ダンジョンに潜り始めたことでようやく名実ともに新人冒険者となった士郎は、後続が誰になるかを待ちつつアイズの監督のもと訓練やダンジョン攻略に励んでいた。
最初こそあの剣姫に面倒を見られていることに妬みや羨みの感情を向ける者が多かったが、士郎の努力を目の当たりにするとそれも次第に減っていった。
士郎の起床はロキ・ファミリアの団員の中で最も早い。
朝起きたらまずは軽く黄昏の館の清掃、その後朝食までの時間一人で弓の訓練をする。
朝食のために食堂に向かう途中に士郎の訓練の様子を眺める者は少なくなく、恐ろしいほどの集中力で一本足りとも外すことがない士郎の弓の訓練はある種の風物詩と化していた。
朝食の時間になればリヴェリアが士郎の相手をする。
前日の授業内容の復習、内容によってはモンスターの対策や知識の応用などの考察を含めて問われるため、リヴェリアの座学を蛇蝎の如く嫌う団員は朝食時はまず士郎とリヴェリアには近づかない。
しかもリヴェリアとの復習が終わるとヤンが今日の料理の出来を聞きに来るため、それに対して感想やちょっとしたアドバイスを送っている。
朝食が終われば昼食まで剣の訓練だ。
基本的にはアイズが相手をするが、一級冒険者ということもあり予定が合わない場合は自主練か今まであまり交流のなかった中堅の男性団員が相手をするようになった。
最近では長剣ではなく双剣を訓練に使うことが多く、士郎自身もしっくり来ると感じているしアイズからも長剣よりも適性があるとの評価だ。
しかし片方でも落としてしまえば途端に棒きれになってしまうため、格下相手にはリーチと重量で勝る長剣を使っている。
そして中堅の男性団員との訓練だが、これは元々やっかみ半分でアイズのいない隙を見計らって冒険者的に面倒を見てやろうと画策され始まったものだった。
しかしステイタスにものを言わせている部分が多い冒険者に対して、剣道の経験を含め動きに理がある士郎はステイタスで大きく劣るものの、新人とは思えぬほどの凄みがある。
当然新人相手に負けることは無いもののLV.1冒険者とは思えぬ士郎の腕前にやっかみも消え、純粋に腕を高め合う訓練となり士郎と男性団員の交流も深まることとなった。
今ではすっかり男性団員と打ち解け、副次効果として思考停止して剣を振るっていた団員たちが逆に士郎に動きを教わる場面も増えている。
昼食は一転して平和であり、アイズと午後の予定の話をしたり朝食時同様ヤンにアドバイスを送ったりするのみだ。
特筆すべき点はあまりないが、この時間が数少ない女性団員との交流の機会になっている。
男女比の関係で男性団員の肩身が狭いロキ・ファミリアであるが、士郎の立ち位置は特殊だ。
オラリオにおいて男性よりは女性が好むような料理の腕前や、こまめな気配りができる点や男臭くなく理知的な顔立ちの士郎は、女性団員の多くに気にかけられている。
そのため士郎と交流するほとんど唯一と言っていい昼食の時間には、女性団員と士郎に間に会話が増える。
軽く会話する程度で深く打ち解けているわけではないが、それでもロキ・ファミリア内での男女関係を考えれば中々のものだろう。
そして午後はダンジョン攻略の時間だ。
やはりここでもアイズが監督に付くが、やはりそれが難しい場合はヘルプで手が空いた団員が付く場合を除いて単独で潜ることになる。
単独では四階層まででゴブリンやコボルトなどをひたすら狩り続け、アイズが付いている場合はもう少し深い階層まで足を伸ばしウォーシャドウなどの初心者殺しのモンスター相手の戦闘経験を積んでいる。
最初こそ危うい戦いだったが、今ではウォーシャドウ相手でも単独ならばそれなりに戦えるようになった。
ダンジョン探索から戻れば軽く身だしなみを整えた後、時間があれば朝と同じように館の清掃、そのまま夕食の準備だ。
リヴェリアやフィンはきついようであればいつでもやめていいと言っているのだが、彼の料理を楽しみにしている団員も多く士郎本人が問題ないと言っている以上無理にやめさせるのも、と言うことで未だに続いている。
一部でしか言われていなかったロキ・ファミリアのブラウニーという呼び名も、最近ではかなり広まりこの時間になるとからかい半分で士郎をそう呼ぶものが多い。
