あたしは二階の3-A教室で息を整えていた。背にはシャベル。いつもツインテールにしている髪は、《奴ら》と戦うのに邪魔だから今は纏めている。
「赤い車は1つだけだからすぐ分かるって言ってたな…」
情報を口に出して整理する。
あたしは窓に立て掛けた梯子に足を掛けると、ゆっくりと降り始めた。一歩降りるごとに、梯子が軋み、嫌な音をたてる。
「よーい」
ある程度まで下に降り、改めて周りに《奴ら》がいないことを確認。
「ドン!」
飛び降りる。着地。あたしはすぐに駐車場へ向けて走り出した。避けれる奴は避け、最低限の奴だけ倒す。今必要なのは確実さではなく、速さだ。
「赤い車っ」
駐車場に着き、素早く周りを見渡す。
赤い車は――
「あった!」
そこまで遠くはない。後ろから迫ってきた《彼》の首をはねると、あたしはめぐねぇの車に乗り込んだ。
*******
(くるみさんは大丈夫かしら――)
愛莉ちゃんが下の階へ先に行き、悠里さん、ゆきちゃん、私と続く。この順番は愛莉ちゃんが考えたものだ。もし《彼ら》が下にいたら、愛莉ちゃんが処理し、私たちが後についていく。
――本当に彼女には助けられてばかりだ。あの雨の日にも、彼女がいなかったら恐らく私はここにいなかっただろう。それくらい絶望的だったのだ。
あの時の愛莉ちゃんの目は未だに忘れられない。自分の命の価値を考えず、ただ《彼ら》を殺すことだけを考えていたような目。結果としては彼女に助けられたが、本当にそれで良かったのだろうか。
私は、彼女の大切な『何か』を壊してはいないだろうか――
そんなことを考えていたからだろうか。ふと意識を目の前に戻すと、ゆきちゃんがこちらを覗き込んでいる。
「めぐねぇ大丈夫?」
「え、ええ」
見ると、愛莉ちゃんはもう玄関前についていた。慌ててついていく。
「どうかしたんですか?」
「ううん…何もないの」
悠里さんは疑問を持ったようだったが特に追及するでもなく、頷いた。
「おっけー。皆急いで」
愛莉ちゃんは周りを警戒しながら、私たちに言う。そろそろくるみさんが車に乗れた頃だろうか――
「来た!」
少し経ち、愛莉ちゃんが小声で叫んだ。私の車がこちらへ走ってくる。
(あれっ。そう言えば私の車って四人乗り…)
今更思い出す。基本一人で乗っていたため、何人乗りかなど、ろくに気にしていなかったのだ。まぁ…詰めれば5人も行けるだろう。そう考えた私は、その事をもう考えることなく、車に乗り込んだ。
ちなみに運転は、学校を出るまではくるみさんが、後は私がすることになっている。学校で運転手を交代しない理由は、止まると危険だから、だ。
「しっかり掴まってろよ。揺れるぞ」
くるみさんが言った。
…あれ?学校行くまでにそんなに揺れるところなんて――
と、思った矢先。車が急発進した。何人かの《彼ら》を巻き込み、運動場を駆け抜ける。バンパーがヘコんだ。
「シクシク…」
私の心もヘコんだ。この車…高かったのに…。
「それじゃあ遠足に…」
さめざめと泣く私を置いて、くるみさんが元気に言った。
「「「しゅっぱぁつ!」」」
他の皆も言い、私達は《あの日》から初めて学校を出た。
ちなみに、愛莉ちゃんは一人だけ私を気遣ってくれた。
…ぐすん。
*******
私は変わり果てた町を見ていた。見たところ、まともに残っている家すらろくにない。思わずため息が溢れる。
「また…」
めぐねぇがそう言うと同時に、車が急停車した。どうやら、道が瓦礫で塞がれているらしい。これで何度目だろうか。
「次はどっちかしら?」
めぐねぇが言い、くるみが地図を見つめる。
「え、えーと…」
くるくると地図を回す。どうやら道が分からなくなったらしい。
「えーと…ここじゃないかな?」
後ろから覗き混んだゆきが地図の一点を指差した。
「ん?あ、そうか?」
くるみが地図を見つめながら唸る。どうやら地図を見るのはゆきの方が得意らしい。
「ゆきちゃん、案内変わってくれるかしら」
めぐねぇが苦笑し、助手席にいたくるみと後部座席にいたゆきが場所を入れ替わる。
暫くの間、車のなかにはめぐねぇとゆきの話し声だけが響いていた。くるみはボーッと窓の外を見ているし私も似たようなものだ。悠里さんはめぐねぇ達を見て微笑んでいる。
――と、その時。
「ストップ!」
「え?」
くるみが突然叫んだ。めぐねぇが車を止める。急ブレーキのような形になってしまい、シートベルトをしていなかったゆきが頭をぶつける。
「イタタ…」
「どうしたの?くるみ」
悠里さんが聞く。くるみは少し固まると、呟いた。
「あ、いや…何でも、ない」
声が震えている。と、ゆきが窓からそれを見た。
