fate/faker oratorio   作:時藤 葉

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恐怖心

 

 

 ダンジョン、第一層。

 

 上層、それも一番初めのこの階層で出てくる主なモンスターはゴブリンやコボルドなどの低級モンスターである。

 強敵と呼べるようなは一体足りとも現れないが、それでも新人冒険者の前に立ちはだかる第一の関門とも言える。

 低級とはいえモンスターはモンスター、恐怖で身を竦ませていたりあまりに舐めてかかればたちまち命を落とすことになるだろう。

 

 しかし新人とはいえ一級冒険者に一週間面倒を見てもらったうえに、上層における装備としては十分な武装をした士郎にとっては余程のことがない限り脅威になることはないだろう。

 第一層に限れば単独で挑戦してもそう大事には至らないに違いない。

 その上あの剣姫が付き添っているのだから、即死でもしないかぎり死にはしないはずだ。

 

「シロウなら大丈夫だと思うけど、油断はしないように」

 

「おう、わかってる」

 

 今回の士郎の装備はアイズが昨日見繕った長剣とライトアーマー、そして倉庫から持ってきた弓だ。

 いずれはあの無銘の双剣を扱うことも考えているが、流石に初使用がダンジョン初挑戦というのもよろしくない。

 

 しばらく歩くと、少し先でちょうどモンスターがダンジョンの壁から生まれようとしていた。

 大方ゴブリンだろう、見た限り複数体いるということもない。

 初実戦には悪くない状況だ、そう判断した士郎は剣を抜こうとしたがアイズがそれを止める。

 

「とりあえず、弓から使ってみて」

 

 下層へ行くにつれ弓はどちらかと言えば牽制の意味合いが強くなるが、上層では十分な主武装となり得る。

 相手がゴブリンともなれば、当たりどころによっては一撃で倒すのも可能だろう。

 動かない的とは違って動くモンスターに上手く命中させられれば、の話ではあるが。

 

 そのことを考えれば、弓のほうから試してみるのもありだろう。

 遠距離攻撃である分危険度は低い、近接戦闘も問題なくこなせるとは思うが安全なものから試していくべきだ。

 

 アイズの言葉を受け、弓を構え矢筒から矢を抜く。

 一応は長剣を主武装に据えているため、動きの邪魔にならないよう矢は最低限の本数しか無い。

 弓を扱う以上は矢は外すことができない、取り回しを考えればあまり命中率が低いようであれば剣一本に絞る必要が出てくるだろう。

 

「――――っ」

 

 しかし士郎に気負った様子はない、いつもと同じ調子で矢をつがえ、放つ。

 

 放たれた矢は一筋の弧を描き、ゴブリンの脳天を穿つと一撃で爆散させ、その場に残ったのは小さな魔石だけであった。

 

「……ふぅ、どうやら倒せたみたいだな」

 

「大丈夫、だね。上層なら十分通用すると思う」

 

 弓を主武装とする冒険者はそう多くない。

 下層へ潜るほどのパーティには大抵魔法使いという高火力の後衛が増えてくるからだ。

 そのため敵が強くなるにつれ牽制の意味合いが大きくなってくる弓の腕を鍛えるものは少なくなる。

 

 単純に振れば当たる剣と違って、動くモンスターに命中させる必要がある弓が難しい、というだけでもあるのだが。

 

 しかし一撃で脳天に命中させた士郎の腕ならば、下層でも前衛を上手くフォローしつつ後衛の詠唱時間を稼ぐ、などの芸当も可能だろう。

 加えて前線で切った張ったをこなすだけの胆力もあるため、前衛後衛どちらでもある程度の役割を持つことができる。

 下手をすれば器用貧乏になりかねないが、どちらかに絞るにしろどちらも伸ばすにしろ、上手くやれば大成することもできるに違いない。

 

 弓の感触を確かめたところで、次は剣の出番だ。

 

 とは言え遠距離からではあるが落ち着いてゴブリンを処理できた士郎が、近接戦闘になったところで下手をやらかすということはない。

 むしろ近接戦闘に関しては伊達に一週間アイズから蹴り飛ばされ続けたわけではない、比較対象がおかしくはあるが剣姫と比べればゴブリンなど緩慢と言っても過言ではないのだ。

 

 再度歩き出すと、今度はコボルドを発見する。

 ダンジョン最弱と言われるゴブリンと比べると上ではあるが、それでも誤差の範囲内と言っていいレベルだ。

 またも単独のようだ、今度こそ剣を抜き、構える。

 

 チラリと視線をアイズに向けると、無言のまま頷きだけが返ってくる。

 いざとなれば助ける、そのために彼女は付き添っているのだろうが、ゴブリンやコボルド程度の相手で助けてもらうのも情けない。

 

 しかし結果を焦って無茶をするのも面白く無い。

 

 大きく息を吐くと、コボルドに向かって駆ける。

 

 こちらに気づいたのか、奇怪な叫び声を上げながら大きく腕を振り回し襲い掛かってくる、が――

 

 

――――その動きはあまりにも遅い。

 

 

 交錯は一瞬、振り回された腕を見事に避け、すれ違いざまに浴びせた長剣の一撃。

 

 片手剣やナイフと比べ、両手で扱う分リーチや重量がある長剣の一撃は重い。

 モンスターの攻撃後の隙を的確に突いたこともあるが、そもそもその隙を突くだけの胆力。

 並の新人では恐怖が先行して及び腰になり、初戦で一撃で仕留める、ということはまず無い。

 

