◇2 リリカルなのはにお気楽転生者が転生《完結》 作:こいし
ノーヴェ、そしてヴィヴィオはその実力の高さから、この練習場においてかなり顔が知られている。故に、相手が珱嗄と無名な選手であろうと、試合が見れるということでギャラリーはかなり集まってくる。また、珱嗄もあの一撃の後から随分と興味と好奇の視線で見られている。故に両者とも注目の選手ということで、二人に向けられる視線は普段以上に多かった。
珱嗄とノーヴェは対峙する。おそらく、この二人が対戦するのは初めてだ。お互いに、格闘者としては十分な実力を持っており、片や世界最強の人外だ。それを知っているヴィヴィオは、ノーヴェが勝つ事はなくとも、かなり良い勝負をしてくれるのではないかと思っている。
だが、それは大きな大きな思い違いだ。珱嗄は普段、やり過ぎない様に手加減をする。そうしないと拳一つで人を殺しかねないからだ。ぶっちゃけるとデコピン一発だけでも骨を折ったり割ったり出来るので、まさしく人間凶器なのだ。全力でやったら最早勝負にならない。
「さて、掛かっておいでノーヴェちゃん。珱嗄さんが胸を貸してあげよう」
「ったく……舐められてんなぁ……嫌んなるぜ……じゃ――――行くぜ!!」
珱嗄の言葉に、ノーヴェは突撃を掛けた。地面を蹴って、そのまま前へと跳躍。珱嗄へと膝蹴りを繰り出す。だが、珱嗄はそれをパシッと受け止めてそのままノーヴェの顔へと肘打ちを繰り出した。
「ッ……ぅおらっ!!」
だが、ノーヴェはその肘を両手をクロスさせて受ける。骨に響く様な音が響いたが、支障は無い。だが、ノーヴェの身体は現在膝蹴りで浮いている。そんな所に肘打ちを喰らえば、上半身が後方へ倒れるのが必至。ノーヴェは床に手を着いてバク転の要領で体勢を立て直そうとする―――が、
「え!?」
「俺に接近戦を仕掛けるならまず気を付けなきゃいけないことがある」
珱嗄は受け止めた膝を放さなかった。寧ろ、力強く掴んで離さない。ノーヴェは頭が下に来る形で宙吊りにされていた。ギリギリ手が床に付く程の高さ、ノーヴェはそのピンチにすぐさま行動をとる。腹筋で身体を起こし、膝を掴んでいる珱嗄の手を殴る。
しかし、その拳も受け止められてしまった。
「なっ!?」
「自分の身体を俺に掴ませないことだ」
「――――!!」
珱嗄に右膝と左拳を掴まれたノーヴェは、珱嗄のその言葉に危険を感じた。どうにか防御態勢を取ろうとして、その防御態勢が整う前に凄まじい速度で珱嗄はノーヴェは地面へ叩き付けた。
「カハッ……!?」
「はい、俺の勝ちー」
「くっそー……ありえねぇだろ……全体重掛けた突撃を一歩も下がらず受け止めるって……」
珱嗄は仰向けに地面に倒れたノーヴェの腹に片足を乗せた。それで珱嗄の勝利。ノーヴェは脱力した様にそう言って、負けを認めた。
「わはは、悪いね―――娘が見てる中で負ける訳にはいかないだろ」
「成程、ヴィヴィオも愛されてんなぁ……」
珱嗄はノーヴェの腹から足を退け、ノーヴェを立たせた。すると、一拍送れてギャラリーから歓声が湧きあがった。そして、珱嗄達の下へヴィヴィオ達が駆け寄ってくる。珱嗄はそんな状況の中で、ゆらりと笑った。
◇ ◇ ◇
その日の夜、ヴィヴィオがお風呂に入っている中、珱嗄はソファでゴロゴロしていた。
ヴィヴィオも4年生ということで、もう珱嗄とお風呂に入るということに羞恥心を覚え始めた頃だ。まぁ心霊番組やホラー映画を見た日などは、シャンプーで眼を開けていられない時が怖かったり、トイレに一人で行けなかったりするので、一緒に入ったりするが、基本的にヴィヴィオは最近一人でお風呂に入っている。
珱嗄は服装を普段の着物姿に変えている。そして、今日会ったことを思い出していた。
「……そういえばあの覇王ちゃんはちゃんと家に帰れたのかねぇ………どうでもいいけど」
呟き、すぐに考えを打ち消した。もう会う事もないだろうし、考えるだけ無駄だろうと考えたのだ。
「パパ、上がったよ!」
「おー」
珱嗄がソファに座ると、ヴィヴィオは珱嗄の膝の間にすとんと座った。これはこの親子間で行われている日常だ。珱嗄はドライヤーを取り出し、ヴィヴィオの髪の毛を丁寧に乾かし始めた。ヴィヴィオはその温風と珱嗄の手に、気持ちよさそうに眼を細めて、されるがままになっている。
「今日はどうだった?」
「楽しかったよ! パパもすっごく強かったよね! ノーヴェ相手に完勝なんて……やっぱり凄いなぁ……」
「それは良かった」
「……ねぇパパ、私ももっと強くなれるかな? パパみたいに!」
ヴィヴィオは耳に掛かった温風をくすぐったそうにしながら、そう聞いた。それに対して、珱嗄は苦笑しながら答える。ヴィヴィオの長い金髪に指を通して、梳かしながら。
「どうだろうな……俺はここまで強くなるまでに長い年月を費やしたし、それに見合うだけの大切な物を失ったり、手に入れたりしてきた……ヴィヴィオもそうなれるかは分からない」
「むー……こう言う時は嘘でも『なれる』っていうものじゃないの?」
「俺はその場凌ぎの嘘は言わないよ。それに、ヴィヴィオがこの先、これ以上強くなれないと思う時だってきっとある。自分自身の限界にぶつかる時がきっとあるんだ。だから、俺はここで容易に『将来貴方は強くなれますよ』って言ってやることは出来ない」
珱嗄は、少しだけ真面目にそう言った。おそらく、何の関係もない者だったなら、知るかの一言で済ませていただろう。だが、相手は自分の娘、故に真剣に返した。これから先の事等知る筈が無いと。
「だから、俺は今はこう言っておくよ」
「ん?」
「強くなれるかどうかは、ヴィヴィオ次第だ。少なくとも、俺はこれまで自分を信じてやってきたよ」
珱嗄の言葉に、ヴィヴィオはにっと笑った。
「うん!」
珱嗄がそう言うのなら、そうなのだろうと納得する。つまり、強くなりたいならば自分を信じろと言っているのだ。
強くなれるか、と聞いているのではまだまだだ。自分が自分を信じなくて何故強くなれるというのか。
「じゃあこれから先、私はもっともっと強くなるよ! それこそ、パパなんて一捻りなんだから!」
「わはは、やれるもんならやってみろ。俺はお前が強くなるのを待ってはやれないぜ?」
珱嗄はドライヤーを止めてヴィヴィオの乾いた髪の毛を乱暴に撫でた。ヴィヴィオはくしゃくしゃになる髪の毛に楽しげに悲鳴を上げながら、珱嗄に振り向いて抱き付く。その衝撃で珱嗄とヴィヴィオは揃ってソファに倒れ込んでしまう。
そのことがおかしかったのか、珱嗄とヴィヴィオは揃って楽しそうに笑顔を浮かべた。