目が覚める。今日はあの夢は見なかったらしく、よく眠れた。
だが栄養不足はいかんともしがたく、まだ頭が痛い。起き上がったと同時に感じた痛みに顔をしかめた。
「――っ」
周りを見回す。ここは何処だろうか?
見たところ放送室では無いようだが…
「めぐねぇ!目を覚ましたよ!」
いつの間にか後ろにいた、帽子を被った女の子が突然叫んだ。彼女に呼ばれ、めぐねぇ――佐倉先生が部屋に入ってくる。
「良かった…目を覚ましたのね」
「めぐ…ねぇ…?」
言葉が漏れ出す。
私にとって、めぐねぇはただの先生以上の存在になっている。
両親が早くに事故で死んでしまった私の面倒を見てくれたお隣さんが彼女だったのだ。彼女は私にとって親であり、家族なのだ。
「本当に――生きててくれて良かった…」
色々な感情がない交ぜになり、涙が溢れる。めぐねぇはそんな私に何も言わず、ただ子供をあやすように撫でてくれた――
どのくらいそうしていただろうか?
ぐぅ~、という音が後ろから聞こえた。何の音だろう、とその方向を向くと――帽子の女の子が顔を赤くしてお腹を抑えている。
「…えへへ、ごみん。朝御飯まだだったから」
どうやら彼女のお腹が鳴った音だったらしい。
そう言えば私も《あの日》から、ろくに何も食べていない。それに気付くと突然空腹感が強くなった。
帽子の女の子もそれに気付いたようで、私に向けて微笑む。
「あなたも行こ?」
私は少し迷い――しかし、彼女の手を取った。
「あら――起きたのね」
生徒会室に着いた私たちに気付くと、鍋をかき混ぜていた彼女――若狭 悠里さんがこちらに振り向く。エプロンを着ている。手にはお玉。
「悠里さんも無事だったのか…良かった」
彼女とは2、3年と同じクラスになっていて、比較的私と話してくれる良い人だ。
なお、私にとって良い人とは私と普通に話してくれる人を指す。
「ええ…なんとかね」
少し元気がないのは仕方がないことだろう。むしろこの状態で元気な方が異常とすら言える。
そう思い、悠里さんの前にある鍋の中を涎を垂らさんばかりに見つめている彼女――丈槍 由紀さん、という名前らしい――に目をやる。
「カレー…」
元気がありすぎでは無いだろうか。
何があったのだろう――そんな事を考えていると、突然ドアが開いた。入ってきたのは、シャベルを担いだツインテールの女の子だ。
何回か朝の集会で表彰されているのを見掛けたことがある。確か…陸上部の恵飛須沢 胡桃さん、だっただろうか。
「お。起きたのか」
彼女は私を一瞥すると、机にシャベルを立て掛け、席に着いた。
「由紀もさっさと座れー」
恵飛須沢さんに言われ、丈槍さんが座る。悠里さんがカレーが盛られた人数分の皿を持って歩いて来た。めぐねぇに促され、私も席に着く。
久しぶりの食事。
「じゃあ、食べましょうか」
悠里さんの言葉に、皆が頷き。
「「「「「いただきます!」」」」」
生徒会室に、明るい声が響き渡った。
悠里さんのカレーはとても美味しかったです。まる。
食事が終わり、片付けが始まると、
食卓に残るのは私と恵飛須沢さん、悠里さんだけになった。
めぐねぇと丈槍さんは、皿を洗っている。そして――目の前に座っている悠里さんの雰囲気が変わり。
「少し――来てもらえるかしら」
悠里さんがこちらを向いて言う。恵飛須沢さんの目付きが変わった。
恐らく、色々と話があるのだろう。
今の状況について――など。
「分かった」
私は頷く。今みたいな状況では、情報の共有が最優先だ。
私が頷くのを見て、悠里さんは無言で部屋を出た。恵飛須沢さんもシャベルを肩に担ぎ、後に続く。私はめぐねぇと丈槍さんが付いてこないことに違和感を感じながらも、口には出さず二人についていった。
着いたのは音楽準備室だった。窓が割れていて散々な状態になっている音楽室より、こちらの方がいいと考えたのだろう。
「いくつか――聞いても良いかしら」
私が準備室のドアを閉めると、悠里さんが切り出した。私も聞きたいことがいくつかあったが、それは後でも良いので、まず彼女の質問に答える。
「…良いよ」
「あなたは――何階にいたの?」
「2階の司書室に」
今、嘘をつく必要など無い。私は悠里さんの質問に一つ一つ答えていく。
私に一通り質問し終わったのか、悠里さんは質問をやめた。いや――
「――他に、誰か、生きていた?」
少し聞くのを躊躇うような空白の後、彼女は口を開いた。なぜ彼女が躊躇ったのかは分かる。
――単に、怖いのだ。自分達しかいないと言う状況が。
この質問の答えは悠里さんも分かっているのだろう。私しか放送室にいなかった時点で。
だが…希望を捨てたくはなく、私にこの質問をしたのだ。――でも
「いや――私、一人だった」
事実は変わらない。恵飛須沢さんが目を伏せる。悠里さんは噛み締めるように呟いた。
「そう――よね――」
それきり、悠里さんは黙ってしまう。
私はその沈黙に耐えきれず
「恵飛須沢さんからは?」
話を無理に進める。恵飛須沢さんがこちらを向いた。
「…あたしのことはくるみでいいよ。あたしからは――そうだな。結城が何の武器を使ってたのかは気になる」
そこが気になるとは――大体予想はついていたが、彼女が《奴ら》と戦う役目なのは間違いないようだ。
「私のことも愛莉でいいよ、くるみ。武器は火炎放射器を使ってた――けど」
「けど?」
「いや、何でもないよ」
使ってたけど。少し物足りないように感じてしまった――なんて、言えるわけがない。
「火炎放射器?そんなのここの学校にあったっけ?」
「いや、即席の…」
ポケットから殺虫剤とライターを取りだし、二人に見せる。
二人にはこういう知識は余り無かったようで、少し感心していた。
「これなら――護身用に持っておくくらいは出来るかもしれないわね」
悠里さんが殺虫剤とライターを両手に持って呟く。
「あたしからはそれくらいかな。――じゃあ次は愛莉から何かあるか?」
くるみの問いに私は――1つだけ気になっていたことを聞いた。
「じゃあ…1つだけ。何で――丈槍さんには言わないの?」
悠里さんが少し止まるのを見て、くるみが答えた。
「ゆきを泣いたままにするよりかは十分いいだろ?」
くるみは一言一言噛み締めるように続ける。
「学園生活部ができてさ。あたしもあいつも救われてるんだよ。これ以上あいつに――ゆきに不安を与えたくない」
なるほど――と、思った。これは単純に、知っていると安全だから教えるとか、そういう問題ではないのだろう。
それに、彼女の明るさはこの状況ではありがたい。それは先程の食事中にも感じていたことだった。
「分かった――私からの質問はそれくらいでいいかな。あ――いや。もう1つだけ」
大抵のことは私への質問の時に分かっている。なので、そこ以外に気になるところはほとんど無かったのだ。
だから、今から聞くことは気になることについて、ではない。
「私も――学園生活部に入って、いい、かな?」
ただの――お願いだ。
私の言葉に、くるみと悠里さんは顔を見合わせると…
「「ようこそ、学園生活部へ。歓迎するよ」」
声を揃えて言った。
めぐねぇと愛莉の感動の再会中は空気を読んで黙っていた由紀ちゃんでしたが、食欲には勝てず…。
因みに、由紀ちゃんは現実逃避してます。めぐねぇいるからそこまで酷くはないけど。