◇2 リリカルなのはにお気楽転生者が転生《完結》 作:こいし
その夜、珱嗄とヴィヴィオは自宅地下に作りあげた訓練場にて、特訓をしていた。風呂に入った後だが、ぶっちゃけると珱嗄の魔法で身体を清潔に戻す事も出来るので関係ない。風呂に入るのはやはり、ヴィヴィオが風呂好きであるからである。
さて、今回珱嗄がヴィヴィオに教えるのは、珱嗄自身がその昔使っていた必殺技である。その名前は、『不知火』。ハンターハンターでは無敵の瞬殺技として世界中に名を遺した技であり、その名前が世に知れ渡った後では、世界中の念能力者がその技を習得しようとしたくらいの技である。
その神髄は、『身を潜め、追い詰め、必ず殺す』。とある場所では真正面からの暗殺技とも言われた、その隠遁性と高い殺傷性にある。
本来の不知火ならば、刀を用いて行う技なのだが、今回はヴィヴィオに教えるということで拳バージョンだ。
「『不知火』?」
「そう、不知火。俺に言わせれば、マスター出来ればカウンターすら出来ずに大ダメージを与える技だ」
「……っ」
「まぁ威力はそれぞれの筋力や速力に関与してくるから、ぶっちゃけると今のヴィヴィオじゃ大ダメージは無理かもな」
「今の……ってことは『大人バージョン』なら大丈夫ってこと?」
ヴィヴィオの言う大人バージョンとは、聖王のゆりかご内でも変身したあの姿のことである。聖王のゆりかご無き今、聖王化とも言えるあの状態にはなれないのだが、その後少しずつ練習して大人の姿に変身する事が出来る様になったのだ。勿論聖王化したわけではないので、身体に何か負荷があったりするわけではない。
だが、リーチが伸び、力も大幅にアップするので、格闘技を行うのなら便利なのだ。
「いや、そういう訳でもない」
「大人バージョンでも威力不足なの?」
「そうじゃない。元々、不知火は俺専用に開発した技だから、今のヴィヴィオじゃ習得出来るかも怪しいし、仮に出来たとしても威力の方は期待出来ないんだ」
「む……じゃあどうすればいいの?」
「そこで使うのが、その
珱嗄はヴィヴィオの右肩上を飛んでいる兎のぬいぐるみ外装のデバイス。セイクリッドハート、愛称『クリス』を指差してそう言った。ヴィヴィオは珱嗄の指の先、自分のデバイスを見てきょとんと眼を丸くする。
不知火が、珱嗄専用の技である様に、セイクリッド・ハートもまた、ヴィヴィオ専用のデバイス。しかも、適正で言えばヴィヴィオとクリスの相性は抜群に良い。なにせ、聖王のゆりかごを改造して作りあげられたデバイスなのだから。
さて、まずこのデバイスが何をする事が出来るのかだが、言ってしまえば聖王としての能力の解放、圧縮された聖王のゆりかごの展開、聖王の身体のブースト、一定領域内のAMFの展開、使用魔法の効率化、駆動炉の魔力供給等々、かなり規格外なことが出来る。
これにより、ヴィヴィオは歩くロストロギアと言っても良い程の戦力を手にしているのだ。何せ、このデバイスを使用すれば、ヴィヴィオの思うままに大航空艦戦力を動かすことが出来るのだ。つまり、ヴィヴィオ単体で次元世界の一つを軽く吹き飛ばすことが可能。
珱嗄はこれを使って、不知火をヴィヴィオに習得させることを思い付いたのだ。というより、珱嗄は不知火を習得させる為にこのデバイスを作ったと言っても過言ではない。
ヴィヴィオ本人が習得している大人モードを使用している状態で、クリスのゆりかご規模の補助を使うのだ。それにより、大人モードの身体機能が大幅に向上、その気になれば聖王の鎧すら展開可能になり、そして使用魔法の効率化により、少ない魔力で高い効果の魔法を展開出来る様になる。
ここまで強化すれば今のヴィヴィオであっても、珱嗄専用技『不知火』を習得することが可能。
「じゃ、まずは一度『不知火』を見せてやる。どういう技なのかは後で教えてやるから」
「? 見せてくれるんでしょ?」
「わはは、この技を喰らって技の構成を理解出来た奴はいないよ。まぁ、俺がまだこの技を編み出した頃は練度が足りてなかったから結構バレてたけど。まぁこの技をヴィヴィオが凌げたら、最早この技を習得する必要はないだろうな」
「へぇ……じゃあがんばっちゃおっ」
