◇2 リリカルなのはにお気楽転生者が転生《完結》 作:こいし
アインハルトは、最初に見たヴィヴィオの印象とはあまりにも違う実力に、困惑していた。
目の前にいるこの少女は、まっすぐで純粋な想いを胸に抱いて戦っている。だからこそ、こんなまっすぐな拳が繰り出せるのだと思う。
自分と同じ、古代ベルカ時代の悲劇の王の子孫。聖王オリヴィエのクローン。確証は無いし、誰かにそう言われた訳でもないけれど、赤と翠のこの虹彩異色の瞳を見れば、覇王の記憶がそうだと分からせてくれた。まだ自分より幼くて、小さな身体と小さな拳を振るう少女は、覇王としての資質を色濃く受け継いだ自分よりも、ずっと強かった。
試合が始まれば、幼い少女の雰囲気はどこへやら。一流の戦士の様な張り詰めた闘志を放ち、気付けば目前にまで踏み込んで来ていた。そして、まるで殺しに掛かっているかと思わせるほど鋭く、速い拳を放ってきた。躱せたのはきっと、彼女がまだ未熟だからだろう。恐らく、自分と同じ年齢だったならば、少なくとも躱せはしなかったと思う。
けど、更に驚いたのは、そこから連撃に繋げて来たこと。振り抜いた拳の勢いを利用して、ハンマーの様に両手を組んで振り下ろしてきた。まるで、最初の一撃がこの二撃目の為にあったようにも思える、流れる様な二撃目が、体勢の崩れた自分へと迫った。それを躱す事が出来たのは、偶然でしかない。
自分もやられっぱなしは癪だから、構え直す前に一撃を繰り出した。構える前だから、これで決まると思った。しかし、彼女は構えなかった。自分の手刀突きを屈んで躱し、逆にカウンターで両手の掌底を自分の腹に打ち込んできた。重いダメージ、下手すればこの一撃で立ち上がれなかったかもしれない。
覇王の記憶がフラッシュバックする。聖王オリヴィエに、一度も勝てなかった覇王の記憶。また、負けるのだろうか? また負けて、彼女は手の届かない場所へと行ってしまうのだろうか?
記憶が混同する
嫌だ。また護れないなんて、まっぴらごめんだ。自分はもう、負けたくない。誰よりも強く、誰かを守れる王でありたい。
拳は握れる、身体も動く、闘志は消えていない。ならば、まだ戦える。
「次は……こっちの番です」
「!」
言葉を振り絞って、まだ少しダメージの残った腹部を気にしながら構えた。
「……行きます!」
「うん!」
地面を蹴って、前へと出る。そして、それは向こうも同じだった。互いに前へ出れば、衝突は踏み出した直後だった。彼女の拳が私の胸を狙う。私はそれを受け流し、その力を利用して地面に投げた。受け流すのは、覇王流の技の一つでもある。覇王としての記憶と資質が受け継がれたこの身であれば、それくらい容易い。
だが、彼女は投げ飛ばされ、崩れた体勢を空中で立て直し、両足で着地してみせた。そして、そのまま私の身体を掴んで、逆に私を投げた。まさかこんなに柔軟な動きがこの歳で出来るなんて、驚愕だった。
「うぐっ!」
背中を強打して、思わずうめき声が出た。だが、直ぐに立ち上がる。こうなれば仕方が無い。おそらく、彼女の実力は私よりも上だろう。全力でやりあえば、どうなるかは分からないが。
だが、それでも覇王流は最強であることを、胸に決めた戦闘技術だ。
「はああああ!!!」
彼女の背後を取る。速度で言えば、彼女の身体能力は私を大きく上回っている。だが、私だって瞬間的にならその速度に追いすがる事が出来る。彼女の背後、彼女の背中に肘を突き立てる。きっと、この攻撃も読まれているだろうが、それでいい。
「―――ふっ!」
予想通り、彼女はくるりと回転して、私の肘鉄を避けた。そしてそのまま回し蹴りへと繋いでくる。
読み合いに勝った。
