◇2 リリカルなのはにお気楽転生者が転生《完結》 作:こいし
翌日、珱嗄とアインハルトは空も茜色に染まってきた時間帯に向かいあっていた。こんな時刻になったのはアインハルトが学校から帰って来るのを待ったからだ。幾ら修行を付けるとはいえ、真面目な学院生徒であるアインハルトも学業を疎かにするのは気が引けた。
ヴィヴィオもこの修行に付いて行こうかと進言したのだが、珱嗄は来週を楽しみにしとけと言って、結局ヴィヴィオは連れて来なかった。とはいえ、差し入れとしてサンドイッチが入ったバスケットを持たせてくれたが。
さて、アップや柔軟体操も済んだ所で、珱嗄はアインハルトに向かって口を開いた。
「じゃ、修行を始めようか」
「はい」
アインハルトの
だがそんな覇王流に対して、今回先手に出た筈のヴィヴィオが勝てたのは、実は結構単純なことである。
中でも一番勝敗を決した要因となったのは、やはり
あれは言うなればヴィヴィオの身体能力をかなり向上させる。分かりやすく言えば、瞬間的になら手加減した珱嗄の速度に追随出来る程だ。つまり、音速を超えられる。反則で規格外なアイテムなのだ。まさしく、ロストロギア級。かつて八神はやてを同じ様に
アインハルトは謂わば、聖王のゆりかごに単身一つ、魔法無しで挑んだのと同じことをしていたのだ。勝てる筈もない。
「さて、まずはそれを理解した上で修行を受けて貰う」
「………私そんな相手と戦ってたんですか?」
「ぶっちゃけヴィヴィオが全力全開で暴れたら次元世界の一つや二つ簡単に吹き飛ばせる。ヴィヴィオは自分がそんな力を持っていることは知らないけどね」
「あぅ………」
アインハルトは、そんな相手に一週間で勝とうという現実に少し絶望した。これ詰んでない? と思った。だが、目の前の珱嗄はそんな彼女に対してにこやかに語る。
「でも、勝てないわけじゃない」
「え?」
「ヴィヴィオもまだ小学4年のお子様なんだ。未熟であって然るべきだろう?」
「た、確かに……」
そう、ヴィヴィオはまだまだ未熟な子供だ。珱嗄から武術を習っていたことや、天性の才能があったからこそ、現段階であれほどの強さを持っているのだ。とはいえ、アインハルトだって劣らぬ天賦の才を持っているのだし、条件が同じなら珱嗄から正式な修行を受ければ対等な筈だ。
「それに、どうせ覇王ちゃん再試合で大人に変身するんだろ?」
「え? は、はい」
「君とヴィヴィオは戦闘スタイルで似通った点が多い。だから、君にもヴィヴィオと同じ技を教えてあげよう」
珱嗄が言っているのは御察しの通り、『不知火』だ。といっても、ヴィヴィオに教えた『不知火』とは少し違う。ヴィヴィオに教えたのは連撃が可能な通常の『不知火』つまりは『不知火「連覇」』なのだが、珱嗄が今からアインハルトに教えるのは、一撃の威力に重きを置いた一撃必殺『不知火「迦楼羅」』である。
「名前は『不知火「迦楼羅」』だ」
「不知火……迦楼羅……ですか」
「そう、まぁ覇王ちゃんの使う『覇王断空拳』と『不知火』を組み合わせて『迦楼羅』にするから、正式には覇王流の迦楼羅になるのかな?」
迦楼羅は通常の不知火とは異なって、本当に相手が気が付かない内に殺す必殺技だ。死んだことにも気付かせない、かといって死角からの攻撃ではなく、真正面からの超高速極大威力の打撃技。これが『真正面からの暗殺技』と呼ばれる由縁である。
「それを習得出来れば……もっと強くなれますか?」
「勿論」
「……なら、やります……! 教えてください……!」
アインハルトは拳を握ってそう言った。戦意を滾らせ、決意の込められた瞳はとても綺麗に見えた。珱嗄はそんなアインハルトに、つくづくヴィヴィオに似ていると苦笑を洩らす。両者共、本当に格闘技が好きで、本当に強くなろうと思っているからこそ、純粋にこんな瞳が出来るのだろうと思った。
「じゃ、まずは技の構成を教えようか」
