書き置きを読んだあたしは、即座に窓へと駆け寄った。朝早くだからか《奴ら》が居ないグラウンドに、見知った少女の後ろ姿を探す。
そして、グラウンドを歩く1人の人影を見つけた。人影の主――愛莉はシャベルを肩に担ぎ、のんびりとした様子で校門へと歩いていっている。
「バカ野郎……っ」
毒づき、駆け出した。一瞬、りーさん達を起こすべきか迷ったが、そんな時間も惜しいと断念。
椅子に立て掛けていたシャベルを手に取り、陸上部で鍛え上げた体力と走力に物を言わせて階段を数段飛ばしで駆け降りる。幸いにも《奴ら》の声は全くしておらず、遠慮なく全力疾走することができた。
「愛莉っ!!」
グラウンドを駆け抜け、今まさに校門を出ようとしている愛莉に向かってあたしは叫んだ。
愛莉はあたしに気付いたようで、こっちを見て一瞬辛そうに表情を翳らせる。だが、すぐに何かを振り払うように頭を振ると、踵を返した。
「待てよ!」
流石に全力疾走を長く続けるのはしんどい。荒れた呼吸をゆっくりと整えながら、あたしはもう一度叫んだ。愛莉が肩をピクリと震わせ、再びこちらを見る。
「どうしたの?くるみ。まだ起きるには早い時間だったはずだけど」
「…何、しようとしてたんだ?」
「書き置き、置いてったでしょ?私は出ていくって。それじゃ」
クルリと踵を返そうとする愛莉の肩を掴む。
「事情も何も説明しないで、行かせるわけにはいかないだろ」
あたしの言葉を聞いて、愛莉は俯いた。暫く黙っていたかと思うと、不意に溜め息をつき、空を見上げる。
「あのさ。…私が《奴ら》になったら、くるみは私を殺せる?」
「は?何言って――」
「良いから答えて」
唐突な質問に思わず首をかしげたあたしの言葉を、愛莉がぴしゃりと遮る。その瞳が余りにも真剣で、あたしはつい考えてしまう。
――愛莉が《奴ら》になったら…。
あたしが、殺さなければならないのだろうか。
その事を考えた途端、とてつもない悪寒が背中を走った。手からシャベルが滑り落ち、カランと乾いた音をたてる。
「…い、いや、待てよ。何でそんな事を聞くんだ…?あの抗体…効いたんだろ?」
「効いたのかなぁ…?ただの一時的な延命措置かもしれない」
震える声に、返ってきたのは無慈悲な宣告とも取れる言葉。愛莉は、思わず俯いたあたしの頬に左手を当てた。その手は、酷く冷たくて――
「っ!?」
思わず飛び退いてしまう。それを見た愛莉は、少し寂しそうに微笑んで。
「噛まれてからさ。《奴ら》が私を認識しなくなったんだよね。まるで『お前はこっちの味方だ』なんて言うみたいに」
「嘘…だろ…?」
「本当だよ。――だから、私はくるみたちと一緒に居るわけには行かない。私が《奴ら》と同じ状態になって皆を殺してしまうなんて、耐えられないから」
それに、くるみに私を殺させてこれ以上傷付けるわけにも行かないしね――
そう言って、彼女は微笑んだ。その声は、震えていて。その笑顔は、今にも泣き出しそうに見えた。
「それじゃあね。皆には…色々ありがとう。本当に楽しかった、って伝え――」
そこまで滑らかに言っていた愛莉の言葉が、不意に詰まった。一度掌で目もとを擦ると、震える息を吐き、深呼吸をして続ける。
「伝えといて…ね」
「…断る」
「……え?」
落ちたシャベルを拾い上げ、あたしは呟いた。目を丸くする愛莉の目を、まっすぐ見つめる。
「愛莉が《奴ら》になるなら、あたしが絶対に止めてやる」
「は?…そんなの無理に決まって――」
「絶対にやってやる!…それじゃ…ダメか…?」
あたしの言葉に、愛莉は数秒間絶句していた。
だが、構わない。棒立ちになっている愛莉に近付き、抱き寄せる。
「少しはあたしを信用してくれよ…」
「………カ」
愛莉が何かを呟いた気がして、あたしは彼女を強く抱き締めながら首をかしげる。
「ん?」
「…くるみの、バカ」
愛莉の声は、濡れていた。
「何で…?私はくるみも傷付けたく無いのに…」
「はぁ?あたしより遅くてシャベルの使い方もなってない奴に傷なんか付けられるかよ」
「後悔…するよ?」
「しねーよ。由紀がいつか言ってたろ?『皆で卒業するんだ』って。愛莉が何処かに行く方が後悔する」
そう言って、あたしは微笑んだ。