「ん。それじゃ、行こうか」
「……お、おう」
リヴェリアから聞いた話によれば、今日はダンジョン用の装備の買い出しと冒険者登録にギルドという場所に向かうとのことだった。
だから当然といえば当然なのだが、アイズの服装はいつもの簡易的な防具を身に着けた姿ではなく、白を基調とした清楚でありながら華やかな、控えめに言ってアイズにとてもよく似合った私服姿だ。
ほめたほうがいいのだろうか、しかしデートでもないのに女性の服装に言及するのも……とドギマギする士郎を他所にアイズはいつも通りに無表情で歩み出す。
かぶりを振って思考を切り替え、アイズの後を追う。
「それで、まずはどこに行くんだ?」
「ヘファイストス・ファミリアで装備を選ぶ」
オラリオ歴の浅い士郎だが、それでも耳にしたことくらいはあるほどヘファイストス・ファミリアは大規模のファミリアである。
曰く、オラリオ最大規模の鍛冶師系ファミリアであり主神ヘファイストス自身も『神匠』と呼ばれるほどの鍛冶の腕を持つ、収入の一切を鍛冶によるものでまかなっているとの事だった。
しかしあまり大層な武器は持たせないと言われていたが、果たして一級品の武具が揃うヘファイストス・ファミリアにそんなリーズナブルなものがあるのだろうか。
そんな士郎の不安は見事に外れ、連れてこられたのはヘファイストス・ファミリアの中でも新米の鍛冶師達が鍛えた武具が置いてある場所だった。
おおよそ四桁、高くても六桁に届くことのないものばかり並べられているここは、1億ヴァリス近い一等級特殊武装を愛用しているアイズにしてみればリーズナブルと言うよりは安物揃いの場所である。
とは言え新米とは言えヘファイストス・ファミリアの鍛冶師による装備である、掘り出し物があるということを考えれば士郎に調度いい装備も見つかるだろうと言う、フィンの提案だった。
フィンが口出しをしていなければ、士郎はゴブニュファミリア製の
「私も探してくるから、シロウも気になったものがあるか歩きまわってみると良いよ」
と言い残すと、アイズは手慣れた様子で周囲の武具を見始める。
そうは言われても、士郎はこういったことに関してはド素人だ。
真剣を握り始めたのはついこの前のこと、そんな士郎に武具の良し悪しを見極めろというのも酷な話である。
しかしその場に突っ立っておくというわけにもいかない。
仕方が無いので雑多に並べられた武器防具を適当に手にとってみる。
「……さっぱりわからん」
しかし当然何が良くてどれが駄目なのかはわからない。
8800ヴァリス、14000ヴァリスなどと値が付いているが、費用対効果を見極められない以上下手なものに手を出せば安物買いの銭失いだ。
アイズが早く戻ってこないものかと頭を抱えていると、一対の双剣が目に入った。
銘は見当たらないが、他の武器と比べて素人目の士郎にもわかるほど質が上だとわかるほどの双剣だ。
しかし値は6700ヴァリス、リーチこそ若干短いが軽く、最近接戦闘向きの武器と言えるだろう。
かなりお手頃に見えるがどうやら不良品のようであり、双剣を同時に使わねば切れ味が2000ヴァリスのナイフにも劣る、という謎の属性がついてしまったことが原因のようだ。
戦闘時にどちらかの武器が手から離れる、という状況で切れ味が格段に落ちてしまうというのは確かに痛い。
故にこの安値なのだろうが、同時に使った時の性能は六桁に近い値段がしてもおかしくないほどである。
無論士郎にそこまでわかるわけもなく、ただ単純に安値の割には性能が良さそう、というのと単純に気に入ったから手にとったというだけのことだ。
「……シロウはそれが良いの?」
などと突然背後から声をかけられ、振り向いた先にいたのはライトアーマーと一振りの長剣を持ったアイズだった。
「いや、正直俺にはどの装備が良いのか悪いのかなんてわからない。ただ何となく気になったから手にとっただけで」
「でも、それも悪く無いと思う。シロウには接近戦を挑むだけの胆力があるし、どう剣を振るえば最善なのかを考えることもできる。それも、買う?」
「あー、そうだな。よろしく頼む」
一文無しの身でここまでしてもらうのは心苦しかったが、買ってもらえるというのならばそうして欲しいというのが士郎の本音だった。
ダンジョンに潜るようになったら早いところ稼いで返さねば、と考える士郎だったが、そもそも今回使われている費用はフィンが持ちだしたファミリアでプールされている貯金から出されたものであり、アイズの懐は全く影響を受けていない。
そもそも1億ヴァリスの武装を持つアイズの財力を考えると、この程度使ってないに等しい端金なのだが。
いざ会計に、という段階でようやく士郎はアイズの後ろに一人の女性がいることに気がついた。
眼帯が特徴的な、燃えるような赤髪の女性だ。
一体誰だろうか、という士郎の思考に応えるようにその女性は口を開く。