 無謀な突撃ではない、事実危なげなく攻撃を避け的確に一撃を浴びせている。

 動きこそLV.1相応のステイタスであるが、恐怖を欠片も見せない振る舞いはおおよそ新人と呼べるものではない。

 

「……この階層くらいなら、一人で大丈夫そうだね。」

 

 おそらく士郎にとって初めての実戦、初めての命の懸かった戦いだっただろう。

 命が懸かっているというのは非常に怖い、だからその恐怖を抑えこんで高いパフォーマンスを発揮するのかということが冒険者には要求される。

 その点に関してはおそらく士郎は、一級冒険者並みと言って良いかもしれない。

 

 あのまるで自分の命が惜しくない(・・・・・)というようにすら見える戦いぶりは、上層で命を落とすことはまず無いと言える。

 

「どうかな、敵が単独ならともかく複数だったらまだ考える必要がありそうだ」

 

「囲まれでもしないかぎり弓で敵の数も減らせるから、油断しないかぎりは三体くらいまでなら対応できるはず」

 

 

 その後も士郎は着々と第一層で狩り続け、無傷でその日のダンジョン探索を終えた。

 流石にどのモンスターも一撃、というわけにはいかなかったが矢は一度も外していない。

 複数体の相手も、ゴブリン二体程度あれば問題ないだろうということも確認できた。

 

 恐怖心で動けなくなる者も少なくない中、その様子を欠片も見せず無傷という戦果を持ち帰ったのは新人としてこれ以上ない成果だろう。

 流石に低級モンスター相手に得られる魔石程度では大した収入にはならないが、これからも油断せずゆっくり自力を鍛えていけば確実にLV.1の関門を乗り越えられるに違いない。

 

 新人冒険者は色気を出して実力以上の階層に潜ったり、強さを求めて無茶な冒険をした挙句死んでしまう、という事案に事欠かない。

 その点士郎の優れている部分は恐怖しなかったという点を除けば、頭が良いこと、これに尽きるだろう。

 頭が良いから無茶をしない、頭がいいから自分のできることを把握している、頭がいいから死なない。

 

 そして死ななければ、いくらでも経験値(エクセリア)を積み上げられる。

 

 冒険者は冒険をしてはいけない、ということはこういうことなのだ。

 間違っても消極的であれ、という意味ではない。

 

 劇的な、華々しい成果を上げるとは思わない。

 ただ確実に、着実に、できることを積み重ねていき、いずれは強くなる。

 

 それがアイズによる士郎という男の行く末の予想だった。

 

 

 

 

「初めてのダンジョン探索、おつかれー。それにしても無傷とはなー。さて、お待ちかねのステイタス更新やで」

 

 黄昏の館に戻り、夕食を終えた士郎はロキの私室を訪れていた。

 あらかじめステイタス更新をしに来るように言われていたのだ。

 

 ロキが士郎の背中に馬乗りになり、いつもの様にステイタスの更新を行う。

 

「ああ、そう言えばヘファイストス・ファミリアに行った時にヘファイストスに会ったんだけど」

 

「…………なんやて?」

 

「いや、ヘファイストスに会ったんだよ。それでロキに『あなたらしいわね』って」

 

 その言葉にロキは微妙な表情を浮かべる。

 

 別段ロキとヘファイストスの仲が険悪ということはない。

 ただ単に見透かされているような気がして、微妙な気持ちになっただけなのである。

 

「そ、そうなんか。そんなことよりステイタスの更新終わったで」

 

 強引に話を打ち切るが、ステイタスの更新が終わったのは事実だ。

 地上の言語によって書かれたステイタスを見つめ、士郎はこんなものかと呟いた。

 

「(まさしく優秀な新人みたいなステイタスの上がり方やなー、魔力以外は。魔術なんてとんでもないもんに驚かされはしたけど、それ以外で特に異常な点はないみたいで一安心や)」

 

 その上昇具合は、並よりは多い上がり方だったが初実戦を経験した新人であればこんなものか、となる程度だ。

 おそらく徐々に上昇幅は小さくなるだろうが、このペースを保てばそれなりの速さでステイタスは伸びていくだろう。

 

 出自の特異性を除けば、どこに出しても恥ずかしくない見本のような期待の新人であると言える。

 

「(いつまでもアイズたんが専属っちゅー訳にもいかんし、後続をぼちぼち考えつつ、やな。これなら変な神々に捕まることもないやろ)」

 

 ロキは内心安堵の溜息をつき、士郎の並の範囲内とも言える成長を喜ぶ。

 

 無論できるだけ眷属には大きく羽ばたいて欲しいが、事情が事情であるから下手なことがあれば上手くかばいきれるともわからない。

 

 今はただ、士郎が無事に成長し続けてくれればいい、と願うばかりであった。

 

 




今年最後の投稿です!(新年10分前

12月下旬から投稿を始め、想像以上の方にお気に入り、評価、感想をいただけました。新年からはちょっと不定期な投稿になるかと思いますが、頑張っていきますので応援よろしくお願いします!

明日明後日あたりに、特に実のある内容は予定していませんが活動報告を投稿する予定ですので、お暇な方はぜひ覗いていってください。

リメイクについて

  • (ソードオラトリアを読んでから)書け
  • (オリ設定のゴリ押しで)書け
  • (いっそ全く関係ない新作を)書け
  • 書かなくていい

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