夕食後は食器などの後処理をこなし、そのまま休みなしで士郎の自室にてリヴェリアの座学が始まる。
リヴェリアが面倒を見てきた者の中でも士郎は極めて優秀であり、そういうこともあって内容は非常に厳しいものとなっているが日本の現代教育を経験している士郎にとってはついていけないものではない。
そのため今となっては上層を通過し中層の内容を学んでいるほどである。
今の士郎の知識は中層までにおいてならば、新人でありながらリヴェリアと並ぶと言っていい。
そうしてようやく一息つける時間が訪れる。
……訪れるのだが、士郎はそのまま自室で魔術の訓練を始める。
成功率は現在ではほぼ確実に成功するようになり、主に鍛える部分は精度や効率化などだ。
恩恵の影響か今では士郎の強化魔術も伸び、半人前以下の状況から並一歩手前まで到達したといえるだろう。
それを満足するまで続けた後、ようやく士郎は眠りにつく。
起床時間を考えれば、士郎の睡眠時間はロキ・ファミリアでもトップクラスに短い。
「――――なーんてことを、一ヶ月間も休み無しで続けたんか……?」
と、ロキは士郎の背中に馬乗りになりながらそう言った。
要は無理を咎めているのだが士郎本人はさほど無理したと思っていないし、本人がそんな様子であるためフィンやリヴェリアでも口をだすことができず、仕方が無いのでロキが咎めたというわけである。
「……いや、そんなに無理をしてるつもりはないぞ? 冒険者になってからは前と比べてかなり疲れにくくなったし」
「そう言われてもなぁ……。やっぱ疲れは知らんうちに溜まってくし、休みなしで頑張っとる分ステイタスは伸びとるけど、いつか痛い目見るで?」
ステイタスの向上によって以前とは比べ物にならないほどの身体能力を手に入れた士郎だが、物理的に疲れないと言っても休みがなければ精神は疲労するものである。
恐ろしいのはそれを表面上に欠片も見せない士郎の忍耐だが、この生活をこのまま続ければ忍耐力が非常に優れていたとしても本人の知らぬところで疲れが蓄積されかねない。
「確かにそろそろ休んだほうが良いのかもしれないが、休んだところでどうせ訓練しかすることがないしな」
「いや、シロウならたまには丸一日ベッドに潜りこんどってもバチは当たらんやろ……」
勤勉は美徳だが、士郎ほど怠惰に縁がなければ逆に不安になるというものだ。
「まぁステイタスの更新も終わったし、今日はここまでやな。それと明日はアイズたんやなくて、別の眷属がシロウの面倒を見ることになっとる。元々アイズたん一人に任せるって話やなかったからな、遅くなったけどようやく見つかったんや。ちょうどいいから、明日は冒険者らしい娯楽っちゅーもんを教わるとええやろ。ほれ、今日のステイタスや」
シロウ・エミヤ
LV.1
『力』: G277 → G289
『耐久』: F331 → F348
『器用』: G296 → F307
『敏捷』: F302 → F315
『魔力』: D455 → D471
《スキル》
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《魔法》
--------
魔力が頭一つ抜けている分後衛型のステイタスのように見えるが、魔法ではなく魔術の影響で伸びている魔力なのであまり関係がない。
むしろ魔力を度外視しても他のアビリティの伸びは順調だ。
そう遠くないうちに幾つかのステイタスはDに到達するだろう、魔力がどこまで伸びるかは未知数な部分があるが。
その後しっかり冒険者の休日の過ごし方を教わること、と再度ロキに厳命され士郎は自室に戻ったのだった。
「やぁ、シロウ。はっきり名乗るのは初めてかな。LV.2のシン・ストラーニ、よろしくね」
「わかった、シン。よろしくな」
士郎とシンは初対面ではなかった。
と言うのも、午前に行っている訓練の時何度か模擬戦をしたからだ。
シンは筋力や敏捷に比べ器用が一つ抜けているらしく、冒険者にしては技にこだわっているタイプの冒険者だった。
そのため士郎の剣に刺激を受けた、というわけだ。
「ところで今日はロキ様から冒険者らしい休日の過ごし方を教えるように言われてるんだけど……」