「はじめまして、私は
ヘファイストス、と言われて気づく。
ロキ・ファミリアの主神はロキだ、であればヘファイストス・ファミリアの主神は当然ヘファイストスということになる。
つまり眼前の女性は、紛うと無き神だ。
「それにしてもあの剣姫がうちに、それも見習いが造ったものばかりのここに来ている。だなんて話を聞いてきてみれば、新人の装備を見繕いに来たとはね。それに……」
スッと、ヘファイストスが士郎を見る目を細くする。
見透かされていると感じた。
今この女神には、自分の抱えている事情を見透かされている、と。
根拠はない、ただ漠然とそう直感した。
それが何秒続いたのか、少なくとも士郎には長く感じられたが、しばらくしてその雰囲気は霧消する。
「縁起の悪いことを言うようだけれど、あなたは鍛冶師と上手くやっていけないタイプね。ゴブニュの方に行けば尚更かしら。装備に困ってお金があるのなら私のところに来ると良いわ、ローンを組むくらいは許してあげる。……ロキには『あなたらしいわね』、とでも言っておいて」
そう言い残して女神は、悠然と立ち去る。
特に言及されないまま見逃された当たり、あの女神は厄介な神ではない、ということだろうか。
それにしても最大手の鍛冶師系ファミリアの主神から直々に鍛冶師と上手くやっていけないタイプとは、確かに縁起が悪い。
「……どうかしたの?」
どこかおかしい士郎の様子に気づいたのか、アイズが声をかける。
「いや、なんでもない。早く会計を済ませてギルドに行こう」
まさかあの女神に自分の抱えている厄介な事情を見ぬかれました、というわけにもいかず、士郎はそう返すことしかできなかった。
ギルドとはそもそも何か。
ギルドとは冒険者を管理し統括する組織である。
と言うと頼りになる平和な組織のようにも思えるが、ギルドが担う業務などを勘案するとこのオラリオにおいてもかなり権限の高い組織とも言える。
そして実はギルドにも主神に相当するウラヌスという神がいて、ギルドはウラヌス・ファミリアであるとも言えるし、ギルド構成員は全てこのウラヌスの配下と言えるだろう。
とは言え構成員のほとんどは一般人であるので、一般的なファミリアと比べて直接的な戦闘力がないのが実情である。
しかしギルドが黒い組織であるにしろそうでないにしろ表向きは冒険者のフォローをこなす組織というのもまた事実であり、それが事実であるのならば利用する冒険者にとっては黒かろうがどうだろうが関係はない。
士郎はアイズとともにギルドの門をくぐり中に入ると、一瞬で多数の視線が自分、もとい自分たちに向けられていることを悟った。
どうやらそれ程忙しい時間帯では無いようで人の姿はまばらではあったが、それでもそれなりの冒険者が自分たちに視線を向けている。
士郎はチラリと、その原因であろう少女に目を向ける。
単純に美少女である、というのが無いとは言わないが、流石に『剣姫』としてオラリオの中でも有数の冒険者として名を馳せているだけのことはある。
士郎は初めて、この少女がオラリオでとんでもない有名人だということを実感していた。
そんな士郎の内心をアイズが知るわけもなく、アイズは周りの様子など欠片も気にすることなく空いている受付嬢の下へ歩く。
「ギ、ギルドにようこそ」
「冒険者登録をしたいんだが……」
半分営業スマイルが崩壊しかけている受付嬢であったが、それでも何とかその言葉を絞り出せたあたりプロである。
冒険者登録をするように言われていたのだからこれで問題無いだろう、後は受付嬢の話に従って手続きを済ませるだけだ。
「……かしこまりました。それで、その、所属は」
「ロキ・ファミリア」
その問いに士郎が答えるよりも早く、アイズがそう答える。
問うた本人はもちろん、その話を聞いていた者全てが内心で『知っています!』と叫んだが、幸運にも声に出すものはいなかった。
ロキ・ファミリアとは冒険者あこがれの、最大規模のファミリアだ。
そのため虚言でロキ・ファミリアに所属していると答えるものも一定数いるため、通常であれば証拠などを提出してもらうことになる。
……なるのだが、他の誰でもない『剣姫』にロキ・ファミリアに所属していることを証明されれば疑うことなどできようはずもない。
そもそも、一級冒険者が新人の冒険者登録の付き添いなど前代未聞の事態であるのだが。
「……ええと、はい、ロキ・ファミリアであることは間違いないようですね。それでは書類を」
と差し出した書類を受け取ったのはアイズである。
まさかアイズが受け取るとは思っていなかった士郎と受付嬢の間で微妙な雰囲気が満ちるが、我関せずとアイズは記入項目を埋めていく。
何故こんなことをしたのかといえば、これに関してはフィンではなくリヴェリアの入れ知恵であった。
そもそも異世界人である士郎が字をかけるはずもなく代筆をしてもらうのは道理なのだが、それだけならば受付嬢に頼んでも問題はない。
