fate/faker oratorio   作:時藤 葉

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ロキ・ファミリアのブラウニー

 

 大きく息を吐き、自分に言い聞かせる。

 

 今から放つ一撃は確実に当たらない(・・・・・)と。

 

 それが眼前の少女、『剣姫』アイズ・ヴァレンシュタインと模擬戦を続けてきて得た覆すことのできない事実だった。

 

 筋力が違う、速さが違う、地力が違う、経験が違う、何もかもが遥か格上の存在。

 いくら相手が素手で手加減してくれていても、どれだけ油断されていたとしても、どうしようもないだけの差があるのだ。

 

 そもそも手加減されているのに、気がついたら蹴り飛ばされていた、なんてことをしてくる相手と対等にやりあえるわけがない。

 がむしゃらに突撃しては一瞬の衝撃の後に意識を失う、ということを何度繰り返したことか。

 

 不安になるほど何度も気絶したが、それほど身体に異常がない。

 なるほどこれが恩恵による影響か、などと思い当たったが全く持って嬉しくない実感のしかただった。

 

 剣を正眼に構える。

 

「――――っ!」

 

 一呼吸の内に間合いへと踏み込み、上段から剣を振るう。

 その一撃は鋭く重い……LV.1の冒険者にしては。

 

 放たれた斬撃はアイズの頬を掠め――ることなく、紙一重――少なくとも士郎にはそう見える――で避けられる。

 

 しかしそれは士郎にとっても、予想通り。

 何度も同じようにして避けられているのだから、当然だ。

 

 そしてここから先は、いつも一発の蹴りで気絶させられる、というのがおなじみのパターンだった。

 

「――はあっ!」

 

 だが何度も経験すれば流石に打開策も閃く。

 

 地面にまっすぐに向かって振り下ろされていた軌跡を強引に切り返し、鋭角に振り上げる。

 

 今までは一撃を避けられ蹴られる、ということの繰り返しだった。

 ならば一撃を避け蹴りかかろうとする時、その瞬間が最も一撃を与えられる可能性が高い。

 

 だがしかし、当然というべきか。

 

 振り上げきったその剣は何者も捉えず、虚空を切り裂き――

 

 

――――お馴染みの衝撃が、背後から突き刺さった。

 

 

「……また間違えた」

 

 そこにはいつものように手加減を間違えたと呟く剣姫と、いつものように蹴り飛ばされ気を失った新人の姿があった。

 

 

 

 

「それにしてもお前さん、よくやるよなぁ」

 

「どうしたんだ、ヤン。突然そんなこと言い出して」

 

 アイズとの訓練を終えた士郎は、厨房で料理長(ヤン)と雑談を交わしながら夕食の準備をしていた。

 

「シロウがロキ・ファミリアに入ったのが一週間前だったか。それから毎日あの剣姫にしこたま蹴り飛ばされるだけの訓練と、誰もが顔を青くして嫌がる九魔姫(ナインヘル)の座学と、おまけに夕食の準備の手伝い。最近じゃ朝っぱらから弓の訓練までしてるそうじゃねぇか。それで平気な顔してるんだから、とんでもねぇな、ってことだよ」

 

「おいおい、流石に平気ってことはないぞ。アイズに蹴られるのはとんでもなく痛いし、リヴェリアの授業はかなり厳しいし」

 

「けっ、顔色一つ変えずによく言うよ。九魔姫の座学は一日受けただけで誰もが土気色の顔になるんだ。おまけにあの九魔姫が教え甲斐があるって言ってるんだから、一部の奴らからは人間じゃないってまで言われてるんだぞ? まったく、何でそこまで頑張れるんだか」

 

「……努力するのは、嫌いじゃないからな」

 

「ま、お前みたいなのが冒険者に向いてるのかもな。どんな時も、どんな状況でも最善を尽くせる奴ってのは例外なく名を上げる。お前ほど最善、努力を尽くしてる奴はこのオラリオにもそういないだろうぜ。……なんてことを、一度もダンジョンに潜ったことも無いシロウに行ってもしょうがねぇか」

 

「ダンジョン、か」

 

 今行っている全ての訓練は、やがて挑戦するダンジョン攻略のためのものだ。

 未だに肌で味わったことはないが、リヴェリアの授業で知識上では危険なモンスターが跋扈するということを知っている。

 

「……なぁ、『冒険者は冒険をしてはならない』って知ってるか?」

 

「なんだそれ、どういう意味だ?」

 

 唐突にヤンはそう問いかけてきた。

 

「言葉通りの意味だよ。冒険者は臆病に見えるくらい慎重に進め、無茶をして死なないようにって意味だ。そんな矛盾するような言葉が生まれるくらいに、ダンジョンじゃ人が死ぬ。昨日笑い合ってた奴らが死ぬなんてこと、そこら中に転がってて話の種にもなりゃしない」

 

 実は俺も元々は冒険者を目指してたんだ、とどこか悲哀を感じさせるような声音でヤンは言った。

 

