で四人の中の実力差がはっきりと感じられるまでになったのが、一番大きかったのだ。
元々情熱の差で距離を感じていたのに、実力差でも距離を感じられるまでになってしまったから。だからコロナは今回のような暴挙に出てしまった。
「コロナさん……もしかして、やめるつもり……なんですか?」
「
「私は、コロナさんと試合をして、正直圧倒されました……最初からコロナさんの策略に嵌って、開始早々に追い詰められて……負けるかもしれないと、思いました」
「……何が言いたいんですか?」
コロナは、アインハルトの言葉にほんの少しだけ苛立ちを覚えた。
何故なのかは、わからなかった。
「私は、コロナさんにやめてほしくないです……ヴィヴィオさんや師匠、コロナさんたちに出会って、私の日常は大きく変わりました……かけがえのない大切な友人ができて、仲間ができて、本当に嬉しかったんです」
「……」
「だから、私にとってコロナさんは、大事な人です……実力ではなく、同じ格闘技をする仲間として、貴女を蔑ろにすることなんて絶対にありません……!」
アインハルトがコロナの手を取り、切にそう訴える。
仲間は実力どうこうで作るものではないと、自分達がコロナを蔑ろにすることなどありえないと、そう断言する。
しかし、コロナは納得出来なかった。
「……そんなの分かってます! でも、それでも私はそれが辛いんです! ヴィヴィオもアインハルトさんもリオも、
「そんな……」
コロナの中にあった苛立ちが、一気に吐き出されたような気がした。
みんなと一緒に居るために格闘技を始めた。
みんなと並んで歩くために一生懸命修行した。
みんなの足を引っ張らないように、身を削った。
コロナにとっては、もう限界も限界だった。
みんなと並んで歩くには、コロナの心は限界だった。
「……」
「……あ……」
言ってしまった言葉は、ひっこめられなかった。
アインハルトとコロナの間に沈黙が訪れる。
そこへ、コンコンとノックの音が響いた。
「よーす、元気?」
二人が音の方へと視線を向けると、そこには開いたままの扉をノックしたらしい珱嗄が立っている。
「師匠……」
「珱嗄さん……」
「話は聞かせてもらったよ、なーんか面倒なことになってるなぁ」
珱嗄は二人の下へと近づいてきて、ハハ、と笑いながらそんなことを言う。
そしてベッドの横に置いてある椅子に腰を下ろすと、コロナの目を見て笑みを浮かべた。
「つまり、コロナちゃんはアインハルトちゃんたちに置いていかれる感じがしていて、それに追いつける自信がないわけだ」
「!」
「なら、コロナちゃんがみんなより強くなれたなら解決じゃん」
「なっ……そんな簡単な」
「簡単だよ、それだけの話だ」
珱嗄の言葉にコロナもアインハルトも、ソレができたら苦労しないと驚きの表情を浮かべるが、珱嗄が再度断言すれば、理屈はそうだと言葉を飲み込んでしまう。
だがそんなことが簡単にできないからこそ、皆苦労して修行に励んでいるのだ。コロナとてその難しさがわかっているから、こうして悩んでいるのに。
「じゃあ外行こうか」
「え、でもコロナさんはまだ……」
「動けるようになってるはずだよ、二人とも回復させたから」
「……っ!? ほ、本当だ……魔力も身体も回復してる……疲労もなくなってます」
「ほら、急いだ急いだ」
珱嗄がいつ魔法を発動させたのかもわからなかった二人だが、珱嗄が急かすのにつられて、慌てて珱嗄の後ろを追い駆けた。
◇
三人がやってきたのは、珱嗄がハリーたちと使った練習場。
珱嗄の指示でアインハルトと珱嗄が向かい合い、コロナはそれを見ている立ち位置にいる。
「今から俺が、今のコロナちゃんでもできる方法でアインハルトちゃんを倒してあげよう」
「!?」
「よーく見てるといい」
珱嗄が言ったことが信じられず、コロナは目を見開いた。
珱嗄が構えると、アインハルトにはすぐわかった。その構え方がコロナのそれと全く同じであることに。彼から感じるプレッシャーもコロナと同じくらいで、言葉通りコロナと同程度の実力で自分を相手にするつもりであることがわかった。
果たしてコロナが身を削ってまで勝てなかったアインハルトに、同じ実力で勝てるのかはわからない。
けれど珱嗄がやれるというのなら、きっとやれるのだろう。
それを信じてアインハルトは油断なく、全力でいくつもりで構えた。
「さ、試合開始だ」
「いきます!」
珱嗄の宣言に、アインハルトは弾かれるように飛び出した。
今回の試合と同じように、ゴーレム創成を防ぐために牽制を入れる気の様だ。勿論、ネフィリムフィストがあることは分かっているので、その点の油断もない。
だがアインハルトが懐に入った瞬間、珱嗄がにやりと笑みを浮かべる。
「―――!?」
「そら、ゴーレム創成」
アインハルトと珱嗄の間を遮るように、地面から巨人の腕が生えてきたのだ。まるで地中から殴り掛かって来たような勢いで伸びてきた巨人の腕に、アインハルトの動きが止まる。しかも視界が巨人の腕で遮られ、珱嗄を見失ってしまった。
だがあくまでその実力はコロナと同じ――なら背後に回られているわけもない。腕の向こうに珱嗄はいる筈。
そう考えてアインハルトは腕の向こうへと攻め入った。
だが、そこに珱嗄の姿はない。
「なっ……!?」
「ネフィリムフィスト」