私は彼女の蹴りを腕を立てて盾にし、凌ぐ。そして、その足を掴んで全力で引っぱった。彼女は片足の状態で身体を引っ張られたことにより、後ろのめりに倒れる。両足が宙に浮き、脚より頭が下になる形で宙に身体が宙に浮いた。空中ならば、何も出来ない筈だ。
「覇王――――断空拳!!」
宙に浮いた彼女の鳩尾に、覇王流の一撃を撃ち下ろす。決まった。手応えもある。
「う、ぐ……!」
だが、私の拳は彼女の両の手で受け止められていた。宙にいながら、私の拳を受け止め、地面に叩きつけられながらも受け身を取っていた。これでは、決め手にはならないだろう。
「まだ―――」
「まだ!」
彼女が起き上がると同時、バックステップで距離を取る。仕切り直しだ。相手を見据え、じりじりと距離を測る。拳を握り、今度こそと闘志を燃やす。そして――――
「ストップだ!」
脚に力を入れて駆け出そうとして、中断の合図が掛かった。どうやら、タイムアップのようだった。勝負は引き分け、いや……このままやっていたら私の方が負けていた可能性が高い。無論、負ける気は毛頭ないけれど。
しかし、なんとなくやるせなくて、そこはかとなく悔しさが残るこの心境は、きっと敗北感を感じているのだろう。私は本能的に、無意識的に、彼女に負けたと思っているのだ。
「アインハルトさん!」
彼女が先程とは違って笑顔で駆けよって来た。その表情はどこまでも楽しそうで、純粋に年相応の子供と同じものだった。
「あ……」
「楽しかったです! アインハルトさん強いですね!」
「……はい。貴方も、凄く強かったです……でも、あのままやっていたらきっと私が負けていました」
「え?」
「……また……もう一度勝負してくれませんか? 今度は、本気で……!」
もう一度、今度は負けない。負けたくない。引き分けなんて中途半端な結果なんて嫌だから、負けるにしても、勝つにしても、決着はしっかりつけておきたい。
すると、彼女は少しきょとんとしたあと、にこっとひまわりのような笑みを浮かべた。少しだけ、ドキッとした。
「はい! こちらこそ!」
彼女はなんの躊躇も、なんの嫌悪も抱かず承諾してくれた。本当に格闘術が好きで、素直に楽しんでいる思いが伝わってきて、ただ一番強い王を目指す為に戦っている私が少しだけ、嫌になった。
◇ ◇ ◇
「よし、じゃあ再試合は来週にしようか」
パパがそう言って、私とアインハルトさんへ歩み寄ってきた。今すぐにやってもいいのに、何故来週なのか分からなかった。
すると、パパはこちらの考えを読んだのか、いつもみたいに特徴的な……表現するなら、ゆらりって感じの笑みを浮かべた。私はこの笑みが好きだ。表情は悪いことを考えてそうな笑みなのに、それでもどこか温かさを感じさせるから。
「ヴィヴィオは俺とかノーヴェちゃんとか……いろんな奴から戦い方を教わっただろう? だが、覇王ちゃんは見た所独学だ。その格闘術の土台は古代ベルカの覇王の記憶にある覇王流から作ってるみたいだが……まだ未成熟な身体ではまだ使いこなせていない。だから、来週まで俺が鍛える」
「え?」
つまり、パパは私に勝つためにアインハルトさんを鍛えるから、一週間の時間を空ける、と言っているのだ。そんなの……そんなのって……
「良い考えだよ!」
「え? え?」
アインハルトさんが困惑してる。でも、パパが一週間アインハルトさんを鍛えれば、今度こそ本当にアインハルトさんの全力とぶつかることが出来る。いつか、聖王事件で知り合ったなのはさんが言っていた。友達になるにしても、分かり合う為には全力でぶつかっていく事が大事だよって。
「アインハルトさん、来週。またやろう!」
「あ………はい!」
今から楽しみだ。
私は来週の事に夢中になっていた。だから、気が付かなかった。私達の頭上、見上げなければ見えないパパの表情が、悪い表情になっていることに。