◇2 リリカルなのはにお気楽転生者が転生《完結》 作:こいし
その日の午後、珱嗄はヴィヴィオに連れられる形で久しぶりに外出らしい外出へと繰り出していた。 では普段は何をしているのかというと、コンビニとかスーパーへの買い物くらいでしか外出しない上に、無職という称号に相応しいクズっぷりを発揮し、自宅でぐうたらしているのだ。最強の男も此処まで墜ちると清々しい。世界には最強を目指して懸命に努力を重ねている者もいるというのに。
時刻はおおよそ正午を一時間ほど経過した頃。お昼時、というには少しだけピークを過ぎた時間帯だ。聖王教会の本部、珱嗄は前を歩くヴィヴィオに手をがっちりと掴まれ、引っ張られながらゆらゆらと教会の敷居へその足を踏み入れた。
4年前とはかなり様変わりしたかと思う程小奇麗に整った庭と、教会とはこの様な建物だったかと思わせる程の、豪華で荘厳な建造物。珱嗄の視界にはキラキラと視界効果が入りそうな光景が広がっている。明らかに洋風な風景なのに対して、珱嗄の服装は和装なので、少しだけ違和感を感じさせた。
珱嗄は一つ、欠伸を漏らす。普段は自宅でぐうたらと寝ている時間帯故に、生活習慣が珱嗄の身体に眠気を齎しているのだろう。
「んもうっ、普段からちゃんとした生活をしてないからだよ? パパ!」
「あーはいはい……というか、俺ナンバーズの奴らに会うのってアイツらぶっ飛ばした時以来なんだけど……そこまで良い思い出ないぜ? ヴィヴィオ攫った奴らだし」
「レリックの事件からもう4年も経ってるんだから、皆ちゃんと良い人になってるよっ! ノーヴェだって私の訓練の相手してくれるんだよ?」
「それは聞いてるけどさ……ぶっちゃけると顔と名前覚えてない。ノーヴェって言われても分からん」
「………うん、紹介するよ……パパ」
ヴィヴィオは珱嗄にノーヴェ達が良い人であることをどうにか伝えようとしたが、そもそも珱嗄の中の事前知識が皆無であることが明らかになり、押し黙ってしまった。結果、ヴィヴィオは珱嗄とノーヴェ達が初対面という方向で進めていくことにしたようだ。
そして、ヴィヴィオとしばらく歩いていると、どうやら教会の人間らしき人影を見つけた。その人物達は、ヴィヴィオの姿を見て嬉しそうに顔を綻ばせたかと思えば、その後ろにいた珱嗄の姿を見て表情を笑顔のまま硬直させた。
「オットー! ディード! 来たよっ」
「あ……へ、陛下……御無沙汰してます……それで……あの……」
ヴィヴィオが駆けよった二人の人影は、ナンバーズと呼ばれていた十二の姉妹の内の二人。聖王教会のシスター服を着用し、背中まであるストレートなロングヘアーにカチューシャが特徴的なディードと、短髪で少年の様な中世的な容姿をしているオットーだ。
彼女達は聖王教会の中庭に設置されたテーブルと椅子に腰掛け、紅茶の下準備をしていたらしく、テーブルの上にはクッキーの入ったバスケットや、ティーポッド等が見えた。
「どうしたの?」
「い、いえ……後ろの方は……」
「パパだけど……?」
「やはり……!?」
ディードはヴィヴィオの口から出た『ヴィヴィオの父親』という事実に戦慄した。そしてそれはオットーも同じ様で、二人とも慌てて珱嗄の前に並び、頭を下げた。綺麗に90度、ヴィヴィオは二人が何故珱嗄に頭を下げるのか分からず困惑する。だが逆に、珱嗄はその光景に面倒そうな表情を浮かべてため息を付いた。
「どうしたの? オットー、ディード……?」
「いえ……この方にはいつか謝罪しなければならないと思っていたのです」
「え? ど、どういうこと?」
ヴィヴィオは更に困惑した表情を浮かべて、首を捻る。
そんなヴィヴィオを見て、オットーが申し訳なさそうに自分達の行動の理由を説明し始めた。