だが士郎は出身という問題を抱えているため、一計を案じたリヴェリアがアイズにこう言い含めた。
士郎は字を書けないからアイズが代筆をすること、そして記入内容はこうすること、と。
無論アイズとて多少は疑問を持ったが、あのリヴェリアがそうしろというのだからそうした方がいいのだろうと判断した。
そうして教えられた内容のほとんどは正しいものだったが、一分都合のいいように改ざんされた項目や、出身に至っては士郎の容姿を考慮してここならば怪しまれないだろうという地名になっている。
当然記述内容に意図的に嘘を混ぜ込むのは良くないことではあるが、そもそも士郎の出身などはバレるはずもない。
そしてバレなければ問題はない、融通の利かない性格をしていると思われがちのリヴェリアだが、その程度の柔軟さは持ち合わせているのである。
さらさらと記入項目を埋め終えたアイズは受付嬢に書き終えた書類を手渡す。
笑みにヒビがはいりかけているが、それでも業務は怠らないという受付嬢としての意地なのか、書類に不備がないかを確認する。
その内容は流石リヴェリアが考えただけのことはあるというべきか、怪しい項目はなく問題無いだろうと判断された。
「問題は……無いようですね。それでは簡単なものではありますが講習へと移ります。これを受けるのは冒険者としての義務でもありますので、ご了承ください。講習は引き続いて私、エイナ・チュールが担当します。……本日はよろしくお願いします」
できればよろしくしたくないなぁ、という雰囲気を感じ取った士郎は苦笑を浮かべると同時に申し訳なくなったが、これもリヴェリアの(正確にはフィンの)指示であるため、士郎にはどうしようもできない
そうして講習を開始すること二十分、講習内容など復習にもなりはしないと言わんばかりの士郎の知識の豊富さに、エイナはこれ講習要らないんじゃないかと内心で考えていたが業務である以上放棄はできない。
ちなみに士郎の知識の豊富さの理由は、当然というべきかリヴェリアとの座学である。
一週間でここまで仕上げたリヴェリアの腕がすごいのか、そのリヴェリアの座学をこなした士郎がすごいのかは、どちらもというべきだろう。
「ええと、完璧、ですね」
「そうか? そう言ってもらえると、嬉しいよ」
まさしく、一切のお世辞抜きで完璧であった。
講習など知ったものではないと言わんばかりに知識不足な者ばかりの中、ここまで完璧なのは異常と言えるレベルとすら言える。
ちなみにアイズは士郎の隣で、いつも通りの表情で黙っていた。
講習中に何度かエイナの視線がアイズに向けられていたが、本人はただ付き添っているだけのつもりなのだが。
「では、これで講習は終わりです。これからは私がシロウ・エミヤさんの担当アドバイザーになりますので、ダンジョンに関する相談事は私にお願いします。本日はお疲れ様でした」
「ああ、ありがとう」
そう言って頭を下げる。
エイナにしてみれば隣に一級冒険者が付き添っている新人の相手などかなり辛かったに違いない、最後まで面倒を見てくれたことに感謝せねばなるまい。
明日からはとうとうダンジョンに挑戦だ。
本来ならば複数人のパーティで潜るのだが、単身で中層程度までなら平気で潜れるアイズが付き添いのため二人パーティとなるらしい。
恐怖はある、だがそれ以上にどこまでやれるのか楽しみな自分もいる。
買ったばかりの無銘の双剣に手を当て、士郎は微かに気を滾らせていた。
「――そういや、シロウ。剣姫が男連れで街を歩き回ってたってかなり噂になってるが、もしかしてそれってお前さんのことじゃないのか?」
黄昏の館に戻り夕食の準備を始めた士郎を出迎えたのは、ヤンのそんな言葉だった。
「…………え?」
「その反応からすると事実ってことかね。ま、大方新人として面倒見てもらってたってとこなんだろうが、剣姫は美少女としても有名でもある、やっかみごとは覚悟しておいたほうがいいかもなぁ」
ヤンのこの言葉で嫌な予感がし始めた士郎にできることといえば、その予感が的中しないことを祈るばかりである。
そしてその祈りが通じるかどうかを知るものは、いなかった。
リメイクについて
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(ソードオラトリアを読んでから)書け
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(オリ設定のゴリ押しで)書け
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(いっそ全く関係ない新作を)書け
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書かなくていい