◇2 リリカルなのはにお気楽転生者が転生《完結》 作:こいし
さて、珱嗄とアインハルトの関係が師弟のものになった後のこと。
珱嗄の教え通り、アインハルトは着々と断空拳を自分のものにしていた。元々の断空拳で使っていた、『練りあげる力』を別から持ってくるというやり方は、意外なことにアインハルトはすぐにコツを掴んだ。
それというのも、この方式で使う力というのは、遠心力や突進力といったもので、自分が制御する必要がないものだからだ。それらの力は正しく身体を動かすことで自然と発生するものであり、後はそれが霧散しないように身体を制御する事が出来れば、簡単にそれらの力を使用する事が出来るのだ。
故に、珱嗄が指導しながら修行し続けた結果、陽が暮れる前にアインハルトは断空拳をほぼ自分のものにする事が出来ていた。ヴィヴィオ同様に、アインハルトの才能には眼を見張るものがある。珱嗄は素直にそう思った。
「はぁ……はぁ……」
「うん、まぁ及第点かな。一回休憩しようか」
「だ、大丈夫……です! まだやれます……!」
膝に両手を着いて息を整えるアインハルトを見て、経過も順調であることもあって、珱嗄は休憩を進言した。だが、アインハルトは顔を上げ、腕で頬を伝う汗を拭いながらその進言を拒否した。休憩している時間があるのなら、もっと自分を鍛え上げたいという意思が感じられる。
珱嗄はそんなアインハルトの瞳の中に、いつかのティアナと同じ間違いを見た。まして、彼女は過去のティアナよりも幼い少女だ。当然、その拒否は認められない。
珱嗄はアインハルトの頭に手を乗せて、わしゃわしゃと乱暴に撫でた。
「うひゃっ……! な、なにするんですか!?」
「休むことも修行の内だ。まだお前の身体は未発達で出来上がってないんだから、幼い内から過度に痛めつけるのは良くない」
「むぅ………分かりました」
少し不本意の様だったが、珱嗄の言葉が正論である事は事実。アインハルトは素直にベンチに座って休憩することにした。珱嗄はそんな彼女に苦笑しながらタオルを投げ付けた。それをキャッチし、アインハルトは一つ感謝の言葉を言いながら汗を拭いた。そして、大きく息を吐いた。
「そう焦ることないって。アインハルトちゃんはちゃんと強くなってる」
「そう、でしょうか?」
「俺が保証するよ」
「え、えへ……えへへ……」
珱嗄の言葉に、表情をへにゃっと綻ばせるアインハルト。自分の尊敬する相手から褒められたことが、純粋に嬉しかったようだ。普段はクールであまり感情表現をしない彼女だが、珱嗄には一定の信頼を置いているようだ。
「とはいえ、ここからが大変だ」
「はい!」
「『迦楼羅』は俺の必殺技でもある。それを習得するのは少し難しいぜ?」
「それでも、頑張ります。私は、強くなれるなら……もっと強くなりたい!」
珱嗄のちょっとしたプレッシャーに、アインハルトはものともしない。強い意志は何者にも勝る。如何に珱嗄が最強無敵の存在であろうと、如何にアインハルトがまだまだ未熟で弱い存在であろうと、その小さな身体に秘められた強固な意志は、お互いの強弱関係無く、全てを上回る。
才能だけでは不十分。秘められた可能性だけでも不十分。そこには確固たる意志が無ければ意味は無いのだ。
「そいつは重畳。ま、それだけやる気があるなら十分だろうさ」
「あの……師匠」
「ん?」
「師匠のことを教えてくれませんか?」
アインハルトは少し遠慮がちにそう聞いた。珱嗄の事がもっと知りたいと思ったから。