「もう4年前の事ですが……僕達は当時から陛下の父親として陛下と共にいた陛下のお父上であるこの御方の下から……陛下を攫いました。その際、この御方は大変お怒りになられたと聞いています…… 当然ですよね……家族同士であるお二人を……結果的には一時的だったとはいえ、引き裂いたのですから……」
「だから、4年前に心を入れ換えようと決めた時から……ずっと心の隅で謝罪しなければと思っていたのです」
二人はずっと珱嗄に対して罪悪感を感じていたのだ。ヴィヴィオを攫ったことを、娘と引き裂いてしまったことを、ずっと悔いていたのだ。
本当なら珱嗄の家まで行って、頭を下げるべきだったのは分かっていたが……ぶっちゃけ珱嗄の実力を見て、問答無用で殺されたらどうしよう、と怖かったのだ。いやまぁその程度の罪悪感なのかよ、と突っ込まれたらぐうの音も出ないが、スカリエッティを怒りの赴くままに蹂躙した光景は、今でも眼に焼き付いているのだ。怖いものは怖い。
「二人とも……」
ヴィヴィオはそんな二人の姿に感極まった様な様子だ。珱嗄はそんな娘の顔を見て、次にどう言ってくるか直ぐに予想が付いた。
「お前は次に、『パパ、私からもお願い! 二人を許してあげて!』と言う」
「パパ、私からもお願い! 二人を許してあげて! ………はっ!?」
「許すも許さないもない。元々あの件に関してはスカリエッティを叩きのめしたことで終わってるんだよ」
珱嗄がそう言うと、ヴィヴィオはぱぁっと表情を輝かせた。頭を下げていた二人もホッと胸を撫で下ろす。流石の珱嗄も、4年も前の事をうじうじ引き摺る様な器の小ささをしていない。
「ていうか、コイツら誰?」
というより、珱嗄は二人の事を全く覚えていなかった。4年もの間罪悪感に苛まれ続けて来た二人の今までは、この言葉によって呆気なく瓦解していった。
◇ ◇ ◇
その後、後からやってきたノーヴェと共に、ヴィヴィオは冥王と呼ばれる少女の下へ行った。珱嗄はそんな中、中庭のテーブルに付いていた。冥王と呼ばれる少女と面識などないし、折角のお見舞いなのだから、ヴィヴィオの邪魔をしてはいけないと思ったからだ。
「それにしても、お前らって今こんなことしてんだね」
「ええ、まぁ……私達がしたことを反省し、陛下の護衛や人の為になることをしようと思って、今を過ごしています」
「わはは、成程ね……どうでもいいけど」
「そ、そうですか……」
珱嗄はカリッとテーブル上のクッキーを一枚口に入れた。オットーが作ったと聞いたが、中々どうして、戦いしか知らなかったような輩が女子力高めに成長したもんだ。と、珱嗄は内心思った。
とはいえ、珱嗄とは違って無職では無いので、社会的に見れば珱嗄よりも社会人と言って良い。出来る女性、という雰囲気を持つ二人を見れば、それは明らかだった。
「むー……暇だな。ヴィヴィオに言われて久しぶりに外に出てはみたけれど……ぶっちゃけ教会に来た所で何か面白いことがありそうでもないしなぁ」
「まぁ教会は娯楽施設ではないですからね。あると言っても古代ベルカの資料や遺物くらいしかめぼしいモノはないですよ」
「でぇすよねー」
珱嗄は加えたクッキーをピコピコと動かしながら暇そうにぼけーっと空を見る。ここ最近のめぼしいイベントと言えば、自称覇王の幼女が襲い掛かって来た事くらいだ。何かしらのイベントが怒って欲しかった。
「そういえば、珱嗄さんは戸籍上19歳でしたっけ?」
「そうだよ。本当は1058歳だけど」
「規格外なのは年齢もですか……まぁスルーしておきます」
「それで?」
「ええ、法的に19歳ならば『あの大会』に参加出来るのではないかと思いまして」
ディードは珱嗄にそう言って、説明を始めた。
