似た者同士
『
「…………一体、何が」
眼前には、項垂れる料理長、料理をせっせと運ぶ士郎、揚げ物のような何かを頬張るアイズ。
「一体何があったと言うんだ……」
「ははは、昨日君が言っていた新入り君は、もしかして料理人なのかい?」
「そんなわけあるか!」
悔しそうに拳を床に叩きつける料理長、本当に一人で作ったのかと言いたくなるような量の料理を運ぶ士郎、我関せずとばかりにコロッケを頬張るアイズ、額に手を当て呻くリヴェリア、楽しそうに笑うフィン。
この状況は、まさに混沌としていた。
ことの発端は、士郎が厨房を訪れたことにあった。
目が覚めたはいいが時計がないので時間がわからず、さりとて二度寝する気にもならず。
リヴェリアが来るまで待つか、それでもいつ来るかわからない以上待つのも辛い。
しばらく迷った末、士郎は部屋の外に出るという選択をした。
迷いさえしなければ自分の部屋には戻ってこられるし……と言い訳をするかのように呟きながら立ち上がり扉を開け外に出る。
数分程さまよった後、士郎は料理の匂いをかすかに感じた。
「誰かが何か料理してるのか……?」
匂いを辿った先は厨房、そこでは一人の男がせっせと料理を作っていた。
「何だお前! 新入りか!」
「あ、ああ……そうだ」
「そうか! なら早く手伝え!」
「あの、何をすれば」
「今日は買い出しの日だから残ってる食材を使いきらなきゃいけないんだよ! ある食材使って何か作れ! わからないことあったら聞け!」
今、この二人の間にはすれ違いが有る。
まず料理を作っていた男、料理長は厨房担当の新入りかどうか、と聞いたつもりであった。
それに対して士郎は、昨日入ったばかりだし……と冒険者としての新入りとしてその問いに肯定した。
新入りは料理をしなきゃいけないのか……などと見当違いなことを考えながら士郎は厨房に足を踏み入れる。
料理は士郎の得意分野であるし、そもそも料理を作るのが好きな士郎にとっては突然のことだったが特に不快感はなかった。
ざっと食材と調理器具を眺める。
流石異世界というべきか、見たことのない食材や調理器具が並んでいるが、一部知っているものもあったしわからないことは聞けと言われていたので困惑はない。
無難に炒めもので良いかな……などと考えていたら、誰かが厨房に入ってきた。
反射的にその方向へ振り向き、そして目を見開いた。
そこにいたのは金髪と金色の瞳の恐ろしいほどに容姿の整った少女であった。
――そして一目見た瞬間、直感的にこの少女はどこか
そしてその少女は口を開く。
「……もしかして、新入りさん?」
この少女もまた、士郎のことを厨房担当だと勘違いしていた。
「そうだが……何か用か?」
「……じゃが丸くん作れる?」
じゃが丸くん、とはアイズが好んで食べる芋料理のことである。
が、当然士郎はじゃが丸くんというものを知らない。
じゃが、からじゃがいも、もしくは芋を使ったものだと推測できる。
加えて丸、というからにはスライスしたりといったことはしないだろう。
ということは。
「すまん、そのじゃが丸くんっていうのは作れない。コロッケなら作れるんだが……」
士郎の知る限り、最もその食べ物に近そうな料理はコロッケだった。
見た限りコロッケに必要な食材や調味料はある。
「美味しいの?」
「得意料理ってほどでもないけど、作ったことはあるから問題ないぞ」
「じゃあ、お願い」
こうして士郎はコロッケを作り、出来上がったものをアイズと料理長が食べ、アイズは表情を変えずに目だけ輝かせながらコロッケを頬張り、料理長はその腕前に打ちひしがれ使い物にならなくなり、使い物にならなくなった料理長の代わりに士郎が残りの食材を使い切りせっせと配膳している。
というのが、リヴェリアとフィンの見た光景の真実であった。
よくわからない光景を前に、硬直していたリヴェリアだったが、いつまでも固まっているわけにはいかない。
「……あー、シロウ。君はもしかして料理人志望なのか?」
「あ、リヴェリア。……いや、散歩がてら歩いてたら厨房で新入りかって聞かれて、そうだって答えたら料理を作れ、と」
「それは……なるほど。その新入り、と言うのは厨房担当のことであって、シロウは関係ない話だよ。まぁ人が入ってはすぐ辞める厨房担当だから、新顔を見れば勘違いするというのもわからなくはないが……」
リヴェリアはチラリと、項垂れる料理長に視線を向ける。
料理人としてかなりの腕前を持つが、それ故に他の者に対する要求が非常に高く、黄昏の館の料理人はすぐ辞めるというのが常識だった。
ロキ・ファミリア全員分の食事を一人で賄えていた、というのもあって役立たずは要らない、と豪語していた男なのだ。