ヴィヴィオが好戦的な顔をする。やる気満々で珱嗄の技を凌ぐつもりだ。
珱嗄的に、そのやる気は買いだ。
「じゃ、やってみろ」
珱嗄とヴィヴィオは距離を取って、対峙する。ヴィヴィオはこれから放たれる未知の技に対して、身構える。当時の蟻の王、メルエムと同じく珱嗄の一挙手一投足を見逃さない様に眼を凝らした。
すると、クリスが補助を開始する。初めて展開するクリスの機能だが――――その効果は凄まじかった。
「……! これ………!!」
ヴィヴィオは直ぐにその効果を思い知る。視界がクリアになり、身体が軽い。周囲がスローモーションに見える程に、今のヴィヴィオの感覚が底上げされていた。身体中を駆動炉から供給された魔力が循環し、力がみなぎって来るようだった。
これなら、何でも出来ると思った。珱嗄だろうと、ノーヴェだろうと、正面から戦えると思った。それほどまでに、この身に宿る聖王の力は凄まじかった。
だが
「――――ッッ!?」
珱嗄はそれを容易に上回る。
珱嗄から放たれた魔力の奔流が、ヴィヴィオの意識を、身体を、包みこんだ。珱嗄の魔力光は青黒い。ヴィヴィオの視界は、一瞬青黒く染まった様な錯覚を得た。
「さぁ、行くぞ」
珱嗄の言葉が響いた。ヴィヴィオの視線は、珱嗄に集中する。だが、これこそ『不知火』の真骨頂。真正面からの暗殺技と呼ばれる最初の第一手。
そして――――
―――珱嗄はヴィヴィオの視線から姿を消失させる。
「………え?」
気付けばヴィヴィオは、宙を舞っていた。何をされたのか分からなかった。珱嗄が視界から消えたと思ったら、なんの衝撃も無く、なんの痛みも無く、なんの感触も無く、なんの気配も無く、予兆も、前兆も、ダメージも、何もかも理解出来ず、ただ時間が飛んだように、ただ己の身が宙を舞っている事だけが分かった。
そして、地面へ背中を付けた時、ヴィヴィオは先程まで自分がいた場所に珱嗄がいる事を理解した。そして、じんわりとやってきた腹部への痛みが、自分は腹部を攻撃されたのだということを分からせてくれた。
「と、こんな感じだ」
珱嗄の言葉で、止まっていた時間が動きだす。悲鳴も上げる暇なく、痛みを感じる暇もなく、攻撃を躱す暇もなく、防御を展開する暇もなく、殺すことが出来る。たしかに、これは無敵の必殺技だと思った。
「ん? ははは、とはいえ流石は聖王の鎧だな。結構手加減したが、かなり威力を持ってかれたか」
珱嗄の言葉に、ヴィヴィオは自分の身体が聖王の鎧に纏われていることに気が付いた。どうやらクリスが自動で展開してくれたようだ。
「ありがとう、クリス」
「♪」
ヴィヴィオのお礼に、クリスは嬉しそうに一回転した。
だが、ヴィヴィオは気が付いた。聖王の鎧が展開されたにもかかわらず、珱嗄の拳なのか、手刀なのか、何なのかは分からないが攻撃はヴィヴィオの身体に届いたということになる。つまり、珱嗄はその身一つで聖王の鎧、ひいては聖王のゆりかごと戦えるということではないだろうか? しかもそれで手加減しているとは規格外。
ヴィヴィオはその事実に少なからず身を震わせた。改めて思い知った、自分の父親の実力を。先程ソファの上で言った、『パパなんて一捻り』という言葉が霞んで行くのが分かる。
「さ、立てるかヴィヴィオ」
「あ………パパ」
「どうした、さっきまでの勢いがないぜ? 怖気づいたか」
「………そんなことないもん!」
珱嗄の差し伸べた手を取って、ヴィヴィオは大人モードを解除しながら立ちあがる。
今の自分が、珱嗄に勝てない事くらい、分かりきっていることだ。まだ10歳そこらの子供である自分が、世界最強の男に勝つには、まだまだ強くならないといけない。
これは自分の目の前に立ちはだかる最後の壁だ。これを乗り越えた時、自分は珱嗄の娘として、胸を張れるだろう。そしてそれがそのまま、珱嗄への恩返しにして親孝行。
「これからもっともっと強くなるよ! パパ!」
「わはは、頑張れ我が娘よ」
ヴィヴィオは、いつか珱嗄に認められる位強くなろうという決意を、更に強くしたのだった。
そして、彼女は出会う。珱嗄の様な乗り越える壁とは違う、共に競っていくライバルに。古きベルカの時代より紡がれてきた、王の絆に導かれて。
覇王と名乗る、少女に