「あれ、ここもしかしてくるみちゃんの家?」
「――あ、ああ…」
くるみが答える。少し呆然としているようだった。
「顔出してきたら?随分帰ってないんじゃない?」
ゆきが笑う。くるみは少し迷っていたようだが、笑った。
「そうだな。ちょっと顔出してくる」
私はため息をこぼした。もし、親が《奴ら》になっていたら彼女は無事でいられるだろうか――
「私もついてくよ」
恐らく無事では済まないだろう。下手すると噛まれかねない。――いや、もっと酷いことになるかもしれない。
「いや、一人で――」
「危ないからさ、ついてくよ」
言葉を遮る。くるみもそれは分かっていたのだろう。それ以上何も言わなかった。しかし、私も他人の家を荒らすつもりはない。《奴ら》がいないことだけ確認したら、すぐ離れるつもりだ。
「…ただいまー。誰か、いる?」
声はない。――だが。
ガタン、と何かが動く音がした。
「――っ!?」
思わず息を呑んだ。前に出ようとしたくるみを手で止める。
「悪い、くるみ。私が行く」
「いやあたしが――」
彼女はとても焦っているようだ。まぁ、それも仕方のないことか。家族がいるかもしれないのだ。――それが生きているかは別として。
「いや、私が行く。くるみには行かせられない」
もし、いるのがくるみの家族だったとして。もし感染していたら。くるみには荷が重すぎる。家族を殺して精神が無事でいられる訳がない。もし、くるみの家族なら。
(私が殺さなきゃならない)
そう考えた。
「くるみは外で待ってて」
「でも――」
「待ってて」
「――っ!!」
有無を言わせない強い口調で言う。くるみが目を伏せた。ドアを開け、外に出る。それを見て、私はシャベルを強く握りしめ、前を見据えた。
音がしたのは一番奥の方の部屋。ゆっくりと、警戒しながら部屋の方へ歩いていく。何かを引き摺るような音が奥の部屋から聞こえていた。
ドアは開いていた。陰から部屋を覗く。一人の《女性》がいた。ただ、部屋をウロウロと徘徊している。
「ごめん、くるみ」
小さく呟く。
《彼女》がくるみの母親かは分からない。だが、殺す前に言っておきたかった――いや、言っておかなければならなかった、だろうか。
私は、《彼女》が背中を向けるのを見計らって部屋に飛び込んだ。床が軋み、その音で《彼女》が振り向く。私は真っ直ぐに《彼女》の頭へシャベルを振るった。
グシャ、と。頭が潰れる嫌な感触。
頭を失った《彼女》の体が、力を失い崩れ落ちる。
(これ、くるみに見せちゃダメだろうな)
溜め息を吐き、彼女の死体をクローゼットに押し込む。
「こんなものかな」
血が飛び散ってかなり悲惨なことにはなっているが、そこは気にしても仕方ない。私は目を部屋から背けると、玄関へ向かって歩きだした。勿論、くるみを呼びに。
玄関のドアを開け、外にいるくるみに声をかける。
「もう、入っていいよ」
「あぁ…悪い」
くるみが呟き、家の中へ入っていくのを見届け、私は車へ向かう。幸い、《彼女》以外の《奴ら》はいなかった。くるみ一人で大丈夫だろう。
暫く経ち、くるみが家から出てきた。車に乗り込む。
「お帰りー」
「おうー」
声にぎこちなさが目立つ。流石に割り切れないか。私は黙って目を逸らした。
「あ、お帰りって変かな。家からお帰りって」
ゆきのセリフにくるみは笑った。無理しているような、そんな笑顔。
「いんじゃね。…ただいま」
そして、その夜。私達はガソリンスタンドで休憩していた。今日はここで泊まる予定だ。明日はかなり動き回るかも知れないので、今日のうちに休んでおく。
車の中で横になっても中々眠れない。仕方ないので少し考えることにした。
考える、と言っても、かなりどうでもいいことだ。真面目に考え事をすると、逆に目が覚めてしまう。
「あっまーーい!」
突然ゆきの声が聞こえた。どうやら外でくるみや悠里さんと話しているらしい。耳を済ますと聞こえてくるのはヒーローがどうのこうの、という内容だった。彼女達も、外では救助が始まっているのかもしれない、という希望を持っていたのだろう。
「現実は小説よりも奇なり…ねぇ」
昔の人は凄いことを言うな、と思う。
確かにそうだ。現実は小説なんかよりも色んな事が起きる。それがいいことか、悪いことかは分からないが…
「――ぁふ。…そろそろ眠くなってきたな…」
私が目を閉じると、外の声がはっきりと聞こえた。
「誰か…いるといいなぁ…」
くるみの呟きを耳に、私の意識は落ちた。
さて…ここからが不定期更新の本領発揮だ!!←おい
遠足への道のりにあるイベントはなるべく回収していく精神で