それがこう、である。
綺麗に配膳された料理を見る限り料理長の仕事ではなく、また素人仕事でもない。
つまり、これらを作ったのは士郎だということになる。
まさか士郎は本当に料理人か何かだったのか……などと思考が傾きかけたところで頭を振る。
「とにかく、勘違いがあったとはいえこんなことをさせて申し訳なかった」
「いや、勝手に歩き回った俺が悪いし、料理は好きだから構わない。口に合えばいいんだけどな」
料理長があれほどのリアクションをしているのだから、士郎の腕前も相当なものだと伺える。
一体どれほどのものか、気になりかけていたところでようやく笑いが収まったのか、フィンが士郎に話しかける。
「やぁ、はじめまして。君が新入りのシロウ・エミヤ君かな。僕はフィン・ディムナ、このロキ・ファミリアの団長だ。僕のことはフィンでも、団長でも、好きな様に呼んで構わないよ。最も、ほとんどの家族が僕を団長と呼ぶけどね。シロウ、と呼ばせてもらってもいいかい?」
「ああ、構わない。よろしく、団長」
「で、どうせアイズのことだから自己紹介してないんだろうな……アイズ、ほら」
「ん、アイズ・ヴァレンシュタイン。アイズでいい」
アイズ、と呼ばれた少女はコロッケを食べる手を止めずにそう言った。
もぐもぐとコロッケを頬張っていても、神秘性こそ薄まるが欠片も魅力を損なわないというのは流石の美少女っぷりである。
「さて、もう少しで家族が全員ここに集まる。偶然にも君が作った料理で歓迎会、ということになりそうだ。自己紹介の挨拶を考えておいてくれ、と言っても当り障りのないもので十分だけど。……それと僕は君の『事情』を聞いている。なるべくその事情は大っぴらにしないでくれると助かる、僕やリヴェリアでフォローするから困ったことがあれば言ってくれ」
「よーし、そろそろ皆集まったかな。それじゃ今日は一つ知らせることがある。――僕らのファミリアに新しい家族が加わった!」
いつもと様子の違う料理に、多くの団員が興味津々になっているのに内心苦笑しながら新しい家族の歓迎を告げる。
士郎の方に視線を向けると、小さくうなずいて立ち上がり、こちらの方へ歩み寄ってくる。
団員の視線が彼に集中するが、あまり緊張した様子もない。
「――シロウ・エミヤだ。今日から、よろしく」
衛宮士郎、と名乗るか一瞬迷ったが、どうやらこの世界では名を先に持ってくるのが正しいと気がついていたため、そう名乗った。
挨拶ごとはあまり得意ではないため硬いものになってしまったが、歓迎を表す拍手や声が聞こえてきていることから受けは悪いものではなかったようだ。
「そして今日の料理がいつもと違うことに気づいてる者も多そうだけど、今日の料理はこのシロウが作った! 料理長が認めるほどの腕前らしいから、ぜひ味わってくれ!」
そしてフィンがそう告げると、先程より二段ほど上の歓声が響く。
厳密には料理長は一度もシロウの腕前を認めたことはないのだが、あのリアクションからして認めたと言っても嘘にはならないだろう。
新人の紹介が終われば後は飲めや歌えやどんちゃん騒ぎである。
朝食ということもあって流石に酒を飲むものはいないが、今まで食べたこともない美味な料理に皆舌鼓を打つ。
「さて、全員とはいかないけど幹部メンバーとは顔合わせをしておこうか。ロキとリヴェリア、僕とアイズは終わってるから……ティオネ、ティオナ!」
フィンがその名を告げると、はーいという返事とともに二人の少女がやってきた。
「ティオネ・ヒュリテ、よ。よろしくね」
「ティオナ・ヒュリテだよー。それにしてもこの料理美味しいね!」
双子らしき二人の少女はそう名乗った。
眩しいくらいの肌の露出と褐色の肌は、まさにアマゾネスを連想させる。
そう言えばリヴェリアもエルフっぽかった気が……ということに思い当たり、そのうちエルフだったりアマゾネスが実在するのか確認しておこう、と士郎はそんなことを考えながらよろしくとだけ返した。
次にやってきたのは、老齢の大男である。
「シロウ、と呼ばせてもらおう。儂はガレス・ランドロック。一応ロキ・ファミリアでも最古参ということになるかの。それにしてもこの料理、美味いことには美味いが、食っとる気にならんのがちと残念じゃのう」
士郎は和食を得意とする分、豪快で油っぽく味の濃いものを好む者が多いオラリオにおいて、少々繊細過ぎた。
この土地の文化によく馴染んでいる料理長は、その豪快で油っぽく味の濃い料理に長けており、ガレスにしてみればそういった料理のほうが好ましかっただろう。
とは言え士郎の料理は女性陣には非常に評判がよく、ロキ・ファミリアは主神の影響もあり女性が多くの割合を占めるため、総合的に見れば士郎の料理の評判は上々であった。