珱嗄はそう言って、アインハルトに迦楼羅の説明を開始した。
「実施で」
ヴィヴィオと同じく、身体に教え込ませる形で。
◇ ◇ ◇
空もどっぷりと暗くなって来た頃。最早誰もおらず、静かな公園の広場の中央で向かうあっている二人の男女の、荒い息遣いだけが空間に響いていた。
といっても、男の方はかなり余裕のある表情を浮かべており、男に抱き着くように寄り掛かっている少女の方だけが荒い息を吐いていた。紅潮した頬と、汗で若干透けた肌が、まだ幼い少女であるにも拘らず妖艶に見せる。
そして、少女の少し潤んだ瞳が男を見上げた。荒々しい呼吸で言葉を紡げず、瞳で何かを語りかけている少女。男はそんな少女の身体をその逞しい腕で支え、お姫様の様に優しく、ふわりと抱き上げた。少女はその体勢に恥じらいを感じたのか、顔が赤く染まる。心臓の鼓動が早まり、無意識に男の服をぎゅっと掴んだ。
そして、男は少女をベンチに寝かせると、そっと腰布を解き、上に来ていた着物を脱いだ。そして、少女の小さな胸に手を伸ばして――――
「洗浄魔法」
少女の身体に纏わり付いていた汗や老廃物を魔法で取り除いた。そして、脱いだ着物を少女の身体にかぶせたのだった。
「す……すいま、せん……はぁ……はぁ……」
という訳で、アインハルトもヴィヴィオと同じく不知火迦楼羅の手加減版をその身に受け続けて、疲労した結果倒れたのだった。珱嗄は同じベンチに座り、アインハルトの頭を自身の膝に乗せる。少し恥ずかしかったが、アインハルトは疲労で動けず、その膝枕に大人しく寝かせて貰うことにした。意外なことに、袴での膝枕は思いのほか、心地良かった。薄生地であるから体温が伝わりやすく、珱嗄の温もりが触れた所から伝わってきて、逞しい感触と相まって安らかな気分になれたのだ。
「気にするな。それで、どうだったよ?」
「すぅ……はぁ……迦楼羅の技の構成は恐らく、巨大な威圧感の後に一瞬で気配を消すことによって、自分の姿が消えたと相手に錯覚させ、その間に最短距離を最高速度で移動し、そして一瞬で最大威力による攻撃をぶつける技……」
「正解」
一見、通常の不知火との違いが分からないかもしれないが、不知火は全力の『拳』であって、全力の『一撃』という訳ではない。通常の不知火は、魔法を使う必要がなく、生身の拳のみで行う技。強いて言うのなら身体強化魔法位だ。故に、無駄なことに集中力を割かなくても済む分、才能のある者であれば習得はかなり容易い。
だが迦楼羅に関しては違う。まず、自分の出せる最高速度を出す為に通常の不知火同様、身体強化魔法を使う。そして、最短距離を最高速度で駆け抜け、自分の出せる必殺技を繰り出す為に『別の魔法』による一撃を組み上げなければならない。
考えても見て欲しい。
人間の動体視力を超えたほぼ音速の速度で相手に近づけば、接敵までに掛かる時間は1秒の半分にも満たない。地面を蹴った瞬間に敵に接敵する様な、そんな一瞬の中で、体勢が崩れない様に身体を動かしながら、尚且つ自分の最大火力の魔法を組み上げ、相手にぶつけるということが、どれほど難しいか。
だからこそ、一つ前の世界において、この迦楼羅を習得し得る者はいなかった。まぁゴン達の様な天賦の才能を持つ者がそうそう現れなかった、というのも原因の一つだが。
「本当に一週間で習得出来るんですか……?」
「それは覇王ちゃん次第」
「むぅ………頑張ります」
正直言うと、珱嗄は一週間で迦楼羅を習得出来ると思っていない。思っていないが、ヴィヴィオが一晩で習得の一歩手前まで迫った事実を思えば、もしかしたらと思えてくるのだ。珱嗄を持ってしても、末恐ろしいと思わせる才能ならば、もしかしたら。
「……ま、今日の所は帰るとしよう。送ってってあげよう」
「………ありがとうございます」
珱嗄はアインハルトを背負い、帰路に着く。アインハルトは、少し照れ臭そうにお礼を言ったのだった。