ディードの言うあの大会、というのは、若い魔導師達が個人計測ライフポイントを使っての限りなく実践に近い魔法戦競技。DSAA公式魔法戦競技会によって行なわれる、『インターミドル・チャンピオンシップ』である。出場可能年齢は10~19歳、つまり珱嗄はギリギリ参加出来る年齢なのだ。あくまで法的にだが。
「ディード、それは幾らなんでも反則気味かと……」
「まぁ一応参加条件は満たしているから……参加するしないは珱嗄さんの自由かなって……」
「いやそうじゃなくて……珱嗄さんの強さは若い魔導師に混ざって試合をするには規格外過ぎると思う」
「…………うん」
勝手に勧めて勝手に諦め始めた。
「へぇ、面白そうだけど……その年齢制限ならヴィヴィオ達も参加するんだろうし、俺は参加するより観戦側じゃね?……流石に参加するのは大人げねぇよ」
「ですよね……すいません」
「そんなことないよ! パパ!」
「え」
珱嗄もそれに同意して、この話は無かったことにしようという雰囲気になった所で、それを打ち破る声が響いた。その声の主は、勿論……ヴィヴィオだ。どうやら冥王の少女のお見舞いは済んだらしい。後ろの方からノーヴェも歩いて来ていた。
珱嗄はテーブルに手を付いて鼻と鼻がくっつく位顔を近づけて来たヴィヴィオに、若干引き気味な表情で問う。答えは分かっているが、一応の確認といった感じで、聞いた。
「そんなことない、とはどういうことだ?」
「パパも参加すれば良いよ! 法的には19歳で年齢制限はクリアしてるんでしょ?」
「いやいやヴィヴィオさん。俺が混じったら大人げないでしょうが」
「大人? 無職のクズが何言ってるの?」
「おっとぉ、痛い所衝いてきましたね」
ヴィヴィオもかなり珱嗄に影響されたようで、サラッと正論の悪態を吐くようになった。流石の珱嗄も反論出来ない正論だった。
だが、ここで押し負けて参加してしまえばまず間違いなく優勝してしまう。接戦も何も無く、優勝してしまう。それは物語の進行上抑えなければならない。このvivid編はあくまで珱嗄ではなく、その娘のヴィヴィオの物語なのだから。
「俺は参加するつもりはないよ」
「えーいいじゃん、一緒に参加しようよー」
珱嗄の腕を掴んでゆさゆさと揺すりながら駄々を捏ねるヴィヴィオ。だが、珱嗄が頑として意見を曲げないことを察すると、しぶしぶながら引き下がった。
だが、ヴィヴィオも珱嗄の娘。ただでは引き下がろうとはしなかった。
「じゃあ参加しなくても良いから、私達の訓練に協力して?」
「え?」
「だってパパ家にいる時じゃないと訓練してくれないじゃない……しかも、気が乗った時だけ」
「動くのだるいし……」
「だからそろそろ外で身体を動かそうよ! パパ強いんだから!」
ヴィヴィオの意見に、周囲のメンバーがうんうんと頷いた。どうやらヴィヴィオだけではなく、ディード達も珱嗄という最強の実力者が自宅で燻っているのは、あまり許容出来ない事態らしい。
珱嗄は周囲の視線にぐ、と若干身を引いた。なにより、ヴィヴィオの視線のプレッシャーが強い。流石は最後の聖王、無意識にプレッシャー掛けてくるな。
「………はぁ……分かった分かった。久々になのはちゃん達やフォワード陣に会うのも面白そうだし……付き合うよ」
「やった!」
ヴィヴィオは珱嗄の返答に、ノーヴェとハイタッチをした。なにがそこまで嬉しいのやら、と珱嗄は苦笑するが、内心ではそこそこ楽しんでいた。元々身体を動かすのは嫌いではないし、家でニートしていたのは外に出てもイベントが無かったからだ。こうして訓練という名のイベントがあるというのなら、是非もない。
「じゃあこれからノーヴェ達と特訓だから! パパも来てよね!」
「え」
だが、こんなに急なイベントだとは聞いていない。