「後は……お、丁度いいところに。ベート、新入りのシロウだ」
「……ふん、ベート・ローガだ。飯はうめぇが、雑魚に興味はねぇ。おとなしく厨房にひっこんでろ」
態度こそ悪いが、実はベートのこのリアクションはまだマシな方である。
雑魚に興味はない、というスタンスだが料理が彼の好みに合ったということもあり、強さを求めるが故にダンジョンがどれほど危険な場所かよく知っている彼からすれば、厨房に引っ込んでろと言うのは危険な場所にいく必要はないという、わかりにくすぎる欠片の善意であった。
「……まぁ、口こそ悪いけど根は悪いやつじゃないから」
フィンは苦笑いをしながら、ベートのフォローをする。
口や態度が悪い、と言うのは皆が知るところであるが、根は悪いやつではない、と言うのもまた同じだった。
強さに非常に拘りを見せ、弱者を馬鹿にする言動も多いが善意を持ち合わせていないわけではない、というのを長い付き合いから知っているのだ。
こうして主立ったメンバーの紹介が終わり、フィンと士郎も食事に戻る。
そしてしばらくして、ほとんどのメンバーが食べ終わった頃を見計らってフィンは大きく手を鳴らす。
「さて、皆食べ終わった頃だし、そろそろシロウに誰が付くかを決めようと思う!」
零細ファミリアであればともかく、ロキ・ファミリアともなれば人員は非常に豊富である。
そういうこともあってロキ・ファミリアでは新人にベテランを指導係として付けるのが通例だった。
とは言え、多数の高位冒険者を抱えるロキ・ファミリアと言えど、そういう役割を担当するのは基本的にLV.2~3の者たちだ。
一級冒険者を付けるのは角が立つ、と言うのもあるが彼らは自らそういうことを申し出ないから、というのがあった。
要するにフィンはLV.3あたりの指導に長けた冒険者を付けて、事情を知る自分とリヴェリアでフォローをしよう、と考えていたのだが。
そんなフィンの考えを遮るように、一本の手が挙がった。
その手の持ち主は、『剣姫』アイズ・ヴァレンシュタイン。
ガヤガヤとしていた雰囲気から一変、シンと食堂が静まり返る。
全団員の視線を一身に受け、アイズはこう言い放った。
「――シロウの面倒は、私が見る」
「リヴェリア、どうしたの?」
「どうしたも何も、アイズが何故あんなことを言ったのか聞こうと思ってな」
アイズのあの発言は、当然大きな騒ぎとなった。
一級冒険者、それも『剣姫』が自ら新人の面倒を見るといったのだから、当たり前である。
もっとレベルの低いものが面倒を見るべきだとか、それよりも自分のことを優先するべきだなどと様々な説得を受けたが、その全ての説得を『最近ステイタスの伸びも悪いし、少し間を置こうと思っていたからちょうどいい』という言葉一つで突っぱねた。
説得の言葉はどれも正論ではあったが、本人がここまで言うのであれば拒否するのも難しい。
仕方が無いのでフィンによる『フォローにもう一人付ける』という妥協案で一応の解決と相成ったのだった。
とは言え、リヴェリアを始めとした一部の者達はそれが建前である、と勘付いていた。
そう言った面々の代表として、リヴェリアがアイズの部屋を訪ねた、というわけである。
「……さっき言った通り」
「ではない、ということくらいは流石にわかっている。別に言いふらそうと言うわけでもない、話してくれないか?」
アイズの強さに対する執着は皆が知るところである。
誰かが見ていないとひたすらダンジョンに潜り続ける、それが共通認識であった。
そういうアイズのことであるから、ステイタスの伸びが悪くなればなおさらダンジョンに篭もりきりになり、間違っても間を置こうという発想になるはずがないのである。
「……別に、大したことじゃない」
アイズはそう前置きして、リヴェリアに本心を告げる。
「――ただ、シロウは
料理長はオリキャラ、もといオリモブです。
今作ではこの料理長がロキ・ファミリアの台所事情を仕切っていたという設定になります。
リメイクについて
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(ソードオラトリアを読んでから)書け
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(オリ設定のゴリ押しで)書け
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(いっそ全く関係ない新作を)書け
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書かなくていい