「ああ、よろしく頼む」
「まぁ冒険者だからといってそんな特別な過ごし方があるわけじゃないんだけどね。基本的に趣味がある人は趣味に時間を使うから。でもわざわざ教えるってことはそういうわけにもいかないんだろうし、そうだな。……代表的っていうのも変だけど、色街かな。休日になるとイシュタル・ファミリアの縄張りである歓楽街に繰り出すって人は少なくない」
色街、歓楽街、要は怪しいお店でそういうことをする、ということだ。
確かに冒険者らしい過ごしたか、と言えるが……。
「その、すまんがそういうのはちょっと」
「ああ、うん。シロウはそういうことを好まなさそうだなっていうのは薄々察してた。朝から晩までお酒を飲み明かすっていうふうにも見えないし……」
「そうだな、酒は飲めない」
当然オラリオに未成年は飲酒禁止、という法律はないのだが、今まで培った倫理観や単純に飲酒未経験である点から考えて、飲めないと答えるのが妥当だろう。
それにしても朝から晩まで酒を飲み明かすというのは……と思わなくもないが、ガレスを始めとした酒飲み達の顔が思い浮かび、納得した。
「じゃあ、そういう方面はやめておいてもうちょっと健全な方面で考えよう。ヘファイストス・ファミリアの支店巡りとか、そういったことに休日を使う人も多いよ」
「それは悪くなさそうだけど、流石にまだ武器の新調を考える必要はなさそうだな」
「それもそうか、まだダンジョンに潜り始めて一ヶ月らしいね。ただ単純に冷やかすのも悪く無いと思うけど、今の武器に満足しているのならそう面白いものでもないだろうし。それならあとはあてもなく露店を練り歩いて、掘り出し物探しとか。ほとんど遊んでないって聞いてるから、それなりに持ちあわせはあると思うんだけど」
士郎の現在の所持金は50000ヴァリスといったところだ。
武器防具を買った時の代金はフィンを通じて再度プールされたが、それを除けば出費を1ヴァリス足りともしていないというのが大きい。
そのため露店を練り歩いて適当に何か買うくらいはできないこともないのだが。
「そうだな……あんまり性に合わないかな」
「となると、いよいよどうしようか。疲れを癒やすことに専念する……のも違うんだろうな。それでいいなら相談なんてしなくていいんだから。趣味とかがあれば……って、シロウには料理って趣味があるじゃないか」
いいことを思いついた、という様子でシンはそう言う。
ロキ・ファミリアの規模はそれなりに大きいため、夕食を作るのはヤンと二人で担当してもそれなりに大変だ。
料理に専念できるヤンとは違って士郎は訓練などをこなしながら夕食の手伝いをやめないため、ロキ・ファミリアの一部の団員は士郎のことを冒険者のくせに料理が大好きな変なやつとすら思っている。
シンは士郎のことを変なやつだとまでは思っていないが、それでも料理が趣味なんだろうと言うくらいに考えていた。
「そうだな、そうしよう。今日一日訓練とかはやめて料理に専念しよう」
「…………ん?」
「そうと決まればヤンに話とかないと。今日は俺が料理すればいいんだからヤンには休んでもらうか」
「…………え?」
「ありがとう、シン。色々話してくれてかなり参考になった。明日は一緒にダンジョンに潜るんだろ? よろしくな」
「え、いや、あの」
そう言うと士郎はシンに背を向け、厨房に向かって行った。
一人残されたシンは、こう叫んだ。
「…………いや、シロウが休む話が、いつの間に他の人が休む話になったんだ!?」
その叫びに応える者は、誰もいなかった。
リメイクについて
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(ソードオラトリアを読んでから)書け
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(オリ設定のゴリ押しで)書け
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(いっそ全く関係ない新作を)書け
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書かなくていい