この、目の前にいる自分の師匠は、きっと誰よりも強い。だから、その強さがどこから来ているのか、なにがそこまで師匠を強くしたのか、知りたかった。その領域に辿り着くまでに、一体何を犠牲にし、どれだけの時間を費やしたのか、その過去が知りたかったのだ。
「俺の事か……」
「はい……師匠がどうしてそこまで強くなれたのかが知りたいんです」
「なるほどね……俺はちょっと特別だからなぁ……どう説明したものか……」
アインハルトが眼を輝かせ、わくわくした表情で此方を見ていた。
珱嗄の立ち位置というか、この世界に来た理由とか、ハンターハンターの世界での戦いとか、話せば少し難しいことばかりなので、珱嗄の心情としては気まずいものがあった。
とはいえ、子供の純粋な視線は下手に誤魔化すと心苦しい表情に変わる。罪悪感で苦しめられる破目になるだろう。
「んー……そうだなぁ、俺が戦いの世界に身を置いたのは、17,8歳の頃だ(精神的に、身体は赤ん坊)。その頃は全然弱くて、野犬が出てくれば逃げてた位だ」
「師匠が、ですか?」
「なんだそのびっくりした顔は、俺だって最初から強かった訳じゃないよ………んで、生きていく為にちょっとずつ身体を鍛えた。独り立ち出来る位になった頃には多分かなり強い部類に入ってたと思う。実戦経験は皆無だったけどね」
珱嗄の言葉にコロコロ表情を変えるアインハルトが、少しだけおかしくて苦笑した。弱い珱嗄が思い浮かべられなくて、驚いたり、実戦経験皆無なのに強いと聞いて、驚いたり、とにかく驚きの連続だった。
「で、一人で旅に出たんだ。色んな事があったよ、やたらと強い爺さんに会ったり、ペロリシャスとか言う変態に会ったり、親友が出来たりさ」
「へぇ……」
「で、そこからは強敵との出会いの数々だ。龍に乗った爺と戦ったり、猫みたいな蟻と戦ったり……んで、蟻の王様と殺し合いをしたり」
「蟻、ですか?」
アインハルトは怪訝な顔をする。蟻と戦った、と言われても想像が付かないだろう。彼女の知る蟻というのは、小さく、指先一つで殺せる様な存在なのだから。
「突然変異した蟻だ。知能を持ってるし、力も人間より遥かに大きい。人間対蟻の戦争が起こったんだよ。で、その王様を見事討ち取ったのが俺だ」
「それは、凄いですね……」
アインハルトは呆然としている。おそらくは次元世界の何処かでの話なのだろうと結論付けたが、人間と蟻という種族同士の大きな戦争の終止符を打ったというのだ。それはとてつもなく、想像し難い偉業だった。
「まぁ代わりに親友を殺されたんだけどな」
「あ……そうなんですか」
「まぁ、最後の最後で俺を助けてくれたから、きっとアイツも自分を殺した蟻の王を憎んでいたりはしないだろうさ」
「はい」
「でだ、その王様を倒す為に編み出した技が、『迦楼羅』だ」
「そ、そんなに凄い技だったんですか!」
アインハルトは自分が習得しようとしている技のルーツを知って、今日一番の驚愕っぷりを見せた。蟻の王を討ち取った技、種と種の戦争を終わらせた技、それが『迦楼羅』。
アインハルトはそんな凄い技を教えて貰っていることが、少しだけ誇らしくなった。そして、そんな偉業を成し遂げた人物の弟子であることが、とても嬉しかった。
「じゃあ私は師匠の一番弟子ですね!」
「いや、俺の親友は一番弟子だったから……アインハルトちゃんは二番目に……」
「………うぅ」
珱嗄の言葉にアインハルトは涙目になった。ぐ、と少し身体を引いた珱嗄。やはり子供のこういう視線は罪悪感を刺激する。
「……女の子では一番弟子ってのはどうよ?」
「あ……はい!」
アインハルトは珱嗄の言葉に、またぱぁっと笑顔を咲かせた。
「そろそろ、修行を再開しようか」
「はい!」
修行は続く。