「ガッ!?」
驚愕と動揺に身を硬直させたアインハルトの頭上から、ネフィリムフィストによって鋭い拳を撃ち落としてきた珱嗄が降ってきた。
珱嗄は伸びてきた巨人の腕の先端に手を掛け、その勢いのままアインハルトの頭上を取ったのだ。伸びてくることが分かっているからこそ出来る芸当だろう。
もろに撃ち落としの直撃を喰らったアインハルトに対し、珱嗄はゴライアスを創成。ふらつくアインハルトの腕を取り、背負い投げの要領でゴライアスの方へと彼女を投げ飛ばした。
「くっ……!」
「そら、倒れるぞ」
「え……!?」
飛ばされながらも、ゴライアスからの拳がくると身構えていたアインハルトだったが、対してゴライアスが取ったのは、飛んでくるアインハルトに対して倒れこんでくることだけだった。
アインハルトに向かって倒れこみ、彼女を押し潰すゴライアス。
それだけなら大したダメージにならないとゴライアスを押し返そうとするアインハルトだが、それより早くゴライアスが崩壊した。そして崩壊した破片がそのままバインドとしてアインハルトを仰向けに拘束する。
そして破片がバインド魔法で動いて視界が開けると、そこには空中で巨人の腕を拳に纏わせた珱嗄がいた。
ネフィリムフィスト《マイストアーム》
コロナも使うことができる魔法だ。アインハルトはバインドを振り解こうとするが、仰向けで拘束されている故に、寝技のように上手く脱出できない。
「そら」
ズガン!! という大きな音と共にアインハルトに直撃する巨人の拳。
「がっ……は……!」
「トドメ、ネフィリムフィスト」
アインハルトに拳が直撃したと同時、ネフィリムフィストで空中での姿勢をコントロールした珱嗄。巨人の拳を解除すれば、重力に従って珱嗄の身体はアインハルトのいる地面へと落ちていく。
それを利用し、珱嗄は仰向けのままのアインハルトのボディにライダーキックよろしく蹴りをお見舞いした。
「ごふっ……!」
「ほら、勝ち」
アインハルトが何も出来ずに敗北した姿を見て、コロナは驚きを隠せずにいた。
珱嗄だから勝てた、というのは簡単だが、今見ていた限りではコロナに出来ないことは一切してなかった。身体能力もコロナと同じ速度、力。魔法の発動速度も切り替え速度もコロナと遜色ない。
つまり、コロナでも同じことをすればアインハルトに勝てたことを、珱嗄は証明してしまった。勿論、大の字の状態でバインドされれば、力が入りにくく中々抜け出せないことや、ゴーレム創成の活用方法など、コロナが知らなかったことや思いつかなかったことを利用しているので、先の試合でコロナが勝てたとは言わない。
だがほんの少しの知識と魔法の使い方の工夫を知るだけで、アインハルトにも勝つ道はあったのだと証明されたのだ。
「全部上手く直撃したから、LIFEも上手いこと全削りできたんじゃないかな」
「げほっ……あい……」
「ごめんね、ありがとうアインハルトちゃん……ほい、回復」
「! ありがとうございます、師匠」
珱嗄は動けない様子のアインハルトに謝りながらも回復させ、コロナの方へと顔を向けた。視線を向けられたコロナは、ピクッと肩を少し上下させる。
「コロナちゃんが勝てなかったのは、気持ちで負けてたからだよ。アインハルトちゃんを自分よりも強いと思い込んで、自分の技が通用しないと心のどこかで思っていたから、その通りになったんだ」
「そんな……」
「コロナちゃんは強いよ。頭も良いし、冷静な視野も持っている……本来の実力を発揮して上手くやれば、ヴィヴィオやリオちゃんだって手玉に取ることができるだけの実力がある」
珱嗄はコロナに近付き、俯くコロナの頭をポンと撫でた。
「それに、競技に懸ける情熱の有無は問題じゃない。何を信念に競技をするのかは個人の自由だからな、友達と一緒にいたいから競技をやる……その結果なんか勝っちゃった、そんなんでいいんだよ」
「そ、そんな適当な」
「クソ真面目よりよほどいいよ、結局一生懸命努力したことに変わりはないからな。適当な信念をもっていようが、一生懸命頑張った奴が勝って何が悪い」
珱嗄は断言する。
コロナが囚われているのは、ただの思い込みで、そんなものは別段大切ではないのだと。
「情熱がない奴が頑張った結果、情熱のある奴に勝った。何も悪いことはしてない、それは単に情熱のある奴の努力が足りなかっただけの話だ」
「そんなことで、いいんでしょうか……?」
「いいんだよ、競技の世界はマナーやスポーツマンシップみたいなのはあれど、結局は勝った奴が勝者で、そこに人間性は関係しないから」
コロナは珱嗄のそんな言葉に、少しだけ肩の荷が軽くなったような気がした。
自分がアインハルトたちにも勝てるだけの実力をもっていること、そして情熱の有無は関係ないこと、それを目の前で証明されたのだ。それも当然だろう。
「……はい、ありがとうございます」
コロナは珱嗄に頭を下げ、お礼を言った。
まだ気持ちの整理はついていないけれど、ヴィヴィオたちの試合はまだ終わっていない。アインハルトもまだ試合が残っている。
結論を出すのは、全ての決着を見てからでも遅くはない筈だ。
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こいし@きつね君書籍化:@koishi016_kata