「だがまぁ、いきなりダンジョンに潜れはしない。最初にするのはファミリア探しだがそれだって簡単に見つかるもんじゃねぇ。だから俺はバイトしてとりあえず当面の生活費を稼ぐことにした。シロウの前で言うのもなんだが、運の良いことに俺には料理の才能があったもんだから、飯屋で働くことにしたんだ。金をためて、ファミリアを探して、いつかは冒険者に、何て考えも安定した稼ぎの前じゃ数ヶ月もした頃にはすっかり流されちまって、その頃にはすっかり俺は料理人として名を上げてた。……その頃だったかな」

 

 客がダンジョンで死んでたことに気づいてたのは、今度は確かに悲哀に滲ませながらヤンは言葉を続ける。

 

「オラリオの飯屋にお得意様ってのはほとんどいない。何でかって、そりゃ死ぬからだ。昨日俺の飯を美味いって言いながら食ってた奴が次の日にダンジョンで死んだ。一週間くらい続けて店に来てた客が来なくなったと思ったら、一ヶ月後にあいつならダンジョンで死んだよって話を聞いた。……そんなことが続いて、気がつけば俺の中に冒険者になろうなんて考えはなくなってた。ダンジョンっていうのはそんなところだ。死ぬ時は一級冒険者だって死ぬ。誰にも等しく、シロウにも死ぬ可能性があるんだ。ダンジョンに潜る奴は大抵誰でも目的や願いを抱えてるし、きっとシロウだってそうなんだろうな。でも、それでも俺はシロウに冒険をしてほしくない。……いや、別にシロウに限った話じゃなくて、誰にも冒険をしてほしくない」

 

 それはきっと、隣人が死ぬことが日常の、オラリオに住む冒険者でない人々の願い。

 ダンジョンに潜る、という行為の意味の重さを、この時士郎は初めて感じていた。

 

 そして思い出すのは、あの死の体験。

 

 あの体験を繰り返すのだと思うだけで、身体が凍り付きそうになる。

 

 でも。

 

「でも、きっと俺は、ダンジョンに潜るよ」

 

 目指すものがあるから。

 

 取り戻したい誓いがあるから。

 

――正義の味方に、なりたいから。

 

「そう、か……」

 

 二人の間に、沈黙が満ちる。

 

「……ま、お前はダンジョンに潜らなくたって飯で稼げるんだ。怖くなったらいつでも冒険者を辞めればいい。誰も笑いはしないさ」

 

 その微かなつぶやきは、確かに士郎の耳に届いていた。

 

 

 

 

 あれから夕食の準備を終え、士郎は自室でリヴェリアの授業を受けていた。

 

「――――よし、では今日はここまで。それにしても、一週間で上層のモンスターに関してほとんど完璧になるとはな」

 

「要は暗記だからな、そう難しいものじゃないし、慣れたものだよ」

 

 この世界の住人ならばともかく、日本で高校教育を受けていた士郎にとってはリヴェリアの授業はそう難しいものではない。

 モンスター名とその特徴、そして現れる階層の暗記程度なら、歴史などの暗記科目より楽なものだ。

 

「前々から思っていたが、シロウの世界はどうやらかなり教育水準が高いようだな。冒険者にしては細身だし、風貌は粗野ではなく理知的、知性もある。男連中には厳しいうちの女性陣も、どうやらシロウは高評価のようだ。……まぁ、極一部を除いて、だが」

 

「そうなのか? あまり他の団員と関わりがないからな……」

 

 良く言えば豪快、悪く言えば粗野で雑な性格の男が多いオラリオで、士郎という男は異質である。

 容姿や物腰など、リヴェリアのように気品に満ち溢れているわけではないが、その理知的な雰囲気はほかの男にはまず無いものだ。

 そしてそれは日本で受けた教育の影響もあるが、元来の士郎の気質と言える。

 

「多かれ少なかれ、皆新人のシロウを気にしているものだ。あのアイズが直々に面倒を見ると申し出たくらいだからな。シロウの与り知らぬところで結構噂になっているよ。未だに夕食の手伝いをしたり、空いた時間には掃除をしているそうじゃないか。誰かが『ロキ・ファミリアのブラウニー』、と言っていたな」

 

「ブラウニーって、ここでもか……」

 

 穂群原のブラウニー、とかつて呼ばれたことを思い出す。

 ブラウニーとは家の住人が気がつかないうちに家事をこなす妖精のことらしいが、特に嫌だということはないが、嬉しいかと聞かれても微妙な呼称である。

 

「特に弓の腕前は中々注目されているぞ、最初の一射を除いて後は全て的に命中させているそうじゃないか。口に出してはいなかったがあのベートも評価していたようだしな。フィンだってあれだけ蹴り飛ばされても全く臆することのない胆力を褒めていたし、まさしく期待の新人というところか」

 

「期待って、まだダンジョンに潜ったこともない新人に使う言葉じゃないだろ」

 

「さて、どうかな。少なくとも私は期待しているがね。……そろそろ頃合いか、じゃあ行こうか」

 

「行くって、どこに?」

 

 リヴェリアは立ち上がり、士郎についてくるよう促しながらこう言った。

 

「ロキの部屋に。君が強くなるために必要なことだよ」

 

 

 

リメイクについて

  • (ソードオラトリアを読んでから)書け
  • (オリ設定のゴリ押しで)書け
  • (いっそ全く関係ない新作を)書け
  • 書かなくていい

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